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内容目次 |
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●序文:タンパク質の立体構造解析を行うために (月原冨武) |
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●序文:タンパク質の生物機能解析を行うために (新延道夫) |
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● 第1章 タンパク質の立体構造解析を行うために |
1. |
分子構造解析のためのタンパク質試料調製法 (椎名政昭・浜田恵輔・緒方一博) |
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今日の医学生物学研究は遺伝子操作手法の進歩によって,遺伝子・細胞レベルの分子細胞生物学的解析から,ノックアウトマウス,トランスジエニックマウスあるいはショウジョウバエなどを用いた個体生物学的解析まで,幅広く行われている。一方,WatsonとCrickらによるDNA二重らせん構造の発見,KendrewやPerutzらによるミオグロビンやヘモグロビンのタンパク質構造決定に始まるX線結晶構造解析の手法,さらにErnstやWüthrichsらによる多次元NMRとディスタンス・ジオメトリーを組み合わせた手法の開発によって,タンパク質や核酸などの生体高分子を分子構造レベルで解析できるようになり,この分野は構造生物学と呼ばれている。これらの方法論の進歩によって,われわれは様々な生命現象を分子構造の視点から解析できるようになってきている。
分子構造解析の飛躍的な発展には構造解析技術の進歩が大きく貢献していることは言うまでもないが,遺伝子のクローニング技術や,細胞系あるいは無細胞系でのタンパク質の大量発現系構築などの技術開発によるところも大きい。タンパク質の大量発現技術によって,生体中に微量しか存在しない転写因子などの分子の調製も容易になってきている。これに対し,X線結晶構造解析のための試料の結晶化に関しては,十分な大きさの良質の結晶を得るための効率のよい方法を見出すことが一般に難しく,試行錯誤を重ねる場合が多い。しかし,播磨のSPring-8や筑波のPhoton Factoryなどの大型放射光施設が建設されたことにより,非常に輝度の高いX線が得られるようになり,たとえ結晶が小さくても良質でさえあれば構造解析が可能になった。
一方,溶液NMRを用いた構造解析の場合には,X線結晶構造解析と異なり,試料が溶液であることから,分子構造解析のみならず磁気緩和時間や定常状態NOEの測定などから分子の動的構造が調べられるという大きな利点がある。しかし,分子構造解析に関しては,構造決定に用いる測定データに含まれる誤差のために,精度の点で高分解能のX線結晶構造解析には及ばない。また,分子量が3万を超えるような比較的大きい分子や分子問の会合性の高い試料では,NMRシグナルの帰属が困難となり,またプロトンなどの核間の精度の高い距離情報や二面角情報が得にくくなるため,溶液NMRによる構造解析には向かない。
以上のようにX線結晶構造解析とNMRによる構造解析はそれぞれ異なった特徴をもっており,各々の方法の利点をよく理解したうえで,それぞれの特性を生かした研究を進める必要がある。
本稿は大きく3つのセクションに分かれている。最初の項ではまず,構造解析を進めるうえでの組換えタンパク質の基本的な設計方法を,次にタンパク質の大量発現法について概観する。最後に立体構造解析のための試料調製法として最も一般的に用いられる大腸菌による培養系について,特にNMR試料の調製法とX線結晶構造解析に向けたセレノメチオニン置換タンパク質の調製法も含めて解説する。
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2. |
タンパク質の精製とその結晶化
(伊中浩治) |
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タンパク質分子の立体構造情報は,生化学の基礎研究のみならず,分子設計や薬剤開発といった応用研究でも近年ますます重要になってきている。X線結晶構造解析は,そのタンパク質の立体構造情報を得るための重要な手法の1つである。タンパク質の立体構造情報をX線構造解析法により求めようとする場合,最初にどうしても解決しなくてはならない問題は 「結晶化」 であるが,言うまでもなくタンパク質分子の構造解析をX線解析に頼るかぎり,結晶ができなければ構造研究は前に進められず構造情報は全く得られない。この結晶化を成功させるためには,まずタンパク質サンプルを調製しなくてはならないが,どのようなサンプルを調製したら確実に結晶が得られるのかは,それぞれのタンパク質によって異なっており明確でない場合が多い。しかも,タンパク質の結晶化に成功するか否かは,結晶化サンプルの調製の段階ですでに決まっている場合がほとんどで,タンパク質の結晶化実験はすでにサンプル調製の段階から始まっていると考えるべきである。
これまでにもタンパク質の精製に関する教科書は数多く出版されており,酵素活性測定などの生化学研究における精製手法は一般的な手法がいくつか定着している。これに対して,結晶化を目指したタンパク質の精製方法は,タンパク質のもつ活性などを測定する際に用いられる手法とは異なる場合が多い。その理由として,タンパク質の結晶化においては,より大量の,かつより高純度のサンプルを必要とする場合が多いなど,結晶化に特有の問題をもっていることが挙げられる。本稿では,結晶化を目指す際のタンパク質の精製法と,サンプルが得られてからの一般的な結晶化の手法に焦点を置き,その概略を紹介する。
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3. |
膜タンパク質の機能的大量発現
(須藤雄気・河野俊之・田中利好・加茂直樹・児嶋長次郎) |
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細胞膜に存在する膜タンパク質は,細胞内・外への物質輸送や,外部からの刺激の受容など生命にとって極めて重要な役割を担っている。多くの膜タンパク質は膜での存在量が少なく,タンパク質の性質を理解するため,とりわけ構造解析を行う際には大量発現系の構築が必須である。現在,大腸菌,酵母,昆虫細胞,動物細胞,無細胞タンパク質合成系などを用いて,任意の遺伝子(cDNA)がコードするタンパク質を人為的に大量発現させるシステムが開発されている。大腸菌は,このなかでも最も扱いが容易なものの1つであり,大腸菌由来であるラクトース輸送タンパク質,Na+/H+ 換輸送タンパク質やATP(adenosine triphosphate)合成酵素などで大腸菌における大量発現系構築が成功している。2000年以後に構造解析に成功している膜タンパク質では,大腸菌を用いて試料調製を行っているものが約3割を占めており,現在も増加傾向にある。しかし,生物種の異なるタンパク質を大腸菌細胞膜に大量に発現させることは,膜組成の達いや膜タンパク質の膜移行プロセスが未解明であることなどからまだまだ一般的ではなく,実際,膜タンパク質の機能解析においては昆虫細胞を用いる場合が多い。
本稿では,われわれが実験材料として用いている高度好塩菌由来,7回膜貫通型光受容タンパク質(ファラオニスフォボロドプシン:ppR)の大腸菌への大量発現系,およびppRと膜中において相互作用する2回膜貫通型情報変換タンパク質(ハロバクテリアルトランスデューサ:pHtrll)の無細胞タンパク質発現系を例に,構造解析を意図した膜タンパク質の大量発現の詳細を紹介する。本稿はタンパク質発現に関する手引きであり,これらタンパク質の機能である膜内光情報伝達機構については他の総説を参照していただきたい。
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4. |
膜タンパク質の精製,結晶化 (原田繁春) |
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高分解能X線結晶解析が可能な膜タンパク質結晶は,光合成細菌Rps. viridis の反応中心で初めて得られた。それから約20年の歳月が経過したが,水溶性タンパク賢に比べて構造解析が進んでいるとは言いがたい。最大の理由は,大量発現系の構築が難しいことに加えて,腹タンパク質を腹から溶かし出したり(可溶化),結晶化のときに使う界面活性剤の種類が結晶化の成否に大きく関わることが挙げられる。結晶化に使う膜タンパク質試料は,脂質二重層から臨界ミセル濃度(CMC)以上の界面活性剤で可溶化した後,界面活性剤存在下,カラムクロマトグラフィーなどで精製して調製される場合が多い。このようにして得られた膜タンパク質試料は,膜中にあった疎水性の領域を界面活性剤が覆った水溶性の「膜タンパク賢−界面活性剤複合体(MDC)」を形成し,水溶性タンパク賢と同じ方法で結晶化できる。しかし,MDCの結晶化には,沈澱剤の種類・濃度やpHなど水溶性タンパク質を結晶化させるための因子に加えて,どんな界面活性剤とMDCを形成しているのかも重要な因子である。膜タンパク質の結晶中,隣り合うMDC分子間には腹タンパク質の親水性領域間の相互作用(指向性のある相互作用)と,疎水性領域を覆っている界面活性剤領域間の相互作用(指向性のない相互作用)が働き,前者はMDC分子を規則正しく並べ,後者はお互いを引き寄せるのに役立っていると考えられる。したがって,結晶化にはこのような分子問相互作用に関わることができる界面活性剤を使う必要がある。
ここでは,結晶化に適した膜タンパク賢試料を調製するための界面活性剤の選択方法を中心に述べるので,結晶化の方法については,「第1章2.タンパク質の精製とその結晶化」や参考図書を参照されたい。
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5. |
タンパク質X線構造解析
(安岡則武) |
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「タンパク質の結晶にX線をあてると構造がわかる」 とりあえず,そう考えていただきたい。この節では,その道筋の基礎となることを紹介する。数式がでてくるので,「かなわん」 と思われる読者もいらっしゃるだろう。タンパク質結晶構造解析の各段階をハイスループット化する努力が積み重ねられていて,たいていのことはコンピュータやコンピュータに制御された測定装置がやってくれる。しかし,うまくいけばいいが,そうでなければやはり何が行われているか知っておかないとどうにもならない。ブラックボックスにしないために,この節に述べることくらいを頭に入れておいていただくだけでも,実験や計算がどのように進んでいくか理解できると思う。
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6. |
タンパク質X線結晶構造解析における放射光利用
(山本雅貴) |
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タンパク質は,遺伝子清報を基に作り出される生命現象の基本単位であり,その機能を発現するため複雑な,しかし合理的な三次元立体構造をもつ。近年の構造ゲノム科学に代表されるように,ポストゲノム研究として,その立体構造に強い関心が寄せられている。現状,タンパク質の立体構造決定はX線結晶構造解析が最も有力な方法である。
放射光は,高輝度かつX線を含む広いエネルギー範囲で利用可能な光であり,タンパク質結晶構造解析においても,その実験手法や測定精度に飛躍的な進歩をもたらした。日本国内においてタンパク質結晶構造解析が可能な放射光施設は,播磨科学公園都市の大型放射光施設 SPring-8 と筑波の高エネルギー加速器研究機構の放射光科学研究施設 Photon Factory の2ヵ所である。
本稿は,放射光実験に不可欠なサンプル結晶凍結法と放射光が可能にした多波長異常分散法に焦点を当て,その実験手順を紹介する。
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7. |
溶液NMR構造解析
(神田大輔) |
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NMR(核磁気共鳴)測定によって,タンパク質の立体構造を原子レベルの精度で決定できることは,構造ゲノミクスプロジェクトにおいてNMR法がX線結晶解析法と並んで採用されたことで広く知られるようになった。NMR法の最大の利点は,水溶液中のタンパク質の情報(構造とダイナミクス)が得られることにある。逆に,NMR法には対象となるタンパク質の分子量に限界(約3万〜5万)があるという弱点があることも周知の事実である。どのような方法にも利点と欠点が存在するが,方法の選択基準はタンパク質の立体構造情報を得て,それをどのように使いたいかによる。
タンパク質の立体構造情報を得ることだけを目的とすれば,X線結晶解析法が優れている。理論がきっちりしていて,解析作業も確立している。結晶化の条件スクリーニングはキットが市販されていることもあり,通常の生化学の実験と同じ手軽さでスタートできる。ただし,すべては 「良質の結晶」 が得られればの話である。これに対し,NMR法では結晶化のステップがないので,一見簡単そうであるが,解析に耐える質のよいNMRスペクトルを得るにはそれなりの条件検討が必要なことが多い。この作業は結晶化条件スクリーニングに相当する。
NMR法を選ぶ利点は何であろうか? タンパク質研究を立体構造決定だけでなく,タンパク質の発現や構造決定後の機能解析にまで広げて考える必要がある。少々乱暴に言えば,X線結晶解析法は立体構造決定だけのための手法であるが,NMR法はもっと広く応用できる。例を挙げよう。あるタンパク質の結晶化を試みるために大腸菌で発現させることができたとする。NMRの一次元スペクトルを測定すると,立体構造形成がうまくいっているのか,あるいは純度や性質のよさなどがある程度わかる。一次元スペクトル測定の場合,必要なタンパク質量も少なく,分子量の限界もかなり緩和される。わずか半日の測定で1年にわたる無駄な結晶化スクリーニングをしなくて済むかもしれない。また,NMR法はリガンドとの相互作用をハイスループットに解析するのに適している。したがって,ドラッグスクリーニングなどに威力を発揮する。私見を述べれば,X線とNMRを両輪としてタンパク質研究を進めるのがベストである。構造生物学のわかりやすい解説を紹介しておく。
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8. |
固体NMR構造解析
(藤原敏道) |
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固体NMRは,分子運動性が低く固体的な性質をもつ系に適用する核磁気共鳴法である。目的は,分子の構造や運動性・機能を原子分解能で調べることである。固体のように分子の運動性が低いと,溶液NMR法では磁気緩和のために多次元NMRスペクトルの信号強度は著しく低下する。固体NMR法では,このような系に対して高分解能化して効率的に構造情報を抽出するために,高出力ラジオ波や高速試料回転などの方法を適用する。また,X線結晶解析と違い,固体NMRの試料は単結晶である必要はない。ただ,精度の高い構造解析を行うためには,試料内の分子は一様な分子構造をとっている必要がある。このように,非結晶の固体状態を構造解析できることから,分子が凝集したアミロイドタンパク質,脂質二重膜に結合したタンパク質,クロロフィルの巨大な集合体であるクロロゾームなど,X線単結晶構造解析や溶液NMRでは構造解析が困難な分子集合系をも対象にする。
また,生体高分子の詳しい構造解析を行うためには13Cや15Nなどで同位体標識を行うことが不可欠であり,多くの標識法が開発されている。これら同位体標識試料から構造を求める基礎的な固体NMR測定法は,この約10年間に開発されてきた。現在も,固体NMRの応用研究以外に,試料調製法を含め方法論の開発がこの領域の重要な課題となっている。ここ数年で,分子量1万程度のモデルタンパク質について,ほぼ完全な信号帰属や構造決定もできるように進歩してきた。今後は,脂質二重膜に結合したタンパク質などの全構造決定などが期待できる。
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9. |
電子顕微鏡構造解析(高分解能までの道筋)
(木村能章・才川直哉) |
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電子顕微鏡には,試料を透過した電子を結像させその像を拡大・観測する透過型電子顕微鏡,表面などで反射する電子などの変化量を観察する走査型電子顕微鏡,照射する電子にはじき飛ばされて発生する元素固有の特性X線を観察し,元素分析の分布をみる分析型電子顕微鏡,透過電子のエネルギー変化をとらえて元素分析する分光型電子顕微鏡と多種類ある。ここでは読者が見たいと思っている試料が,タンパク質,タンパク質複合体,あるいは生体膜の断片などであると仮定して,この場合に最も一般的である,透過型電子顕微鏡による構造解析を紹介する。
電子顕微鏡によるタンパク質などの構造解析は,急速に進歩している。とりわけ1980年代半ばから起こったクライオ電子顕微鏡を中心とする構造解析は,構造解析全体の指針を左右するものである。多様な構造解析手段のなかから,電子顕微鏡を選ぶとすればそれはなぜか。その目的意識に答えるには,電子顕微鏡,なかでもクライオ電子顕微鏡の簡単な原理や若干の予備知識が必要になる。専門的になりすぎないように,さわりの部分をまず紹介する。その後,電子顕微鏡による構造解析の事始めから高分解能解析までの道筋を紹介する。高分解能にいたる知識は低分解能でも重要である。ただ,低分解能では,データの情報量が限られるがゆえに様々な工夫も必要であり,その詳細は後の低分解能の章(1-10.結晶を用いない電子顕微鏡構造解析:単粒子解析法による構造解明)を参照してほしい。あくまで低分解能から高分解能に至るまでの指針と必要な知識が読者に伝わるように紹介したい。
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10. |
結晶を用いない電子顕微鏡構造解析:単粒子解析法による構造解明 (小椋俊彦・三尾和弘・佐藤主税) |
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膜タンパク質は一般に結晶を作りにくい。神経細胞や筋肉をはじめとする興奮性細胞で情報伝達を行うイオンチャネルも例外ではない。しかし,これらの構造を知る方法が全くないわけではない。例えば,薄い氷の中にタンパク質を包埋して観察するクライオ電子顕微鏡写真においては,200kDa程度のあまり大きくないタンパク質でも,その像は確かにノイズの中にうっすらと写っている。問題はノイズのレベルが高く,同時にそれに比べてタンパク質のシグナルが小さいことであり,ノイズレベルを引き下げないと誰にでも見える像にならない。同じチャネルを上から見た像でもノイズの位置は像ごとに違うので,それを100枚程度集めて位置を合わせて平均化すれば,はっきりとした二次元平均化像を導ける。それらを三次元的に組み合わせて構造を作れば,三次元の同じ位置にノイズがくる確率はさらに低いので,ノイズレベルはもっと下がる。ある閾値でバックを切れば,低ノイズの密度投影像となる。この手法で2種類のイオンチャネルの構造を決定した。
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11. |
生体高分子の立体構造データベースの利用技術
(中村春木) |
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タンパク質,DNAやRNAなどの核酸,および糖を含む生体高分子の立体構造情報は,蛋白質構造データバンク (Protein Data Bank:PDB) に登録され,ゲノム情報やシステム生物学に至る広範な生物情報の1つとして,インターネット上で公開されている (https://www.pdbj.org/)。2005年初めの時点において,3万件ほどの登録数となっている。このPDBのデータは,日米欧の三極の国際協力によって登録・蓄積がなされており,日本では,大阪大学蛋白質研究所が独立行政法人科学技術振興機構・バイオインフォマティクス推進センター(JST-BIRD)と文部科学省からの支援を受けて日本蛋白質構造データバンク (Protein Data Bank Japan:PDBj) を組織し,その作業を行っている。一方,米国ではラトガース大学,UCSD,NISTによる構造バイオインフォマティクス共同機構 (Research Collaboratory for Structural Bioinformatics:RCSB,https://www.rcsb.org/) が,またヨーロッパでは欧州バイオインフォマティクス研究所・高分子構造データベース (MSD-EBI,https://www.ebi.ac.uk/) が,それぞれ登録作業とインターネットを通じたデータ配布を行っている。これらPDBj,RCSB,MSD-EBIの三者は,2003年夏に国際蛋白質構造データバンク (worldwide Protein Data Bank:wwPDB,https://www.wwpdb.org/) を設立し,生体高分子構造データベースの継続的な運営と,世界中の誰もが無料で利用できる形態の維持,そしてさらなるデータの品質管理とデータベースの高度化に努めている。
本稿では,PDBjが新たに開発した検索システムとデータベースについて紹介する。
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●第2章 タンパク質の生物機能解析を行うために
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1. |
新しい二面偏波式干渉計(DPI)の技術を利用した低分子とタンパク質の相互作用解析 (戸田年総・中村徳雄・吉見陽児・吉谷直栄・Marcus J. Swann) |
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生命科学研究が目指す究極的なゴールは,私達が健康で幸せな生活を営むうえで大きな障害となっている生活習慣病などの慢性疾患や難治疾患のメカニズムを解明し,発症を抑制もしくは遅延することのできる予防医学的な技術を獲得することである。そのためには,ます生命の根源である遺伝子情報を解明する必要があるという考え方に基づいてスタートしたのが,前世紀最大の成果を生んだ国際ヒトゲノム計画である。
計画実行の過程でDNAライブラリー作成技術の向上や塩基配列分析の高速化,配列情報処理ソフトの高性能化などが急速に進み,当初の予測を大幅に上回るスピードで解読が進められた。その結果,前世紀末の2000年に全染色体の9割にあたる領域のドラフトシークエンスの解読が完了したことが国際コンソーシアムから公表され,2001年には,「Nature」 と 「Science」 にその概要が発表された。そして,ついに2003年には,ヒトゲノム計画に参加したアメリカ,イギリス,日本,フランス,ドイツ,中国の6ヵ国の政府機関が,ヒトゲノムDNAの全塩基配列の解読完了を宣言するにいたったことは記憶に新しい。これにより,今後は特定の遺伝子異常によって引き起こされる遺伝病や家族性疾患,複数の遺伝子多型の組み合わせが発病のリスクを高めている生活習慣病などの原因解明に弾みがつくものと期待されている。
メカニズム的には,DNAの塩基配列がタンパク質の一次構造を決定し,それがコンフォメーションを規定し,最終的にタンパク質の機能を決定していることから,塩基配列が解読されれば生命の仕組みがすべてわかりそうなものである。しかし現状では,塩基配列の情報だけからすべてのタンパク質の機能を予測することは困難である。その最大の原因は,多くのタンパク質は様々な翻訳後修飾を受けており,これにより,わすか3万程度の遺伝子から10万種以上もの異なるタンパク質が作られることである。もう1つの理由は,タンパク質は細胎内で様々な分子と相互作用を行っており,個々のタンパク質の分子機能を推定するだけでは細胞内における実際の細胞機能を正確に理解することはできないということである。このため,実際のタンパク質の細胞内における挙動,もしくは細胞内環境に近い溶液中における挙動を直接調べることが重要となる。近年,タンパク質と各種生体分子との相互作用を解析するための原理や装置が数多く開発され市販されるようになっているが,原理の違いによって,調べられる対象や得られる情報が異なる。特に本稿で取り上げるDPI 技術は,チップ上に固定された分子が同種あるいは異種の分子と相互作用を起こした時に生じる微小な厚みと密度の変化を高感度で検出することができる機能を有しており,タンパク質の会合体形成のほか低分子の結合によるコンフォメーションの変化をリアルタイムで観察することができるものである。
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1) |
表面プラズモン共鳴を利用したタンパク質の機能解析 (早野俊哉・浅野和信・橋本せつ子・高橋信弘) |
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近年のゲノム解析の飛躍的進展によって,ヒトも含め既に100種を超える生物種の全ゲノムの塩基配列が明らかになり,ゲノム規模でのタンパク質機能解析の必要性がクローズアップされてきた。これによって,タンパク質機能解析の方法論自体に大きな質的変革が求められ,そのタンパク質機能解析を大規模に扱う研究分野としてのプロテオミクスが急速に発展してきた。すなわち,従来まではタンパク質を個々に対象とした解析が主であったが,今やタンパク質の総体を対象とした解析に移行し,その方法論には,多数のタンパク質をいかに微量で大規模かつ迅速に取り扱うかの技術とともに,大量データの扱いとそれを意昧づける理論の構築が不可欠になってきたといえる。特に,すべてのタンパク質は他の生体物質と物理的に相互作用することで初めてその機能を発揮することから,様々なタンパク質の機能解析の中でもタンパク質の相互作用解析が最も重要な解析の1つとして位置づけられている。そして,そのタンパク質相互作用解析の効率的実験手法の確立と得られた実験結果を既存相互作用や機能と関速づけるための方法論の確立が急務となっている。ここでは,前者の効率的実験手法について焦点を当て述べるが,多数の微量タンパク質試料を大規模かつ迅速に扱うための基本は,実験操作が単純であり,その操作が自動化できることである。表面プラズモン共鳴センサーと質量分析法を組み合わせる手法はこの基本を満たす1つの有効な方法であることが示されてきたので,その手法について紹介したい。
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2) |
化学標識を利用した機能解析
(日高雄二) |
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現在,ヒトゲノム解析に伴い,様々な生体内タンパク質が同定され,それらの機能解析が精力的に行われている。すなわち,遺伝子発現により得られる未知タンパク質の生理機能,標的物質,生理活性発現部位,相互作用部位などについて網羅的に検索が行われている。しかし,多くの場合,目的とする試料が微量しか得られず,それらの生体内での役割,機能部位を決定するのは今なお困難である。そこで,タンパク質の結合物質や機能部位を比較的微量の試料で調べるための有力な手法が化学標識法である。本稿では,タンパク質のリガンドラベルおよび化学標識ペプチドを利用した未知タンパク質の相互作用,タンパク質の検索法および機能部位の決定法について述べる。
タンパク質をペプチド標識(ペプチドラベル)する手法は,古くから抗ペプチド抗体,アフィニティー担体の作製に用いられており,ごく一般的な手法である。しかし,ペプチドに対する結合タンパク質(受容体)の探索あるいは結合部位の決定などへの応用例はわずかである。化学標識法は,研究対象であるタンパク質・ペプチドの未知結合物質を調べる簡便な手法であり,その結合部位を決定することで将来の結合タンパク質の構造活性相関への道を切り開く強力な手法である。
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3) |
抗体を利用したタンパクの構造・機能・局在解析 (森田規之・吉川文生・古市貞一) |
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ポストシークエンス時代と称されて久しいが,あらゆる生命現象を構造・機能の根源から担う 「タンパク質」 を研究することが,いかに重要であるかが改めて認識されている。注目するタンパクに特異的に反応する抗体は幅広い生命科学研究に利用でき,良い抗体の有無がその後の研究の進展に大きく影響する。本橋では,まず市販抗体の検索法とウサギを使った抗ペプチド抗体の作製法について触れる。次に,抗体を用いたタンパクの構造機能解析の例として,タンパクのトリプシン消化耐性ドメインのマッピングとタンパク間相互作用の実験方法について記す。最後に,生体内におけるタンパクの発現様態を解析するための免疫組織化学多重染色法について記す。ここでは触れないが,近年,様々なかたちの新しい抗体様分子の作製法が開発されている。これらの新技術の導入によって,―層幅広い研究が展開されていくことが期待される。
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ノックアウトマウスを利用した機能解析
(名田茂之) |
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生体内で,ある1つのタンパクの機能を調べるために,その遺伝子を破壊したミュータントマウスを作製して表現型を観察するという方法がある。遺伝子破壊
(ノックアウト) により,そのタンパクのない状態でマウスは発生・成長する。この間に様々な発生や代謝の異常が起こり,その結果の総和としての表現型が現れる。表現型の解析から,標的としたタンパクの生理的な役割り,例えば,どのような細胞・組織で,どのような発生・代謝上の機能に関与するのかといったことを調べる。このように,ノックアウトマウスを利用した機能解析とは,あるタンパク
(遺伝子) が関わる生理現象についての解析を目的としたもので,そのタンパクがもともともつ化学的な性質
(立体構造やその変化,酵素活性や他分子との会合といったタンパクレベルでの機能)
とは少し離れた現象を観察することになる。
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2) |
トランスジェニックマウスを利用した機能解析 (伊川正人・上新結子・岡部 勝) |
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ヒトやマウスの全ゲノム配列が明らかにされつつある今,個々の遺伝子や翻訳産物であるタンパク質が担っている機能を個体レベルで明らかにすることがポストゲノムプロジェクトの大きな課題となっている。その方法として遺伝子操作動物を作製して利用することが考えられるが,それらは目的遺伝子を導入したトランスジェニックマウス,もしくは欠損したノックアウトマウスの2つに大きく分けることができる。ノックアウトマウスについては前章に譲り,本章ではトランスジェニックマウスの作製法とその利用方法について,われわれの経験を交えて概説する。
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1) |
GFPを利用した蛍光バイオセンサーの作製法と生体機能の可視化 (永井健治・宮脇敦史) |
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緑色蛍光タンパク質とその変異体 (以下,蛍光タンパク質) は遺伝子導入するだけで細胞内に蛍光を作り出すことができるため,生きている細胞内でのタンパク質の局在や動態をリアルタイムに追跡するための道具として多くの研究者に利用され,数多くの情報が蓄積している。一方で,興味あるタンパク質の局在や動態が変化する過程で,いつ活性化・不活性化するのか,どこで他の分子と相互作用しているのかに関する知見はまだまだ少ない。いわゆる生体機能イメージング研究が注目されつつある理由は,抗体染色や蛍光タンパク質をフュージョンしたタンパク質の観察だけではうかがい知れないタンパク質活性化の空間パターンや時間的変動など,より本質的な生理現象の理解に必要な情報を得ることができるからである。そのためには蛍光タンパク質の物理化学的性質や蛍光タンパク質間の蛍光のエネルギー移動(FRET)を巧みに利用して,生体機能の時空間的活性化動態を可視化する蛍光バイオセンサーを作製することが要求される。ところが,この蛍光バイオセンサーの作製がかなりの厄介もので,多くの研究者がつまずくところである。マニュアル本が多数出回っている分子生物学的技法と異なり,蛍光バイオセンサー作製は遺伝子工学的に可能とはいえ一筋縄ではいかず試行錯誤を必要とするからである。本稿では,少しでもこの困難を緩和すべく,筆者らが最近開発した作製技術,バイオセンサー,およびそれらを用いたイメージングの実際を解説する。
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2) |
電気生理学的手法による機能解析
(持田澄子) |
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神経終末へ到達した活動電位の発生に伴い,膜電位依存性Ca2+チャネルを通って流入するCa2+によってシナプス小胞の開□放出が起こることは既によく知られている。しかし,機能解析可能な実験系が確立されていなかったため,Ca2+流入後に神経終末内で何が起こっているかは,つい最近まで謎に包まれていた。解剖学者や分子生物学者達の研究の蓄積によって,シナプス小胞は,膜への融合(伝達物質の放出)→ 再取り込み → 化学伝達物質の充填 → 膜へのドッキング・プライミング → 膜への融合 →→→ という過程を神経終末内で繰り返していると考えられるようになった。そして,シナプス小胞の動態を制御している鍵物質がCa2+に結合能をもついくつかのタンパク質であり,それらのタンパク質を含むシナプス終末タンパク質の複合体の形成と解離によってシナプス小胞を,あるステップから次のステップヘと次々に前進させるらしいということが徐々に明らかにされてきた。しかし,このようなアイデアは試験管の中での実験から生まれてきたものであり,実際に神経終末内でCa2+結合タンパク質群といくつかのタンパク質の合体・解離がシナプス小胞の動態を決定しているかを機能的に確認できる哺乳動物の実験系は数少ない。
培養下でラット交感神経節細胞問に形成されるコリン作動性シナプスは,速いシナプス(fast synapse)でのシナプス前終末タンパク質の機能解析に有用な系であり,抗体,合成ペプチドやリコンビナントタンパク質の導入によってシナプス前終末タンパク質の機能を阻害した時に認められる神経伝達物質放出変化を電気生理学的手法によって確認し,また,cDNAによる外因性タンパク質の発現によってシナプス前終末タンパク質群の複合体形成に制御されたシナプス小胞動態を解析することが可能である。さらに,これらの手技をシナプス後細胞に適用したシナプス後細胞タンパク質群の機能解析も可能である。
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1) |
リン酸化による修飾と機能発現
(笠井篤子・岡田雅人) |
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タンパク質のリン酸化は,プロテインキナーゼによって触媒される可逆的な翻訳後修飾である。多くのタンパク質はリン酸化修飾を受けることによって,生理活性,安定性,細胞内局在,他のタンパク質との相互作用などがダイナミックに変化し,その結果,細胞の増殖や分化,細胞機能と関わる代謝ネットワークやシグナル伝達経路など様々な生理作用の調節が行われる。したがって,生命現象のしくみを分子レベルで理解するためには,タンパク質のリン酸化による機能調節機構の解析が極めて重要となってくる。リン酸化は,セリン,スレオニン,チロシン,ヒスチジンなどのアミノ酸残基にATP(GTP)からリン酸基が転移する反応であるが,セリンやスレオニン残基のリン酸化がほぼすべての生物で検出されるのに対して,チロシン残基は動物に特異的,ヒスチジン残基は植物やバクテリアに特異的というように生物種によっておおまかな使い分けがある。それらのリン酸化を担うプロテインキナーゼは,どの生物種においても大きな遺伝子ファミリーを形成し,リン酸化するアミノ酸残基や活性調節機構の違いによって,さらに多様なサブグループに分類されている。リン酸化される側の基質タンパク質も極めて多様であり,あたかも電子基板のような複雑なリン酸化ネットワークをひも解くことによって細胞機能を理解しようというのが現在の研究テーマとなっている。ヒトなどの全ゲノム解読により,タンパク質の機能や修飾に関するデータベースも一層充実し,プロテインキナーゼの基質となるモチーフをコンピュータ検索することによって,リン酸化の存在やリン酸化するキナーゼの種類をある程度推測することが可能となってきている。しかしながら,実際のリン酸化は本稿で紹介するような方法で一つ一つ確認しなければならない。
われわれは,細胞の増殖や分化の制御で必須の役割を担うチロシンキナーゼに焦点をあてて,その生物学的意義に関する研究を進めている。そこで本稿では,チロシン残基のリン酸化を中心に,リン酸化の検出法とリン酸化によるタンパク質の生理活性の変化の解析法を紹介してみたい。
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糖による修飾と機能発現
(中北愼一・長谷純宏) |
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糖鎖や糖鎖を認識するタンパク質(抗体やレクチン)が多く報告され,糖鎖を生合成する酵素が次々とクローニングされたことで,糖鎖科学における分子生物学的・遺伝子工学的研究が進展してきている。その結果,糖鎖構造が変化することにより,糖鎖結合タンパク質や酵素との相互作用に影響を与えて生命現象に関与していることが明らかになってきている。これまでの研究では,多くの場合,酵素の基質や糖鎖結合タンパク質のリガンドを調べるとき,簡便に入手できる単糖や二糖が主として用いられてきた。しかしながら,単糖や二・三糖を用いた相互作用解析は,実際に生体内で起こっている糖-タンパク質相互作用を再現するとは限らない。なぜなら,生体内では糖鎖が多くの場合,単糖や二糖の状態で存在するよりも,数個から十数個連なった状態(糖鎖)で存在しているため,糖鎖の全体像が認識されている可能性があるからである。
では,何故,生体内に発現している糖鎖を使って相互作用が研究されてこなかったのか。これは,糖鎖には構造的多様性(ミクロヘテロジェネイティー)があり,それを分離し,構造を決定したり,単一構造の糖鎖を調製することが困難であるためである。次に,体内で生理機能をもつ糖鎖(糖タンパク質)は発現量が微量であるためである。さらに,糖鎖には検出に便利な官能基がない,つまり紫外吸収や蛍光測定による簡便で高感度な検出や定量ができない,という点も糖鎖側からの研究アプローチをたち遅らせている原因の1つである。
糖鎖の蛍光標識法は,長谷らが初めて提唱した糖鎖の分析法である。蛍光標識した糖鎖(ピリジルアミノ化糖鎖)は,①化学的に安定な蛍光基をもつこと,②糖鎖中に1つだけある還元末端に蛍光基を導入するため定量が可能であること,③分離した糖鎖に対し定量的に誘導体化が可能であること,④逆相HPLCでの分離に優れていること,⑤逆相HPLCでの分離に優れることを利用して,生体試料から単―構造の糖鎖をmgオーダーで調製することが可能であること,などの利点をもつ。ここでは,精製されたピリジルアミノ化糖鎖を1-アミノ-デオキシ誘導体に変換し,単一構造の糖鎖を結合した樹脂を作製する方法についても例を挙げて説明する。
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