序文
   

タンパク質の立体構造解析を行うために

 生命の基本単位である細胞で働いている分子のうち,タンパク質はそれぞれが決まったアミノ酸配列を持っているだけでなく,特定の立体構造をとっている。このことによってタンパク質が精巧な働きを獲得していることが次々と明らかになり,生命の営みを原子レベルで如実に理解することができるようになってきた。
 タンパク質の立体構造研究法には,X線結晶構造解析,溶液NMR構造解析,固体NMR構造解析,電子顕微鏡構造解析があり,いずれの方法も固有の特徴を持っている。最もよく使われているのはX線結晶構造解析であり,蛋白質立体構造データバンクに登録されているタンパク質立体構造の9割はX線結晶構造解析による。タンパク質のX線結晶構造解析の初期の段階から,結晶中の立体構造は細胞内の構造とは異なるものではないかという見解がたびたび出された。その都度,正当な反論は出されたが,決定的な証拠はNMR構造解析によって,溶液状態のタンパク質の立体構造がX線結晶構造解析による結晶中の構造と一致していることが示されるまで待たねばならなかった。
 本章では,それぞれの研究方法について導入から実践的なところまで述べている。本章を読まれて,今展開されている研究に立体構造研究を取り入れる際の参考にしていただければありがたい。構造解析を依頼する他に,自ら構造解析を実施しようと思い立たれる場合でも,手法を理解するための勉強に膨大な時間を費やす前に,専門家と相談して共同で実践することから始めることを勧める。「習うより慣れよ」が挫折しない道であろう。
 タンパク質の研究は立体構造研究抜きには深めることができない。立体構造を出発点にして新たな機能解析を行うことが当たり前になってきている。幸いわが国でも,米国には及ばないが構造解析を行うことのできる人的および物的条件は充実してきている。医学分野から重要な研究対象が数多く持ち込まれることを期待している。

大阪大学蛋白質研究所 教授 月原冨武