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内容目次 |
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● 目で見てわかる遺伝病
−神経内科編 2 |
シリーズ企画 |
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巻頭言:
新時代を迎える遺伝性筋疾患研究
(杉江和馬) |
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1. |
デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対する全長型ジストロフィン補充療法の挑戦
(富成 司・青木吉嗣) |
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デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は進行性筋萎縮を特徴とする遺伝性の難治性希少疾患であり,DMD 遺伝子の変異によるジストロフィン欠失が原因である。2020年,国立精神・神経医療研究センター(NCNP)と日本新薬との共同研究により,エクソン53スキップ薬であるビルトラルセンが日本初のDMD治療薬として条件付き早期承認され,国産初の核酸医薬品かつ筋ジストロフィー治療薬として大きなマイルストーンとなった。エクソンスキップ療法は,タンパク質構造の一部を欠いた短縮型ジストロフィンを発現させる治療法である。現在,AAVベクターを用いた方法では,AAVベクターに搭載可能なサイズが約4.7 kbまでであることから,DMD cDNA(約14 kb)を3分割して三つのAAVベクターに搭載するtri-AAVベクター法によって,DMDモデルマウスで全長型ジストロフィン発現の回復に成功した報告がある。近年,新たな創薬モダリティとしてmRNA医薬が注目されており,全長型ジストロフィン発現を回復しうる画期的な治療法として期待される。本稿では,DMDを対象としたジストロフィン補充療法について,既存のエクソンスキップによる短縮型ジストロフィンの発現誘導に加えて,全長型ジストロフィン補充療法に着目した最先端研究を概説する。
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2. |
福山型筋ジストロフィー
(戸田達史) |
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福山型筋ジストロフィーはデュシャンヌ型の次に多い常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)疾患で,重度の筋ジストロフィー病変と多小脳回が共存する。ほとんどの患者は,フクチン遺伝子の3'非翻訳領域にレトロトランスポゾンの挿入変異を認め,そのスプライシング異常により発症し,是正するアンチセンス核酸治療が動物で成功している。ジストログリカンの糖鎖にリビトールリン酸が発見され,フクチン,FKRP,ISPDなどジストログリカン異常症の原因遺伝子はそれを合成・転移する酵素である。現在アンチセンス核酸治療薬の医師主導治験中で道が開かれつつある。
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3. |
ジスフェルリン異常症
(髙橋俊明・青木正志) |
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三好型遠位型筋ジストロフィー1型,肢帯型筋ジストロフィー2B/R2型は常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)形式の筋ジストロフィーであり,原因遺伝子はdysferlinである。dysferlinタンパクは膜修復過程に重要な役割を果たす。日本人のdysferlin 遺伝子変異の最多のc.2997G>T(p.Trp999Cys)変異は軽症型と考えられる。この変異を含むミスセンス変異はIdysFドメインに多くみられ,その領域に結合するタンパク質を明らかにすることでdysferlinの膜修復機能の解明が進められている。
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4. |
核膜関連筋疾患
(林 由起子) |
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細胞の核は核内膜,核外膜の二重の膜構造によって細胞質から隔てられている。核膜に局在するタンパク質をコードする遺伝子の変化は様々なヒトの疾患と関連することが明らかとなっており,「核膜病:nuclear envelopathy」と総称されている。本稿では核膜病のうち,筋ジストロフィーをはじめとする骨格筋に障害をきたす核膜関連筋疾患(nuclear envelope myopathy)の原因ならびにこれまでに明らかとなってきた病態機序について概説する。
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5. |
顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー
(三橋弘明) |
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顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSHD)では,D4Z4リピートのメチル化の減少によりDUX4 遺伝子の脱抑制が生じる。DUX 遺伝子から発現するDUX4-flタンパク質は転写因子として働き,FSHD筋細胞で初期胚特異的遺伝子やレトロトランスポゾンなどの非遺伝子領域からの転写を活性化し,細胞死やタンパク質恒常性の異常を引き起こす。加えて,mRNA品質管理機構や低酸素応答,ヒアルロン酸経路など様々な分子経路の異常も明らかとなってきた。現在,DUX4-flの抑制を目指した治療法開発研究や,下流の分子経路を標的とした治療法開発研究が行われている。
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6. |
眼咽頭型筋ジストロフィーと眼咽頭遠位型ミオパチー
(山下 賢) |
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眼咽頭型筋ジストロフィー(OPMD)と眼咽頭遠位型ミオパチー(OPDM)は,緩徐進行性の眼瞼下垂や嚥下障害,四肢筋力低下を特徴とする遺伝性筋疾患である。原因は,それぞれPABPN1 遺伝子の翻訳領域のGCNリピート伸長,またはLRP12,GIPC1,NOTCH2NLC,RILPL1 遺伝子の非翻訳領域のCGGリピート伸長と報告されている。両疾患は核内封入体の形成やRNA結合タンパクの凝集・動員などの病態メカニズムが共通している可能性があり,両疾患の類似点と相違点を踏まえた病態解明と治療法開発が望まれる。
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7. |
筋強直性ジストロフィー研究の進歩
(高橋正紀) |
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筋強直性ジストロフィーは成人で最も頻度の高い遺伝性筋疾患である。筋強直や筋萎縮に加え,不整脈,高次機能障害,白内障など様々な症状を伴う全身性疾患である。伸長リピートを含むRNAは異常構造をとり核内に蓄積し,そこにRNA結合タンパクが共凝集などして量的・質的な変化が生じ,RNA結合タンパクが担っていた様々なRNAスプライスに障害が生じ多彩な全身症状につながる。この病態機序に基づき,伸長RNAの分解,RNA結合タンパクの共凝集阻害といった疾患修飾薬の開発が急速に進んでいる。
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8. |
先天性ミオパチーの治療法開発
(本橋裕子・小牧宏文) |
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先天性ミオパチーは,出生時あるいは乳児期早期から筋力低下と筋緊張低下を示し,筋病理学的特徴を有する筋疾患である。筋病理学的所見に基づいて,ネマリンミオパチー,コアミオパチー,ミオチュブラー/中心核病,先天性筋線維タイプ不均等症に細分化される。近年,遺伝学的背景が明らかとなってきており,その多くは筋肉の構造と機能に重要な役割を果たすタンパク質をコードしている。病態解明とともに,治療法開発を目指した基礎研究と臨床試験が進められている。また患者登録システムも構築され,今後,先天性ミオパチーのさらなる臨床開発が期待される。
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9. |
GNEミオパチー:近年の研究動向と治療法開発に向けて
(吉岡和香子・西野一三) |
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GNEミオパチーは,シアル酸生合成の鍵酵素をコードするGNE を原因遺伝子とする常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)の筋疾患である。モデルマウスにおいてシアル酸補充の有効性が実証され,各国で複数の臨床試験が行われてきた。これらは一定の効果は認めているものの,まだ承認された治療法はない。他にも遺伝子治療や抗酸化剤等,シアル酸補充とは異なる治療法の開発も試みられている。また近年,日本人で頻度が高い軽症型バリアントの特徴や本症が血小板減少,呼吸機能障害,睡眠時無呼吸症候群などの骨格筋以外の症状を合併することが明らかになった。本稿ではGNEミオパチーの近年の研究の動向を中心に概説する。
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10. |
パールカン遺伝子変異に起因するシュワルツ・ヤンペル症候群および関連疾患研究の進歩
(平澤(有川)恵理・山下由莉) |
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シュワルツ・ヤンペル(Schwartz-Jampel)症候群(SJS)はパールカンの遺伝子変異に起因する遺伝性筋疾患である。ミオトニアと骨軟骨病変を併せもつことが特徴であるが,超希少疾患であることから,病態解明および診断技術や治療方法の開発に基礎科学の活用が必要である。診断補助および治療開発への貢献を目指し,患者由来iPS細胞を用いた疾患表現型(ミオトニア)モデルを構築した。これにより,パールカン遺伝子疾患の疾患スペクトラムの広がりを検証・解明することが期待される。
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11. |
ポンペ病
(小須賀基通) |
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ポンペ病(糖原病Ⅱ型)は,ライソゾーム酵素の一つである酸性α-グルコシダーゼの活性低下により,主に筋細胞にグリコーゲンが過剰蓄積するライソゾーム病として分類される先天性代謝異常症である。進行性の心筋障害や近位骨格筋障害が主な症状であり,乳児期発症の重症型から小児・成人期発症の遅発型まで発症時期や重症度は様々で,幅広い臨床スペクトラムが認められる。酵素補充療法によりポンペ病患者の生命予後やQOLは劇的に改善された。近年,早期診断・早期治療を目的とした本病の新生児マススクリーニングが拡がりつつある。
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12. |
ダノン病:オートファジー関連筋疾患
(杉江和馬) |
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ダノン病は,X連鎖性顕性遺伝(優性遺伝)形式を呈し,ライソゾーム膜タンパクLAMP-2の原発性欠損によるオートファジー関連筋疾患である。男性では,心筋症,ミオパチー,精神遅滞を,女性では心筋症を呈する。死因の多くが心不全で,心筋症が予後決定因子であり,いまだ根本治療は心臓移植のみである。病理学的には筋鞘膜タンパクの性質を有する特異な自己貪食空胞(AVSF)の出現を特徴とする。本邦では,これまでに約20家系が見出されている。最初の報告から40年,原因遺伝子が同定されて20年が経ち,その後,各種モデル動物による研究が発展し,現在ようやく初めての臨床試験が開始された。ダノン病の類縁疾患として,過剰自己貪食を伴うX連鎖性ミオパチー(XMEA)やその他の病型も見出されているが,依然病態は不明なものが多い。
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骨系統疾患の改訂国際分類について
(池川志郎・山田崇弘) |
骨系統疾患は,骨格に異常をもつ疾患の総称で,ほとんどが単一遺伝子病である。本年(2023年)2月に発表された骨系統疾患の分類・命名法,いわゆる国際分類の改訂版について解説した。改訂に加わったメンバー,分類のコンセプト,疾患グループ,疾患の組み入れ基準,疾患情報の記載法などについての今回の分類における変更点を示し,分類の問題点を指摘した。分類に記載されている疾患の96%で原因遺伝子がすでに同定されており,パーソナルゲノム時代,精密医療の時代に向けて,骨系統疾患の国際分類は,表現型,X線像による分類から,原因遺伝子,分子病態を中心とする分類へと向かっている。
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子宮内膜における体細胞変異のクローン性増殖
(中岡博史) |
がんはDNAに変異が蓄積することで発生する疾患である。発がんメカニズムを理解するためには,正常細胞においてDNAが変化して腫瘍形成に至るプロセスを明らかにする必要がある。近年,次世代シーケンサーを用いたゲノム解析によって,様々な正常組織において,がん関連遺伝子の体細胞変異が加齢の過程で生じ,変異クローン由来の細胞が蓄積していることが明らかになってきた。がん関連遺伝子変異を有する細胞クローンが組織という三次元空間において蓄積・増殖するメカニズムには,組織の形態学的特性が関与していると思われる。本稿では筆者らが取り組んでいる正常子宮内膜におけるゲノム解析について紹介したい。
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● Learning①
〈遺伝性疾患(遺伝病),
難治性疾患(難病)を学ぶ〉 |
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Birt-Hogg-Dubé(BHD)症候群
(古屋充子) |
Birt-Hogg-Dubé(BHD)症候群は肺嚢胞(気胸を伴いやすい),皮膚線維毛包腫,腎腫瘍を三主徴とする常染色体顕性遺伝(優性遺伝)性疾患である。この20年,認識が広がって遺伝学的診断による確定例が増加し,日本人罹患者の疫学情報も充実してきた。生命予後やQOLは腎腫瘍に左右される。腎腫瘍発生前に肺症状,皮膚症状,画像所見,病理所見などから診断につながることも多く,各科横断的診療が望ましい。本稿ではBHD症候群の三主徴を中心に概説するとともに,肺嚢胞や腎腫瘍を呈する鑑別疾患や最近の知見にも触れる。
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二次的所見とActionability−Actionabilityサマリーレポート日本版の作成−
(西垣昌和・井本逸勢・櫻井晃洋) |
網羅的遺伝学的検査の普及が進む昨今,検査の本来の目的とは異なるが何らかの臨床的意義をもつ二次的所見への対応が必要な機会が増えている。二次的所見の開示を受けることが受検者やその家族にとって有益となりうるかどうかには,関連する遺伝性疾患のactionabilityが大きく影響する。Actionabilityサマリーレポート日本版は,遺伝性疾患のactionabilityについて,発症した場合の重症度,発症可能性,介入の有効性,介入によるリスク,介入へのアクセス性の五つの観点から,エビデンスを収集,評価,要約したレポートである。本サマリーレポートが,二次的所見開示に関する意思決定に活用されることを期待する。
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シングルセル遺伝子発現解析の現状と課題
(堀尾侑加・渡辺 亮) |
シングルセル遺伝子発現解析は,生物の構造と機能の最小単位である一細胞を対象としているため,機能的には究極の解像度の解析と考えることができる。この解析によって,従来,細胞の分類は細胞形態などで行われてきたが,現在はシングルセル遺伝子発現解析で細胞分類を行うのが一般的となっている。また細胞状態の遷移状態を捉えることで,発生や疾患の理解を行う試みも進められている。最近では,空間情報と組み合わせた解析も行われており,生命を理解する重要なアプローチとなっている。
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● Genetic Counseling
〈実践に学ぶ
遺伝カウンセリングのコツ〉 |
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遺伝性疾患とともに生きること,生活することを支援する−遺伝性筋疾患の母子の事例を通して−
(青木美紀子・島袋林秀・山中美智子) |
進行性の疾患では,症状進行に伴い生活環境を調整しながら,疾患とともに生きるクライエントや家族を支援することが求められる。本稿では,遺伝性筋疾患の母子への関わりを通して,遺伝カウンセリングという個別性の高いプロセスの支援の在り方を考える。課題を同定し,ニーズを明確にして必要な支援を展開すること,クライエントや家族の力を最大限に生かせる環境を整えること,多職種協働による働きかけが課題解決に向けて有効に機能するようにコーディネーションすることが重要である。
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● CGC Diary
〈私の遺伝カウンセリング日記〉 |
リレー執筆 |
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NPO法人表皮水疱症友の会DebRA Japan
(宮本恵子) |
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● Statistical Genetics
〈遺伝統計学の基礎〉 (14) |
シリーズ企画 |
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ゲノムワイド解析における勝者の呪い
(鎌谷洋一郎) |
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● NEXUS
〈ヒト以外の遺伝子に
関連する研究〉 |
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ブタをモデルとしたヒト遺伝性疾患のエピジェネティックなゆらぎの解析
(日向史織・宮代梨央・大和屋健二・大鐘 潤) |
ブタを用いたヒト遺伝性疾患の研究は,外挿性の高さから今後重要になってくると考えられる。エピジェネティクスは遺伝子発現の記憶として重要で,シトシンのメチル化修飾によるDNAメチル化はプロモーター領域での遺伝子発現抑制に寄与する。組織などの細胞集団で解析領域のゲノムDNA 1分子(便宜的にアリルと記述する)ごとのDNAメチル化状態に着目して,一つのアリルで非メチルCpGの割合が高いものを発現可能な低メチル化アリルと定義することで,低メチル化アリルの割合が細胞集団で解析遺伝子を発現可能な細胞の割合と近似できることを見出した。本稿ではこれを利用して,ヒトハプロ不全顕性遺伝病(優性遺伝病)のように発症有無や重篤度が同一家系の個人間で異なる遺伝性疾患について,ブタでの分子レベルの研究について紹介したい。
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● 編集後記 |
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