新時代を迎える遺伝性筋疾患研究

杉江和馬
奈良県立医科大学 脳神経内科学 教授

 今回,「遺伝性筋疾患研究の進歩」を特集のテーマとして企画させていただいた。筋疾患は多種多様で,各種筋ジストロフィーや代謝性ミオパチーなどの遺伝性と,自己免疫性筋炎などの非遺伝性に大別される。遺伝性筋疾患の多くは,希少難治性で厚労省指定難病に認定されている。これまで,その希少性から研究の進展が困難な分野であったが,21世紀に入り,状況は様変わりしてきた。遺伝学的研究の飛躍的な発展により,多くの原因遺伝子や分子病態の解明が進んでいる。新たに疾患概念が確立した疾患も見出され,疾患分類は細分化されてきている。また,多くの遺伝性筋疾患で非臨床試験から臨床治験へ進み,臨床現場で実用化されている治療薬も登場し,筋疾患研究を取り巻く環境は大きく変化してきている。
 今日,治療可能な筋疾患を見逃さないために,筋疾患の適切な鑑別と正確な早期診断がより一層求められる。筋疾患を体系的に捉えた学問として筋疾患学(myology)があるが,診断は極めて重要な要素である。丹念な筋症状の評価に加えて,血清筋逸脱酵素,筋病理,針筋電図,画像検査とともに,遺伝学的解析は重要な役割を果たす。近年は,遺伝学的解析も次世代シークエンサーの導入により網羅的な解析に変化しつつある。そして,myologyの領域でもようやく治療選択が重要な「新時代」になってきた。
今回の特集記事では,21世紀に入り直近20年で進化している遺伝性筋疾患研究について,世界をリードしている本邦の専門家の先生方に執筆いただいた。いずれも個人的に長年お世話になってきた先生方で,ご執筆いただいたことに深謝します。2020年のデュシェンヌ型筋ジストロフィーに対するエクソンスキッピング療法の登場は,筋ジストロフィー診療を変革する画期的な出来事となった。本邦で疾患概念が確立し原因遺伝子が発見された福山型筋ジストロフィーでは,現在,非臨床試験から臨床現場へ精力的な治療開発が進んでいる。ジスフェルリン異常症とともに遠位型ミオパチーのGNEミオパチーでは,シアル酸による有望な治験結果から治療薬の市場への登場前夜となっている。ポンペ病における酵素補充療法は遺伝性筋疾患で最初に承認された治療法で,生命予後を改善する画期的な治療法と位置づけられる。ポンペ病の鑑別に重要なダノン病は超希少疾患で,現状では心臓移植しか根治療法はないが,2022年から初の臨床治験が開始された。このほかに,核膜関連筋疾患,顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー,眼咽頭型筋ジストロフィー,眼咽頭遠位型ミオパチー,筋強直性ジストロフィー,先天性ミオパチー,シュワルツ・ヤンペル症候群について取り上げる。原因遺伝子の発見や疾患概念の確立,分子病態の解明から治療法開発への道筋が示されつつある疾患が数多い。紙面の都合上,限られた疾患のみ取り上げており,この他については本邦の素晴らしい成書を参照していただきたい。
 本特集において,「新時代」を迎えている遺伝性筋疾患研究のこれまでの歩みとその最前線を読者の方々に実感していただければ幸いである。今後さらに,筋疾患の研究と診療に携わる担い手が増え,多くの遺伝性筋疾患の病態解明と治療薬確立を期待したい。