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内容目次 |
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序文【小児編】 (中村公俊) |
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序文【周産期編】 (佐村 修) |
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●第1章 総論 |
1. |
わが国の遺伝医療体制整備の歩みと課題
(千代豪昭) |
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わが国の遺伝医療体制の発展は戦後復興とともに始まる。その学問的背景には遺伝子の本体であるDNAの構造決定やヒト染色体核型の決定など現代遺伝学の発展を指摘できる。また,第二次世界大戦の悲惨な体験や優生学に対する反省から生まれた近代的な遺伝カウンセリング思想を取り入れながら,学会活動や研究班活動を主体に活動が開始された。遺伝医療は人間の命や人格に関わる学問である。戦後の人権思想や社会運動とも関わりながら,葛藤を繰り返して大変な苦労を重ねてわが国の遺伝医療体制が構築されてきた。ゲノム医学は現在では医学の中核をなす学問となったが,黎明期から現在に至るまでの半世紀を概説したい。「まだ戦後が終わっていない」部分があることも強調したい。
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2. |
小児IRUDの現状と未来
(右田王介・秦 健一郎・要 匡・松原洋一) |
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未診断疾患イニシアチブ(Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases:IRUD)は希少難病へのアプローチとして遺伝的素因を探り,diagnostic odysseyの帰着をはかる研究プロジェクトである。遺伝学的解析は主に次世代シークエンサーが用いられ,すでに新たな病因遺伝子の検出や疾患概念の確立が多数報告されている。IRUDによって臨床医と研究者が協力し,日本全国を網羅した診断と研究のネットワークが構築された。海外とのデータシェアリングや解析成果の蓄積を合わせ,早期診断と病態解明に向けたさらなる進展が期待されている。
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3. |
小児期の多因子疾患
(羽田 明) |
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多因子疾患は複数の遺伝要因と複数の環境要因がその発症に関与し,生涯に3人に2人が罹患するありふれた疾患群である。新生児期に発症している遺伝性疾患においても多因子疾患が最多であるが,大部分は先天奇形であり,その頻度は5%程度である。小児期になると喘息などのアレルギー疾患,自閉症などの精神疾患,原因不明の知的障害などがこのグループに入る。ヒトゲノム計画の成果を基にしたゲノム医学研究が始まって十数年であるが,この間の急速な知見の集積によって,それまでの多因子疾患の遺伝学で提唱されてきた様々な疾患発症モデルや概念をゲノムレベルで検討することが可能になりつつある。本稿では多因子疾患を理解するための基本的用語の解説と,今後の病態解明に向けた現状について,川崎病解析を例として述べる。
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4. |
新しい先天異常症候群
(岡本伸彦) |
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解析技術の進歩により,先天異常症候群の責任遺伝子は次々と同定され,新規症候群も増えている。機能解析による病態研究も進み,治療研究も行われている。本稿では,新しい先天異常症候群の中で比較的頻度が高いものや注目されている症候群(Pitt-Hopkins症候群,先天性グリコシル化異常症,Schaaf-Yang症候群,PURA 症候群,Takenouchi-Kosaki症候群,ZTTK症候群,Wiedemann-Steiner症候群,PI3K/PTEN/AKT/TSC/mTORC1シグナル伝達経路異常症,Menke-Hennekam症候群,Birk-Barel症候群)を取り上げて解説する。
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5. |
先天性疾患とエピジェネティクス
(阿南浩太郎・中尾光善) |
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エピジェネティクス機構とは,DNA配列の変化を伴わずに遺伝情報を制御する仕組みである。近年,古典的な遺伝学では説明できない先天性疾患の病態に,この機構が関与していることが明らかにされてきた。インプリンティング異常や,クロマチン制御に関わる因子やゲノム上の配列異常の他に,環境因子によるエピゲノム異常が疾患の成立に関わっている。今後の研究の進展により,先天性疾患の新たな病態の理解や,出生前後の環境因子への曝露による多因子疾患の病態解明が期待される。
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6. |
周産期医療に関する遺伝カウンセリングの現状
(関沢明彦・廣瀬達子) |
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妊婦は漠然とした不安を抱き,出生前遺伝学的検査を希望することが多い。検査を希望する妊婦に接した産婦人科医はカウンセリングマインドをもって妊婦に対応することが求められる。その一次的な対応で出生前遺伝学的検査についてさらに詳しく知り,考えたいという希望があるものには適切な遺伝カウンセリングを提供する必要がある。検査を受けない選択もあること,検査でわかることは先天的な疾患の一部であることなど,正しく理解したうえで自律的な意思決定に基づいて検査の受検について判断することが重要であり,その決定を心理的にもサポートするのが遺伝カウンセリングである。
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7. |
周産期医療における遺伝カウンセリングの留意点
(四元淳子) |
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周産期医療における遺伝カウンセリングは,先天異常を構成する各種遺伝性疾患に大きな接点をもつことから,関連するそれぞれの疾患特性に対する十分な知識をもち,妊娠期から分娩後にかけての時期的なタイミングに配慮しながら患者と関わることが求められる。また,必要な情報を無駄なく聴取し,かつ適切に情報提供を行うことは難しく,一般化と個別化が必要である。そのいずれの場合にも疾患背景に応じた心理的配慮が必要であることに留意しなければならない。
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8. |
周産期医療における遺伝学的検査法
(佐々木愛子) |
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近年の分子遺伝学における飛躍的な技術進歩と次世代シーケンサー(next generation sequencer:NGS)の臨床領域への導入に伴い,周産期医療,特に出生前検査における遺伝学的検査においても大きな変化が起こっている。これらを用いた検査である母体血を用いた非侵襲的出生前遺伝学的検査(non invasive prenatal testing:NIPT)や,胎児由来の細胞を用いたマイクロアレイ染色体検査など,周産期医療においてもますます遺伝学的基礎知識の習得が必要になってきた。現在,国内外で実施可能な周産期医療,特に出生前検査における遺伝学的検査法について紹介する。
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9. |
出生前診断の歴史
(亀井良政) |
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出生前診断は,1950年代にRh血液型不適合の出生前診断の手法として羊水穿刺が普及したことに始まる。1956年にヒト染色体数が46本であることが確認され,1968年に初めて羊水細胞を用いたダウン症候群胎児の報告があり,その後は単に染色体の数的異常だけでなく単一遺伝子異常の評価や酵素診断が実施されるようになり,検査対象が広がった。また,検体も羊水から絨毛細胞,受精卵,さらには母体血中胎児DNA断片へと,科学の進歩とともに変遷し現在に至っている。
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●第2章 小児・周産期遺伝医学研究・診療各論 |
1.小児編 |
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1) |
片親性ダイソミーと小児遺伝性疾患
(鏡 雅代) |
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片親性ダイソミー(UPD)は一対の染色体が片親に由来する。一対が伝わるheterodisomy,一本のみが伝わるisodisomyがある。正常表現型の未診断例も存在すると推測されるが,インプリンティング領域を含む染色体のUPDはインプリンティング異常症を引き起こす。片親からヘテロ変異が伝わった場合は,isodisomyにより劣性遺伝病が顕在化する。UPDの発症には,受精時の配偶子の異数性(特に卵子)の関与が多く,母親年齢の高齢化によるUPD発症リスクの増加の報告を認める。
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2) |
染色体微細構造異常と小児神経疾患
(山本俊至) |
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染色体微細構造異常とは,染色体標本を光学顕微鏡下で観察しても確認できない程度の微細な異常であり,古典的な染色体微細欠失症候群はいくつか知られていたが,マイクロアレイ染色体検査などの網羅的ゲノム解析手法が普及して以降,多くの新規症候群が明らかになってきた。それらは欠失によるハプロ不全で引き起こされるだけではなく,ゲノム構造の特徴などによって引き起こされる重複でゲノムコピー数が増加することが症状を引き起こす場合もある。一部の例外を除き,ほとんどの染色体微細構造異常は発達遅滞などの何らかの神経症状と関連している。
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3) |
小児遺伝性疾患の遺伝子治療
(大橋十也) |
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小児遺伝性疾患への遺伝子治療は近年,長足の進歩を遂げている。その大きな要因はウイルスベクターの開発にある。遺伝性疾患に限ればアデノ随伴ウイルスベクター,レンチウイルスベクターがその代表であろう。前者は主にウイルスベクターを直接体内に投与する in vivo 法で,後者は造血幹細胞などへ体外で遺伝子導入後移植する ex vivo 法で用いられている。承認薬も遺伝性疾患に対しては五つあり,リポ蛋白リパーゼ欠損症,原発性免疫不全症,網膜疾患,脊髄性筋萎縮症,サラセミアである。しかしながら,非常に高額である点は今後考えていかなくてはならない問題点である。
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4) |
ゲノム編集技術の小児遺伝性疾患への臨床応用
(三谷幸之介) |
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ゲノム編集法の進歩は,従来の遺伝子付加治療では困難であった遺伝子ノックアウトや遺伝子修復による治療ストラテジーを現実のものとした。一方,ゲノム編集の臨床応用には,従来の遺伝子治療の課題に加えて,人工制限酵素のオフターゲット変異などによるDNA変異導入のリスクなどゲノム編集技術に特有の課題がある。より広範な小児の遺伝性疾患に対する治療応用に向けて,既存の治療法と比較しての客観的なリスクベネフィットを考える必要がある。
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5) |
遺伝性希少疾患の患者登録
(徐 朱ヒョン・奥山虎之) ※ヒョン=王へん+玄 |
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近年,遺伝性希少疾患の病態解明の進歩に伴い新しい治療法の開発が急速に進んでいるが,多くの遺伝性希少疾患は,その患者数や重症度など,患者の実態が明確にされていない。これらの患者情報は,診療レベルの向上や新規治療薬の開発のためには必要不可欠なものである。これまでに一部の疾患において単発的な患者登録は多かったが,資金問題や人材不足により長期運営には至らず,消滅したものも少なくない。今後は,多様化する患者情報を総合的・体系的にまとめ,創薬へ二次利用可能な,患者家族とともに成長できる患者登録が求められる。
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6) |
脳形成障害とてんかん症候群
(加藤光広) |
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脳障害は,脳形成障害のように脳の形態異常を示す場合(構造異常)と,てんかん症候群のように構造異常を示さない場合(機能異常)がある。両者に共通する原因遺伝子の同定により,両者の関連性が分子レベルで説明されるようになった。孔脳症,裂脳症におけるCOL4A1 変異の同定は,一見,環境性(外因)を疑わせる構造異常でも,遺伝性(内因)が関係することを示す。大田原症候群やWest症候群など孤発性のてんかん性脳症ではイオンチャネル以外にも多彩な原因遺伝子と分子病態が続々判明している。遺伝子診断から個別化治療への基盤整備が必要である。
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2.周産期編 |
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1) |
出生前遺伝学的検査で認められる染色体異常
(川崎秀徳・山田崇弘) |
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高年妊娠において頻度が増加する染色体異数性や構造異常は種類が非常に多岐にわたるだけでなく,表現型の幅も非常に広い。構造異常が認められても表現型の異常に直結しないことや正常変異も存在することから,その解釈には慎重を要する。また,出生前診断においては時間的な制約に常に注意する必要があり,限られた時間,そして限られた材料の中で,両親が意思決定できるよう支援を行うことが医療者として何よりも大切である。
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2) |
染色体異常の発生機序
(河村理恵・倉橋浩樹) |
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染色体異常は,生殖細胞レベルでは先天異常や不妊・習慣流産などのリプロダクションに影響し,体細胞レベルではがんや白血病の発生に関与する。近年の網羅的ゲノム解析技術によるゲノムの質的量的解析の進歩や,異常染色体の切断点や融合点のゲノム配列データの蓄積により,多くの染色体異常の発生メカニズムが解明されつつある。生殖細胞系列の染色体異常の発生メカニズムは,精子や卵子のような生殖細胞の発生過程の特殊性と密接に関与する。これらの発生メカニズムを理解することは,科学理論に基づいた遺伝カウンセリングが可能となり,情報提供の信頼度を高める。
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3) |
非確定的遺伝学的検査(NIPTを除く)
(須郷慶信・浜之上はるか) |
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多くの妊婦が何らかの胎児異常の可能性について不安をもつことがあり,遺伝学的評価を希望する場合には非確定的検査も一つの選択肢となる。超音波ソフトマーカーや母体血清マーカー測定は非確定的検査であり,より客観的で具体的なリスク評価値が得られるため胎児染色体異数性のスクリーニング検査としては大変有用である。ただし非確定的検査は,いくつかの疾患の罹患リスクを評価しているに過ぎず,カップルに様々な心理的葛藤を生じる可能性があり,受検者が正しく解釈し,それぞれがその先の方針を決定できるようサポートすることが重要である。
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4) |
NIPT
(佐村 修) |
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無侵襲的出生前胎児遺伝学的検査(noninvasive prenatal testing:NIPT)は2013年4月から日本において臨床研究として開始された。その後の6年間で日本でのNIPTのデータが蓄積され,周産期遺伝カウンセリングを行う施設の整備が促進された。しかしながら,2016年頃より遺伝カウンセリングを全く行わずにNIPTを行う施設が増加しており,様々な点が問題となっている。NIPTには倫理的な問題点と,結果の解釈における問題点が存在する。今まで得られた知見とこれらの問題点を考慮に入れて,今後もNIPTの遺伝カウンセリングを行う必要がある。
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5) |
確定的出生前遺伝学的検査(羊水・絨毛染色体検査)
(種元智洋・下舞和貴子・山内貴志人) |
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確定的な出生前検査の実際としては,G-BAND法やFISH法を使用した細胞遺伝学的検査が中心であり,絨毛細胞や羊水中の胎児細胞を解析する。流産率に関してACOGも,2016年のPractice Bulletinで,中期羊水検査0.11%,CVS 0.22%と報告しており,今後はこの値が引用されると思われる。本稿では確定的検査の実際とそのリスクについて概説する。
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6) |
妊娠初期の超音波検査と染色体異常・遺伝性疾患・先天異常
(中村 靖) |
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妊娠第一三半期における超音波検査の中心となる断面は,正中矢状断面であり,主にNT計測を中心とし,染色体数的異常のスクリーニング目的に全世界的に広い範囲で行われてきた。近年,染色体数的異常のスクリーニングの役割がこの検査からNIPTへと移行しつつあるが,それでもなおNT計測の数々の胎児の問題を発見する端緒としての意義は大きい。これに加え,最近ではこの時期における胎児の形態の観察が,より早期に胎児の問題を発見することにつながることが明らかになってきた。わが国においても,この時期の観察が広く行われるような仕組みづくりが望まれる。
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7) |
妊娠中期の超音波検査と遺伝性疾患
(市塚清健) |
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胎児超音波検査には胎児計測や心拍の確認など倫理的問題を含有しない通常超音波検査と,胎児形態異常の検出を目的とした胎児形態異常スクリーニング検査および胎児染色体異常のリスク評価や単一遺伝子疾患の診断などを目的とした遺伝学的評価超音波検査に分類される。また,胎児超音波検査は形態異常の診断では確定検査になりうる一方で,遺伝学的評価超音波検査においてはあくまで非確定的検査であるという二面性をもつ。遺伝学的評価超音波検査を行う際は必ず検査前後に遺伝カウンセリングを行う必要がある。本稿では妊娠中期における遺伝性疾患に対する超音波検査の意義とその実際について述べる。
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8) |
周産期におけるエピジェネティクス−環境による変化の遺伝−
(秦 健一郎) |
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エピジェネティックな情報は,「DNA塩基配列の変化を伴わず,細胞分裂後も安定して継承される(遺伝する)」ため,生殖・発生分化で重要な役割を担う。その分子的実体はDNAやヒストンタンパク質の化学的修飾であり,臓器ごとにその修飾パターンが異なることにより,同じ遺伝情報をもつ細胞が異なる臓器に分化し,あるいは逆に分化後は自分の役目を忘れずに恒常性を保つことが可能となる。またエピジェネティクスは,環境によって変化する可能性が示されており,今後は胎児期・乳幼児期の環境負荷によるエピジェネティックな変化の有無およびその長期的影響に関する研究展開が待たれる。
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9) |
胎盤限局性モザイク
(三浦清徳) |
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胎盤限局性モザイクは,胎児の染色体核型は正常であるが,胎盤組織に限局して染色体異常が認められる状態で,絨毛検査で染色体検査を行ったときの約1〜2%に認められる。したがって,胎児の染色体検査を目的に実施された絨毛検査で染色体モザイクが認められる場合には,羊水検査による確認検査が必要とされる。胎盤限局性モザイクでは,胎児は正常核型なので,児のほとんどは予後良好と考えられる。しかし,片親性ダイソミーを生じる可能性があり,インプリンティング遺伝子疾患を発症することもある。また胎盤限局性モザイクは,胎児発育不全などの病態との関連が報告されている。胎盤限局性モザイクの遺伝カウンセリングでは,その発生メカニズムならびに関連する病態を理解し,診断から児のフォローアップまで情報提供する必要がある。
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●第3章 小児・周産期遺伝カウンセリング各論
(遺伝カウンセリングの実際/ケーススタディを含む) |
1.小児編 |
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1) |
新生児マススクリーニングと遺伝カウンセリング
(中村公俊) |
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新生児マススクリーニングは,異常を早期発見し,その後の治療や支援につなげるために行われている。対象となる疾患はWilson-Jungnerの基準として示されている。新生児マススクリーニングにおいては,Guthrie法が開発されたことにより,多くの地域で血中アミノ酸の増加を評価するスクリーニングが可能になった。新たな取り組みとしてタンデムマスや拡大スクリーニングの導入も進んでいる。新生児マススクリーニングの陽性者の遺伝カウンセリングにおいては,多くの場合,発症前診断となっており,十分な準備を行ったうえで行うことが望ましい。
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2) |
筋ジストロフィーと遺伝カウンセリング
(長坂美和子・池田真理子) |
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筋ジストロフィーは骨格筋の壊死・再生を主病変とする遺伝性筋疾患であり,50以上の原因遺伝子が解明されてきている。責任遺伝子により遺伝形式が異なり,遺伝カウンセリングには注意を要する。臨床症状の把握,家系図作成と詳細な家族歴の聴取が重要であり,発端者の診断やフォローはもちろん,血縁者の健康管理および心理面,家族関係への影響を念頭において遺伝カウンセリングを行わなければならない。今回はDuchenne型筋ジストロフィー(X連鎖劣性遺伝形式),福山型筋ジストロフィー(常染色体劣性遺伝形式),筋強直性ジストロフィー(常染色体優性遺伝形式)について述べる。
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3) |
ダウン症候群 遺伝カウンセリングと最新研究
(荒堀仁美・北畠康司) |
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ダウン症候群は染色体異常で最も頻度が高く,代表的な小児科疾患である。一般的に広く知られているにもかかわらず,その診断・治療法,予後や将来像に関しては近年大きく変化していることから,必ずしも正しく認識されているとは言えない。遺伝カウンセリングにあたっては,診断や管理についての正しい情報に加え,適切な心理的サポート,利用可能な社会資源,遺伝医療に関する最新知見など,幅広い知識が必要となる。さらに出生前,乳幼児期から成人期にいたるまで,ライフステージに応じた継続的な支援を提供することが重要といえる。
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4) |
Sotos症候群における遺伝カウンセリング
(吉橋博史) |
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Sotos症候群は,過成長,大頭症,精神発達遅滞を主徴とする小児領域では比較的頻度の高い先天異常症候群である。特徴的顔貌,身体的特徴,合併症の組み合わせから臨床診断を疑うことは可能であるが,過成長や大頭症を主要症状の一部とする鑑別疾患は多岐にわたるため,遺伝学的検査の検出限界を考慮した慎重な診断アプローチが重要である。正確な診断はエビデンスに基づいた遺伝カウンセリングを実施するための前提となるものであり,十分な検査前からの情報提供と心理支援,的確な遺伝学的検査の提案が求められる。
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5) |
副腎白質ジストロフィー・ペルオキシソーム病と遺伝カウンセリング
(下澤伸行) |
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X連鎖遺伝形式をとる副腎白質ジストロフィーは遺伝子型に相関しない多彩な臨床型を有する指定難病で,女性保因者でも発症する可能性がある。男性患者の発症前診断は大脳型や副腎不全の予後を改善するため,遺伝カウンセリングが重要になる。またペルオキシソーム病の極型であるZellweger症候群は乳児期に死亡する重篤な常染色体劣性遺伝性疾患で,次子の出生に際して遺伝カウンセリングが想定される。いずれも発端者の遺伝子型を含めた正確な診断と,適切な時期に詳細な疾患情報を伴う遺伝カウンセリングが重要である。
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6) |
性分化疾患の遺伝カウンセリング
(佐藤武志・石井智弘・長谷川奉延) |
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性分化疾患は,染色体,性腺,内性器,外性器のいずれかが先天的に非定型的な状態である。遺伝カウンセリングには,遺伝学,小児内分泌学など多分野の専門的知識が求められる。複数の診療科・他職種から構成される性分化疾患の専門医療チームが,外性器所見を含めた臨床所見,さらには遺伝学的検査,内分泌学的検査,画像検査などの結果を踏まえ,短期的な管理のみならず中長期的な管理について多角的に検討する必要がある。特に生直後のambiguous genitaliaの児における法律上の性別決定は,psychosocial emergencyであり,緊急の遺伝カウンセリングが必要になる。
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7) |
ミトコンドリア病と遺伝カウンセリング
(秋山奈々・村山 圭) |
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ミトコンドリア病の原因はミトコンドリアDNA(mtDMA)の質的・量的変化と核DNA上の遺伝子変異に分けられる。すべての遺伝形式をとる可能性があること,ミトコンドリア遺伝子は変異をもつことがそのまま発症を意味するわけではないこと,症状にも多様性を認めることなどを念頭に置き,慎重な遺伝カウンセリングを実施しなければならない。家系内での遺伝性が明らかになることに対して,クライエントやその家族の心理的反応をアセスメントしながら,「点」ではなく「線」や「面」でサポートを行える体制が必要である。
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8) |
神経線維腫症1型と遺伝カウンセリング
(黒澤健司) |
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神経線維腫症1型(NF1)は,カフェ・オ・レ斑,腋窩鼠径部の雀卵斑様色素斑,神経線維腫,Lisch結節などを特徴とする常染色体優性遺伝病で,原因はNF1遺伝子の機能喪失変異をヘテロ接合で有することによる。ほかに合併症として,びまん性神経線維腫,学習障害,視神経グリオーマ,末梢神経鞘腫,側弯,脛骨異形成がある。発生頻度は3000出生に1例で,最も頻度の高い常染色体優性遺伝病の一つである。罹患者の半数は新生突然変異だが,半数は親も同様のNF1に罹患している。症状の個体差は大きく,家系内でも差がある。親のNF1としての症状の有無に注意を払う。親が分節性のモザイクでも,再発可能性の評価では注意が必要である。
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9) |
脊髄性筋萎縮症Ⅰ型と遺伝カウンセリング
(齋藤加代子・横村 守) |
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乳児の最重症難病である脊髄性筋萎縮症Ⅰ型(Werdnig-Hoffmann病:SMAⅠ型)は,SMN1遺伝子欠失や変異によるSMNタンパク質産生の低下を病因とする。脊髄運動神経細胞の変性・消失による筋萎縮と進行性筋力低下が特徴の下位運動ニューロン病である。核酸医薬品の髄腔内投与による治療が承認され,早期診断・早期治療開始の有効性が示されている。遺伝カウンセリングにおいては,遺伝学的検査による速やかな診断確定と治療介入の有効性を両親・家族が理解し,理学療法を含む医療ケアが可能な体制作りを支援することが重要である。
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2.周産期編 |
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1) |
高年妊娠に関する遺伝カウンセリング
(鈴森伸宏) |
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国内では出産年齢の高年齢化に伴い,妊娠・分娩合併症や胎児疾患の増加がみられ,少産少子化とともに大きな社会問題になっている。出生前診断は,妊娠中に胎児が何らかの疾患に罹患していると思われる場合や,胎児の異常は明らかではないが何らかの理由で胎児が疾患を有する可能性が高くなっていると考えられる場合に,その正確な病態を知る目的で診断を行うことである。高年妊娠に対する出生前診断には医学的・社会的・倫理的に留意すべき課題が多く,適切な遺伝カウンセリングを行ったうえで実施することが大切である。
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2) |
胎児治療と遺伝カウンセリング
(和田誠司) |
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出生前診断の技術は進み,多くの先天性疾患が出生前診断されるようになってきている。出生前診断の前後には児の予後,治療法,次子の再発率などを含めた遺伝カウンセリングが重要である。
胎児治療とは母体を通じて胎児の治療を行うことであり,母体への外科的・内科的な侵襲や早産のリスクが伴うため,治療の対象疾患,治療適応はより慎重に選択される。現在,胎児治療が行われている先天性疾患は,外科的な治療では胎児胸水,下部尿路閉塞,先天性横隔膜ヘルニア,脊髄髄膜瘤など,内科的な治療では先天性副腎過形成,不整脈などである。
一方で再生医療技術のような新しい医療技術も胎児治療への応用が期待されている。先天性疾患の中でも胎児治療が可能な疾患は限られているが,新しい医療技術の進歩により先天性疾患に対しての胎児治療が発展すれば,遺伝カウンセリングの重要性がさらに増すと考えられる。
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3) |
骨系統疾患と遺伝カウンセリング
(室月 淳) |
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骨系統疾患とは全身性の骨格の成長・発達の障害を起こす遺伝子疾患であるが,国際分類で42グループ436疾患に分類され,確定診断に難渋することが多い。しかしその遺伝カウンセリングにあたっては,まず何よりも骨系統疾患についての正しい診断を行うことが必要である。われわれは希少疾患を集積して得られた知見を臨床現場にフィードバックすることを目的として,ノンオフィシャルなネットワークをつくって活動してきた。本稿では骨系統疾患診断のための手順をまとめ,代表的な疾患にしぼって,その遺伝カウンセリングを解説した。正確な診断や予後の推定は,家族への説明や出生直後からの管理方針の検討に役立つだろう。
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4) |
生殖補助医療と遺伝カウンセリング
(竹下直樹) |
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カップルが1年以上妊娠の成立を見ず,医療介入を希望する状態を不妊症と呼ぶ(2015年)。その治療である生殖補助医療は目覚ましい発展を遂げ,様々な挙児希望のカップルに福音をもたらしている。一方,その後の妊娠には遺伝学的な問題も報告されるようになっており,治療を受けるカップルに対し,正確な情報を提供し,不安に対峙する遺伝カウンセリングを行うことは極めて重要であり,妊娠に至る前と妊娠成立後のカウンセリングに大別される。治療前では妊娠の成立に関係する遺伝学的問題以外についても十分に説明することが必要である。また遺伝学的検査により,これまでカップルが知らなかった情報を得ることで大きな問題が生じることもあり,十分な配慮が必要である。生殖補助医療後の妊娠では,先天異常の割合が自然妊娠に比べ高い頻度で認められることが報告されている。しかし,その内訳は必ずしも生殖補助医療施行後妊娠に特異なものではなく,自然妊娠における先天異常の種類と違いを認めないということが現在の世界的なコンセンサスである。
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5) |
着床前診断と遺伝カウンセリング
(中岡義晴) |
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着床前診断(preimplantation genetic testing:PGT)は,生殖補助医療(ART)と遺伝子・染色体解析技術を必要とする先進医療であり,日本産科婦人科学会の管理下で重篤性のある遺伝性疾患および均衡型染色体構造異常に起因する習慣流産のみを対象として実施されている。また生殖補助医療において,胚形態では判別困難な染色体異常胚を診断し治療成績向上をめざす着床前異数性検査は,特別臨床研究として実施が予定されている。
適応対象が単一遺伝子疾患と染色体構造異常による習慣流産では遺伝カウンセリングの内容は大きく異なる。遺伝カウンセリングでは医学面だけでなく倫理面の説明を包括的に行い,夫婦の自己決定を支援することが重要である。
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6) |
不育症と遺伝カウンセリング
(小澤伸晃) |
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夫婦染色体異常は最も因果関係の明白な不育症要因であり,夫婦染色体検査は不育症一般検査に含まれているが,遺伝学的検査であることから検査前の遺伝カウンセリングが必要であり,異常が検出された際は,今後の妊娠に関しての十分な説明と,行いうる治療法に関して情報提供を行わなければならない。また自然流産の原因を特定できる流産染色体検査も,不育症診療を適切に行っていくためには必須の検査であり,現在は先進的遺伝学的検査も導入されており,その対応を含めた遺伝カウンセリングの知識を習得しておく必要がある。
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●第4章 倫理・法・社会的問題 |
1. |
小児・周産期医療の遺伝カウンセリングにおける認定遺伝カウンセラーの役割
(浦野真理) |
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小児・周産期医療の遺伝カウンセリングでは,患児の正確な診断と情報提供はもちろんのこと,夫婦にとって自分たちの子どもが何らかの疾患を有するという事実を受け入れることが重要な課題となる。背景にある家族関係や社会の状況を考えながら親の疾患の受け入れを思索し続け,対応を図ることが肝要である。遺伝カウンセラーとして親や患児の状況に合わせて情報を伝える工夫を続け,臨床遺伝専門医と情報を相補的にしながら,患児とともに家族全体を包括するように心がけることが必要である。
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2. |
小児・周産期の臨床遺伝医療におけるゲノム情報とゲノムリテラシー
(朽方豊夢・秋山奈々・羽田 明) |
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小児・周産期におけるゲノム情報は正確な診断と健康管理において重要な意義をもつ。しかし,すべての疾患に普遍されるものではなく,疾患や症例ごとにゲノム情報の意義を考える必要がある。ゲノム情報を適切に扱うため,医療者に高いレベルのゲノムリテラシーが求められる。臨床医は自身の臨床能力とゲノムリテラシーを高めるとともに,被検者たちのゲノムリテラシーを高めるよう診療努力しなければならない。様々な遺伝学的検査ができるようになりつつあるからこそ,ゲノム情報をどのようにして適切に扱っていくかが求められている。
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3. |
小児・周産期のゲノム情報に関わる社会的における取り扱いと課題(法律を含めて)
(三宅秀彦・福田 令) |
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遺伝情報には,「不変性」,「共有性」,「予測性」という特性があり,臨床的有用性が認められる場合には有用であるが,その一方で,疾患をもつ本人および家族におけるスティグマとなる可能性がある。本邦における遺伝学的検査は,各種法律とガイドラインによって規制がなされているが,遺伝情報に基づく差別を禁止する法律は存在しない。今後のゲノム医療の発展において,法整備とともに情報を正確に扱うための国民全体の遺伝リテラシー向上が望まれる。
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周産期遺伝医療に関するガイドライン
(澤井英明) |
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産婦人科診療において,遺伝カウンセリングを実施する際に必ず知っておくべきガイドラインや指針は多数ある。遺伝カウンセリングでは,医療者側としての医師や認定遺伝カウンセラー®には中立性が求められ,偏りのない情報提供をもとに,最終的にはクライアントの判断に任せることが原則とされている。しかし,医療者にもクライアントにも無制限な選択肢があるわけではなく,おのずと遺伝カウンセリングで提示する内容は,これらの規制により一定の制限を受ける。これらの内容を理解したうえで,適切な遺伝カウンセリングは実施できるので,本稿ではこれらの重要な点をまとめた。
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生殖医療と倫理
(末岡 浩) |
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生殖医療は生命の創生に関わる補助医療であり,生殖活動にどこまで技術を用いて介入してよいのか,多様な意見がある。これに対して,法と倫理面での課題については,医療者を含むすべての人類が新たな技術の発展とともに考えていかなければならないことである。先進的技術に基づく生殖医療の臨床応用については,まず研究ルールの下にそのエビデンスを明らかにすることが必要である。その一方で,すでに繁用されている技術を用いて行われる生殖医療の中で,生殖細胞の取り扱いに関わる課題も少なからず存在する。精子提供,卵子提供,胚提供,そして代理出産など,非配偶者間生殖といわれる医療内容もその一例である。その際に児への"出児を知る権利"や,親の死後に行われる"死後生殖"に関しても法的倫理的議論がある。わが国においては,生殖に関わる法は母体保護法およびクローン法以外に法整備はなされていない。あらゆる医療行為を求めるクライエントが存在するとともに是非が存在することも事実である。社会の意見に対して安易に行われることは厳に慎まなければならない。
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●索引 |