序文【周産期編】

 本書は遺伝子医学MOOK別冊,シリーズ「最新遺伝医学研究と遺伝カウンセリング」の中で,最新の小児・周産期遺伝に焦点を当て,臨床家,研究者,認定遺伝カウンセラー?などのために書かれたものである。周産期遺伝の分野では急速に新しい技術や情報が報告されている。そこで,各ご担当者には解析技術の進歩やそれに伴う新規知見など,新しい情報に特に留意し,さらにその問題点なども含め,総論,各論を詳述していただいた。
 21世紀に入り,ゲノム科学の進展が医学・生物学研究にパラダイムシフトをもたらしている。2000年にヒトゲノム塩基配列の概要版が,そして2003年には完成版が公開され,それらを利用した種々の技術革新が起こった。2007年に入り,次世代シークエンス技術(next-generation sequencing:NGS)が実用化され,解析能力の進歩により個人のゲノム配列が安価で速く決定できるようになった。その結果,ゲノムを俯瞰する「ビッグデータ」が整備され,ヒトゲノム上に存在するSNP(single nucleotide polymorphism,一塩基多型)をマ一カーとして利用し,疾病に関連する遺伝的因子を解明するゲノムワイド関連解析(genome-wide association study:GWAS)が進み,疾患の易罹患性に関連する多くの遺伝子が発見された。周産期遺伝の領域では,2011年秋にNGSの技術を用いたNIPT(non-invasive prenatal testing)が臨床サービスとしてUSAで開始され,日本でも様々な倫理社会的な問題をはらみながらも,NIPTが臨床研究として2013年4月より開始されている。
 このような状況の中で,遺伝性疾患研究・診療にも大きな変革の波が押し寄せている。次世代シークエンサーにより,ゲノム中の遺伝子をコードする領域エクソンをすべて解析する全エクソ一ム塩基配列解析(whole exome sequencing:WES)は,現在原因遺伝子が不明である遺伝性疾患の原因解明研究において第一選択技術となっている。それらの研究により,新たな遺伝性疾患の原因遺伝子が多数発見され,さらに原因不明である先天性/遺伝性疾患の患者を診療した際に,原因遣伝子探索を目的に全エクソームまたは全ゲノム塩基配列解析を臨床検査として行う動きも出てきている。このような検査の流れは小児科領域だけでなく,周産期領域においても原因不明の胎児や新生児の疾患検索にも用いられるようになってきている。
 そこで本書は,最新小児・周産期遺伝医学研究と遺伝カウンセリングについて,第1章では総論として,わが国の周産期遺伝のリーダーの先生方に,周産期医療に関する遺伝カウンセリングの現状や留意点,そして遺伝学的検査法,出生前診断の歴史などについて執筆していただいた。第2章では周産期遺伝医学研究の各論を詳述していた。内容としては,染色体異常,非確定的遺伝学的検査,NIPT,確定的遺伝学的検査,妊娠初期および中期の超音波検査と遺伝性疾患,周産期におけるエピジェネティクス,胎盤限局性モザイクに関して詳述している。
 遺伝医療の現場で,特に周産期に関しては遺伝の問題で不安や疑問を抱えるクライエントが遺伝カウンセリングに訪れる。周産期の遺伝カウンセリングの特徴の一つに時間的な制約が非常に多いことが挙げられる。そこで第3章では,具体例を示しながら,高齢妊娠,胎児治療,骨系統疾患,生殖補助医療,着床前診断,不育症に関しての遺伝カウンセリング各論について,それぞれの領域の第一人者の先生方に紹介していただいた。さらに第4章では,周産期遺伝カウンセリングの中で非常に重要な位置を占める倫理・法・社会的な問題について詳述していただいた。
 小児・周産期遺伝医療に関わる臨床家・研究者・認定遺伝カウンセラー?の方々に,本書が提供する新たな知見を含めた情報の全体を眺めていただき,少しでも各位が臨床業務や研究を充実させる手助けになることを願っている。


東京慈恵会医科大学 産婦人科学講座
佐村 修