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内容目次 |
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序文 (松原洋一) |
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序章:情報共有による難病研究の隘路解消をめざして
(末松 誠) |
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日本医療研究開発機構は,医療分野の研究開発およびその環境整備の中核的な役割を担う機関として2015年4月に設立され,3つのLIFE(生命・生活・人生)を包含する医療研究開発の推進によって,一分一秒でも早く研究成果を社会に実装することをめざしている。本稿では,発足当初より当機構が取り組む難病を含む希少疾患を対象とした研究(未診断疾患イニシアチブ)を概説し,隘路解消を目的とした国内外での情報共有によってどのような効果が得られるのかを紹介する。
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●第1章 難病の診断と病態解析 |
1. |
未診断疾患イニシアチブ
(要 匡) |
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ゲノム解析技術の進歩に伴い,網羅的ゲノム解析による未診断疾患へのアプローチは世界的な流れとなっている。わが国では,2015年夏より小児の希少・未診断疾患イニシアチブ(IRUD-P)が,2016年より成人の未診断疾患イニシアチブ(IRUD-A)が開始された。全エクソーム解析データと臨床情報,検査情報などを総合して判断するアプローチにより,IRUD-Pでは31.9%で診断が確定した。今後,解析精度向上,データ集積・整備,機能解析プロジェクトなどの開始・推進による診断率のさらなる向上,創薬研究への発展が期待される。
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2. |
エピゲノム
(右田王介・秦 健一郎) |
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DNAの配列によらないが遺伝する後成的な遺伝子制御をエピゲノムと呼ぶ。疾患につながるヒトの表現型は,DNA配列が変わり,転写・翻訳されたタンパク質が機能を獲得あるいは喪失したりすることで変化すると考えられてきた。しかし,DNAの転写や翻訳を制御する過程でも,形質に変化をもたらすことがある。遺伝情報への化学的修飾の変化であるDNAメチル化,あるいはヒストン修飾や染色体高次構造などの物理的位置の変化も,エピゲノムに関わることが判明した。エピゲノム解析にもアレイ解析技術や次世代シーケンサーが変革をもたらしており,今後急激に知見が蓄積すると考えられる。
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3. |
ヒトマイクロバイオームデータと病態診断
(服部正平) |
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近年のDNAシークエンシング技術の革新的進歩により,数百兆個の細菌から構成されるヒト腸内細菌叢の集合ゲノム(マイクロバイオーム)の網羅的な解析が可能となった。その結果,例えば,様々な疾患がその腸内細菌叢の変容(dysbiosis)と関連し,常在菌叢と宿主ヒトの健康と疾患などの生理状態が密接に関係することが明らかになってきた。本稿では,次世代シークエンサーを用いた16SリボソームRNA遺伝子およびメタゲノム解析の基本工程,それによるヒト常在菌叢の基本構造や疾患における細菌叢
dysbiosis,疾患関連細菌データなどについて解説する。
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4. |
大規模コホート調査とメタボローム解析が明らかにする日本人代謝プロファイル
(小柴生造・山本雅之) |
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ヒトの代謝環境は各種疾患の発症により変動することが知られているが,比較対照としての日本人の標準的な代謝プロファイルを大規模に調査した例はない。東北メディカル・メガバンク機構では平成25(2013)年度から大規模前向きコホート調査を進めており,その一環として収集した検体の各種オミックス解析を行っている。既に1000人以上の血漿メタボローム解析を行い,各種代謝物の標準的なプロファイルを明らかにするとともに,ゲノム多型が日本人の代謝環境に与える影響について明らかにした。本稿では当機構の最近の成果について紹介する。
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●第2章 難病の病態モデル作製 |
1. |
ゼブラフィッシュ
(久保 純・宮坂恒太・松本 健・小椋利彦) |
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ゼブラフィッシュは,実験動物として多くの利点をもっており,発生生物学などの基礎生物学の分野から疾患モデル,創薬まで,実に幅広い研究に用いられている。遺伝子機能の阻害実験,ゲノム編集,トランスジェニック作製など,技術的な進歩も目覚ましい。本稿では,ゼブラフィッシュ実験の現状と可能性について論説する。
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2. |
患者由来iPS細胞を用いた病態モデル作製
(戸口田淳也・山中伸弥) |
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特定の疾患に罹患した患者から樹立した疾患特異的iPS細胞は,病態を in vitro で再現できるツールとして様々な領域で応用が進められている。単に病態を再現するだけでなく,発症に必要な因子の同定,遺伝子型-表現型の解析からの病態解明,原因遺伝子特異的iPS細胞を用いた個別化医療に向けた創薬,さらに多因子疾患への応用など,治療に連結する成果があげられている。分化誘導技術,CRISPR/Cas9 によるゲノム編集技術,そして次世代シークエンサーを活用したゲノム解析技術という周辺技術の著しい進歩の支援を受け,今後さらに医療応用が進むことが期待される。
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3. |
疾患モデルマウス:家族性アミロイドポリニューロパチー
(山村研一) |
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マウス個体へのヒト変異TTR遺伝子導入により樹立した疾患モデルマウスにより,家族性アミロイドポリニューロパチーの病因・病態解析が進んだ。しかし,ヒトTTRはマウスTTRと雑種4量体を形成するとより安定化すること,またヒトTTRとマウスRBP4との親和性はヒトRBP4とのそれとは異なることから,治療法の検証には不十分であった。そこで,マウスTtrおよびRbp4の遺伝子は破壊しつつ,ヒト遺伝子をノックインしたダブルヒト化マウスを作製することにより,薬剤の効果を検証できるようになった。今後は,臓器や組織のヒト化マウスの構築が必要になると思われる。
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4. |
小型霊長類マーモセットによる病態モデル
(井上貴史・佐々木えりか) |
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疾患の原因究明,病態の解析,診断・治療法開発のための研究に様々な病態モデル動物が貢献している。哺乳類としてはマウスを中心に遺伝子レベルから行動レベルまでヒト疾患を再現する多様な病態モデル動物が作製されている。しかし,齧歯類とヒトとの間での解剖や生理・代謝機能の差異からマウスを用いた解析には限界があり,その実験結果が必ずしもヒトに外挿できないことがある。ヒトと同じ霊長類に属するサル類(非ヒト霊長類)はその差異を埋めるモデル動物である。本稿では,非ヒト霊長類の中でも小型で繁殖効率が高く,ライフサイクルが比較的短いといった特性を有するコモンマーモセット(マーモセット)による病態モデルについて解説する。
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●第3章 難病の治療法(総論) |
1. |
遺伝子治療の現状と展望
(金田安史) |
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遺伝子治療は1990年代には難病に対する革新的な治療法として大いに注目され臨床応用の件数も飛躍的に伸びたが,未熟な技術にもかかわらず期待だけが大きかった。1990年代の後半には,成果が出ない一方で,死亡事故や規制違反など問題点が浮き彫りになった。2000年代にはX-SCIDの遺伝子治療で3年間免疫状態が改善していた患者から相次いで白血病が発症し,遺伝子治療に対する期待が急速に萎んた。しかし2011年頃から,遺伝性疾患の治療が相次いで好成績を挙げはじめ,がん治療でも有望な治療法が開発されてきた。臨床応用も安定して伸びはじめている。2012年以降,欧米で承認を受けた遺伝子治療薬は現在3種類あり,今後も承認される治療薬の件数は増加するであろう。一方,最近ではヒトゲノム編集技術が現実的なものになり,遺伝子治療は新たな局面を迎えている。
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2. |
酵素補充療法の現状と今後の展開
(奥山虎之) |
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多くの先天性疾患では,酵素などの機能性タンパク質の先天的欠損が原因となる。酵素補充療法が治療に応用されている疾患のほとんどは,ライソゾーム病である。例外的に,低ホスファターゼ症などがある。ライソゾーム病は,ライソゾーム内に局在する50種類くらいの酵素の先天的欠損により生じる先天代謝異常症である。この欠損している酵素を製剤にして定期的に投与する方法が酵素補充療法である。8種類のライソゾーム病に対して,10種類の酵素製剤が使用可能である。酵素補充療法が開発され10年が経過し,その効果とともに限界も明らかになってきた。酵素製剤は,血液脳関門を超えることができないため,神経細胞やグリア細胞に酵素を供給することができない。そのため,多数のライソゾーム病に認める中枢神経症状を改善することができない。中枢神経症状に効果的な酵素治療の開発が進んでいる。
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3. |
核酸医薬
(佐々木茂貴) |
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核酸医薬は数個〜数十個のヌクレオチドを連結したオリゴヌクレオチドで,がん,糖尿病などの多因子疾患や感染症など様々な疾患に対する治療薬の開発が進んでいる。最近では単因性遺伝子疾患の治療薬として,2013年には家族性高コレステロール血症治療薬が,2016年には筋緊張性ジストロフィー治療薬が認可された。核酸医薬はホスホロチオエート構造や糖部修飾体の開発によって代謝安定化の課題が解決され,siRNA医薬は脂質ナノ粒子など効果的な薬物送達システム(DDS)との技術融合によって全身投与が可能になっている。今後ますます多くの核酸医薬が臨床実用化されることが期待される。
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4. |
難治性神経変性疾患における治療開発
〜 疾患特異的iPS細胞を用いた神経疾患モデルの構築と治療薬の開発
(岡田洋平・祖父江 元) |
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近年の科学技術の進歩により,疾患の発症や進展に関わる特定の分子やシグナルを特異的に抑える分子標的薬の開発が進められており,これまでなすすべがなかった難病に対する新たな治療薬の期待が高まっている。神経変性疾患においても,神経変性そのものを抑止する疾患修飾療法の開発が進められており,なかでも疾患特異的iPS細胞を用いた新たな疾患モデルの確立,および病態解析やドラッグスクリーニングへの応用が注目を集めている。近年の爆発的技術革新により,iPS細胞による新たな創薬ストラテジーの確立が加速すると考えられる。
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5. |
先天代謝異常症のタンパク質ミスフォールディングに対する治療:
薬理学的シャペロンとタンパク質恒常性制御因子
(大野耕策) |
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多くの先天代謝異常症では原因遺伝子のミスセンス変異によって,原因タンパク質の三次元的高次構造に異常(ミスフォールディング)をきたし,不安定となって小胞体関連分解システムで分解される場合がある。薬理学的シャペロンは低分子化合物をミスフォールドしたタンパク質に結合させ,三次元的構造を改善して,そのタンパク質を安定化・活性化して機能を回復させることを目的とした治療法である。一方,タンパク質恒常性制御因子は細胞内のタンパク質の合成,フォールディングや分解の過程に作用し,タンパク質の恒常性維持能を高めてミスフォールドしたタンパク質を安定化・活性化することを目的としている。いずれの治療法も経口投与可能な低分子化合物を用いており,中枢神経系へ移行することから先天代謝異常症の中枢神経症状の治療法として期待される。
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6. |
同種造血幹細胞移植
(矢部普正) |
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同種造血幹細胞移植は難治性白血病や重症再生不良性貧血に対し,根治を期待しうる治療として開発されたが,原発性免疫不全症や先天代謝異常にも広く行われている。白血病に対しては超大量の抗がん剤や全身放射線照射を可能とし,さらに同種免疫細胞治療としての効果を発揮する。再生不良性貧血に対しては造血幹細胞,原発性免疫不全に対しては免疫担当細胞の補充・置換によってそれぞれ造血能・免疫能を再構築し,治癒に導く。先天代謝異常に対しては欠損酵素・タンパクの補充を行うほか,遊走する単球系細胞が全身諸臓器の修復に貢献する。
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7. |
再生医療 iPS ES
(梅澤明弘) |
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再生医療は,ヒトの臓器や組織の確保が難しいわが国の医療状況下において強く期待されており,研究の進歩に伴う技術的な実現可能性の高まりとともに,製品開発を望む声がますます強くなっている。なかでも,ヒト胚性幹細胞加工製品(ヒトES細胞加工製品)やヒト人工多能性幹細胞加工製品(ヒトiPS細胞加工製品)を原料とした再生医療等製品に対する期待は大きい。それに伴い整備された2つの法律,再生医療等安全性確保法および医薬品医療機器等法のもとで,臨床試験および臨床研究における成功例を提示していく必要がある。
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8. |
ゲノム編集
(高橋 智) |
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ゲノム編集は,ゲノムDNAを切断する人工ヌクレアーゼを用いて,生物のゲノムDNAを非常に効率よく改変する方法であり,培養細胞だけでなく,これまで不可能であった生体内細胞や受精卵のゲノムDNA改変が可能となった。ゲノム編集技術の登場により,生命科学研究や遺伝子治療の方法が大きく変わろうとしている。一方で,人工ヌクレアーゼの配列認識の特異性や編集効率の問題など,技術的にさらなる改良が必要な部分もあり,その使用には倫理的な問題に加えて技術的な限界を十分考慮する必要がある。
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●第4章 難病の治療法(各論) |
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1) |
慢性肉芽腫症
(小野寺雅史) |
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慢性肉芽腫症(CGD)は食細胞の機能異常により体内に侵入した病原体を殺菌できず,感染が持続する疾患である。一方,これまでのキャリア解析から10%程度の機能的好中球が存在すれば重篤な感染症は起こらないことが知られ,CGDは遺伝子治療開始当初より適当な対象疾患と考えられていた。ただ,成功の要因となる遺伝子導入細胞の増殖優位性や生着に必須な骨髄間隙が欠如し,さらには慢性的な炎症状態から遺伝子導入細胞が排除されやすく,現時点で有効な遺伝子治療の報告はない。今後もCGD遺伝子治療の開発は遺伝子治療全体の開発につながる重要な研究テーマである。
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2) |
AADC欠損症に対する遺伝子治療
(山形崇倫・小島華林・中嶋 剛・村松慎一) |
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AADC欠損症は,ドパミン,セロトニンの合成障害により,臥床状態で,眼球偏位発作,ジストニアなどをきたす疾患である。2型AAVベクターにAADC遺伝子を搭載したベクターを作製し,両側被殻に注入する遺伝子治療を患者5人に実施した。全例,運動機能が改善し,一時的な舞踏病様運動以外の大きな有害事象はなかった。重症型2例は歩行器歩行が可能に,中間型1例は歩行や会話が可能になった。神経疾患に対するAAVベクターを用いた遺伝子治療が有効で安全なことが確認された。今後,早期診断,早期治療導入の体制を作る。また,他疾患の遺伝子治療法開発も進めている。
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1) |
ライソゾーム病に対する酵素補充療法
(井田博幸) |
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酵素補充療法は対症療法しか存在しなかったライソゾーム病患者に対して画期的な治療法である。すなわち,酵素補充療法により症状が改善し,あるいは症状の進行が抑えられることにより患者のQOLが改善するようになった。しかしながら,抗体産生による臨床効果の減弱,中枢神経症状に対して有効性が乏しいこと,良好な治療効果を得るための早期診断法の確立などの問題点が明らかになっている。
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2) |
筋萎縮性側索硬化症(ALS)に対するHGF
(青木正志) |
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筋萎縮性側索硬化症(ALS)は選択的な運動ニューロン死をきたす代表的な神経変性疾患であり,神経難病の象徴的疾患とされている。私たちはALSラットに対してヒト型リコンビナント肝細胞増殖因子(HGF)タンパクの髄腔内持続投与を行うことにより,明確な治療効果を確認した。さらにマーモセットおよびカニクイザルに対するHGFタンパクの髄腔内持続投与による安全性(毒性)および薬物動態試験などの非臨床試験を行った。これらの結果に基づき東北大学病院においてALS患者に対する第Ⅰ相試験が終了し,現在,大阪大学との2施設で第Ⅱ相試験を行っている。さらには急性期脊髄損傷患者に対する第Ⅰ/Ⅱ相試験も行っている。
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1) |
デュシェンヌ型筋ジストロフィーの新規核酸医薬品開発をめざして
−エクソン53スキップ薬開発の現状−
(青木吉嗣・武田伸一) |
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デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は,ジストロフィン遺伝子の変異が原因で生じる難治性・希少性の遺伝性筋疾患である。現在,DMDを対象にアンチセンス核酸医薬を用いたエクソンスキップと呼ばれるスプライススイッチ治療の開発が有望視されている。私達の研究グループは,DMDのマウスおよびイヌモデルを対象に,25塩基長程度の短いモルフォリノアンチセンス核酸を用いて,標的特異的な効果と他の核酸医薬と比べて格段に高い安全性を実証してきた。こうした基盤的研究成果を受けて,DMD治療剤NS-065/NCNP-01(エクソン53スキップ薬)は厚生労働省の先駆け審査指定制度の対象に初指定され,現在,国内第Ⅰ/Ⅱ相試験が進行中である。さらに,米国ではNS-065/NCNP-01の第Ⅱ相試験が同時進行中であり,同治験薬は米国食品医薬品局から,「ファストトラック」,「オーファンドラッグ」,「希少小児疾患」の3種の指定を受けた。本稿では,主として世界初のエクソン53スキップ治療薬に向けた本邦における取り組みについて概説し,次世代ゲノム編集治療法開発の試みについても概説したい。
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2) |
福山型筋ジストロフィー
(戸田達史) |
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福山型先天性筋ジストロフィー(FCMD)はわが国の小児期筋ジストロフィーではデュシャンヌ型の次に多い常染色体劣性遺伝疾患で,重度の筋ジストロフィー病変とともに,多小脳回を基本とする脳形成障害が共存する。ほとんどのFCMD患者は,フクチン遺伝子の3'非翻訳領域に「動く遺伝子」である約3kbのSVA型レトロトランスポゾンの挿入型変異を認める。レトロトランスポゾンのスプライシング異常により発症し,是正するアンチセンス核酸治療が動物実験で成功しており,分子標的治療に道がひらかれつつある。ジストログリカンの糖鎖にリビトールリン酸が発見され,フクチン,FKRP,ISPDなどジストログリカン異常症はリビトールリン酸を合成・転移する酵素の欠損である。
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4. |
薬剤の開発:低分子化合物,分子標的薬・抗体医薬 |
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1) |
肺がんの新しい分子標的薬
(矢野聖二) |
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肺がんの予後のさらなる改善には,分子標的薬耐性の克服とEGFR/ALK 以外の発がん遺伝子異常に対する分子標的薬の開発が必要である。筆者らは,東洋人特異的なBIM遺伝子多型に起因するEGFR阻害薬耐性をヒストン脱アセチル化酵素阻害薬併用により克服する医師主導治験や,RET融合遺伝子を有する肺がんを対象にALK阻害薬の適応拡大をめざす医師主導治験を実施している。さらに,KRAS 変異を有する肺がんにおいて,MEK阻害薬と上皮間葉移行状態に応じてERBB3阻害薬またはFGFR1阻害薬を併用することで制御できる可能性を示し,新たな治療戦略を提唱している。
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2) |
関節リウマチ
(南木敏宏・川合眞一) |
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関節リウマチ(RA)に対して,TNF阻害薬などの生物学的製剤,さらに低分子化合物の分子標的薬としてJAK阻害薬が用いられるようになり,RAの治療は飛躍的に進歩した。しかし,それでも治療抵抗性の患者がみられ,また感染症をはじめとする副作用により十分に治療ができない患者もいる。現在,低分子化合物として新規のJAK阻害薬をはじめとする種々の薬剤が開発中である。また,生物学的製剤も新たなIL-6阻害薬,また新規治療標的に対する薬剤も開発されている。今後もさらなる治療の進歩が期待されている。
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3) |
脊髄性筋萎縮症(SMA)における新規治療
(齋藤加代子) |
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脊髄性筋萎縮症(SMA)のゲノム構造は,責任遺伝子SMN1 遺伝子と,修飾遺伝子SMN2 遺伝子が存在し,エクソン7とイントロン7に塩基配列の違いがある。SMN2 ではエクソン7のスキップにより機能的SMNタンパク質がSMN2 遺伝子からはほとんど産生されない。この領域のpre-mRNAに対してアンチセンス核酸医薬品を作製し,髄腔内投与によりSMN2 mRNAのエクソン7のスキップ抑制が可能となった。病態修飾療法としての医薬品開発の発展,遺伝子治療の進歩,治験による臨床導入の促進,新生児マススクリーニングによる早期診断・治療介入などの展開が期待される。
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4) |
PARP阻害薬開発の現状と展望
(三木義男) |
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近年,PARP 〔poly(ADP-ribose)polymerase〕 のがん治療分子標的としての可能性に注目が集まり,遺伝性乳がん・卵巣がんを契機に,PARP阻害薬による合成致死(synthetic
lethality)療法の開発が進んでいる。欧米では,すでに卵巣がんに対し数種のPARP阻害薬が承認され,BRCA機能障害など,DNA二本鎖切断修復機能低下に基づく感受性例の選定指標の開発も進んでいる。また,PARP阻害薬の耐性メカニズムやその耐性克服法も報告されるなど,PARP阻害薬による新規がん治療法開発が大きく進んでいる。
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1) |
リソソーム病の薬理シャペロン療法
(檜垣克美・難波栄二) |
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遺伝性リソソーム病とは,細胞内小器官リソソームに存在する加水分解酵素の遺伝的欠損により起こる代謝疾患群で,多くは小児期に進行性の中枢神経障害により発症する。リソソーム病に対するシャペロン療法とは,標的リソソーム酵素に結合し,酵素タンパク質構造を安定化する低分子化合物(シャペロン化合物)を用い,変異酵素活性を復元する療法である。この方法は日本で最初に開発されたもので,またシャペロン化合物は血液脳関門を通過し,脳病変にも有効性を示す。ここでは,筆者らが中心に開発したGM1-ガングリオシドーシスに対する薬理シャペロン療法を中心に紹介する。
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1) |
副腎白質ジストロフィー(ALD)の造血幹細胞移植
(下澤伸行) |
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副腎白質ジストロフィー大脳型の唯一の治療法は発症早期の造血幹細胞移植である。有効な治療予後につなげるためには発症後の早期診断に加え,家系解析による発症前患者の発見から新生児マススクリーニングの導入も課題である。移植法も国内での骨髄非破壊的前処置の導入や臍帯血バンクの整備,海外での遺伝子改変自己造血幹細胞移植の臨床治験が進められている。一方で,現状では発症前に診断しても大脳型の発症予測が不可能なため,発症を確認後に移植しており,大脳型病型診断法の開発は発症前移植から発症予防につながる臨床現場からの喫緊の課題である。
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2) |
先天代謝異常症に対する肝移植
(笠原群生) |
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代謝性肝疾患に対する肝移植医療はすでに安全な医療として確立している。代謝性肝疾患は,①酵素欠損・異常により肝硬変に至る疾患群,②肝実質細胞に著明な病変はないが,酵素欠損・異常により肝外に重篤な症状をきたす疾患群に大別が可能である。代表的な代謝性疾患に対する肝移植適応,その成績について概説する。
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1) |
重症心不全に対する心筋再生治療法の開発
(澤 芳樹) |
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細胞シート移植法はES/iPS細胞を含むすべての細胞ソースにて治療手段として応用が期待できる再生医療の基盤技術である。2007年には,心臓移植待機中の拡張型心筋症患者が本治療により人工心臓から離脱し現在も元気にされているという
first in human の臨床試験に成功した。以来,35例以上の重症心不全患者を治療し,LVAS離脱自宅復帰の2例を含めて,本治療法が重症心不全の心機能や症状を安全に向上し,生命予後を改善しうることを臨床的に証明した。一方,技術移転のもと,虚血性心筋症に対する企業治験が終了し,2015年4月には多施設治験の結果が論文発表され,今夏にも保険承認申請が承認される。また成人および小児の拡張型心筋症を対象とした2つの医師主導治験も開始した。
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2) |
iPS細胞を用いた筋萎縮性側索硬化症の疾患モデル
(仁木剛史・井上治久) |
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筋萎縮性側索硬化症(ALS)は,病理学的には運動神経細胞の変性によって生じる疾患である。臨床的には全身の筋肉が萎縮し,根本的治療法は存在しないため,人工呼吸器を使用しなければ発症後3〜5年で呼吸不全に至る。そのため,発症メカニズムの解明に基づく根本的治療法の開発は急務である。しかしながら,発症メカニズムは未解明な部分が多く残されている。これらの課題を解決するため,幹細胞を用いたALSの疾患モデルが利用され,治療法の研究と開発が進展している。
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3) |
ES細胞による再生医療
(阿久津英憲・土田奈々絵) |
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わが国では,再生医療の実用化を促進する制度的枠組みが整い,医療のみならず再生医学や再生医療関連産業の更なる発展が期待されている。ヒト胚性幹細胞は,1998年に樹立が報告され,2010年には脊髄損傷患者に対して臨床試験 (first in human trial) が開始された。これまで有効な治療法がなかった疾患にも効果が期待できる画期的な治療法となることが期待される。本稿では,ヒト胚性幹細胞の特性を理解するとともに,世界で進む再生医療の現状を概説する。
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1) |
ゲノム編集
(高田修治) |
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ゲノム編集は生きている細胞内のゲノムを人工的に書き換える技術であるため,難病の原因となる変異を正常配列に戻す技術として期待されている。現在のところ,まだヒトの難病治療には使われていないが,モデル動物や細胞などにより,これらの治療に向けた研究開発が行われている。本稿では遺伝性高チロシン血症Ⅰ型,網膜色素変性症,血友病A,デュシェンヌ型筋ジストロフィーを対象に,ゲノム編集により疾患モデル動物や症例由来iPS細胞などを用いて難病の原因となる変異を修復した例について紹介する。
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2) |
疾患モデルマーモセット
(佐藤賢哉・佐々木えりか) |
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難病の病因や病態の解析および新薬の開発を行うためには疾患モデル動物を用いた検討が不可欠である。マウスを主とした実験動物はこれまでに原因遺伝子の同定などに重要な役割を担ってきたが,病態を再現することが難しい場合も多く,ヒトに近縁な霊長類の疾患モデルの確立が望まれてきた。近年登場したゲノム編集はこれを可能とする新技術であるが,世代時間の長い霊長類ではファウンダー世代において表現型を示す動物を効率的に作製する必要がある。本稿ではわれわれが体系化したゲノム編集技術による免疫不全マーモセットの作製方法とその表現型解析について述べる。
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1) |
炎症性腸疾患の治療総論
(水野慎大・金井隆典) |
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炎症性腸疾患は患者数が急速に増加している一方で,治療選択肢も拡大しつつある。しかし,いまだに根本治療が確立していないことに加えて,治療抵抗例や治療に伴う副作用で治療に難渋する症例も多く,さらなる研究開発の推進が求められている。近年,腸内細菌学や再生医療の技術開発が進み,従来の免疫統御療法とは異なるアプローチによって炎症性腸疾患の病態の本質に迫った治療が開発されることが期待されている。
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●第5章 難病研究今後の展開 |
1. |
次々世代のゲノム解析
(岩間一浩・松本直通) |
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次世代シークエンサーがゲノム医学に与えた影響は大きく,網羅的に遺伝子解析を行うことで核家族の孤発例に対してもアプローチが可能となった。全エクソーム解析は,原因不明の遺伝性疾患の責任遺伝子探索手法の第一選択技術となっているが,その検出力は全体では約30%と言われており,未診断症例に対しては近年登場した第3世代シークエンサーに期待が寄せられている。本稿では,現行の次世代シークエンス技術について概説する。
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2. |
データシェアリングによる研究促進
(小崎健次郎) |
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希少遺伝性疾患の患者に,より良質な医療を提供するためにデータシェアリングが必須である。詳細なデータを共有しようとするほど,個人情報に対するより慎重な配慮が必要となる。全ゲノム・エクソームデータは個人識別符号に当たる。データ共有のレベルは,制限共有・制限公開・非制限公開に分類される。米国では10万を超える病的バリアントが集積され,非制限公開されている。日本人特有の病的バリアントデータベースの確立が急務である。未診断疾患の研究では,症状を標準的な術語(HPO)で表現したうえで,類似症例を探し出す。
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●索引 |