序文

 このところ難病研究の進展が著しい。それが具体的にどのようなものであるか,本書を一読すれば概略が理解できるように編集させていただいた。難病の診断と病態解析,病態モデル作製,治療法(総論・各論),そして今後の研究展開の展望という構成になっている。
 「難病」という用語,概念はわが国独特のものである。従来この難病には,原因不明,病態未解明,治療法未確立などという重苦しいイメージが付帯していた。公的研究費による研究班が組織された疾患でも,長年の研究にもかかわらず本態解明や治療法への糸口が見出せないものが数多く存在している。さらに,病名すら不明で何年にもわたって検査を繰り返したり,あるいは様々な医療機関を渡り歩く患者も少なくない。むろん医師の経験不足によって未診断となっている場合も散見されるが,これまでに報告されていない新しい疾患概念であることも稀ではない。
 難病の多くは,遺伝子異常や遺伝的素因が関与している。近年の遺伝子解析技術の驚異的な進歩は,様々な難病の病態解明への道を切り開きつつある。その先鋒は次世代シークエンサーによる個々人のゲノムの網羅的解析である。ほんの十数年前,1人のゲノムを解読するために数千億円もの資金と長い年月が費やされたが,今では同じことが十数万円で数日のうちに可能となった。この革新的な技術を用いて,疾患発症の原因となる遺伝子変異や遺伝的素因を短期間のうちに解明できるようになった。そのおかげで,続々と新しい病因遺伝子が国内外で発見されつつある。いったん病因遺伝子が特定できれば,それまでは五里霧中であった疾患の病態解明と治療法探索にとって大きな第一歩となる。このような背景をもとに,世界各国で未診断疾患解明プロジェクトが進行している。わが国でも日本医療研究開発機構(AMED)のもとで未診断疾患イニシアチブが立ち上がり,目覚ましい研究成果が得られている。
 難病の病態解明に伴い,その治療法の開発についても近年著しい進展が認められる。種々の疾患に対する酵素補充療法や分子標的薬は,すでに医薬品として実臨床で広く使用されている。また,一昔前までは研究段階を脱していなかった遺伝子治療や核酸医薬も実用段階に入ってきた。臓器移植や再生医療という方面からのアプローチも成功を収めてきている。さらに最近ではゲノム編集技術によるピンポイントの遺伝子改変が脚光を浴びている。治療法開発は日進月歩の勢いで進んでおり,今後ますますの発展が期待される。ゲノム研究に基づく個別化医療が唱えられて久しいが,ようやく今ゲノム医療の時代が到来しつつあるといえよう。
 末筆ながら,今回執筆の労をとっていただいた各斯界のリーダーにあらためて御礼申し上げたい。


松原洋一