|
内容目次 |
|
● |
監修によせて (珠玖 洋) |
|
 |
|
●第1章 総論 |
1. |
がん免疫療法 - 夢,研究,そして実現への長い道程 -
(中山睿一) |
|
がん免疫療法は,今,初めてその有効性が証明され,免疫療法が新しい時代を迎えていることを実感する。本稿では,がん免疫療法について,ここに至る道程を振り返ることにする。がん免疫療法の歴史は1800年代末のColeyの先駆的な治療の試みに始まる。1950年代に入り,移植実験により生体はがんに対して移植抵抗性を示すことが明らかにされ,がん抗原の存在が明らかになった。その後,1970年代以降の免疫学の急速な進歩の基盤の上に,1990年代に入り,抗体あるいはT細胞が認識するがん抗原が分子レベルで同定され,がん抗原を免疫原に用いたがんワクチンを治療に用いることが可能になった。一方,1990年代には,免疫チェックポイント分子や制御性T細胞など免疫抑制の機構も明らかになった。2000年以降,これらの知見の臨床応用が可能となり,がん免疫療法は新たな展開を迎え,その成果には目を見張るものがある。今後は複合的な免疫療法として,さらにより効果的ながん免疫療法を開発することが課題である。
|
|
2. |
ヒトがん免疫病態の理解と展望
(河上 裕) |
|
免疫チェックポイント阻害療法など,抗腫瘍T細胞をエフェクターとする免疫療法の治療効果が明確に示され,最近リバーストランスレーショナル研究として,個人差が大きく,広くがん治療の反応性に関与する,がん免疫病態の細胞・分子レベルでの解明と制御法の開発が進んでいる。特に,治療前に抗腫瘍T細胞が誘導されている場合と誘導されていない場合を区別した,免疫状態の解明が重要である。マウス腫瘍モデルでの基礎研究と合わせて,より治療効果の優れる個別化・複合がん免疫療法の開発が期待される。
|
|
3. |
免疫チェックポイント阻害剤のもたらしたインパクト
(安達圭志・玉田耕治) |
|
厚生労働省の統計によれば,わが国における2015年の全死亡者に占めるがんの割合は28.7%であり,全死亡者の約3.5人に1人ががんで死亡している。免疫療法は,外科療法,化学療法,放射線療法に続く第4の治療法として発展してきた。特に,治療抵抗性の一因となっているがんの免疫抑制環境を破壊する 『免疫チェックポイント阻害療法』 は,これまでにない臨床効果を示す画期的治療法であり,いくつかの阻害剤は承認薬として臨床応用されている。本稿では,がん免疫療法の有効性を確立し,大きなインパクトを与えた免疫チェックポイント阻害療法開発の背景と展望について概説する。
|
|
4. |
がん免疫反応の攻める側と抑える側
(杉山栄里・西川博嘉) |
|
近年,がん治療の第4の柱として免疫療法が注目され,目覚ましい発展を遂げている。抗腫瘍免疫応答の要はがん細胞を殺傷するCD8陽性キラーT細胞の活性化であり,キラーT細胞などの免疫担当細胞に発現している免疫チェックポイント分子を阻害,もしくは免疫共刺激分子を刺激することにより,抗腫瘍免疫応答を増強できることが明らかになってきた。一方,腫瘍局所では,免疫応答を抑制する制御性T細胞が多数浸潤することで抗腫瘍免疫応答を阻害することが知られており,これらを除去することにより,抗腫瘍免疫応答を増強させ,がん細胞を駆逐する治療薬の開発が期待されている。
|
|
5. |
抗がん剤による細胞死と宿主免疫応答
(地主将久) |
|
化学療法や分子標的療法など直接的な抗腫瘍効果を有する薬剤は従来免疫応答とは無関係と考えられていたが,近年,腫瘍免疫修飾を介した抗腫瘍メカニズムを有することが明らかになりつつある。その理論的根拠の最も有力な説に免疫学的細胞死 (immunogenic cell death:ICD) がある。ICDは抗がん剤による腫瘍細胞死に伴う自然免疫活性が,抗原提示細胞の免疫原性を高めることにより,腫瘍特異的なT細胞応答を惹起するという説であるが,その科学的エビデンスの多くは前臨床研究に依拠しており,今後の臨床研究による確証が待たれるところである。他の抗がん剤による免疫調節機構としては,制御性T細胞除去やT細胞生存活性,抗原提示能促進などが知られており,その制御メカニズムは多彩であることが想定される。以上より,抗がん剤を介した免疫制御メカニズムの全容解明が,複合的免疫療法の治療法選択の最適化につながると考えられる。
|
|
6. |
腸内細菌とがん治療応答性
(加藤琢磨) |
|
腸内細菌は適切な免疫系の発達に必須の因子であり,腸内細菌叢と種々の免疫応答に密接な関係があることが明らかにされつつある。ここ数十年来の急速ながん免疫研究とがん免疫治療の発展は,従来の化学療法によるがん治療においても患者自身の免疫応答がその治療効果の一翼を担っていることを明らかにした。本稿では,近年注目を集めている免疫チェックポイント阻害剤やT細胞輸注療法のみならず,化学療法も含む種々のがん治療応答性に腸内細菌が大きな影響を及ぼしていることを概説する。
|
|
●第2章 最近のがん免疫療法開発の臨床的成果と位置づけ |
|
|
1) |
悪性黒色腫
(山﨑直也) |
|
|
抗CTLA-4抗体イピリムマブならびに抗PD-1抗体ニボルマブ,ペムブロリズマブといった免疫チェックポイント阻害薬の開発の成功によって進行期悪性黒色腫の治療は急速な進歩を遂げている。また,このことは悪性黒色腫のみならず,がん薬物療法そのものを変える感さえある。さらにイピリムマブとニボルマブの併用による複合免疫療法によって治療効果はさらに向上したが,同時に免疫に関連する重篤な副作用の頻度も高くなることが明らかとなった。今後は,低分子性分子標的薬や近年開発の盛んな腫瘍溶解ウイルスなどとの併用によって安全でより高い生存割合と長期効果の実現が期待されている。
|
|
|
2) |
婦人科腫瘍に対するがん免疫療法臨床開発
(濵西潤三・万代昌紀・小西郁生) |
|
|
婦人科腫瘍では,子宮頸がん,子宮体がん(子宮肉腫),卵巣がん,腟・外陰がんの順に罹患数が多く,いずれも進行・再発例では予後不良であり,新たな治療開発が求められている。当科では2014年に世界に先駆けて,卵巣がんに対する免疫チェックポイント阻害薬抗PD-1抗体ニボルマブを用いた医師治験にて一定の有効性と安全性とを示したが,さらに奏効率向上をめざした併用療法の開発や他の婦人科腫瘍への検討も拡大しており,婦人科領域においても新しいがん治療開発が加速している。
|
|
|
3) |
非小細胞肺がんにおける免疫チェックポイント阻害剤の臨床開発
(堀尾芳嗣) |
|
|
免疫チェックポイント阻害剤の臨床開発に伴い,非小細胞肺がんの診断・治療のパラダイムシフトが起きている。日本では抗PD-1抗体のニボルマブ(オプジーボ ®)が非小細胞肺がん二次治療薬として2015年12月に薬事承認され,ペムブロリズマブ(キイトルーダ ®)は,22C3抗体を用いたコンパニオン体外診断薬でPD-L1発現が1%以上の陽性の場合には二次治療薬,50%以上の強陽性の場合には非小細胞肺がんの一次治療薬として2016年12月に薬事承認された。米国では2017年5月にPD-L1発現に関わらずペムブロリズマブ+カルボプラチン+ペメトレキセドの併用療法が一次治療としてFDAの加速承認を獲得し,臨床開発の中心は一次治療に移っている。抗PD-L1抗体は,アテゾリズマブ(テセントリック ®)が日本での承認申請中で,デュルバルマブやアベルマブも企業主導の臨床試験(治験)が進んでいる。
|
|
|
|
1) |
造血器腫瘍に対するCAR-T細胞療法
(小澤敬也) |
|
|
養子免疫療法において,T細胞の腫瘍ターゲティング効率を高めるため,キメラ抗原受容体(CAR:chimeric antigen receptor)を用いる方法(CAR-T細胞療法)が注目されている。例えば,再発・難治性B細胞腫瘍に対して,CD19抗原を認識するCARを発現させた患者T細胞を体外増幅して輸注する方法の臨床試験が進んでおり,特に急性リンパ性白血病で驚くべき治療効果が得られている。さらには,ゲノム編集技術を応用し,同種T細胞を用いるユニバーサルCAR-T細胞療法の臨床開発も始まっている。
|
|
|
2) |
血液がんに対するがん抗原特異的TCR遺伝子導入T細胞療法
(藤原 弘) |
|
|
近年,効果的なエフェクター細胞の輸注と腫瘍免疫抑制性環境への介入により,がん免疫療法は臨床的実効性のある治療法となりつつある。より効果的なエフェクター細胞への希求は,がん抗原特異的受容体遺伝子導入T細胞を実現させ,がん抗原を認識するキメラ型受容体遺伝子導入T細胞(CAR-T細胞)とがん抗原特異的T細胞受容体遺伝子導入T細胞(TCR-T細胞)の2種類を臨床に登場させた。本稿では,血液がんに対する 「がん抗原特異的TCR-T細胞療法」 に焦点を絞り概説する。
|
|
|
3) |
固形がんに対するTCR改変T細胞療法
(影山愼一) |
|
|
TCR改変T細胞輸注療法は,抗原ペプチドを認識するT細胞受容体(T-cell receptor:TCR)遺伝子をウイルスベクターなどでT細胞に導入して輸注する治療法である。主にメラノーマを対象にした臨床試験が実施され,30〜55%の奏効率が得られている。滑膜肉腫を対象にNY-ESO-1抗原を標的とする際の奏効率は50〜60%である。上皮系腫瘍での有効性についてはまだ明らかではない。TCR分子のアミノ酸置換あるいはマウス由来TCRの高親和性としたTCRを用いて正常組織へのon-target効果あるいは標的外の抗原への免疫反応による重篤有害事象の事例がある。TCRの標的とする抗原とTCR親和性の程度によっては重度の毒性のリスクがある。
|
|
|
|
1) |
がんペプチドワクチン療法開発の成果と位置づけ
(中面哲也) |
|
|
多数のがん抗原が同定され,主にはがん細胞に特異的に高発現し,なおかつ発現頻度の高い自己抗原を用いたがんワクチンの臨床試験が行われてきた。がんペプチドワクチン療法は,患者のQOLを保ったまま生存期間を延ばせる,あるいは再発を予防できる可能性のある治療法として期待されたが,まだ承認されたものはないのが現状である。ペプチドワクチンによって体内にペプチド特異的CTLが誘導できることは明らかとなっており,個別化ペプチドワクチン療法を含めた次世代のがんワクチン療法を開発していく意義はまだあるはずである。
|
|
|
2) |
本邦でのがんワクチン開発と今後の動向
(山田 亮・和氣加容子) |
|
|
従来の医薬品開発スキームは,アカデミアからのシーズが企業へと導出され開発が企業で進められる。これに対しがんワクチンの開発は,類似薬の承認前例が世界中どこにもない未開拓領域であり規制当局の出方も不明であることから,企業への導出は遅れ,もっぱらアカデミア主導で開発が進められていった。アカデミアからベンチャーへと導出された2品目のワクチンの第Ⅲ相治験が現在実施中である。今後はチェックポイント阻害療法やMDSCなどの機能を抑制する免疫調節剤との併用による複合的免疫療法としてがんワクチン開発が進められていくものと思われる。
|
|
|
3) |
CTLとTh細胞を共に活性化できるがんペプチドワクチン療法の開発
(平山真敏・西村泰治) |
|
|
より強力な抗腫瘍免疫応答を誘導するためには,CTLのみならず腫瘍特異的なTh細胞の存在が重要であることが知られている。筆者らは,cDNAマイクロアレイを用いて,がん細胞に特異的に高発現する新規腫瘍関連抗原(TAA)を同定し,さらにこれらのTAA由来のCTL誘導性ペプチドを用いたがん免疫療法の第2相臨床研究を行った。さらに,より有効ながん抗原ペプチド免疫療法の開発をめざして,筆者らはCTLとヘルパーT(Th)細胞を共に活性化できるTAAペプチドの開発を手がけているので,最近の研究成果について紹介する。
|
|
|
4) |
タンパクおよび長鎖ペプチドによるワクチン
(岡澤晶子・和田 尚) |
|
|
腫瘍細胞に限局しているがん抗原はがん免疫療法における治療ターゲットとなり,その同定が進められている。現在がんワクチンは,腫瘍抗原として短鎖ペプチドのみならず,全長タンパクや,複数のエピトープペプチドをもち抗原タンパクの全長を補うように合成された複合長鎖ペプチドも用いられ,臨床試験が行われている。ここではこれらのワクチンの現状をまとめ,今後の発展性に関して議論したい。
|
|
|
|
1) |
ウイルス療法と抗腫瘍免疫
(谷 憲三朗) |
|
|
腫瘍溶解性ウイルスを用いたウイルス療法は悪性腫瘍に対する次世代医療として近年注目されてきており,既にヘルペスウイルス由来のウイルス製剤が米国において承認されている。これらのウイルス療法の開発過程において,ウイルスは直接的な殺細胞効果をもたらすのみならず,宿主体内に抗腫瘍免疫を誘導し,抗腫瘍効果の発揮と維持がなされている可能性を示唆する結果が示された。例えばウイルス感染により腫瘍細胞に免疫原性細胞死がもたらされ,宿主の抗腫瘍免疫が活性化されていることが最近の研究で明らかになってきた。本稿では,これらの観点から 「ウイルス療法と抗腫瘍免疫」 についての研究の現状を紹介させていただく。
|
|
|
2) |
遺伝子組換え単純ヘルペスウイルスⅠ型(G47Δ)を用いた悪性グリオーマのウイルス療法
(伊藤博崇・藤堂具紀) |
|
|
悪性グリオーマは,集学的治療の進歩にもかかわらず,いまだに根治ができない。新規治療法が望まれる中,高い治療効果と高い安全性をともに実現した第三世代がん治療用遺伝子組換え単純ヘルペスウイルスⅠ型(HSV-1)G47Δを用いて,膠芽腫を対象に第Ⅱ相の医師主導治験が現在本邦で進行中である。G47Δはがん幹細胞をも殺し,効率の良いがんワクチンとしても作用する。最近欧米では第二世代がん治療用HSV-1が悪性黒色腫を適応疾患として,先進国初のウイルス療法薬として承認された。G47Δが悪性グリオーマをはじめとするがんの新しい治療選択肢となる日も遠くない。
|
|
|
3) |
腫瘍溶解性ウイルスHF10による再発乳がん多発結節症例,
切除不能進行膵がん症例に対する臨床研究
(粕谷英樹・直江吉則・一ノ瀬 亨・廣岡芳樹・後藤秀実・田中舞紀) |
|
|
われわれは20年以上にわたり腫瘍溶解性ヘルペスウイルスの研究を続けてきており,2002年に日本で初めて腫瘍溶解性ウイルスを使用した医師主導型の臨床研究を再発乳がん多発結節症例に対して開始し,さらに2005年からは切除不能進行膵がん症例に対して臨床研究を開始した。2013年から2015年にかけては切除不能進行膵がん症例に対して併用療法による臨床研究も行った。
HF10は腫瘍細胞に対する強力な殺細胞能力から,腹部腫瘍や皮膚腫瘍などの幅広いがん腫に有効であると言われている。現在,HF10は日本と米国で企業治験が行われており,日本初の腫瘍溶解性ウイルスとして薬事承認をめざしている。本稿では,後半に倫理委員会への対応についても考察する。
|
|
●第3章 がん免疫療法臨床試験からのレッスン |
1. |
免疫抑制分子とリンパ球の腫瘍浸潤
(村岡大輔) |
|
近年,がん患者の腫瘍局所におけるCD8陽性T細胞の認識抗原およびそれらの浸潤率と治療効果の相関関係などから,腫瘍浸潤リンパ球に注目が集まっている。しかし一方で,それらリンパ球の免疫の活性化状態が不十分であり,結果として生体内における腫瘍増殖が制御不能となることも報告されている。このような腫瘍増悪の要因の1つとして,腫瘍浸潤T細胞の活性抑制および腫瘍局所へのT細胞の制御がある。本稿では,これらの腫瘍局所における免疫抑制機構とT細胞浸潤に関わる分子機構などについて紹介する。
|
|
2. |
宿主免疫でのネオアンチゲンの役割
(松下博和・唐崎隆弘・垣見和宏) |
|
近年の免疫チェックポイント阻害剤治療において,一部の患者で強い抗腫瘍効果が観察された。そして,そのような患者にはもともと,腫瘍内へのT細胞の浸潤など内在性の免疫応答が存在していたことが明らかになっている。また,免疫チェックポイント阻害剤により活性化された免疫応答の標的として,体細胞変異由来のネオアンチゲンが注目を浴びている。ネオアンチゲンは,正常組織に発現しない非自己の抗原であるため,免疫寛容を誘導せず,強い抗腫瘍効果を引き起こしうる。がん免疫療法における有望な標的抗原になると考えられる。
|
|
3. |
腫瘍免疫における遺伝子変異集積の意義
(水野晋一) |
|
がん免疫療法において免疫チェックポイント阻害薬は腫瘍種を越えた高い効果を示しており,わが国では2014年以降,メラノーマおよび非小細胞性肺がんで治療薬として承認されている。さらに各種の腫瘍において免疫チェックポイント阻害薬の臨床試験が進行中であるが,奏効率およびコストの問題から免疫チェックポイント療法の効果予測バイオマーカーが求められている。候補の1つとして腫瘍における遺伝子変異の集積が注目されており,遺伝子変異に由来する新規抗原(ネオアンチゲン)はT細胞のターゲットとして期待されている。本稿では腫瘍における遺伝子変異集積の免疫療法における意義について解説する。
|
|
4. |
バイオマーカーとしてのPD-L1
(朝尾哲彦・吉村 清) |
|
抗PD-1/PD-L1抗体の効果を予測する適切なバイオマーカーが探索されており,現在のところ最も研究が進んでいるのがPD-L1である。バイオマーカーとしてのPD-L1の役割の研究は,腫瘍におけるPD-L1発現で始まり,一部のPD-1抗体では腫瘍のPD-L1発現を確認することが必須となっている。しかしながら,PD-L1と腫瘍浸潤リンパ球との関わりや免疫細胞におけるPD-L1発現なども重要であることが明らかになりつつある。腫瘍における体細胞遺伝子変異数など新たなバイオマーカー候補が出てくる中で,これまでの知見を合わせたより適切なバイオマーカーを確立することが期待される。
|
|
5. |
バイオマーカーとしての免疫抑制細胞
(北野滋久) |
|
近年,免疫チェックポイント阻害剤の臨床開発が各種がんで成功を収めているが,本剤によって臨床効果を認める患者は一部に限られ薬剤費も高額であることから,投与すべき患者を事前に選択するバイオマーカーの開発が重要な課題となっている。近年,腫瘍局所および末梢血における免疫抑制細胞の数量が,治療効果・予後と関連するバイオマーカーとして報告され,注目を浴びつつある。本稿では,バイオマーカーとしての免疫抑制細胞MDSC (myeloid derived suppressor cells) とTAM (tumor associated macrophage) について概説する。
|
|
●第4章 次世代がん免疫療法へのチャレンジ |
1. |
多機能性がん免疫賦活作用を有する人工アジュバントベクター細胞
(藤井眞一郎・清水佳奈子) |
|
異物に対して働く生体防御機構には,自然免疫による初期生体防御と獲得免疫による抗原特異的な排除機構が存在する。この両者をうまく連結させているのが,樹状細胞である。これまで,NK細胞などの自然リンパ球を活性化させただけでは容易に抗原特異的なT細胞誘導を行うことは難しいことはよく知られている。他方,がん細胞は自己由来細胞でありながら,しばしばHLA(ヒト白血球抗原)を欠損している場合があり,このことが宿主の免疫からうまく逃れ,再発の一因になっていると考えられている。ゆえに免疫でがんを制御するためには,自然免疫と獲得免疫の両者の免疫を働かせることが重要であり,すなわち樹状細胞のコントロールが課題であった。われわれは,この免疫カスケードを賦活するにあたり,生体内に存在する樹状細胞機能に着目し,「人工アジュバントベクター細胞(artificial adjuvant vector cells:aAVC)」 を考案し,橋渡し研究を進めている。
|
|
2. |
アジュバントがつなぐ自然免疫と獲得免疫
(神沼智裕・黒田悦史・石井 健) |
|
過去約20年の自然免疫学の急速な発展により,様々なタイプの自然免疫シグナル伝達経路が発見され,それに続く獲得免疫応答の詳細も解明されつつある。現在,自然免疫を直接・間接的に活性化する多種多様なアジュバントが開発されており,がん免疫療法の分野にも応用されている。なかでも強い抗腫瘍効果を誘導するアジュバントとして核酸(DNA,RNA,環状ジヌクレオチド)が注目を浴びており,リポソーム化やナノ粒子化といった改良型の核酸アジュバントが次世代のワクチンアジュバントとして感染症,がん免疫やアレルギー分野で期待されている。本稿では,現在使用あるいは研究開発されているアジュバントについて紹介するとともに,アジュバントがどのような受容体とシグナル経路,細胞を介して自然免疫と獲得免疫をつなぐのか概説する。
|
|
3. |
新規TLR3アジュバントの開発
(瀬谷 司・松本美佐子) |
|
がんワクチンは概ね治療ワクチンであり,旧来の感染症予防ワクチンとは開発戦略が異なる。既にあるがん抗原に対し免疫応答不全の状況を打破する必要がある。別言すれば抗原提示細胞に外来抗原を交叉提示してリンパ球を活性化させる環境整備が要る。ヒト抗原提示樹状細胞はTLR2/3アジュバントに強く応答するが,Alumなど既成のアジュバントには応答しない。樹状細胞を活性化するTLR2/3のアジュバント(プライムアジュバント)は多くの試行にもかかわらず未認可である。棄却に至る有害事象は多くがサイトカイン毒性から派生する。本稿ではサイトカイン毒性のないTLR3アジュバントの開発とそれを通じて判明したがん免疫の有望性について述べる。
|
|
4. |
CCR4抗体によるがん免疫療法
(石田高司) |
|
モガムリズマブは,日本発の抗体医薬品である。ケモカインレセプターCCR4を標的とするヒト化モノクローナル抗体であり,CCR4陽性の成人T細胞白血病リンパ腫,末梢性T細胞リンパ腫,皮膚T細胞リンパ腫に承認されている。CCR4は制御性T細胞(Treg)に発現していることから,本抗体によってTregを除去し,抗腫瘍免疫増強を狙って様々な固形がんへの臨床開発が始まっている。本稿では,モガムリズマブのTreg除去作用にフォーカスし,現状,そして今後の見通しを解説する。
|
|
5. |
ヒト型抗CD4抗体IT1208のがん治療薬としての臨床開発
(松島綱治・上羽悟史) |
|
免疫チェックポイント(immune-checkpoint)分子に対する抗体治療薬の誕生により,がんにおける免疫の重要性が再評価され,がんに対する免疫療法ががん治療において中心的存在になろうとしている。そうした中で,著者らの研究に基づくアカデミア発新規免疫療法,ヒト型抗CD4抗体IT1208のがん治療薬としての臨床開発の背景,進捗状況について記載する。
|
|
6. |
iPS細胞技術を用いたがん抗原特異的T細胞療法の開発
(前田卓也・増田喬子・河本 宏) |
|
がん抗原特異的T細胞療法は,がんに対する免疫療法として注目されている。しかし,がん抗原特異的T細胞の大量増幅は困難であり,それが臨床応用への障壁であった。筆者らはiPS細胞技術を応用することで,この問題の解決をめざしている。すなわち,がん抗原特異的T細胞から樹立したiPS細胞をT細胞に再分化させることで,同一TCRを発現するT細胞を多量に得ることができる。この方法により再生したWT1抗原特異的T細胞は元のT細胞に匹敵する抗原特異的キラー活性を示し,白血病細胞を殺傷した。今後,臨床応用に向け,HLAハプロタイプホモドナー由来のiPS細胞から様々ながん抗原特異的T細胞を再生しバンク化することを構想している。
|
|
7. |
iPS細胞由来ミエロイド細胞の大量生産とがん治療への応用
(千住 覚) |
|
様々な固形がんの組織中には,マクロファージの浸潤が高頻度で認められる。腫瘍局所のマクロファージががんの局所浸潤や転移を助長することを示す多くの研究報告がある一方,マクロファージが抗腫瘍効果を発揮するとの報告もある。がんに対するマクロファージの作用の両面性は,担がん個体の全身性あるいは腫瘍局所の環境において作用するサイトカインなどの影響により,マクロファージの機能が影響されることによるものと解釈できる。マクロファージの抗腫瘍活性に着目した臨床試験が海外において実施されているが,これまでに報告されている臨床試験において明らかな治療効果は認められていない。その理由としては,投与されたマクロファージの数が治療効果を発揮するには不十分であり,また,がん患者の単球由来のマクロファージが本来の抗腫瘍効果を失っていたためであると考えられる。筆者らは,iPS細胞から樹状細胞やマクロファージを大量生産する手法を開発しており,この手法をがん治療に応用する研究開発を行っている。
|
|
8. |
細胞内がん抗原を標的としたCAR-T細胞
(宮原慶裕) |
|
抗体成分を融合タンパクとして発現するphage display libraryを用いたスクリーニング技術の進歩により,MHCと細胞内抗原由来ペプチドとの複合体(pMHC)を認識する抗体を取得することが容易となりつつある。このような抗体を利用することで細胞表面分子のみでなく細胞内がん抗原をも標的としうるCAR-T細胞療法開発が可能となると考えられ,固形がんを対象とした細胞治療開発への期待が高まっている。しかしながら,抗体のpMHCへの親和性・特異性およびCRSなどの治療関連副作用の軽減の点でまだ課題は多く,臨床応用へ向けての慎重な開発が望まれている。
|
|
9. |
代謝制御によるT細胞機能調節
(榮川伸吾・鵜殿平一郎) |
|
これまでがん免疫療法の開発において,いかにしてがん患者生体内にがん抗原特異的T細胞を作り出すかを目標とし,様々な研究が進められてきた。同時に免疫モニタリング法も開発され,モニタリングにより,がんワクチンをはじめとした免疫療法は患者生体内にがん抗原特異的T細胞を誘導しうることが証明されている。しかしながら,十分な治療効果につなげるには課題を残すところとなっている。その要因としては,がん抗原特異的なT細胞の機能は免疫疲弊(immune exhaustion)により減弱されることが考えられる。T細胞疲弊の原因は持続的ながん抗原刺激,サイトカインによる刺激,免疫抑制的な腫瘍内環境など様々であるが,特に腫瘍組織内は低酸素や低栄養であることも明らかになっており,このような環境下ではT細胞は本来の機能を発揮することができない。近年,代謝とT細胞応答・分化には密接な関係があり,抗腫瘍免疫応答においても機能的なエフェクターT細胞の誘導・維持には解糖系が重要であることが報告されている。以上の知見は,生体内でがん抗原特異的なT細胞を誘導したとしても,がん抗原特異的T細胞が解糖系を利用できなければ腫瘍内で長期的に機能できないことを示唆している。本稿では,T細胞分化・応答と代謝経路の関係,免疫疲弊と代謝の関係,腫瘍内T細胞の解糖系の重要性を紹介し,がん免疫療法におけるT細胞代謝制御の重要性,T細胞代謝制御による腫瘍内T細胞の質的向上について言及したい。
|
|
10. |
T細胞放出エクソソームによるがんの浸潤・転移抑制機構
(瀬尾尚宏) |
|
近年,エクソソームと呼ばれる種々の細胞から放出される細胞外小胞によるがんの増殖や転移の促進機構に関する研究が盛んに行われている。免疫担当細胞も当然ながらエクソソームを放出するが,研究者層はいまだ薄く,その生物学的意義に関する報告は少ない。われわれはがん細胞に対する免疫学的傷害機構の中心となるCD8陽性のキラーT細胞が放出するエクソソームの腫瘍内での役割について,これまで精力的に研究を重ねてきて,浸潤性や転移性といったがん細胞の特性を,CD8+ T細胞放出エクソソームはがん間質を傷害することで負に制御できることを明らかにしている。
|
|
11. |
複合的がん免疫療法への期待
(河上 裕) |
|
抗腫瘍T細胞をエフェクターとする免疫チェックポイント阻害剤が実用化されたが,まだ効かないがん種や症例も多く,その改善のために,化学療法・分子標的薬・放射線治療などの機序の異なる標準がん治療の併用,またがんワクチン,免疫誘導性の生体内腫瘍破壊法,抗原提示細胞の機能増強法,抗腫瘍T細胞の生体内活性化増殖法,免疫抑制状態の解除法など,抗腫瘍T細胞応答に重要な調節ポイントの制御法を併用する複合がん免疫療法の開発が進められている。特に,単独で多くのがんに治療効果を示したPD-1/PD-L1阻害を中心とした複合がん免疫療法の臨床試験が多数進行中であり,今後,その結果が注目される。
|
|
12. |
免疫チェックポイント阻害療法抵抗性腫瘍への免疫療法
(杉山大介・原田直純) |
|
近年,免疫療法は目覚ましい発展を遂げており,がんの治療法として効果的であるとの臨床効果が数多く報告されている。一方で,免疫療法とりわけ免疫チェックポイント阻害剤に対する治療抵抗性を有するがん患者が存在することも明らかになっている。この治療抵抗性が生じる要因として,がん環境下における免疫動態やがん細胞動態が関与していると考えられ,ヒトおよびマウスモデルで治療抵抗性メカニズムが解明されはじめている。治療抵抗性の有無を判別することができれば,免疫療法のテーラーメイド化につながると考えられる。
|
|
13. |
Personalized Medicineとしてのがん免疫療法
(池田裕明) |
|
近年,がん患者ごとにがん細胞の個別特性と患者の遺伝背景を中心としたがん細胞を取り巻く環境の個別特性を解析し,個々の患者に最適な個別医療を提供するがんの personalized medicine の試みが急速に進行している。がん免疫療法の分野においても個々の患者においてがん免疫応答の個別性,がんが免疫応答から逃避する分子機構の個別性,がん免疫応答の標的抗原の個別性などを詳細に明らかにしたうえで個々の患者に最適ながん免疫療法を考える personalized medicine としてのがん免疫療法の試みが始まっている。本稿では,われわれが現在どこまでその実施可能性に迫りつつあるのか,将来に向けた展望と課題について概観する。
|
|
●第5章 わが国での開発促進に何が必要か |
1. |
イノベーション創出拠点形成国家プロジェクトの歴史と成果そして展望
- 治癒的治療法の開発に向けて -
(小島伸介・西村秀雄・山中敦夫・福島雅典) |
|
免疫チェックポイント阻害薬の登場によって,がん治療法のパラダイムが変わった。それでも臨床経験を積むにつれ,その限界も見えてきた。ウイルス製剤はそれを克服するものとして期待されている。しかしながら,がんは自ら進化するものであり,その克服のためには,生物の進化論まで踏み入ったサイエンスの深耕が必要である。がん治療法を開発する基盤と法規制は整えられた。がん克服に向けて今必要なことは予算措置を含めた基礎研究の強化策である。
|
|
2. |
わが国でのレギュレーション整備への期待
(永井純正) |
|
平成26(2014)年11月より,再生医療等製品を用いた治験については医薬品医療機器等法で規制され,治験以外の臨床試験や自由診療については再生医療等安全性確保法で規制されることとなった。医薬品医療機器等法では,新たに定義された再生医療等製品について条件期限付き承認が制定された。また,平成28(2016)年2月には初めて先駆け審査指定制度に3つの再生医療等製品が指定された。このように,がん免疫療法を含む再生医療の実用化加速に向けたレギュレーションの整備は進みつつあるが,同時に解決すべき課題もいくつか浮かび上がってきた。
|
|
3. |
がん治療における産官学連携の推進
(上田龍三) |
|
産官学の連携の重要性の認識に関して,日本は欧米に対して随分立ち遅れた感があったが,近年実効性のある創薬や治療研究に関しては産官学連携の重要性が指摘されてきた。2015年4月に発足した日本医療研究開発機構(AMED)の指導と企画のもとに,この領域に関する省庁間の一本化の動きが目に見える形として始動し,連携の具体化が推進されつつあることは特記すべきである。特にがん免疫療法の領域は,産官学の連携が最も期待されている分野である。その成功の鍵は,第1にAMEDが本来の機能を発揮できるか,第2に企画に対して国民の賛同・参画が得られるかにあると思われる。
|
|
|
●おわりに |
|
未来のがん免疫療法への期待
(佐藤昇志) |
|
「生物個体のこの高度に美しい免疫システムが,細胞や臓器ホメオスタシスの障害,破壊でもあるがんに対峙していないわけがない」 という腫瘍免疫の哲学が日常臨床にようやくもたされつつある。歴史上,感染症がそうであったように,がんという疾病を防ぎ,人類に広く貢献するのは,結局は免疫であると思われる。世界的・国家的プロジェクトとしてなされるべき魅力ある,かつ高度に重要な人類的課題である。
|
|
●索引 |