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内容目次 |
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序文 (高橋良輔) |
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●第1章 神経細胞内病態と脳内環境 |
1. |
タンパク分解系障害による脳内環境変調と神経変性メカニズム
(高橋良輔・漆谷 真・田代善崇・星野友則・山下博史) |
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筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病因へのタンパク分解系の関与を調べるために,運動ニューロン特異的にそれぞれユビキチン・プロテアソーム系(UPS)とオートファジー・リソソーム系の構成因子であるRpt3とAtg7を欠損するマウスを作製した。Rpt3欠損マウスでは運動障害および運動ニューロンの変性脱落がみられ,残存ニューロンではヒトALSに酷似する所見が得られた。これに対し,Atg7欠損マウスでは2年齢でも運動機能,運動ニューロン数ともに保たれていた。以上より,ALSにはUPSの障害が関与している可能性が示唆された。
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2. |
パーキンソン病における封入体形成のメカニズムと細胞死の関連性について
(佐藤栄人・服部信孝) |
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アルツハイマー病,パーキンソン病,ハンチントン病,筋萎縮性側索硬化症に代表される神経変性疾患には封入体と呼ばれる不溶性タンパク質の凝集体が病理学的な特徴となっている。新たにコンフォメーション病という概念が浸透し,早くも10年以上が経過した。その間,封入体の形成および分解機構からのアプローチは着実に進展し,最近は伝播の可能性が指摘されている。パーキンソン病を例に神経変性疾患の分子・細胞生物学的研究の最先端を踏まえつつ,封入体形成と細胞障害の因果関係の現状を概説する。
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3. |
神経系におけるオートファジー/ リソソーム系を介するタンパク質分解とその破綻
(内山安男) |
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神経細胞は極性のはっきりとした細胞で,細胞体/樹状突起と軸索/シナプス前領域では形態と機能も異なる。この極性のある神経細胞でオートファジー/リソソーム系を介するタンパク質分解について調べた。その結果,オートファジーができないマウスのPurkinje細胞は軸索/シナプス全領域から変性が始まることがわかってきた。一方,リソソームカテプシンD欠損マウスの解析から,カテプシンDの基質がたまったリソソームが細胞体に蓄積し,軸索にはオートファゴソームが蓄積することがわかった。
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4. |
神経細胞における RNA 障害と脳内環境の関連研究
(黒坂 哲・内匠 透) |
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RNA代謝は現在の神経変性疾患研究の主要トピックである。様々なRNA結合タンパク質が筋萎縮性側索硬化症の原因遺伝子として報告され,それらのタンパク質の機能と疾患との関係についての多くの研究が進められている。RNAプロセシングの異常,RNP顆粒の形成および分解の異常,細胞質中の凝集体・封入体の毒性など,疾患の原因と考えられる現象についての数多くの研究成果によって,疾患のメカニズムが徐々に明らかになりつつある。解明すべき課題は多いが,RNA障害と疾患の関連についての研究が病態の解明につながることが期待される。
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5. |
遅発性小脳失調症モデル動物にみられる軸索変性の病態
(岡野ジェイムス洋尚) |
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RNA結合タンパク質HuCの遺伝子ノックアウトマウスは生後7ヵ月になると歩行障害などの運動失調症状を呈する。遅発性にシナプス脱落を伴ったプルキンエ細胞の軸索変性が起こるが,プルキンエ細胞は細胞死には至らない。球状に変性した軸索にはミトコンドリアやAPPが貯留していることから軸索輸送の不全が疑われている。小脳におけるHuCの標的RNAが同定されたことにより,軸索輸送を担う複数のモータータンパク質のレベルがHuCの欠失に伴って同調的に低下し,結果的に軸索輸送の障害が起こって軸索変性・シナプス脱落に至るという病態モデルが示唆された。
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6. |
時差の分子機構とその治療
(岡村 均・山口賀章) |
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時差は,体内時計が容易に海外の現地時間にリセットされず,両者が不一致となるために起こる。今回,この不一致の神経生理機構とそれを裏打ちする分子機構が明らかとなった。驚くべきことに,時差では体内時計の中枢である視交叉上核の時計が止まり,これが回復するとともに時差が解消された。同時に,時差の分子機構の中枢を担っているのがバソプレッシンおよびそのV1a受容体とV1b受容体であることが解明され,その拮抗薬が時差解消に効果があった。時差は,近年急増するシフトワークによる生活習慣病の病因としても注目され,今後の展開が期待される。
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7. |
アストロサイト内のカルシウム調節破綻を介したアルツハイマー病の病態生理の解明
(渡邉 究・木下彩栄) |
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アルツハイマー病(AD)の病態に大きく関わるとされるアミロイドβ(Aβ)の生理的な機能についてはいまだ十分に解明されていない。そこで,ADにおける恒常性維持機構の破綻のメカニズムを読み解くために,Aβを軸とする 「ニューロン-アストロサイトの相互関係」 という視点でとらえてみた。ニューロンから放出されたAβがアストロサイトを活性化し,アストロサイト内のカルシウム動態を破綻させることで,カルシニューリンが異常に活性化される。さらに活性化したアストロサイトはインスリン様成長因子結合タンパク質3(IGFBP-3)を放出する。IGFBP-3はニューロン傷害性に働き,神経原線維変化生成につながるシグナル伝達に影響を与える。このように本稿では,ADの病態において,アストロサイトの恒常性変調が一連のニューロンの変性に大きく関わってきている可能性について指摘したい。
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8. |
神経変性における細胞内 TDP-43 凝集体の意義の解明
(野中 隆) |
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最近,神経変性疾患の発症に関与する細胞内異常タンパク質が細胞間を伝播するという興味深い知見が相次いで報告されている。それらの研究成果は,神経変性疾患の患者脳に異常蓄積したタンパク質が,プリオン病における異常プリオンタンパク質のように細胞間を伝播し,そこで更なる凝集を引き起こすシードとして機能して凝集体形成を促進し,最終的に細胞死が誘導され発症に至るという新たなメカニズムを提唱する。異常タンパク質の細胞間伝播を抑制することは,新たな神経変性疾患の治療戦略を考えるうえで重要なファクターとなる可能性が高い。
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9. |
パーキンソン病の発症を予防するミトコンドリアストレス応答機構
(松田憲之) |
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パーキンソン病は国内に15万人近い患者がおり,大きな社会問題となっている神経変性疾患である。パーキンソン病の発症にはミトコンドリアの機能不全が関与すると言われているが,病気の発症メカニズムは完全には解明されていない。近年,パーキンソン病様の症状を示す遺伝性疾患(遺伝性パーキンソン症候群)の原因遺伝子が次々とクローニングされている。PINK1 と Parkin は遺伝性劣性パーキンソン症候群の原因遺伝子産物であるが, 「普段は PINK1 と Parkin が協調して異常ミトコンドリアの品質管理を担うことで,パーキンソン病の発症を防いでいる」 という仮説が提唱されて注目を集めている。本稿では最近の知見にも言及しながら,パーキンソン病の発症を予防するミトコンドリアストレス応答機構について紹介したい。
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10. |
ミトコンドリアダイナミクスの破綻と神経変性疾患
(長島 駿・柳 茂) |
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ミトコンドリアは,エネルギー産生以外にも代謝調節やシグナル伝達の場として様々な役割をもつ細胞内小器官である。近年,ミトコンドリアの融合・分裂による形態変化,ミトコンドリアの移動,小胞体との相互作用など,ミトコンドリアダイナミクスの生理的重要性が注目されている。筆者らは,ミトコンドリアユビキチンリガーゼ MITOLがミトコンドリアダイナミクスを制御することを報告してきた。本稿では,MITOLの役割を通してミトコンドリアダイナミクスの破綻と神経変性疾患の病態との関連性について考察する。
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●第2章 神経・非神経細胞ネットワークと脳内環境 |
1. |
グリア - 抹消免疫組織連関からみた神経変性機序の解明
- 筋萎縮性側索硬化症を中心として -
(小峯 起・山中宏二) |
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運動神経の変性を特徴とする神経変性疾患である筋萎縮性側索硬化症(ALS)のモデルマウスを用いた研究成果により,「非細胞自律性神経細胞死(神経変性は神経細胞に起因する病的変化のみで自律性に起こるわけではなく,非神経細胞由来の病的変化も積極的に関与している)」 という新しい概念が提唱された。近年この概念は,他の神経変性疾患研究の病態メカニズムの解明においても重要な研究テーマとなっている。本稿では,神経変性疾患の病態における非神経細胞の役割について遺伝性ALSモデルマウスを用いた研究を中心に概説する。
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2. |
損傷運動神経再生におけるグリア・神経間応答の形態と分子基盤
(木山博資) |
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軸索損傷を受けた運動ニューロンは再生する場合と徐々に細胞死に至る場合がある。その運命を決定する分子メカニズムが明らかになってきた。損傷時に運動ニューロン内では,細胞死を促進する遺伝子と生存を促進する遺伝子の両者が多数発現し,どちらの機能的総和が勝るかで運命は決定する。また,このような遺伝子応答は神経細胞自律的なものもあるが,多くは周辺のグリア細胞の影響による神経細胞非自律的な応答が鍵をにぎる。神経細胞を取り巻くグリア細胞が形成する神経外環境の制御が外傷や変性疾患の治療につながると考えられる。
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3. |
オプチニューリン遺伝子異常による脳内環境変化と神経変性の関わりの解明
(大澤亮介・川上秀史) |
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運動ニューロンが脱落していく筋萎縮性側索硬化症(ALS)は家族性,弧発性の両方が認められる疾患である。著者らのグループは家族性ALSの患者においてオプチニューリン遺伝子に変異が認められることを突き止め,弧発性患者においてもオプチニューリン遺伝子に異常があることを明らかにした。これまでに多くのALSの原因遺伝子が同定されているが,ALS発症のメカニズムはいまだに不明の点が多い。当研究グループではオプチニューリンの生理学的機能に注目して研究を進めている。
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4. |
アストロサイトの部位特異的プロファイルがもたらす脳内環境と神経保護
(浅沼幹人・宮崎育子) |
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刺激に対するアストロサイトの反応性と抗酸化因子の発現が脳部位により異なるというアストロサイトの部位特異的プロファイルについての検討を紹介し,パーキンソン病,筋萎縮性側索硬化症,脳虚血など神経疾患モデルにおけるアストロサイトの機能賦活化による神経変性阻止,神経保護の実験的試みをあわせて概説した。アストロサイトとその諸因子の部位特異的プロファイルの差異が,神経細胞の部位特異的脆弱性を規定している可能性は高く,その部位特異的プロファイルの修飾,特にアストロサイトの抗酸化防御機構の賦活化はこれらの神経疾患の新たな治療方策となりうると期待される。
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5. |
高感度Ca2+プローブG-CaMP を用いた脳内シナプス活動のイメージング
(大倉正道・中井淳一) |
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筆者らは緑色蛍光タンパク質GFPを用いた遺伝子コード型Ca2+プローブ(GECI)であるG-CaMPを開発・改良し,生体モデル動物の単一細胞レベル,さらには単一シナプスレベルでの精度の高いCa2+イメージングをめざしてきた。本稿では,著者らの最新のG-CaMPやその赤色バリアントであるR-CaMPの開発,またそれらを活用した神経細胞やアストロサイトの機能イメージングについての取り組みを紹介したい。今後は高感度なGECIによりグリア-神経連関をはじめとする多細胞・多シナプスの時空間活動パターンを同時に解析する研究が進むことが期待される。
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6. |
膜型分子CD47 とSIRPαによる細胞間接触シグナルと脳内環境制御
(大西浩史・橋本美穂) |
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膜型分子SIRPαとCD47は,細胞外領域で相互作用して細胞接触シグナル(CD47-SIRPαシグナル)を形成する。SIRPαとCD47は神経系と免疫系に特徴的な発現を示し,免疫系では両者の相互作用がマクロファージや樹状細胞の機能を制御することが示されている。一方,神経系ではこれら分子は神経細胞やミクログリアに発現するが,その機能はまだ十分に明らかにされていない。CD47-SIRPαシグナルの神経系での機能解析を進めることで,ミクログリアを中心とする脳内免疫系の新しい制御機構の解明につながると期待される。
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7. |
ミクログリアの毒性転換の制御による神経変性疾患の新規治療法開発
(竹内英之) |
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神経変性疾患において,神経細胞のみの機序による自滅的な細胞死(自律性神経細胞死)のほかに,ニューロンの周囲環境であるグリア細胞が異常に活性化することで神経細胞死をきたす(非自律性神経細胞死)機序が病態に大きく関与していることが判明してきた。特に,生理的には神経保護的なミクログリアが,神経傷害的に毒性転換をきたすことが,神経変性疾患の病態進展因子である可能性が示されている。ミクログリア毒性転換の制御による,脳内環境の正常化に基づいた神経変性疾患の新たな治療法開発が期待される。
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8. |
オプトジェネティクスと小動物 functional MRI の融合による脳内環境変化の解析
(田中謙二・三村 將・高田則雄) |
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グリア神経相互作用は,グリアから神経への一方向性の作用と,神経からグリアへの一方向性の作用の総和からなる。それぞれ一方向性の作用を切り分けて記載して初めて相互作用が見えてくるという立場のもと,オプトジェネティクスを用いてグリアだけを操作する実験方法を開発した。次に,グリアを起点とした操作が神経細胞へどのような影響を及ぼすか明らかにした。最後にグリアを起点とした操作が脳の活動をどのように変化させるか非侵襲的に観察する方法を開発した。
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9. |
神経炎症反応によって制御される脳内アミロイド代謝システムの分子機構
(富田泰輔) |
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遺伝学・生化学から,アミロイドβタンパクはアルツハイマー病の発症に深く関与することが示されつつある。β,γセクレターゼはそれぞれアミロイドβタンパクの産生量および凝集性を決定する酵素であり,そのセクレターゼ活性制御による脳内アミロイドβタンパク量の制御はdisease-modifying therapyとなることが期待されてきた。一方近年,様々な遺伝学的アルツハイマー病発症リスク因子が同定され,アストロサイトやミクログリアが関係する神経炎症反応と発症メカニズムの相関が理解されはじめている。本稿においては,脳内アミロイドβタンパク量制御と神経炎症反応の関連について最近の知見を述べる。
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10. |
脳内温度・浸透圧の感知メカニズムとその破綻
(富永真琴) |
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細胞外環境センサーとして機能するTRP (transient receptor potential)チャネルも脳内環境変化の感知に関与する。特に,温度感受性TRPチャネルの関与は大きい。ミクログリアに発現するTRPM2チャネルは体温下で過酸化水素を感知して感作され,機能増強をもたらす。脈絡叢上皮細胞に発現するTRPV4チャネルは体温下で膜伸展で活性化され,流入したCa2+がCa2+活性化クロライドチャネルanoctamin 1を活性化して,クロライド流出から水の流出をもたらす。
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11. |
末梢神経損傷により中枢移行する免疫系細胞と神経障害性疼痛の関連
(中川貴之・白川久志・金子周司) |
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中枢神経系は,血液-脳/脊髄関門により保護されているが,様々な中枢神経疾患において,免疫系細胞が中枢神経内に移行し,その発症や増悪に関与する。末梢神経の損傷などにより発生する神経障害性疼痛時にも,免疫系細胞が脊髄内に移行していることが報告されているが,その詳細は明らかでない。われわれは,骨髄キメラマウスを用いた検討により,末梢神経損傷時の免疫系細胞の中枢移行の詳細やグリア細胞との関連を解析し,さらに免疫系細胞やグリア細胞で活性酸素種のセンサーとして機能するTRPM2が免疫系細胞の脊髄内移行に関与することを明らかにした。
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12. |
恒常性維持機構の破綻とNaxチャネル
(檜山武史) |
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ナトリウム(Na)チャネルNaxは,Na恒常性に関わる脳内Naレベルセンサー分子である。脳室周囲器官のグリア細胞においてNa+/K+-ATPaseと結合しており,嫌気的糖代謝の活性制御に関わる。その結果生じた乳酸は,周囲の神経細胞に供給される。また,Naxを認識する自己抗体が産生されたことによって,高Na血症を発症した症例も見つかった。最近,NaxのNa濃度依存性がエンドセリンによって調節されることが判明し,神経損傷部位における役割などNaレベルセンサー以外の生理機能が明らかになりつつある。
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13. |
筋萎縮性側索硬化症におけるタンパク質の線維化とシーディング現象
(古川良明) |
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タンパク質は適切な立体構造を構築することで生理機能を発揮するが,変異や環境の変化が引き金となってその構造を変化させ,細胞内外で線維状に凝集することがある。このようなタンパク質線維が脳・神経組織に蓄積すると神経細胞死の原因となって神経変性疾患を引き起こすことが提案されているが,タンパク質の線維化が神経細胞に及ぼす影響についてはいまだに明らかでない。本稿では,神経変性疾患の一種である筋萎縮性側索硬化症に着目し,その原因タンパク質の1つであるSOD1を中心に取り上げて,タンパク質の線維化とシーディング現象に関する最近の研究成果を紹介したい。
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14. |
周産期疑似ウイルス感染モデルの神経発達障害におけるインターフェロン誘導性膜タンパク質
IFITM3 の役割
(山田清文) |
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統合失調症の疫学,遺伝学あるいはトランスクリプトーム解析などの多くの臨床研究により,本疾患の病態に免疫系の異常が関与していることが示唆されている。われわれは,周産期ウイルス感染や出産時の合併症が統合失調症などの精神疾患の発症リスクを高めるというコホート研究に着目し,自然免疫を活性化するToll-like receptor 3リガンドpolyriboinosinic-polyribocytidilic acid (polyI:C) を新生仔期に投与した病態モデルマウス(polyI:Cモデル)の解析を進めている。本稿では,polyI:Cモデルマウスの神経発達障害におけるインターフェロン誘導性膜タンパク質(interferon-induced transmembrane protein 3 : IFITM3) の役割ついて概説する。
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15. |
シナプス伝達維持におけるアストロサイト・ニューロン間エネルギー共生
(永瀬将志・加藤総夫) |
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ニューロンの高エネルギー消費は,高効率のATP産生システムによって支えられている。ニューロンの活動の中で最もエネルギーを消費する活動は興奮性シナプス伝達であり,シナプス前後にはミトコンドリアが豊富に局在する。そこで供給される主なエネルギー源は,シナプスを取り囲むアストロサイト微細突起からのラクテートである可能性が示されてきた。アストロサイトがラクテートの輸送を介してどのようにニューロンの機能,特に興奮性シナプス伝達を支えているのか,最近の知見を紹介する。
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●第3章 脳内環境をモニターするイメージング |
1. |
毒性因子の伝達機構を標的とした脳内環境の分子イメージング
(樋口真人) |
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神経細胞内の病的変化に対して,神経外環境が保護的に働くか攻撃的に働くかによって,脳病態が収束するか拡散するかが運命づけられる。神経内変化として,多くの神経変性疾患では異常タンパク重合体の形成と分泌が生じる。重合度の高い凝集体は,βシートリガンドをトレーサーとしてポジトロン断層撮影(PET)で画像化できるが,分子種によってリガンドの結合性は異なる。神経外環境を構成するミクログリアも,毒性転換をきたすとトランスロケータータンパク(TSPO)のような分子を過剰に発現するので,TSPOリガンドをトレーサーとしてPETで可視化できる。これらの技術の組み合わせにより,経時的かつ非侵襲的な脳内環境アセスメントが可能である。
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2. |
内因性チャネルを用いた脳内レドックス環境イメージングと老化・病態脳研究への応用
(柿澤 昌) |
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活性酸素によるタンパク質の酸化修飾の蓄積は,老化や神経変性疾患の主要因の1つであると考えられている。しかし,これまでに活性酸素の可視化プローブは開発されているものの,細胞レベルの分解能を有する細胞内酸化修飾蓄積状態を解析する有効な手段はなかった。そこで筆者らは,カルシウムイメージング法の応用により細胞内の酸化状態(脳内レドックス環境)をモニタリングする方法を考案した。このイメージング法により,加齢が神経細胞内レドックス環境に及ぼす影響が解明されつつあるとともに,将来的には神経変性疾患の診断・予防への応用も期待される。
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3. |
シヌクレイノパチーの分子イメージング
(武田 篤・菊池昭夫) |
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パーキンソン病や多系統萎縮症などシヌクレイノパチーにおいてはαシヌクレインの蓄積・タンパク凝集体形成が,病態の発症・進展に重要な役割を果たしている。われわれはBF-227をプローブとして用い,世界で初めて多系統萎縮症における脳内αシヌクレイン蓄積を in vivo で画像化することに成功した。さらに現在,パーキンソン病における応用可能性を検討している。シヌクレインの分子イメージング技術は,シヌクレイノパチーの早期診断や病態進展の客観的なサロゲートマーカーに応用できる可能性があり,今後はさらに特異性の高いプローブの開発が望まれる。
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4. |
フッ素MR 画像法によるアミロイドオリゴマーのin vivo 病態解析
(遠山育夫・柳沢大治郎・Nor Faeizah Ibrahim・田口弘康) |
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7テスラ高磁場MR画像装置を用い,フッ素MR画像法によるAβオリゴマーの画像化を試みた。まず,Aβ 凝集体のみならず Aβ オリゴマーにも結合して画像化ができるShiga-Y5とAβ 凝集体のみに強く結合するShiga-X22を開発した。ついでShiga-Y5とShiga-X22の混合液をAPP/PS1マウスに投与した。それぞれの化合物に固有のフッ素ケミカルシフト値を用いることで,2つの化合物それぞれのMR画像を得た。また,両者の画像の差分を算出することにより,Aβ オリゴマーの候補画像を作成することに成功した。
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5. |
脳内環境変化による興奮性シナプス制御の分子イメージング解析
(林 崇) |
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近年,分子イメージング技法は急速に発展しつつある。本稿では,全反射顕微鏡を用いた1分子イメージングを応用した興奮性シナプスの制御機構に関する研究を解説する。ヒトを含む哺乳類の脳神経系において,主要な興奮性シナプス伝達を担う神経伝達物質はグルタミン酸である。シナプス後膜側に発現するグルタミン酸受容体の局在と輸送の変化を継時的にライブイメージングすることにより,精神・神経疾患の原因遺伝子が興奮性シナプスに与える影響について可視化解析が可能となる。この方法は様々に応用でき,今後,脳内環境の恒常性に関わる多様な因子とその異常に誘発される各種疾患の発症機構の解明が期待される。
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6. |
脳内環境のミクロ解析を可能にする顕微内視鏡の開発
(船曳和雄) |
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われわれは,細胞レベルの解像度をもち,脳深部に刺入することのできる顕微内視鏡システムを開発した。本システムは,比較的入手が容易な光学パーツを組み合わせて作り上げることで,比較的安価に構築することができる。また内視鏡の加工も研究室内ですべて行うことで,実験に応じて自由度高く迅速な対応が可能であり,脳内環境のミクロ解析に強力な研究ツールになると考えられる。本稿では,そのシステムの概要とそれに関連する光学を中心とした周辺知識について概説したい。
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7. |
質量分析イメージングによる脳内環境の可視化
(矢尾育子) |
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質量分析イメージング(imaging mass spectrometry:IMS)はその名のとおり,質量分析による分析方法をイメージングに取り入れた比較的新しい手法である。観察を組み合わせることから,質量顕微鏡法とも称される。質量分析で得られる質量の情報と測定時の位置情報をもとに,組織切片表面にある分子の局在を可視化することができる。本稿では,IMSの原理と手技から,脳内環境の可視化にどのように利用できるか,今後の展望を含めご紹介したい。
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8. |
パーキンソン病および関連神経変性疾患の PET 酸化ストレスイメージング
(米田 誠・井川正道・岡沢秀彦) |
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パーキンソン病(PD)などの神経変性疾患の病因や病態において酸化ストレスが大きく関与しており,患者の生体脳においてミトコンドリア機能障害や酸化ストレスを評価することは病態解明や薬物の治療効果判定のモニタリングとして非常に重要である。核種標識化合物 62Cu-ATSMを用いたPETによって,ミトコンドリア機能障害による酸化ストレスを生体脳でイメージングすることが可能となり,孤発性や遺伝性PDを含む神経変性疾患において脳局所の酸化ストレスの増大が明らかとなってきている。
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●索引 |