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内容目次 |
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序文
(中村義一) |
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●第1章 研究のマイルストーン |
1. |
歴史を遡るRNA研究
(饗場弘二) |
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制御RNAの概念はオペロン説に遡る。small RNA(sRNA)の探索と解析は1960年代に始まり,RNAが翻訳の基本過程のみならず遺伝子発現の制御をはじめ多様な生物機能に関与していることが明らかにされてきた。現在では大腸菌において70を超えるsRNAが同定されており,その多くは特定の生理条件において合成が誘導され,RNAシャペロンHfqに依存して標的mRNAの翻訳および安定性の制御に関与している。代謝ストレス下で誘導されるSgrSの研究はsRNAの作動原理について新発見をもたらし,原核生物における制御RNAの研究を先導している。
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2. |
RNAサイレンシング
(塩濱愛子・泊 幸秀) |
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RNAiを含むsmall RNAを介したサイレンシングは,医薬応用の観点からも注目を集めている。特にsiRNAは疾患に関与する遺伝子の発現を効率的また特異的に抑制できるという利点をもつため,様々な疾患に対する医薬応用が精力的に研究されており,数多くが治験段階に至っている。しかしながら,「small RNAが実際にどのようなメカニズムで働くのか」ということに対するわれわれの理解は驚くほど進んでいない。本稿では,small RNA研究の歴史的概略を紹介するとともに,現在までに明らかとなっている作用メカニズムについて概説する。
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3. |
RNA大陸の夜明け - トランスクリプトーム解析が明らかにしたmRNA様ncRNAの存在
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(臼井健悟・根岸 豊・林崎良英) |
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FANTOMとENCODEコンソーシアムに代表される高等生物のトランスクリプトーム解析は,ゲノムの70%を超える領域からRNAが転写され,それらのRNAには,mRNA様構造を有するがタンパク質をコードしていないnon-protein-coding RNA(ncRNA)が大量に存在することを明らかにした。mRNA様ncRNAは,RNAの高次構造を介したタンパク質との複合体形成,または塩基配列の相補性を介したゲノムDNAや他のRNAに対する配列依存的な相互作用によって遺伝子発現制御を行っており,タンパク質とともに生物における重要な機能性分子としての役割を担っている。
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4. |
リボソームによる遺伝暗号解読の分子メカニズムの新知見
(朝原治一) |
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リボソームはタンパク質合成の過程で,2つのサブユニット同士が歯車のような往復運動をする。この動き(ratchet movement)がリボソーム上でのtRNAの動きや状態とどのように結びついているのか,クリオ電顕法やFRET法を用いた最近の研究によって次第に明らかになってきた。また,リボソームのX線結晶構造解析の進展により,リボソームとペプチド鎖解離因子の複合体(終結複合体)の結晶構造が解明され,解離因子がどのように終止コドンを認識しているのかが明らかになった。本稿では,この2点から最近のリボソーム研究の成果について紹介する。
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5. |
新素材としてのRNA(抗体を代替する特性)
(石黒 亮) |
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「配列相補性非依存的な相互作用を利用したRNA素材」は今までになかった新しい可能性を生み出した。標的が核酸だけに限定されない,タンパク質,核酸,化学物質に対して結合作用をもつRNA分子はRNAアプタマーと呼ばれ,高い結合特異性を有する。免疫システムに影響を与えず,中和作用に優れたRNAアプタマーはすでに医薬品として世に出はじめており,抗体医薬を凌駕する巨大な市場を出現させるかもしれない。加えて,近年のトランスクリプトーム解析で明らかとなりはじめた「天然のアプタマー」についても言及したい。
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●第2章 疾患研究からRNAへ |
1. |
癌とmiRNA異常:miRNAによる診断・治療の現在と未来
(小坂展慶・落谷孝広) |
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約22塩基の非翻訳小分子RNAであるマイクロRNA(microRNA:miRNA)は,癌細胞においては,様々な発現制御の異常で癌細胞の悪性化に関わっていることが報告されている。また,癌の診断や原発不明癌の同定にmiRNAの有用性が報告されており,特に血中バイオマーカーを用いた早期診断や治療中の経過観察に利用できることも示唆されている。ここではmiRNAの発現異常による癌の悪性化に関する最近の知見を概説し,癌の診断・治療への応用を紹介する。
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2. |
脆弱X症候群とFMR1
(石塚 明・塩見春彦) |
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脆弱X症候群は,最も高頻度に精神遅滞を伴う遺伝性疾患であり,FMR1 遺伝子の機能喪失によって引き起こされる。FMR1 遺伝子産物 FMRPは,RNA結合タンパク質であり,リボソームと相互作用して翻訳を抑制するという仮説が提唱されている。また,脆弱X症候群では,神経樹状突起スパインの形態異常が観察されることから,FMRPは樹状突起スパインでの局所的な遺伝子発現を制御しているものと考えられる。近年のモデルでは,FMRPはグループ1代謝型グルタミン酸受容体(mGluR)の下流で特定のmRNAの翻訳を抑制しており,FMRPの欠如によるこの翻訳抑制の解除が脆弱X症候群発症に関与するというmGluR説が提唱されている。つまり脆弱X症候群では,このmRNA翻訳制御に異常が起こるため,樹状突起スパインの形態異常が引き起こされ,精神遅滞に至るものと推測される。FMRPの作用機序を理解することは,精神遅滞症の発症機構を明らかにするうえで重要である。
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3. |
翻訳開始異常と癌化 - ミッシングリンクを求めて -
(浅野 桂) |
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細胞は,癌化の過程で情報伝達経路の変化などにより高いタンパク質合成能力を獲得する。本稿では,翻訳開始因子の発現量の変化から癌が起こる代表例とそのメカニズムを概説するとともに,癌の新たな原因遺伝子として注目されはじめたeIF3研究とこれからについて考える。
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4. |
リボソーム病:翻訳装置のシステム障害
(上地珠代・剣持直哉) |
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リボソームは多数のタンパク質とRNAからなる巨大な複合体で,細胞内のタンパク質合成の場として重要な働きを担っている。リボソームの機能は生物にとって極めて本質的であるため,疾患の原因としてはこれまであまり議論されてこなかった。しかし最近になって,ダイヤモンド・ブラックファン貧血の患者で複数のリボソームタンパク質遺伝子に多数の変異が見つかったことより,リボソームと疾患との関連が大きくクローズアップされている。普遍的に存在するリボソームの異常が,なぜ特定の細胞にのみ障害となって現れるのか,「リボソーム病」をめぐる最近の話題について議論する。
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5. |
snoRNA異常疾患
(日野公洋・廣瀬哲郎) |
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真核生物の核小体には300種類以上のsnoRNAが存在する。これらは特異的な核小体タンパク質とsnoRNPを形成することにより,rRNAの転写後修飾を担っているが,この他にも未知機能の存在が指摘されている。近年,疾患原因遺伝子座の探索や,その後の遺伝子改変マウスの解析によってsnoRNP構成因子の特異的疾患への関与が明らかになりはじめた。本稿では,snoRNP構成因子の機能欠損が原因と考えられている先天性角化異常症,プラダーウィリー症候群などの疾患について,最新の知見を紹介したい。
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6. |
ナンセンス変異に起因した遺伝病の治療戦略
(稲田利文) |
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ヒトゲノム研究の進展により,多くの単一遺伝子疾患の原因変異が数多く同定されているが,ほとんどの遺伝病について,その治療法は確立されてない。最近,ナンセンス変異が原因である複数の疾患について,遺伝子を操作することなく正常で活性をもつタンパク質を合成させ,症状を改善させる新たな化合物が同定された。低分子化合物によるナンセンス変異による遺伝病治療の現状と,転写後段階での発現制御を標的とした低分子化合物開発の現状について紹介したい。
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7. |
筋強直性ジストロフィーと異常スプライシング
(今泉和則) |
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筋強直性ジストロフィータイプ1(DM1)はDMPK(dystrophia myotonica protein kinase)遺伝子の3'非翻訳領域に存在するCTGの3塩基繰り返し配列が異常伸長するトリプレット病の1つである。本症ではDMPK 遺伝子転写産物のCUGリピートに特定のスプライシング制御因子がトラップされ,本来のスプライシング制御が撹乱されることで筋症状を含む種々の全身症状を引き起こす。本稿ではDM1の発症機序と,DM1患者から見出されたsarcoplasmic/endoplasmic reticulum Ca2+-ATPase 1(SERCA1)mRNAの異常スプライシングの分子機構について紹介する。
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8. |
筋強直性ジストロフィーとRNA結合タンパク質
(笹川 昇・古戎道典・石浦章一) |
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筋強直性ジストロフィー(DM)は優性の形式で発症する筋疾患である。責任遺伝子の遺伝子座によって1型,2型と命名されている。驚くべきことに,DM1型責任遺伝子であるDMPK の変異は非翻訳領域のCTGリピートの伸長,DM2型責任遺伝子であるZNF9 の変異はイントロンにあるCCTGリピートの伸長であった。正常対照でもある程度の繰り返し数のCTGリピートやCCTGリピートをもっているが,DM患者のDNAではそのリピート数が増大していたのである。本稿では,これら翻訳されないリピート配列がRNAレベルで引き起こす発症機構と,それに関与するRNA結合タンパク質の機能について概説する。
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9. |
先天性神経筋伝達分子欠損症とスプライシング異常
(大野欽司) |
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スプライシング・シス因子には,ブランチポイント配列,ポリピリミジントラクト,3'スプライスサイト,5'スプライスサイトに加えて,エクソン・イントロン上に遺伝子ごとに特有のシス因子(ESE, ESS, ISE, ISS)が存在する。これらを破壊する遺伝子変異が数多く存在すると予想されるが,報告されている変異の多くはGU-AG配列破断変異である。本稿では,先天性筋無力症候群における各種スプライシング・シス因子破断変異を紹介し,遺伝子変異解析においてスプライシング異常に着目をすることの重要性を解説する。
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10. |
網膜色素変性とスプライシング機構異常
(佐藤 肇) |
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常染色体優性網膜色素変性の原因遺伝子として,スプライシング機構に関与するタンパクをコードしているHPRP3,PRPF31,PRPC8 が証明された。スプライシング機構の中でこれらのタンパク質がどのような働きをしているか解説した。PRPF31 変異による網膜色素変性の特徴は不完全浸透がみられることであるが,遺伝子変異の浸透率を修飾する遺伝子座が存在することがわかってきた。研究の進んでいるPRPF31 について最新の論文を含めて概説する。
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11. |
ミトコンドリア遺伝子病
(中田和人・林 純一) |
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哺乳類のミトコンドリアゲノム(mtDNA)はミトコンドリア呼吸機能に必須な遺伝子群をコードしている。近年,mtDNAの突然変異によるミトコンドリアエネルギー代謝の破綻がミトコンドリア遺伝子病にとどまらず,多様な病気の原因になる可能性が次々と示唆されるにつれ,mtDNAの突然変異を起点とした病態発症に関する研究が大きな広がりを見せている。本稿では,欠失型mtDNAを導入したモデルマウスの解析から見えてきたミトコンドリア遺伝子病の病態発症機構について解説したい。
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●第3章 RNA研究から臨床へ
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1. |
RNAi創薬と世界の動向(概論)
(竹田英樹) |
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バイオ医薬品は,世界の医薬品市場の1割を超え,新薬の約3割を占める。RNAi医薬はまだ発売されたものはないが,抗体医薬に続くバイオ医薬品として期待されている。核酸医薬は,核酸を利用して多様な機能をもつ機能性分子を創出できることが明らかになってきたことから,癌,関節リウマチ,アトピー性皮膚炎,眼科疾患など局所的疾患への幅広い応用が期待されている。21世紀は個の医療と言われており,核酸医薬は多品種少量生産にも向いていることから,それを代表する医薬品の1つになるであろうと予測されている。その一方で,安定性の問題など核酸医薬の実用化に向けて,解決すべき課題も多数ある。核酸医薬のシーズに,新規なDDS技術を組み合わせることにより,これまで克服困難とされてきた疾患に対して有効な医薬品が一日も早く生まれることが期待されている。
基本的な特許について,米国Alnylam Pharmaceutical社が独占的実施権を得ており優位に立っているが,成立している特許は数少ない。また,これらの基本特許を侵害しない技術の開発も進んでいる。
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2. |
神経変性疾患に対するsiRNA創薬
(横田隆徳) |
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遺伝性神経変性疾患において,その変異遺伝子自体をshort interfering RNA(siRNA)で治療するといった,究極の遺伝子治療をめざした基礎研究が進行している。さらに,孤発性神経変性疾患においても,その機序の解明に伴い,判明したキーとなる分子をターゲットとしたsiRNAによる治療戦略も始まった。モデルマウスを用いた治療実験では良好な結果が得られている。神経細胞へのデリバリーの方法やoff-target効果,short hairpin RNA(shRNA)毒性など,まだまだ解決すべき問題点も多いが,siRNAの高い抑制効果から,その神経変性疾患への応用が急速に進展していくことは間違いないものと思われる。
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3. |
悪性腫瘍に対するsiRNA療法
(芦原英司・前川 平) |
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siRNA(short interfering RNA)は特定のmRNAのみに対し生物活性を発揮するため選択性が高く,医薬品としての開発が期待されている。標的分子としては,増殖・転移・浸潤など癌の進展に重要な分子を標的として選択することが肝要で,また癌に対する治療,なかでも進行期癌に対する治療の要求に応えるためには適切なドラッグデリバリーシステム(DDS)の開発が重要な意味をもつ。本稿では,われわれが行ってきた細胞分裂に関わるセリン/スレオニンキナーゼPLK-1(polo-like kinase-1)に対するsiRNAを用いた悪性腫瘍に対する治療法の開発を紹介する。
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4. |
RecQヘリカーゼを標的とするsiRNA創薬
(二見和伸・古市泰宏) |
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ヒトRecQ型ヘリカーゼはゲノム安定化に重要な働きを示すことが知られている。特に癌細胞では発現が亢進しており,その活発な増殖活動の必須な基盤となっていることが示唆されている。そこで,ヒト癌細胞のRecQL1ヘリカーゼ発現をsiRNAを用いて抑制したところ,細胞死誘導を伴う著しい増殖抑制が観察された。一方,正常細胞では,増殖は多少遅滞するものの細胞死を誘導することはなかった。癌細胞に特異的なRecQL1-siRNAの効果を,担癌マウスモデルを使って検証したところ,顕著な抗腫瘍活性を見出すことができたので紹介したい。
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5. |
microRNAを利用した癌診断
(秋山好光・橋本 裕・湯浅保仁) |
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microRNA(miRNA)の発現異常は癌の発生・進展において重要な役割を果たしていることが明らかとなった。また,一部のmiRNAの発現制御機構にはエピジェネティックな変化が関わっている。現在までに,マイクロアレイや定量的RT-PCR解析により,癌で発現変化しているmiRNAの探索が行われている。さらに,様々な種類の癌におけるmiRNA発現プロファイルの詳細な解析が進み,癌の臨床病理学的諸性状や予後と関連したmiRNAが数多く同定された。miRNAは癌診断に有効なバイオマーカーになる可能性が高い。
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6. |
RNAアプタマー創薬と世界の動向
(宮川 伸) |
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近年,アプタマー医薬のポテンシャルが評価されはじめ,ベンチャー企業のみならずPfizer社や武田薬品工業など大手製薬企業が動き出した。アプタマー医薬としてはVEGFを標的にした加齢黄斑変性症の治療薬であるMacugen®がすでに上市されており,この他7種類のアプタマーが臨床試験中である。本稿ではアプタマー医薬開発の歴史を概観するとともに,Macugen®と臨床試験中のアプタマーの紹介,アプタマーの医薬品製造に関して説明する。
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7. |
自己免疫疾患に対するアプタマー医薬の探索研究
(藤原将寿) |
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アプタマー医薬品は,癌,循環器,免疫などの疾患領域において開発が進められており,そのうちのいくつかのものが臨床試験に入っている。われわれも,各種の生理活性タンパク質に対するアプタマーを作出して,アプタマー医薬品の探索・開発研究を進めてきた。その中で,炎症系サイトカインであるミッドカインに対するアプタマーを作製し,自己免疫疾患である多発性硬化症の動物疾患モデル(EAEマウス)で薬理効果があることを見出した。これまでの研究から,ミッドカインの抑制がT細胞のサブファミリーである制御性T細胞(Treg)を亢進し,EAEの発症抑制をもたらしたものと思われる。Tregをコントロールする医薬はこれまでに例がなく,新規な作用機序をもつ医薬として,その将来を期待している。
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8. |
新規アプタマー創製へのチャレンジ・人工塩基対技術
(平尾一郎) |
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RNAアプタマーは標的タンパク質に結合し,そのタンパク質の機能を阻害することから,核酸抗体として診断・治療薬への応用が進められている。しかし,20種類のアミノ酸からなるタンパク質抗体と比べると,わずか4種類の塩基(あるいはヌクレオチド)からなるRNAアプタマーの性能には限界がある。最近,人工塩基対による遺伝情報の拡張技術を用いて従来のRNAアプタマーの限界を打破する研究が進んでいる。人工的に作り出した塩基対を組み込んだDNAを鋳型に用いて,転写によりRNA中に新規機能性の塩基やヌクレオチドを部位特異的に取り込ませることが可能になってきた。
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9. |
RNA編集から疾患治療へ
(河原行郎・西倉和子) |
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二重鎖RNAのアデノシンをイノシンへと置換するRNA編集は,生命維持に必須の転写後修飾である。RNA編集を受けると,ゲノム情報とは異なるタンパク質が発現し,生理学的性質も変化する。このため,RNA編集の異常は様々な疾患を引き起こす可能性があるが,これまで筋萎縮性側索硬化症(ALS)や遺伝性対側性色素異常症(DSH)との関連が報告されてきた。これらに加えて,われわれは最近,セロトニン5-HT2C受容体のRNA編集がエネルギー代謝や行動量を調節していることを発見し,今後肥満や精神疾患の治療のターゲットとなりうると期待している。
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10. |
蘇るアンチセンス医薬
(竹田真由・舩渡忠男) |
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アンチセンスはmRNAに対し相補的な配列をもつ一本鎖DNAであり,細胞内に導入すると,その相補的なmRNAと結合しハイブリッド形成することにより翻訳のステップを阻害され,その結果,タンパク合成を抑制する。90年代,アンチセンスは合成が容易なため遺伝子発現制御による難治性疾患の分子標的療法に用いられた。しかし,デリバリーの問題,効果に対する有効性が乏しいこと,さらにsiRNAの登場によりいったん下火となった。その後もアンチセンス医薬としての研究と開発は地道に継続されてきたが,最近再び難治性疾患の治療薬として注目されてきた。アンチセンスによる遺伝子発現制御は,今後,RNA医薬と合わせて病気の機能解析とともに急速に進むものと考えられる。
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●第4章 未来へのチャレンジ
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1. |
多能性幹細胞とmicroRNA
(小柳三千代・山中伸弥) |
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胚性幹細胞(embryonic stem cells, ES細胞)と人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells,iPS細胞)は,無限の増殖力と様々な細胞へと分化できる能力をもった多能性幹細胞として,細胞移植治療をはじめとする臨床への応用が期待されている。一方,microRNAは,タンパク質をコードしない19-25塩基からなる小さな RNAであり,近年,多様な生命現象と関わることが示唆されている。本稿では,ES細胞において現在までに報告されているmicroRNAの役割と,多能性幹細胞,特にiPS細胞の臨床応用へ向けてmicroRNA研究が貢献できることについて述べる。
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2. |
構造体としてのRNA因子とその進化的可塑性
(大内将司) |
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一本鎖のRNA分子は,分子内での塩基対形成によって二次構造へ,さらには様々な立体構造へと折りたたまれる。古典的な非翻訳RNAであるtRNAやrRNAに限らず,構造体として機能するRNA因子は,自然界にいくつも存在することがわかっている。このような構造RNA因子を分子進化の観点から考えると,そこには潜在的な頑強性と柔軟性を合わせもつという特徴が現れてくる。真核生物ゲノムから産出される膨大な種類の転写産物の中には,いまだ知られざる構造RNA因子がまだまだ潜んでいるのかもしれない。
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3. |
RNAワールドへの逆進化
(井川善也) |
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1980年代初頭にRNAの酵素機能が見出され,自己複製能力をもつRNA酵素が生命システムの始まりだとする「RNAワールド」仮説が提唱された。RNA進化分子工学による人工リボザイムの創製や合成生物学と呼ばれる新分野の勃興により,「RNAワールド」の実証研究は新たな段階への飛躍がゆっくりとしかし着実に進展しつつある。本稿ではRNAを中核とした原始生命の人工モデル系の構築をめざした研究の展開を紹介し,将来への展望を考えてみたい。
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