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内容目次 |
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●序文 (本庶 佑) |
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● 第1章 基礎編 |
1.遺伝子医学の基礎 |
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遺伝子と疾患の関わり (松原洋一)
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1. |
メンデル遺伝学と現代の臨床遺伝学
(武部 啓・巽 純子) |
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メンデルの法則は,すべての生物に共通して適用される遺伝原理であり,ヒトの遺伝も現在知られている大部分の遺伝病や遺伝現象は,メンデルの法則に従う.ヒトゲノム解析が2000年に終了したと宣言されたが,複数の遺伝子が関与している病気や素質(高血圧,がんなど)の遺伝子レベルの解明は,21世紀初めの大きな研究課題である.1個あるいは少数個の遺伝子による遺伝病は常染色体性優性遺伝(AD),常染色体性劣性遺伝(AR),X連関遺伝(X-linked)の3様式に分類できる.ADは一般に軽症であり,例外は高年齢になってから発病する疾患に限られる.ARは重症の病気が多く,両親は通常症状を示さない.
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2. |
遺伝性疾患の種類と分子遺伝病態学
(鈴木洋一) |
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遺伝性疾患genetic diseaseとは,その発症に,遺伝子の変化が何らかの形で関係する疾患である.遺伝子の変化は,頻度が高い場合は多型(polymorphism)とよばれ,頻度が低い場合は変異(mutation)と呼ばれる.多型は一般に疾患の発症への影響はないかそれほど大きくないが,多因子遺伝子病の疾患感受性の要因となりうる.変異は遺伝子の機能に大きな影響を与え疾患の発症に深く関与し,単一遺伝子病の病因となることがある.
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3. |
腫瘍と染色体異常
(稲澤譲治) |
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癌の染色体研究は発癌の分子機構解明の嚆矢となり,その成果はCMLの分子標的治療薬STI571(グリベック)の開発に代表されるように,Ph染色体発見から約40年の歳月を経て一つの結実を迎えた.しかし,ある程度の頻度をもって出現する染色体転座異常は既にすべて明らかにされており,現在では転座切断点の単離を目指す新しい特異的異常を探すことのほうが困難な状況である.一方,染色体コピー数増加により機能する遺伝子はかなり限られているというevidenceが示されつつある.その標的遺伝子の同定は,今後の癌のトランスレーショナルリサーチを展開する上でも重要な課題である.
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2.体細胞レベルの遺伝子医学−癌 |
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体細胞レベルの遺伝子医学とそれの癌研究への応用
(山添光芳・武田俊一)
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1. |
細胞生物学への遺伝学的方法の応用
(園田英一朗) |
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本稿では,医学研究者を対象にして,遺伝学的手法による解析が最も進んだ酵母の実験系についてまず解説する.そしてその研究成果や実験方法が動物細胞の解析にどのように応用されているかについて解説する.本章により,癌研究などの細胞レベルの研究が,なぜ酵母の研究の成果を取り入れる必要があるか,そしてどのようにその方法を学ぶべきかを理解していただければ幸いである.さらに哺乳動物の細胞とニワトリ体細胞株の実験系についても簡単に解説する.
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2. |
遺伝子から見た多段階発癌
(村上善則) |
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ヒトの大部分の癌は,多段階の変化を経て発生,進展し,この各過程に癌遺伝子,癌抑制遺伝子等の異常が対応し,それぞれ悪性の形質を付加している.さらに癌細胞では,分裂時の染色体分配の異常やDNA複製時のミスマッチ修復の異常により,染色体レベルでも個々の塩基配列レベルでも不安定性が認められ,これが,一つの細胞に多数の遺伝子異常,DNA異常が蓄積する原因となり,かつ,さらなる変異蓄積の駆動力となっている.ヒトの多段階発癌は,このように,細胞に直接悪性形質を付加する遺伝子異常(Gate keeper)と,ゲノム不安定性を通じて癌細胞集団の悪性化に寄与する遺伝子異常(Care taker)の両面から考察する必要がある.
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3. |
遺伝性腫瘍
(矢野憲一・三木義男) |
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遺伝性腫瘍は原因遺伝子の生殖細胞変異が受け継がれることで生じる遺伝性疾患であり,一般の癌に比べて若年性,多発性であることを特徴とする.原因遺伝子のほとんどは癌抑制遺伝子であり,遺伝性腫瘍のみならず一般の癌においても重要な役割を果たしていることが多い.原因遺伝子が明らかになっている遺伝性腫瘍では,家系員が変異遺伝子を受け継いでいるかを調べ,発症前であってもリスクを診断することが可能である.遺伝子診断は遺伝性腫瘍における有効な診療手段として認められつつあり,医療としての遺伝子診断の体制づくりが進められている.
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4. |
シグナル伝達と発癌機構
(鈴木 亨) |
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シグナル伝達には細胞増殖を正や負に制御するもの,分化やアポトーシスを誘導するものなど,様々な役割を持ったものが存在する.シグナル伝達は,細胞外の刺激により必要な時に活性化されるという制御を受けているが,その厳密な制御から外れてシグナル伝達が活性化あるいは不活性化されたときに癌化にいたるケースが多い.例えば,増殖因子刺激によって活性化される受容体型チロシンキナーゼ/Ras/MAPKのシグナル伝達において,増殖因子刺激がなくても活性化してしまうような変異が受容体,Rasなどに起きた場合,増殖が異常に亢進して癌化する.あるいはTGF-β,Smadなどの増殖を負に制御するシグナル伝達を担う分子や増殖促進シグナルを負に制御している分子に変異が起きてその機能が失われると増殖のバランスが崩れて癌化する.
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5. |
細胞周期と癌
(加藤順也・友田紀一郎・加藤規子) |
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癌細胞の特徴の一つに異常増殖が挙げられることから,癌細胞では細胞周期制御メカニズムに何らかの異常が生じていることは容易に想像がつく.この10年ほどの間に,細胞周期制御機構やチェックポイントコントロール機構について多くの発見があり,細胞癌化のメカニズムにおける理解が大きく進んだ.本稿では,代表的な癌抑制遺伝子産物である,Rbとp53を中心にこれまでの知見を解説した.
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6. |
アポトーシスと癌
(三枝かおる・一條秀憲) |
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アポトーシスは生体の恒常性の維持に不可欠な細胞死であり,その異常が癌の発生・発展と深く関わっている.近年,アポトーシスの分子についての解析が飛躍的に進み,Caspase,Bcl-2ファミリー分子,MAPキナーゼ,p53など様々な因子がアポトーシス制御機構において欠かせない存在であることが明らかとなってきた.本章ではアポトーシスのシグナル伝達経路の概略を説明するとともに,ストレス刺激によるアポトーシスシグナルを大きく制御するASK1について概説する.またアポトーシスを制御する因子の異常と癌との関連性について述べる.
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● 第2章 技術編 |
1.臨床検体の収集と解析の方法 |
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臨床検体の収集と解析技術 (谷脇雅史) |
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1. |
染色体診断の新しい技術
(谷脇雅史・野村憲一・山下靖英・西田一弘) |
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迅速に結果が得られる蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)とspectral karyotyping(SKY)が臨床検査に導入されて,染色体診断は客観的なものになった.FISH法では,単一細胞核でG1やG2期の染色体遺伝子の再構成を検出することが可能である.加えて,細胞スメア標本やパラフィン包埋組織切片に適用できるので,異常細胞の同定やその組織における局在を知ることができる.また,SKY法を応用して,染色体バンドをマルチカラーで識別することが可能であり,臨床応用が期待される.
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2. |
クローン性の解析技術
(大橋春彦・堀田知光) |
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遺伝子を用いたクローン性解析には疾患に特異的なマーカーを用いるものと,X染色体の不活化(XCI)を利用した方法とがある.後者の方法としてはその検討が可能な対象の広さ(女性の90%以上で検討可能)と簡便性から,アンドロゲン受容体遺伝子のCAGリピートの多型を用いるHUMARA(human androgen-receptor gene)法が広く用いられている.クローン性解析の原理と意義,HUMARA法を行う際の注意点,結果の解釈の仕方などにつき解説した.
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3. |
定量的遺伝子診断法
(宮村耕一) |
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近年,白血病や悪性リンパ腫などの造血器腫瘍の分野では遺伝子変異の研究が精力的に行われ,多くの疾患において特異的な遺伝子異常が同定された.これに基づきサザン法やPCR法により遺伝子診断が可能となった.その後治療反応性の評価に定量的遺伝子診断が導入され,その有用性が数多く報告され始めている.以前は定量的遺伝子診断法には複雑で労力を要する検出法しかなかったが,近年簡便で経済的な
real time quantitative PCR法(RQ-PCR)が登場し,広く日常臨床に導入されつつある.血液領域ではRQ-PCRはリンパ球受容体遺伝子再構成(Ig,TCR ),白血病特異的融合遺伝子(Bcr/Abl , PML/RARα , AML1/MTG8 , Bcl2/IgH など),白血病非特異的遺伝子(WT-1 遺伝子など)を用いたminimal residual disease(MRD)の検出のみならず,ウイルス,真菌,Peumocystis carinii などの感染症の診断やモニタリングにも利用され始めている.本稿では定量的遺伝子診断の方法と応用例を紹介するとともに,これからの展望,問題点について述べる.
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4. |
遺伝子異常の検出法
(村上善則) |
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遺伝性疾患や癌の原因遺伝子の異常には,染色体欠損,遺伝子の全体や部分的欠失,DNA塩基配列の異常が知られている.遺伝子の塩基配列レベルでの異常としては,点突然変異(ナンセンス変異,ミスセンス変異,スプライシング変異等),短い塩基配列の欠失・挿入によるフレームシフト等があり,最終的には個々の断片の塩基配列を決定することにより検出できる.PCR法,並びにSSCP法は,これらの塩基配列異常の検出に大きく貢献した.最近は,様々な原理に基づいたDNA塩基配列異常の簡便な検出法が実用化され,疾患の遺伝子診断のみならず,個人の塩基配列多型の検出にも威力を発揮しつつある.
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5. |
DNAチップによる疾病解析
(油谷浩幸) |
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DNAチップとは多数のDNAまたはオリゴヌクレオチドの配列を基板上に固定したものである.DNAチップ解析技術は数万に及ぶ遺伝子発現プロファイルの解析(トランスクリプトーム解析)や一塩基多型の解析に用いられ,包括的な情報解析技術に基づいた生物学を可能にするものである.分子レベルで新規な癌の分類・診断をはじめとして,機能ゲノミクスに基づいた疾病の病態解明,創薬への応用についての期待が大きい.
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6. |
遺伝医療サービスおよび遺伝子研究に関する倫理ガイドラインと今後の課題
(羽田 明・蒔田芳男) |
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ヒトゲノム計画の急速な進展により,単一遺伝子疾患の原因遺伝子は次々に明らかになっている.生活習慣病を中心とする頻度の高い多因子疾患の罹患感受性遺伝子もこれから明らかになってくると思われる.これにより,個々人の体質を考慮したオーダーメイド医療は薬剤使用の分野から,健康管理による予防医学にまで大きく広がっていくと期待されている.しかし,その研究成果を実際の社会に適合させるには,多くのルールづくりが必須である.わが国と世界における現状と,今後早急に取り組まなければならない課題について概説した.
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2.遺伝病の原因遺伝子を同定する戦略 |
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日本におけるミレニアム計画の戦略 (白川太郎) |
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1. |
遺伝病,特に多因子疾患の原因遺伝子を同定する戦略
(毛 暁全・大津暁子・福田早苗・中島加珠子・程 雷・白川太郎) |
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多因子疾患は複数の遺伝子と環境要因が複雑に相互作用によって発症が起こるため,単因子疾患の方法論では原因遺伝子を捕らえることは困難である.しかし,多因子疾患特有の遺伝子解析法は未だ開発されておらず,単因子疾患解析法が用いられている.家計を用いた連鎖解析法と,患者=対象者の関連研究の2法があるが,前者ではマイクロサテライトが後者ではSNP(single nucleotide polymorphism)が用いられる.多くの遺伝子が関連する以上,サンプルの収集,統計解析の手法などには十分な注意が必要である.いくつかの例を挙げてこれらの問題点を解説する.
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2. |
ポジショナルクローニング
(堀井 明) |
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疾患の診断・治療において,まず,原因を解明することが重要である.多くの疾患においては,原因遺伝子が不明である,そこで,遺伝子の染色体上の部位を特定し,原因遺伝子に到達する方法が考えられた.これがポジショナルクローニングである.真っ先に遺伝性に発症する疾病と腫瘍において試みられ,リンケージ解析やLOH解析により遺伝子座を同定する試みが1980年代から盛んに行われるようになった.代表的な成功例はDuchenne型筋ジストロフィーと網膜芽細胞腫で,ポジショナルクローニングへの挑戦はゲノム解析技術の向上に対する大きな推進力であった.
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3. |
多因子疾患の解析理論−罹患同胞対法−
(井ノ上逸朗) |
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Common Diseaseの成因には遺伝要因,環境要因,そして加齢が複雑に相互作用しており,成因解明は困難である.バイオテクノロジーの進歩,ヒトゲノム計画の恩恵もあり,Common Diseaseの遺伝要因に直接アプローチすることが可能となってきた.Common Diseaseにおいて世代を隔てた大家系を収集することは困難なので,罹患同胞対を用いるノンパラメトリック連鎖解析による検定(罹患同胞対連鎖解析)がよく行われる.あるアレルが疾患と連鎖しているとすると,罹患同胞間ではそのアレルを親から受け継いで共有していることが期待される.すなわち連鎖があると同胞間での共有アレル数が帰無仮説値(連鎖のないときの値)より大きくなる.多数の家系を収集し,統計解析を行い連鎖検定する.
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4. |
多因子疾患の遺伝解析−case-control関連研究−
(大橋 順) |
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家系データを用いた連鎖解析によって,これまでに数多くの単一遺伝子疾患の原因遺伝子が同定されてきた.これからのヒトゲノム研究においては,多因子疾患の感受性遺伝子の同定が,最も重要な課題の一つである.単一遺伝子疾患と異なり多因子疾患の場合は,その感受性遺伝子の浸透率が低いために,連鎖解析によって感受性遺伝子を同定することは困難である.そのため,浸透率が低い感受性遺伝子であっても,高い検出力をもって検出可能な関連研究が行われる.本稿では,関連研究の中の代表的なデザインであるcase-control関連研究の理論について解説する.
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5. |
病気の原因遺伝子の単離のための戦略,疾患とフィールドの選択
(井上悠輔・小泉昭夫) |
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ごく少数の祖先に由来するような,遺伝的に隔離された集団では,祖先由来の疾患遺伝子を共有している可能性が高く,連鎖不平衡領域が見られることがある.IBDを探せば極めて効率よく原因遺伝子を探し出せるが,そのためには,連鎖不平衡の解析において疾患家系の選択は極めて重要になってくる.家系情報は極めて貴重になり,最近では国ぐるみでデータベースを構築するところも出てきた.日本では変異の保存に適した環境を維持してきた地域があり,特に治療可能な遺伝病の場合,早期の遺伝疫学的対策が求められる.
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6. |
モデル生物と遺伝病の理解
(山下由起子・鍋島建太郎) |
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遺伝病は遺伝子の変異に由来するものであるため,その発現機序を解明するには,原因遺伝子の分子・細胞レベルでの役割を理解することが必須である.しかしながら,疾病は個体レベルでは変異遺伝子による直接の異常以外に,副次的異常,環境要因などにも影響されて発現するためその発現機序の理解は容易ではない.このような状況において,遺伝子の変異による直接的影響を,分子・細胞レベルで容易に理解する手段を提供してくれるのがモデル生物である.今日,遺伝病の理解におけるモデル生物の役割は益々大きくなってきている.
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3.モデル生物を使ってより深く表現型解析をするための戦略 |
オーバービュー |
ヒトゲノム機能解析のロゼッタストーン (佐谷秀行) |
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1. |
モデル生物の特徴と選択
(中尾光善) |
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モデル生物は,生命現象および各種分子の機能や分子間の連係を解明する最も有力な手段として用いられている.またヒトの疾患の原因や治療法を探索するための手段としても有用である.それぞれのモデル生物には異なった長所や短所があり,それらを理解し,最も適切なモデルを用いることにより,迅速かつ正確に目的とする生物情報を理解することができる.本章では現在広く用いられているモデル生物の特色を例示して,それらがどのような研究目的に適するか述べてみたい.
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2. |
遺伝学的解析のモデル生物,ゼブラフィッシュとメダカ
(高 垈経・工藤 明) |
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マウス,ショウジョウバエ,線虫に代わる新たな遺伝学的モデル動物として,近年注目を集めているゼブラフィッシュは,フォワードジェネティクスとリバースジェネティクスの2つの手法をバランスよく用いることができる強みがある.さらに,脊椎動物としては非常にシンプルな器官形成システムを持っており,発生学的にも優れた材料である.一方,遺伝学的にゼブラフィッシュと同等以上のポテンシャルを持つとされるメダカの研究も,わが国の研究者達を中心に盛んになっており,今後も脊椎動物の生命現象を理解する上で,この2つの生物から与えられる情報が大いに期待される.
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3. |
遺伝学的解析のモデル生物,マウス
(森 政之・芹川忠夫) |
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マウスでは多数の系統が確立され,遺伝的多型マーカーを取り込んだ詳細な染色体地図が構築されており,さらにはゲノムシークエンスデータや完全長cDNAクローンの整備拡充がなされている.また,トランスジェニックマウス,ノックアウトマウスといった遺伝子改変マウスを作製することができる.それゆえ,哺乳動物の生物機能解析系として有用である.ヒト疾患モデルを含めて多数のミュータントが存在する.これらの変異形質は,交配試験による遺伝解析が可能で,原因遺伝子の同定に至る場合も少なくない.マウスから得られる実験結果を解釈する際には,種差,系統差,飼育環境の影響などを考慮することが大切である.
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4. |
疾患モデル動物の作製
(八尾良司) |
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マウスは分子遺伝学的解析が可能であることから,疾患モデル動物として貴重な生物材料である.特に最近の急速な遺伝子改変技術の進歩により各種遺伝子改変マウスの作製が可能となり,特定の疾患との相関が明らかにされた遺伝子変異を導入することが可能になった.遺伝子改変マウスとしては,新たな外来遺伝子を導入するトランスジェニックマウスと本来マウスの持っている遺伝子を破壊するノックアウトマウスが挙げられる.さらに,組織・時期特異的な遺伝子変異の導入も可能になり,遺伝子改変マウスは,今後ますます疾患モデル動物として重要な役割を果たしていくことと期待される.
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● 技術資料 |
1.DNA解析
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① サザンブロット,RFLP (岩永律子)
② PCR・PCR-SSCP法 (佐々木智成)
③ マイクロサテライト/ミニサテライト不安定性の検出 (玉木敬二)
④ FISH法・CGH法 (井本逸勢)
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2.RNA解析
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① ノーザンブロット・RT-PCR (野村慎太郎)
② in situ hybridization (野村慎太郎)
③ Differential Display (三浦史仁・伊藤隆司)
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3.話題の最新解析技術
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① LAMP法 (栄研化学(株))
② ICANTM法 (タカラバイオ(株))
③ NASBA法 ((株)カイノス)
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● 第3章 応用編 |
1.悪性腫瘍の分子病態解析 |
1. |
大腸癌における遺伝子診断の現状
(中森正二・竹政伊知朗・門田守人) |
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大腸癌の病態解析における遺伝子診断の実際を概説した.大腸癌における様々な遺伝子異常を利用した病態解析として,良悪の鑑別診断,微小転移診断を利用した進展度診断,マイクロアレイなどを利用した網羅的遺伝子解析による生物学的悪性度診断が行われるようになってきている.現実的には手技に習熟した施設が充実してさえいれば,大腸癌の病態解析に遺伝子診断を応用していくことは比較的容易と考えられる.重要なことは,遺伝子診断の結果をどのように解釈し,臨床応用していくかであり,今後の臨床研究と基礎研究からの更なるアプローチが望まれる.
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2. |
乳癌の分子病態解析
(稲治英生・菰池佳史・元村和由・小山博記) |
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乳癌診療の場で,発症前診断,補助診断,予後因子や予知因子,など多方面で遺伝子の臨床応用が展開しつつある.BRCA1 やBRCA2 に代表される乳癌易罹患性の診断は,今後わが国における乳癌の化学予防(chemoprevention)実現にむけ極めて重要な課題である.また,c-erbB-2 遺伝子は予後因子としてのみならず,その蛋白を標的とした抗体療法という新たな局面を乳癌治療にもたらした.今後,オーダーメイド医療にむけ遺伝子チップを用いた遺伝子スクリーニングなど分子レベルの予後因子研究にますます拍車がかかるであろう.
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3. |
肝細胞癌の発生・進展関連遺伝子の解析
(中村典明・西田直生志・有井滋樹) |
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肝細胞癌の発生,進展においても,他の多くの悪性腫瘍と同様に,遺伝子異常との関連が多く報告されている.p53 やRb 等の癌抑制遺伝子,ras やc-myc 等の癌遺伝子,さらにはcyclin D ,p16 ,p21 等の細胞周期関連遺伝子等がその代表であり,肝細胞癌においても例外ではない.また癌進展のメカニズムについては,E-cadherin ,RECK 等の報告がある.ここでは,現在までに明らかにされた知見について概観し,われわれの得た知見も合わせて紹介する.
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4. |
食道癌の病態解析
(嶋田 裕・渡辺 剛・加賀野井純一・橋本洋右・姜 貴嗣・今村正之) |
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食道癌は手術術式の工夫や周術期管理の向上によりその治療成績は向上しているが未だに進行癌で発見されることが多い難治癌の一つである.その原因として早期に頸部胸部腹部の3領域に広範なリンパ節転移を来たすとともに,跳躍転移や壁内転移,食道内多発や他臓器との重複癌が認められる特徴を持つことが挙げられる.さらには欧米では腺癌が50%以上となり,本邦でも近い将来腺癌が増加することが予想されている.従って,食道癌の治療成績のさらなる向上のためには,これらの食道癌に特徴的な遺伝子の病態解析が不可欠であると考えられる.本稿ではこれらの食道癌の生物学的特性に対応する遺伝子変化について概説した.
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5. |
胃癌の分子病態解析
(下山省二・上西紀夫) |
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胃癌における遺伝子異常は,癌遺伝子・癌抑制遺伝子の異常,ミスマッチ修復遺伝子の異常,細胞周期関連遺伝子の異常,浸潤関連遺伝子の異常などに大別され,これらの異常の程度が胃癌の臨床的な悪性度と相関している.胃癌は分化型・未分化型に大別されるが,両組織型での遺伝子異常のパターンの違いが両組織型での臨床病理学的性質の差に反映されている.さらに,いくつかの遺伝子異常が前癌病変でも認められることは,癌の発生,進展,転移というそれぞれの位相で関与する遺伝子異常があることを示唆する.胃癌における遺伝子異常の解明は,個々の患者における個別の診断・治療に貢献することが期待される.
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6. |
膵癌の分子病態解析
(土井隆一郎・藤本康二・和田道彦・今村正之) |
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膵癌で高頻度にみられる特徴的な遺伝子異常は,K-ras ,p16 ,p53 ,DPC4である.癌遺伝子K-ras は膵癌の80%以上に変異が認められる.p16 は染色体9p,p53 は17p,DPC4 は18qに座位があることがわかっているが,これらの染色体は膵癌で高頻度に欠失している.K-ras は癌化の初期に,p16 ,p53 ,DPC4 は後期に異常が起こると考えられている.それぞれの遺伝子の膵癌発癌,悪性化における正確な役割が解明されつつある.従来の方法では治療効果が上がらない膵癌に対して,遺伝子を対象にした治療法の研究開発が一つの打開策である.
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7. |
肺癌の病態解析
(三宅正幸) |
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肺癌は,悪性腫瘍による死亡原因の中で第一位を占めるに至り,その5年生存率は未だに13%前後にすぎず,最も予後の悪い悪性腫瘍の一つである.最近過形成,異形成から上皮内癌へ進むにつれての遺伝子解析がようやく進み出し,その病態が解明されつつある.現在,癌種によっては遺伝子の状態,あるいは発現蛋白の状態によって,それを標的としたテーラーメイド療法が行われつつあるが,他の癌に比べて肺癌の遺伝子異常および悪性度診断を活かした治療は,門戸をようやく叩きつつある状態でしかない.他の癌種に比べて発生年齢も高く,老化に伴い多発遺伝子異常も進みやすいことなどを加味しても,この現状は大いなる改革を必要としているといわざるを得ない.
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8. |
膵・消化管内分泌腫瘍(負荷試験と特徴)
(河本 泉・土井隆一郎・嶋田 裕・藤本康二・川村純一郎・今村正之) |
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膵・消化管内分泌腫瘍はインスリノーマ,ガストリノーマ,グルカゴノーマなどが知られており,さらにそれらは家族性に発症するMEN-1に伴うものと,散発性に発症するものとに分けられる.MEN-1に伴うものはMEN-1 遺伝子の異状であることが知られている.一方,膵・消化管内分泌腫瘍のホルモン異常分泌機構や散発性内分泌腫瘍の発生機序については未だ不明な点が多い.これら腫瘍は症例が少なく,今後遺伝子に着目した研究が重要になる.
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9. |
多発性内分泌腫瘍症と神経線維腫症の分子病態解析
(亀山香織・高見 博) |
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多発性内分泌腫瘍症(MEN)は,2腺以上の内分泌腺に特定の組み合わせで腫瘍が発生する疾患であり,その腫瘍により1型と2型に分類される.MEN1型の原因遺伝子はmeninをコードしている癌抑制遺伝子である.一方,MEN2型はRETの点突然変異が原因である.
神経線維腫症(NF)は全身の皮膚に多発する結節病変と色素斑を特徴とする遺伝性疾患であるが,1982年以降,両側性に生じる聴神経腫瘍を有する疾患をNF2とし区別するようになった.NF1 遺伝子は1990年に,NF2 遺伝子は1993年に単離された.
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10. |
成人T細胞白血病の分子病態解析
(松岡雅雄) |
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ヒトT細胞白血病ウイルスI型(Human T-cell leukemia virus type I : HTLV-I)の感染によって引き起こされる成人T細胞白血病(adult T-cell leukemia: ATL)は感染から約60年という長い潜伏期間を経て発症する.この発癌の過程ではウイルス蛋白質Taxが感染Tリンパ球の持続性の増殖を起こし,発癌にも不可欠な働きをしていると考えられているが,発癌過程の後期ではTaxを産生できないATLも多く観察され,Tax以外にも細胞側遺伝子の多様な変化が必要である.ATL細胞は免疫機構で中心的な役割を果たすCD4陽性Tリンパ球の腫瘍であるため,様々なサイトカインで病態を修飾している.
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11. |
悪性リンパ腫の遺伝子異常と分子病態
(瀬戸加大) |
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造血器腫瘍において特徴的な遺伝子変異である染色体転座の転座切断点から,転座切断点領域遺伝子が次々に同定され,多くの知見が蓄積されるようになり,造血器腫瘍の診断,層別化治療の構築に重要な情報を与えている.悪性リンパ腫の疾患単位は,極めて多く,高度の専門的な知識が要求される.しかし,近年の分子生物学的解析の成果,有用な抗体の作成などにより,状況は大きく変わりつつある.特にリンパ腫は,分子疾患単位を認識することが重要であり,患者のbenefitに直接つながる.
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12. |
染色体転座による白血病発症機構
(黒川峰夫・平井久丸) |
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白血病に病型特異的に観察される染色体転座では,癌遺伝子の変異やキメラ型転写因子の形成および正常転写因子の発現亢進が認められる.特に転写因子の異常は様々なタイプの白血病発症に深く関与している.(8 ; 21)転座におけるAML1-MTG8や(15 ; 17)転座におけるPML-RARαは代表的なキメラ型転写因子であり,造血に重要な役割を果たす転写因子の働きをドミナントネガティブに抑制する.癌遺伝子産物による増殖シグナルの活性化やキメラ型転写因子による正常造血の阻害が染色体転座型白血病の発症に重要な役割を果たしている.
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2.多因子病の分子病態解析 |
1. |
高血圧の分子病態解析
(勝谷友宏・荻原俊男) |
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わが国では3000万人の罹患者を抱える本態性高血圧症は,典型的な生活習慣病であり,環境因子および遺伝因子からなる多因子病である.高血圧は最大の循環器疾患リスクであり,その予防と制圧はミレニアムプロジェクトにおける5大疾患のヒトゲノム解析の最終目標の一つとされる.
本稿では,高血圧の診断および遺伝の寄与度から,高血圧モデル動物を用いたゲノムスクリーニングによる候補遺伝子座位に関する報告,リドル症候群に代表される単一遺伝子の異常に起因する家族性血圧異常症からのアプローチ,相関解析を中心とする本態性高血圧症の感受性遺伝子解析の現状までについて述べる.また,オーダーメイド医療実現のための遺伝子解析の成果の活用法について論じてみたい.
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2. |
2型糖尿病感受性遺伝子の同定
(堀川幸男) |
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多遺伝子型で非メンデル型の糖尿病,高血圧,肥満などの生活習慣病,いわゆるCommon disease(ありふれた疾患)は現代の生活習慣(環境因子)に起因することは間違いないが,発症には個人差があり遺伝的背景の影響は強いものと考えられる.単一SNPsを用いた多くの関連研究の成績は集められた集団の民族差,環境因子,疾患分類などの違いにより必ずしも結果が一致しない.今後連鎖不平衡に基づいたハプロタイプ,すなわち数種のSNPsを同時に解析する方法が主流になるが,ここではNIDDM1 の同定例を例にして解説を加えたいと思う.
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3. |
関節リウマチの疾患遺伝子
(塩沢俊一・駒井浩一郎・小西良武・村山公一・川崎博樹・
佐藤優江・中務美紀子・村田美紀・田中泰史・塩沢和子) |
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自己免疫疾患は,遺伝素因に環境要因(引き金)が加わって発症する.自己免疫疾患の一つ関節リウマチの遺伝素因について,マイクロサテライトマーカーを用いた家系解析を用いて疾患感受性遺伝子座を第1染色体D1S214/253,第8染色体D8S556,X染色体DXS1232/984の3箇所に同定した.この結果を踏まえて,当該部位に位置する疾患感受性遺伝子として,第一染色体に位置する疾患遺伝子候補として細胞死に関わるFasのファミリーであるDR3 遺伝子の変異を,そしてX染色体に位置する疾患遺伝子として低分子量G蛋白に対するGEF活性を有するDbl プロトオンコジーンの3' 端欠損遺伝子を見い出した.すなわち,細胞増殖あるいは細胞死に関わる分子が自己免疫疾患の遺伝素因を形作っていることが見い出された.
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4. |
統合失調症の分子病態解析
(南光進一郎) |
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統合失調症(精神分裂病)は高い頻度,青年期の発症,慢性の経過という3つの特徴を持つ,ありふれた病気である.この分子遺伝学的研究は,主として罹患同胞対法と関連研究を用いて行われている.その現在の結論は,遺伝が関与していることは確かであるとしてもひとつひとつの遺伝子の役割は大きくなく(ラムダ3以下),いくつかの感受性遺伝子が関与して発症にいたるというものである.従って感受性遺伝子の同定には600-800組の罹患同胞対が,また関連研究には3000-5000名規模のサンプル数が必要と考えられている.
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5. |
骨粗鬆症の遺伝子解析
(江面陽一・岩崎公典・石田良太・江見 充) |
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骨粗鬆症は骨量減少により易骨折をきたす疾患で,原発性骨粗鬆症と二次性骨粗鬆症とに区別される.これまでに特殊病型の二次性骨粗鬆症に対する連鎖解析は成果をあげてきたが,原発性骨粗鬆症の遺伝素因の詳細は不明である.候補遺伝子関連解析ではビタミンD受容体遺伝子や Ⅰ 型コラーゲン遺伝子などに相関が示されてきたが,再現性の問題を解決する慎重な判断が求められている.近年ゲノムワイドな遺伝子マーカーを用いたQTL解析が行われているが,検出力を高めるとともに環境要因を含めた総合的理解を可能にする計画が望まれている.
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6. |
アルツハイマー病の分子病態解析
(紙野晃人) |
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アルツハイマー病(アルツハイマー型老年痴呆を含む)の9割は多遺伝子型である.アポリポ蛋白E遺伝子のε4アレルが高齢発症型アルツハイマー病のリスクとして認知され,全遺伝的リスクの40〜50%を占めるという.高齢発症型アルツハイマー病の新たな遺伝子座位として第12染色体短腕,第10染色体長腕,第19染色体短腕が報告されているが,遺伝子はまだ特定されていない.一方,LDLレセプター関連蛋白,プレセニリン1遺伝子はメタ解析によりリスク効果が確認されている.家族性でのマッピング,孤発性のリスク遺伝子解析の現状を総括した.
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7. |
自己免疫性甲状腺疾患の分子病態解析
(赤水尚史) |
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橋本病とバセドウ病を中心とする自己免疫性甲状腺疾患の感受性遺伝子の探索方法は,候補遺伝子アプローチと全ゲノムスキャニングアプローチの両方で行われている.候補遺伝子に関しては,CTLA-4 とHLA が有力であり,機能的解析も行われようとしている.全ゲノムスキャニングアプローチに関しては,世界の3つのグループの報告があるが,未だコンセンサスがない.その中で,日本人においては8q23-q24領域と5q31-q33領域が注目されている.同疾患の遺伝因子を明らかにすることは,同疾患の予防や治療法の選択につながると期待される.
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3.特殊なタイプの遺伝子病 |
1. |
ポリグルタミン病
(垣塚 彰) |
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近年,一群の遺伝病が3塩基対のリピートの異常な伸張によって引き起こされることが判明し,「トリプレットリピート病」と総称されるようになった.その中で,CAGリピートの伸長は,9つの遺伝性神経変性疾患の原因となっていた.これらのCAGリピートはすべて翻訳領域に存在しポリグルタミンに翻訳され,しかもリピート数が長いほど重篤で早期な発症を引き起こす.さらにポリグルタミンが神経細胞内で凝集体を形成していることが発症と密接に関わっていることが判明し,これらの疾患は「ポリグルタミン病」と呼ばれるようになった.
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4.病院での遺伝相談 |
1. |
病院での遺伝カウンセリング
(藤田 潤・小杉眞司) |
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遺伝カウンセリングは遺伝医学研究の進歩を患者・家族に正しく還元するために不可欠であり,専門的トレーニングを受けた医師を中心に進められる.その基本は,患者等来談者の訴えを受容的にとらえ,共感的態度をとり,非指示的に情報を提供し,来談者が自律的に決定するのを助け,その決定に対し支持的であることである.後述する3省「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」等で,遺伝カウンセリングの重要性が指摘されているものの,遺伝カウンセリング体制の公的整備は遅れている.このような状況下での,京大病院での対応も紹介した.
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● 第4章 治療編 |
1.遺伝子治療 |
1. |
遺伝子治療
(小澤敬也) |
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遺伝子治療臨床研究がスタートして10年以上経ち,X連鎖重症複合免疫不全症(X-SCID)で臨床的有効性がようやくクリアに確認された.一般に,遺伝子導入効率が不充分であることが依然として問題となっており,遺伝子導入法の開発が鍵となっている.標的細胞と目的に応じた遺伝子導入法が利用されるが,造血系細胞にはレトロウイルスベクターが用いられ,癌の場合はアデノウイルスベクターが汎用される.また,体内で非分裂細胞に効率よく遺伝子導入する方法として,AAVベクターとレンチウイルスベクターが注目されている.対象疾患としては,心血管病変やパーキンソン病などの慢性疾患が今後大きな比重を占めていくものと予想される.
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2.オーダーメイド医療:現状と展望 |
1. |
オーダーメイド医療:現状と展望
(小川佳宏・中尾一和) |
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患者間の個人差をふまえて行う医療をオーダーメイド医療という.ヒトゲノムの全塩基配列が明らかにされて,一塩基多型(single nucleotide polymorphism,SNP)を中心とした遺伝子多型に関する情報が集積すると,疾患感受性や薬剤感受性の個人差が予測できるようになる.これにより,個々の患者に適した治療法の指導が可能となり,薬剤の選択や投与量の調整,あるいは種類を変更などにより副作用を回避できるようになることが期待される.
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●用語解説 |
●索引 |