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内容目次 |
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●序文:細胞とその関連科学技術の観点から細胞移植治療を眺めてみよう
(田畑泰彦) |
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●序論にかえて:進み続ける細胞移植治療を支えるもの
(田畑泰彦) |
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●第1章 治療を目的とした細胞移植 |
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1) |
耳介のTissue engineering -ヒト鼻中隔軟骨細胞を用いた基礎的実験-
(松永吉真・望月祐一・森 廣政・譚 策・楠原廣久・朝村真一・磯貝典孝) |
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本研究では,ヒト鼻中隔軟骨細胞を移植細胞源とするtissue engineering 技術を用いて,ヒト耳介形状軟骨の再生誘導に関する基礎的実験を行った。実験1 では,in vitro において軟骨細胞を培養し,細胞増殖能,細胞形態の変化を検討した。その結果,培養軟骨細胞は良好な細胞増殖能を示し,形状は紡錘型から次第に小円型に変化した。実験2 では,生分解性ポリマーにヒト鼻中隔軟骨細胞を播種し,ヌードマウス皮下においてヒト耳介形状軟骨の再生誘導を試みた。その結果,耳介特有の三次元形態を有する軟骨組織の再生誘導が認められた。
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2) |
皮膚細胞を用いた治療
(森本尚樹・鈴木茂彦) |
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現在,皮膚の主要構成細胞である表皮細胞,線維芽細胞,これらを培養して作製する培養皮膚が企業化され臨床使用されている。これらの細胞治療は,創傷治癒促進効果があり皮膚難治性潰瘍などの治療には有用であるが,自家皮膚の代替として使用できるものはまだ開発されていない。しかし,皮膚培養細胞を用いた治療は非常に魅力のある治療法でり,さらに優れた培養皮膚の開発,動物由来成分を使用しない安全な培養法の確立が望まれる。
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1) |
前駆細胞移植による関節軟骨修復
(脇谷滋之) |
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骨髄血由来の接着細胞(骨髄間葉系細胞)が骨・軟骨に分化することから関節の骨軟骨欠損の修復に適すのではないかと考え,われわれは動物実験で確認後,臨床に応用した。臨床成績は良好であったが,修復組織は本来の硝子軟骨ではなく線維軟骨であり,今後,成長因子投与あるいは遺伝子導入などの改良が望まれる。また,滑膜細胞,脂肪細胞など他の組織由来の細胞の軟骨形成能も研究され,一部臨床応用されている。
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2) |
骨髄間葉系細胞からの骨格筋細胞の誘導
(出澤真理) |
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骨髄間葉系細胞はある程度の分化転換能を有する細胞であり,サイトカイン処理や遺伝子導入を順序だてて行うことにより,骨格筋細胞を誘導することができる。また,これらの細胞を筋変性疾患モデルへ移植するのが可能である。この系を用いた自分の細胞による再生医療,すなわち「自己細胞移植治療」の可能性を考察する。
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3) |
毛周期と幹細胞
(板見 智) |
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皮膚における再生医療の歴史は古く,20年前にはすでに幹細胞を含んだ培養角化細胞を用いた再生医療が実現している。また,細胞増殖因子を用いた組織再生でも皮膚は他の臓器に先駆けて臨床応用されている。しかしながら,培養皮膚の最大の問題点は毛包などの皮膚附属器を欠くことである。この附属器再生のためには角化幹細胞のみならず上皮誘導シグナルを維持した真皮細胞(毛乳頭細胞)が必須である。
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4) |
骨髄間葉系細胞からの神経細胞の誘導
(出澤真理) |
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骨髄間葉系細胞はある程度の分化転換能を有する細胞であり,サイトカイン処理や遺伝子導入を順序立てて行うことにより,高い効率で神経細胞を誘導することができる。また,これらの細胞を神経変性疾患モデルへ移植することで効果が確認された。この系を用いた自分の細胞による再生医療,すなわち「自己細胞移植治療」の可能性を考察する。
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5) |
損傷脊髄に対する細胞移植研究
(名越慈人・中村雅也・岡野栄之) |
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脊髄損傷を含む中枢神経は,他の組織に比べて再生能力が著しく低く,ひとたび損傷されると再生は困難であるとされてきた。しかし近年,神経幹細胞を含む幹細胞生物学の発展により,脊髄損傷に対する細胞移植治療法が開発されつつある。本稿では,神経幹細胞を中心とした移植研究について最近の知見を踏まえて解説し,脊髄再生研究の現状と将来の展望について概説する。
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6) |
網膜細胞移植の可能性と限界
(高橋政代) |
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成人の視機能障害の原因の中で,網膜外層障害である加齢黄斑変性や網膜色素変性に対して,欧米で胎児網膜細胞移植の臨床試験がなされている。しかし,胎児細胞は供給に問題があるので,さらによい移植細胞源を用意する必要がある。最近では網膜前駆細胞ではなく,さらに分化した視細胞前駆細胞を移植するほうが機能回復に効果があることが報告された。網膜細胞移植の可能性と限界を述べる。
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7) |
幹細胞による膵再生 -糖尿病治療への応用にむけて
(山田聡子・小島 至) |
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近年,成体の様々な幹細胞など実に多彩な細胞がインスリン産生細胞に分化しうることが明らかになり,糖尿病に対する再生医療はよりいっそう現実味を帯びてきた。今後の課題は,①実用的なβ細胞源は何かを十分に検討し(自家移植できる成体組織幹細胞が強く望まれる),それをできるかぎり安全な方法で高度な分化能を保つβ細胞に分化させる方法の確立,②免疫抑制剤を使わない免疫寛容誘導法の確立,が必要である。
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8) |
腸
(貝原 聡) |
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腸管の再生に用いられている手技は,細胞の足場となる組織のみを移植し正常腸管からの細胞の遊走を期待する手法と,足場組織にあらかじめ腸管のもととなる細胞を播種させて生体内に移植する方法がある。これら手技により組織学的にはほぼ正常に近い小腸の新生が可能となったが,一方で機能的にはいまだ不十分と言わざるを得ない。今後,様々な分野の技術を結集することにより,腸管再生の研究が更なる発展をきたすことを期待したい。
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9) |
腎臓
(菱川慶一・藤田敏郎) |
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腎臓組織に存在する組織幹細胞としては,label-retaining cell,slow cycling cell,side population cell,rKS56 細胞などが報告されているが,細胞移植の効果は様々である。また腎臓組織に存在する組織幹細胞以外に,骨髄由来間葉系幹細胞,血管内皮前駆細胞でも細胞移植の効果が報告されている。しかし,移植された細胞が障害部位に生着し,障害細胞へ分化するといった単純な再生メカニズムは否定的であり,むしろ移植された細胞の液性因子を介した組織再生能力に注目が集まっている。
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10) |
膀胱再生における細胞移植の役割
(根来宏光・兼松明弘・今村正明・小川 修) |
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膀胱再生における細胞移植には2つのアプローチがある。1つは修復材料上で膀胱細胞を培養する組織工学の手法で,米国では臨床治験も行われたが,この方法が
無細胞材料の欠点であるグラフト吸収を解決したかどうかはなお不明である。もう1つの方法は,組織の機能的再生のための細胞移植であり,神経細胞,筋芽細胞,骨髄細胞移植などが,脊髄,膀胱平滑筋,括約筋などに対して試みられている。
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11) |
再生気管の臨床応用に向けて
(安田あゆ子・小島宏司) |
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近年,細胞培養技術や足場としての生体吸収性材料の進歩のもとに生体組織の再構築を目的とした組織工学(tissue engineering)は大きな注目を集めている。特に治療直後から外界と接し,感染との戦いを強いられる気管は,自己細胞を用いることによって生体本来のもつ再性能力を引き出し,生着可能な代用気管を作り出せる可能性が期待される。気管は主に気管軟骨,膜性壁,輪状靭帯で気道を維持しているが,本稿では管腔を維持するのに最も必要な気管軟骨の再生について述べる。
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12) |
培養歯肉線維芽細胞シートを用いた歯肉組織の再生
(奥田一博・吉江弘正) |
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歯肉退縮の再生治療として,患者自身から少量の歯肉を採取して線維芽細胞を分離調製後,アテロコラーゲンとヒアルロン酸スポンジマトリクスに播種して培養歯肉線維芽細胞シートを完成させた。これを従来の結合組織移植片の代わりに用いて移植手術を行ったところ,従来法と同等の臨床的効果を認めた。患者にとって広範囲な供給側が必要ないので手術後の不快感が少ないし,術者にとっては多数歯に及ぶ歯肉退縮部位の治療に有利である。
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13) |
歯周組織
(河口浩之・栗原英見) |
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歯周炎治療の最終的な目標は,歯周炎で失われた歯周組織を再構築させることである。これまでの基礎研究で,歯周組織欠損部位への骨髄間葉系幹細胞移植が歯周組織再生を促進することを明らかにした。そこで,歯周組織再生治療の全く新しい試みとして,骨髄間葉系幹細胞を移植する方法を考案し,臨床研究を開始した。患者の腸骨から骨髄液を採取し,患者の血清を用いて間葉系幹細胞を分離・増殖させ,歯周組織欠損部にアテロコラーゲンゲルと混和した幹細胞を移植する。この骨髄間葉系幹細胞を利用した治療法の実用化に向けて,現在,基礎・臨床研究を継続している。
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14) |
歯根膜シートの歯周組織再生療法への応用 (石川 烈・矢代麗子・Mara Gomez Flores・長谷川昌輝・秋月達也) |
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歯周組織の再生には歯根膜由来の細胞が重要な働きを果たす。私共は温度応答性培養皿を用いて培養歯根膜由来細胞シートを作製し,ヌードラット,ビーグル犬を用いたin vivo 実験で歯根膜シートの適用により歯周組織の再生が起こることを報告した。さらに,ヒト歯根膜由来細胞培養の際に石灰化培地を用いることでセメント質様組織が形成され,そこに再生された歯根膜様組織の垂直的埋入を認めた。現在,本術式を新たな歯周組織再生療法としての臨床応用に向けて準備を進めている。
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15) |
未分化肝細胞を用いた異所的な肝組織の再構築とその制御 (小島伸彦・酒井康行) |
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生体がもつ再生能を利用した肝臓外への肝細胞移植は,「もう1つの肝臓」を作る試みともいえる。浮遊状態の細胞を肝臓内部に移植する同所的な肝細胞移植に比べ,異所的な肝細胞移植には担体の利用や培養条件の検討など,移植後の組織再構築を制御しうるポイントが数多く存在する。本稿では,細胞ソースとして未分化肝細胞に注目し,これを用いた異所的な肝組織の再構築とその制御の可能性について紹介する。
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1) |
ES細胞による血管の分化再生
(山下 潤) |
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胚性幹細胞(ES 細胞)は,再生医療への応用のみならず分化の基礎研究においても不可欠な重要な役割を有する。われわれは血管構成細胞(内皮細胞および壁細胞)の分化および血管構造の形成過程を再現できる新しいES 細胞分化系を開発した。この分化系を用いることにより,これまでにない包括的な血管発生機構の解析が可能となるとともに,血管再生治療への応用が期待される。血管の分化再生研究におけるES 細胞の意義を考察する。
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2) |
胚性幹細胞由来 -心筋細胞の移植
(服部文幸) |
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胚性幹細胞(ES 細胞)由来心筋細胞の移植に関する報告は少ない。これは,ES 細胞由来ドナー心筋細胞の生着率が極めて低いことが原因と考えられる。筆者らは,高度に精製したES 細胞由来心筋細胞ほど移植後生着率が低い傾向を認めた。最近,精製した心筋細胞と胚性線維芽細胞を混合移植することで,心筋細胞の生着率が著明に改善されることが報告された。現在,精製した心筋細胞に安全性の確立された支持細胞を混合する方法が有力である。
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3) |
ES細胞移植による中枢神経機能の再生
(高橋 淳) |
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ES 細胞は高い増殖能と全能性を有し,そのために細胞移植治療のドナー細胞として期待されている。まず効率よく必要な細胞を誘導し選別すること,次いで移植後はホスト脳からの免疫反応を抑えることが重要となる。カニクイザルのパーキンソン病モデルを用いた移植実験では行動の改善がみられ,さらにはヒトES 細胞からドーパミン産生ニューロンが誘導されており,臨床応用のためには腫瘍化を確実に抑制すること,適切な移植部位・移植細胞数の検証,免疫抑制の至適化などが鍵となるであろう。
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4) |
ヒト胚性幹細胞の肝細胞への分化誘導
(小林直哉) |
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現在,本邦におけるC型肝炎感染者数は200万人で,C型肝炎の合併症により年間約9000人が死亡している。2010
年までに死亡数は3 倍に跳ね上がると予測されており,肝不全対策は医療上の緊急課題の1つであるといえる。
重篤な肝疾患に対して,肝臓移植が最も効果的であることは事実であるが,深刻なドナー不足を鑑みると万人がその恩恵を受けることはできない。そこで現在,バイオ人工肝臓治療が注目されている。これは,肝機能の実質的な担い手である肝細胞を担体に組み込んで固定し,デバイス化した治療システムである。患者からの血液を装置内に導き,肝細胞の代謝能を利用して血液中のトキシンの除去と肝臓細胞に由来する凝固因子などの生理活性物質の供給が可能である。生きた細胞を利用するという観点から,強力な肝機能補助によって生体肝臓の再生力を促進し,自己回復を促すことが期待されている。こうした細胞ソースとして,われわれは無限の増殖能を有するヒト胚性幹細胞から分化誘導される肝細胞に着目した。ポリアミノウレタンで表面加工された不織布スーパーシートと欠失型肝細胞成長因子とを組み合わせることで,アルブミンを発現・産生する,そしてアンモニアとリドカインを代謝することができる肝細胞様細胞への分化誘導に成功した。本稿では,ヒトES
細胞から肝細胞への分化誘導に関するわれわれの最近の知見を紹介し,将来的な展望について言及する。
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5) |
聴神経
(中川隆之・伊藤壽一) |
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音響刺激を末梢から中枢に伝える役割を担うラセン神経節細胞は,内耳にある蝸牛の中心部にらせん状に配列されている。ラセン神経節細胞の障害は様々な要因により引き起こされ,一般的に不可逆である。胚性幹細胞由来の神経細胞は,音刺激を受容する有毛細胞とシナプス形成する能力を有し,ラセン神経節細胞障害モデルへの移植実験では,機能再生を示唆する所見が得られている。今後,霊長類での再現性の確認が期待される。
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●第2章 細胞移植の臨床 |
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1) |
耳介軟骨細胞移植
(矢永博子) |
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近年,細胞を利用して種々の生体組織を再生する治療が試みられている。筆者は10年の基礎研究を基に2001 年より自家培養耳介軟骨の臨床応用を行ってきた。この方法ではわずか1 cm2 の軟骨片を採取し,生体外で大量に培養した軟骨細胞を再び生体へ移植し,成熟した軟骨組織を再生することが可能である。ドナーの犠牲が少ないこと,量的な制限がないこと,フレキシビリティが高いことなどが従来の治療法にない画期的な進歩である。ここでは培養法とヒトへの臨床応用について紹介する。
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2) |
自家軟骨細胞を用いた関節軟骨再生
(石川正和・越智光夫) |
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再生医療に注目が集まるなか,われわれは整形外科領域における運動器再生医療として軟骨再生に力を注いできた。当科においては組織工学的手法を用い,自己の軟骨細胞を用いたアテロコラーゲンゲル包埋自家培養軟骨細胞移植術を,従来から治療困難とされてきた関節軟骨損傷に対して行い,良好な成績が得られている。これまでの実績から,自家軟骨細胞と組織工学的手法を用いることによる関節軟骨再生は現在臨床応用されている数少ない細胞移植療法の1 つとして確立されており,治療困難とされる軟骨損傷に対する治療の重要な選択肢であると考える。
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3) |
皮膚
(黒柳能光) |
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組織工学という概念が1993 年にLanger とVacanti により提唱された。実際には,皮膚分野の研究は組織工学の概念が提唱されるよりもずっと以前から始められていた。例えば,1979年にGreen
により報告されたものは,角化細胞を重層化した培養表皮である。また,同年にBell
により報告されたものは,コラーゲンゲル内に線維芽細胞を組み入れ,その上に角化細胞を重層化した培養皮膚である。その後,いくつかの培養皮膚代替物が開発された。成体組織から細胞を採取して大量培養できる皮膚は,軟骨や角膜と並んで実践的な再生医療のトップランナーである。
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4) |
膵島移植の現況
(岩永康裕) |
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膵島移植は高い安全性とその治療効果が証明され,インスリン依存状態糖尿病に対する細胞移植療法として臨床の場で確立されつつある。しかしながら,インスリン離脱率の著明な経時的減少,複数回の移植が必要なことなど改善しなければならない点がまだ多く残っている。今後,複数の異なった学術分野が有機的に融合することによってそれらの課題は解決され,膵島移植の技術はトランスレーショナルリサーチのプロトタイプとしてさらに発展していくと予想される。
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5) |
角膜上皮の再生医療
(久保田 享・西田幸二) |
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眼表面疾患に対する角膜上皮のオート移植は,現在の角膜移植の大きな問題であるドナーの絶対的不足や拒絶反応を克服する画期的な医療である。筆者らは,温度応答性培養皿を用いて自己の角膜上皮幹細胞や口腔粘膜幹細胞を採取・培養し,生体外で細胞シートを作製した後,それを移植する培養上皮シート移植法を開発した。この方法は世界に先がけて日本から発信した技術であり,これまで難治であった瘢痕性の眼表面疾患に対しても良好な術後成績を収めており,難治性の眼表面疾患の新たな治療法となっている。
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6) |
樹状細胞
(田原秀晃) |
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樹状細胞は,個体における免疫制御の中心的役割を担っている細胞群である。近年,患者自身の骨髄細胞や末梢血単球を用いて樹状細胞を体外で誘導・培養し,これを用いる治療法の早期臨床試験が癌などの疾患を対象として進められている。本稿では,これらの臨床試験ならびに基礎研究から得られた最近の知見について概説し,樹状細胞療法の現状と期待される展開について紹介する。
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7) |
神経栄養因子産生細胞の脳内移植
(伊達 勲) |
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神経栄養因子は,パーキンソン病,脳虚血などの神経疾患に対する再生療法を考えるうえで極めて重要な要素である。その供給が治療に結びつくからであるが,供給の方法として,神経栄養因子を直接脳内に投与する方法の他に,その遺伝子を脳内に導入する方法,それを産生する細胞を脳内に移植する方法などがある。本稿では神経栄養因子産生細胞を脳内に移植する方法を用いた再生療法について,研究と臨床の流れと現状を報告する。
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1) |
再生医療の実用化を目指した硬組織再生の標準化
(田所美香・大串 始) |
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われわれは間葉系幹細胞と生体材料を用いる再生医療研究を行ってきている。特に,間葉系細胞をあらかじめ材料上で骨芽細胞に分化させるとともに,この分化細胞による細胞外基質を材料に産生させ(再生培養骨形成),この培養骨を移植する臨床応用を2001 年より行っている。この点において,用いる細胞の有用性ならびに材料が細胞の増殖・分化を支持する特質を有することが前提とされる。本稿では,これらの材料の評価方法ならびに標準化ついてのわれわれの取り組みを紹介する。
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2) |
歯槽骨・顎骨
(山田陽一・上田 実) |
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歯槽骨・顎骨の再生医療は,基礎研究に始まりトランスレーショナルリサーチの概念に則り臨床応用が進められた先端医療で,現在研究段階から実用化段階へ到達しつつある。本稿では患者負担の少ない再生医療の例として,自己組織幹細胞(間葉系幹細胞)を用いた注入型培養骨による歯槽骨・顎骨再生医療の現状を紹介する。この細胞移植治療は,実際に歯周病,インプラントや顎裂部骨欠損などに対し臨床応用が積み重ねられており,長期予後が良好であることも確認されてきている。新規先端技術は,制度や形式にとらわれるがあまり臨床応用が遅れ,実現されない医療となっていることも少なくないが,より良い先端医療を一日も早く実用化させ,患者のquality of life(QOL)向上に貢献していければと考えている。
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3) |
顎骨
(木下靭彦・松本剛一) |
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顎骨再建の最終目標はインプラントや義歯装用が可能な生理的な顎骨を再生することである。特に大きい欠損に対しては,骨前駆細胞ないし間葉系幹細胞の移植は有力な手段である。その1つの方法は,これらの細胞を含む骨髄組織を,形態保持のためのscaffold
とともに直接に生体内に移植して,目的とする形に骨再生を誘導する。もう1つは,あらかじめ体外で,適切なscaffold
上で骨前駆細胞を増やしたのち,移植するものである。本稿では,それぞれの方法について概説する。
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4) |
脂肪前駆細胞を用いた組織増大治療 -Cell-Assisted Lipotransfer(CAL)- (吉村浩太郎・松本大輔・佐藤克二郎) |
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脂肪組織には,脂肪細胞の前駆細胞であり血管の前駆細胞でもある間質細胞が含まれている。脂肪吸引から採取される吸引脂肪は移植材料とされるとともに,この間質細胞の採取源ともなる。吸引脂肪は大血管に乏しく,前駆細胞にも乏しい。この欠点を補填するために,吸引脂肪に脂肪由来新鮮細胞群を接着させて移植する方法(Cell-Assisted Lipotransfer)を考案した。豊胸術や癌切除後の組織欠損などの治療に応用し,これまでの164 症例において満足できる成績を得ている。
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5) |
細胞移植による心筋梗塞への再生医療 -骨髄単核球を用いた血管再生治療の臨床- (高田博輝・中野律子・辰巳哲也・松原弘明) |
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心筋梗塞への再生医療として末梢血単核球あるいは骨髄単核球を利用した血管新生治療が臨床応用されている。急性心筋梗塞(AMI)の治療後に骨髄単核球を冠動脈から注入する血管新生治療が欧米で2001年頃からスタートした。初期のオープンラベル臨床試験では半年後の心機能が10%前後改善し世界中の注目をあびたが,最近の二重盲検試験では有意な改善がみられないとの報告もあり,適応症例の選択が必要になった。造血性サイトカイン(G-CSF)を急性心筋梗塞後に投与して,心機能を改善させる臨床試験も実施されている。一方,陳旧性心筋梗塞(OMI)への骨髄単核球の直接心筋移植は有効例が多く報告され,開胸・カテーテルを利用した再生医療が期待されている。ヒト心筋からの多能性幹細胞も分離され,低心機能の重症心筋梗塞への移植もまもなくである。心筋梗塞への再生医療の最新の臨床試験の成績を中心に述べ,将来展望についても触れてみたい。
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6) |
末梢血単核球移植による血管再生治療
(南野 徹・小室一成) |
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われわれは,これまでに末梢血単核球の有用性について基礎的な検討を行い,末梢血単核球を用いたヒト重症末梢性動脈疾患に対する血管再生治療の臨床研究を開始した。これまでに60数例に対して本治療を行い,60%以上の症例に有用性を認めた。レスポンダーとノンレスポンダーとの臨床データの比較をもとにした基礎的研究から,その治療効果は単核球移植により惹起される虚血骨格筋組織における血管増殖因子の産生によることが明らかとなりつつある。
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7) |
末梢血管の再生療法の基礎と臨床
(室原豊明) |
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血管再生療法の治療概念が提唱されてから久しい。遺伝子治療や細胞治療の基礎研究に始まり,1990年代の半ばからは多方面にわたる臨床研究が展開されてきた。振り返ってみれば,循環器領域の再生医療はかなりのプロトコルが臨床応用にまで進んだ特異的な分野ではなかったかと感じている。本稿では末梢血管の再生療法の基礎と臨床というタイトルで,これまでの経緯をレビューした。
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8) |
重症心不全に対する細胞移植治療
(永谷憲歳) |
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心不全に対する再生医療として,骨格筋芽細胞,骨髄単核球,間葉系幹細胞を用いた細胞移植治療が実際の臨床で試みられるようになってきた。しかし,効果は当初期待されたほど大きなものではなく,細胞移植効果を高めるための第二世代の再生医療の開発がスタートした。細胞と成長因子の併用や細胞シートを用いたハイブリット治療の開発が行われている。難治性心不全に対する治療として,どの種の細胞が最も有効であるのか,安全性は担保されているのか,生命予後が改善されるのか,解決しなければならない課題が多い。
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9) |
骨格筋芽細胞移植による心筋再生の実際
(澤 芳樹) |
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われわれは,重症心不全に対する再生治療について,細胞移植と血管新生因子の併用が心筋再生により効果を発揮することを見出した後,その臨床応用を開始すべく,倫理性が有利な自己細胞の併用療法,すなわち筋芽細胞と骨髄単核球細胞の併用療法の有効性を大動物実験で証明し,その成果を元に大阪大学倫理委員会の承認を経て,臨床試験を開始した。さらに,細胞工学技術を用いて,筋芽細胞をシート化し移植すると,拡張型心筋症においてもより高い心機能改善効果を示すことが明らかとなった。このようなわれわれの筋芽細胞を用いた再生医療の取り組みを,分子生物学的な機序解明も含めて報告する。
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10) |
大血管
(新岡俊治・松村剛毅) |
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骨髄単核球成分を播種したチューブ型生体吸収性素材(2 ヵ月間で強度を失う素材)を血管置換材料として使用した。大動物実験では,その素材を足場として細胞が分化し,組織形成が完成し,内皮化した血管用組織が形成された。播種した骨髄細胞を蛍光色素でtracingすると,一部は内皮細胞へ,一部は平滑筋細胞層で組織構築に寄与していた。また,再生した内皮細胞を有する血管はNO
産生能を有し,アセチルコリンに濃度依存性に反応した。これらの基礎実験を踏まえて2001年より骨髄細胞を播種した再生血管移植を42例の小児心臓血管外科手術で使用した。最長6年の経過観察では,一部で狭窄例を認めたが,グラフトに起因する致死的な合併症,悪性疾患の発生,石灰化,瘤化などは認めていない。
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11) |
造血幹細胞移植
(小島勢二) |
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造血幹細胞移植は,細胞移植治療の中では40年の歴史があり,わが国では年間2000人以上に実施されている。幹細胞ソースも,骨髄血のみならず,最近では末梢血や臍帯血の増加が著しい。骨髄バンクや臍帯血バンクでHLA
が適合するドナーが得られない場合には,HLAハプロ一致血縁ドナーからの移植も試みられている。移植後合併症の治療や予防に,ウイルス特異的細胞傷害性T
細胞や間葉系幹細胞による細胞療法も試みられている。
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●第3章 細胞移植のための周辺環境 |
1. |
細胞プロセシングセンター
(笠井泰成・前川 平) |
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移植に用いられるヒト由来の細胞や組織の調整や培養などは,GMP(good manufacturing practice)に準拠した品質管理と製造管理を行い,安全性の確保と品質の維持に努めなければならない。そのためには専用の施設(cell processing center:CPC)の設置が不可欠となるが,探索的臨床試験や第Ⅰ相臨床試験などでは各開発段階に応じた基準を設け適切な運用を行うことも必要である。わが国におけるCPC の施設基準については十分に整備されていないのが現状であるが,国内外での指針や動向なども含めて,CPC が備えるべき基準について述べてみたい。
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2. |
細胞バンク
(中村幸夫) |
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細胞材料は,「誰でも・いつでも・どこでも・欲しい細胞を・自由に」入手できるというようなものではない。これを実現しようとして考案・設立されたのが細胞バンクである。従来の細胞バンクは,長期培養が可能となった細胞株の取り扱いが中心的であったが,近年では体性幹細胞のような未培養細胞あるいは初代培養細胞を取り扱うことも,細胞バンクの重要な責務となりつつある。言い換えると,再生医学研究発展のためには,そのための細胞バンクの整備・充実が必要不可欠である。
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3. |
細胞組織再生品のガイドライン
(土屋利江) |
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現在,見直しがはじまり,通知となった「ヒト(自己)由来細胞・組織加工医薬品等の品質及び安全性の確保に関する指針」,およびパブリックコメント中の「ヒト(同種)由来細胞・組織加工医薬品等の品質及び安全性の確保に関する指針(案)」についての個人的な見解からの解説と,試験方法に関心の高い腫瘍化・癌化についての最近の知見や,市販される予定の無血清培地について紹介した。
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4. |
細胞組織を用いる治療に関連する製品と薬事法
(吉川典子) |
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細胞組織製品に関わるビジネスを行うには,薬事法にかかる業許可が必要になる。改正された薬事法より「製造販売業」が導入され,特に留意が必要である。一方,細胞組織を用いる治療のために必要な製品は,細胞組織製品のみではない。このため,幅広く薬事法への対応が必要である。こうした薬事法は,ハードルが高い,難しいと言われるが,研究段階から視野に入れることで効率的な研究開発のツールとして活用できる。
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5. |
細胞移植治療における特許の保護と活用
(寺西 豊) |
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再生医療,遺伝子治療などの先端医療技術の開発は,長寿高齢社会を迎える日本において緊急の課題である。慢性的臓器機能不全疾患に対しては,臓器移植または人工臓器による治療,いわゆる再生医療が有効とされる一方で,限界があるのも事実である。そこで幹細胞に着目して,ヒト細胞を積極的に利用する細胞移植治療が期待されている。ところが,細胞移植治療は医療関連行為であるとの解釈から,特許で保護を受けることができない可能性も指摘されている。そこで細胞移植治療の治療過程をイメージし,そこに関わる技術の特許としての保護と活用について概説する。
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6. |
細胞医薬の日米の考え方の違い
(川上浩司) |
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米国においては,連邦政府食品医薬品庁(FDA:Food and Drug Administration)が規制官庁として臨床試験の審査と認可業務を行っている。新規の医薬品のみならず,細胞医薬を含む生物製剤の安全性と有効性を評価するためにヒトを対象とした臨床試験を実施する方法は,IND(Investigational New Drug)およびIDE(Investigational Device Exemptions)制度によって管理・運用されている。日本における細胞医薬の規制の考え方と臨床試験の実施にかかわる制度は,薬事法上の治験と,新規医薬品候補の臨床研究という2 つの方法に大別される。細胞医薬を用いた臨床試験を実施する際の安全性の担保については,規格の設定,適用範囲などについて日米に大きな差異はなく,基本的な評価項目のフレームワークは同様である。
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7. |
間葉系幹細胞の性質,能力の評価
(五十嵐 晃・加藤幸夫) |
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再生医療における移植用細胞として間葉系幹細胞は最も有望な細胞の1つである。細胞移植治療の有用性,効果,確実性を向上させるためには,移植用細胞が目的細胞であることを証明することが必要である。ここでは,間葉系幹細胞の性質あるいは能力を示す指標(マーカー分子)を用いた間葉系幹細胞の評価方法について述べる。
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8. |
細胞の産業化
(片倉健男) |
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細胞を加工して用いる治療として,再生医療が挙げられる。自家細胞あるいは同種細胞を用いることが検討されている。細胞入手が困難な日本においては,自家細胞を用いた製品の検討がまず進められているが,産業として合理的な価格で安定供給を考えた場合,同種細胞使用の継続的な検討が必要と考えられる。すでに実用化促進の種々の政策が取られはじめており,移植治療がなかなか進まない日本において,近い将来に新たな有効な治療を提供できることが期待される。
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9. |
自家細胞を用いた細胞製品の産業化
(畠 賢一郎) |
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自家細胞を用いた培養組織を再生医療製品として供給する場合,臨床研究を目的としたものとは異なった,特有の解決すべき課題が存在する。例えば,完成した製品を別の場所へ輸送しなくてはならないが, それには安定した輸送条件が要求される。また,製品として取り扱われるにふさわしい品質を定量的に設定しなくてはならない。産業化に向けたこれらの課題は, 再生医療の発展には欠くことができない仕組みを要求しているのである。
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