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内容目次 |
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●序文:細胞とその関連科学技術の観点から細胞移植治療を眺めてみよう
(田畑泰彦) |
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●序論にかえて:進み続ける細胞移植治療を支えるもの
(田畑泰彦) |
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●第1章 移植細胞の生物学 |
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1) |
軟骨細胞
(星 和人・高戸 毅) |
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軟骨組織は,体の形態や運動性の維持に重要な役割を果たす。加齢,外傷,先天異常などで軟骨組織が機能低下や欠損に陥ると,日常生活に重大な支障をきたす。近年,自家軟骨移植をベースとする軟骨再生医療が医療導入され,従来の治療にはなかった高親和性や長耐用年数を実現するものとして期待がもたれている。これらの治療を紹介するとともに,近年急速に進歩する軟骨細胞生物学を俯瞰し,治療の実際と最新のバイオロジーとの接点を探る。
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2) |
小型肝細胞を用いた肝細胞移植
(今 純子・三高俊広) |
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肝機能不全の治療法として肝移植が一般的だが,近年,肝細胞移植治療も試みられている。筆者らは,肝前駆細胞(小型肝細胞)の特異的遺伝子としてCD44を同定し,そのリガンドであるヒアルロン酸と無血清培養液を用いて小型肝細胞を選択的に増殖させることに成功した。この方法によりヒト小型肝細胞も分離培養することができる。本稿では,小型肝細胞を中心に,肝細胞移植,in vitro 肝組織形成について述べる。
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3) |
歯根膜前駆体細胞の特性と歯周組織再生医療への展望
(齋藤正寛) |
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歯周組織とは歯を支える結合組織で,咬合力に対して緩衝作用を有するばかりではなく,咀嚼刺激を中枢に伝える感覚受容器の働きも有する。この歯周組織で中心的な働きをしているのが歯根膜細胞である。歯根膜細胞は靭帯細胞と非常に類似した性質を有しており,Ⅰ型コラーゲン線維束を主とした強靭な結合組織を形成する。近年では,歯根膜形成能力を有する幹細胞/前駆体細胞も同定され,組織工学的に歯根膜を再構築させる技術開発も行われている。そこで本稿では,歯根膜細胞を中心に解説し,歯周組織の再生医療の現状について論じてみたい。
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1) |
血管内皮前駆細胞の治療応用とその展望
(庄司太郎・伊井正明・浅原孝之) |
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組織再生に欠かせないものとされる血管発生のメカニズムの解明は,再生医療を行っていくうえで最も重要な要素の1つであり,1997年の血管内皮前駆細胞(endothelial progenitor cell : EPC)の発見は,組織再生をめざす研究者に対し大きなインパクトを与えた。EPCは,胎生期にのみ認められるとされてきた血管発生(vasculogenesis)の機序を介し,成体においても虚血部位の血管形成に関わるという事実が明らかにされ,既存の血管内皮細胞遊走・増殖による血管新生(angiogenesis)とは異なる概念が生まれた。それ以来,EPCの細胞学的特性や骨髄からの動員メカニズムが解明されると同時に,心,血管,骨折など多くのin vitro/in vivo の実験を通じてその臨床応用に関する有用性の知見が集積され,一部は臨床応用に至っている。しかしその反面,臨床試験では,個体のEPC数減少・機能低下が問題点として挙げられるようになった。そこで,EPC活性化の手段としての遺伝子導入修飾は,今後のEPC移植・再生治療を発展させていくうえで大きな可能性を秘めている。
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2) |
骨髄由来間葉系幹細胞 -ルーツから探る細胞治療への道- (豊田雅士・梅澤明弘) |
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骨髄中には造血幹細胞と間葉系幹細胞の2つの幹細胞が存在する。このうち間葉系幹細胞は,造血幹細胞を支持する細胞であり,骨芽細胞,軟骨細胞,脂肪細胞,心筋細胞,骨格筋細胞,神経細胞に分化する細胞である。その間葉系幹細胞は自分の細胞で自分の組織再生を行うという点で細胞移植による再生医療において注目されている。間葉系幹細胞とは何かを発生学的な面から考え,そこから見えてくる今後の課題について述べる。
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3) |
造血幹細胞
(中畑龍俊) |
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再生医療の基盤となる細胞は幹細胞であり,この細胞は自己複製能と様々な細胞への分化能をもっている。現在までに行われている再生医療は体性幹細胞を用いたものである。造血幹細胞は最も研究の進んでいる体性幹細胞であり,骨髄,末梢血,臍帯血中の造血幹細胞を用いた様々な移植が行われている。最近われわれが開発したNOGマウスは,ヒト造血幹細胞のin vivo測定系としては画期的なマウスとして認められている。現在,このマウスを用いてヒト造血幹細胞の可塑性,ex vivo増幅造血幹細胞の定量的な測定などが検討されている。
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4) |
臍帯血中の幹・前駆細胞:臍帯血移植とバンキング (高田 圭・平井雅子・張 暁紅・高橋恒夫)
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出産後の胎盤・臍帯の中に存在する造血幹・前駆細胞を用いた白血病を中心とする難治性疾患の根治療法として臍帯血移植が急速に進んでいる。公的な臍帯血バンクが全国に11設立され,日本さい帯血バンクネットワークとして安全に移植を進めるために臍帯血が分離保存されている。また,臍帯血中の造血細胞以外の幹細胞研究も進められ,臍帯血は再生医療におけるアロの細胞ソースの有力候補であり,バンキングと移植技術の進展,これからの細胞治療,再生医療のモデルとなりうると考えられている。
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5) |
神経幹細胞
(熊谷玄太郎・岡野栄之) |
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神経幹細胞とは,未分化状態を維持しながら増殖できる自己複製能を有し,かつ中枢神経系を構成する3種類の細胞であるニューロン,アストロサイト,オリゴデンドロサイトのいずれにも分化できる多分化能をもつ神経系前駆細胞である。本稿では,この神経幹細胞に関する最新の知見と,この細胞を用いた中枢神経系の再生医療について概説する。
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6) |
脂肪組織由来幹細胞
(水野博司) |
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再生医療の担い手としての体性幹細胞は実用面の点でも非常に期待されている。この多分化能を有する体性幹細胞が,生体内において最も巨大な組織ともいえる脂肪組織中に存在することが証明されている。現代人にとって過剰の皮下脂肪は「不要な組織」であり,幹細胞採取時のドナーの犠牲もほとんどないため臨床応用にも役立てやすい。本稿では,脂肪組織由来幹細胞に関する細胞生物学的特徴と再生医学への応用の現状について解説する。
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7) |
膵幹細胞 -インスリン産生細胞再生への応用-
(倭 英司・宮崎純一) |
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膵幹細胞は組織幹細胞の1つで,再生刺激が加わった際に必要とされる細胞に分化すると考えられている。膵幹細胞を利用しインスリン産生細胞を再生し,細胞移植を行うことにより糖尿病の再生医療が可能となる。本稿では膵幹細胞のみならず,インスリン産生細胞の再生に関連する膵外細胞の分化転換,インスリン産生細胞自身の分裂などについても述べる。
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8) |
羊膜由来幹細胞
(二階堂敏雄・吉田淑子・岡部素典・戸田文香) |
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羊膜は,胎児由来の組織で産後廃棄される組織で,上皮細胞hAECおよび間葉系細胞hAMCを含む。羊膜細胞はOct-4, Nestin, Musashi-1を発現し, hAECは肝細胞,インスリン分泌細胞,軟骨細胞に分化し,hAMCはグルカゴン分泌細胞,心筋細胞,軟骨細胞に分化する。また,0.01%の割合でSP細胞が存在することなどから,羊膜には上皮幹細胞および間葉系幹細胞が存在すると考えられる。成体より胎児のほうが幹細胞の含有率が高いといわれているので,羊膜は新たな移植幹細胞源として有望である。
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9) |
滑膜間葉幹細胞 -軟骨再生の細胞源として-
(関矢一郎・宗田 大) |
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滑膜は関節内の軟骨以外の組織を覆う膜状組織である。各種間葉幹細胞をペレット培養で軟骨分化させると,滑膜由来のものが最も大きい軟骨塊を形成し,軟骨分化能が最も高いことが示される。未分化滑膜幹細胞を軟骨全層欠損部に移植すると,微小環境に応じて分化が決定され,軟骨組織が再生される。滑膜幹細胞は,骨髄幹細胞と異なり,ウシ胎仔血清よりも自己血清を用いるほうがより増殖する。滑膜間葉幹細胞は関節軟骨再生の細胞源として有用である。
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10) |
歯髄幹細胞
(三浦晶子) |
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智歯(親知らず)の歯髄組織には自己複製能と多分化能をもつ間葉系幹細胞が存在する。さらに筆者らは,自然に抜け落ちた乳歯の残存歯髄にも新たな間葉系幹細胞の存在を見出した。間葉系幹細胞はこれまでに骨髄,脂肪組織などにその存在が報告されているが,智歯は比較的入手が容易であり,特に脱落した乳歯の場合はドナーへの侵襲が全くないという点で非常にユニークである。本稿では,歯髄幹細胞の生物学的特徴および臨床応用に向けた今後の課題について述べる
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11) |
精子幹細胞
(竹橋正則・篠原美都・篠原隆司) |
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精子幹細胞は精子形成の源となる細胞で,組織幹細胞の中で唯一遺伝情報を子孫へと伝えることが可能な細胞である。精子幹細胞の移植法と長期培養法が確立され,この細胞を用いたノックアウトマウスの作製が可能になり,ES細胞や核移植では限界があった遺伝子改変技術に新しい可能性が切り開かれた。さらに,この細胞は精子形成という高度に分化した特殊な機能だけでなく,ES細胞と同等の多分化能をも併せもつことが明らかとなり,再生医療への応用が期待されている。
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12) |
角膜由来幹細胞
(榛村重人・坪田一男) |
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視力を維持するには角膜上皮,実質,内皮の全層が透明であることが不可欠である。角膜は眼表面に存在することにより組織工学の技術を応用しやすい組織の1つであり,すでに上皮幹細胞移植が臨床応用の段階までに達しているといえる。今後はさらにドナー不足や拒絶反応を回避する手段として,幹細胞を用いた角膜実質および内皮の再生技術が期待されている。本稿では現在まで得られている角膜上皮細胞,実質細胞の幹細胞について紹介する。
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13) |
色素幹細胞
(西村栄美) |
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皮膚の色素細胞(メラノサイト)は,皮膚や毛に色素を供給し皮膚を紫外線から守ると同時に個体の識別に役立っている。最近,色素細胞が毛包内で幹細胞システムを構築していることが明らかになり,色素幹細胞とそのニッチが同定された。さらに,色素幹細胞維持に必須の遺伝子の欠損や変異によって,あるいは加齢によって,その維持が不完全となることで白髪が起こりうることも明らかになった。幹細胞システムは,幹細胞研究において多くの利点をもつと同時に,今後,再生医療への応用が期待される。
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14) |
表皮由来幹細胞
(大河内仁志) |
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表皮の幹細胞は毛包のバルジ領域に存在するとされているが,創傷時のみバルジ領域から細胞が表皮に供給されることが判明し,バルジ以外の幹細胞の存在が再認識されるようになった。表皮の幹細胞は小さい細胞でゆっくり分裂し,接着能力が高く,有害な物質を排出する能力も高いという性質をもつ。幹細胞の維持機構には周囲の微小環境が重要と考えられている。表皮幹細胞の再生医療への応用は培養皮膚以外に付属器の誘導や遺伝子治療が考えられる。
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15) |
肝臓・膵臓領域における組織幹細胞の特性解析
(谷口英樹) |
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代表的な固形臓器である肝臓や膵臓領域では,代謝性肝疾患や糖尿病など細胞療法の確立が期待されている多数の疾患が存在する。これまでに,肝臓や膵臓における組織幹細胞がフローサイトメトリーを利用した精度の高い細胞分離法を用いて同定されてきており,その増殖能・多分化能・自己複製能・組織再構築能などの特性が明らかになりつつある。また,これらの臓器では細胞系列間における分化の可塑性が認められることから,消化器系(digestive system)を統合的に理解していくことが重要である。
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16) |
マウス線維芽細胞培養から誘導される多能性幹細胞
(小柳三千代・山中伸弥) |
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細胞移植治療において,患者自身の体細胞から多能性をもった幹細胞を作製することは,拒絶反応の回避のためにも有用である。当研究室では,マウスの線維芽細胞に4つの因子を発現させることによって,ES細胞様の多能性を有する細胞を誘導できることを見出した。このiPS細胞(induced pluripotent stem cells)は,従来行われていた核移植を用いた方法やES細胞との融合による方法とは異なる新たな方法として,細胞移植治療に応用されることが期待される。
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1) |
胚性幹細胞に関する基礎知識
(丹羽仁史) |
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初期胚に由来する多能性幹細胞である胚性幹細胞(embryonic stem cells:ES細胞)は,1981年にマウスで初めて単離に成功し,1998年にはヒトES細胞が樹立され,以来再生医学研究の主役として君臨している。今日まで様々な応用研究が進められているが,「ES細胞とは何者か?」を問う基礎研究も地道に進められ,その多能性を規定する分子機構の解明も,この10年でかなり進行した。しかしなお,この根源的問いには謎が多く,シンプルな答えを求める葛藤が続けられる必要がある。
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2) |
内胚葉系幹細胞
(安永正浩) |
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グースコイド gfp・Sox17 huCD25ダブルノックインES細胞とDNAマイクロアレイ解析より同定した特異的表面マーカーCXCR4とEカドヘリンに対する抗体を用いて,ES細胞由来内胚葉系幹細胞の作製法とそのモニタリングシステムを確立することに成功した。このシステムの開発により,安定的な分化誘導とともに,従来では困難であった胚性内胚葉と臓側内胚葉との区別が容易になった。
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●第2章 移植細胞のための周辺の基礎生物医学 |
1. |
再プログラム化融合細胞の個人対応化技術
(多田 高) |
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患者個人の遺伝情報をもつ多能性幹細胞は,移植細胞への拒絶反応をも引き起こさない理想の幹細胞である。単一の機能に特化した成人体細胞に様々な細胞に分化できる多能性を思い起こさせる現象は再プログラム化と呼ばれている。自分自身が多能性幹細胞である胚性幹(ES)細胞は,体細胞を再プログラム化する活性をもつことが細胞融合実験から明らかになっている。この活性を応用して,個人の遺伝情報をもつ幹細胞の作製が現実味を帯びてきている。その1つの方法である染色体除去による体細胞の個人対応化技術を紹介する。
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2. |
細胞のエピジェネティクス
(富澤信一・佐々木裕之) |
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細胞核内のゲノムはDNAメチル化,様々なヒストン修飾,高次のクロマチン構造変換などのエピジェネティックな調節を受け,分化の過程でいったん確立されたエピジェネティックなパターンは安定に娘細胞に伝達される。これが各細胞型に特有の遺伝子セットが働く基盤となる。細胞のエピジェネティックな状態の総体はエピゲノムと呼ばれ,その情報は移植に適した細胞の分化状態の調節,品質管理に重要である。
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3. |
胚性幹細胞から誘導された分化細胞のゲノミクス解析
(饗庭一博) |
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多分化能をもつ胚性幹細胞(ES細胞)は,細胞移植による再生医療において有望な細胞である。分化誘導途中の細胞の分化程度を知ることは,発生分化の分子機構を知るだけでなく,細胞移植を行う際にも重要である。本稿ではES細胞から神経前駆細胞への分化過程のマイクロアレイによる解析結果と最近のマイクロアレイ技術の信頼性に関しての話題について述べる。
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4. |
造血幹細胞の分化制御
(依馬秀夫・中内啓光) |
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造血は,造血幹細胞を頂点として各成熟血球がクローナルかつ恒常的に産生されるシステムであり,細胞分化を解析するために適したモデルである。これまでに,造血幹細胞ならびに各分化段階にある前駆細胞集団が分離同定され,それぞれの細胞集団に発現するサイトカイン受容体や転写因子などが明らかにされてきた。しかし,時系列からみた細胞集団間の関係は必ずしも明確ではない。細胞分化のプログラムを理解するためには,分化経路を明らかにする必要がある。
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5. |
制御性T細胞による拒絶反応の抑制
(野村尚史・坂口志文) |
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移植片の拒絶は移植医療における大きな問題である。免疫抑制剤の開発により拒絶反応のコントロールが可能になったものの,免疫抑制に伴う日和見感染症などの副作用が問題になっている。近年同定された内在性制御性T細胞は,胸腺で産生され転写因子FOXP3を特異的に発現し,自己免疫病の発症を抑制する特異なT細胞である。この細胞を応用すればアロ抗原特異的な免疫寛容を導入し,拒絶反応を制御できる。
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6. |
ヒト細胞の不死化
(清野 透) |
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様々なヒト体細胞を体外で自由に増幅できれば細胞移植療法の可能性は大きく広がる。しかし,ヒト細胞を培養すると一定回数分裂した後,増殖を停止(老化)するため,実際に体外増幅が臨床応用されているものは皮膚角化細胞や角膜上皮細胞,活性化リンパ球などごく一部である。ヒト細胞の体外増幅を規定している細胞老化は主にテロメア非依存性の老化であり,主にp16INK4a/RB経路と一部p53経路の活性化が関わっている。これまで細胞寿命延長や不死化にはこれらの経路を抑制する遺伝子を導入する方法が試みられてきた。しかし,これらの経路の活性化の原因を除くことができれば,遺伝子導入の必要はなくなる。本稿では細胞寿命延長法の現状と将来について紹介したい。
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7. |
クローン技術による細胞の初期化
(若山清香・若山照彦) |
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核移植技術は発生学を研究するための1手段として考案され,次に農業への応用が期待されて研究が進んできた。その後,医療への応用の可能性や,クローン動物特異的な異常がインプリント遺伝子やエピジェネティクスなどの基礎生物学の研究に利用可能であることがわかってきた。なかでも体細胞からES細胞を樹立する技術は,免疫拒絶反応を起こさない患者自身のES細胞を樹立できる可能性を示している。本稿ではクローン技術で作られた体細胞由来ES細胞について解説する。
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●第3章 移植細胞のための周辺科学・技術 |
1. |
細胞分離法
(澄田政哉) |
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最初に,細胞分離技術を原理と分離例で整理し,全体像を俯瞰した。次に,「医療としての実用化」を重視する観点から,細胞分離技術の中ですでに細胞移植治療に用いられている,あるいは用いられることが大いに期待される技術について述べ,さらに特許情報の入手法についても言及した。最後に,細胞分離技術を医療に用いるためにクリアしなければならない規制について,その情報の入手方法について紹介した(なお,細胞そのものの特許,薬事規制については下巻第3章を参照願いたい)。
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2. |
細胞培養基材
(平野義明) |
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近年,再生医療の進歩は目を見張るものがある。細胞移植治療において,その前段階としての細胞培養はたいへん重要なステップである。本稿では,細胞の二次元培養用基材について,細胞接着の観点ならびに材料学的観点から述べた。さらには,三次元培養用基材として,人工細胞外マトリクス,すなわち再生医工学用足場の設計方法ならびにその具体的な例について示した。
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3. |
傾斜機能性足場材料
(山本雅哉・田畑泰彦) |
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近年,細胞を用いて大きく欠損した生体組織を再生誘導する再生誘導治療が注目されている。これまでに異なる生体組織を対象に基礎研究ならびに臨床研究が行われ,生体組織の再生誘導には細胞の増殖や分化などの場となる足場材料が必要不可欠であることが示されている。本稿では,生理活性物質の三次元的な濃度勾配をもつ足場材料,すなわち傾斜機能性足場材料について述べる。傾斜機能性足場材料は,これまでに研究されていた単純な足場材料とは異なり,生理活性物質の三次元的な濃度勾配に応じて細胞の増殖分化を変化させることにより,足場材料内で複雑な生体組織の構造の形成を誘導できることが期待される。
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4. |
培養液
(高橋秀和) |
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再生医療では,安全性の面からウシ血清の使用を回避する必要がある。これまでの研究から,細胞培養における血清の役割とそれを代替しうる組成が解明されつつある。筆者は,主に間葉系幹細胞を中心に培地の開発を行ってきた。その過程で,細胞増殖と細胞老化の関連性について新たな知見を得た。細胞老化を抑制して永続的に細胞を増殖させることは,臨床応用に必要な大量の細胞を得るために解決しなければならない問題である。
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5. |
培養装置(セルプロセシング装置)
(紀ノ岡正博・田谷正仁) |
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細胞採取や細胞増幅のための継代培養などの細胞加工(セルプロセシング)技術は,細胞治療における重要な位置づけとなっている。種々の培養工程における省力化・安定化をめざした操作の自動化は,細胞の品質を保証するうえでも不可欠な技術である。本稿では,培養装置(セルプロセシング装置)の自動化をめざした必須要素について述べるとともに,今後取り組む課題について方向性を示す。
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6. |
バイオリアクター
(石川陽一) |
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細胞移植では細胞の培養が必須のプロセスになる。ディスポーザブルな培養槽が利用しやすいが,浮遊細胞用のファーメンタとしてバッグ内にガスを供給しながらシーソーのように揺動してガスの交換を図るWAVEバイオリアクターを解説する。さらに付着性細胞用リアクターとして,中心軸が空洞の多孔質円筒状担体の外周から中心に向かって逆ラジアル方向に培養液を流すことによって組織様に高密度培養が可能なラジアルフロー型リアクターを解説する。
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7. |
静水圧負荷培養による関節軟骨細胞の分化制御
(牛田多加志) |
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関節軟骨組織の再構築のためには,in vitro での培養・増殖に伴い脱分化した軟骨細胞をいかに再分化させるかが重要な基盤技術となる。関節軟骨組織に生理的に負荷されている静水圧という物理刺激下での培養技術は,脱分化した軟骨細胞の再分化において促進的な効果,具体的には関節軟骨特異的マトリクスであるタイプⅡコラーゲンやaggrecanの遺伝子発現を増強し,一方で線維性軟骨特異的なマトリクスであるタイプⅠコラーゲンの遺伝子発現を抑制する効果がある。
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8. |
細胞シート工学
(大和雅之) |
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注射による細胞懸濁液移植や生分解性高分子製足場を活用する従来型の組織工学が抱える問題点を克服し,再生医療本格化を実現することを目的として,われわれは細胞シート工学と呼ぶ新規再生医療技術の開発に体系的に取り組んできた。すでに一部の組織ではヒト臨床応用が始まっており,順次,様々な組織でのヒト臨床が計画されている。細胞シート工学は次世代組織工学の中核的技術として大きな期待を集めている。
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9. |
再構成基底膜構造体sBM基質 -精緻な人工組織構築を可能にする培養基質- (細川 剛・永野麗子・持立克身) |
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再生医療において,細胞外マトリクスは単なるスキャホールドとしての役割以外に,未成熟な組織幹細胞を分化成熟させる役割を担っている。私達は,肺胞上皮2型細胞を用いて基底膜構造体を形成させる培養系を確立した。この培養で形成された基底膜は,上皮細胞を穏和に剥がすと無傷で露出させることができ,培養基質に転用できた。この基底膜培養基質は,未熟な気道上皮基底細胞の線毛細胞への分化や肝実質細胞の機能維持に,従来のマトリクスよりも優れた効果を発揮した。
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10. |
遺伝子導入法
(城 潤一郎・田畑泰彦) |
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遺伝子導入法は,治療遺伝子を導入した細胞によって産生された治療タンパクにより治療効果を得る遺伝子治療だけでなく,移植細胞の生物機能を解析する研究用ツールあるいは細胞の機能を積極的に増強するための遺伝子改変にも応用される重要な技術,方法論である。本稿では,細胞への遺伝子導入法について概説するとともに,非ウイルスキャリアを用いた遺伝子導入法による移植細胞の機能解析および遺伝子改変細胞の作製と治療への応用について,実例を示しながら紹介する。
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11. |
遺伝子 - 細胞ハイブリッド治療
(小畑陽子・宮崎正信・阿部克成・古巣 朗・河野 茂) |
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細胞の特性を遺伝子治療に利用する方法として,遺伝子をゼラチンに取り込ませ,この複合体を,貪食能を有する細胞に導入する方法が開発されている。今回われわれは,マクロファージに肝細胞増殖因子 (HGF)遺伝子を導入し,それらを生体内に投与することによって,マウス腹膜線維症モデルへの治療応用を試みた。この方法により,細胞特異的・臓器特異的に遺伝子を導入することが可能となるため,今後の臨床応用が期待される。
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12. |
細胞転写技術を用いた細胞アレイ作製技術
(長棟輝行・高野等覚・竹澤俊明・新海政重) |
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オレイル基-PEG鎖-NHS基によって構成される細胞膜修飾剤をパターニングした基板上に細胞を固定化し,その上に重ねた細胞外マトリクスシート表面に細胞を接着させ転写することによって,細胞をシート上にパターニングする技術を開発した。この細胞転写操作を繰り返すことによって,細胞外マトリクスシート上に多層型の細胞アレイを構築することに成功した。このような多層型細胞アレイは多種類の細胞が複雑に三次元配置された生体内環境を模倣することが可能であり,ハイスループットな細胞機能解析を行うためのプラットフォームとして期待される。
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13. |
血管新生技術
(木村 祐・田畑泰彦) |
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体内の細胞は,近傍に存在する血管との間の拡散により酸素や栄養の供給,代謝物の排泄を行っている。そのため,移植細胞周辺における血管の有無は,細胞の生存と機能発現,それに伴う組織再生過程に大きな影響を及ぼすと考えられる。細胞移植による生体組織の再生誘導,あるいは体外で培養によって作られた生体組織様構造物の移植に対しても,血管新生技術は必要不可欠である。本稿では,体内における血管形成のメカニズムを概観するとともに,現在研究されている血管新生技術について紹介する。
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14. |
免疫隔離法 -バイオ人工膵臓を中心に-
(寺村裕治・岩田博夫) |
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1型糖尿病の根本的な治療法として膵から分離したランゲルハンス島(膵島)を移植する試みがある。将来,ES細胞や幹細胞からインスリン分泌細胞を得ることができれば,ドナーを必要としない移植医療が実現する可能性がある。しかし,いずれの場合も移植後の免疫拒絶反応を制御する必要がある。工学的なアプローチとして,膵島などを半透膜内に封入した後に移植するバイオ人工膵臓の研究がこれまで展開されているが,副作用の心配な免疫抑制剤を軽減できる移植法として期待されている。これまでは,アルギン酸ゲルやアガロースを利用したバイオ人工膵臓の研究が中心であったが,最近では移植する部位や量の観点から,膵島表面をできるだけ薄膜でカプセル化する,すなわち高分子を用いて表面修飾する試みが中心になってきている。ポリエチレングリコールを膵島表面に直接固定する方法やポリエチレングリコールが結合したリン脂質(PEGリン脂質複合体)と高分子積層膜を用いて細胞表面に数十nmの厚さのナノ層薄膜を形成させる方法がある。これらの薄膜を免疫隔離膜として利用する試みを中心に紹介する。
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15. |
MRによる細胞トレーシング
(犬伏俊郎) |
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生体内の分子や細胞の情報を画像化する分子イメージングが注目されている。なかでも,再生医療や細胞治療で用いるES細胞などの治療用細胞を生体内で可視化する方法が編み出され核磁気共鳴(MR)法を利用して移植細胞の無侵襲追跡が可能になってきた。本稿では,MR法が細胞識別を可能にするプローブや標識法を紹介するとともに,併せてMR細胞・分子イメージングの課題や展望についてまとめた。
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16. |
細胞研究と細胞移植治療のための細胞トレーシング技術 (城 潤一郎・山本雅哉・田畑泰彦) |
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移植細胞の数と質の観点からの科学技術の改良に伴い,細胞移植による再生医療に期待が高まっている。細胞移植治療で大切なことは,投与した細胞をその必要とされる部位で生着させ,機能させることである。このためには,まず投与される細胞の作用部位への生着とその部位での機能発現を正確に評価できる新しい細胞トレーシング診断法の開発が必要となる。これを実現するために,様々な診断装置の開発に加えて,診断に用いるための分子プローブの研究も急速に進められている。本稿では,細胞の品質管理,細胞学研究用ツール,および非侵襲的な診断法として分子プローブを利用した細胞トレーシング技術について概説する。
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●索引 |