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内容目次 |
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はじめに:生殖ゲノム医療としてのPGT
(倉橋浩樹)
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●第1章 PGTの変遷 |
1. |
わが国におけるPGTの流れ
(岩佐 武・武田明日香・湊 沙希) |
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わが国では着床前遺伝学的検査(PGT)に関する法的規制はなく,主に日本産科婦人科学会が定める見解・細則によって実施の可否や適応の範囲が定められてきた。1998年には重篤な遺伝性疾患に対する実施(PGT-M)が認められ,2006年には染色体転座に起因する習慣流産が適応に加わった(PGT-SR)。一方,不妊治療の成功率向上を目的とした染色体の網羅的検査(PGT-A)は長らく禁止されてきたが,日本産科婦人科学会が主導する特別臨床研究にて一定の効果が確認されたことを受け,2022年にはPGT-M,PGT-SRとともに医療行為としての実施が認められた。
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2. |
日本産科婦人科学会の見解改定の概説
(織田克利) |
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2022年1月に日本産科婦人科学会においてPGT-M,PGT-A/SRの見解改定が行われた。PGT-Mでは重篤性の定義として,「原則,成人に達する以前に日常生活を強く損なう症状が出現したり,生存が危ぶまれる状況」と明記され,従来の重篤性に必ずしも当てはまらなくとも申請する道が開かれた。当該疾患の関連学会,遺伝関連学会からの意見書を踏まえ,判断不一致の場合には新設の個別審査会での審議が行われる。PGT-Aについては公開シンポジウムでの様々な意見も踏まえ,初めて見解・細則が定められた。適切な情報提供のもとで,カップルが自律的に意思を決定し,本検査を受けられるようにすることが肝要である。
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3. |
生検の技術的変遷と胚の培養
(竹内一浩・溝部大和) |
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胚生検は,歴史的に長い間,分割期胚を用いて行われてきた。分割期胚を用いての生検では,主にfluorescence in situ hybridization法を用いて診断されてきたが,モザイクの問題や解析に用いる細胞数の問題で,近年では複数の細胞が採取可能な胚盤胞生検が主流となり,解析方法もnext generation sequencing法へと変化している。近年, 胞胚腔液や培養液を用いた低侵襲的着床前遺伝子検査が多く報告されるようになってきたが,いずれにおいてもまだ完全に臨床応用できるまでには至っていない。
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4. |
全ゲノム増幅と網羅的ゲノム解析の進歩
(山本俊至) |
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着床前遺伝学的検査(preimplantation genetic testing:PGT)においては全ゲノム増幅(whole genome amplification:WGA)のステップが必須となる。WGAには複数の方法があり,それぞれ特徴がある。PGTの目的によって適切なWGAの方法を選択すべきである。ただし,現在本邦において先進医療に向かっているPGT-Aの方法は,いずれもWGAの方法とその後の解析方法がセットとなって提供されているため,自由に組み合わせて使用することは想定されていない。より精度の高い解析を行うためにも,WGAの手法と網羅的なゲノム解析との関係性について知っておきたい。
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5. |
PGTの倫理的・社会的側面
(柘植あづみ) |
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PGTの倫理的・社会的側面について考えるために,Ⅰ.胚の取り扱いをめぐる倫理的議論,Ⅱ.PGTをめぐる倫理的・社会的議論,Ⅲ.PGTの普及による文化・社会的な影響の順に論じる。Ⅰでは,キリスト教の影響が強い欧米において,体外受精以降に始まった胚の取り扱いに関する倫理的な議論を紹介する。Ⅱでは,PGTが出生前検査よりも身体的・精神的に女性の負担を軽減すると言われることについて批判的に検討する。Ⅲでは,PGTは患者・家族のために必要だとする論理は当事者の希望を歪めて理解しているという指摘をする。その上で,PGTをめぐる倫理的・社会的な課題を再考する必要性を述べる。
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●第2章 PGT-A |
1. |
PGT-A特別臨床研究の成果
(加藤恵一) |
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本邦では2019年末から2022年8月の期間にて「体外受精・胚移植(ART)不成功例,習慣流産例(反復流産を含む),染色体構造異常例を対象とした着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)の有用性に関する多施設共同研究」が実施された。当院で対象の夫婦1235組から得られた胚盤胞5914個に対しaCGH法またはNGS法によるPGT-Aを実施したところ,正倍数性20.6%,染色体異数性73.4%,モザイク5.8%であった。正倍数性胚の移植あたりの臨床妊娠率は67.2%,妊娠あたりのpregnancy loss率は8.1%と,児の染色体異数性に起因する体外受精不成功や流死産回避の観点における有用性は明らかであった。
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2. |
染色体分配エラーとPGT-A
(河村理恵・倉橋浩樹) |
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異数性胚は着床不全や流産の主な原因となり,女性の年齢依存的に増加する。これまで臨床研究として実施されていたPGT-Aが,2022年より医療行為として実施されるようになり,不妊治療における重要なツールとなってきている。異数性細胞の多くは染色体の分配エラーによって生じており,PGT-Aの結果には配偶子レベルの異常と体細胞レベルの異常とが反映されている。これらの発生機序を理解することは,科学的エビデンスに基づいた情報提供とカウンセリングにつながり,より質の高い生殖ゲノム医療へとつながる。本稿では,染色体異数性を生じる分配エラーを概説し,ゲノム医療時代におけるPGT-Aの意義と今後の課題について紹介する。
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3. |
PGT-Aの診断精度(診断解像度,感度,特異度および陰性・陽性的中率)
(青山直樹・加藤恵一) |
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スクリーニング検査では同じ感度・特異度の診断を行っても罹患率が異なる母集団では陰性および陽性的中率もそれぞれ変化し,臨床結果に影響を及ぼす。PGT-Aでは高感度が予想され陰性的中率は高く,移植あたりの成績改善が期待されるが,一方,低特異度であり特に罹患率が低い若齢患者群においては陽性的中率が低下し,偽陽性発生のリスクが高くなる。診断の高解像度化によって胚盤胞のモザイク診断が可能となったが,この中に偽陽性が多く含まれる。本検査はメリットだけでなくデメリットも発生する技術でもあり,患者とこれらの情報を共有し,夫婦で意思決定できるよう支援することが重要である。
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4. |
PGT-AとSNP解析(倍数体,UPD)
(水口雄貴・佐藤 卓・末岡 浩) |
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- 従来,PGT-A/SRで行われていたFISH法による染色体診断には限界があり,現在はマイクロアレイや次世代シーケンサーによる網羅的なゲノムのコピー数解析が主流となっている。
- マイクロアレイ染色体解析にはアレイCGH法とSNPアレイ法がある。
- SNPアレイ法は,次世代シーケンサーには困難な倍数体や片親性ダイソミー(UPD)の検出が可能である一方,モザイクの検出には限界があるとされている。
- UPDや倍数体はPGTに供する胚で認められる頻度はかなり低く,解析プラットフォームとしてSNPアレイを用いるかどうかも症例ごとに検討することも大切かもしれない。
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5. |
PGT-Aとモザイク胚移植
(望月 修) |
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低頻度のモザイク胚移植による正常児の報告が蓄積されつつあり,モザイク胚移植は低頻度(<50%),形態評価,特有の染色体疾患との関連を総合評価して移植胚を決定するのが妥当である。
一方,稀ながら異常児の報告があり,モザイク胚およびモザイク疾患に精通した専門家による正しい情報に基づいた非指示的な遺伝カウンセリングの実践が重要となる。そのためにもモザイク全般に精通した遺伝カウンセラーの育成は急務である。
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6. |
PGT-Aと性染色体異数性
(深見真紀) |
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PGT-Aでは様々なパターンの性染色体異数性が観察される。PGTの性染色体異数性の頻度は,15番,16番,21番,22番染色体異数性のそれより低く,その他の常染色体とほぼ同等であるとされる。性染色体異数性の一部は流産のリスクに関与し,また常染色体異数性に比して出生児に伝わる率が高いことが報告されている。一方,児の性染色体異数性は一般に常染色体異数性より軽度の表現型を招くことが多い。日本産科婦人科学会胚診断指針では,常染色体異数性を伴わない性染色体異数性はA判定として報告される。なおPGT-Aでは胎児の性別情報も得られるが,その開示は慎重にすることが求められる。
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7. |
PGT-Aと出生前遺伝学的検査
(佐村 修) |
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着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)は,胚盤胞期の栄養外胚葉を検体として,全染色体の数的異常の解析が行われる。PGT-A後の妊娠の場合に出生前遺伝学的検査を行う必要があるかどうかという点では,正倍数体と診断された胚を移植した場合には,胎児の異数性染色体異常の検出を目的としたNIPTや羊水検査は原則不要と考えられるが,モザイク胚を移植した場合には考慮される。ただし,モザイク胚に対する対応も変化してきており,将来的には必要なしとなる可能性もある。いずれの場合も出生前検査の前後の遺伝カウンセリングが必須である。
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8. |
PGT-Aの遺伝カウンセリング
(森山育実・倉橋浩樹) |
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PGT-Aは,流産を経験している,またはART不成立の経験をしている夫婦にとって希望の選択肢である一方で,移植胚の選択や妊娠後の出生前検査に際しては不安や心配を伴うことも多いと言える。遺伝カウンセリングでは,PGT-Aの原理からモザイク胚の概要や特徴,解析の限界を理解したうえで,夫婦のおかれた状況や心情を踏まえて移植胚や出生前検査の選択を行っていくために必要な情報を提供し,夫婦の自律的な選択を支援している。妊娠後の出生前検査(羊水検査)の解析手法はG分染法だけでなく目的に合わせた解析方法が選択可能となってきた。最新の情報をもとにわかりやすく説明し,何が夫婦にとって必要な検査なのか,どうしたらよりよい未来への選択が可能なのかを共に考え支える役目が遺伝カウンセリングにあると言える。
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●第3章 PGT-SR |
1. |
均衡型相互転座染色体の分配と,リスクの考え方
(原 鐵晃) |
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相互転座染色体の配偶子への分配を理解するには,体細胞分裂と減数分裂の違いを理解したうえで,4価染色体の形成とその分配を理解することが重要である。分配は3タイプ16種類ある。4価染色体のパキテン図は遺伝カウンセリングに必須であり,その作成方法を詳述した。また,一般リスクの提示のみでなく,できるだけクライエントごとの個別リスクを評価する。生殖・周産期リスクを考える時は,転座染色体の核型と減数分裂における染色体の分配で胚の核型が決まること,その後の胎児形成で流死産や染色体異常児の出生が決まること,この二つの要素によりリプロダクションの予後が決まることを常に念頭におく。
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2. |
不育症とPGT-SR
(佐藤 剛) |
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染色体均衡型構造異常を有する不育症カップルに対しては,流産を予防する目的で着床前胚染色体構造異常検査(PGT-SR)が対処法の選択肢の一つとなる。PGT-SRは,臨床応用当初は,分割期胚生検で採取した割球を検体としてFISH法で行われていたが,最近では,胚盤胞生検で得られた栄養外胚葉細胞を検体としてaCGHやNGSなどの全染色体の数的異常の網羅的解析(CCS)を行うことが主流となってきている。
これまでの報告では,PGT-SRは自然妊娠と比較して生児獲得率,妊娠成立までの期間に差はないが,生児獲得に至るまでの流産回数を減少できることが示されており,流産率の改善につながる可能性はあるが,現時点では生児獲得率を改善するという十分なエビデンスは得られていない。
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3. |
ロバートソン型転座と不育症,UPD
(遠藤俊明・馬場 剛) |
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ロバートソン型転座は,染色体の均衡型転座のうちで,端部着糸型染色体が短腕を失い,長腕同士が結合し1本の染色体になり,染色体総数が45本になったものである。
該当する染色体は13,14,15,21,22番染色体の五つの染色体にのみ起こる転座で,均衡型相互転座のように切断点に多様性はない。ロバートソン型転座保因者の場合,不均衡型転座胚による流産を避けるためには,PGT-SR(preimplantation genetic testing-structural rearrangement)が選択されている。しかし稀ではあるが片親性ダイソミー(uniparental disomy:UPD)胚の移植による児の表現型異常を呈することがある。これを避けるためにはPGT-SRでは不十分であり,通常臨床レベルでは今のところこれを避ける方法はない。
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4. |
PGT-SRの遺伝カウンセリング
(笠島道子) |
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新見解では着床前胚染色体構造異常検査(PGT-SR)の検査前および胚移植前に臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングが必須となった。その理由は,PGT-SRを検討するカップルの臨床的背景や染色体構造異常は様々であり,個別に対応するには細胞遺伝学的な知識や経験が求められるためである。PGT-SRの遺伝カウンセリングでは,個々の染色体構造異常から起こりうる分離形式やリスクについて,最新のデータも示しながらわかりやすく説明する。PGT-SRを検討するカップルが検査のメリット・デメリットを把握したうえで,自律的な意思で悔いのない選択ができるように遺伝カウンセリングでサポートしていくことが重要である。
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●第4章 PGT-M |
1. |
PGT-M対象疾患の変遷
(佐々木愛子) |
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1990年に英国で初めて実施された着床前遺伝学的検査(preimplantation genetic testing)を受け,1998年にわが国でも"着床前診断に関する見解"が発表された。以来,日本産科婦人科学会の倫理委員会(現:臨床倫理監理委員会)内にある"着床前診断に関する審査小委員会(現:重篤な遺伝性疾患を対象とした着床前遺伝学的検査に関する審査小委員会)"において,実施対象についての症例検討が行われている。わが国で最初に承認されたのは,2004年のDuchenne型筋ジストロフィーの家系においてであり,以後,成人に達するまでに亡くなるような場合や生存していても高度な医療介入を要するような"重篤な"状態を対象に承認されてきた経緯がある。しかし,2018年の網膜芽細胞腫のカップルからの申請を機に今後の方向性について改めて検討する方向とし,2022年には見解改定を行った。その経緯について述べる。
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2. |
単一遺伝子疾患に対する着床前遺伝学的検査(PGT-M)の実際
(中岡義晴・庵前美智子・中野達也・山内博子) |
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単一遺伝子疾患に対する着床前遺伝学的検査(PGT-M)は,胚の遺伝子診断により子宮への移植胚を選択する検査法である。PGT-Mは高度な体外受精,遺伝子疾患の知識,分子生物学,倫理的配慮を要する技術であるために,実施には日本産科婦人科学会(日産婦)の承認が必要となる。日産婦は公開の倫理審議会を経て,2022年の見解改定により重篤性の定義を明確にするとともに,申請方法や審査方法も変更した。近年の生殖補助医療や遺伝子解析方法の進歩により,PGT-Mの成績は格段に向上している。
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3. |
成人発症の神経変性疾患に対するPGT-M
(佐藤 卓・水口雄貴・末岡 浩) |
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わが国では,小児期発症の疾患をPGTの良い適応とみなしてきた経緯があり,遅発発症の神経変性疾患に対するPGTの実施はこれまで限定的であった。また,発症前検査を提供する遺伝カウンセリング体制が今なお整備されておらず,PGTの取り組みも依然として向上していない。発症前検査には,その陽性結果のもたらす心理的負担が,個人のみならず家系全体にも及ぶ可能性についての配慮が必要となる。欧米においては,自らが疾患患者であるか否かを明らかにすることなく,次世代への罹患アリルの伝播を確実に回避可能とする「exclusion PGT」が,Huntington病の家系を中心に有用な選択肢となっている。
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4. |
ミトコンドリア病に対するPGT-M
(難波 聡) |
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ミトコンドリア病はミトコンドリアの機能障害によって生じる遺伝性の疾患であり,核DNAあるいはミトコンドリアDNAの変異によって引き起こされる。脳症や筋力の低下,視覚障害など多様な症状をとり,新生児期から成人期まで発症する進行性の疾患であり,治療は困難である。ミトコンドリアDNAの変異は母系遺伝の特徴をもつ。着床前遺伝学的検査(PGT-M)は,これらの疾患のリスクをもつ胚を識別し,非罹患胚を選択するための有効な手段である。
PGT-Mは特に新生児期や乳児期に発症する重症ミトコンドリア病に対して用いられ,核DNA変異とミトコンドリアDNA変異の両方が対象となる。実施にあたってはヘテロプラスミー率の正確な評価や,変異率と症状の関連性の不確実性,カットオフの設定の困難さなどが問題となる。
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5. |
遺伝性腫瘍とPGT-M
(澤井英明) |
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単一遺伝子疾患に対する着床前遺伝学的検査は,成人期以前に発症する重篤な遺伝性疾患が適応とされている。遺伝性腫瘍は悪性腫瘍を発症して生命に関わることもあるが,通常は成人期発症であり,これまでPGT-Mの適応にはならないとされてきた。しかし,遺伝性の網膜芽細胞腫のように乳幼児期に発症する疾患もあり,生命は救われても,失明などの重大な障害を抱えることはある。PGT-Mを用いれば罹患を回避できるのに,遺伝性腫瘍を一律にPGT-Mの対象から除外して,発症リスクのある遺伝子を次世代に引き継ぐことが果たして適正かどうか,現在の焦点を紹介する。
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6. |
造血細胞移植とPGT-HLA
(服部浩佳) |
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サラセミアや遺伝性骨髄不全症などの難治性血液疾患に対し,造血細胞移植のHLA一致同胞ドナーを得る目的のPGT-HLAが,アジアを中心にいくつかの国々から報告されている。臍帯血・骨髄バンク,HLA半合致移植などの代替ドナーによる移植成績が向上している現在,子どもをドナーとすること自体の安全性と倫理的課題に加え,医学的操作によりドナー(savior child,救世主きょうだい)を生み出すことの是非についての議論は避けて通れない。PGT-HLAの実施にはPGT-Mが前提となることから,まずはこれら難治性血液疾患に対してPGT-Mをどうするのか,前向きな検討を進めていくことが求められる。
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7. |
拡大保因者検査とPGT-M
(室月 淳) |
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常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)やX連鎖遺伝の疾患関連遺伝子変異をもつ人を保因者と呼ぶが,保因者検査(carrier screening)はそういった変異をもつかを調べる検査である。保因者同士の子どもはその疾患を発症する可能性がある。欧米では保因者検査の歴史は長く,社会に広く受け入れられている。初期の保因者診断プログラムは特定の集団に対する限られた遺伝性疾患を対象とするものだったが,現代ではNGSによるDNA解析技術の進歩により,一般の人たちに対し多数の疾患を対象とした保因者検査が主流になった。もし検査が陽性で,妊娠前であればPGT-Mでの対応が求められる。本稿では,この拡大保因者検査(ECS)について具体的に解説する。
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8. |
PGT-Mの遺伝カウンセリング
(田村智英子) |
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PGT-Mという選択肢があることを知っているかどうかが,遺伝性疾患のある人々の人生設計を左右することがある。したがって,PGT-Mという選択肢があることは,遺伝性疾患の診断がついた時点から,あるいは遺伝学的検査を検討する段階から,選択肢として提供すべき情報である。遺伝性疾患について話し合う立場の医療者は,日本および諸外国のPGT-Mの現状,最新の知見について常に情報を収集・共有しながら,費用面や手続きの実際,実施可能な施設の情報などを把握し,患者・家族に適切なタイミングで十分な情報提供,選択肢の提示ができるように努めることが望ましい。
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●第5章 PGTの近未来 |
1. |
多因子遺伝性疾患に対するPGT(PGT-P)
(杉本 岳) |
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生殖医学ならびに分子遺伝学の発展により,着床前遺伝学的検査が可能となり,生殖医療のオプションとして広く利用されつつある。また,近年の大規模な集団ベースの遺伝子プロファイル解析は多因子疾患のリスク評価を可能とし,それを応用した多因子遺伝性疾患を対象としたPGT-Pが注目されている。PGT-Pは将来の生殖医療の発展につながる画期的な技術である一方で多くの課題や問題点を有する。有用性についてもまだ不確実な部分があり,社会的な議論や適切なガイドライン等の枠組みが今後の広範な利用の前に不可欠である。
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2. |
ロングリードシーケンサーの着床前診断への応用と展望
(真里谷 奨) |
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ゲノム構造異常の検出に優れるロングリードシーケンサーは,網羅的遺伝子解析手法の新たなスタンダードとなりつつある。着床前診断領域においては,定型的な細胞遺伝学的手法で解析困難な構造異常の関連する症例のPGT-M事前セットアップや,PGT-SRにおいて転座切断点の正確な同定と周辺SNP情報を同時取得するなど,ロングリードシーケンサーは様々な用途で用いられている。一方でシーケンス精度や検査コストなど課題も様々存在するため,検査特性をよく理解したうえで有効な活用が望まれる。
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3. |
染色体解析の歴史的背景から培養液を用いたniPGTの現状
(福永憲隆・野老美紀子・浅田義正) |
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歴史的には良好胚を選択する方法としてPGDのために割球生検や極体生検によるFISH解析が行われてきた。しかし,臨床で行われる良好胚の判別はもっぱら形態で判断する方法が主流である。その理由は,形態評価は非侵襲的であり簡便でありながら妊娠予測はわれわれの認識と概ね一致することから一定の信頼性がある。
しかし,胚の本質を評価するためには染色体を解析する必要がある。近年ではtrophectoderm(TE)細胞を生検するbiopsy PGT-Aが行われてきたが,biopsyは胚にとっては侵襲的であることから無侵襲で行う研究へと推移している。本稿ではbiopsyを伴わないnon-invasive(ni)PGT-A研究の過去から現在をまとめている。
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4. |
PGT後の児の成長発達
(宇津宮骼j) |
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生殖補助医療(ART)が保険適用されたことは,その結果が安全であることを示す必要が生じたことになる。ARTで生まれた児の健康度については,ほぼ正常と報告されているが,さらに長期にわたった調査が求められている。PGTで生まれた児についても,ほぼ安心できる報告が多いが,まだ症例を重ねる必要がある。胚の情報を正確に表すPGTが未完成である今,生まれてくる子どもの健康度の調査は必須である。これらも含め,生殖医療を総合的に管理・運営する公的機関が必要である。
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5. |
PGTとわが国の保険医療
(田中 温) |
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2022年4月より不妊治療の保険診療が始まり,不妊に悩む患者が以前より通院しやすい環境となった。しかし着床前遺伝学的検査(PGT)の治療に関しては保険適応外であり,長期にわたり不妊治療を行っている患者には金銭面の負担軽減は以前と変わらなかった。しかし2023年2月より大阪大学のグループが先進医療Bに認められ,今後他の施設も申請しPGT-Aが先進医療Bになることで,保険診療と自由診療の混合診療が可能となり,患者の金銭面の負担軽減が行われ,PGTを必要とする患者が一人でも多く治療を受けられることが期待される。
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6. |
生殖補助医療技術者制度と新時代のART
(福田愛作) |
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1978年に世界初の体外受精が始まり,配偶子や胚を取り扱う技術者である認定胚培養士/臨床エンブリオロジスト(以後,胚培養士)と呼ばれる新たな職業が誕生した。本邦においても1983年の初めての成功以来40年以上が経過し,着床前診断も限定的とは言え可能となり,2022年には体外受精が健康保険適用となっている。にもかかわらず,生殖補助医療の心臓部を担う培養士の資格は国家資格となっていない。現在,国家資格化に向け二つの認定の統一化が進められている途上であり,今後の進展が期待される。
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おわりに:不妊・不育症のゲノム医療を目指して
(倉橋浩樹)
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●索引 |