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内容目次 |
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序文 (櫻井晃洋) |
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●第1章 総論 |
1. |
ヒトゲノムの多様性:その成り立ち,応用
(井ノ上逸朗) |
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本特集は多因子疾患研究と遺伝カウンセリングを対象としている。多因子疾患はいわゆるありふれた疾患でもあり,遺伝要因と環境要因が相互に関与する疾患である。近年,ゲノムを網羅する100万ヵ所のSNPを同時にタイピングし,ゲノム全域患者対照アソシエーション解析を行うことで,多くの疾患において感受性遺伝要因が同定されるようになった。しかしながら,遺伝要因の疾患への関与を評価することは簡単でない。当然,遺伝カウンセリングにも特別な対応が必要となる。ゲノムを網羅する遺伝子多型は疾患遺伝子のみでなく,集団遺伝学にも大きな貢献をもたらしている。大規模SNP解析により,日本人集団の特徴,成り立ちなど,続々と新知見が得られている。本稿では,遺伝解析に役立つだろうことを期待して,ゲノム多様性について概観したい。
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2. |
多因子疾患の遺伝学
(羽田 明) |
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多因子疾患は3人に2人が生涯に罹患するありふれた疾患である。ヒトゲノム計画の成果を基にしたゲノム医学研究が始まって十数年であるが,この間の急速な知見の集積によって,それまでの多因子疾患の遺伝学で提唱されてきた様々な疾患発症モデルや概念を,ゲノム解析レベルさらにはオミックス解析レベルで検討することが可能になりつつある。本稿では多因子疾患に関して提唱されてきた概念やモデルを解説し,今後の病態解明に向けた研究の現状について述べる。
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3. |
多因子疾患の遺伝要因探索の歴史と現状
(足立博子・徳田雄市・田代 啓・中野正和) |
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多因子疾患は,ヒトが生まれながらに有する遺伝要因と加齢に伴い曝露される環境要因との相互作用により発症に至る。近年のゲノム解析技術の進歩により,ヒトの遺伝要因の個人差を規定しているゲノム配列の違い(バリアント)を網羅的に同定する技術は確立されている。一方,多因子疾患の病因・病態の解明には,環境要因との長期間にわたる微弱な相互作用がもたらすエピジェネティックな変化を捉えることが必須である。
本稿では,多因子疾患の遺伝要因探索におけるこれまでの歴史と多因子疾患の発症機序の解明に向けた今後の方向性について概説する。
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4. |
最新の遺伝子解析技術によるゲノム診断
(中川英刀) |
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次世代シークエンサー(NSG)の革命的な開発と普及により,NGSを用いた多数の遺伝子や網羅的なゲノム診断が最近普及しはじめている。複数の遺伝子やゲノム領域についてのゲノム診断を行う技術としては,DNAチップに始まり,現在ではNGSによりパネル診断(ターゲットシークエンス),全遺伝子のエクソンをシークエンスするエクソーム解析,そして全ゲノムについて探索する全ゲノムシークエンスが,臨床診断の場でも行われようとしている。本稿では,NGSを中心とした最新のゲノム解析技術について概説する。
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5. |
ゲノムワイドデータの遺伝統計学的解析手法
(小河浩太郎・岡田随象) |
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ゲノムワイドデータの解析には,これまでゲノムワイド関連解析(GWAS)が広く行われ多数の疾患感受性遺伝子を同定してきた。GWASではコンピュータ上で遺伝子配列を推測するSNP imputation法など数多くの遺伝統計解析手法が用いられている。次世代シークエンサーの発達によりGWASでは同定できない稀な変異の解析も可能となり,全エクソーム解析,全ゲノムシークエンス解析が広く行われている。GWASや次世代シークエンサーで得られたヒトゲノム情報の活用が重要となってきており,ドラッグリポジショニングなどへの応用が期待される。
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●第2章 主に新生児 〜小児期にみられる多因子疾患の遺伝医学研究・診療各論 |
1. |
二分脊椎・神経管閉鎖不全
(右田王介・秦 健一郎) |
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神経管閉鎖不全は,無脳児,二分脊椎などを総称した概念である。神経系は精緻な構造をもつ器官であり,発生の過程では多数の遺伝子が複雑に関与して構造が決定される。病因として複数の遺伝因子と環境因子が関与する多因子遺伝が想定されており,大部分の発症は病因不明である。葉酸の摂取によって発生頻度が低下することが報告され,葉酸代謝に関わる遺伝子群もリスク要素として報告されている。しかし,個々の症例で葉酸不足が発症に関与したかは結論できない。家族の疾患再発率は既知の家系解析による経験的な確率でのみ検討ができる。
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2. |
口唇裂・口蓋裂
(夏目長門) |
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口腔先天異常は非常に多くの種類があるが,その中でも口唇口蓋裂は非常に重要な疾患である。本稿では口唇口蓋裂に関して,遺伝子カウンセリングに最低限必要な事項について概述する。
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3. |
川崎病の遺伝要因解明の現状と課題
(尾内善広) |
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国内外で川崎病の罹患感受性遺伝子の同定を目的とした大規模研究が行われ,現在までに関連の再現性の高い6つの遺伝子座位が確認されている。成人領域の自己免疫性疾患と共通の遺伝要因の発症への関与に加え,Ca2+/NFAT経路の活性化の亢進が川崎病の発症および重症化の背景として注目されている。後者の知見が後押しとなり,同経路を標的とした既存薬剤の重症川崎病患児への適応拡大をめざすdrug repositioning研究が行われている。今後はレアバリアントや人種特異的な罹患の遺伝要因のさらなる追求に加え,重症化などの背景にある遺伝要因を詳細な臨床情報を用いたゲノムワイドな層別化解析により検索することが課題になると思われる。
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4. |
アトピー性皮膚炎とアトピー素因
(広田朝光・玉利真由美) |
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アトピー性皮膚炎やアトピー素因に関するGWASにより信頼性の高い関連領域が数多く同定され,アレルギー疾患の病態機構の理解に貢献している。GWASにより同定された関連領域より,病態に関与する候補遺伝子を絞り込むうえで,eQTLやエピジェネティクスなどの公共データベースは極めて有用であり,今後の更なる拡充が期待される。多くの関連領域が同定される一方で,missing heritabilityと呼ばれる未解決の課題もあり,今後の更なる研究の進展が望まれる。
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5. |
アレルギー性呼吸器疾患(気管支喘息とアレルギー性鼻炎)
(鈴木洋一) |
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ゲノムワイド関連解析(GWAS)によって,喘息やアレルギー性鼻炎などのリスクと関連するゲノムワイドに有意な遺伝子のバリアントが数多く見つかってきた。しかしながら,個々のアレルの疾患発症への影響は小さいため,またこれまでのGWASで見逃しているバリアントの存在も推定され,現状では臨床の現場で利用できるバリアントからのリスク推定ができる段階にはない。特にアレルギー性疾患においては遺伝子環境の相互作用も大きく影響するため,エピジェネティクス,環境要因,バイオマーカーなども含めた統合的な情報からのリスク予測法の確立が今後求められている。
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6. |
食物アレルギーの遺伝学的側面
(野口恵美子) |
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食物アレルギーは近年増加傾向にあり,成人で突然発症する例やアナフィラキシーショックなどの重篤な症状を呈する場合があること,保育や教育の場における給食対応が求められることから,医学的・社会的な要請が高い疾患である。喘息,アトピー性皮膚炎など,他のアレルギー疾患と比較して,食物アレルギーの遺伝学的な解析に関する報告は多くはない。現在までに候補遺伝子解析として免疫関連遺伝子,CD14,SPINK5,interleukin 10,interleukin 13,HLA-classⅡ,フィラグリンなどの報告がある一方で,全ゲノム関連解析については2つの報告があるのみである。本稿では,食物アレルギーの遺伝子解析についての現状と今後の展望について概説する。
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7. |
1型糖尿病
(馬場谷 成・池上博司) |
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1型糖尿病は,複数の遺伝子と環境因子が発症に関与する多因子疾患である。それぞれの遺伝子は,疾患発症の"しやすさ"(疾患感受性)を規定する(疾患感受性遺伝子)。本邦における小児1型糖尿病発症率は,欧米の10分の1程度であり,患者の家族に1型糖尿病を認めることは稀である。たとえ患者の家族が疾患感受性遺伝子のリスクアリルを多数保持していたとしても,必ずしも1型糖尿病を発症するわけではなく,むしろ発症しないケースが大部分である。遺伝カウンセリングの際には,これらのことを念頭に適切に行う。1型糖尿病の治療の目標は,健全な身体・精神の発育と合併症の予防であり,そのためには医療従事者・家族・学校関係者など多くの人々の協力が必要となる。
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8. |
先天性心疾患
(森崎裕子) |
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先天性心疾患は,新生児の約100人に1人に認められる最も頻度の高い先天奇形である。ダウン症などの染色体異常の合併症としても高頻度に認められるほか,単一遺伝子の変異に由来するものも知られているが,一般的には多因子疾患と考えられている。先天性心疾患では,第一度近親における再発率は数%にすぎないことから環境要因の関与が大きいとされてきたが,一方で,近年の遺伝子解析技術の進歩により,多数のde novoのCNVやSNVが非家族性の先天性心疾患患者において高頻度で認められることが明らかとなり,先天性心疾患の発症における遺伝要因の関与が従来考えられていたより大きいことと考えられるようになってきた。
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9. |
消化器疾患
(田村和朗) |
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小児期から思春期・若年成人に発症する消化器疾患は狭窄/閉塞/回転異常など器官形成異常,壁内神経叢の伸展異常に起因する機能異常,急性/慢性炎症,免疫異常,腫瘍症候群,消化性潰瘍など極めて多彩である。その中で多因子閾値モデル疾患として乳児肥厚性幽門狭窄症(IHPS)が知られている。IHPSのゲノムワイド連鎖解析が進み,現在IHPS1〜IHPS5の候補遺伝子座が同定され,さらに遺伝学的解明が進展することが期待されている。
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●第3章 主に成人期にみられる多因子疾患の遺伝医学研究・診療各論 |
1. |
脳血管障害
(山田芳司) |
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脳血管障害は死亡率が高く,後遺症も重篤であるため,個人の体質に合った最適な予防(個別化予防)を推進することが重要である。欧米の大規模なゲノムワイド関連解析により生活習慣病の発症に関連する多数の一塩基多型(SNPs)が同定されたが,これらはアリル頻度が5%以上のcommon SNPsであり,疾患感受性においてそれほど大きな影響を及ぼしていないことが明らかになった。脳血管障害の発症に関連するSNPsはアリル頻度の低いものを含めると数百種類あると推定され,これらのSNPsに加えてエピジェネティクスの要因が特定できれば,個別化予防が可能になると考えられる。個人が自分のゲノムを調べ病気の予防や健康作りに役立てる精密医療(precision medicine)の時代が到来する日も近い。
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2. |
眼科領域の多因子疾患(加齢黄斑変性症,緑内障など)
(布施昇男) |
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1990年代に網膜色素変性の原因遺伝子解析から始まった眼科領域の遺伝子解析は,単一遺伝子疾患の原因遺伝子変異(mutation)探索から多因子疾患に関連する遺伝子多型(variation)探索へと移行してきた。近年,一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)をはじめとするゲノムデータベースは急速に充実してきており,SNPを用いたゲノムワイド相関解析(GWAS:genome-wide association study)によって,疾患に関連する遺伝子多型を検出することが可能となった。眼科領域の罹患予測,リスク判定の個別化予防や個別化医療に近いcommon diseaseである加齢黄斑変性と緑内障の遺伝子解析の現状を述べる。
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3. |
本態性高血圧の遺伝医学
(田原康玄) |
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本態性高血圧は,わが国で最も有病率が高い疾患である。高血圧は,生活習慣などの環境因子と遺伝因子の影響を受ける多因子疾患であることから,そのリスク評価や病因解明に向けて感受性遺伝子の解析が精力的に行われてきた。近年のゲノム網羅的解析からは多数の感受性遺伝子が同定され,その一部は高血圧の病因解明にも寄与した。反面,遺伝子情報に基づく高血圧のリスク評価については,意義を見出すことは難しいと言わざるを得ない。
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4. |
2型糖尿病
(前田士郎) |
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ゲノムワイド関連解析(GWAS)の導入により2型糖尿病に関しては90以上の疾患感受性遺伝子領域の同定が達成されている。この情報を利用した発症予測および効率的介入の試みもなされているが,一部のハイリスク群の抽出は可能であるものの,現時点では必ずしも有用な情報とは言えない。一方,糖尿病腎症などの糖尿病合併症に関しては,GWASによっても確立した感受性領域の同定には至っていない。検出力が足りないことも一因ではあるが,腎症などの診断あるいは対照群の選択基準などに問題がある可能性もある。今後ゲノム情報を2型糖尿病診療に応用するためには合併症や薬剤反応性などの情報を精力的に探索することが必要と考えられる。
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5. |
肥満,肥満症,メタボリックシンドローム
(堀田紀久子) |
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摂取した余剰エネルギーは脂肪組織に蓄えられる。肥満は体内に脂肪が過剰に蓄積した状態で,内分泌代謝系疾患,循環器系疾患,呼吸器系疾患,消化器系疾患,産婦人科系疾患,整形外科的疾患など様々な健康障害(合併症)を伴い肥満症となる。本来の脂肪蓄積部位(皮下脂肪)とは異なる臓器(内臓脂肪,肝臓)に脂肪が蓄積する異所性脂肪蓄積が高頻度に健康障害をもたらす。肥満,内臓脂肪蓄積,脂肪肝に関する遺伝子多型が明らかになってきている。ここでは,筆者らが行ってきた研究を例に肥満および異所性脂肪蓄積のゲノム・エピゲノム解析を概説する。
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6. |
遺伝子異常による脂質異常症
(堀川幸男・塩谷真由美・武田 純) |
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脂質異常症は臨床現場で日常的に遭遇する疾患であるため,非病因論的に見がちであるが,それぞれが生まれもった遺伝的素因と非遺伝的素因の相互作用の結果であることを念頭において,診療にあたる必要がある。個々の患者の遺伝的素因について検討することは,脂質異常症の診断および治療のみならず,合併症の予防や予後の推測にとって非常に有用である。遺伝子解析技術の急速な進歩により,脂質異常症の遺伝的素因について多くのデータが提示されているので,本稿で紹介する。
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7. |
骨粗鬆症
(浦野友彦) |
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骨粗鬆症は生活習慣病と同じく多因子疾患として知られ,その発症の成因は遺伝的素因と環境要因が成因となる。骨粗鬆症は骨強度が低下することが特徴であるが,骨強度は骨密度と骨質により規定される。遺伝学的研究から骨密度の50〜70%は遺伝的素因によって規定されることが想定されている。今までに多くの研究者が骨粗鬆症の疾患感受性遺伝子の探索と同定を目的として一塩基置換遺伝子多型(single nucleotide polymorphism:SNP)と骨粗鬆症発症との関連解析を行ってきた。これら研究によりWntシグナル伝達因子をはじめとした骨粗鬆症の成因に関与する疾患感受性遺伝子が明らかとなり,治療標的としての応用がなされている。今後も,遺伝医学研究の進歩により骨粗鬆症発症に関与する疾患感受性遺伝子が明らかとなることが期待される。
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8. |
自己免疫性甲状腺疾患(バセドウ病,橋本病)
(赤水尚史) |
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橋本病とバセドウ病を中心とする自己免疫性甲状腺疾患の感受性遺伝子の探索方法は,候補遺伝子アプローチと全ゲノムスキャニングアプローチの両方で行われている。候補遺伝子に関してはCTLA-4とHLAが有力であり,バセドウ病特異的なものとしてTSH受容体が挙げられる。全ゲノムスキャニングアプローチに関しては,GWASによって急速な進展がみられている。同疾患の遺伝因子を明らかにすることは,同疾患の予防や治療法の選択につながると期待される。
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9. |
冠動脈疾患の遺伝学
(尾崎浩一) |
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心筋梗塞(MI)をはじめとする虚血性心疾患(CAD)は死因世界第1位の生活習慣病であり,その発症には遺伝的要因と環境因子が複雑に関係していると考えられる。全世界におけるゲノム情報整備や技術的革新に伴って生活習慣病のゲノムワイド関連解析(GWAS)が数千〜数十万サンプルを用いて行われ,アレル頻度が高く,オッズ比のある程度を示す感受性座位についてはほぼすべて同定されたと言っても過言ではない。CADにおいても例外ではなく,同様のメガGWASおよびそのメタ解析が進められた結果,90以上の染色体座位がCAD感受性として同定されている。
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10. |
慢性閉塞性肺疾患,間質性肺炎
(瀬戸口靖弘) |
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気流閉塞を特徴とする慢性閉塞性肺疾患(COPD)と著しい肺活量の低下を特徴とする特発性肺線維症という慢性呼吸器疾患において大規模な複数のGWASを用いたコホート研究から,複数の感受性遺伝子が確定してきた。COPDにおいては,TGFB2,FAM13A,HHIP,CHRNA3/5,RIN3,MMP3/12,PRDM16,SERPINA1,また特発性肺線維症においては,MUC5B,TERT,TERC,DSP,TOLLIP,ATP11A,MDGA2,AKAP13,SPPL2C,DPP9が感受性遺伝子として同定されている。しかし,これらの感受性遺伝子は,欧米の白人が大多数をしめる集団で同定されており本邦を含む東アジアでは感受性遺伝子として同定されないものもあり,今後,東アジア,本邦を中心とした大規模なGWAS研究が必要である。
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11. |
炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎・クローン病)
(仲瀬裕志) |
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炎症性腸疾患の原因はまだ明らかとなっていない。しかしながら,疾患感受性遺伝子と環境要因の複雑な相互作用によって発病に至ると考えられている。ゲノムワイド関連解析によって,炎症性腸疾患の新規治療ターゲットとなりうる候補は多数見つかってきているが,個別化医療に至る道はまだ険しい。また発症機序を見出すために,今後われわれはエピゲノム変化についても目を向ける必要がある。
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12. |
関節リウマチ
(猪狩勝則) |
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関節リウマチ(RA)は多発性関節炎を主徴とする全身性進行性の慢性炎症性疾患であり,最も頻度の高い自己免疫疾患である。発症には複数の遺伝要因と環境要因が複雑に関係すると考えられており,遺伝率は60%程度と推定されている。最大の遺伝要因はHLA-DRB1だが,近年HLA imputation法が実用化したことで詳細な解析が進んでいる。大規模なGWASメタ解析によって101個のRAの疾患感受性遺伝子領域が同定され,ビッグデータ解析によって病態の解明につながる多くの知見を得られた。
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13. |
全身性エリテマトーデス,全身性強皮症,ANCA関連血管炎
(土屋尚之) |
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膠原病は自己免疫現象を伴う全身性リウマチ性疾患であり,ごく少数の患者を除いて多因子疾患の様式で発症に至ると考えられる。全身性エリテマトーデス(SLE)では,長年にわたる多数の候補遺伝子解析およびゲノムワイド関連研究(GWAS)により,HLAなど免疫系において機能する遺伝子群を中心に,数十に及ぶ有力な疾患関連領域が報告されている。全身性強皮症およびANCA関連血管炎は比較的稀少な疾患であり,国内外を通じてGWASも少数であり,これまでに確立した疾患関連領域は少なく,特に強皮症ではその多くがSLEと共通である。これら3疾患の疾患関連遺伝子の現状を簡潔にまとめた。
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14. |
アルコール依存症の遺伝研究:GWASからの知見
(木村 充) |
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アルコール依存症の遺伝率は約50〜60%と推定されている。アルコール依存症の遺伝因子を調べるため連鎖研究や相関研究が行われ,ALDH2やADH1Bといった遺伝子が相関することが明らかになっている。GWASは全ゲノムの多数のSNPを比較・解析する方法であり,アルコール依存症のGWASがいくつか報告されている。GWASの結果からは,アルコール依存症の遺伝因子で最も影響が強いのはADHとALDH2の遺伝子多型であることが示唆されている。アルコール消費量についてのGWASでは,AUTS2やKLB遺伝子の関与が報告されている。本稿では,アルコール依存症について,現在までのGWASを中心とした遺伝研究と今後の展望をレビューする。
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15. |
腎泌尿器科領域の多因子疾患に対するゲノムワイド関連解析
(山口浩毅・後藤 眞・成田一衛) |
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ゲノムワイド関連解析(GWAS)をはじめとした遺伝子解析技術の急速な進歩により,腎泌尿器科領域でも様々な疾患に関与する感受性遺伝子が多数同定され,病因解明に大きく貢献している。IgA腎症では,その発症に腸管を中心とした粘膜免疫が強く関与することや様々な自己免疫疾患と感受性遺伝子を共有することが判明し,特発性膜性腎症においても疾患発症に強く寄与する分子群が同定され,慢性腎臓病に関連すると判明した感受性遺伝子座は50以上にものぼる。今後,さらに感受性遺伝子の探索と環境因子との関連について研究を進めることで,多因子疾患の発症機序の解明と新たな治療法の開発につながることが期待される。
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16. |
婦人科領域の多因子疾患 − 子宮内膜症 −
(小林 浩) |
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子宮内膜症は性成熟期婦人の約10%に発生する慢性・持続炎症性・増殖性疾患であり,月経血の逆流による正所内膜組織の腹膜への接着・増殖・進展がその病態と考えられている。臨床的には月経困難症,不妊症,あるいは内膜症関連卵巣がんへの進展を起こす最もQOLの低下を招く疾患である。子宮内膜症の疾患感受性遺伝子の全貌を解明できれば,多様な病態を分子レベルで説明することが可能となり,疾患の発症リスクの予測,分子診断や予後の予測,治療効果や副作用の予測,新薬の開発など,「テーラーメイド医療」につながる。本稿ではジェネティックおよびエピジェネティックな異常について解説する。
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17. |
感染症における宿主の遺伝的多様性と病態
(鏡 卓馬・古田隆久・山出美穂子・魚谷貴洋・鈴木崇弘) |
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H. pylori感染は,胃の代表的な感染症である。H. pyloriが感染した場合の病態には個体差があり,その規定因子に遺伝的多様性がある。炎症性サイトカインの遺伝子多型も関与し,例えばIL-1βで高産生性のアレルの場合,胃の炎症は高度で胃酸分泌も低下しやすく,萎縮が進行しやすく,胃がんのリスクが高い。逆に低産生性アレルでは胃粘膜萎縮の進行は軽度である分,高齢でも十二指腸潰瘍のリスクが残る。他の炎症関連サイトカインでも同様の報告がある。まだ十分機能が解明されていないが,PSCAもH. pylori感染時の胃粘膜萎縮,ひいては胃がんリスクにも関与している。H. pyloriの除菌療法には強力な胃酸分泌抑制が必要であり,プロトンポンプ阻害薬(PPI)が用いられてきた。PPIは主に肝のCYP2C19で代謝され,その胃酸分泌抑制効果や除菌成績はCYP2C19遺伝子多型に依存する。
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●第4章 多因子疾患の遺伝カウンセリングの実際(ケーススタディ) |
1. |
多因子疾患の遺伝カウンセリング
(西垣昌和) |
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多因子疾患の遺伝的要因に関する研究が進む近年,生活習慣病などの「ありふれた疾患(common disease)」の遺伝についても注目が集まり,それらの疾患に関する遺伝カウンセリングが重要となってきている。生活習慣病の遺伝カウンセリングにおいては,可変的である環境要因をコントロールし,疾患の発症や進展を遅延・予防するような行動変容を促進することを目的とする。そのために,不確かな疾患リスクについて,遺伝的な観点と環境的な観点の双方について偏りのない認識を促し,予防行動の動機づけとなるカウンセリングを行う。
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2. |
口唇口蓋裂
(西川智子) |
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非症候性口唇口蓋裂は多因子遺伝であり,複数の疾患関連遺伝子による遺伝要因と妊娠中の喫煙,アルコール摂取,葉酸摂取などの環境要因が関連しているとされているが,因果関係・相互作用ともに解明されていない。患者・家族にとって次子・次世代再発リスクは大きな課題である。遺伝カウンセリングでは,遺伝要因と環境要因の正確な理解を支援することが求められる。加えて,顔面形成に関わる疾患であり,治療は長期かつ多領域にわたる。両親の受容過程,発端者の発達段階に応じた心理社会的支援も重要である。
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3. |
自閉スペクトラム症
(谷合弘子) |
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自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)は乳幼児早期から発達に様々な問題が生じる神経発達症群の1つである。発症に遺伝要因が関与することは古くから双生児研究などで知られていた。その原因は多様で遺伝的異質性が高く,原因に沿った遺伝カウンセリングが必要である。次世代シークエンサー(NGS)の普及などから,原因遺伝子の特定と遺伝形式に沿った遺伝カウンセリングが可能な場合もあれば,多因子遺伝性疾患として疫学研究に基づいたカウンセリングを行う場合もある。ASDの遺伝学的検査とそれに続く病態解析が,将来的な治療へと導く希望がもてる遺伝カウンセリングを可能にすると期待される。
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4. |
糖尿病(妊娠も含めて)
(岩﨑直子) |
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糖尿病は成因によって3種類に分類され,糖尿病全体の90〜95%を占める「2型糖尿病」と5%程度を占める「1型糖尿病」が多因子疾患である。さらに「その他の機序,疾患によるもの」があり,ここには単一遺伝子疾患であるMODY(maturity onset diabetes of the young),ミトコンドリア糖尿病MIDD(maternally inherited diabetes and deafness)の他,遺伝的症候群で糖尿病を伴うことの多いものをはじめとした様々な疾患が含まれている。本稿では,1型糖尿病および2型糖尿病の遺伝カウンセリングの現況について述べる。
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5. |
関節リウマチ
(浦野真理・斎藤加代子) |
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患者の薬物代謝酵素の遺伝子多型が,薬の効果や副作用の個人差に関係していることが明らかになってきたが,薬理遺伝学的検査においては,単一遺伝性疾患における遺伝学的検査とは異なり,得られる遺伝子情報は世代を越えた重大な影響はない。しかし,薬に対する体質を予見することや未知の情報を含みうることが,一般の医療情報とは異なっている。関節リウマチ患者を対象として,薬理遺伝学的検査前に遺伝カウンセリングで介入を行った結果,すべての患者に均一な遺伝カウンセリング過程が必須ではないと考えられたが,不安を呈する患者は一定数おり,適切で十分な説明を行い,患者が理解を得るシステム構築と起こりえる反応に対処できる医療環境を整えることは必要である。
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6. |
アルツハイマー病(家族性でないもの)
(池内 健) |
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アルツハイマー病の大部分は,遺伝的要因と後天的要因が複合的に交絡して発症する多因子疾患である。アルツハイマー病の最大の遺伝的要因はAPOE多型である。APOEε4はアルツハイマー病の発症リスクを上昇させる一方,ε2は防御的に作用する。APOEε4は,アレル数に依存して脳内アミロイド沈着の早発化を促進する。APOE多型は強力な遺伝学的リスクであるが,診断を目的としたAPOE検査は推奨されない。APOE以外の感受性遺伝子も報告されているが,発症への影響は小さく,個々の症例での臨床的な意味づけは難しい。高い遺伝的リスクを有する未発症者を対象とした予防的臨床試験が海外で行われている。
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7. |
DTC遺伝子検査
(福田 令) |
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近年,インターネットなどを通じて直接消費者に提供されるDTC遺伝子検査は,一般市民にも広く知られるところとなっている。しかしDTC遺伝子検査は,検査の妥当性が乏しかったり,遺伝的な知識を有する専門家を介さず提供されるため,消費者に誤解を与える可能性などの問題がある。今後,医療者が市民や患者からDTCに関する相談を受ける機会が増えることも十分考えられる。医療関係者は質問や相談に対して,適切に情報提供できる最低限の遺伝学的な知識を身につけておく必要がある。
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8. |
全ゲノム(エクソーム)解析に伴う偶発的所見/二次的所見
(相澤弥生・川目 裕) |
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偶発的所見(incidental findings:IF)/二次的所見(secondary findings:SF)(以下IF/SFと表記)を返却する際に求められる対応は,返却する疾患により大きく異なる。そのため,それぞれの状況に合わせて,返却しないという選択肢も含めたIF/SFの取り扱いに関する,検査実施前の施設における十分な検討,実施体制の整備が重要である。さらに実際に返却する際には,受検者に事前の説明をするとともに,検査目的の疾患の状況に合わせて返却やその後の対応を進めていく。わが国において,IF/SFに関する取り組みはまだ始まったばかりであるため,受検者への慎重な対応が求められるとともに,返却した際には継続的なフォローアップが必要である。
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●第5章 多因子疾患の遺伝情報と社会 |
1. |
Precision Medicine Initiativeとゲノム医療
(福嶋義光) |
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ゲノム科学研究の進展により,種々のヒトゲノム解析技術が開発され,これらの技術を医学研究に応用することにより,新しい診断法,治療法,予防法が生まれ,人類,社会にとって多大な貢献がなされるものと期待されている。米国では,2015年にPrecision Medicine Initiativeが開始されたが,わが国においてもゲノム医療実現推進が国策の1つとなり,様々な取り組みが開始されている。ゲノム医療で最も重要なことは,遺伝カウンセリングおよび遺伝学的検査・ゲノム解析を行う遺伝子医療部門などの横断的な組織を構築し充実させることと,それを支える人材育成(臨床遺伝専門医,臨床細胞遺伝学認定士,認定遺伝カウンセラー,ジェネティックエキスパートなど)を進めることである。
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2. |
ゲノム医療における多因子疾患の位置づけと国際的動
(加藤規弘) |
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ゲノムワイド関連解析(GWAS)で同定される多因子疾患・形質の遺伝的座位の数は増え続けているが,同手法による疾患感受性の全体像の解明には大きなハードルが存在することも判明してきた。多因子疾患・形質に関して,ゲノム/DNA情報単独で個別化医療に用いることは困難であり,大規模なサンプルを対象としたゲノム疫学コホートにおいて,環境要因を考慮した中長期的取り組みが必要である。ビッグデータ・サイエンスの観点から,GWASメタアナリシスを行うための国際的な多施設コンソーシアムが構築され,データシェアリングが進められている。
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3. |
網羅的ゲノム解析時代における倫理的法的社会的課題
− 遺伝情報に基づく差別に対する諸外国の法的規制の動向
(高島響子) |
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ユネスコの「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」(1997年)に代表されるように,今日,遺伝的特徴や遺伝情報に基づいて人を差別してはならないことは世界共通の認識となっている。諸外国では,雇用や保険といった特定領域を対象に遺伝情報に基づく差別を禁止する法規制を設けたり,人権に関する法律において遺伝的特徴を差別の禁止対象に追加することにより広範な保護措置をとったり,業界団体と政府の間で遺伝情報の取り扱いに関する合意を結ぶなど,国民が遺伝情報に基づき不利益を被ることのないよう様々な対策がとられている。
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4. |
わが国の「遺伝子検査ビジネス」の現状と課題
(高田史男) |
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「遺伝子検査ビジネス」が勃興して20年以上を経,海外ではアカデミアや行政,メディアなどにより科学的根拠が希薄,解釈がわかりにくい,にもかかわらず遺伝カウンセリングへのアクセスが確保されていない,等々の問題が指摘されるようになり,欧米などでは事実上,多因子遺伝をはじめとした多くの「遺伝子検査ビジネス」事業が撤退するに至っている。しかし,わが国では法的規制も存在せず,問題の多い当該商品販売が野放しの状況にある。日本の「遺伝子検査ビジネス」の現状と国の対応状況について,その概要を示す。
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5. |
DTC遺伝学的検査の科学的検証
(鎌谷洋一郎) |
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多因子疾患・形質を対象とした現状のDTC遺伝学的検査には方法論的な問題があり,現時点では誤差とバイアスがあると思われる。GWAS結果について独立した前向きコホートで評価したリスク推定値を用いるべきであるし,環境因子を同等以上に合わせて評価するべきである。GWAS結果を用いたゲノム医療の構築に向けて,民間企業はアカデミアと協同して進めていかなければならない。
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6. |
社会における遺伝リテラシー向上
(渡邉 淳) |
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誰もが医療において遺伝情報・ゲノム情報の活用や選択肢を検討する機会が増え,遺伝・ゲノムリテラシー向上が必要とされている。一般成人における遺伝・ゲノムリテラシー向上には,成人になる前に誰もが「ヒトの遺伝・ゲノム」を学ぶ機会があることが望ましい。しかし現状では,教養としての「ヒトの遺伝・ゲノム」に関する内容は成人前教育でほとんど行われていない。ゲノム(遺伝)について正しく理解し,学習者自身が主体的に考えることができるようになる遺伝・ゲノムリテラシーの向上に向けた課題や対策案について報告した。
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