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内容目次 |
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序文:ペプチド研究の新時代
(寒川賢治・南野直人) |
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●第1章 創薬候補ペプチドの探索 |
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1) |
普遍的な薬理,細胞反応を用いた新規生理活性ペプチドの探索
(宮澤 崇・宮里幹也・南野直人) |
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新規生理活性ペプチドの探索においては,高収率で分離能の高いペプチド精製法,微量物質でも解析可能な構造決定法とともに,高感度で簡便かつ再現性の高い生物活性検出法の確立が非常に重要である。本稿では,普遍的な薬理反応(平滑筋の収縮・弛緩反応)および普遍的な細胞反応(カルシウムイオンやcAMPなどのセカンドメッセンジャーの変動)を指標とした,高感度でハイスループットな生物活性の検出法を概説するとともに,これらのアッセイ系を用いた組織抽出物からの生理活性ペプチドの単離・同定の具体例を紹介する。
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2) |
細胞内情報伝達追跡システムを組み込んだモニターマウスの応用
(佐藤光男・中野了輔・井上美保・楠 万知・高橋憲行・森 勝弘・山野和也・山崎基生) |
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ヒトゲノム配列の解読により,染色体上のすべての遺伝情報を知ることが可能となった。これにより新たな医薬の標的タンパク質も次々と見つかり,新薬開発が飛躍的に進むと言われたものである。しかしながら,ゲノム配列の情報だけでは遺伝情報として刻まれている各々のタンパク質の機能を理解することは難しいという現実に,すぐに直面することとなった。機能未知遺伝子の解析には新たな挑戦が必要である。本稿では,細胞内カルシウムイオンモニターマウスを用いた標的遺伝子の機能解析を例として挙げ,in vivo を反映した状態で網羅的に細胞内情報伝達系をモニタリングすることで,生体における機能に迫ろうとしたわれわれの取り組みを紹介する。
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3) |
GPCRリガンドの探索
(森 正明) |
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GPCRは生物現象のあらゆる場面で重要な機能を有し,また最も魅力的な医薬品のターゲットの1つである。GPCRの遺伝子構造の解明およびゲノム科学の発展に伴い,多くのリガンド不明のオーファンGPCRが見出された。オーファンGPCRは,未知なる生物現象の解明につながるのみならず,創薬の新たなターゲットとして多くの研究者の興味を惹いてきた。リガンド探索はオーファンGPCR機能解明のための第一歩であり,これまでに新規ペプチドリガンドの発見を含む数多くの成果が報告されている。本稿では,リガンド探索の方法論について概略を説明する。
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4) |
生理活性ペプチド探索のためのペプチドミクス研究
(佐々木一樹・南野直人) |
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質量分析法,ゲノム情報の拡充,生物情報学の進歩に支えられてタンパク質の発現解析が可能になった。しかし,生物試料に含まれる生理活性ペプチドなどの内在性ペプチドは,現在のプロテオミクスの手法をそのまま応用しても解析が困難で,ペプチドミクスの概念が新たに提唱されている。本稿では,生理活性ペプチドの探索とペプチドミクスの関わりについて記述する。特定の活性を指標に目的ペプチドを精製して同定する従来の手法とは異なり,同定した内在性ペプチド群から候補ペプチドを選択し,合成して実際に活性の有無を検証する新しいアプローチで,今後の発展が期待されている。
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5) |
遺伝子情報からの生理活性ペプチド予測
(木村定雄・西山眞理子・石井崇洋・廣瀬修一・山崎寛之) |
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本稿では,公開データベースに登録されたタンパク質のアミノ酸配列を用いて,バイオインフォマティクスにより,生理活性ペプチド候補をいかに予測するかを概説する。現在どれくらいのゲノム構造が決定されているのか,GPCRのペプチドリガンド前駆体の数はどれくらいか,ペプチドホルモンの経験的な生合成規則はあるか,ペプチドホルモンの生化学的特徴は予測ソフトに組み込めるか,ペプチドリガンド候補として作られるペプチド数はどれくらいか,絞り込んだペプチド候補は最終的にどれくらいかなどを解説する。
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6) |
in silico ペプチド探索
(七里眞義) |
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ヒトゲノム・cDNA配列情報を用いてin silico 解析を行い,有用な新規生理活性ペプチドの同定に活用しようとする試みが始まっている。これまでに共通のアミノ酸構造を有する新規ペプチドを探索する手法によって,いくつかの生理活性因子が同定されている。筆者らは公開されているヒトゲノム・cDNA資源から分泌性タンパクを選択し,実際にヒト組織に発現がみられる遺伝子を選択したのち,これらの全長cDNAを培養細胞系に発現させて分泌される生理活性を解析することによって,より網羅的に生理活性因子を探索する方法を考案した。in silico 解析を用いたペプチド研究は始まったばかりであるが,ポストシークエンス時代のタンパク機能解明の突破口となる可能性もあると期待される。
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1) |
ペプチド-GPCR の相互作用・結合様式
(石黒正路) |
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GPCRはアゴニストやアンタゴニストの結合に対応して構造を変化させ,この構造変化を細胞外の情報として細胞内に伝達する。GPCRの立体構造として光受容体であるロドプシンの構造変化モデルを用いてペプチドレセプターの立体構造モデルを構築し,アゴニストやアンタゴニストに対応した複合体構造モデルを用いてリガンド-レセプター間の認識様式を解析し,アミノ酸残基の置換様式とレセプター構造との相関をみることができる。
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2) |
Target-structure based design and refinement of cholecystokinin and gastrin receptor ligands
(Esther Marco, Magali Foucaud, Irina G. Tikhonova, Bernard Maigret, Chantal Escrieut, Ingrid Langer, Daniel Fourmy) |
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多様な細胞でコレシストキニンおよびガストリンの作用を媒介するCCK2Rは,7つの膜貫通ドメインを有するGタンパク結合受容体のスーパーファミリーに属する。現在,多くの非ペプチドCCK2Rリガンドが利用できるが,新規リガンドの設計または既存リガンドの至適化が必要であると考えられる。本稿では,CCK2Rの結合および活性化部位に関連するデータを提示し,近い将来,標的構造に基づくリガンド設計にこれらの重要なデータがどのように使用されるかを示す。
The CCK2R, which mediates the action of cholecystokinin and gastrin in a large variety of cells belongs to the superfamily of G-protein coupled receptors having seven transmembrane domains. Although a number of non peptide CCK2R ligands is presently available, we anticipate the need to design new ligands or optimize existing ligands. In the current paper, we present data in relation with binding and activation sites of the CCK2R and show how these important data will be used, in the near future, in a strategy of target structure- based design of ligands.
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3) |
ANP受容体のX線結晶構造解析 - 創薬への応用
(小川治夫・Yue Qiu・Craig M Ogata・御園邦雄) |
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生体の生理機能はホルモンなどの様々な伝達物質により制御されているが,これらの生理活性は細胞膜上に存在する受容体により担われる。受容体は薬剤の標的として重要であるが,より効率よい薬剤の開発には受容体とホルモンの立体構造を理解することが重要であると考えられる。われわれはANP受容体の構造とシグナル伝達の機構を明らかにすべく研究を進めているが,最近,ANP受容体のANP複合体およびアポ状態の構造をX線結晶解析により明らかにした。これら立体構造の検討は心疾患に対する創薬につながるのではないかと考えられる。
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4) |
ケミカルバイオロジーを基盤とするペプチド創薬
(大石真也・藤井信孝) |
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タンパク質・ペプチドリガンドをリードとする創薬研究では,受容体との結合様式が明らかにされていなくても,リガンド側の構造活性相関研究を通して新規リガンドの創製が可能である。筆者らは,ケモカイン受容体CXCR4拮抗薬の創製研究において,活性ファルマコフォア同定のためのアラニン・スキャンを通して,4つの活性発現に必須のアミノ酸残基を同定するとともに,これらのアミノ酸を環状ペンタペプチド骨格のライブラリーに適用することで,新しい骨格を有するCXCR4拮抗薬FC131を見出した。
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●第2章 ペプチド疾患マーカー探索 |
1. |
尿におけるペプチド疾患マーカーの探索
(須藤浩三・里見佳典・高尾敏文) |
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生体試料中のペプチド・タンパク質の網羅的解析は,近年目覚しい発展を遂げた質量分析法により比較的容易に行えるようになった。われわれは,早期診断や予後診断に有用なマーカーを探索すべく,ヒト尿中のタンパク質・ペプチドのプロファイリング(種類と量の解析)を行っている。尿は生体から得られるサンプルの中で最も入手しやすいこと,タンパク質の分解が他の生体試料と比較して極めて少ないという利点がある。ここでは,尿中から内在性ペプチド(10kDa以下)を単離,網羅的に同定するまでの分析の流れと,安定同位体を利用した簡便な定量法について,実データをもとに紹介する。
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2. |
Screening of Peptide Biomarkers
(Peter Schulz-Knappe) |
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生物の実態である表現型は,全般にタンパク質およびペプチドによって決定される。これらは生理および病態生理の分析に静的にも動的にも利用することができる。プロテオミクスおよびペプチドミクスは,タンパク質やペプチドの疾患に起因する変化の測定や,分子レベルでの(適切な)治療の効果の分析によって,健康および疾患,あるいは相互の変換を解明する最も重要な研究領域と考えられる。本稿では,バイオマーカーとしてのペプチドの重要性について既説する。適切な内在性ペプチドをバイオマーカーとして選択することによって,現代の研究者や臨床医はヒトの疾患を分子経路にまで細分化して解析することができ,患者と医療産業の利益に貢献することが可能である。
The actual status or phenotype of an organism is by and large defined by proteins and peptides. They can be used to analyse physiology and patho-physiology, both in a static as well as dynamic way. Proteomics and peptidomics are regarded as prime areas to elucidate health and disease and the transformation from one to the other, either by disease-associated change measurement or by analysing the beneficial effects of(proper)treatment on a molecular level. This chapter will outline the importance of peptides as biomarkers. By selecting the adequate native peptides as biomarkers, the modern researcher and clinician will be enabled to dissect human disease into molecular pathways, to the benefit of patients and health care industry.
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3. |
Challenges of Protein/Peptide Biomarker Discovery in Serum
(David H. Hawke,Ryuji Kobayashi) |
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臨床での血液検査は日常茶飯事で,そのため血中のバイオマーカー探しが盛んに行われている。ここに,質量分析機を使ったタンパク質およびペプチドのバイオマーカー探索を簡単に解説する。現在新しく発見されたマーカーを報告している論文の多くが,その同定なしでマーカー候補を挙げているが,うち,その正体が判明したものでもそのほとんどが高濃度なタンパクかその分解物である。これらを組み合わせて使っても十分なspecificityが得られることはなさそうである。さらに分離を導入するか,無用な高濃度タンパクを除去したあと,高分解能の質量分析機や高度なデータ処理ができるソフトウェアを使った戦略が,この困難な事業を進めるにあたって必要に思われる。
Serum is routinely sampled and tested clinically, so a significant effort has been engaged in the search for biomarkers in serum. We briefly review searching for polypeptide biomarkers, both protein and peptide using modern mass spectrometry. Although many reports do not include identification of their proposed markers, most of the new markers have been identified as abundant proteins or their fragments. It seems unlikely that sufficient specificity will be obtained from such molecules, even in combinations. Strategies employing more separations, depletion of abundant molecules of little interest, high resolution mass spectrometry and sophisticated processing software all appear to be required to make progress in this difficult endeavor.
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●第3章 新規機能と創薬ターゲット |
1. |
循環器疾患とアドレノメデュリン
(加藤丈司・北村和雄) |
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アドレノメデュリン(AM)は,褐色細胞腫組織中より発見された降圧ペプチドであり,心血管組織で発現している。AMの作用の多くが心血管保護的であり,血管新生作用も有する可能性があることから,循環器疾患治療への臨床応用に関する研究が展開されてきた。高血圧や動脈硬化症への治療応用が期待されているが,AMペプチドそのものの経口投与は不可能であり,新たな投与手段の開発が求められる。一方,急性心筋梗塞,脳梗塞,肺高血圧に対しては,比較的短期間の静脈内投与あるいは吸入投与にて治療効果が得られる可能性が示唆されている。
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2. |
アドレノメデュリンを用いた心血管再生療法
(永谷憲歳・寒川賢治) |
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アドレノメデュリン(adrenomedullin:AM)は,血管拡張作用,利尿,ナトリウム利尿作用,アルドステロン分泌抑制作用などの多くの生理活性を有するペプチドである。近年,AMの新たな生理作用として血管新生作用,血管内皮細胞や心筋細胞のアポトーシス抑制作用,骨髄細胞の末梢への動員作用が明らかとなってきた。AMとその受容体CRLRは低酸素刺激でその産生が促進されることを考慮すると,AM/CRLR系は虚血を修復すべく血管再生に関与していることが示唆される。本稿では,AMによる血管再生・心筋保護治療,その臨床応用として急性心筋梗塞治療や末梢動脈閉塞症治療に関して述べる。
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3. |
内分泌・摂食障害とグレリン
(赤水尚史・寒川賢治) |
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グレリンのユニークで多彩な生理・薬理作用を臨床応用しようとする創薬研究が現在精力的に行われている。本稿では,グレリンの内分泌・摂食作用に関する創薬研究を述べる。成長ホルモン(GH)分泌促進作用と摂食促進作用に対して,それぞれ対象疾患が探索され,一部ではすでに臨床試験が実施されている。前者に関しては,成長ホルモン分泌不全症の診断・治療薬,高齢者のQOL改善薬としての可能性が検討されている。後者については,カヘキシア,神経性食欲不振症,機能性胃腸症などの食欲不振ややせを呈する疾患が候補として挙げられている。本稿では,これらの創薬研究に関する現状を紹介する。
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4. |
カヘキシアとグレリン
(大西俊介・永谷憲歳・寒川賢治) |
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カヘキシアは癌や慢性閉塞性肺疾患などの慢性疾患により生じる体重減少,骨格筋量の減少および食欲不振により衰弱した状態をさし,様々なサイトカインが関与して骨格筋におけるタンパク合成の抑制やタンパク分解の促進をきたす。グレリンは主に胃から分泌される末梢性ペプチドであり,迷走神経求心路で受容体と結合し,延髄孤束核を介して視床下部へ伝達され,摂食促進と成長ホルモン分泌が起こる。グレリンのカヘキシアに対する臨床試験がすでに開始されており,治療薬としてのグレリンの有用性が期待される。
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5. |
骨軟骨代謝とCNP
(八十田明宏・中尾一和) |
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ナトリウム利尿ペプチドファミリーのうちANP,BNPは循環器領域における創薬や臨床展開の華々しい成功例として認知されている。新たに,CNPが骨伸長促進因子であることが証明され,臨床展開のターゲットとなった。対象疾患は骨伸長障害を主徴とする骨系統疾患であり,その強力な作用に期待がかかる。しかし,ペプチドであるがゆえの課題も多く,創薬に際しては広くCNP-GC-B系の賦活化を視野に入れた多方面からのアプローチが必要である。
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6. |
循環器疾患におけるCNPの意義
(岸本一郎・添木 武・徳留 健・堀尾武史・寒川賢治) |
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第三のナトリウム利尿ペプチドであるCNPは,血管壁や心臓において生合成・分泌されることが証明されており,循環器系の局所因子として病態生理的意義が示唆されている。また,投与したCNPが,傷害血管の内膜増殖を抑制し再内皮化を促進すること,心筋梗塞後のリモデリングを抑制し心機能を保持することが証明されており,今後CNPの動脈硬化や心筋梗塞に対する治療的意義が注目される。
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7. |
肥満,代謝疾患とペプチド
(水田雅也・中里雅光) |
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肥満と肥満に基づく代謝疾患に対する基本的な治療は,食事・運動療法による体重コントロールであることは言うまでもないが,近年,新たな肥満関連ペプチドや既知のペプチドの新しい抗肥満効果が報告されている。本稿では,これらの中で創薬につながる可能性の高いペプチドとして,GLP-1を中心に,CCK,PYY,オキシントモジュリン,アミリンに焦点を合わせ,肥満や代謝疾患における最近の知見について概説する。
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8. |
ニューロメジンUと生体リズム,ストレス
(児島将康・井田隆徳・佐藤貴弘) |
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平滑筋の収縮ペプチドとして単離・精製されたニューロメジンUは,中枢神経系においては摂食抑制,ストレス反応の制御,生体時計の調節など,また末梢組織においては痛覚制御や炎症反応への関与など,様々な生理作用を示す。2005年にはニューロメジンUにホモロジーが高い新規生理活性ペプチドのニューロメジンSが発見され,これが生体リズムの中枢である視交叉上核に特異的に存在し,サーカディアンリズムの制御を行っていることが明らかになった。
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9. |
オレキシンと創薬:睡眠と覚醒のコントロール
(桜井 武) |
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オレキシンの欠損がナルコレプシーの病因であることから,オレキシンは覚醒・睡眠制御において重要な役割を担っていると考えられている。近年,オレキシン産生神経の入出力系の解明により,情動や摂食行動の制御系,覚醒制御システムとの相互の関係が明らかになってきた。オレキシン神経は,エネルギー恒常性を維持する系や,情動の制御系,報酬系などからの情報を受け,睡眠・覚醒状態を適切に保つ機能をもっていると考えられる。オレキシン作動薬や拮抗薬は睡眠障害や不眠症,摂食障害,薬物依存などに有効な治療薬となる可能性がある。
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10. |
神経ペプチドPACAP - 新しい創薬標的分子探索へ
(馬場明道・橋本 均・新谷紀人) |
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統合失調症をはじめとする精神疾患や代謝性疾患の糖尿病などの多因子性疾患は,遺伝要因,発達および環境要因などの多因子が長期的かつ複雑に影響し発症する。これら疾患の治療薬の歴史からも明らかなように,病態における関連シグナル系の分子基盤を明らかにすることは病態解明にとどまらず,特異的な新しい創薬標的候補分子を提示することにもつながる。本稿では,神経ペプチドPACAPの生理・病態機能を遺伝子改変手法で解析し,病態発現にかかる新しい分子機構,ヒト疾患への外挿,さらには新しい創薬標的分子の探索・評価について概説する。
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11. |
メラニン凝集ホルモン(MCH)と摂食・うつ
(長崎 弘・斎藤祐見子) |
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メラニン凝集ホルモン(MCH)は哺乳類では視床下部外側野に著しく局在する。そのノックアウトマウスは「ヤセ」であるため,摂食中枢の下流に位置する分子として大きな注目を集めた。1999年にオーファンGPCRの利用によりMCHの受容体が同定され,選択的アンタゴニストの開発および行動薬理解析が進展する。意外なことにMCHアンタゴニストは摂食行動の他に,「うつ状態」動物モデルに対しても効果をもつことが報告された。さらなる有用なアンタゴニストの開発は感情障害および中枢性抗肥満薬の創薬に大きく貢献することが期待される。
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12. |
新しいGPCRリガンド:機能と創薬
(井上金治・足立幸香) |
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Gタンパク質共役型受容体(GPCR)と,そのリガンドは生体の機能制御に関わり医学上重要である。また,ヒトゲノム情報から内因性リガンドが未同定のオーファン受容体が多く発見されている。そして,これらのリガンドの探索に向けた逆薬理学的研究により,これらのオーファンGPCRの内因性リガンドが次々と発見されてきている。ここでは,近年オーファンGPCRの内因性リガンドとして発見された,プロラクチン放出ペプチド(PrRP),ガラニン様ペプチド(GALP),メタスチンについて述べ,ストレス仲介作用,エネルギー代謝,生殖などへの関わりについて最近の知見を解説する。
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13. |
癌ペプチドワクチン
(山田 亮) |
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細胞傷害性T細胞(CTL)は癌細胞上のHLA分子に結合したペプチドを認識する。このペプチドを投与し,患者体内でCTLを増殖させ,癌細胞の排除を誘導しようというのが癌ペプチドワクチン療法である。ワクチンペプチドには生理活性はなく,抗原性以外の薬理作用もない。また癌局所に移行する必要もない。個々の患者に最適なペプチドをワクチン候補パネルから選択して投与するテーラーメイドペプチドワクチン療法が開発され,一部の癌種に対する臨床効果が臨床研究により確認されている。ベンチャー企業による医薬品承認に向けた治験も開始されている。
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14. |
プロテアーゼインヒビターからの創薬
(木曽良明・濱田芳男) |
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プロテアーゼはタンパク質の分解やプロセシングを通して,ウイルスから人間のような高等生物までのあらゆる生命活動の局面において,何らかの重要な機能を果たしている。このことから,ある特定のプロテアーゼを特異的に阻害したり活性を調節できれば,様々な疾病に対する治療薬が創製できる可能性がある。創薬としてのプロテアーゼ阻害薬の例として,最近著者らが行っているAIDS治療薬のHIV-プロテアーゼ阻害薬,マラリア治療薬のプラスメプシン阻害薬,アルツハイマー治療薬のBACE1阻害薬の研究を紹介する。
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15. |
ディフェンシン:自然免疫で活躍する抗菌ペプチド
(川畑俊一郎) |
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抗菌ペプチドは,多細胞生物の自然免疫の主役であり,なかでもディフェンシン(defensin)は,生物の棲息環境に適応進化して多様な機能を獲得した抗菌ペプチドのファミリーである。哺乳類においては,ディフェンシンの構造的特徴からα,β,θの3つのサブファミリーに分類される。これらのディフェンシンは,好中球のアズール顆粒,小腸陰窩(クリプト)のパネート細胞,皮膚や肺胞の上皮などに特異的に発現して抗微生物活性(抗菌,抗真菌,抗ウイルス活性)を発揮するとともに,獲得免疫と連携することで感染微生物に対する効果的な生体防御に貢献している。
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●第4章 医薬品化の問題点と解決法 |
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1) |
毒性面からの考え方
(小野寺博志) |
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近年,バイオテクノロジー応用医薬品は従来の化成品医薬品を凌ぐ勢いで開発が進んでいる。しかし,それに対応する非臨床における安全性評価は確立されていない。「医薬品毒性試験法ガイドライン」が1988年に,2000年には「バイオテクノロジー応用医薬品の非臨床における安全性評価」が通知されている。本稿では具体的な事例は取り上げず,考え方を提示した。今後,バイオテクノロジー応用医薬品が医薬品の主流になるといっても過言ではない。動物愛護の観点や科学技術の進歩で安全性評価系が確立されることが期待されるが,それまではケースバイケースで対応してヒトでの安全性を確保するしかない。
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2) |
品質,薬物動態の面から
(荒戸照世) |
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医薬品の品質は製造方法に依存するところが大きい。ペプチド性医薬品の場合,低分子のものは化学合成品であり,高分子のものはバイオテクノロジー応用医薬品であることから,それぞれ該当するガイドラインを参照したうえで,製品の特性に応じ,品質を担保する必要がある。また,薬物動態試験に際しては,被験薬,試験法などについて十分考慮するとともに,ペプチド性医薬品が種特異性や抗原性を有することを踏まえ,適切な動物種を選択する必要がある。さらに,ペプチド性医薬品のDDSの検討が盛んであるが,薬物動態の変化が有効性・安全性にどのような影響を与えるか十分説明する必要がある。
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2. |
化学合成によるペプチド医薬品の調製
(木村皓俊) |
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du Vigneaudらによりオキシトシンの化学合成が初めて報告されて以来,半世紀が経過した。その間,ごく微量で強力な生理活性を有するペプチドが数多く発見され,これらを医薬品として用いようとする試みがなされてきた。ペプチドが医薬品として長年期待されながら,その開発が遅れていた理由は,作用持続が極めて短く経口投与が困難であること,合成ステップが長く,大量合成に困難を伴いコストがかかりすぎたからである。しかし,最近のペプチド合成技術と精製技術の進歩と体内への輸送システムの目覚しい発展により,ペプチド医薬品の開発が再び注目されてきた。現在行われている化学合成によるペプチド医薬品の調製について以下に述べてみたい。
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3. |
遺伝子組換えによるペプチド医薬品の調製
(孫田浩二) |
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キメラタンパク質発現法を用いた工業スケールでの生理活性ペプチド調製が可能になった。本稿では,生理活性ペプチドの生合成に関わるプロセシング酵素を用いて行った,キメラタンパク質からの副甲状腺ホルモンの切り離しやカルシトニンの調製について述べる。修飾ペプチドグレリンは,化学合成したオクタン酸修飾N末端断片とキメラタンパク質発現法で調製したC末端断片をin vitro で縮合して調製した。また,医薬品原薬としてペプチドを安定的に供給するために必要な生産株の管理やペプチド原薬の品質管理についても述べる。
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4. |
ペプチドおよびペプチドタンパクのDDS
(小川泰亮) |
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ペプチドの生理活性を薬理活性として利用し,医薬品として活用するには,的確な投与方法の開発がキーファクターとなる。本稿では,①多回連続注射投与に代わる投与方法としてのPLGAを利用した低分子ペプチドの長期徐放マイクロカプセル,②頻回パルス投与によって活性が得られるペプチドに有効なイオントフォレシス投与によるパルス吸収システム,③多孔性ヒドロキアパタイト微粒子を担体として利用することで製造工程中での高分子ペプチドの不安定化を防止した長期徐放システム,の3つの例を取り上げた。
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5. |
ペプチドおよびタンパク性医薬品の消化管ならびに経粘膜投与
(山本 昌) |
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一般に,ペプチドおよびタンパク性医薬品は,経口投与後,消化管粘膜を透過しにくいため,経口投与後の吸収率は十分でない。そこで最近では,経口投与後のこれら医薬品の吸収率を改善するため種々の方法が試みられている。こうした方法は,①吸収促進剤などの製剤添加物を利用する方法,②薬物の分子構造を修飾する方法,③薬物に剤形修飾を行う方法などが挙げられる。また,経口投与以外の投与経路として,④薬物の新規投与経路を開発する方法,特に薬物の経肺投与は有望であると考えられる。本稿では,こうしたペプチドおよびタンパク性医薬品の消化管ならびに経粘膜吸収改善方法について紹介する。
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●第5章 ペプチド医薬の開発実例 |
1. |
リュープリン:誘導体から前立腺癌治療薬へ
(福田常彦・北田千恵子) |
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天然型LHRHの6位Glyと10位Gly-NH2をそれぞれ,D-Leu, NH-CH2CH3 に置き換えてラットの排卵促進作用で約80倍というLHRHスーパーアゴニストを得た。ところが,この化合物を連投し,しばらくするとレセプターのダウンレギュレーションが起こり,下垂体からのゴナドトロピンの放出が止まってしまう。しかし,この作用を利用して,ホルモン依存性前立腺癌の薬リュープリンを開発した。さらに,これをマイクロカプセル化による徐放剤として利便性を高めた。
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2. |
ANP:急性心不全治療薬
(林 友二郎・古谷真優美) |
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心房性ナトリウム利尿ぺプチド(atrial natriuretic peptide:ANP)は心房の伸展刺激により分泌され,血管平滑筋や腎臓などの臓器に作用して,血圧や水・電解質の調節を司るホルモンである。寒川,松尾らは,世界に先駆けてヒト心房から28アミノ酸残基からなるα-ヒト心房性ナトリウム利尿ペプチド(α-hANP)の単離・構造決定に成功した。われわれはα-hANPの発見当初から寒川,松尾らとの共同研究を開始し,利尿・降圧活性評価,ペプチド合成,構造確認などに着手し,さらに前臨床試験,臨床試験を経て1995年に製造承認を受け,急性心不全治療薬カルペリチド(ハンプ®注射用1000)として医療に提供するに至った。現在,ハンプ®の心筋保護作用や腎保護作用が注目され,今後のさらなる臨床応用の可能性が期待されている。
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3. |
BNP:心不全診断薬と治療薬
(斎藤能彦・中尾一和) |
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BNPは1988年ブタ脳より単離同定されたが,その後の研究で心臓,特に心室で主に産生されていることが明らかとなった。BNPは,心不全にてその重症度に応じて発現亢進することから,心不全の診断薬として広く使用されている。BNPはANPと同様にGC-Aに統合し,利尿,ナトリウム利尿,血管拡張,アルドステロン分泌抑制作用を引き起こす。この作用を利用して,BNPは急性心不全の治療薬として米国で使用されている。ANPとBNPの治療薬としての異同は注目されているが,分解酵素への親和性,クリアランス受容体への親和性の差からBNPの半減期はANPより長いことが判明し,BNPよりANPのほうが調節性の観点からは優れていると思われる。
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4. |
Peptide Drugs for Metabolic Diseases:Amylin and GLP-1 Agonists
(Andrew A Young) |
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アミリン作動薬のプラムリンチドおよびグルカゴン様ペプチド1受容体作動薬であるエキセナチドの開発の経緯と臨床経験を例として,ペプチドホルモン様物質が治療薬として有利な性質を備えていることを示す。両剤が模倣するヒトホルモンは食事に反応して分泌され,栄養の取り込みを制限するグルコース依存性の中枢性血糖調節作用を有する。エキセナチドの場合,グルコース依存性のインスリン分泌亢進によってこの作用が増強される。エキセナチドは経口糖尿病治療薬よりも有効であることが示されており,両剤ともに生命に関わる毒性は現在まで確認されていない。注射剤ではあるが,簡便なペン型注射器の採用によって,エキセナチドの普及の妨げとなる障壁は軽減している。徐放性製剤の導入によって優れた有効性と利便性が実現し,高い製品価値が約束される。
The development paths and clinical experience with pramlintide, an amylin agonist, and exenatide, a glucagon-like peptide-1 receptor agonist, exemplify the several properties of peptide hormone mimicks that favor them as therapeutics. The human hormone that each drug emulates is secreted in response to a meal, and has a glucose-dependent centrally-mediated glucoregulatory effect to limit nutrient uptake, augmented in the case of exenatide by a glucose-dependent amplification of insulin secretion. Exenatide has shown efficacy beyond that obtainable with oral antidiabetic agents, and thus far, neither drug has shown evidence of life-threatening toxicity. Although administered by injection, the use of convenient pen injectors may have diminished the barriers to widespread adoption of exenatide. Long-acting-release formulations may offer superior efficacy, convenience and product value.
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KP-102(GHRP-2)による診断と治療
(泉山 周) |
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KP-102(growth hormone relesing peptide-2:GHRP-2)は科研製薬がBowersらと共同研究し開発したGH分泌促進物質の1つであり,強力なGH分泌促進作用を有する。本剤の臨床応用に向けての第一歩は重症GH分泌不全症の診断薬として進められ,2004年に製造承認を取得し,現在臨床使用されている。また並行して,低身長症への臨床応用に向けての臨床試験も実施されている。さらに将来,成人GH分泌不全症治療薬,加齢に伴う身体老化改善薬となりうる可能性を秘めている。
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6. |
エンドセリン受容体アンタゴニスト
(新山健治) |
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エンドセリン(ET)は血管内皮細胞から単離されたペプチドで,強力な血管収縮作用を有することから各種循環器系疾患の病因および増悪因子として注目された。まず,ペプチド性アンタゴニストが創生されETの作用機序の解明に大きく貢献したが,医薬品として開発するまでには至らなかった。その後,多くの非ペプチド性アンタゴニストが見出され,各種動物モデルにおいてその有効性を示した。臨床試験において種々の問題が生じたが,肺高血圧症に対して効果が認められ,ボセンタンが最初の医薬品として承認されるに至った。
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7. |
アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬
(久保惠司) |
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レニン・アンジオテンシン系は重要な血圧調節系であり,この系の昇圧因子であるアンジオテンシンⅡ(AⅡ)の作用を阻害する化合物が新規な高血圧治療薬になると考えられてきた。武田薬品工業では世界に先駆けて非ペプチド型AⅡ受容体拮抗作用を有するイミダゾール酢酸誘導体を発見し,それを基に創薬研究を展開して強力なAⅡ受容体拮抗作用を有するベンズイミダゾール-7-カルボン酸誘導体カンデサルタンを見出した。さらに,プロドラッグ化により経口吸収性を改善し,カンデサルタンシレキセチルの創製に成功した。
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8. |
Insulin and its new drug delivery systems
(Thomas R. Strack, Nancy J. Harper, John S. Patton, Yasunori Yachi) |
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吸入インスリンは医師にも患者にも便利な新しい血糖調節の手段である。開発者はタンパク質の肺送達に伴う重大な課題を克服するため,最新の製剤処方および投与技術を研究してきた。乾燥粉末肺吸入剤のEXUBERA®(インスリンヒト[組換えDNA由来]吸入パウダー)は,1型および2型糖尿病の治療薬として米国およびEUで承認された初めての吸入インスリンである。他にも開発段階の吸入インスリン剤がいくつかある。EXUBERA臨床試験のエビデンスから,吸入インスリンは有効であり,耐容性も良好で,患者にも十分受け入れられることが示されている。報告されている主な有害事象には,すべてのインスリン療法にみられる低血糖のほかに咳嗽があったが,後者は軽度であり,時間とともに減少した。吸入インスリンの利点として治療の早期開始および服薬効率の上昇が挙げられる。
Inhaled insulin offers physicians and patients a new, convenient option in glucose management. Developers have researched novel formulations and dosing technology to overcome significant challenges to pulmonary delivery of a protein. EXUBERA® (insulin human [rDNA origin] Inhalation Powder), a dry powder formulation and pulmonary inhaler, is the first inhaled insulin approved in the United States and the European Union for the treatment of type 1 and type 2 diabetes. Other inhaled insulin products are in development. Evidence from EXUBERA clinical trials suggests that inhaled insulin is efficacious, well tolerated, and well accepted by patients. The most common adverse events reported were hypoglycemia, which is seen with all insulin therapies, and cough, which was mild in severity and decreased over time. Potential benefits of inhaled insulin include earlier initiation of therapy and increased compliance.
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カルシトニンによる高カルシウム血症および骨粗鬆症の治療
(山内広世) |
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ウナギから比活性の高いカルシトニン(CT)の抽出・精製・構造決定を行ったが,そのCTの比活性は4000単位/mgであり,哺乳類由来のCTの比活性に比べて高かった。ウナギCTのジスルフィド結合をエチレン結合に変えたエルカトニンはウナギCTと同等の生物活性を示し,熱やpHに対する安定性が高いため,骨粗鬆症治療薬として開発された。CTの持続性製剤は必要ではなく,むしろCTの血中濃度を高濃度に持続するとダウンレギュレーションを引き起こし薬効が失われる。高Ca血症の治療では過剰投与によりダウンレギュレーションによるエスケープ現象を起こすが,骨粗鬆症の治療では報告されていない。CTは骨粗鬆症の治療に広く用いられており,中枢性セロトニン神経系を介して鎮痛効果を発揮し,骨粗鬆症患者の骨量を増加させる。CT投与により抗体を産生するが,有効性,副作用の発現には影響しない。
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