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内容目次 |
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序文:今,新しい創薬パラダイムの中心である薬物動態特性の至適化に注目!
(杉山雄一) |
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総論:前臨床における薬物動態研究の役割
(杉山雄一) |
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●第1章 薬物吸収の予測 |
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概論:消化管吸収の予測
(山下伸二) |
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医薬品の消化管吸収性は,主として溶解性,膜透過性および安定性(化学的および生物学的)によって決定される。最近では,ほとんどの製薬企業において,新規化合物の溶解性をはじめとした物理化学的性質,また膜透過性,代謝安定性などの基本的な動態特性に関するin vitro でのスクリーニングが行われている。また前臨床研究では,種々の実験動物を用いたin vivo あるいはin situ での吸収性評価が試みられている。ここでは,それらin vitro からin vivo に至るデータに基づき,ヒトにおける経口吸収性を予測する方法について概説する。
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1. |
消化管吸収における薬物トランスポーターと代謝酵素
(玉井郁巳) |
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消化管には異物の侵入を防ぐための生体防御機構として排出トランスポーターと代謝酵素が備わっている。したがって,それらの寄与を見積もることが多くの化合物を扱う場合においては大事になる。一方,消化管には栄養物摂取のための多彩な選択的トランスポーターが備わっており,薬物がそのトランスポーターを介して輸送されるならば,高い吸収が期待できることになる。本稿では吸収トランスポーターとしてペプチドトランスポーターPEPT1を,排出トランスポーターとしてP-糖タンパク質に焦点をあて,吸収への影響の評価法と注意点について記載した。
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2. |
消化管吸収に影響する機能性製剤添加物
(森下真莉子) |
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製剤添加物は,従来より医薬品の品質,有効性および安全性を確保するための重要な役割を果たしている。一方,製剤添加物の中には,可溶化,徐放化,腸溶化,滞留性などの高機能を製剤に付与するだけでなく,生体膜構成成分に影響してバイオアベイラビリティを改善するなどの新たな機能が見出されるものがあり,添加物の新しい使い方を工夫する時代に入った。本稿では,代表的な添加物でありながら,新たな機能が消化管薬物吸収に影響し,今後の医薬品開発への応用が期待される機能性製剤添加物(界面活性剤,シクロデキストリン,粘膜付着性高分子および腸溶性コーティング剤)について,その概要を述べる。
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3. |
人工膜を用いた受動拡散消化管膜透過性の評価
(菅野清彦) |
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受動拡散によるリン脂質二重膜透過は,消化管膜透過性を決定する重要な因子である。近年,オクタノール分配係数よりも正確にリン脂質二重膜透過性を反映し,なおかつ迅速・簡便・低コストな測定法として,人工膜を用いた様々な測定法が開発された。これらの測定方法は,測定様式により,①膜透過測定(parallel artificial membrane permeation assay:PAMPA,Fluorosome®など),②分配測定(クロマトグラフ法,surface plasmon resonance法,ビーズ法など)に大別される。PAMPAは,現在,多くの製薬企業で利用されている。これらの方法で得られるデータは,今後,in silico の構築に大きく貢献すると考えられる。
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●第2章 薬物クリアランス(代謝,取り込み,排泄)および組織移行特性の予測
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概論:in vitro から in vivo への予測および探索研究における重要性
(楠原洋之) |
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医薬品(候補化合物も含めて)のin vivo における薬理応答には,標的タンパクへの曝露量・曝露時間を決定する体内動態的要因も重要である。適当な体内動態を有する化合物の選別にヒト組織を用いたin vitro/in vivo スケーリングの方法がとられており,成果を挙げている。平均的な体内動態特性だけではなく,個人間変動の小さい薬物を開発することが必要である。個人間変動には加齢や疾病により生理機能の変換のほか,遺伝的要因も含まれる。単一経路ではその経路の変動を大きく受けるため,複数の消失経路を有する化合物のほうが望ましい。安全性確保のため,他剤の動態に対する影響を評価することも求められている。本稿では,体内動態の予測法について概説する。
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1) |
ヒト肝細胞を用いた予測とデータのばらつきについて
(大野泰雄) |
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ヒト肝細胞を用いた研究は基本的に肝細胞内のすべての代謝過程を検討でき,ヒトでの薬物動態を予測するうえで極めて有用である。一方,ヒト肝細胞標本には大きなロット差が存在する。これが個人差や標本の調製・保管過程の差を反映するのかは不明である。また,同じロットの細胞を用いてもエトキシクマリンの代謝活性に施設間で6倍の差があった。ヒト肝細胞を利用する際には,このような差があることを踏まえる必要がある。
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2) |
代謝的安定性,初回通過代謝の予測
(成富洋一) |
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創薬段階においてヒト代謝的安定性,初回通過代謝の予測は重要であり,そのためには肝代謝クリアランスの予測が必要となる。肝代謝クリアランスの予測については,in vitro-in vivo scalingが考案・適用されてきた。しかしながら,創薬の現場では予測が困難な場合や予測法が適用しにくい場合など様々な問題点もある。本稿では予測精度を上げるための改良法やin vitro・in vivo 間の乖離の要因,創薬段階におけるin vitro-in vivo scalingの適用法,in vitro 代謝試験における注意点,non-CYPによる代謝の予測,さらにヒト小腸代謝クリアランスの予測などについて概説する。
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3) |
腸肝循環の考え方と重要性
(加藤基浩) |
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薬物が肝臓から未変化体あるいは代謝物として胆汁へ排泄され,さらに消化管から再度吸収され体循環に再び現れる現象を腸肝循環という。腸肝循環を受ける薬物は,複数の血漿中濃度のピークを示す特徴的な血漿中濃度推移を示すことがあるため,通常の薬物動態解析では解析できない。本稿では,腸肝循環の特徴,解析方法について述べるとともに,腸肝循環の薬物の薬効・毒性を考えるうえでの重要性について述べる。
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4) |
薬物代謝酵素代謝モデル
(山添 康) |
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これまでから薬物の代謝を予測したいという願望は,動物種差の克服,ヒト酵素発現系の開発の原動力となってきた。これら研究の進展は,今,「酵素標品を用いずに既存知識・情報を利用して代謝を知りたい」という希望をかなえるための,in silico 手法の開発研究に向かっている。X線結晶解析によるヒト薬物代謝酵素,ことにチトクロムP450の立体構造の解明が,三次構造モデルの作成と検証を可能にしたことが進展の背景にある。また,LC-MSの利用による迅速な代謝物の精査が可能になったことも寄与している。本稿では主にヒトチトクロムP450タンパクの側から,構造解析の進展と基質選択性の予測研究の現状を紹介する。
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5) |
代謝における相互作用の予測
(伊藤清美) |
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薬物間相互作用の主要なメカニズムである薬物代謝阻害に基づく相互作用を in vitro 試験の結果から定量的に予測する方法論について,様々な検討が行われている。代謝酵素の競合・非競合阻害に基づく相互作用については阻害薬濃度と阻害定数との比からある程度評価することができるが,相互作用を過小評価しないためには消化管からの吸収を考慮した肝臓入口における阻害薬濃度を用いる必要がある。また,mechanism-based
inhibition に基づく相互作用については,阻害メカニズムを考慮した in vitro 試験を行い適切なモデルを使用することにより定量的な予測が可能となる。
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6) |
コンピュータを用いた薬物間相互作用の定量的予測
(設楽悦久・加藤基浩・堀江利治・杉山雄一) |
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コンピュータプログラムにより,薬物間相互作用による体内動態変化のシミュレーションを行うことで,相互作用の有無を予測する試みを行った。代謝過程の競合阻害によって生じる薬物間相互作用については,定量的に予測するための各種のパラメータを算出し,それらを用いることで良い予測結果が得られた。同様に,代謝酵素の非可逆的阻害(mechanism based inhibition)やトランスポーターレベルで生じる相互作用についても,予測するための方法論を示す。
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7) |
代謝誘導の評価
(内藤真策) |
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薬物代謝酵素が誘導を受けると薬効あるいは毒性プロファイルが変化し,医薬品の有用性と安全性に影響を与える。誘導作用はヒト肝細胞を用いた検討が一般的であり,典型的な誘導薬を陽性対照にして薬物を曝露し,典型基質の代謝反応から誘導を予測する。さらに,高感度な検出法として代謝酵素のmRNA発現量による評価も可能である。実際的には,まずCYP1AおよびCYP3A酵素の誘導を検討し,これらに対する誘導作用がなければ,その後の検討が軽減される。ヒト肝細胞を用いた誘導の情報は,臨床開発への情報となり,最終的には医薬品の添付文書などに引用して安全性の情報となると考えられる。
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8) |
代謝酵素およびトランスポーターの誘導機構と予測(転写因子による制御)
(小林カオル・千葉 寛) |
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薬物代謝酵素および薬物トランスポーターの誘導の多くは遺伝子の転写活性化によるものである。転写活性化は,主に標的遺伝子の5'上流領域に核内レセプターを含む転写因子(AhR,PXR,CARなど)が結合することに起因する。また,HNF4により転写活性化作用が相乗的に増強することも報告されている。これらの転写活性化には,転写因子に結合し,遺伝子のクロマチン構造を変化させるコアクチベーターも必須である。本稿では,薬物代謝酵素および薬物トランスポーターの誘導機構と誘導の予測実験系について概説する。
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2. |
肝臓,腎臓での取り込み,排泄クリアランス,相互作用の予測 |
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1) |
肝取り込み,排泄の予測
(前田和哉) |
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肝臓は,薬物にとってメインの消失臓器の1つであるため,旧来より in vitro 実験からヒト in vivo における異物解毒機能の予測を試みる研究が,CYPなど代謝酵素を中心に進められてきた。そのなかで近年,肝臓には複数のトランスポーターが血管側・胆管側に発現しており,それぞれ血液からの取り込み・胆汁中への排泄に寄与していることが明らかになるにつれて,体内動態の予測を行ううえでトランスポーターの存在を無視できなくなってきた。本稿では,肝臓に発現するトランスポーターの輸送機能の in vitro 実験による評価法と,その結果を利用した in vivo における機能の予測法について概説する。
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2) |
肝における輸送体のソーティング調節
(伊藤晃成・鈴木洋史) |
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肝細胞におけるベクトル輸送は輸送体の非対称分布がその分子基盤であり,膜表面での輸送体発現変動は薬物の輸送方向性,すなわち肝における薬物処理能力に影響を与える。実際に薬物処理および先天性・後天性の要因により輸送体の膜表面での発現が変動し,その結果として基質薬物の体内動態変動,もしくは疾患そのものの発現に至ることがわかってきた。その原因の多くがタンパク質翻訳後の細胞内ソーティング過程にあることが示されつつあり,各輸送体タンパク質と会合し,膜表面へのソーティングから分解までを制御する分子群の同定と機能解析に注目が集まっている。
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3) |
薬物輸送を制御するアダプタータンパク質
(加藤将夫・内海理恵・辻 彰) |
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これまでのトランスポーター研究は,トランスポーター自身の発現や機能に着目し,医薬品開発や適正使用における重要性を示してきた。一方,トランスポーターと直接相互作用する裏打ちタンパク質(アダプター)は,細胞膜に局在するトランスポーターの足場として,細胞膜での安定化や輸送駆動力を供給する他の膜タンパク質との共局在を促すとともに,トランスポーターの細胞膜へのソーティング,細胞膜での発現量の増加,基質輸送の効率化などへの関与が示唆され,近年研究が進められている。アダプターを共発現させたトランスポーター遺伝子発現系は,新たな生体膜透過スクリーニング系として,その有用性を検証する必要がある。
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4) |
腎臓における薬物輸送の機能評価
(楠原洋之) |
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医薬品の尿中排泄は,糸球体濾過と尿細管分泌による管腔側への排出と管腔側からの再吸収の3つの過程の総和で決定される。近位尿細管で行われる尿細管分泌と再吸収過程にはトランスポーターが関与しているため,発現する分子種,基質認識性や輸送活性の種差は,動物実験からのヒト体内動態の予測性を低下させる。近年,尿細管分泌に関わるトランスポーター群の分子論の解明も進み,発現量・輸送活性の比較が可能になった。また,ヒト組織を薬物動態試験に利用することが可能になった。本稿ではこれらの知見について紹介する。
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5) |
輸送における薬物間相互作用
(設楽悦久) |
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90年代より,薬物の膜透過に関与する薬物トランスポーターがクローニングされ,その実態が明らかになってきたのに伴い,薬物動態におけるそれらの重要性が認識されてきた。そのような背景で,薬物トランスポーターを介した膜透過過程で生じる薬物間相互作用について研究が行われ,多くの報告がなされつつある。薬物トランスポーターを介したメカニズムで生じる相互作用は,肝,腎,消化管などで実際に起きており,それに伴う血中濃度変化が報告されている。また,中枢神経系への移行に関与するトランスポーターでの相互作用は薬効あるいは副作用の変化をもたらす可能性がある。
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6) |
薬物トランスポーター情報統合データベースTP-search
(前田和哉・楠原洋之・杉山雄一) |
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薬物トランスポーターに関する研究の急速な進展により,情報が氾濫しているのが現状であるが,一方でトランスポーターが薬物動態に重要な役割を果たす事例も多く知られてきており,創薬・臨床医療において無視できない存在になってきている。そこで,薬物トランスポーターに関して欲しい情報を容易にウェブ上で検索できるような情報統合データベース「TP-search」を構築した。本データベースでは,基質・阻害薬・誘導薬に関する情報のみならず,薬物間相互作用や遺伝子多型,遺伝病,臓器分布,機能変動など様々な角度から収集した情報をまとめている。
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1) |
血液脳関門の透過性の評価
(寺崎哲也・大槻純男・上家潤一) |
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中枢作用薬の臨床試験の成功確率は8%と極めて低い。脳には,血液脳関門と血液脳脊髄液関門が存在し,異物の侵入が著しく制限されていることが,その主な原因である。したがって,中枢作用薬開発の成否は候補化合物の脳関門透過性に大きく依存し,これを評価することは非常に重要である。近年,種々の手法が開発されたが,万能の手法は存在しない。各手法の特徴を理解して探索・開発の目的に応じた手法を採用することが大切である。本稿では,脳関門輸送機構と脳関門透過性を評価する in vivo および in vitro の手法について解説する。
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2) |
腫瘍細胞における薬物輸送
(色川正憲・玉井郁巳) |
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腫瘍細胞には基本的には正常組織と共通したトランスポーターが発現しているが,その発現量が変動し,より高い発現を示す場合がある。このような腫瘍細胞に発現するトランスポーターを利用した化学療法が期待できる。その手法としては,腫瘍細胞への栄養物供給に働くトランスポーターを抑制する兵糧攻めや,トランスポーターを利用した抗癌剤の細胞内への選択的デリバリーが考えられる。一方,化学療法上問題となっている抗癌剤に対する耐性化にはABCトランスポーターが関与する。多様なトランスポーター分子が腫瘍細胞ごとに特徴を有した発現をしているため,トランスポーター活性の利用によって有用性の高い化学療法が期待できる。
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●第3章 薬物動態研究と毒性の評価,予測 |
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概論:ヒト毒性予測に向けての新規方法論
(池田敏彦) |
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医薬品開発における薬物動態および毒性研究は,探索段階と開発段階の2つの段階で実施されている。近年,開発に失敗する原因として薬物毒性の割合が上昇してきている。したがって,探索段階でヒトでの毒性がないと予想される化合物を選ぶことは重要な課題となっている。薬物動態と毒性には大きな動物種差が存在することや,動物実験で再現できない特異体質性の毒性が知られていることから,動物実験のみでは臨床における薬物毒性を予測することは難しい。ヒトにおける毒性予測のためには従来の方法論に加えて新しい技術や考え方の導入が必須と考えられる。
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1. |
トキシコパノミクスと毒性評価・予測(トキシコゲノミクス,トキシコプロテオミクス,トキシコメタボロミクス)
(堀井郁夫・山田 弘) |
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近年,創薬初期段階の安全性評価において,ゲノム→トランスクリプトーム→プロテオーム→メタボロームに続発した変化を網羅的に検出するトキシコゲノミクス・トキシコプロテオミクス・メタボロミクスの適応が試みられるようになってきている。このことは毒作用の生じる対応した臓器・細胞特有の変化が分子学的に捉えられることを意味し,このような分子毒性学的検索における変動パラメータがそのまま毒性学的安全性評価の新しいエンドポイント(毒性学的バイオマーカー)として規定され,さらに臨床の場に展開される可能性が示唆されている。
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2. |
薬剤によるQT間隔延長および不整脈発現の予測
(山本恵司) |
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近年,医薬品による副作用として,QT/QTc間隔延長に伴う心室性不整脈誘発作用が注目され,その非臨床および臨床評価に関する国際ガイドラインが制定された。同時に,その発症メカニズムや予測に関する科学的知見も集積され,様々な実験系についてバリデーションが行われてきた。これらの実験系は,積極的に創薬研究のプロセスに組み込まれ,創薬の早期段階から副作用発現の予測に用いられるようになっている。本稿では,薬物によるQT/QTc間隔延長および不整脈の発症メカニズムとその予測に関する最新の知見を創薬研究の観点からレビューする。
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3. |
薬剤誘導性の副作用・毒性発現におけるトランスポーターの関与
(前田和哉) |
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通常,薬物が副作用・毒性を発現するためには,まず毒性発現の標的に薬物が十分量到達することが必須である。特に,全身性ではなく特定の部位で発現する毒性については,局所の濃度を制御する分子も毒性発現の程度の決定因子になりうる。薬物トランスポーターは生体内のあらゆる臓器に発現しており,能動的な取り込み・排泄を通じて各部位の濃度を厳密に制御している。本稿では,トランスポーターが直接的・間接的に毒性発現に関与している事例を紹介しながら,トランスポーターの重要性について議論したい。
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●第4章 薬物動態・製剤研究者と,医薬品化学研究者のフィードバック |
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概論:ADMET in silico 予測に基づく創薬
(多田幸雄) |
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医薬品化学研究者(メディシナルケミスト)の役割は,期待される薬理効果のみならず,良好な薬物動態特性と高い安全性を有する「薬」としての化合物を創製することである。そのためには,創薬の初期段階から薬効とともに化合物の吸収,分布,代謝,排泄,および毒性(ADMET)を考慮し,薬として備えているべき性質,いわゆる「薬らしさ= druglikeness」をメディシナルケミストは化合物に付与しなければならない。そのために,化合物の物性(物理化学的性質)に基づいた構造活性相関解析や知識ベースなどに基づく,多様なADMET in silico 予測が試みられ,実際の創薬に応用されている。このようなADMETを重視した創薬の推進において重要なことは,メディシナルケミストと薬物動態および製剤研究者との間の科学的かつ緊密な議論による意志決定である。
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1. |
リード最適化と動態・物性
(松岡宏治) |
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薬剤はターゲットのタンパク質などと相互作用し薬効を発現するが,その前にターゲットまで到達しなければならない。そのためには,水溶性・腸管透過性・代謝安定性・タンパク結合などの様々な動態・物性関連の因子を考慮してメディシナルケミストは化合物を設計・合成する必要がある。創薬における動態・物性研究は非常に重要である。この過程において,メディシナルケミストと動態・物性担当者との関わり方を,筆者の体験談を紹介しながら考えることができればと思う。
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2. |
ADMET予測におけるインフォマティクスの役割
(清水 良・中尾和也・高橋 芳・鳥海 亙) |
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これまで蓄積されてきたADMET(absorption, distribution, metabolism, excretion, toxicity)データからナレッジが抽出され,様々な予測ルールが構築されてきた。最近では,創薬研究の早期段階から,これらナレッジや予測ルールを積極的に取り入れ,分子設計に役立てようという気運が高まっている。メディシナルケミストが容易に分子設計に活用できるように,われわれは比較的予測精度の高い物性予測ソフトを導入し,一括して情報提供する予測システムを構築した。本予測システム構築と合わせて,ADMET予測の具体事例として,in silico パラメータを用いた人工膜透過性および薬剤誘発性リン脂質症の予測について紹介する。
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3. |
動態特性の in silico 予測
(山下富義) |
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コンピュータによる動態特性の in silico スクリーニングは,医薬品開発段階で問題となる不適切な候補化合物を未然に排除することにより創薬研究全体の効率化を実践する手法として高い期待を集めている。その基本的なアプローチは,分子構造から分子自体が有する電気的・立体的・疎水的性質を示す分子記述子を計算し,予測対象となる動態特性との関係を多変量解析により解析するものである。これまでに,消化管吸収,脳移行,薬物代謝に関する数多くの予測モデルが開発されており,本稿ではこれらの研究成果を概説する。
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4. |
トランスポーターの3D-QSAR解析 Ligand-Based Drug Design手法からのアプローチ
(広野修一) |
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医薬品開発の初期の段階から薬物動態の最適化を考慮することは,創薬の効率化のうえで重要である。薬物トランスポーター群は,消化管,脳,肝臓,腎臓など様々な組織の細胞膜上に発現して,薬物の輸送に重要な役割を果たしているため,トランスポーターリガンドの三次元ファーマコフォアを同定し,トランスポーター-リガンド相互作用を解析することは,現代の合理的医薬品開発におけるキーポイントである。ここでは,われわれの行ったLigand-Based Drug Design手法を活用したrat organic anion transpoter 1および3のリガンドに対する三次元定量的構造活性相関解析とトランスポーター-リガンド複合体モデルの構築について解説する。
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5. |
QIDSMの考え方,提唱
(設楽悦久) |
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膨大な化合物の中から,理想的な体内動態特性,高い薬理活性を有しており,なおかつ副作用の可能性が低いものを選び出す手法として,QIDSMという方法を提唱する。この方法では,複数ある医薬品候補化合物に対するそれぞれの体内動態特性や薬理活性などを評価するためのそれぞれのスクリーニングの項目で優れた点があったものを選び出すのではなく,それぞれの結果を総合的に用いて評価し,例えば薬効を発現する投与量と毒性用量の差が大きいものを安全な医薬品候補として開発を進めるなどの判断をするものである。本稿で,この手法について解説する。
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●第5章 前臨床から臨床へのトランスレーション |
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概論:非臨床データから臨床データへのブリッジング
(樋坂章博) |
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非臨床から臨床へとデータをブリッジングする方法には,大別してモデル依存的方法とアロメトリック法がある。モデル依存的方法はより複雑だが,例えば代謝酵素に遺伝子多型があるなど条件が変化した場合でも科学的根拠に基づく予測が可能という特質をもつ。現在の医薬品開発戦略は一般に多くの患者に効果を示す薬を優先するものであるが,今後は限定した患者に明確な薬効を示すタイプへと重点が移ると予想される。その場合には,患者を選択する情報を得るために非臨床と臨床データの緊密なブリッジングがより一層重要性を増すであろう。
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1. |
体内動態個人差のメカニズム-代謝酵素(遺伝子多型,多型以外のメカニズム)
(家入一郎) |
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薬物代謝能の個人差を規定する遺伝子情報には,塩基配列の違いとして認識されるものと認識が困難なものがある。前者は遺伝子多型として臨床応用されている。後者にはアレル不均等発現やメチル化が含まれ,エピジェネティクスと呼ばれる。CYP3A4やCYP1A2遺伝子発現が例として挙げられる。さらに最近では,遺伝子発現制御機構としてCNV (copy number variant)やRNA干渉であるmiRNAの存在が指摘される。miRNAのターゲット遺伝子を in silico で検索すると,多くの代謝酵素やトランスポーター遺伝子がヒットする。CYP1B1を標的とするmiR-27が機能例として挙げられる。個人差解明には多くの多型・非多型のメカニズムが関与すると予想される。
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2. |
体内動態個人差のメカニズム:トランスポーター
(前田和哉) |
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薬物の体内動態を決定する要因として,代謝酵素に加えてトランスポーターの役割がクローズアップされるにつれ,代謝酵素と同様,トランスポーターの遺伝子多型についても薬物動態・薬効・副作用の個人差を生み出す原因になりうるということで,解析が進められてきた。現時点では,複数の臨床研究をもって,特定の遺伝子多型が各薬物の体内動態に与える影響について統一した見解が得られているものは数少ないが,さらなる検証のため臨床研究と in vitro 実験の両方に基づく機能変化の予測がますます推進されることが期待される。本稿では,トランスポーターの遺伝子多型に絡む現状をまとめて紹介したい。
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3. |
ゲノム情報を基盤としたタクロリムス体内動態解析と個別化免疫抑制療法への応用
(福土将秀・乾 賢一) |
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臨床における薬物動態(PK:pharmacokinetics)の個体間・個体内変動機序を解明することは,薬物治療の個別化を推進するうえで重要である。近年,薬物動態や薬効,副作用の個人差のメカニズムについて,ゲノム(genome)のレベルで解明することをめざすファーマコゲノミクス(pharmacogenomics)研究が進展しつつある。本稿では,免疫抑制剤タクロリムスの体内動態について,生体肝移植患者のゲノム情報を活用したポピュレーションPK?/ファーマコゲノミクス解析によって得られた知見と,現在われわれが展開している個別化免疫抑制療法について紹介する。
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4. |
臨床薬物動態の実践,トランスレーショナルPK/PD研究:ワルファリン
(高橋晴美・越前宏俊) |
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ワルファリンの投与量に認められる大きな個人差には体内動態と感受性の個体差が関与している。ワルファリンの体内動態の個体差には肝代謝活性,すなわち主代謝酵素であるCYP2C9活性の個人差が影響している。ワルファリンの肝代謝活性低下の原因の1つとして CYP2C9*3 変異が関与しているが,この変異のみでは日本人のワルファリンの肝代謝活性の個体差の4%前後を説明できるにすぎない。ワルファリンの感受性の個体差には作用タンパクであるビタミンKエポキシド還元酵素(VKOR)活性が影響し,VKORC1 遺伝子変異をもつ患者は感受性が高い。日本人患者の約8割はこの変異をホモ型で有しており,日本人のワルファリン平均投与量が白人より少ないことに寄与している。
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5. |
バーチャルクリニカルトライアル
(加藤基浩) |
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薬物の体内動態に大きな個体差が存在することが知られており,効果あるいは毒性の発現も個人により異なっている。薬物を効率的に開発あるいは適正使用するためには,薬物動態の個体差を予測するシステムを構築することが必要である。本稿では,薬物動態個体差予測システムを開発するための考え方,個体差を生む原因となる因子のデータベースの作成,シミュレーション方法およびその結果について示した。
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