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内容目次 |
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序文 (副島英伸) |
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●第1章 エピゲノム総論 |
1. |
DNAメチル化の分子機構
(原 聡史・副島英伸) |
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代表的なDNAメチル化であるシトシンのメチル化は,最も古くから研究されているエピゲノム修飾であり,CpG配列が豊富なゲノム領域(CpGアイランド)のシトシンがメチル化されることで遺伝子の発現を負に制御する。DNAメチル化は維持メチル化と新規メチル化に分類され,一方で脱メチル化も能動的脱メチル化と受動的脱メチル化に分類される。哺乳類の個体発生を通じたDNAメチル化の変化は,DNAメチル化酵素が複数の分子機構と協調して行われていることが明らかになってきており,ヒトの先天性疾患とも関与する。
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2. |
ヒストン修飾
(田中美佐子・木村 宏) |
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ヒストン修飾は,DNAメチル化と並び,エピジェネティックな遺伝子発現制御に重要な役割を果たしている。ヒストンの翻訳後修飾はリン酸化,メチル化,アセチル化など様々あり,環境に応じてダイナミックに変化しうる。個々の細胞におけるヒストン修飾は,ヒストン修飾特異的抗体を用いた免疫染色で可視化可能である。さらに近年,次世代シークエンサーの技術の進歩により,ヒストン修飾の異常が予想以上に多くの疾患と関連していることが明らかになってきた。
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3. |
クロマチンリモデリング因子
(大角 健・鯨井智也・胡桃坂仁志) |
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真核生物のゲノムDNAは,核内でクロマチン構造を形成している。クロマチンリモデリング因子は,クロマチンの基本単位であるヌクレオソームの位置や性質を変化させ,転写や複製,修復などの核内プロセスを制御することで,細胞活動や発生・分化の制御を司っている。本稿では,近年の立体構造研究から明らかになったヌクレオソームリモデリングの中間構造をもとに,リモデリングの共通した分子メカニズムとそこから派生する機能について概説し,最後に疾患との関連を紹介する。
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●第2章 エピゲノム解析技術 |
1. |
ヒト疾患研究のためのDNAメチル化解析技術
(中林一彦) |
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がんや多因子性疾患に加えて,先天性希少疾患を対象としたエピゲノム解析の重要性が認識されつつある。一部の遺伝性疾患群についてDNAメチル化情報補完によるゲノム診断率向上が示されたためである。主にコスト面での制約から,多検体を対象としたエピゲノム解析研究のほとんどで,アレイ法やキャプチャーシーケンス法など,ゲノムに存在する約2800万ヵ所のCG配列のうち3〜13%程度のみを解析対象とする方法が採用されている。近年のシーケンスコスト低下や新技術開発に伴い,真のゲノムワイドメチル化解析を大規模に実施する基盤が徐々に整いつつある。領域限定のDNAメチル化解析についても,多数領域のマルチプレックス増幅が可能なアンプリコンシーケンス法など,新たな方法が確立されている。
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2. |
ヒストン修飾解析・クロマチン構造解析
(富松航佑・大川恭行) |
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先天性疾患の原因はゲノム変異による遺伝子の欠失や重複だけでなく,エンハンサーやプロモーターにおける遺伝子発現制御の破綻,すなわちエピゲノム異常が重要であることが示されてきている。このエピゲノム制御が正常に行われていることを調べるためには,転写因子の結合するクロマチン構造を解析し,理解する必要がある。本稿では,次世代シークエンサーを用いたクロマチン構造解析技術について概説する。特にわれわれが力を入れている単一細胞エピゲノム解析技術,ChIL-seqについて詳説する。
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3. |
エピゲノム編集による先天性疾患モデル動物の作製
(堀居拓郎・森田純代・畑田出穂) |
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ゲノム編集技術の出現により,ゲノム上の狙った領域のDNA塩基配列を改変した動物が簡単に作られるようになってきた。この技術のターゲット認識機構を利用したエピゲノム編集技術は,ゲノム上の狙った領域へのエピゲノム変異の導入を可能にする。本稿では,エピゲノム編集技術について紹介し,その応用による新たな先天性疾患モデル動物としてのエピゲノム編集動物を提案する。
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●第3章 先天性疾患 |
1.インプリンティング疾患 |
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1) |
Beckwith-Wiedemann症候群/Silver-Russell症候群
(副島英伸) |
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ゲノムインプリンティングとは,配偶子形成過程で印づけられたエピゲノム情報に従い,一方のアレルが選択的に発現する現象である。インプリント遺伝子は,様々な生命現象に重要であることから,インプリント遺伝子の発現に異常が生じるとインプリンティング疾患が惹起される。Beckwith-Wiedemann症候群とSilver-Russell症候群は,代表的なインプリンティング疾患である。両疾患は,臨床症状が鏡面像を示し,発症機構もお互いに逆のパターンを示すことが多い。また,マルチローカスインプリンティング異常を示す頻度や生殖補助医療出生児での発症リスクも高い。新たな解析技術により,これらの分子機構がさらに明らかになることが期待される。
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2) |
Angelman症候群とPrader-Willi症候群の分子遺伝学
(太田 亨・高井理衣) |
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Angelman症候群(AS)とPrader-Willi症候群(PWS)は臨床症状が異なるが,多くは親由来の異なる同じ染色体欠失部位で発症する。その原因遺伝子は,ASは神経細胞では母親由来染色体から発現し,ユビキチンリガーゼをコードするUBE3 遺伝子であり,PWSは父親由来染色体から発現する巨大な転写産物のイントロンに存在するsnoRNAの一つであるSNORD116 である。このインプリンティング領域は,調節中枢が存在し,PWS-IC(imprinting control center)で維持されAS-ICは母親由来エピジェネティックの確立を行っている。最近の希少疾患治療薬としてASに対してトポイソメラーゼ阻害剤が有力視されている。
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3) |
Kagami-Ogata症候群/Temple症候群
(鏡 雅代) |
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14q32.2領域にはインプリンティング遺伝子が一群となって存在する。父性発現遺伝子の過剰発現および母性発現遺伝子の発現消失を示すKagami-Ogata症候群は,疾患特異的臨床像としてベル型小胸郭,特徴的顔貌を,疾患に特徴的な臨床像として腹壁異常,羊水過多,胎盤過形成を呈する。父性発現遺伝子の発現消失,母性発現遺伝子の過剰発現を示すTemple症候群は出生前後の成長障害,筋緊張低下,小さな手,思春期早発症といった非特異的な臨床像を示すことから,確定診断には遺伝子診断が必要である。
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4) |
新生児一過性糖尿病(染色体6q24関連糖尿病)
(依藤 亨) |
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新生児一過性糖尿病は生後6ヵ月以内に発症し,18ヵ月以内に寛解する糖尿病の総称で,うち70%は6番染色体長腕6q24部位のインプリント領域の異常によるもの(6q24関連糖尿病)である。同部位の非メチル化父由来アリルの過剰によって生じることが知られており,①父由来アリルの重複,②父性片親性ダイソミー,③母アリルの低メチル化のいずれかによって起こる。寛解後,高頻度に思春期以降に再発し,以後は持続性である。新生児糖尿病の病歴なく若年発症糖尿病をきたすこともある。
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5) |
偽性副甲状腺機能低下症Ⅰ型の臨床像と分子遺伝学的異常
(佐野伸一朗) |
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偽性副甲状腺機能低下症Ⅰ型(PHP-Ⅰ)は,副甲状腺ホルモン(PTH)抵抗性を呈する稀な内分泌疾患である。PTH抵抗性に加え,低身長や肥満といったAlbright hereditary osteodystrophy(AHO)の有無でPHP-ⅠaとPHP-Ⅰbに分類される。本症の発症には,インプリンティング遺伝子であるGNAS が関与している。従来PHP-ⅠaはGNAS 変異,PHP-ⅠbはGNAS メチル化異常によるものとされてきた。しかし,臨床像と遺伝学的異常がオーバーラップする症例が存在することが判明してきている。また新たなGNAS 構造異常やメチル化異常に起因するPHP-Ⅰが報告されてきている。本症は,臨床的にも分子遺伝学的にも非常に興味深いヒトインプリンティング疾患である。近年,本疾患はGNAS 関連疾患として新たな臨床分類が提唱されている。
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2.DNAメチル化異常症 |
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1) |
ICF症候群
(鵜木元香) |
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ICF症候群は免疫不全と染色体の不安定性,顔貌異常を主徴とする常染色体潜性(劣性)遺伝病で,染色体の不安定性はセントロメアおよびペリセントロメアを構成する反復配列の低メチル化と関連する。本症候群の原因遺伝子として,DNMT3B,ZBTB24,CDCA7 およびHELLS が同定されている。DNMT3Bはde novo DNAメチル化酵素であり,ZBTB24はCDCA7 の転写活性化因子である。そしてCDCA7とHELLSはクロマチンリモデリング複合体を形成し,後期DNA複製領域の維持DNAメチル化に寄与する可能性が見えてきた。本稿では,これら原因遺伝子がコードするタンパク質の機能解析から見えてきた本症候群の分子病態の最新知見を紹介する。
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3.メチル化DNA結合タンパク異常症 |
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1) |
Rett症候群
(中嶋秀行・青蛛@圭・岡田可南子・中島欽一) |
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Rett症候群(RTT)は自閉症や精神遅滞,失調性歩行,特有の手もみ動作を主徴とする進行性の神経発達障害である。メチル化DNA結合タンパク質methyl-CpG binding protein 2
(MECP2)遺伝子の変異により発症することが知られているものの,治療法は現時点では対症療法のみである。近年の精力的な研究により,転写活性化因子やmicroRNAプロセシング制御因子としても機能するなど,様々なタンパク質と相互作用することで多様な機能を発揮し,遺伝子発現を制御することが明らかとなってきた。今後RTT発症の分子メカニズムの理解がより進むことで,治療薬の開発が期待される。
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4.ヒストン修飾異常症 |
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1) |
Sotos症候群
(Sotos症候群) |
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Sotos症候群(SS)は,過成長,特徴的な顔貌,学習障害を特徴とする。原因遺伝子は,染色体5q35に位置するNSD1 遺伝子であり,5q35の微小欠失または遺伝子内の変異によるハプロ不全により発症する。NSD1タンパクは,ヒストンH3リジン36をモノメチル化およびジメチル化する酵素である。これまでに,NSD1の標的となる候補遺伝子やNSD1が遺伝子間領域のDNAメチル化を制御することが報告されている。しかしながら,これらの要因とSS発症との関連性は依然不明であり,その発症メカニズムはほとんどわかっていない。
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2) |
Wolf-Hirschhorn症候群
(河合智子) |
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Wolf-Hirschhorn症候群(WHS,OMIM 194190)は隣接遺伝子症候群であり,知的障害,先天奇形を特徴とし,4番染色体短腕末端の部分的欠失(4p-)によって引き起こされる。4pに含まれる個々の遺伝子がWHSの種々の症状にどのように影響を及ぼすかは,本邦のInitiative on Rare and Undiagnosed Diseases(IRUD)事業をはじめ,NGSを導入した世界的な先天性疾患の原因遺伝子の同定作業や,ゲノム編集技術を導入した分子生物学的解析により,全解明される日も近いと考えられる。本稿では,WHSの疾患責任と考えられている領域に含まれるNSD2 遺伝子がWHSの病態に及ぼす可能性について,関連する報告を総説する。
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3) |
Kabuki症候群
(木下 晃・吉浦孝一郎) |
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Kabuki症候群は,KMT2D 遺伝子またはKDM6A 遺伝子の機能喪失によって発症するヒトの奇形症候群の一つである。一遺伝の変異によって発症することから,単純病態と考えられがちであるが,他のヒストン修飾酵素異常症と同様に,症状表出や細胞内の生化学的変化については,まだまだ未知の部分が多い。その複雑さについて最新の知見を概説するとともに,最近提唱されているepisignatureにも言及する。
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4) |
Kleefstra症候群の分子機構
(山田亜夕美・眞貝洋一) |
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Kleefstra症候群はヒストンメチル化酵素EHMT1/GLPのハプロ不全により引き起こされ,主症状として発達障害や知的障害などを呈する遺伝病である。しかし,これまでどの細胞にとっても必須であるエピゲノム因子の欠損がなぜ精神神経症状を発症するのか不明であった。近年,Ehmt1 欠損マウスをモデルマウスとして研究が進められ,本疾患の分子機構が少しずつではあるが明らかになりつつある。それにより本疾患の治療法開拓への期待が高まることも合わせて紹介したい。
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5) |
Rubinstein-Taybi症候群
(岡本伸彦) |
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Rubinstein-Taybi症候群(RSTS)は特徴的顔貌,幅広い母指趾,低身長,精神遅滞を特徴とする先天異常症候群である。CREBBP とEP300 の2種類の責任遺伝子がある。CREB(cAMP response element binding protein)は転写制御因子であり,各種細胞で恒常的に発現し,細胞増殖や分化,維持などに関わる。CREBBPはリン酸化CREBと結合するほか,様々な転写活性化因子における共通の共役因子として機能する。CREBBPもEP300もヒストンアセチルトランスフェラーゼ活性を有する。CREBBPの機能喪失変異により,転写制御の異常やヒストンのアセチル化不全がRSTSの病因と考えられる。HDAC阻害剤を用いた治療について検討が行われている。
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6) |
Say-Barber-Biesecker-Young-Simpson症候群
(黒澤健司) |
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Say-Barber-Biesecker-Young-Simpson症候群(SBBYSS,MIM #603736)は,特徴的な顔貌,中等度から重度の知的発達の遅れ,眼瞼裂狭小,骨格異常,甲状腺機能低下症,外性器異常などを特徴とする先天異常症候群である。ヒストンアセチル化酵素であるlysine acetyltransferase 6BをコードするKAT6B のハプロ不全,ないしは機能喪失変異を原因とする。最近になり,ヒストン修飾酵素を原因とする先天異常症候群のモデル動物で,HDAC(histone deacetylase)阻害剤が神経発達に有効であることが報告されつつあり,本症候群の治療でも今後新しい展開が期待されている。
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7) |
Weaver症候群
(三宅紀子) |
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Weaver症候群は,出生前から始まる過成長,骨成熟亢進,様々な程度の発達遅延,知的障害,特徴的顔貌を特徴とする稀な先天奇形症候群である。疾患遺伝子はEZH2 であり,常染色体優性遺伝を呈する。EZH2 のde novo 変異による孤発例が多いが,親子例の報告もある。EZH2 は,クロマチン凝集と転写抑制を行うpolycomb repressive complex 2(PRC2)の構成分子EZH2をコードするが,PRC2の他の構成分子をコードするSUZ12 やEED の病的変異による本症候群に類似した過成長症候群が知られている。
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5.クロマチンリモデリング因子異常症 |
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1) |
Coffin-Siris症候群
(亀山真一・松本直通) |
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全エクソーム解析によってCoffin-Siris症候群が主に常染色体優性遺伝形式のクロマチンリモデリング因子異常症であることが明らかになった。クロマチンリモデリング因子のうちBAF複合体はヌクレオソームに作用し遺伝子転写などを可能な状態する。Coffin-Siris症候群症例では,このBAF複合体を構成する複数のサブユニットをコードする責任遺伝子に変異が観察され,その表現型(症状)と遺伝型(変異)の関連は部分的な傾向が観察される。
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2) |
ATR-X(X連鎖αサラセミア・知的障害)症候群
(和田敬仁) |
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ATR-X症候群は,クロマチンリモデリング因子ATRXをコードする遺伝子ATRX の機能喪失変異により発症するX連鎖性知的障害症候群の一つである。ATRXはテロメアやセントロメアなどのヘテロクロマチンの形成維持に関わっている。ATRXはグアニン四重鎖構造に結合し,周囲の遺伝子発現を調節する。5-アミノレブリン酸は,体内でG4構造に結合能をもつポルフィン化合物に代謝され,ATR-X症候群において発現異常を呈している遺伝子の発現を正常化させる治療法として期待される。
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3) |
CHARGE症候群
(松永達雄) |
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CHARGE症候群は眼,心臓,後鼻孔,脳,外陰部,耳などの多発先天奇形および成長と発達の遅れなどを呈する疾患で,原因はCHD7 遺伝子変異である。出生20,000人に1人ほどの頻度である。クロマチンリモデリングにより標的遺伝子の発現を制御するCHD7タンパクが,CHD7 遺伝子変異で十分に産生されないために発症する。治療は手術による奇形の修復と支援的医療が中心となる。常染色体優性遺伝の疾患で,ほとんどの患者は新生突然変異である。多彩な症状を発症するため専門家によるチーム医療が必要であり,遺伝学的検査による早期診断が望ましい。
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6.その他のエピゲノム異常症 |
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1) |
Cornelia de Lange症候群とその関連疾患
(坂田豊典・白髭克彦) |
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コヒーシン複合体は姉妹染色分体間接着に加えて,転写をはじめとする種々の染色体機能制御に関わっており,コヒーシンおよびその関連タンパク質をコードする遺伝子の変異によって,様々な発生疾患が引き起こされることが知られている。コヒーシンとその制御因子の遺伝子変異を原因とする疾患は,Cornelia de Lange症候群(CdLS)を代表として総じてコヒーシン病と呼ばれており,その臨床症状は多岐にわたる発生異常を特徴としている。これまでの研究から,各疾患における遺伝子変異による影響の解析や発症メカニズムの解明が進められている。
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2) |
CTCF関連神経発達症
(齋藤伸治) |
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CCCTC-binding factor(CTCF)は最も重要なクロマチンオーガナイザータンパクの一つであり,クロマチン構造の維持,クロマチンレベルでの遺伝子発現調整,インスレーター機能,ゲノムインプリンティング,X染色体不活化などに極めて重要な役割を果たしている。2013年に知的障害を主たる症状とする患者にCTCF遺伝子のde novo バリアントが同定され,CTCFのハプロ不全が知的障害を中心とする神経発達症(neurodevelopmental disorder)の原因となることが示された。CTCF関連神経発達症の患者は正常なクロマチン構造やエピゲノムの破綻が疾患を発症するモデルとして貴重な役割を果たしている。
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●第4章 周産期疾患・DOHaD |
1. |
生殖補助医療とエピゲノム疾患
(樋浦 仁・服部裕充・有馬隆博) |
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近年普及している生殖補助医療(ART)は,配偶子操作,受精卵の体外培養,受精卵凍結などの人為的な操作により,ゲノム・エピゲノムに多様な変異を誘発する可能性が指摘されている。最近,ヒト卵子・精子の受精後のメチル化のダイナミックな変調についても報告されている。また,ART出生児の先天性インプリンティング異常症や精神発達障害の発症頻度が高いことが報告されている。本稿では,その概要について説明する。
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2. |
環境によるエピゲノムの変化と次世代への影響
(秦 健一郎) |
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エピゲノムは,環境因子の影響を受けて変化することがあり,ゲノムの機能を微調整して環境適応に役立てていると考えられる。モデル生物では,このようなエピゲノム変化が次世代へ伝搬することが明確に示され,一部はその詳細な分子メカニズムも明らかになっている。ヒトでも,疫学的な研究成果から,ゲノム以外の情報が次世代に「遺伝」していることが強く示唆され,大規模配列解析技術や大規模出生コホート研究を利用した正確な解析が待たれる。
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3. |
DOHaD 分子疫学
(佐藤憲子) |
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DOHaD(developmental origins of health and disease)では,糖尿病,高血圧などのnon-communicable diseases(NCDs)の発症には,発達期環境が影響していると考えられている。現在その疾患発症のメカニズムは明らかではないが,環境因子によるエピゲノム変化が関与していると予想されている。そこで出生前コホートの疫学研究では,メチレーションアレイを用いた新生児DNAメチル化変化の解析が数多くなされるようになった。本稿では,そのような研究を中心に最近の代表的なDOHaD分子疫学研究の成果を概説し,今後の課題を整理し,将来を展望する。
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4. |
DOHaD エピゲノム変容の視点から
(伊東宏晃) |
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ヒトの疫学研究ならびにその成果を支持する動物実験から,配偶子,胎芽,胎児,新生児,乳幼児など広い意味での発達期における環境の変化が,成人期,老年期の健康あるいは生活習慣病や広くnon-communicable diseases(NCDs)の発症リスクに影響を及ぼすというdevelopmental origins of health and diseases(DOHaD)学説が提唱されている。その具体的なメカニズムとして,発達期の環境因子によるエピゲノムの変容が注目されている。エピゲノムの変容として,DNAのメチル化,クロマチンのリモデリング,non-coding RNA,エピジェネティックな不均等性(asymmetry)などが知られている。本稿ではDOHaDの視点からDNAのメチル化につき概説し,クロマチンのリモデリングについて概説とともにわれわれの成績を紹介する。
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●第5章 エピゲノム治療・創薬 |
1. |
DNAメチル化阻害剤
(服部奈緒子・牛島俊和) |
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古くから殺細胞効果が知られていたDNAメチル化阻害剤は,遺伝子活性化作用をもつことが知られるようになった。最近,低用量・長期間投与によるエピゲノムリプログラミング効果やウイルス感染模倣作用,標的細胞の微小環境への作用も明らかとなった。すでに血液腫瘍に対しては臨床応用されており,固形腫瘍に対しても抗がん剤や免疫療法との併用療法の開発が進められている。既存の阻害剤よりも安定で副作用の少ない阻害剤の開発も進んでおり,より多くのがん種への適応,さらにはがん以外の疾患への応用も期待される。
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2. |
ヒストンメチル化制御阻害剤
(鈴木美穂・近藤 豊) |
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がん細胞で見出されたエピジェネティック異常の知見をもとにヒストンメチル化を制御する化合物が開発された。そのいくつかは臨床治験に進み,一部のがん種において有望な臨床試験結果が得られた。特にヒストンH3の27番目のリジン残基(H3K27me)をメチル化するヒストンメチル化酵素EZH2に対する阻害剤タゼメトスタット(EPZ-6438)は,2020年に抗腫瘍薬として米国食品医薬品局(FDA)に認可された。本稿では開発研究がめざましいヒストンメチル化制御化合物について,EZH2阻害剤を中心にがん治療における可能性について解説する。
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3. |
ヒストンアセチル化制御薬
(鈴木孝禎) |
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ヒストンのアセチル化は,ヒストンアセチル基転移酵素(HAT)とヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)によって,可逆的に制御されている。ヒストンがアセチル化されると,ブロモドメイン(BRD)タンパク質を介して転写が活性化される。HAT,HDAC,BRDタンパク質の発現異常や機能異常は,がんなどの疾患に関与することから,ヒストンアセチル化制御薬の創製,医薬品としての開発が行われ,いくつかのHDAC阻害剤が抗がん剤として臨床応用に至っている。また,ヒストンアセチル化制御薬は,先天性疾患の治療薬としても期待され,研究が進められている。
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●索引 |