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内容目次 |
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● |
序文 (村山 圭) |
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総論 |
1. |
ミトコンドリア病入門
(小坂 仁) |
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ミトコンドリア病は,ATP産生障害のために,エネルギー需要の大きい臓器に障害をきたす疾患である。新生児から成人まで,あらゆる年齢で発症する。てんかんや知的障害,卒中発作などの神経症状,網膜色素変性などの眼症状,感音性難聴などの耳症状,進行性の筋力低下や眼球運動制限,心伝導障害,心筋症などの心症状,低身長,甲状腺機能低下症,糖尿病などの内分泌症状,凝固能低下や肝機能障害などの肝症状,糸球体硬化症,腎尿細管機能異常などの腎症状,強度の貧血などの血液症状など,あらゆる臓器障害をきたしうる。感染などを契機として,エネルギー需要が高まる際に,症状・検査値が悪化する特徴をもつ(卒中,てんかん発作,脳神経症状,乳酸値上昇,トランスアミナーゼ上昇など)。複数の臓器にまたがる疾患では,ミトコンドリア病を想起することが重要である。
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2. |
先天代謝異常症の歴史(尿素サイクル異常症→脂肪酸代謝異常症→ミトコンドリア病)
(高柳正樹) |
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先天代謝異常症の診断や治療法,病態の解明などは測定機器の進歩につれて開発されてきたものと思われる。ミトコンドリア病に関しても次世代型シークエンサーの開発により,その診断や病態の解明が著しく進んだと考えられる。ことにアミノ酸自動分析器,ガスクロマトグラフィー質量分析器,タンデム質量分析器,次世代シークエンサーの出現は画期的であり,それぞれアミノ酸代謝異常症(尿素サイクル異常症を含む),有機酸代謝異常症,脂肪酸代謝異常症,ミトコンドリア病の診断,病態の解明,治療法の発達に大きく寄与した。
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●第1章 ミトコンドリア病の診断 |
1. |
ミトコンドリア病の生化学的診断
(志村 優) |
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従来用いられてきた多くのミトコンドリア病診断基準は,組織を用いた生化学検査をより重視したものであり,診断基準を満たさず"possible"とされる症例が多く存在していた。次世代シーケンサーの普及以降,WESなどの遺伝子検査がfirst-lineの検査として選択され,遺伝学的に確定診断される症例が増えたことで,筋生検などの侵襲的な検査の頻度が減少傾向にある。しかしながら,新規病因遺伝子やバリアントの病原性を証明するためには,組織を用いた生化学検査が必須であるため,遺伝子検査と同時に侵襲性に配慮した適切な組織を採取し,包括的に検査を進めていくことが重要である。
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2. |
ミトコンドリア病における包括的遺伝子検査
(木下善仁・岡﨑康司) |
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厚生労働省の定める難病指定となっているミトコンドリア病は,先天代謝異常症の中で最も頻度が高く,出生5000人に1人の割合で発症するとされている。ミトコンドリア病はミトコンドリアDNAと核にコードされたミトコンドリア関連遺伝子の異常により発症する。われわれはミトコンドリア病と診断された900名超の患者でパネル検査および全エクソーム解析を実施した。その結果,およそ36%の症例で原因となる遺伝子変異を同定した。また,従来のゲノム解析にRNA-seqやプロテオーム,全ゲノム解析をプラスした,マルチオミクス解析から疾患原因解明に取り組んでいる。
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3. |
ミトコンドリア病の筋病理
(井上道雄・西野一三) |
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ミトコンドリア病は多彩な症状を呈するが,骨格筋は最も高頻度に障害される臓器の一つである。特に骨格筋が罹患している場合,ミトコンドリア異常を反映した筋病理所見や各病型に特徴的な筋病理所見は診断に有用である。血液や皮膚線維芽細胞などが非罹患臓器である場合などは,それらを用いた生化学的解析や遺伝学的解析では診断が困難な場合もあり,今なお筋病理学的評価の果たす役割は大きい。本稿ではミトコンドリア病に関する筋病理の総論と代表的な病型の筋病理所見について概説する。
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4. |
ミトコンドリア肝症の肝病理−ミトコンドリアDNA枯渇症候群を中心に−
(谷川 健・草野弘宣・矢野博久・鹿毛政義) |
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ミトコンドリア肝症(MH)の病理組織所見について,ミトコンドリアDNA枯渇症候群(MTDPS)を中心に述べる。MHの肝病理組織は小滴性あるいは大滴性の脂肪変性,胆汁うっ滞,線維化などが主要な所見であり,これらは非特異的であるとされている。しかし,MH症例の中には特徴的と思われる組織所見がみられる。MHは病理組織所見から確定診断することはできない。MHの確定診断のためには遺伝子変異検索が必要である。MHの鑑別として,新生児・乳幼児期に胆汁うっ滞あるいは脂肪変性をきたす疾患をあげ,解説する。
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5. |
バイオマーカーの開発
(八ツ賀秀一) |
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ミトコンドリア病は,臨床的にも遺伝的にも多様で診断に苦慮する疾患である。有効な治療法はなく,確立したバイオマーカーもまだない。バイオマーカーの開発は,診断だけでなく病態の解明,ひいては治療の開発につながる重要なテーマである。本稿では,従来のバイオマーカーだけでなく最近話題のバイオマーカーについても述べる。現状のミトコンドリア病診断には,しっかりと臨床所見を見極め,必要に応じた複数のバイオマーカーや画像を考慮することが重要である。
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●第2章 ミトコンドリア病の臨床病型 |
1. |
MELASにおける脳卒中様発作
(飯塚高浩) |
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MELASは,頭痛,てんかんおよび脳卒中様発作を特徴とするミトコンドリア脳筋症である。約50種類以上のMELAS関連遺伝子変異が報告されているが,tRNALEU(UUR)A3243G点変異がMELAS患者の80%を占めている。代謝性,血管性およびてんかん原性仮説が提唱されているが,脳卒中様発作の病態はいまだ不明である。脳卒中様発作の表現型の多様性も報告されており,病態は均一ではない可能性がある。L-アルギニンやタウリンなど脳卒中様発作に有効とされる治療薬が使用されているが,根本的な治療法はない。
なお,2019年12月,欧州のミトコンドリア病の専門家からなるグループから,脳卒中様発作を「てんかん性脳症」とする合意声明が発表された。
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2. |
Leigh脳症
(宮内彰彦・小坂 仁) |
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MELASは,頭痛,てんかんおよび脳卒中様発作を特徴とするミトコンドリア脳筋症である。約50種類以上のMELAS関連遺伝子変異が報告されているが,tRNALEU(UUR)A3243G点変異がMELAS患者の80%を占めている。代謝性,血管性およびてんかん原性仮説が提唱されているが,脳卒中様発作の病態はいまだ不明である。脳卒中様発作の表現型の多様性も報告されており,病態は均一ではない可能性がある。L-アルギニンやタウリンなど脳卒中様発作に有効とされる治療薬が使用されているが,根本的な治療法はない。
なお,2019年12月,欧州のミトコンドリア病の専門家からなるグループから,脳卒中様発作を「てんかん性脳症」とする合意声明が発表された。
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3. |
バリン代謝異常症としてのECHS1 異常症,HIBCH 異常症
(小川えりか) |
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バリン代謝に関わるECHS1 とHIBCH の異常により,ミトコンドリア機能を障害する有害物質が蓄積し,Leigh脳症などを発症する。バリン制限がミトコンドリア障害を軽減できる可能性があり,低タンパク食やバリン除去食が試みられている。HIBCH については有効例がある一方で,ECHS1 については現時点で明確な効果は得られていない。しかし,今後発症前症例への適用などが出てくれば,ミトコンドリア病の発症予防の道が開ける可能性もある。ミトコンドリア病は臨床病型の診断にとどまらず,背景にある生化学的・遺伝学的異常を明らかにし,病態に即した治療法を提案していく時代に入った。
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4. |
慢性進行性外眼筋麻痺/Kearns-Sayre症候群
(内野俊平・三牧正和) |
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慢性進行性外眼筋麻痺は,ミトコンドリア病の一病型で,眼瞼下垂・眼球運動障害を主症状とする。他に筋力低下や多臓器の合併症を伴うことがあり,網膜色素変性症,心伝導障害を伴う重症型はKearns-Sayre症候群と呼ばれる。原因はミトコンドリアDNA(mtDNA)の欠失・重複・点変異などであり,突然変異による単一欠失が最も多い。多重欠失の場合にはmtDNA複製・維持に関わる核遺伝子の異常が疑われる。血液・髄液中の乳酸上昇,髄液タンパク上昇,筋病理での赤色ぼろ線維や部分的COX欠損の所見が診断に有用である。治療法は確立しておらず,対症療法が行われる。
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5. |
ミトコンドリア心筋症/総論
(武田充人) |
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ミトコンドリア心筋症は原因不明の二次性心筋症の鑑別疾患として最近注目を集めている。代表的なミトコンドリア病の随伴症状が明らかでない場合は,心筋病理,心筋組織生化学,原因遺伝子の三つのモダリティによって確定診断を進めていく。表現型は様々で予後不良であるが,治療が奏効する場合もあり,早期診断が重要である。
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6. |
ミトコンドリア心筋症/遺伝子診断・予後
(岡﨑敦子) |
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心臓は酸化的代謝に高度に依存している臓器の一つであるため,心合併症はミトコンドリア病によく認められ,心合併症の代表格である心筋症がミトコンドリア病に合併する頻度は約20%と報告されている。心筋症が主症状であり,その他のミトコンドリア病に特有の全身症状が軽微な場合は,組織生化学診断・病理診断とともに遺伝子診断によってミトコンドリア心筋症の確定診断に至る場合がある。ミトコンドリア心筋症は核遺伝子異常とミトコンドリアDNA異常の両方で起こりうる。心筋症合併ミトコンドリア病は非合併例と比較して予後不良であるとされており,今後,表現型・遺伝子型と予後との相関に関してエビデンスを構築していく必要がある。
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7. |
ミトコンドリア肝症
(梶 俊策・志村 優) |
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ミトコンドリア肝症(MH)は小児のミトコンドリア病の10〜20%を占め,乳児期に発症し,急速に肝不全となり予後不良な例が多い。わが国のMHの約3割で遺伝子変異が診断され,ミトコンドリアDNA枯渇症候群(MTDPS)であるMPV17異常症が最も多い。遺伝子変異と表現型の関連について,MTDPSの多くは重症だが比較的軽症な変異が見つかっている。MTDPS以外では乳児期の肝不全を乗り切ると改善に向かうIARS異常症やTRMU異常症などの可逆性MHがわが国でも診断されており,臨床上,迅速な遺伝子診断の意義は高い。
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8. |
ミトコンドリア腎症(mitochondrial nephropathy)
(今澤俊之) |
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本稿では,ミトコンドリア病によって発症する腎症を「ミトコンドリア腎症(mitochondrial nephropathy)」という用語を用いて表す。ミトコンドリア腎症は,尿細管間質障害としてFanconi症候群を呈する場合,糸球体障害である巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)やステロイド抵抗性ネフローゼ症候群を呈する場合,間質障害と糸球体障害が混在し臨床症状を呈する場合などがある。診断に至るプロセスは様々であるが,特徴的病理所見が診断の糸口になる。腎障害の進行を遅らせることができる遺伝子変異もあることがわかってきており,今後はより早期の的確な診断が望まれる。
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9. |
新生児ミトコンドリア病
(長友太郎) |
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新生児ミトコンドリア病は,出生後すぐに発症し重篤な経過をたどることが多い疾患である。胎児は,子宮内の低酸素環境で解糖系を中心としたエネルギー産生を行うが,出生後は,ミトコンドリアにおける酸化的リン酸化によって大量のATP生成を行う必要があり,このエネルギー代謝転換期にミトコンドリア機能異常が顕在化しやすい。新生児ミトコンドリア病は,核遺伝子の異常による常染色体劣性遺伝であることが多く,診断には網羅的遺伝子解析が重要だが,さらに新生児でも実施可能な検査として,皮膚生検による皮膚線維芽細胞の酸素消費速度測定の有用性が注目されている。
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10. |
ミトコンドリア難聴
(松永達雄) |
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難聴はミトコンドリア病において最も頻度の高い症状の一つであり,情報収集とコミュニケーションを障害するため,発達,教育と社会生活に重大な影響を及ぼす。ミトコンドリア難聴は,難聴だけのタイプ,糖尿病などのミトコンドリア病に特異性が低い症状を合併するタイプ,脳筋症などミトコンドリア病に特異性が高い症状を合併するタイプに分けられる。病態は主に蝸牛が障害され,診断は通常の難聴診断の手順を進めて,ミトコンドリア難聴を含む遺伝性難聴の可能性が疑われる場合は網羅的遺伝子検査を実施する。治療には,難聴の重症度に応じて補聴器,人工内耳といった補装具が用いられる。
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11. |
ミトコンドリア糖尿病
(森 保道) |
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ミトコンドリア脳筋症MELASの原因遺伝子変異であるミトコンドリア遺伝子3243(A-G)変異を有し,母系遺伝形式を呈し,膵β細胞機能障害,難聴の3徴を主とするミトコンドリア糖尿病という疾患概念が確立されている。ミトコンドリア糖尿病は進行性インスリン分泌低下に伴って多くは30歳代に発症し1型糖尿病様症候を示すが,膵島自己抗体は陰性である。難聴を高率に合併し,糖尿病合併症である網膜症や腎障害,神経障害が重症化しやすい特徴を有する。日本人糖尿病の0.5〜1%と単一遺伝子異常による糖尿病として最も高頻度である。MELASと同様にmt-tRNALeu(UUR)のタウリン修飾に欠落があり,タウリン大量投与や分子シャペロンなどの分子標的治療の開発が期待されている。
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12. |
MERRF
(井川正道・米田 誠) |
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MERRFはミトコンドリア脳筋症の三大病型の一つであり,ミオクローヌス,てんかん,運動失調,筋力低下(ミオパチー),筋病理での赤色ぼろ線維(RRF)などを主徴とする。8割の患者で,ミトコンドリアDNA(mtDNA)にm.8344A>G変異が認められる。mtDNAのヘテロプラスミー状態による,変異mtDNAの割合(変異率)の相違と閾値効果によって,臨床徴候や重症度に大きな差が生じる。母系遺伝形式をとるが,診断の際には同一家系内(変異)での表現型の多様性に注意を払う必要がある。
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13. |
ミトコンドリア病とニューロパチー
(岡本裕嗣) |
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ミトコンドリア病のおよそ1/3はニューロパチーを合併しているとされているが,感覚障害の自覚は,およそ8%と低い。われわれが診断しているより多くの潜在的なニューロパチーが存在するものと思われる。ニューロパチーの発症には核遺伝子,なかでもミトコンドリアの複製や機能維持に関わるもの,呼吸鎖複合体のアセンブリーに関わるものが多い。遺伝性ニューロパチーで最も頻度の多いCharcot-Marie-Tooth病において,軸索型CMTの最も多い原因はミトコンドリアの融合に関係するMFN2 であることは興味深い。次世代シークエンサーなどの登場により,今後さらに原因が解明されてくると考えられる。
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14. |
パーキンソン病の分子病態とミトコンドリア品質管理の破綻
(佐藤栄人・服部信孝) |
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パーキンソン病は中脳黒質ドーパミン神経細胞の脱落により,動作が遅くなる,手足がふるえるなどの症状が出現する神経変性疾患の一つである。神経変性の過程には長い時間を要し,老化の関与が指摘されている。今後予想される高齢化社会の到来に向け患者が増加することが確実視されているが,その根本的治療法はいまだ開発されていない。パーキンソン病の病態説は諸説紛々あるが,パーキンソン病の病態研究は約10年ごとに大きな変遷がみられる。その起源は1990年代の孤発性パーキンソン病におけるミトコンドリア研究にある。2000年頃からはsynuclein,Parkin,PINK1,ATP13A2などの遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子が次々と単離された。それらがコードする原因遺伝子産物の中にはミトコンドリアに局在するものやタンパク質分解に関連する因子が多い。実際,2010年頃からはPINK1/Parkinの協調的な働きによる損傷ミトコンドリアクリアランスの分子機構が明らかになるなど,遺伝性パーキンソン病の分子病態が明らかになりつつある。本稿では,ミトコンドリア品質管理を含めたオートファジー・リソソーム系の破綻と遺伝性パーキンソン病の発症機構について概説する。
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1) |
ミトコンドリア心筋症に対する心臓移植
(小垣滋豊) |
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ミトコンドリア病に伴う心病変は多彩であり,心不全発症から重症心不全に陥る場合がある。心臓移植は重症心不全に対する最終的治療の選択肢の一つであるが,全身疾患としてのミトコンドリア病に対する心臓移植は,その適応を慎重に検討する必要がある。ミトコンドリア心筋症に対する心臓移植の実例報告では,心臓移植全体の予後と大きな差がないとされているが,限られた症例の報告であり,今後ミトコンドリア心筋症の正確な診断とともに検証していく必要がある。
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2) |
ミトコンドリア肝症に対する肝移植
(福田晃也・阪本靖介・笠原群生) |
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ミトコンドリア肝症は,新生児・乳児期に急性肝不全のかたちで発症し,成因不明のまま肝移植が施行され,移植後にミトコンドリア肝症と診断されることが多い。ミトコンドリア肝症の簡便なスクリーニング検査として,乳酸値と乳酸/ピルビン酸比の有用性について検討した。本邦で頻度の高いMPV17 遺伝子異常に関して,同じ遺伝子変異であっても,その障害性の違いを含めた病態解析により,肝移植の有効性が判定できるデータが蓄積されつつあるが,肝移植前に迅速な遺伝子検査結果が得られるようになるまでは症例ごとに注意深い評価を行う必要がある。
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16. |
ピルビン酸脱水素酵素複合体欠損症
(内野俊平) |
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ピルビン酸脱水素酵素複合体(PDHC)はミトコンドリア内でピルビン酸をアセチルCoAに変換する働きがあり,エネルギー産生に重要な酵素複合体である。PDHC欠損症はミトコンドリア病の1病型であり,PDHC構成要素の異常により神経・筋症状を主体とした多彩な表現型を呈する。原因としてX染色体上のPDHA1 遺伝子異常によるE1αサブユニットの異常が最も多く,男女で症状が異なる特徴がある。診断においては,乳酸/ピルビン酸比の上昇を伴わない血液・髄液中の乳酸上昇が重要な所見である。確立した治療は存在しないが,ケトン食,ビタミンB1投与などが試みられている。
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●第3章 遺伝カウンセリング・出生前診断 |
1. |
ミトコンドリア病の遺伝カウンセリング/出生前診断(総論)
(秋山奈々・村山 圭) |
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ミトコンドリア病の原因はミトコンドリアDNA(mtDNA)の質的・量的変化と核DNA上の遺伝子変異に分けられる。すべての遺伝形式をとる可能性があること,また遺伝子の変異をもつことがそのまま発症を意味するわけではないこと,症状にも多様性を認めることを念頭におき慎重な遺伝カウンセリングを実施しなければならない。
ミトコンドリア病の遺伝カウンセリングでは,様々な遺伝形式,多様な症状,発症時期の幅や予後の多様性といったクライエントにとっては理解が難しい情報も多くなる。それらの医学的知識を正しく理解し,その上でクライエントや家族にとってより良い決断が行えるようサポートしていくことが遺伝医療専門職に求められている。
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2. |
ミトコンドリア病と配偶子系列遺伝子治療
(藤峯絢子・立花眞仁) |
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ミトコンドリア遺伝病は遺伝性進行性の難病で,現在有効な治療法は存在しない。ミトコンドリア遺伝子は卵子を介し次世代に継承される(母系遺伝)。このユニークな遺伝様式から,卵子や初期胚において核移植技術を用いて細胞質を置換することにより,次世代の発症と後世代への変異遺伝子の継承を防止する生殖補助技術としてMRT(mitochondrial replacement therapy)が提唱されている。本稿ではMRTの一つである成熟卵紡錘体置換(maternal spindle transfer:MST)法について概説する。
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●第4章 ミトコンドリア病の治療 |
1. |
総論・代謝救急
(松永綾子) |
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ミトコンドリア病は様々な症状を呈するが,一定の頻度で高乳酸血症や代謝性アシドーシスとして発症する症例が存在する。その際には代謝救急として対応することが必要となる。まずは救急のABCを整える。低血糖は避けるべきだが過剰な糖負荷は毒性をもつため,必要以上の糖の投与は避ける。アシドーシスは薬剤や血液浄化療法にて改善を試みる。栄養は全カロリーの約50%を脂質から投与するようにする。
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2. |
MELASにおけるタウリン療法
(砂田芳秀) |
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MELASでは,tRNALeu(UUR)をコードするミトコンドリアDNAの点変異によりアンチコドン1文字目のタウリン修飾が欠損し,wobble塩基の翻訳が障害される。高濃度タウリン投与によりミトコンドリア機能が改善することから,医師主導多施設・オープン・第3相治験を実施し,タウリン補充療法のMELAS脳卒中様発作に対する再発抑制効果と安全性を検証した。10例中6例で42週の観察期間中に脳卒中様発作再発が完全に抑制され,有効性が示された。この成績により,タウリンがMELASに対する保険適用薬として承認された。
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3. |
ミトコンドリアカクテル療法
(小俣 卓) |
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ミトコンドリア内の代謝経路では各種のビタミンが補酵素として働いており,ミトコンドリア機能障害に対しそれらを補充することは理にかなっている。ミトコンドリア機能障害により大量に発生するフリーラジカルに対して抗酸化物質を投与することも必要である。われわれの施設では,ビタミンB1,ビタミンC,ビオチン,ビタミンE,コエンザイムQ10,カルニチンの6種類をミトコンドリアカクテル薬として使用している。重篤な副作用はなく簡便に投与可能であることから,ミトコンドリア病のみならず,有機酸代謝異常症が疑われる場合の急性期治療,または急性脳症の治療として,投与を躊躇する必要はないと思われる。
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●第5章 本邦における創薬開発 |
1. |
MITOL研究から見えた新たな分子病態と創薬
(椎葉一心・柳 茂) |
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ミトコンドリアから見た疾患の分子病態像は,研究の進展に伴い複雑な様相を呈している。ミトコンドリアダイナミクスの破綻,品質管理の破綻など様々な要因が考えられるため,創薬ターゲットを絞り込むのは困難である。われわれはミトコンドリア外膜上に存在するE3ユビキチンリガーゼMITOL(mitochondrial ubiquitin ligase,別名MARCH5)を同定し,これまでにMITOLがミトコンドリアダイナミクスの制御やミトコンドリア品質管理を行う重要な調節因子であることを報告してきた。本稿ではMITOLの機能解析を通して明らかとなってきた新たな疾患の病態像とMITOLを標的にした創薬の可能性について紹介する。
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2. |
ミトコンドリア機能改善薬 MA-5によるミトコンドリア異常症の治療
(鈴木健弘・阿部高明) |
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ミトコンドリア機能異常によるATPの減少,酸化ストレス,アポトーシスなどによる細胞障害によって引き起こされるミトコンドリア病は確立した治療法のない難治性疾患である。ミトコンドリア病では多彩な心疾患,腎疾患,神経障害が合併する一方で,ミトコンドリア関連遺伝子異常の背景をもたない心疾患,腎疾患や神経難病の病態にもミトコンドリア機能異常が関わる。最近われわれが開発した新規のミドコンドリア機能改善薬MA-5は異なる遺伝的背景をもつミトコンドリア患者由来細胞の生存率を改善し,ミトコンドリア病モデルマウスと急性腎障害モデルマウスに治療効果を示した。
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3. |
ミトコンドリアゲノムを標的にした治療法開発
(永瀬浩喜・越川信子・竹永啓三) |
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ミトコンドリアゲノムの変異は核内ゲノムの10倍以上と考えられ,呼吸機能,ATP産生低下,活性酸素種の産生増加,マイトファジー誘導,ミトコンドリア細胞外放出による炎症誘導などにより,様々な病態・疾患を誘引する。小児代謝異常として知られるミトコンドリア病から糖尿病などの成人生活習慣病やがん,さらに痴呆・老化への関与も報告されている。しかし,これら疾患の根本治療は困難であり対症療法で対応されている。変異を有するミトコンドリアDNAもしくは変異ミトコンドリアDNA保有細胞の特異的な排除ができれば根本治療もしくは予防が可能かもしれない。ここでは,変異ミトコンドリアゲノムを直接標的にした薬剤治療の可能性を紹介する。
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4. |
5-ALAおよびクエン酸第一鉄ナトリウムの開発
(高橋 究・大竹 明) |
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天然アミノ酸の一種,5-アミノレブリン酸(5-ALA)は,動物においてヘムの前駆体で,がんの術中診断用医薬品としても実用化されている安全性の高い化合物である。5-ALAと鉄剤(クエン酸第一鉄ナトリウム)との組み合わせによるミトコンドリア機能活性化作用の研究が進み,実際にミトコンドリア病患者線維芽細胞におけるエネルギー代謝改善作用が証明されたことが,臨床試験開始にいたるモチベーションとなった。本稿では,5-ALAの特徴から,現在進行中のミトコンドリア病を対象とした第Ⅲ相試験までを概説する。
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5. |
ミトコンドリア病治療薬としてのアポモルフィン
(小坂 仁・宮内彰彦) |
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ミトコンドリア病は,呼吸鎖複合体をコードする,核あるいはミトコンドリア遺伝子の変異によるエネルギー(ATP)産生不全と,酸化ストレスにより細胞機能不全を起こし細胞死に陥る疾患である。われわれは,小児期に発症する重症のミトコンドリア病患者の皮膚線維芽細胞を用い,正常細胞にはみられない酸化ストレスによる細胞死誘導を確認した。次に中枢神経薬のライブラリースクリーニングから,酸化ストレスによる細胞死を強力に阻害し,かつATP産生増強作用をもつ薬剤apomorphineを見出した。apomorphineはすでにパーキンソン病の治療薬として用いられており,臨床治験を経て,ミトコンドリア病への適応拡大をめざしたい。
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6. |
チトクロムCオキシダーゼの活性調節による治療薬開発
(新谷泰範・高島成二) |
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ミトコンドリアは,約20億年前に酸素を使った電子伝達・エネルギー産生系をもった好気性細菌の一種が取り込まれ,細胞内共生を成立させて進化をとげてきた細胞内小器官である。多岐にわたるその機能の中でも,電子伝達,酸化的リン酸化によるエネルギー産生は重要な機能であり,その機能不全はヒトの多くの病態で認められる。呼吸鎖複合体はミトコンドリア内膜にあり,堅牢な構造をもつと考えられてきたが,近年その活性調節が可能であることが判明してきた。本稿では,ミトコンドリア呼吸鎖複合体の一つであるチトクロムCオキシダーゼの活性調節を標的とした治療法開発についてのわれわれの取り組みを紹介する。
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●第6章 本邦における家族会・支援団体 |
1. |
一般社団法人こいのぼり:ミトコンドリア病の創薬事業
(菅沼正司) |
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一般社団法人こいのぼりは,医師・ベンチャー起業家,ベンチャー投資家,患者家族,薬事コンサルタントなど創薬に特化した専門家から構成される非営利組織になります。ミトコンドリア病に対する創薬活動を行い10年が経過し,開発化合物の支援,独自の研究テーマによる国内大学との共同研究,そして患者細胞の共同研究先への提供業務などを行い,得られた研究成果は米国特許事務所から仮特許出願をしています。また,さらなる開発ステージについては,新たなベンチャー企業を設立し研究開発を継続しています。
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1) |
ASridと患者が入力する情報基盤プラットフォーム
(西村邦裕・西村由希子) |
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希少・難治性疾患においては,情報や研究者,専門医などが少ないため,様々なステークホルダーをつなぐことが大事である。情報面では,患者や患者家族のみが知りうる疾患の症状や経過について,患者自身が評価し,医療や生活に役立てる患者報告アウトカム(PRO)を活かすことも重要である。一例として,患者が自分自身の情報を入力する情報プラットフォームJ-RAREがあり,J-RAREを活用することで患者のQOL調査にもつなげられる。J-RAREはすでにミトコンドリア病の研究班との連携をしているため,本稿にて紹介をする。
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2) |
ミトコンドリア病患者会
(山中雅司) |
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ミトコンドリア病は,症例も少なく患者や家族にとって悩みも多いことと思います。お互いに情報を交換しながら病気についての理解を深め,少しでも暮らしやすくしていくことができればと,1998年「ミトコンドリア病患者・家族の会」(略称:MCM家族の会)が発足しました。MCM家族の会の活動内容の紹介とその変遷,患者家族を取り巻く環境の変化,会の活動を通して寄せられた患者家族が抱えている問題,医師・行政に対する要望などについて,診察や治療,患者家族の環境改善の一助になればという思いで,患者の家族の目線でまとめました。
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●第7章 ミトコンドリア病と基礎研究 |
1. |
ミトコンドリアtRNA修飾とミトコンドリア病
(鈴木健夫) |
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ヒトのミトコンドリアDNA(mtDNA)には22種類のミトコンドリア(mt)tRNAがコードされており,mtDNA由来遺伝子のタンパク質合成の際に用いられる。mt tRNAは成熟化過程において転写後修飾が形成されることで初めて機能化を果たすことから,修飾欠損などの修飾状態異常はミトコンドリアの機能異常を引き起こし,疾患の要因となりうる。本稿ではmt tRNAに生じる転写後修飾の生合成とその機能的意義,また修飾欠損による疾患との関連について概説する。
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2. |
感染,炎症におけるミトコンドリアの新機軸
(内海 健・康 東天) |
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ミトコンドリアは免疫の要としての新しい機能が明らかになってきた。細胞内に張りめぐらされたミトコンドリアは外界からの刺激に対する足場として炎症性サイトカインの発現に深く関わり,自然免疫応答,インフラマソーム形成の中心的な役割を担う。免疫細胞はTCAサイクルか解糖系による代謝変化を巧みに利用し免疫細胞分化・免疫機能にも直接関わること,さらにミトコンドリアDNA自身が炎症の惹起,サイトカイン発現に関わるなど,その制御機構が次々に明らかになった。従来のミトコンドリア機能とは異なる多彩な機能をもつ細胞内小器官としての役割を担うことが注目されている。
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3. |
ミトコンドリア品質管理機構の破綻と遺伝性疾患
(大西真駿・岡本浩二) |
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ミトコンドリアは,細胞活動に必須のエネルギー通貨ATPの供給源として働くオルガネラである。この機能を発揮するために,ミトコンドリアの恒常性を維持することが重要であり,それはミトコンドリアに存在する種々のプロテアーゼによって担われる。これまでに,ミトコンドリアプロテアーゼの遺伝子変異を原因とするヒトの遺伝性疾患が報告されており,ミトコンドリア品質管理機構と疾患とのリンクが示唆されている。本稿では,特定疾患の患者で報告されているミトコンドリアプロテアーゼの機能と遺伝子変異について概説し,ヒトにおける生理的意義について考察する。
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4. |
ミトコンドリア構造の動的変化と疾患
(安田 樹・石原孝也・石原直忠) |
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二重膜構造からなるミトコンドリアは,細胞応答や細胞分化などにより形態を大きく変化させる。融合により細長く枝分かれしたネットワーク型ミトコンドリアとなり,また分裂することで小さく独立したミトコンドリアの数が増加する。この融合と分裂,さらには細胞内での移動やミトコンドリア内部の膜構造などが変化することで,ミトコンドリアの動的な特性が変化し,細胞機能さらには組織・個体での機能が変動する。これらの変動が病態形成にも関与している。ミトコンドリアの動態を変動させる分子機構とその変動の生理・病理に及ぼす影響に関する最近の話題を紹介する。
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●索引 |