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内容目次 |
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序文 (金田安史) |
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●第1章 遺伝子治療の現状 |
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遺伝子治療の復活:世界の現状
(小澤敬也) |
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長らく停滞していた遺伝子治療が,ここ数年,欧米で復活してきている。白血病の発生が問題となった造血幹細胞遺伝子治療では,長期観察では造血幹細胞移植を凌ぐ治療成績が得られている。また,もう1つの方向性として,アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いた遺伝子治療が活発に行われるようになっており,様々な疾患で臨床的有効性が示されている。がん遺伝子治療では,キメラ抗原受容体(CAR)発現Tリンパ球を用いた白血病に対する養子免疫遺伝子治療で明瞭な治療効果が確認され,脚光を浴びている。その他,ゲノム編集技術の応用が最近のトピックスとなっている。
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2. |
日本の遺伝子治療
(谷 憲三朗) |
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日本の遺伝子治療は1994年に厚生省(現厚生労働省)および文部省(現文部科学省)において 「大学等における遺伝子治療臨床研究に関するガイドライン」 が公表されたことを受け,1996年に日本で初めての 「ADA欠損症患者に対する遺伝子治療」 が,1998年にはがんに対する遺伝子治療も実施され,それぞれにおいて安全性と一定の臨床効果を示すことができた。その後現在に至るまで,計58件の遺伝子治療プロトコールが承認もしくは審査中の状態にあり,着実に臨床への展開がなされてきている。また1995年には日本遺伝子治療学会(現日本遺伝子・細胞治療学会)も設立され,トランスレーショナルリサーチの内包する 「夢」 と 「課題」 に対して産官学間での情報交換と対応がなされてきている。本稿では日本の遺伝子治療を支えてきた日本発遺伝子治療ベクターの開発歴史と臨床研究成果について概説させていただく。
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●第2章 遺伝子治療革新技術 |
1. |
ゲノム編集法を利用した遺伝子修復治療
(三谷幸之介) |
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変異遺伝子そのものを正確に修復する遺伝子修復治療は,遺伝病の遺伝子治療の究極のストラテジーと考えられる。特に,染色体上の任意のDNA配列に二本鎖切断を導入してその部位の自由自在なゲノム編集を可能にする,いわゆる人工制限酵素の技術が,近年めざましい勢いで進歩している。疾患動物モデルにおける遺伝子修復治療の成功も報告されはじめ,またAIDS患者の遺伝子治療の臨床研究も進んでいる。一方,標的以外の配列を誤って切断する可能性があり,臨床応用へ向けてはリスク・ベネフィットを慎重に考えていく必要がある。
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2. |
次世代がん治療用HSV-1の開発
(岩井美和子・藤堂具紀) |
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第三世代のがん治療用単純ヘルペスウイルスⅠ型(HSV-1)G47Δは,悪性脳腫瘍を対象とした第Ⅱ相の医師主導治験が進行中である。近い将来のG47Δの国内医薬品承認を見据えて,次世代のウイルス療法の研究開発も進めている。bacterial artificial chromosome(BAC)を用いた遺伝子組換え技術を利用して,G47Δを基本骨格としたウイルスゲノムに,任意の外来遺伝子を効率よく組み込むことができるT-BACシステムを開発し,様々な機能を有する遺伝子を発現する「機能付加型」HSV-1を作製することが可能となった。なかでも,免疫刺激因子であるIL-12の遺伝子を組み込んだG47Δは,非臨床で高い抗腫瘍効果を示し,臨床試験が開始されようとしている。遺伝子組換えHSV-1作製システムと次世代ウイルス開発について紹介する。
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3. |
標的化アデノウイルスベクターの開発
(町谷充洋・水口裕之) |
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アデノウイルス(Ad)ベクターは遺伝子導入用ベクターとして種々の優れた特性を有していることから,遺伝子治療研究(臨床試験を含む)や基礎研究に汎用されている。しかしながら,生体に全身投与した場合,抗Ad中和抗体により遺伝子導入が阻害されることや,投与後速やかに血中から消失し大部分が肝臓に集積するなどの問題点がある。したがって,これらの問題点を克服し,標的組織特異的に遺伝子導入可能なAdベクターの開発が望まれている。 本稿では,化学的あるいは遺伝子工学的手法を用いて,肝臓集積性や抗Ad中和抗体に関する問題点を克服したAdベクターの開発や,ターゲティング分子の付与による標的化Adベクター開発の最前線を解説する。
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4. |
アデノウイルスベクターによる遺伝子発現制御技術
(鈴木まりこ・近藤小貴・鐘ヶ江裕美) |
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第1世代アデノウイルスベクター(AdV)は各種細胞に高い遺伝子導入効率を示すことから遺伝子治療用ベクターとして期待されてきた。AdVの最大の問題点は炎症であったが,われわれは既に原因となるウイルスタンパク質を突き止め, 「低炎症型AdV」 を開発した。さらに近年,細胞遺伝子発現に影響を与えることが報告されたウイルス随伴RNAを欠失した 「低炎症・VA欠失型AdV」 の高効率な作製にも成功した。本稿では,AdVの遺伝子治療への応用において有用性の高い細胞特異性を付加した 「細胞特異的AdVシステム」 について紹介する。
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5. |
レンチウイルスベクター
(島田 隆) |
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エイズの原因ウイルスであるHIV-1(human immunodeficiency virus type 1)を改変したHIVベクターは,最初はエイズの遺伝子治療のためのベクターとして考えられていた。その後,HIVが属するレンチウイルスはこれまで研究されてきたレトロウイルスと違い非分裂細胞にも感染できることがわかり,造血幹細胞や神経系細胞を標的とした遺伝子治療のためのベクターとしての開発が進められた。これまでに安全性や導入効率を向上させるための多くの改良が行われ,現在では多くの造血幹細胞遺伝子治療でレンチウイルスベクターが使われるようになっている。
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6. |
AAVベクターの現状と問題点の克服に向けて
- AAV Barcode-Seq解析法を用いた新たな取り組み -
(足立 圭・中井浩之) |
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アデノ随伴ウイルス(AAV) ベクターは非病原性ウイルスAAVに由来すること,生体内で高い遺伝子導入効率を呈すること, 組織指向性の異なる血清型が複数存在することから,遺伝子治療用ベクターとしての有用性が強く期待されている。疾患モデル動物を用いた数多くの前臨床研究において,AAVベクターによる遺伝子治療の優れた治療効果が立証され,血友病,先天性黒内障,パーキンソン病,家族性リポ蛋白リパーゼ欠損症などでは,ヒトにおける安全性・有効性も確認されている。その一方で,現在用いられているAAVベクターには,不十分な組織特異性,細胞障害性T細胞を誘導する免疫原性,中和抗体によるベクターの失活,高力価ベクター投与の必要性など,解決すべき問題も残されている。本稿では,これらAAVベクター遺伝子治療の現状と既存ベクターの抱える問題点を概説し,その問題を克服すべく開発された新たなAAVベクター遺伝子導入技術を紹介する。さらに,より深い知識基盤に基づいた,最適化AAVベクターの開発に向けて著者らが考案した次世代シーケンシングによる網羅的AAVベクター機能解析法 (AAV Barcode-Seq) についても解説する。
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7. |
センダイウイルスベクター
(井上 誠) |
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センダイウイルスベクターは,他のベクターとは異なる 「細胞質型RNAベクター」 として,その性能・特長を最大限に生かした分野へ発展してきた。具体的な適用として,末梢動脈疾患に対する遺伝子治療,エイズなど感染症に対するワクチンの開発,腫瘍溶解性ウイルスとしての適用などの遺伝子治療・遺伝子ワクチンなどの創薬分野に加えて,特に染色体へ作用せず各種転写因子を一過的に細胞質で発現する利用法により,iPS細胞作製用ベクター(CytoTune®-iPS)の開発など,細胞・再生医療分野への応用に発展している。
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8. |
ワクシニアウイルス
(中村貴史) |
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ワクシニアウイルスは,過去に天然痘(痘瘡)ワクチンとしてヒトに使われた実績と遺伝子組換え技術の進歩によって,ウイルスが本来もっているがん細胞に感染後,がん組織内で増殖しながら死滅させるという性質(腫瘍溶解性)を利用するがんウイルス療法のために応用されている。ワクシニアウイルスは,広範な腫瘍細胞に感染でき,非常に強い腫瘍溶解性を発揮し,血中を介して腫瘍に到達でき,治療遺伝子を運ぶベクターとしての能力も高いなど,がんウイルス療法において多くの利点をもっている。その一方で,正常組織における弱い増殖性を維持しているため,安全性の観点より腫瘍組織でのみ増殖させる改良が必須となる。
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9. |
悪性腫瘍に対するコクサッキーウイルス療法開発の現況
(宮本将平・小原洋志・谷 憲三朗) |
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コクサッキーウイルスは2群(CVAとCVB)に分けられ,現在少なくともCVAでは23種の血清型が,CVBでは6種の血清型が知られている。近年のウイルスを用いた抗腫瘍療法の発展に伴い,CVも注目されてきており,特に野生型CVA21は悪性黒色腫などに対して海外で臨床試験が実施されている。われわれは新たなウイルス療法開発を目的に,エンテロウイルス株38種を用いて18種類の各種がん細胞株を対象とした in vitro 細胞障害実験によるウイルススクリーニングを行った。この結果,CVB3が非小細胞肺がん細胞株に対してマウスでの試験結果も含めて,新たなウイルス療法の有力な候補となることを示唆する結果を得た。本稿ではCVB3ウイルス療法開発の現況を紹介させていただく。
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10. |
HVJエンベロープベクター
(金田安史) |
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不活性化センダイウイルス粒子(HVJ-E)は,抗腫瘍免疫を活性化するとともに,ヒトがん細胞に選択的な細胞死を誘導する活性があることが見出された。その作用の多くは,ウイルス粒子内に含まれるゲノムRNA断片が細胞質内のRNA受容体に認識されて起こるシグナル伝達機構によっている。新規抗がん剤としてがん治療のための治験も始まっている。さらに,この粒子は遺伝子導入ベクターとして用いることができるため,HVJ-E自体の抗腫瘍作用との相乗効果を期待できる遺伝子を用いて強力な抗腫瘍作用を実現できるがんの遺伝子治療が期待されている。
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11. |
高分子ナノミセルを用いた生体へのin vivo mRNAデリバリー
(内田智士・位髙啓史・片岡一則) |
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mRNAデリバリーは,ゲノム挿入のリスクがなく,非分裂細胞にも効果的に遺伝子導入可能であるといった利点があり,新たな遺伝子治療の手法として注目される。一方,生体内で速やかに酵素分解を受ける,免疫原性が強いといった問題点のため,疾患治療への広範な応用は困難であった。これらの問題を解決するために,われわれは表面がポリエチレングリコールで覆われた高分子ナノミセル型mRNAキャリアを開発した。このナノミセルは,炎症反応を惹起することなく,生体内の標的細胞に効率よくタンパク質を発現させた。本稿では,ナノミセルの分子設計および神経組織を標的とする遺伝子治療の試みについて紹介する。
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12. |
化学的アプローチを駆使した核酸医薬の最前線
(小比賀 聡・中川 治) |
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核酸医薬は,近年多くの製薬企業が本格参入し日本国内においてもデュシェンヌ型筋ジストロフィーに対する臨床試験が開始されるなど,抗体医薬に次ぐ医薬品として注目されている。核酸医薬の開発はその基盤となる人工核酸の性能が成否に重要な鍵となる場合が多く,有機化学者が活躍のフィールドを広げ,積極的に貢献できる治療法である。さらに核酸医薬の発展にはデリバリー技術の開発も不可欠であり,化学的手法を駆使したユニークな送達技術も開発されている。本稿では化学的アプローチに基づいた核酸医薬の開発における人工核酸とそのデリバリー技術の最前線を紹介する。
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●第3章 単一遺伝子の異常による遺伝性疾患と遺伝子治療 |
1. |
ライソゾーム蓄積症とペルオキシゾーム病
(大橋十也) |
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ライソゾーム病,ペルオシキゾーム病は,酵素などが欠損することにより引き起こされる疾患群であり,中枢神経障害が共通の症状である。近年,レンチウイルスベクターを用いた造血幹細胞を標的とした遺伝子治療がライソゾーム病の1つである異染性脳白質ジストロフィー,ペルオキシゾーム病の1つである副腎白質ジストロフィーで試みられている。早期に行った場合は,中枢神経障害の進行を抑制できるという結果が報告された。その他,AAVベクターを用いて罹患臓器に直接遺伝子を導入するという遺伝子治療もヒトで試みられている。
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2. |
慢性肉芽腫症
(小野寺雅史) |
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慢性肉芽腫症(CGD)に対する遺伝子治療は遺伝子治療が開始された1990年代より実施されているが,いまだ有効な治療成績を上げるに至っておらず,遺伝子治療の中でも最も難しい疾患の1つといえる。これは遺伝子治療の成功の鍵である増殖優位性を遺伝子導入細胞がもっていないことや生着のための骨髄間隙がCGDでは欠如していること,さらには持続する炎症反応により生体が遺伝子導入細胞を排除する方向にあることによる。CGDに対する有効な遺伝子治療の開発は遺伝子治療の汎用性につながる重要な研究テーマの1つである。
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3. |
先天性免疫不全症 (ADA欠損症,X-SCID,WAS)
(大津 真) |
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リンパ球異常を主徴とする先天性免疫不全症(PID)の遺伝子治療は,ADA欠損症,X-SCID,WASで臨床研究が進行している。初期にはレトロウイルスベクターにより造血幹細胞を標的に遺伝子導入が行われ,いずれも臨床効果が確認されている。しかしながら,後2者においてベクターのゲノム挿入に起因する白血病の発症が観察され,現在はより安全性を強化したプロトコールが採用され臨床研究が継続されている。PID遺伝子治療の有用性は明らかであるが,疾患ごとにプロトコールを至適化し,さらに有効性・安全性を高める努力が必要とされる。
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4. |
遺伝性網膜疾患
(池田康博) |
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眼科領域の疾患のうち,網膜色素変性を代表とする遺伝性網膜疾患は,現時点で有効な治療法は確立されていない。近年,これらの疾患を対象とした遺伝子治療の臨床応用が数多く報告されている。欧米ではレーバー先天盲とコロイデレミアに対して既に臨床研究が実施され,一定の安全性と治療効果が明らかとなった。国内では九州大学病院で,網膜色素変性に対する視細胞保護遺伝子治療の臨床研究が2013年3月より実施され,低用量群5名への投与が完了した。さらに,薬事承認を目的とした医師主導治験の準備が進められている。眼科領域でも遺伝子治療が標準治療の1つとして認められる日が近づいている。
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5. |
表皮水疱症に対する遺伝子治療の現状と展望
(玉井克人) |
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遺伝性水疱性皮膚難病である表皮水疱症の根治的治療には,皮膚で欠損ないし機能破綻している分子の恒常的再構築が必要であり,そのためには表皮/真皮の幹細胞を標的とした治療法を開発する必要がある。現在,表皮水疱症患者皮膚への機能的細胞補充を目的とした骨髄移植・間葉系細胞移植が進められているが,安全性・有効性・効果の持続性で十分とは言えず,根治的治療を実現するためには幹細胞を標的とした遺伝子治療法の開発が必要であることは明白である。本稿では,現在開発が進められている表皮水疱症の細胞治療・遺伝子治療について,その方法論を概説するとともに,将来の幹細胞遺伝子治療の可能性について展望する。
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6. |
デュシェンヌ型筋ジストロフィー
(岡田尚巳・武田伸一) |
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筋ジストロフィーは,筋線維の壊死と再生を主体とする進行性の遺伝性筋疾患であり,様々な筋形質膜関連タンパク質の遺伝子変異が知られている。ジストロフィン遺伝子の異常により発症するDuchenne型筋ジストロフィー(DMD)は発症率が高く臨床症状が重篤であるが有効な治療法がないため,遺伝子治療の重要な対象疾患であり,全身の骨格筋や心筋に機能的タンパク質を補う遺伝子治療の開発が期待されている。安全な遺伝子送達担体としてアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターが着目されているが,本格的な臨床応用の展開に向け,効率的で異種成分を含まない製造法や少量のベクターで高い発現を維持する工夫が研究されている。
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7. |
血友病に対する遺伝子治療の現状と展望
(水上浩明) |
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血友病は遺伝子治療に適した疾患と考えられており,これまで数多くの前臨床・臨床研究が行われてきたものの,ヒトでの成功は得られていなかった。最近になってアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いることで,血友病Bの臨床研究における成功が報告された。肝臓を遺伝子導入の標的としており,効果は3年経っても持続している。この成功を契機として,血友病遺伝子治療の実用化に向けた機運が高まってきている。これまでに行われた臨床研究を振り返るとともに,今後実用化に向けて解決していくべき問題点を解説する。
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8. |
HGF遺伝子を用いたリンパ浮腫に対するリンパ管新生療法
(齊藤幸裕) |
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原発性リンパ浮腫は四肢に多く発生する進行性の難治性疾患である。死に至ることはほとんどないが,患者のQOLは著しく障害されている。これに対し多くの治療法が開発されてきたが,いまだ根治的な方法はない。そこで,著者らは新規の治療法として肝細胞増殖因子による遺伝子治療を開発した。さらに,これを臨床応用するために原発性リンパ浮腫研究班を組織し,診断治療指針を上梓した。現在治験が進行中である。本稿ではリンパ浮腫について概説し,研究の進展を報告する。
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●第4章 がんと遺伝子治療 |
1. |
臨床の現場に近づいた前立腺がん遺伝子治療の現状と今後の展開
(那須保友) |
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前立腺がんに対する遺伝子治療については国内外で長年,基礎研究ならびに臨床研究が実施され一定の成果が得られてきている。前立腺という臓器が固形がんに対する遺伝子治療の研究開発における理想的ターゲットであることも,治療開発のための研究の実施を後押しする要因となっている。近年,わが国において大学(アカデミア)の研究成果を臨床応用に加速させる動きが活発であり,前立腺がん遺伝子治療もその例外ではない。本稿では,前立腺がんを対象とした遺伝子治療について既にヒトに投与され一定の成果を得つつあるREIC(reduced expression in immortalized cell) 遺伝子治療,ならびにヘルペスウイルス療法について概説する。
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2. |
ナノパーティクルを用いた脳腫瘍治療
(大岡史治・夏目敦至・若林俊彦) |
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脳腫瘍治療の発展のためには,効果的な新規治療医薬の開発と,血液脳関門を越えて薬剤を脳腫瘍に効率よく届けるドラッグデリバリーシステムの開発が不可欠である。近年,大規模研究によりグリオブラストーマの分子生物学的特徴が明らかになりつつある。近い将来,多くの抗体医薬や小分子医薬,核酸医薬がグリオブラストーマの新規治療薬として登場してくることが予想される。これらの次世代型治療薬の登場に備え,ドラッグデリバリーシステムの開発も急がれている。本稿では,リポソームなどのナノパーティクルの進歩と,ナノパーティクルを効率よく脳腫瘍に届けるドラッグデリバリー技術の発達について解説する。
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3. |
悪性グリオーマに対するウイルス療法
(伊藤博崇・藤堂具紀) |
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悪性グリオーマは悪性腫瘍の中でも予後が悪く,手術,放射線治療,化学療法による集学的治療の進歩にもかかわらずいまだ根治に至っていない。新規治療法の確立が望まれる中,本邦で第三世代がん治療用遺伝子組換え単純ヘルペスウイルスⅠ型(G47Δ)を用いた膠芽腫に対するウイルス療法の第Ⅱ相の医師主導治験が始まった。機能付加型のG47Δなど,様々な次世代ウイルスの研究開発も進んでおり,近い将来,ウイルス療法は悪性グリオーマをはじめとするがんの新しい治療選択肢となるだろう。
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4. |
食道がんに対する放射線併用アデノウイルス療法の臨床開発
(藤原俊義・田澤 大・香川俊輔・白川靖博) |
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本邦で年間10,000人以上が罹患する食道がんは,高齢者では外科治療や標準的な化学療法が困難な症例が多く,低侵襲な治療開発が望まれている。ウイルスは本来ヒトの細胞に感染,増殖し,その細胞を様々な機序により破壊する。この増殖能に遺伝子工学的に選択性を付加することで,ウイルスをがん細胞のみを傷害する治療用医薬品として用いることが可能となる。また,ウイルスタンパク質は,感染した標的がん細胞で様々なシグナル伝達経路を修飾する。本稿では,放射線感受性を増強する腫瘍融解アデノウイルス製剤 Telomelysin を用いた食道がん治療の臨床開発について概説する。
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5. |
TCR改変T細胞による食道がん治療
(池田裕明・珠玖 洋) |
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遺伝子治療の手法をがんの克服に利用しようという試みの中で,免疫学的ながんの排除,すなわち,がん免疫療法を遺伝子操作により成功させようというアプローチが大きな一角を占める。がん免疫療法は,その潜在能力に対する大きな期待にもかかわらず長らくがん患者に役立つ治療を提供できてこなかったが,近年いくつかのがん免疫療法が臨床試験において顕著な効果を示し,すでに承認薬として医療現場で使用されるものも登場しはじめている。本稿で紹介するTCR遺伝子改変T細胞や本誌第4章-8で紹介されるCAR-T細胞療法などの腫瘍特異的T細胞輸注療法は,まさにそのように有効性が大きく期待されるがん免疫療法の1つである。本稿では,われわれが取り組んでいる食道がんをはじめとした悪性腫瘍を標的としたTCR遺伝子を導入したT細胞の輸注療法の開発について紹介する。
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6. |
Oncolytic Adenovirusによる消化器がん治療
(佐藤みずほ・山本正人) |
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アデノウイルスベクター(Adv)は母体となるウイルスに由来するいくつかの特徴を有している。しかしながら,消化器がん特有の問題点もあり,われわれはこれらの長所を生かしながら,臨床応用に向けた障害を乗り越えることで臨床応用可能oncolytic adenovirus(腫瘍溶解型アデノウイルス)の作製をめざしてきた。本稿では,様々なアプローチによる感染性の向上と毒性の低減,またbystander effectによる治療効果の増強や近年開発されてきた新たなベクター開発の方向性についても述べたい。
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7. |
悪性中皮腫に対する遺伝子治療の現状
(田川雅敏) |
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悪性中皮腫はいくつかの点で,遺伝子治療のよい標的疾患である。これまで,米国を中心に複数の臨床試験が主にアデノウイルスを使用して実施されてきていたが,本邦でも当該疾患に関して遺伝子治療が開始されようとしている。多くの場合,腫瘍が胸腔内にとどまる点が遺伝子治療にとって有利であるが,一方,胸腔内に広がる当該疾患に対してどのように遺伝子導入を行うかという問題も残されている。また当該疾患は特有の遺伝子異常があり,これをうまく標的化することによって,さらに抗腫瘍効果を高めることが可能となる。
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8. |
白血病 / リンパ腫に対するCAR-T遺伝子治療
(小澤敬也) |
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急性リンパ性白血病(ALL),慢性リンパ性白血病(CLL),悪性リンパ腫などのB細胞性腫瘍に対する先端治療法として,キメラ抗原受容体(CAR:chimeric antigen receptor)を用いた養子免疫遺伝子療法が脚光を浴びている。すなわち,T細胞の腫瘍ターゲティング効率と抗腫瘍活性を高めるため,CD19抗原を認識するCARを発現させた患者T細胞を体外増幅して輸注するというがん遺伝子治療である。米国を中心にCD19-CAR-T遺伝子治療の臨床試験が活発化しており,特にALLの場合に優れた治療成績が報告されている。
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9. |
Lung cancer gene therapy using armed-type oncolytic adenovirus
(A-Rum Yoon・Jinwoo Hong・Chae-Ok Yun) |
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Despite lung cancer being a leading cause of cancer death worldwide, there is severe lack of efficacious therapy that target lung cancer. Armed oncolytic adenoviruses (Ads) which can selectively replicate and express therapeutic genes targeting carcinogenic pathways in lung cancer cells have demonstrated promising results. Many of the therapeutic genes expressed by oncolytic adenovirus can drastically attenuate oncogenic activities such as proliferation, angiogenesis, negative regulation of host immune system, or remodeling of extracellular matrix, resulting in highly efficacious to target lung cancer. Furthermore, armed oncolytic Ad has distinctive and unique anticancer activity that can be used in combination with conventional therapies for synergistic enhancement in treatment of lung cancer. In this chapter, we will review the efficacy of various armed oncolytic viruses targeting lung cancer and their applications in clinical and laboratorial settings.
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●第5章 神経疾患と遺伝子治療 |
1. |
Parkinson病
(村松慎一) |
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アデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus:AAV)ベクターを応用してParkinson病に対する遺伝子治療を開発してきた。
L-dopa をドパミンに変換する芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(aromatic L-amino acid decarboxylase:AADC)の遺伝子を搭載したAAVベクターを被殻に注入する臨床研究では, 運動機能の長期的な改善が得られている。今後は,AADCに加え L-dopa の合成に必要な2種類の酵素遺伝子も導入しドパミンを持続的に供給する遺伝子治療の治験を予定している。
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2. |
Aβ分解酵素ネプリライシンによるアルツハイマー病の遺伝子治療
(永田健一・西道隆臣) |
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アミロイドβペプチド(Aβ)の脳内への蓄積はアルツハイマー病(AD)発症と密接に関連する。よって,何らかの方法でAβの蓄積を阻害すれば,予防的効果がもたらされる可能性がある。ペプチド分解酵素ネプリライシンはAβを分解する活性があり,加齢に伴うネプリライシン量の低下はAβの 「産生 」と 「除去」 のバランスを 「産生」 の側にシフトさせる。一方,ネプリライシン遺伝子を人工的に導入すると,脳内でのAβ分解が促進され,ADモデルマウスの症状が改善する。本稿では,ADについて概説した後,ネプリライシンおよびネプリライシン遺伝子を使用した遺伝子治療の基礎研究についての知見を詳述する。
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3. |
筋萎縮性側索硬化症
- 孤発性ALSモデルマウスを用いたALSの遺伝子治療法開発 -
(山下雄也・郭 伸) |
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孤発性筋萎縮性側索硬化症(ALS)の脊髄運動ニューロンにおいて,AMDA受容体のサブユニットGluA2 Q/R 部位のRNA編集異常は,神経細胞死を引き起こす疾患特異的な分子異常である。GluA2 Q/R 部位のRNA編集は,RNA編集酵素ADAR2 により触媒され,孤発性ALS運動ニューロンではADAR2活性が低下している。ADAR2 活性賦活による治療法開発のため,運動ニューロンのADAR2 遺伝子を欠くALSモデルマウスに,アデノ随伴ウイルスを用いたADAR2遺伝子を投与し,ALS症状および運動ニューロン死の進行を抑止することに成功した。
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●第6章 循環器疾患/感染症と遺伝子治療 |
1. |
心不全の遺伝子治療
(谷山義明・眞田文博・村津 淳・楽木宏実・森下竜一) |
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今日,心不全では,降圧剤や利尿剤を用いて前・後負荷の軽減を介した治療法が確立されている。しかし,近年のめまぐるしい科学の進歩にもかかわらず,世界中で今なお3800万人の心不全症例が存在し大きな問題となっている。現時点での有望な治療法として,心筋内カルシウムの制御,micro RNA,細胞治療,左室補助装置にならんで遺伝子治療が検討されている。遺伝子治療の標的としては,疲弊した心筋のカルシウム濃度を増加させるCERCA2aやcAMPを増加させるAC6,幹細胞の誘導を目的としたSDF-1のPhaseが進んでおり,血管新生を目的としたHGFの遺伝子治療もPhase Iが開始されている。
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2. |
末梢血管病変に対する遺伝子治療
(松田大介・松本拓也・米満吉和・前原喜彦) |
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近年,高齢化や生活習慣の変化に伴い,動脈硬化を背景とした末梢動脈閉塞性疾患(peripheral arterial disease:PAD)患者の数は増加の一途を辿っている。PADが進行すると,QOLの低下だけでなく,生命予後にも大きな影響を与える。症状に応じ薬物療法や血行再建術が行われるが,薬物療法の効果は限定的であり,血行再建術についても全身状態や残存する血管の状態などによっては施行が困難な場合もある。それらに代わる治療法として取り組まれている遺伝子治療について概説する。
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3. |
結核
(岡田全司) |
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(1)国内では新規技術のDNAワクチン開発が遅れている。DNAワクチンガイドライン策定には純国産品でのfirst in humanの臨床治験の実施が必要である。
(2)多剤耐性結核は極めて難治性である。したがって,多剤耐性結核に治療効果を発揮するHVJ-エンベロープ/HSP65 DNA+IL-12 DNAワクチンを開発した。このワクチンはヒト結核感染に最も近いカニクイザルで生存率改善などの結核治療効果を発揮した。したがって,第Ⅰ相医師主導治験をめざし,非臨床試験を行いつつある。この進捗も述べる。一方,このワクチンはマウスやカニクイザルでBCGよりも極めて強力な結核予防ワクチン効果をも示した。予防ワクチンの臨床応用も期待できる。
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●第7章 遺伝子治療におけるレギュラトリーサイエンス |
1. |
遺伝子治療関連規制
(久米晃啓) |
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欧米での遺伝子治療の臨床効果実証の積み重ねや開発が活性化を受け,わが国でも遺伝子治療を取り巻く環境は大きく変わりつつある。社会の期待と開発側の意欲の高まりに応えるべく,遺伝子治療製品の品質および安全性に関する指針や遺伝子治療臨床研究に関する指針の改定,医薬品医療機器等法・再生医療等安全性確保法の施行,カルタヘナ法運用の柔軟化など,遺伝子治療を推進する体制の整備も進んでいる。本稿では,これらの指針や関連法規のうち,主に臨床試験の開始までに考慮すべきものについて概説する。
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2. |
遺伝子治療の審査体制と海外動向
(山口照英・内田恵理子) |
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わが国の遺伝子治療の特徴として,主としてアカデミアが実施する臨床研究と薬事開発をめざす治験が実施されている。これらの2つのルートごとに指針が策定されているが,その大幅な改定が進行中である。また,再生医療等安全性確保法や薬事法の改正により遺伝子治療の臨床開発スキームが大きく変わってきた。これには遺伝子治療臨床研究の審査体制の変更や薬事承認における条件付き承認などが含まれ,開発戦略の見直しも行われようとしている。遺伝子治療開発における審査の最新動向を海外での規制動向と比較して議論する。
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