|
内容目次 |
|
● |
序文 (山田哲司・金井弥栄) |
|
 |
|
●第1章 オミックス解析技術 |
|
|
|
|
① |
次世代シークエンサーを利用したがんゲノム解析
(十時 泰・濱 奈津子)
|
|
|
|
8年ほど前に次世代シークエンサーと呼ばれるショートリードを大量に産出する高速シークエンサーが登場して,現在までデータ産出量やエラー率が大幅に改善され進歩を続けている。次世代シークエンサーの登場と進歩によって,がんゲノム研究のパラダイムシフトが起こり,その恩恵による新しい研究・発見が次々と発表されていることは周知の事実である。本稿では,次世代シークエンサーの特徴,基本的なデータ処理,体細胞変異の解析技術について解説し,それによって何がわかるのか具体例を紹介して示したい。
|
|
|
|
② |
コピー数解析
(坂本裕美・知久季倫・吉田輝彦)
|
|
|
|
われわれの研究室では,体細胞ゲノム・遺伝子異常を同定する目的で多人数のがんおよび非がん組織のペアのwhole exome sequencingを実施する際に,品質検査として極めて有用と考えるIllumina社のSNP chipの解析を先行して行っている。不良検体のふるい落としや非がん細胞混入割合の推定とともに,SNP array CGH(comparative genomic hybridization)によるコピー数異常の解析を行う。その実際と,主なソフトウェア調査・評価について概説する。
|
|
|
2) |
エピゲノム
(金井弥栄) |
|
|
ゲノム網羅的に見たエピジェネティック機構 (主としてDNAメチル化とヒストン修飾) の総体が,エピゲノムである。特に,適切なCpG部位のDNAメチル化率を組織検体・体液検体で定量することで,発がんリスク診断・がんの存在診断・予後診断・分子標的治療のコンパニオン診断などを行うことができる。本稿では,多数の臨床試料に適用してバイオマーカー探索に用いるエピゲノム解析手技について解説し,臨床検査として普及させるため開発中の小型汎用DNAメチル化診断装置を紹介する。DNAメチル化診断が真に実用化され,がんの個別化医療に資することが大いに期待される。
|
|
|
|
|
① |
次世代シークエンサー解析
(市川 仁) |
|
|
|
各遺伝子の発現レベルだけでなく,その転写産物の塩基配列まで知ることのできる次世代シークエンサー技術は,がんのトランスクリプトーム研究において重要な解析ツールとなってきている。この技術を用いてがんの発症に関わる融合遺伝子が数多く見出され,それらの中には治療標的・バイオマーカーとして期待されるものが多数含まれている。また,その検出力の高さから,融合遺伝子の検査・診断ツールとしても期待されている。
|
|
|
|
② |
マイクロアレイによるがん診断薬開発の現状
(佐々木博己・中村加奈子・小松将之) |
|
|
|
この15年間に,いくつかの画期的な解析技術の開発によって網羅的な生体分子の情報(ゲノミクス,エピゲノミクス,トランスクリプトミクス,プロテオミクス,メタボロミクス)を統合するオミックス研究が登場した。以降,現在に至るまで日々蓄積されている膨大なオミックス情報は,特に各種疾患の分子レベルでの本態解明や治療方針の決定に関する研究を加速させている。将来は 「ハイテク診断機器」 によって,疾患の早期発見,新たな分類,病態診断,治療法の選択,および治療効果監視などの個別化医療や予知医療が実現する可能性は高い。ここでは,最も先進的なマイクロアレイのがん研究への応用の現状をまとめるとともに,生検組織による治療前サブタイプ診断の有用性について述べたい。また,マイクロアレイなど最新装置を使った診断が実社会に普及するうえでの壁についても議論したい。
|
|
|
|
|
① |
二次元電気泳動法を用いたがんバイオマーカー開発
(近藤 格) |
|
|
|
二次元電気泳動法は歴史的なタンパク質プロファイリングの技術であり,いくつかの技術革新とともに蛍光二次元電気泳動法(2D-DIGE法)に発展し,プロテオーム解析で用いられている。バイオマーカー開発においては,多くのタンパク質を観察し,サンプル間で発現差のあるタンパク質を同定する目的で使われている。腫瘍組織を用いたプロテオーム解析において二次元電気泳動法・2D-DIGE法は有力な技術であり,数多くのバイオマーカー候補が同定されてきた。二次元電気泳動法・2D-DIGE法はこれからも活用されていくだろう。
|
|
|
|
② |
質量分析法に基づくバイオマーカー研究へのアプローチ
(米山敏広・内田康雄・立川正憲・大槻純男・寺崎哲也) |
|
|
|
バイオマーカータンパク質研究は,候補分子を探索する段階から始まる。候補分子の探索には質量分析装置を用いた網羅的プロテオミクス手法が用いられるが,定量性および網羅性に優れた手法として,sequential window acquisition of all theoretical fragment-ion spectra(SWATH)が近年開発され,今後のバイオマーカー探索の中心的手法となると考えられる。探索によって同定された数多くの候補分子の中から,短期間で高感度かつ高精度に候補分子を絞り込むためには,定量的標的絶対プロテオミクス(quantitative targeted absolute proteomics:QTAP)が有用であり,本稿では実例を踏まえながら紹介する。将来的に,質量分析装置は臨床検査にも大きく貢献すると期待される。
|
|
|
|
③ |
リン酸化タンパク質
(石濱 泰・今村春菜) |
|
|
|
リン酸化タンパク質の網羅的解析技術であるリン酸化プロテオミクスは,その実験手法ならびに情報解析の両面で近年急速に発展している。これらの技術開発はタンパク質リン酸化が関わる新たな生物学的知見の発見へと直結しており,これらの発見がまた更なる新手法の開発へのトリガーとなるというサイクルが続いている。本稿では,リン酸化ペプチドの濃縮および情報解析の最近の進歩に特に焦点を当て,ショットガンリン酸化プロテオミクスのための分析方法の開発について紹介する。
|
|
|
5) |
メタボローム
(平田祐一・小林 隆・西海 信・東 健・吉田 優) |
|
|
近年,生体を構成するDNA,RNA,タンパク質,低分子代謝産物などの物質を網羅的に解析するオミックス解析が進歩している。なかでも,低分子代謝産物を解析するメタボロミクスは最も新しいオミックス解析の1つである。代謝産物を解析することで生体内の代謝プロファイルを把握することは,生体の状況を把握することにつながる。特に,これを疾患に当てはめることで病態解析の解明やバイオマーカーの発見につながる可能性があり,近年,様々な研究がなされている。本稿では,リスク評価,早期診断,治療効果・予後予測を可能とするバイオマーカーの探索を目的としたメタボロミクス研究に関する最近の動向について紹介する。
|
|
|
6) |
糖鎖解析技術の進歩で実現される糖鎖情報の解読と病態理解
(池原 譲) |
|
|
糖鎖構造の解析は,質量分析器の進歩が推進してきた。このことにより,均一に見える培養細胞などの細胞集団にも,多様な糖鎖構造が存在することが明らかとなっている。質量分析器の進歩で読み解かれる糖鎖構造の多様性とその変化は,腫瘍などの疾患の発症と進展,疾患に随伴する病態の成り立ちに関連づけられてゆくことと思う。本稿では,このような視点に立ち糖鎖解析技術の進歩で実現されるバイオマーカー研究を考察する。
|
|
|
7) |
疾患診断のための化合物アレイの活用
(河村達郎・近藤恭光・長田裕之) |
|
|
われわれは,理研天然化合物バンクの約3万種類の化合物を光親和型反応により固定化した化合物アレイを開発してきた。さらに,この化合物アレイを活用することで,ヒト,真菌,細菌,ウイルスに由来する様々なタンパク質との相互作用(結合)を検出し,分子機能を理解するためのケミカルバイオロジー研究を展開してきた。もともとはタンパク質のリガンドを取得するための基盤技術として開発した化合物アレイだが,疾患診断のためのバイオマーカー探索ツールとしての可能性も秘めており,実用化に向けた今後の研究の進展が待たれる。
|
|
|
|
1) |
オミックスデータのシステム数理情報解析
(堀本勝久・福井一彦) |
|
|
オミックスデータ解析に用いられる数理情報解析手法がほぼ出揃い,それらが実装されたソフトウェアが簡単に入手・実行できる現状において,オミックスデータ解析は数理科学でも情報科学でもなく,医学・薬学・生物学の一部である。解析対象のデータの性質を正確に見極め,設定されたゴールに辿り着くためにどのように解析を実行するかという思考が最も必要とされる。本稿では,オミックスデータを利用した数理情報解析によるバイオマーカー候補および薬剤候補の絞り込みを例に,その思考過程について概説する。
|
|
|
2) |
多層オミックス解析と統合データベース構築
(青木健一・錦織充広・田中啓太・五味雅裕・斎藤嘉朗・吉田輝彦・南野直人) |
|
|
13疾患の組織試料を対象に多層オミックス解析(ゲノム,エピゲノム,トランスクリプトーム,プロテオーム,メタボローム)を行い,実験値と臨床情報,疾患群・対照群の比較解析結果を収録する多層的疾患オミックス統合データベースを構築し,そのデータの一部の公開を開始した。全オミックス解析情報を統合可能とするため,ゲノム情報と関連づけられないメタボローム解析データを表示するパスウェイビューアを作成し,代謝反応を担う酵素のタンパク質量,mRNA発現量を表示し,酵素名よりゲノム系の解析情報やビューアに移行できるシステムを作成した。代謝物から遺伝子までのトランスオミックス情報を短時間に入手し,相関性などの理解が可能となった。
|
|
●第2章 血液バイオマーカーの新展開 |
1. |
新規がん診療バイオマーカーとしての血液中miRNAの可能性
(横井 暁・吉岡祐亮・落谷孝広) |
|
2008年に初めて血液中にmicroRNA(miRNA)が発見されてから7年余り、多くの研究者たちがその新しいバイオマーカーの可能性を信じ、数多くの報告が蓄積された。その大きな成果に導かれ、米国および日本では国家プロジェクトとして、miRNAに関する大規模研究が始まっている。これらの背景から、miRNAに着目した血液バイオマーカー研究がさらに活発になることは確実であり、新たな診断ツールとしての臨床応用も遠い未来の話ではない。しかし、臨床応用のためには解決しなければならない課題も残っている。本稿ではmiRNAを用いたがんバイオマーカー研究のこれまでと、今後の展望について検討したい。
|
|
2. |
血中循環腫瘍細胞
(古田 耕) |
|
腫瘍組織由来で血中へ遊離した細胞と表現される血中循環腫瘍細胞(CTC)自体には,ユニークな染色性や細胞が大きいという特徴がある。CTCを血液中から回収する方法には,標識抗体を用いる方法と用いない方法がある。CTCは,バイオマーカー探索だけでなく,その数と予後の比較検討により一部の治験や臨床研究の場においては有効性の指標ともなっている。注目を集めているのは次世代シーケンス(NGS)であり,ゲノム医療の基本となりうるゲノム薬理学(PGx)だけでなく,薬剤感受性,耐性に対応した薬理遺伝学(PGt)に基づく治療のデザインまでもがCTCの可能性として考えられている。
|
|
3. |
血中腫瘍DNA
(久木田洋児・加藤菊也) |
|
血中腫瘍DNA(circulating tumor DNA:ctDNA)は,がん細胞死に伴って血中に放出される遊離DNAである。その存在は1990年代から知られていたが,最近のゲノム関連技術の進展により漸く臨床応用可能な状況になってきた。用途としては,進行がんの病態モニタリング,分子標的薬効果および耐性モニタリング,残存病変の検出,早期発見など多岐にわたる。現在検出技術開発が盛んに行われているが,一般にはデジタルPCRおよびその関連技術である次世代シーケンサーが標準的な技術になりつつある。
|
|
4. |
血漿中アミノ酸プロファイルは,なぜ 「がんリスク」 を知っているのか
(安東敏彦) |
|
血漿中のアミノ酸濃度(アミノグラム)は常に一定になるようにコントロールされている。しかし,多くの疾病において代謝に影響がみられ,アミノグラムにも変化が現れることが報告されている。それなら逆に,アミノグラムの変化から疾病の有無を知ることができるのではないかと考え,複数のアミノ酸の組み合わせを統計的に解析する技術を開発した。この 「アミノインデックス」 という技術を用いて,がんに罹患しているリスクを評価する新しい検査法が,アミノインデックス®がんリスクスクリーニング法(AICS)である。
AICSの特長は,①一度の採血で,複数のがんを同時に検査できる,②早期のがんにも対応した検査である,③採血による簡便な検査であり,健康診断で同時に受診できる,という点であり,がんのリスクをスクリーニングする検査として活用が広がっている。
|
|
●第3章 がん化リスクの評価 |
1. |
肺発がんリスクに関わるゲノム要因
(本多隆行 ・白石航也・坂下博之・河野隆志) |
|
肺発がんへのリスク因子については,喫煙を代表とする環境因子が明らかにされてきた。一方,肺がんの家族歴がリスク因子となることから遺伝要因の関わりも示唆されてきた。そして,それを裏づけるものとして,肺発がんリスクと関連する遺伝子多型群(common variants, rare variants)が同定されてきている。一方まれではあるが,肺がん家系として家族集積性の発症をもたらす EGFR,HER2/ERBB2 がん遺伝子の胚細胞系列変異が発見されている。また,間質性肺炎などの慢性呼吸器疾患が肺発がんリスク因子となることが示されているが,その分子機序については不明な点が多い。今後,遺伝子多型や胚細胞系列変異,炎症などのリスク因子がいかに個々の発がんに影響を与え,がん細胞の特性に反映されていくかを明らかにすることが,肺がんの個別化予防・治療に役立つと考える。
|
|
2. |
DNAメチル化指標を用いた肝発がんリスク評価
(新井恵吏) |
|
肝炎ウイルス感染を伴う慢性肝炎・肝硬変症は,DNAメチル化異常を伴う前がん状態である。マイクロアレイによるゲノム網羅的解析やパイロシークエンス法で,慢性障害肝において発がんリスクを診断できるDNAメチル化指標の候補を絞り込んだ。肝針生検検体で発がんリスク評価が行えれば,リスクに応じた経過観察計画の策定による個別化医療が実現できる。
|
|
3. |
生活習慣情報を用いた発がんリスク予測
(岩崎 基) |
|
個人の発がんリスクに応じて予防法を選択するといった個別化予防を実現するには,絶対リスクを高精度に予測することが重要である。疫学研究のエビデンスに基づく因果関係評価を経て,がん予防として日本人が実践に値する5つの生活習慣要因の保有状況に基づき,10年間にがんに罹患する確率を予測するツールを開発した。外的妥当性の検証が課題であるが,絶対リスクを認識することで生活習慣改善のきっかけとなることを期待している。また,乳がんの化学予防が適応となるハイリスク群を同定するツールとして利用されているGailモデルを例に,今後の研究の展望として,ゲノム情報などのバイオマーカーを組み込んだモデル構築の現状を整理した。
|
|
●第4章 バイオマーカーによるがんの早期診断 |
1. |
がん自己抗体による早期診断の可能性
(島田英昭) |
|
がん抗原に対する自己抗体を用いた比較的早期のがん診断の可能性について概説する。すでに実用化されているp53抗体検査は,主として食道がんや大腸がんの診療に貢献している。比較的早期の段階から陽性となることから早期診断あるいは微小残存腫瘍同定に有用である。同様にSEREX抗体としてNY-ESO-1抗体や他の自己抗体も一定の陽性率ではあるが,ステージ1での陽性率はp53抗体に比較して低い。
|
|
2. |
早期膵がん・膵がんリスク疾患を検出する血液バイオマーカーの開発
- Apolipoprotein AⅡisoformを用いた早期膵がんの検出法 -
(紙田正博・三浦奈美・庄司広和・本田一文) |
|
膵がんは,予後が不良な難治性のがんとして知られている。この疾患の発見には既存バイオマーカーであるCA19-9を用いているが,早期段階で検出はできず特異性も高くない。したがって,膵がんを早期に発見できる新規バイオマーカーを開発することが予後改善ひいては完治のために必要である。われわれは質量分析基盤プロテオミクスを用いて膵がんバイオマーカーapolipoprotein AⅡisoformを発見し,膵がんおよび膵がんリスク疾患バイオマーカーの開発を行った。現在,ELISA法を用いたキットを作成し,実用化に向けて発展させている。
|
|
3. |
大腸がんのメチル化DNAマーカー
(鈴木 拓・山本英一郎) |
|
より効果的な早期大腸がんスクリーニングを実現するため,DNAマーカーが注目されている。DNAメチル化異常,特に遺伝子プロモーター領域のCpGアイランドの高メチル化は,その多様性と出現頻度の高さから,血液中あるいは便中の大腸がんマーカーとしての有用性が高いと考えられる。これまで多くの研究者によって様々なマーカー候補遺伝子が検証され,血液中のSEPT9 メチル化や便中のvimentin (VIM )メチル化のように企業から診断キットとして実用化されたマーカーもある。大規模研究によるエビデンスの強化およびコストの低下が,普及に向けての今後の課題である。
|
|
●第5章 がんの予後予測 |
1. |
肺がんの予後予測バイオマーカー
(山田哲司) |
|
肺がんは早期に発見されても,一部の症例は術後再発し,必ずしも治癒には至らない。おそらく現在の診断技術では検出できない微小転移が発見時に既に存在していたものと考えられる。補助化学療法を行うことで治療成績が改善することが期待されるが,早期症例の大部分は術後補助化学療法を行わなくても治癒するため,再発リスクの高い症例の選別が必須である。actinin-4(遺伝子名 ACTN4 )の遺伝子増幅は肺腺がんの約15%に認められ,従来にない高いハザード比で再発リスクを予測できるバイオマーカーである。
|
|
2. |
DNAメチル化を指標とした腎細胞がんの予後診断
(田 迎・與谷卓也・新井恵吏) |
|
腎細胞がんの発がん過程において,DNAメチル化は前がん状態より変化し,その変化はがんに受け継がれて悪性度や症例の予後を反映する。腎細胞がんにはCpGアイランドのDNAメチル化亢進が蓄積して予後不良なCpGアイランドメチル化形質(CIMP)が存在することから,CIMPの診断によって腎細胞がんの予後予測が可能である。現在,高速液体クロマトグラフィ技術を用いたDNAメチル化診断法を開発中である。
|
|
●第6章 治療薬のコンパニオンバイオマーカー |
1. |
肺がん
(萩原弘一) |
|
非小細胞肺がんでは,がん細胞増殖に主導的な役割を演じるcancer driver geneが明らかになってきている。代表的なものは変異EGFR で,30〜50%の患者にみられる。次いで5%の患者にみられるALK 融合遺伝子が挙げられる。変異EGFR にはEGFR阻害薬が,ALK 融合遺伝子産物にはALK阻害薬が有効なため,これらの変異遺伝子の有無を検索して患者の治療方針を決定することが標準的な日常臨床手順になっている。このほかにも,変異BRAF,変異HER2,ROS1 融合遺伝子,RET 融合遺伝子などがcancer driver geneの候補であり,対応する分子標的薬の臨床的有用性が検討されている。
|
|
2. |
大腸がんにおけるKRAS変異と抗EGFR抗体薬治療
(川添彬人・吉野孝之) |
|
これまで大腸がんにおいて,実地臨床に導入されている抗EGFR抗体薬の効果予測因子は,KRAS exon 2遺伝子変異のみであった。近年,欧米を中心とする複数のランダム化比較試験のprospective-retrospective analysisなどにて,KRAS exon 2以外のRAS変異型(minor KRAS/NRAS変異)も抗EGFR抗体薬の治療効果が期待できないことが報告されている。現在,欧米をはじめとする各国において抗EGFR抗体薬の適応は,これまでのKRAS exon 2野生型からRAS野生型へと変更されており,本邦においてもRAS変異測定に関するガイドラインの整備が行われた。また,複数のRAS変異を同時に測定できる体外診断薬が2015年4月1日に保険承認され,今後,実地臨床においてより適切な抗EGFR抗体薬の投与対象の選択が行われることが期待される。
|
|
3. |
胆道がんにおける治療薬のコンパニオンバイオマーカー
(柴田龍弘) |
|
胆道がんは難治であるが臨床開発が進んでおらず,アンメットメディカルニーズは高い。最近,肝内胆管がんにおいて報告されたFGFR2融合遺伝子は,機能解析などから重要なドライバーがん遺伝子であり,分子治療標的として有望であることが強く示唆されて,すでに米国では胆道がんを対象に含むFGFR2阻害剤を用いた臨床試験が複数開始されている。FGFR2融合遺伝子を含めたコンパニオンバイオマーカーの開発によって,今後胆道がんに対する治療戦略が大きく変わることが期待される。
|
|
4. |
BRAF阻害剤やMEK阻害剤を用いた悪性黒色腫の治療におけるBRAF 変異診断
(渡邉元樹・酒井敏行) |
|
分子標的薬の治療効果をより一層高めるためには,治療有効群の層別化が不可欠であり,創薬と同時に,その感受性予測マーカーを同定することが理想である。悪性黒色腫に対するBRAF阻害剤やMEK阻害剤による治療と,その感受性予測マーカーであるBRAF 変異診断の一体化開発はその典型例の1つといえよう。本稿では,欧米他で承認されたMEK阻害剤の創薬経験を踏まえ,独自の視点から新規バイオマーカーの同定方法について考察するとともに,RAF/MEK阻害剤とその薬剤感受性マーカー探索における今後の課題について概説する。
|
|
5. |
前立腺がんに対する治療薬のコンパニオンバイオマーカー
(中川 徹) |
|
アンドロゲン遮断療法は転移を有する前立腺がん治療のゴールドスタンダードである。アンドロゲン受容体には複数のスプライスバリアントがあり,その1つであるAR-V7は,リガンド結合領域を欠く一方,リガンド非依存性の転写因子として恒常的活性化の状態にある。血中循環腫瘍細胞(CTC)におけるAR-V7の検出は,去勢抵抗性前立腺がんの新規治療薬エンザルタミド,アビラテロンの奏効性を予測するコンパニオン診断として有望である。
|
|
6. |
成人および小児のグリオーマ - ゲノム解析から得られた知見 -
(山崎夏維・市村幸一) |
|
神経膠腫(グリオーマ,glioma)は近年最も精力的に遺伝子解析が行われた腫瘍の1つである。解析により多くの新たな知見が得られるとともに,分子分類を積極的に取り入れたWHO分類の改訂が目前に迫るなど,まさに転換期を迎えている。本稿では多くの知見の中から診断や標的治療に関連した遺伝子異常を中心に概説する。
|
|
7. |
胃がんにおける分子標的治療とコンパニオンバイオマーカーの開発
(永妻晶子・落合淳志) |
|
胃がんはわが国を含むアジア諸国に多いがんで,バイオマーカーとしてHER2など受容体型チロシンキナーゼのタンパク過剰発現や遺伝子増幅が知られている。分子標的治療薬の開発も積極的に行われており,わが国において現在ではトラスツズマブやラムシルマブが承認されている。本稿では,胃がんの分子異常とそれらを標的とした分子標的治療薬の開発状況,コンパニオンバイオマーカーの開発に関連した胃がん特有の問題点について言及する。
|
|
8. |
乳がん
(笹田伸介・田村研治) |
|
乳がんは女性の部位別がん罹患数の第1位を占める主要ながんの1つである。固形がんの中では,早期より薬物療法の有効性が確認され,ホルモン受容体やHER2といったバイオマーカーを駆使した治療開発が進んでいる。化学療法以外に有効な治療薬が存在しないトリプルネガティブ乳がんは,予後が不良であるとともに生物学的に不均一であり,治療開発が遅れていることが問題視されている。近年,トリプルネガティブ乳がんにBRCA 変異が多いことから,PARP阻害薬が注目されている。コンパニオンバイオマーカーの発見は,乳がんの新たな治療開発につながると期待されている。
|
|
9. |
抗PD-1あるいは抗PD-L1抗体を用いた免疫療法
(吉村 清) |
|
がん免疫療法は,手術,化学療法,放射線療法に次ぐ第4の柱として,その理論的根拠を含め強く期待されながら長らくその期待どおりの結果を出すことができなかった。本来は免疫担当細胞ががんを学習し記憶することで体内のがんを攻撃し,長期間その再発を防ぐ可能性があると考えられている。一方で期待に添えた成果を出せなかった理由として,がんに対する殺細胞効果を抑制しようとするシグナルが治療効果の妨げとなっていることが近年明らかになってきた。現在T細胞への抑制を解除する目的で免疫チェックポイント阻害剤を用いる治療法が注目されている。このため,がん免疫療法はかつてない期待が寄せられている。本稿で取り上げる免疫チェックポイント阻害剤はT細胞の殺細胞効果への抑制を解除する目的で用いられる治療法として開発され,その有効性からついに免疫療法ががん治療の柱の1つになる時代がきたと言われはじめた。この免疫チェックポイント阻害剤に関して最も注目されている抗PD-1/PD-L1抗体療法を中心に取り上げ,これに関連するコンパニオンマーカーについても触れた。
|
|
10. |
DNA損傷応答
(後藤 悌) |
|
生体はDNA損傷に対して数多くの修復機構を有している。がん細胞は修復機能が低下していることが多く,治療の標的となる。白金製剤はDNAに架橋を作るが,がん細胞の修復能が低下していれば,正常細胞よりも多くの損傷を与えることができる。PARP阻害薬は塩基除去修復を低下させるため,がん細胞だけがその他の修復能が低下しているときには,がん細胞の修復能に大きな影響を及ぼす。がん細胞の修復タンパクを解析することで,これらの薬剤の効果を予測することが試みられている。臨床検体という制約もあり,確証的なデータは少ない。
|
|
11. |
がんの個別化医療におけるチロシンキナーゼ阻害薬とコンパニオンバイオマーカー
(増田万里・山田哲司) |
|
分子標的治療はがんの標準的治療において重要な位置を占めるようになった。受容体型チロシンキナーゼHER2を標的とする抗体薬トラスツズマブや,c-kitおよびBcr-ablチロシンキナーゼ阻害薬イマチニブは臨床で目覚ましい効果をあげ,がん薬物療法にパラダイムシフトを引き起こした。一方,投与対象者を選択するトラスツズマブのHER2検査,およびゲフィチニブ,エルロチニブのEGFR 遺伝子変異検出に始まったコンパニオン診断は医療の質と安全性の向上に貢献し,今後ますます我々の生活に身近なものになることが予測される。
|
|
●第7章 体外診断薬としての実用化 |
1. |
産学連携推進によるバイオマーカーの実用化
(青 志津男) |
|
産学連携によるバイオマーカーの実用化のためには,知的財産の移転,企業との共同研究,ベンチャーの創出などの経路が考えられ,オープンイノベーションの流れの中で,企業側からも積極的にアカデミアの研究成果へのアプローチが行われている。産学連携を円滑に進めるためには,共同研究はビジネスの一環であることをアカデミアの研究者は認識することが重要であり,技術情報のコンタミネーション,秘密情報の取り扱いに注意しながらも,コミュニケーションを頻繁に取り合い,研究内容についてオープンな情報交換ができる関係を構築することが成功への近道である。
|
|
2. |
体外診断用医薬品の市場について
(山根 弘・辻本研二) |
|
国内の体外診断用医薬品市場について,直近の市場規模や成長性の観点から概観するとともに,免疫血清検査や生化学検査などの検査分野別の動向も合わせて報告する。また今後の展望として,コンパニオン診断薬分野や新たな診断技術として期待される次世代シーケンサーの概要や普及に向けた課題を提言するとともに,合わせて体外診断用医薬品を取り扱ううえで必要な法的な対応(医薬品医療機器法等による承認制度)について簡単に報告する。
|
|
●索引 |