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内容目次 |
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序文 (野村文夫) |
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●第1章 実用化に向かう次世代シークエンサーとその周辺 |
1. |
遺伝子検査に向けたDNAシークエンス技術の現状と今後の展望
(小原 收)
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「次世代」と呼ばれるシークエンサーが日常的なツールとなり,遺伝子検査のありようも刻々と変化しつつある。しかし,こうした流れは決して急に生まれたわけではなく,私の知るかぎり30年近くの継続的な欧米研究者の努力が結実したものである。つまり,現在のシークエンス技術の展開も彼らの個別化医療をめざした結果であり,その潮流の辿り着く先には遺伝子検査の診断としての意味を革新する可能性がある。本稿では,DNA シークエンス技術の基本的なコンセプトと現在の到達点を概説するとともに,今後の遺伝子検査でのその応用の可能性について述べる。
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2. |
がんを対象とした次世代シークエンサーによるゲノム解析と臨床応用
(土原一哉) |
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次世代シークエンス技術の一般化とともにがん研究の方法論は大きく変化した。網羅的解析で明らかにされた体細胞変異のプロファイルは肺がんをはじめ固形がんでとりわけ多様性に富んでおり,症例ユニークな変異の意義の関連づけが重要である。治療面でも分子標的療法の進展とともに個々の症例における複数の治療標的分子の活性化変異を短期間で同定することが必須となっている。次世代シークエンス技術はこうしたゲノムバイオマーカーに基づく治療選択にも有用であり,今後臨床検査としての適格性をいかに担保していくかは大きな課題である。
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3. |
遺伝性疾患の原因究明における次世代シークエンスの有用性
(鈴木敏史・鶴﨑美徳・松本直通) |
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網羅的遺伝子変異の同定を可能とする次世代シークエンサーが2005年に登場し,メンデル遺伝性疾患を中心に責任遺伝子が次々と単離されている。特に原因未解明の遺伝性疾患に対して,ヒト全遺伝子を解析する全エクソームシークエンスが解析手法の第一選択技術となりつつある。本稿では,次世代シークエンスを用いた疾患ゲノムの解析法の有用性について自験例を交え概説する。
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4. |
次世代シークエンサーを利用した遺伝性疾患のパネル診断
(黒澤健司) |
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次世代シークエンサーを利用した遺伝性疾患のパネル診断についてまとめた。パネル解析は,遺伝的異質性があるものの責任遺伝子数がある程度限定される疾患群を対象とする。得られたバリアントと臨床症状との相関が比較的わかりやすく,read depth も厚く得られるためにデータの信頼性は高い。予期しない結果(incidental findings あるいはsecondary findings)が少ないので結果説明の際の倫理的配慮が低い。コストダウンも容易である。しかし,運用する検査室規模や設備機器の解析能力・レベルによって,エクソーム解析や単一遺伝のサンガー法と長所・短所が逆転することもあり,運用状況を十分考慮に入れた導入が望ましい。
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5. |
次世代シークエンサーにおける Incidental findings とその取り扱い
(小杉眞司・土屋実央) |
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次世代シークエンサーによる解析では,全ゲノム・エクソームなどの配列を網羅的に読む特性上,当初に意図した目的を超えて見出される偶発的所見(IF:incidental findings)の取り扱いが問題となる。IF の同定により,臨床症状からは疑われていなかった疾患を発症する可能性が高いことなどがわかるためである。2013年3月,米国臨床遺伝専門医会(AmericanCollege of Medical Genetics and Genomics)が次世代シークエンサーによるIF の取り扱いに関するガイドラインを発表した。日本では,2013年に改正,施行された「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」に,IF の開示に関する方針についての記載が追加された。これらより,ほぼ1年を経た現状と課題について概説する。
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6. |
遺伝子関連検査におけるネットの活用とその人材育成
(中山智祥) |
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次世代シークエンサーやマイクロアレイ解析技術を用いた遺伝子関連検査の実用化が着々と進んでいる。一方,これらの技術は全ゲノムを対象としているため,予期せぬ遺伝性疾患の原因変異・多型が発見される(incidental findings)ことがあるなど倫理的な問題が生じている。また,見出したvariant(多様体)が疾患の原因(変異)になるのか,単なる個人差(多型)になるのかの判断は一筋縄ではいかず,インターネット検索によるリアルタイムの的確な情報収集が必要となる。このような問題点を解決するため,次世代シークエンサー臨床応用時代に即した新たな専門資格(ジェネティックエキスパート)の創設を含む,わが国の現状を紹介する。
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7. |
全自動遺伝子解析装置の最新情報
(糸賀 栄・渡邉 淳・野村文夫) |
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種々の全自動遺伝子解析装置が販売され,今後,遺伝子関連検査の一翼を担うようになると予想される。これから遺伝子検査室を立ち上げようとしている施設では,まずこのような全自動遺伝子解析装置を購入してから周辺環境を整えていく,または遺伝子検査室がなくても遺伝子関連検査が行えるといった時代になってきたと思われる。本稿では,これらの全自動遺伝子解析装置の最新情報として,各企業へアンケート調査を行い,装置の比較より見えてきた各装置の特徴を報告する。自動遺伝子解析装置の日本での普及は過渡期にあり,この数年で大きく変わると予想される。
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8. |
遺伝子関連検査が保険収載されるまでの流れと質保証をめぐる諸問題
(堤 正好) |
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現在の遺伝子関連検査を取り巻く環境としては,ヒトゲノム・遺伝子解析研究の進展に伴い,急速な解析技術の発展や研究の内容や方法が多様化していることなどが挙げられる。そして,これら解析技術の急速な進展や研究により得られた成果は,多様な遺伝子関連検査として臨床の場で活用されることが期待されている。さらに,臨床の場における遺伝子関連検査としての実用化に際しては,保険収載の有無が大きく影響する。このため,遺伝子関連検査が保険収載されるまでの流れ(ルート)と,検査の質保証に関連する諸問題について示す。
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●第2章 分子標的治療のための体細胞遺伝子検査の現況 |
1. |
肺がん
(谷田部 恭) |
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近年,肺がんに対する新薬・分子標的薬の開発が進み,実臨床に導入されると同時に目覚ましい効果を上げている。特にEGFR
チロシンキナーゼ阻害剤,ALK 阻害剤は,それらの遺伝子変化があれば標準治療として組み入れられており,遺伝子テストの結果がなければ治療戦略を決定できないまでになっている。この現状に対して2013年,国際的なガイドラインが発表された。このガイドラインは関連3学会(米国病理医協会,世界肺がん学会,
遺伝子病理協会)から出されており,それぞれ病理,臨床,遺伝子検査に対しての推奨が含まれている。ここでは,遺伝子検査への推奨を中心に概説し,本邦における問題点を論じた。
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2. |
乳がん
(佐藤史顕・佐治重衡・戸井雅和) |
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元来,乳がんの診断は視触診・画像検査・病理検査といった形態学的手法と少数のマーカーで行われてきた。これに対して遺伝子検査は,より質的な情報をもたらし乳がんの理解を深めるとともに治療法選択への判断基準を提供しはじめている。現在までに,乳がん原発巣の遺伝子発現解析をもとにしたmulti-gene assay としてMammaPrint,OncotypeDx,PAM50 といったアッセイが実用化されてきた。今後,ゲノム遺伝子変異情報によるアッセイや血液標本を用いたアッセイが実用化されるであろう。
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3. |
大腸がんにおける分子標的治療と体細胞遺伝子検査
(久保木恭利・吉野孝之) |
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大腸がんの薬物療法において,抗EGFR 抗体薬の治療効果はKRAS 遺伝子変異を有する患者では期待できないことが明らかになっているが,近年これまで報告されてきたKRAS 遺伝子変異(codon 12,13)だけでなく,KRAS 変異(minor),NRAS の遺伝子変異も抗EGFR抗体薬の治療効果予測因子であるという報告が相次いでいる。現在,抗EGFR 抗体薬の適応に新たにRAS 野生型という定義が確立されつつあり,新たな検査キットの開発も進んでいる。またBRAF 遺伝子変異やPIK3CA 遺伝子変異も治療の標的として治療開発が始まっている。
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4. |
造血器腫瘍の分子標的薬治療のための体細胞遺伝子検査
(宮地勇人) |
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造血器腫瘍のゲノムシークエンス情報の生物学的研究の成果の結果,診断. 治療に有用なバイオマーカーの解明とともに分子標的薬の開発および臨床利用が進められている。特に慢性骨髄性白血病において,ABL チロシンキナーゼを標的としたチロシンキナーゼ阻害剤は単独治療にて治癒が期待でき,治療体系・診断体系が劇的に変化した。そこで体細胞遺伝子検査は,その治療選択,治療モニタリング,治療効果,治療抵抗性の指標として大きな役割をもつ。新規の分子標的薬の個別患者における選択には,体細胞遺伝子検査として,治療標的となる遺伝子異常の検出とともに,従来治療における予後リスク評価のための遺伝子異常の検出が必要となる。造血器腫瘍の分子標的薬治療における遺伝子検査の多くは検査室独自の方法であり,良質な診療にはこれら検査の質確保に向けての取り組みが望まれる。
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5. |
コンパニオン診断薬:現状と今後の課題
(登 勉) |
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国際ヒトゲノム計画の完了から約10 年が経過し,ヒトゲノム配列情報を利用した個別化医療の実現への期待は高い。しかしながら,現状はがん治療分野以外では期待ほどには進展していない。有効で安全な治療薬の選択のために,最も効果が期待される患者や副作用の発現が予想される患者を診断することを目的とするコンパニオン診断薬は,個別化医療にとって不可欠である。米国やわが国における医薬品との同時承認審査や臨床運用の現状を紹介し,コンパニオン診断薬の保険導入や多項目化などの今後の課題についても考察した。
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●第3章 生殖細胞系列遺伝学的検査の臨床応用 |
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1) |
薬物代謝酵素・薬物トランスポーター多型診断の臨床的意義
(有吉範高)
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薬物代謝酵素と薬物トランスポーターは,食事などで不可避に摂取された生体異物や生理的過程で生じた生体に有害な低分子化合物を体外へ排泄するために重要な生体防御機構としての機能をもつタンパク質と考えられており,生体異物である医薬品はこれらの基質となる。これらタンパク質の遺伝子多型のうちタンパク質を完全に欠損するものや,タンパク質機能あるいは発現量に著しい変化をもたらすものについては,薬物動態に影響する結果,効果や副作用と関連する場合がある。現状,日本において実臨床で診断が実施されている例は多くはないが,新薬開発や個別化医療の進展に伴い診断の臨床的意義が明確になれば,診断項目が増えていく可能性がある。
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2) |
生殖細胞系列遺伝子検査(遺伝学的検査)による薬剤の有害事象の予測
(莚田泰誠)
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薬疹や薬剤性肝障害などの重篤な副作用を起こす薬剤を用いる治療において,事前の生殖細胞系列遺伝子検査で副作用の発現リスクを予測したうえで,治療薬を選択したり投与量を調節したりするような治療介入を行うことにより,集団全体の副作用の発現頻度を下げることが可能になりつつある。特に,重症薬疹の発現リスクと関連する複数のヒト白血球抗原(humanleukocyte antigen:HLA)アレルはゲノムバイオマーカーとしての医学的有用性が臨床研究によって実証され,臨床にも導入されている。
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3) |
ホストと感染因子の遺伝子関連検査を組み合わせた感染症の治療
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① |
CV感染症とIL28B遺伝子多型
(松波加代子・田中靖人)
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ゲノムワイド関連解析(GWAS)により,ペグインターフェロン+リバビリン(PEG-IFN/RBV)併用療法の有効性に関連する1 塩基多型(SNP)rs8099917 が同定され,2010 年には「IL28B の遺伝子診断によるインターフェロン治療効果の予測評価」として新規先進医療に認可された。その後,治療に伴う副作用に関する薬理遺伝学的なSNP も同定された。C 型肝炎の治療開始前にこれらSNPs を調べることで,高い確率で治療効果や治療完遂確率が予測可能となった。C 型肝炎診療はテーラーメイド医療の時代に突入している。
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② |
ヘリコバクターピロリにおける遺伝学的検査の臨床応用測
(古田隆久・杉本光繁・山出美穂子・魚谷貴洋・佐原 秀・市川仁美・鏡 卓馬)
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ヘリコバクターピロリにおける遺伝学的検査としては,PCR 法による感染診断であるが,単なる存在診断だけでなく,病原性の有無や抗菌薬感受性の検査にも応用されている。現在保険収載されていないが,個別化療法への応用も報告されており,今後の臨床での有用性の拡大が期待される。
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1) |
筋疾患の遺伝学的検査
(三橋里美・西野一三)
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筋疾患は骨格筋の変性を特徴とし,臨床的には筋萎縮や筋力低下をきたす疾患である。この中に遺伝性筋疾患があり,古くから知られているものに筋ジストロフィーという疾患カテゴリーがあるが,その他にも多くの疾患がある。遺伝性筋疾患の原因となる遺伝子は現在では100 以上報告されている。近年では次世代シークエンサーを用いることによって遺伝子解析の効率が飛躍的に良くなっているが,遺伝子検査によって診断をするにあたっては,依然として困難な問題も存在する。本稿では,ジャームラインの遺伝子変異によってメンデリアン遺伝する核遺伝子変異をもつ筋疾患について,実際の疾患例を挙げて説明するとともに,遺伝学的検査の現状と問題点にも焦点をあてて解説する。
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2) |
ミトコンドリア病とその包括的遺伝子解析
(大竹 明)
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ミトコンドリア病について,呼吸鎖酵素活性測定とBN-PAGEによる呼吸鎖の量と大きさの生化学的解析に始まり,全エキソーム解析を中心とする包括的遺伝子解析までを143例について行い,以下の結果を得た。①mtDNA遺伝子異常が10例(うち新規1種),②染色体の既報微細欠失が5例,③25例でミトコンドリア病として既報の17個の遺伝子上に合計35種の遺伝子変異(うち新規31種),④6例で全くの新しい病因遺伝子変異,を同定した。今後は既知の遺伝子異常でまずターゲットエクソーム解析を行い,病因の同定できない症例について全エキソーム,さらには全ゲノム解析を行う予定である。
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3) |
先天代謝異常症におけるタンデムマスと遺伝学的検査の併用
(高柳正樹)
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タンデム型質量分析計を用いる測定法であるタンデムマススペクトメトリーは,先天性代謝疾患の診断において有力な診断手段である。先天性代謝異常症の診断においては,アミノ酸はニュートラルロススキャン分析法,アシルカルニチンはプリカーサーイオンスキャン分析が用いられている。タンデムマスで発見された症例の確定疾患へのステップとして,遺伝学的検査(酵素学的検討,遺伝子検査)が行われる。一部疾患に対しては保険が適応されている。遺伝学的検査の依頼先としては日本先天代謝異常学会ホームページやNPO法人 オーファンネットジャパンホームページを参考にする。
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4) |
遺伝性乳がん・卵巣がん
(矢形 寛)
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乳がんの5〜10%は遺伝と関連し,その多くはBRCA1/2 遺伝子の生殖細胞変異に起因する。BRCA1 またはBRCA2 のいずれかに病的変異があると,乳がんのみならず卵巣がんも発症リスクが大きく上昇する。BRCA1/2 変異保有者に対して,乳房についてはMRI を含めた定期検査またはリスク低減乳房切除が,卵巣については卵巣がんの早期発見が困難なことからリスク低減卵巣卵管切除が推奨されている。リスク低減手術を行うことにより,がん発症リスクの大幅な減少とともに生存率の向上効果も示されており,十分な遺伝カウンセリングのもと適切にマネージメントしていくことが求められる。
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5) |
大腸がん
(赤木 究)
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遺伝性大腸がんは,臨床においても古くから盛んに研究され,遺伝性腫瘍のモデルケース的な存在であるが,オリゴポリポーシス(ポリープ数が少ないポリポーシス)などの場合は,多くの遺伝性大腸がんがその表現型をとりうることから,遺伝学的検査による診断には大きな労力と時間が必要である。しかし近年,次世代シークエンサーの出現など遺伝子解析技術の飛躍的な進歩により,多くの原因遺伝子を一度に解析することが可能となった。これらを適切に臨床利用するためには,データベースや診療体制の整備が不可欠である。
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6) |
多発性内分泌腫瘍症
(内野眞也)
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多発性内分泌腫瘍症1 型(MEN1)は,副甲状腺過形成・膵胃十二指腸神経内分泌腫瘍・下垂体腫瘍・副腎過形成・胸腺神経内分泌腫瘍などを発生する常染色体優性遺伝性疾患である。原因遺伝子はMEN1 遺伝子であり,変異はホットスポットがないため,遺伝子のコード領域を広く検索する。一方,多発性内分泌腫瘍症2 型(MEN2)は,甲状腺髄様がん・褐色細胞腫・副甲状腺過形成を発生する常染色体優性遺伝性疾患である。原因遺伝子はRET 遺伝子であり,変異はホットスポットが存在し,変異の部位と臨床病型には強い関連が認められる。両遺伝学的検査はまだ保険適応ではなく,先進医療として認可実施されている段階である。
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7) |
遺伝性不整脈疾患
(相庭武司・清水 渉)
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遺伝性不整脈疾患の中で先天性QT 延長症候群においては循環器疾患の中でも最も遺伝子検査が臨床診断に利用され,本邦でも2008 年より保険診療が適用されている。一方,QT 延長症候群以外の遺伝性不整脈については多くの遺伝子異常が報告されているものの,いまだ遺伝子異常と病態との間には解明すべき問題が多く残されている。次世代シーケンサーを用いた網羅的全ゲノム解析や全エクソン解析,ゲノムワイド関連解析(GWAS)などの手法を用いることにより,未知の遺伝子異常が次々報告されつつあるが,本当に疾患に関係する遺伝子異常なのか否か,逆に臨床の病態についての正確な情報が大切になりつつある。
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8) |
糖尿病
(岩﨑直子)
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遺伝子診断への関心は糖尿病領域においても高まっている。単一遺伝子疾患であるMODYやミトコンドリア糖尿病が対象となる場合が多いが,遺伝子診断によって最適な治療選択が可能となり,長期予後が明らかにされている病型もある。糖尿病の総数から考えて遺伝子診断の対象者数は決して少なくはない。個別化医療による患者QOL の向上や医療経済上のメリットなど,臨床的意義も確立されつつある。本稿では,糖尿病領域における遺伝子診断の現状と臨床診断の進め方ならびに今後の課題について述べる。
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1) |
わが国における出生前診断の概要
(平原史樹)
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出生前診断は,従来の羊水染色体・母体血清マーカー検査の時代から遺伝子検査,母体血中胎児由来DNA の検査などの新技術による検査へと発展している。一方,超音波診断においても解像能の進歩,画像解析ソフトの開発により様々な形態学的異常が指摘される時代へと推移している。これらの急速な技術進歩と遺伝学的解析情報に関しては生命倫理的視点での国民的世論・社会の議論が起こり,より適切な検査前・検査後の遺伝カウンセリングと慎重な対応が求められている。
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2) |
わが国における母体血胎児染色体検査の現状と課題
(左合治彦)
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非侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT)は,母体血中の胎児 cell-free DNA を解析するもので,染色体を検査するものは「母体血胎児染色体検査」で,21トリソミー(ダウン症候群),18トリソミー,13トリソミーの3
つの染色体疾患かどうかをみる非確定的検査である。感度・特異度は高く,陰性的中率は99.9%だが,陽性的中率は罹患率に依存し約80%である。検査の対象はハイリスク妊婦に限られ,検査の実施は,まず臨床研究として,認定・登録された施設において慎重に開始されるべきとの指針が示された。2013
年4 月から遺伝カウンセリングに関する臨床研究として始まり,1 年で約7700
件が施行された。本検査への取り組みは,日本の出生前診断に関する遺伝カウンセリング体制を確立する契機となる。
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1) |
生活習慣改善のための遺伝子検査サービスの可能性
(山﨑義光)
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生活習慣病に関連した遺伝因子(感受性遺伝子多型)が多数明らかになってきている。しかし,個々の遺伝因子は疾患発症への寄与率は小さく,複数個の総合的判定が必要である。生活習慣病発症に及ぼす遺伝因子の寄与は生活習慣よりも少ないが,逆にその働きが理解しやすく,かつ介入手段を有する遺伝因子を生活改善指導に用いると持続的な改善効果が期待でき,生活習慣病に関連する遺伝子検査がその発症予防に有効である可能性を示している。
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2) |
多因子疾患の遺伝子多型告知による生活習慣改善動機づけの成果
(香川靖雄)
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生活習慣病予防には生活習慣の行動変容は不可欠であるが,それは困難で患者は激増している。しかし,発症リスクのある遺伝子多型を告知すると,生涯の行動変容の強い動機づけとなる。本稿では,循環器疾患などのリスクであるメチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素のrs1801133 のTT 型(日本人の15%)を告知して,緑葉野菜と葉酸の摂取と良い生活習慣を指導した。他の遺伝子型に比して,TT 型ではこれら摂取量と血清葉酸の増加,循環器疾患の代理指標で活性酸素源の血清ホモシステインの減少,それに伴う血圧・肥満の改善を約1000名の坂戸市民で実証し,医療介護費を削減した。
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3) |
パーソナルゲノムサービスの科学的吟味義
(鎌谷直之・城戸 隆)
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パーソナルゲノムサービスにはゲノム配列や遺伝型の正確性に加え,表現型予測の科学的妥当性が重要である。表現型予測について,効果サイズの小さな座位の遺伝型を用いた場合,効果サイズが大きく発症が年齢に依存する場合,不確実性を伴う頻度の低い形質の場合に分けて解説した。日本社会は確率的判断が極めて不得手で,100%確実ではない場合,意味がないと無視するか,100%であると誤って信じることがしばしばある。これを克服するためには「確率」の意味を正しく理解し,それを現実世界の対象物に応用することが重要である。
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●第4章 遺伝カウンセリングとその周辺 |
1. |
遺伝学的検査を扱う際に知っておくべきガイドラインの概要
(渡邉 淳・武田(岡崎)恵利・佐々木元子) |
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遺伝子研究の成果により,診療において遺伝情報を活用する場面が増えてきている。遺伝学的検査で得られる生殖細胞系列における遺伝情報は生涯変化せず,さらに血縁者も一部共有する特性がある。遺伝学的検査の目的として,単一遺伝子病の診断(確定,発症前・出生前)だけでなく,薬理遺伝学や易罹患性など様々あり,それぞれの場面により倫理的・法的・社会的・心理的課題は異なっている。近年,遺伝情報を診療に適切に活用するために,日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」を中心に様々なガイドラインが発表されている。本稿では,遺伝学的検査に関わるガイドラインを整理する。
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1) |
遺伝学的検査における遺伝カウンセリング概論
(山内泰子)
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遺伝情報をベースにする遺伝医療は,各診療科で実施され,特殊なことではなくなった。ヒトゲノム情報は,解析だけでなく,その結果を解釈することが必要で,被験者やその家族(クライエント)に理解いただけるように伝えることが重要である。結果による将来の選択は,被検者自身の意思決定に委ねられるからである。また,高度に倫理的問題を含む場合もある。遺伝カウンセリングの目的は,クライエントが検査結果を誤解なく正しく理解し,判断に必要な情報を得て納得のできる意思決定ができるように支援をすることである。
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2) |
神経内科領域の発症前診断と遺伝カウンセリング
(澤井 摂・野村文夫)
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遺伝子解析技術の進歩により,これまで医療の枠組みになかった発症前診断の希望が増えてきているが,遺伝性神経・筋疾患の多くは治療法や予防法がないため,その適応は遺伝カウンセリングを通して慎重に検討する必要がある。当院では発症前診断の検査の前に最低4回の遺伝カウンセリングを必須とし,疾患の理解や発症前診断後の将来設計の熟考を促している。今後,発症前診断の希望は増加することが予想されるが,遺伝カウンセリングを適切に受けられるように遺伝医療体制を整備していく必要がある。
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3) |
遺伝性腫瘍症候群における遺伝カウンセリング
(櫻井晃洋)
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がんは遺伝要因と環境要因の関与によって発症するが,いずれかが強力な発症因子として作用すると家系内にがんが集積することになる。このうち遺伝要因が強く関わっているものが遺伝性腫瘍であり,頻度の低い疾患では原因遺伝子によって特徴的な臨床像を呈するものが多いが,乳がんや大腸がんなど高頻度にみられるがんにおいては遺伝性腫瘍と非遺伝性腫瘍との区別は必ずしも容易ではない。遺伝性腫瘍の多くで原因遺伝子が明らかにされており,一般臨床の中で検査される機会も多くなっているが,診療にあたっては遺伝学的検査の意義と,その結果が本人や血縁者に与える影響について慎重な配慮が求められる。
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4) |
新型出生前検査における遺伝カウンセリング
(長田久夫)
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母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査(NIPT)は,わが国では2013年の4月からスタートし,初期の混乱はあったものの,現在は臨床研究として全国共通のルールで行われており,ようやく定着した感がある。しかし,どこまで検査対象を拡大するかなど,今後の課題は山積みである。本稿の前半ではNIPT 施行の基準となっている日本産科婦人科学会の「NIPT に関する指針」を呈示し,後半では現場の様子を伝えるため,千葉大学病院NIPT 外来の実践例を紹介する。NIPT における遺伝カウンセリングに対する理解の一助になることを願うものである。
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●索引 |