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内容目次 |
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序章:トランスポーターとトランスポートソーム
(金井好克) |
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トランスポーター研究は,分子同定を大方終了し,機能の構造基盤の解明と生体内での役割の探求へと移行しているが,反面単一分子の機能のみからでは解決できない諸々の問題が表面化してきている。その解決にトランスポートソームの概念が導入され,「単一分子」から「分子複合体」へのパラダイムシフトを推進している。トランスポートソームはトランスポーターやイオンチャネルの機能共役を効率化する分子複合体であり,生体膜輸送の機能単位を成す。これにより膜輸送現象は,分子と複合体との関係,複合体機能と生体機能との関係に還元され,薬効標的としての意義や薬物動態の支配要因としての役割がさらに整理される。トランスポートソームは,膜輸送研究の新たな展開の推進力となっている。
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●第1章 トランスポートの構造基盤 |
1. |
ナトリウム共輸送体の共通構造基盤と基質放出機構
(渡辺 昌) |
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共輸送体は電気化学ポテンシャル勾配に蓄えられたエネルギーを利用し,イオンと基質分子の細胞への共輸送を行う膜タンパク質である。近年,複数のナトリウム共輸送体の結晶構造が報告され,それらが5本の膜貫通へリックスの反転・反復構造からなるコア構造を有することがわかった。ナトリウム・グルコース共輸送体vSGLTを中心に,これらの結晶構造とそこから明らかになった共通輸送メカニズムのオルタネイティングアクセスモデル,さらにvSGLTの基質放出機構について解説する。
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2. |
神経伝達物質トランスポーターホモログの結晶構造から考える輸送機構と阻害剤作用機構
(山下敦子) |
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近年,分解能の高いトランスポーターの結晶構造が明らかになってくるとともに,様々な機能状態での結晶構造が報告されるようになり,膜タンパク質と比べ構造機能研究が進んでいた酵素などの水溶性タンパク質と同じレベルで,トランスポーターの機能メカニズムを語れる時代が到来している。その1つの例として,高分解能で解析された神経伝達物質トランスポーターホモログLeuTの基質結合状態および阻害剤結合状態での結晶構造から,このトランスポーターの基質輸送のメカニズム,およびその輸送が阻害剤によって阻害されるメカニズムを考察する。
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3. |
ABCタンパク質の構造と輸送メカニズム
(木村泰久・植田和光) |
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ABCタンパク質はATP依存トランスポーターファミリーの1つで,バクテリアからヒトに至るまですべての生物から発見されている。ヒトには約50のABCタンパク質が存在し,高脂血症や癌細胞の多剤耐性,投与薬物の体内動態などに関与する。近年,ABCタンパク質の立体構造が複数報告され,ABCタンパク質がATPの結合・加水分解によって細胞外と細胞内に開いた構造を交互に繰り返す(alternating access)ことで基質の輸送を行うことが示唆された。本稿では構造生物学的な知見を中心にABCタンパク質の基質輸送サイクルについて解説する
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4. |
多剤排出トランスポーターの作動メカニズム
(村上 聡) |
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多剤排出トランスポーターはATPや細胞膜を介したイオン勾配の電気化学的ポテンシャルエネルギーを使い,細胞内から細胞外へ薬剤などを能動的に排出する膜タンパク質である。それらは,院内感染菌や癌細胞にみられる多剤耐性化の原因であり,またすべての細胞がもつ最も基本的な生体防御機構の1つであると認知されている。近年それらの結晶構造解析が進められ,立体構造に基づいて作動メカニズムが本質的に理解されるようになってきた。本稿では,多基質認識やエネルギー共役などのメカニズムについて概説する。
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●第2章 メタボロミクスによるトランスポーター機能へのアプローチ |
1. |
CE-MS法によるメタボローム解析と医薬への応用
(曽我朋義) |
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キャピラリー電気泳動-質量分析装置(CE-MS)を用いたメタボローム測定法は,細胞や組織中に含まれる数百種類以上のイオン性代謝物の一斉分析を可能にする。本法は,新規代謝経路の探索,代謝調節機構の解明などの代謝の理解,遺伝子やタンパク質の機能解明といった基礎研究のみならず,医薬分野においても癌や疾患の機序解明,創薬標的探索,薬物代謝解析,各種バイオマーカーの探索などに威力を発揮する。近年メタボロミクスがトランスポーターの機能解明に有用であることも示された。本稿では,CE-MSによるメタボローム測定法と医薬分野の応用例を紹介したい。
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2. |
メタボローム解析によるオーファントランスポーターの機能の探索
(金井好克) |
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トランスポーターは,生体のコンパートメント間の物質の移動を制御し,体内の物質分布の決定に大きく寄与している。したがって,トランスポーターの発現量や機能の変化あるいは異常は,各コンパートメントの物質組成の変動を起こす。これを捉えるメタボロミクス技術は,従来不可能であったトランスポーターの生体内での機能の網羅的解析を可能とした。これにより,オーファントランスポーターの機能解析が可能となり,またトランスポーターの生体内での新たな役割や病態との関連性が明らかにされてきている。メタボロミクスにより,トランスポーターの生理学と分子クローニングの成果が統合され,新たな展開がもたらされるものと期待される。
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3. |
遺伝子欠損マウスのメタボローム解析によるOCTN1(SLC22A4)の生体内機能の解明
(清水卓也・杉浦智子・加藤将夫) |
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OCTN1/SLC22A4は生体内での役割が不明なオーファントランスポーターであった。著者らはoctn1 遺伝子欠損マウスを作製しメタボローム解析を組み合わせることで,エルゴチオネインがin vivo でのOCTN1基質であることを見出した。さらに,見出されたin vivo 基質をプローブとして,OCTN1が小腸,肝臓,腎臓などで働くことを示した。OCTN1は,肝臓で非実質細胞において機能的に発現するなど,臓器内局所での役割が推測される。本稿では,メタボローム解析のトランスポーター研究,疾患,臓器障害への応用について,われわれの成果を中心に概説する。
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4. |
トランスジェニックラットのメタボローム解析によるSLCO4C1の病態関連性の解明
(豊原敬文・阿部高明) |
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腎不全患者では腎不全物質が蓄積して高血圧,腎臓障害の原因となり,予後を増悪させると言われている。しかし腎不全物質排泄の正確なメカニズムについてはあまり知られていない。今回われわれはヒトSLCO4C1を腎臓のみに強制発現させたトランスジェニックラットを作製し,腎不全状態では高血圧,心肥大,腎臓の炎症が軽減した。さらに電気泳動質量分析計(CE-MS)を利用した網羅的メタボローム解析により,ヒトSLCO4C1トランスジェニックラットでは腎不全物質であるADMA,GSA,trans-aconitateの血中濃度が有意に減少していることが明らかとなった。さらに,われわれはヒトSLCO4C1の転写活性はAhR (aryl hydrocarbon receptor)-XRE (xenobiotic responsive element) システムを介してスタチンによって発現増強されることを解明した。腎不全モデルラットにスタチンを投与したところラットslco4c1の発現が増強し,クレアチニンクリアランスは変わらないが,ADMA,trans-aconitateの腎クリアランスが上昇していることを確認した。これらの結果から,ヒトSLCO4C1はスタチンによって増強され腎不全物質を排泄するトランスポーターであることがわかった。これらの結果は腎トランスポーター誘導を介した慢性腎臓病の新たな治療戦略につながるものと考えられた。
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●第3章 PETによる生体内トランスポーターの機能イメージング |
1. |
薬物動態研究におけるPET試験の意義
(前田和哉) |
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薬効・副作用は,標的近傍の薬物濃度により決定されることから,臓器中濃度が重要な決定因子となる。しかし,しばしば血漿中濃度と臓器中濃度は対応した動きを示さず,ヒトにおいて臓器中濃度を実測することは不可能であるため,薬物動態学の理論に基づく数理モデルを介した予測による推定が試みられてきた。近年,PETをはじめとするイメージング技術の導入により,薬物の体内分布や臓器中濃度の実測が可能となり,これまでの数理モデルを用いた予測の妥当性評価も可能となった。これらの技術の進展により,より定量的な薬効・副作用予測が進むことが期待される。本稿では,薬物動態学の立場から見た臓器中濃度の考え方とPET試験の導入の意義について概説したい。
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2. |
モノアミントランスポーターのPET解析と疾患
(藤江沙織・須原哲也) |
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モノアミンは芳香族アミノ酸から合成される神経伝達物質であるドパミン,セロトニン,ノルエピネフリンなどの総称であり,モノアミントランスポーターは神経終末に存在するこれらの再取り込み部位である。これらの神経伝達物質は多くの精神・神経疾患の病態と関連し,また抗うつ薬をはじめとした向精神薬の作用点の1つである。近年,モノアミントランスポーターをin vivo で測定できるPET用リガンドが複数開発されており,様々な疾患を対象とした臨床研究が行われている。これらにより生体の神経伝達に基づく新たな知見の集積とエビデンスが形成されていくことが期待される。
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3. |
18F-FDG,18F-FAMT PET:グルコーストランスポーター・アミノ酸トランスポーターを標的とした癌診断
(織内 昇) |
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多数のポジトロン核種標識化合物がポジトロンCT(PET)用に開発されており,臨床では主としてグルコース代謝を反映する18F-FDGが癌診断に用いられる。アミノ酸や核酸の標識化合物は癌細胞に対する特異性が高く,筆者らは18F-FAMTを臨床応用しているが,18F-FAMTの取り込みはアミノ酸トランスポーターであるLAT1の発現と相関し,癌の悪性度や予後の指標となる。アミノ酸トランスポーターは治療の標的ともなりうるため,PETはトランスポートソームの機能を画像化する手法として,癌の診断のみならず治療への応用も期待される。
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●第4章 残されたトランスポーターへのアプローチ |
1. |
構成的手法による小胞型神経伝達物質トランスポーターの分子同定と機能解析
(森山芳則) |
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動物・植物・細菌の由来を問わず,任意のトランスポーターを大量に発現させ,mgのオーダー以上で簡便に精製し,保存し,必要時にリポソームに組む込み,任意の駆動力により輸送活性を測定することができるようになった。この方法により,より高次のタンパク質・膜複合体であるトランスポートソームを再構成することも可能である。新しい次元のトランスポーター学が誕生しようとしている。
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2. |
トランスポーターの分子機能を指標とした臨床遺伝学的解析による痛風の主要病因遺伝子ABCG2の同定
(松尾洋孝) |
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ヒトゲノム情報解読後のゲノムワイド関連解析などにより,多くの疾患関連遺伝子が同定されている。しかし,それらの分子機能評価が困難であることなどから,病態の解明にまで至っていない例も多い。トランスポーター分子はin vitro での分子機能評価が可能なため,遺伝学的解析との併用により病態の解明のみならず未知の分子機能の同定にもつながる可能性が高い。痛風の主要病因遺伝子の同定などで採用された「分子機能を指標とした臨床遺伝学的解析」は,「残されたトランスポーターへのアプローチ」の1つとして極めて有用である。
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3. |
腎mRNA発現データベースを用いた新規トランスポーターの同定
(米澤 淳・乾 賢一) |
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ヒトゲノム解析情報から未知のトランスポーターは300種類以上残されていると推察される。われわれは,トランスポーターが高発現する腎臓由来のmRNA発現データベースを独自に構築し,膜貫通予測ソフトSOSUI Systemを用いて新規トランスポーター候補遺伝子を抽出した。さらに,RNAiによる発現抑制系を用いた基質のスクリーニングなどを応用して,既存のSLCもしくはABCトランスポーターファミリーとは相同性を示さない,新規リボフラビントランスポーターRFTを同定した。今後,様々な新しい手法を用いた遺伝子クローニングによって,さらなる新規トランスポーターの同定が期待される。
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4. |
COXPRESdb:共発現データに基づいた機能関連遺伝子の探索
(大林 武・木下賢吾) |
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近年,膨大な数の遺伝子共発現データが利用可能になり,遺伝子の発現パターン類似性を計算することができるようになった。機能的に関連のある遺伝子は同時に存在することが必要なため,遺伝子発現パターンが似ていることが多い。そこで,発現パターンが似ている遺伝子対(共発現遺伝子対)を探すことで,機能的に関連している遺伝子を探す研究が行われるようになってきた。ここでは,筆者らが開発を行ってきた遺伝子共発現データベースCOXPRESdbを利用して,残されたトランスポーターを探索するアプローチについて紹介する。
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●第5章 薬物動態におけるトランスポーター研究の新展開 |
1. |
トランスポーターノックアウトマウスを用いた医薬品体内動態の解析
(楠原洋之) |
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薬物トランスポーターは医薬品の吸収・排泄・組織分布に働き,薬効や有害作用発現に深く関わっている。各トランスポーターのノックアウトマウスを作出することで,医薬品体内動態ならびに薬効・有害作用発現における重要性を検討するためのin vivo モデルとして活用されている。本稿では,薬物トランスポーターのノックアウトマウスを用いた体内動態解析の実例を紹介する。さらに,質量分析装置を用いることで,薬物トランスポーターが輸送に関わる内因性あるいは食餌由来の化合物を一斉分析により同定することが試みられている。それらの成果についても紹介したい。
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2. |
Pharmacoproteomics(PPx)に基づく血液脳関門輸送機能の解明
(内田康雄・大槻純男・寺崎哲也) |
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効果的な医薬品開発を行ううえで,in vitro と in vivo の違い,動物種差,健常人と疾患患者の違いなど医薬品の体内動態や薬効毒性に関する種々のギャップの原因を十分に理解し,これらのギャップを補完することは極めて重要である。私達が開発した「機能性タンパク質の絶対発現量解析法
quantitative targeted absolute proteomics(QTAP)」 と pharmacokinetics-pharmacodynamics-toxicokinetics(PK-PD-TK)
を融合させた 「pharmacoproteomics(PPx)」 は,これらギャップを補完できる効果的な方法論である。
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3. |
ヒト薬物トランスポーターの発現プロファイル構築とその薬物動態学的意義
(本橋秀之・乾 賢一) |
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小腸や腎臓など,薬物の体内動態に重要な役割を果たす各臓器に発現するトランスポーターは薬物の体内動態を規定する分子である。これらトランスポーターの機能変動は,基質となる薬物の体内動態に重大な影響を及ぼす可能性が想定される。これまで免疫抑制剤タクロリムスの血中濃度に小腸MDR1発現量が予測因子となることや,腎薬物トランスポーター発現変動が腎排泄型薬物の消失速度と相関することなどが報告されており,薬物動態へのトランスポーター発現変動の寄与が想定されている。トランスポーター発現量の個人差が薬物動態の予測因子となることが期待される。
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4. |
ヒトABCトランスポーターのファーマコゲノミクス:迅速SNP検出法の開発
(豊田 優・Wanping Aw・Alexander Lezhava・中川 大・林崎良英・石川智久) |
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個別化医療を実現するためには,患者の遺伝子多型に基づいて薬効および副作用リスクを関係づける医療現場での技術革新が必要である。われわれは,わが国独自の技術であるSmartAmp法を用いて,薬物の副作用に関係する遺伝子多型を迅速に診断し,薬物療法の安全性を向上させるための個別化医療の基盤構築を行っている。本稿では,薬物輸送に関与するABCトランスポーターABCG2 (BCRP),ABCC4 (MRP4),ABCC11 (MRP8) を例に挙げ,遺伝子多型をSmartAmp法によって検出する方法原理と臨床研究への応用を示す。
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●第6章 トランスポーターを標的とした薬物治療 |
1. |
グルコーストランスポーターを標的とした糖尿病治療薬
(伊佐治正幸) |
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腎臓においてグルコースの再吸収に主要な役割を果たしている Na+依存性グルコーストランスポーター(SGLT : sodium-glucose cotransporter)2
を標的とした糖尿病治療薬が開発されている。SGLT2 阻害剤は,近位尿細管におけるグルコースの再吸収を抑制し,尿中に過剰なグルコースを排泄させて糖尿病を改善する。SGLT阻害剤の構造展開は,非特異的なSGLT
阻害剤であるフロリジンの改良から始まり,SGLT2への選択性を増し,長時間作用型のSGLT2
阻害剤へと進歩してきた。SGLT2 阻害剤は,高血糖の是正,インスリン抵抗性の改善,および体重低下作用を有す新しいタイプの糖尿病治療薬として期待されている。
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2. |
薬効標的としてのABCタンパク質
(山梨義英・高田龍平・鈴木洋史) |
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ABCタンパク質は,種々の内因性・外因性化合物を輸送することにより,様々な生理機能を果たしている。その機能欠損や機能変動が各種疾患発症リスクの上昇をもたらす一方で,輸送機能や発現量を適切にコントロールすることにより,脂質異常症や糖尿病などの疾患に対する治療効果をもたらすことが期待されている。本稿では,薬効標的として想定されるABCタンパク質について,その生理機能や疾病との関連性,薬効・創薬標的としての可能性について述べる。
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3. |
尿酸トランスポーターとそれを標的とする薬物
(宮崎博喜) |
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最近の研究により腎臓内での尿酸輸送の分子メカニズムはURAT1,GLUT9,NPT1,ABCG2といった複数のトランスポーターにより構成されていることが分子生物学的に明らかとなった。この中でもURAT1は腎臓近位尿細管において尿酸の再吸収を担い,その遺伝子変異は腎性低尿酸血症を生じる。また,同トランスポーターは尿酸排泄を調節する薬剤の作用点でもある。近年,高尿酸血症は心血管疾患・腎疾患と関連することが知られ,積極的な治療が必要と考えられており,尿酸トランスポーターを分子標的とした高尿酸血症治療が注目されている。
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4. |
胆汁酸トランスポーターの細胞内トラフィッキング制御を介した創薬
(林 久允) |
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細胞内におけるタンパク質の正常な機能発現においては,適切な量が機能部位に正しく存在することが必須である。したがって,転写,翻訳といった合成段階の制御はもちろんのこと,トラフィッキング,分解といった翻訳後制御もまた,タンパク質が細胞内で機能を果たすうえで極めて重要な役割を担っている。実際に,トラフィッキング過程,分解過程の異常が,タンパク質の機能破綻,ひいては疾患の発症を招く例が数多く報告されている。本稿では,胆汁酸トランスポーターbile salt export pump(BSEP)および,そのトラフィッキング異常による機能破綻が関連する肝内胆汁うっ滞について概説した後,現在われわれが進めている肝内胆汁うっ滞の薬物療法のアプローチについて述べる。
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5. |
腫瘍細胞アミノ酸トランスポーターを用いた新規ホウ素化合物の開発とホウ素中性子捕捉療法
(加藤逸郎) |
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ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は,10Bを予め腫瘍細胞に集積させ,低エネルギーの中性子線照射で発生する飛程が4.9μmの粒子線(α線とLi反跳核)を利用して腫瘍細胞だけを選択的に破壊できる粒子線治療である。現在,BNCT臨床で使用されている2つのホウ素化合物のうちL- boronophenylalanine(BPA)は,腫瘍細胞特異的に発現が亢進するアミノ酸トランスポーターLAT1(L-type amino acid transporter 1)を介して腫瘍内に取り込まれることが知られている。このLAT1の性質を利用して,LAT-1高親和性BPA誘導体の開発にわれわれは着手している。
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●第7章 トランスポートソーム |
1. |
トランスポートソームの実体とその機能的意義
(金井好克) |
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トランスポートソームは,輸送分子(トランスポーター,チャネル,ポンプ)を中心として形成される分子集積であり,輸送機能の共役や他の機能要素とのクロストークの分子的背景をなす。タンパク質間相互作用によって形成されるものと,場に依存して形成されるものがあるが,いずれの場合も空間的に近接して構成分子が配置されることにより分子間共役が効率化される。トランスポートソームは生体膜物質輸送の機能単位として生体恒常性に必須の実体であり,その破綻による病態の解明は今後新たな観点からの創薬につながるものと期待される。
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2. |
Ca2+チャネルソーム
(瓜生幸嗣・清中茂樹・高田宜則・森 泰生) |
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カルシウムイオン(Ca2+)は,細胞の刺激応答に極めて重要な役割を果たすセカンドメッセンジャーである。Ca2+の膜越えの透過を担うCa2+チャネルは多様な生理的意義を有することは広く認識されているが,どのようにして特定の生理応答を選択的に惹起するかが依然として大きな謎である。この謎を解く鍵として本稿では,Ca2+チャネル分子が様々なタンパク質と相互作用することで形成されるシグナル複合体
「Ca2+チャネルソーム」 についての最新の知見を,われわれの研究を中心に述べる。Ca2+チャネルソームの分子メカニズムを論じることは,様々のシグナルソームの形成・制御を把握することにつながる。
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3. |
脂質ラフト/カベオラにおけるイオンチャネル群の機能制御
(古川哲史) |
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脂質ラフト/カベオラは細胞膜に存在するスフィンゴ脂質,コレステロールが豊富に存在する特殊細胞膜分画であり,細胞外シグナルの細胞内への効率的な伝達に寄与する。近年多くのイオンチャネルが脂質ラフト/カベオラに局在し,他のシグナル伝達分子と会合し特徴的なマクロ複合体「イオントランスポートソーム」を構成することが明らかとなってきた。これらは筋の興奮-収縮連関(EC coupling)など重要な生理機能を有しており,その破綻は筋ジストロフィなどの病態につながる。
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4. |
K+・水輸送を担う微小膜プラットフォームの同定と解析
(日比野 浩・倉智嘉久) |
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脳のアストロサイトには,神経の活性化により増加する細胞外のK+を取り込み,血管の方向へ放出する機能が備わっている。その際に生じる浸透圧勾配に従い,共に水も運搬される。このK+と水の共役した一方向性輸送は,脳の正常な活動に重要であり,同じ膜ドメイン上で共存するK+チャネルKir4.1と水チャネルAQP4により主に行われる。本研究により,Kir4.1とAQP4は各々異なる脂質に基づいた微小膜プラットフォームに局在して機能することが判明した。また,それらのプラットフォームの一部は近接しており,この空間配置がK+と水の共役輸送に関わると考えられた。
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5. |
小胞体におけるABCトランスポーターの品質管理
- ユビキチン-プロテアソーム経路による新生ABCG2タンパク質の除去 -
(中川 大・豊田 優・中尾(若林)香菜子・石川智久) |
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細胞内では,mRNAの翻訳から生じたポリペプチド(新生タンパク質)の品質が絶えず監視されている。品質異常タンパク質を除去する細胞内機構としてユビキチン-プロテアソーム経路が同定されて以来,新生タンパク質の品質が疾患の発症や体質の個人差につながることがシークエンス技術の向上とともに次々に明らかにされてきた。本稿では,新生タンパク質の品質およびタンパク質の品質管理機構が疾患の発症や体質の個人差に影響を及ぼすことについて概説するとともに,ABCG2を例に挙げて小胞体で展開されるABC(ATP-binding cassette)トランスポーターの品質管理に関して筆者らが蓄積してきた知見を紹介する。
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●第8章 トランスポートソームの制御と病態 |
1. |
アクアポリン複合体制御のダイナミクス
(野田裕美・江渡加代子・堀川三郎・佐々木 成) |
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アクアポリン2(AQP2)は水分子のみを通し,他には一切の分子を通すことはないという特徴をもつ水チャネルである。AQP2は腎臓の集合管で尿濃縮に関わっており,体内水分量調節の根幹を担っている。AQP2の遺伝子異常では体内が重篤な脱水となる腎性尿崩症をきたす。一方,心不全,肝硬変,神経疾患などで問題になることが多い水利尿不全もAQP2の機能異常が原因となっている。
さらにAQP2は,その特徴的な動態から膜タンパク質輸送メカニズムの解明においても重要なモデルとなっている。近年次々と新たな知見が報告され,制御機序の全貌が明らかになろうとしている。これにより尿崩症および水利尿不全の新規治療法の開発が進むことが期待されている。
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2. |
リン酸トランスポーター関連分子群とリン代謝異常症
(桑原頌治・西山 俊・大井彰子・金子一郎・辰巳佐和子・伊藤美紀子・
瀬川博子・竹谷 豊・宮本賢一) |
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リン代謝調節の中心臓器は腎臓であり,血中リン濃度維持の要である。腎近位尿細管にはNaPi-ⅡaおよびNaPi-Ⅱcが局在しており,リン再吸収を担っている。これらの輸送体は,複数のタンパク質と複合体を形成することで副甲状腺ホルモンPTHや FGF23による調節を受けることが可能となる。特にNa+/H+ exchanger regulatory factor 1 など NaPi-Ⅱの調節を担う多くのタンパク質は,高リン血症や異所性石灰化の治療を考えるうえで興味ある分子標的である。
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3. |
MRP2の膜表面発現量変動と薬物動態への影響
(伊藤晃成・鈴木洋史) |
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MRP2 は,肝臓,小腸,腎臓の管腔側に主に発現し,内因性物質・外因性薬物の体外への排泄を担う重要なトランスポーターである。MRP2
は肝臓および小腸において,その膜表面発現量が翻訳後調節により変化することが知られている。最近の研究から,MRP2を膜上に安定にとどめる役割を有するEzrin-Radxin-Moesin
ファミリータンパク質との結合性の変化がその分子メカニズムの1つであることが示唆されてきた。一方で,MRP2遺伝多型と薬物体内動態および臨床効果・副作用との関連に関する臨床報告が蓄積しつつあることから,これら翻訳後調節による膜表面発現量変化が同様の臨床的インパクトを有する可能性は高いと考えられる。
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4. |
タンパク質間相互作用によるアミノ酸トランスポーター機能の制御と疾患
(永森收志) |
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トランスポーターが機能を発揮するには,決められた場所への局在が必須である。生体にとって必須栄養素であるアミノ酸を取り込むアミノ酸トランスポーターは,例えば小腸や腎尿細管上皮などの組織の機能を実現するために,管腔側膜や側底膜といった正しい場所に局在され輸送機能を発現することが重要である。その破綻によっては,アミノ酸尿症に代表される病態が発生する。近年,アミノ酸トランスポーターの機能発現にはタンパク質間相互作用,すなわちトランスポートソームの形成が重要であることが明らかになってきた。
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5. |
WNKキナーゼによる腎電解質トランスポーターの機能と局在の制御とその異常
(須佐紘一郎・内田信一) |
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WNKキナーゼにはWNK1.4の4種があり,その変異は偽性アルドステロン症Ⅱ型(PHAⅡ)を起こす。PHAⅡはサイアザイド感受性NaCl共輸送体(NCC)の機能亢進により高血圧,高カリウム血症,代謝性アシドーシスを示す常染色体優性遺伝の疾患である。このことから,WNKキナーゼがOSR1/SPAKというセリンスレオニンキナーゼを活性化し,さらにこれが NCCを活性化するという新たな電解質輸送の調節経路の存在が解明された。また,この系の上流にはアルドステロンも関与しており,アルドステロンの新たな作用系でもあることが明らかとなった。
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6. |
低分子量GTP結合タンパク質Rab8によるSLCトランスポーターを介した消化管吸収制御
(杉浦智子・加藤将夫) |
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近年の研究からトランスポーターは細胞膜の内側に裏打ちするアダプタータンパク質や近接する他のトランスポーターと相互作用し,タンパク質間での機能連関に関係することがわかってきた。これらトランスポートソームの形成は,トランスポーター単独ではなしえない,輸送機構の多様性を生み出すこともできる。アダプター遺伝子欠損マウス(rab8-/-,pdzk1-/-)を用いた解析から,アダプタータンパク質が複数のトランスポーターを同時に制御することがin vivo で明らかとなった。したがって,複数の分子を制御するアダプターの欠損あるいは変異は,メタボリックシンドロームなどの多因子疾患の解明につながるものと期待される。
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●索引 |