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内容目次 |
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序論:メタボロミクスの概念と戦略 - 包括的プロファイルから差異や類似性を見出す -
(田口 良) |
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メタボロミクスは生命科学における包括的・網羅的な研究手法の1つであり,DNA, RNA,タンパク質以外の生体内のあらゆる代謝産物を対象としている。質量分析法を用いた生体分子の包括的解析により正常あるいは病態生物のサンプルのプロファイルを比較し,その差異や類似性を知ることにより病態に関与する因子を見出すこと,また異なるフェノタイプを示す野生型生物と遺伝子欠損生物に対して解析を行い,そのプロファイルの差異からその生理的相違の原因となる主要因子を検出することなどを戦略としている。
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●第1章 メタボロミクスの基盤技術 |
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メタボロミクスにおけるLC/MSの特徴と有用性
(宮野 博) |
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LC/MSは,植物の二次代謝産物や脂質などメタボロミクス分析の中で比較的限定された対象に用いられることが多かったが,ミックスモードといわれる固定相の開発で,アミノ酸,有機酸,核酸塩基,ヌクレオシド,ヌクレオチドをLC/MSで直接,一斉に測定できるようになった。一方,官能基特異的誘導体化法とLC/MSを組み合わせた分析法は,HPLCに特有のものであり,主要な代謝経路・代謝物群の解析や代謝物の詳細な挙動解析に極めて有用な方法である。最近では,LC/MS/MSの機能を活かした特異的メタボロミクス分析を可能とする試薬が開発されている。
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2) |
メタボロミクスによる包括的解析のストラテジー - 対象を定めない網羅的解析手法と特定の分子を対象とした特異的解析手法をいかに組み合わせるか -
(田口 良) |
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メタボロミクスの対象は非常に多岐にわたる。メタボロミクスにおいて網羅的という言葉は,その主たる特性を意味すると同時に,その困難性,限界をも示している。生体からの代謝物の抽出過程・分離過程そのものがすでに測定対象を限定する操作である。生体における存在量の違いと,イオン化効率の違いという特性から生じる,検出イオンのダイナミックレンジの大きさを克服して,なおかつ包括的にいかにして微量サンプルを同定するかはメタボロミクス解析に課されたチャレンジである。つまり,メタボロミクスにおいては対象を定めない網羅的解析法,プレカーサースキャンやニュートラルロススキャンのような特定構造にフォーカスした解析法,さらに特定の分子を対象とした高感度な特異的解析法を場合に応じて使い分けることが重要である。
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1) |
生体試料を対象にしたLC/MSによる極性代謝物一斉分析
(Khin Than Myint・小田吉哉) |
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内在性代謝物の網羅的解析は,多様な構造と物性の集合体であることから,現在メタボロームすべてを対象にした標準的な手法は確立されていないと言ってもよい。しかしながら,選択性や検出感度に優れた質量分析(MS)とルーチン性が高く汎用されている高速液体クロマトグラフィ(HPLC)を組み合わせたLC/MSが最も有望な分析手法であろう。薬物代謝研究ではすでにLC/MSが常套手段になっているが,本稿では極性代謝物を標的としたバイオマーカー探索や作用メカニズム研究など生体試料分析のためのLC/MS技術について述べる。
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2) |
CE-MSによる癌のメタボロミクス
(平山明由・江角浩安・曽我朋義) |
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キャピラリー電気泳動-質量分析装置(CE-MS)を用いたメタボローム測定法は,各種サンプル中に含まれるイオン性低分子代謝物の網羅的測定に適している。とりわけ解糖系,ペントースリン酸回路,クエン酸回路,アミノ酸生合成,核酸生合成経路の代謝中間体は,そのほとんどがイオン性であることから,本法は中心代謝を解明するうえで有用なツールになると考えられる。ここでは,CE-MSによるメタボローム測定法とその周辺技術について概観した後,本法を癌メタボロミクスに応用した研究成果を紹介したい。
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3) |
GC/MSによるメタボロミクス
(福崎英一郎・馬場健史) |
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メタボローム(代謝物総体)は,ゲノム情報に最も近接した高解像度の表現型と考えられており,種々のバイオサイエンスに重用されているのみならず,ゲノム情報が必須でないため,実用植物,実用微生物,食品などへの応用展開も期待されている。メタボロームを観測する手法は特に限定されないが,その中でもガスクロマトグラフィ質量分析(GC/MS)は,再現性,解像度,一般性,経済性のすべてに優れており,最もよく用いられる。本稿では,GC/MSを用いたメタボロミクスについて実例を踏まえて解説する。
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4) |
臨床応用をめざしたトリグリセリド分子種の包括的メタボローム解析
(池田和貴・田口 良) |
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肥満はメタボリックシンドロームの最上流に位置し,トリグリセリドに代表される中性脂肪の過剰な腹腔内での蓄積により糖尿病・高脂血症・高血圧さらには動脈硬化症を引き起こす。しかしながら,これまでにトリグリセリドを分子種レベルまでにフォーカスした有効な定量および定性分析法が少ないのが現状である。そこで本稿では,高分離液体クロマトグラフィ質量分析計と多次元プロファイリングを組み合わせたトリグリセリド分子種の包括的メタボローム解析法について紹介する。
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5) |
酸性リン脂質を中心としたリン脂質の分析手法
(小木曽英夫・田口 良) |
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逆相液体クロマトグラフィ/質量分析(RPLC/MS)法を用いた一般的なリン脂質測定では,ホスファチジン酸,ホスファチジルセリンおよびポリホスホイノシチドの分析は困難であった。本稿では,これら酸性リン脂質を測定するうえで遭遇する問題点と,その解決法となる分析手法を具体的に紹介する。
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NMR法による代謝表現型解析 - その現状と将来展望 -
(菊地 淳) |
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あたかも,生物が利己的なDNAに情報支配されているかのごとく,遺伝要因に還元する生命科学研究が横行している。しかし,生命活動という表現型は,温度・乾燥などの物理的,栄養・飢餓などの化学的,さらには常在菌・寄生などの生物的な環境要因に巧みに応答している。代謝表現型解析は尿や血液のような代謝混合物を未精製のまま,NMRのような分析機器で一斉解析する手法であり,例えば栄養過多な食事や運動不足による恒常性異常の診断など,予防医学への期待がされている。ここでは,その世界動向や解析手法の現状のみならず,自然界の生物を解析することで環境破壊を診断するなど,当該分野の将来展望についても触れる。
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1) |
MassBank - メタボロームマススペクトルデータベース -
(蓬莱尚幸・二瓶義人・尾嶌雄也・池田 奨・西岡孝明) |
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質量分析の高性能化によって,容易に分子バイオマーカー候補となる生体内物質が数多く見つかる。しかし,検出された大部分は物質同定ができないために候補から捨てられている。新規な分子バイオマーカーを見つける確率を高める1つの方法は,マススペクトルで検出された代謝物質をできるだけ数多く同定することである。代謝物質のマススペクトルデータベースMassBankは同定に必要な参照マススペクトルと様々な解析ツールを提供している。これらを使いこなすことによって物質の同定率を向上させることができる。
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ガスクロマトグラフィ/質量分析(GC/MS)データからの代謝物迅速簡易同定法
(馬場健史・金谷重彦・福崎英一郎) |
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ガスクロマトグラフィ/質量分析(GC/MS)は,ライブラリーによるピーク同定が可能なことからメタボロミクスにおいて頻用される手法の1つである。しかし,共溶出が頻繁に起こり,また類縁体が存在するデータにおいて既存の解析ツールによる信頼性の高い代謝物同定は困難であり,実際にはマニュアルによる煩雑な作業が必要なのが現状である。そこで,われわれのグループでは,迅速簡便にGC/MSデータから代謝物同定法が可能なシステムの構築を目的として,代謝物の自動同定ソフトウエアの開発を試みた。GC/MSデータからの特徴検出には既存ツールMetAlignを用い,特徴検出された情報からin-houseのライブラリーとのリテンションタイム較正を行った後に代謝物を同定するアルゴリズムを開発した。当該アルゴリズムを生体サンプルに適用して検証した結果,従来法と比較して代謝物の同定能および処理効率が大幅に改善された。
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3) |
質量分析データを解析するための定量手法AB3DおよびMass++の開発
(青島 健・小田吉哉) |
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質量分析機器は,プロテオミクス,メタボロミクス研究分野において必要不可欠な技術として注目されつつあり,特に病態モデル細胞や動物モデル,臨床検体を用いたバイオマーカー探索は,病気の診断,薬剤に適した患者の選別,薬効判断および薬剤の標的探索などの研究に応用されている。しかし,質量分析を用いた定量解析では,特にラベルフリーといわれる簡便な方法は再現性やソフトウエアの使いやすさなどの面でまだ課題が多く存在し,信頼できる解析手法は少ない。われわれは,これらの問題を克服するために,独自のラベルフリー定量手法AB3Dおよび異なる質量分析機器のデータを統合的に解析できる汎用的な質量スペクトル解析用のソフトウエア「Mass++」を開発した。これらはhttp://groups.google.com/group/massplusplusより無料でダウンロードして利用できる。
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4) |
人工知能によるCE-MSにおける未知代謝物質の同定法
(杉本昌弘・平山明由・曽我朋義・冨田 勝) |
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質量分析装置を中心とした測定技術の進展により高速に大量のデータ収集が可能となってきたが,取得したデータを最大限活用してメタボローム研究に役立てるためには,莫大なデータを効率的に処理するデータ解析技術も欠かせない。著者らは,イオン性代謝物の一斉測定を可能とするキャピラリー電気泳動・質量分析装置(CE-MS:capillary electrophoresis-mass spectrometry)のデータ解析方法を研究・開発してきた。本稿では, CE-MSのデータ解釈において特に大きな障壁となっている標準物質が入手できない物質の同定に関して,インフォマティクス技術を駆使したアプローチを紹介する。
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5) |
新しい化合物IDに基づくLipidBank
(有田正規) |
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大腸菌や酵母のようなモデル微生物では,すべての代謝が正確に理解できていると誤解されている場合が多い。しかし,脂質は糖鎖と並んで解析が難しい代謝カテゴリーである。その生合成過程や役割にも未知の部分が多い。本稿では,こうした状況を打開しつつあるリピドミクスという分野と,脂質分子のID番号つけの問題を取り上げる。さらに,日本脂質生化学会のLipidBankデータベースを新IDに基づいてWiki化する作業について紹介する。
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6) |
脂質同定アプリケーションLipid Searchとその活用法
(横井靖人・田口 良) |
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近年の質量分析技術の発展により脂質の豊富な実験データが得られるようになり,これに伴い生体内脂質の網羅的解析(リピドミクス)が注目を浴びるようになってきた。一方,生体内分子の網羅的解析,いわゆるオミクスではその大量のデータを効率的に処理する手法として,バイオインフォマティクスが必須の技術となってきている。本稿では脂質をターゲットとした同定アプリケーションLipid Searchを紹介する。当アプリケーションは脂質を対象とした種々の質量分析データの形式に対応し,独自のスコアリングアルゴリズムを用いることで生体試料に存在する脂質をハイスループットに同定することが可能である。
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7) |
NMRメタボロミクス解析ソフトウエア
(近山英輔・赤木謙一・菊池 淳) |
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NMRメタボロミクスでは,GC/LC/CE-MSによるそれと比べ均一な代謝物プロファイル,再現性,サンプル調整の容易性,非侵襲性などの利点がある。現在までに様々なNMRメタボロミクス解析ソフトウエアとデータベースが整備されてきており,このような解析ソフトウエアを用いて実際の医学生理学上の問題解決への適用例が今後ますます増えてゆくだろう。本稿では,筆者らの開発しているSpinAssign代謝物アノテーションサーバーとそのin vivo代謝解析への応用例についても簡単に紹介する。
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メタボロームの分布可視化法について
(中村 貴・早坂孝宏・井上菜穂子・仁科博史・瀬藤光利) |
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メタボロミクスの急速な進展により,多くの生体分子が細胞レベル・細胞内小器官レベルで局在化していることが明らかとなってきた。このような生体分子の局在を知るための包括的解析手段として,近年提唱された次世代型質量分析法である質量顕微鏡法が注目を浴びている。質量顕微鏡法とは,組織切片などにおいて様々な生体分子を二次元の位置情報を保持したまま質量分析を行うことで,観察試料中の分子の分布情報を可視化する技術である。本稿では急速な発展をみせる質量顕微鏡法について,その基本原理から応用について述べる。
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2) |
質量分析計を用いた脂質の組織局在解析
(中西広樹・田口 良) |
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様々な疾患の生理機能を解明するには,よりその病態局在で起こっている分子の変動をいかに捉えるかということが重要になる。本稿では,質量分析計を基盤としたイメージングマススペクトロメトリーとレーザーマイクロダイセクションを用いた組織内の脂質局在解析方法について,その特徴と測定手順ならびに適用例について紹介したい。
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3) |
脳微小領域におけるスフィンゴ糖脂質の局在解析
(池田和貴・田口 良) |
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スフィンゴ糖脂質は脳神経系において豊富に含まれており,機能維持に不可欠である。これらは親水性の糖鎖部と疎水性のセラミド部から構成されるために両親媒性をもち,糖鎖部とセラミド部はそれぞれ構造多様性に富んでいる。このため,分子種レベルで定量的に一斉分析する有効な手法の報告が少なかった。そこで筆者らは,これまでに液体クロマトグラフィ質量分析計による微量分析法を確立し,マウスの各脳組織に適用してきた。
本稿では,その応用としてレーザーマイクロダイセクションを組み合わせた脳微小領域におけるスフィンゴ糖脂質の局在分析法について概説する。また,イメージング質量分析計を用いた可視化によるスフィンゴ糖脂質の分布解析法についても紹介する。
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4) |
1細胞ダイレクトMS法によるメタボロミクス
(水野 初・津山尚宏・升島 努) |
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もし生体のメカニズムを担う単位である細胞の動きとその分子変化をリアルタイムに追跡することができれば,生命現象の詳細な解明のほか,その解析スピードの飛躍的な向上が期待できる。本研究では,生きている細胞1つを顕微鏡観察しながら細胞内分子の質量分析ができる1細胞ダイレクトMS法を用いて,RBL-2H3 1細胞内における顆粒・細胞質部位それぞれに存在する代謝物の探索を行った。これにより,これまでのメタボロミクスにはない代謝経路の細胞内局在解析がわかり,より詳細な分子の動きをほぼリアルタイムで追うことができるようになった。
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1) |
マルチオミクス(multi-omics)解析で見えてきた大腸菌の遺伝・環境変化に対する応答機構
(中東憲治・冨田 勝) |
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生体は内部や外部の環境因子の変化にかかわらず,生体の状態が一定に保たれるという性質を有している。このような恒常性を保つシステムはどのようにして構築されているのであろうか。われわれは大腸菌K-12株を用い,炭素源の濃度変化による外的変化と,中心炭素代謝系の1遺伝子欠損による内的変化に際して,細胞内に存在する各種物質がどのように変化するか,同時的・網羅的な測定を行って,この解明を試みた。その結果,前者に対しては遺伝子発現の変化による能動的な応答によって,後者に対しては代謝経路のネットワークそのものが頑強な構造をもつことによって,代謝の恒常性が保たれていることが明らかになった。
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●第2章 メタボロミクスの医療・創薬への応用 |
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肥満・代謝異常マウスのメタボローム解析:SNARKノックアウトマウスの生理機能解析
(土原一哉・江角浩安) |
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生体のエネルギー代謝の制御に深く関与するAMPKには16種類の関連キナーゼが存在する。その1つSNARKを欠損したノックアウトマウスでは脂肪蓄積の増大による肥満が認められた。Snark+/-肝では長鎖アシルCoA量が減少しており,肝での脂肪酸合成の亢進,脂肪酸分解の抑制と矛盾しない結果が得られ,SNARKによる脂肪代謝制御機構が示唆された。複雑な代謝系の表現型を端的に示すことのできるメタボローム解析は今後,代謝異常マウスモデル解析のための有力なツールとなるだろう。
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2) |
ステロイドホルモンの心筋障害抑制作用とプロスタグランジンD2
(佐野元昭・徳留(横尾)さとり) |
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ステロイドホルモンであるグルココルチコイドの心疾患(心筋梗塞や心筋炎)に対する治療効果はグルココルチコイドのもつ抗炎症・免疫抑制作用に基づくものであると考えられてきた。われわれは,齧歯類の心臓においてグルココルチコイドが心筋細胞におけるプロスタグランジンD2(PGD2)合成を活性化させることによって虚血・再灌流障害を減弱させる効果を発揮することを見出した。ラット培養心筋細胞においてグルココルチコイド はグルココルチコイドレセプター(GR)を活性化させてPGD2合成に関与するcytosolic phospholipase A2(PLA2),シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2),lipocalin-type prostaglandin D synthase(L-PGDS)の遺伝子発現をすべて誘導した。ラット培養心筋細胞をグルココルチコイドで刺激したときの培養上清中や,成獣マウスにグルココルチコイドを腹腔内投与したときの心臓組織中でPGD2濃度が増加していることを確認した。グルココルチコイドはランゲンドルフ摘出灌流心やin vivoの心臓において虚血・再灌流障害による心筋梗塞サイズを減少させた。一方,L-PGDSノックアウトマウスではグルココルチコイドによる心筋保護作用は減弱していた。グルココルチコイド投与はヒトにおいても心筋梗塞サイズを縮小させ予後を改善する効果が期待される。
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3) |
メタボロミクスから見た寄生虫の低酸素適応戦略
(北 潔) |
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われわれ人間を含む哺乳類は酸素がなくては生きて行けない。一方,寄生虫は多様な代謝系によって宿主体内の低酸素の環境に適応してATPを合成し,寄生現象を成立させている。しかも,寄生虫はその宿主体内と自由生活性からなるライフサイクルにおいて,代謝系をダイナミックに変動させ,大きく異なる生息環境に適応している。このような寄生虫の低酸素適応戦略の研究から,NADH-フマル酸還元系などの特殊な嫌気的呼吸鎖が重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。また最近のメタボロミクス研究から,ヒトにおいてもある種の癌組織などでは寄生虫同様の戦略を利用して低栄養・低酸素の環境に適応し,生き延びている可能性が高いことが明らかになった。
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4) |
脂肪酸代謝と炎症のメタボロミクス
(有田 誠) |
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炎症反応はプロスタグランジンやリポキシンなどの脂肪酸由来のメディエーターによって,それぞれ正と負の調節を受けることが知られている。これらの脂質メディエーターがいつ,どこで,どのようなバランスで産生されているのかを全体像として把握することが,炎症の発生から収束に至るプロセスを理解するうえで重要である。本稿では,高速液体クロマトグラフィ・タンデムマススペクトロメトリー(LC-MS/MS)を用いた脂肪酸代謝物の一斉定量分析システムの概要と,これを用いた炎症のメタボロミクス研究について紹介する。
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出血性ショックにおけるラット腸間膜リンパ液中の脂質メタボローム解析
(小林哲幸) |
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出血性ショックでは,輸血によって虚血状態は回復しても,各種の炎症性メディエーターが全身を循環して急性呼吸窮迫症候群・多臓器不全などの重篤な炎症性二次障害が問題となる。われわれは,質量分析を用いた脂質メタボローム解析により,出血性ショックモデルラットの腸間膜リンパ液中では出血性ショック依存的に不飽和脂肪酸含有リゾリン脂質が増加することを明らかにした。また,不飽和結合含有リゾリン脂質は,炎症の引き金となる好中球のプライミング活性などを有することが明らかになり,炎症性メディエーターとしての役割が示された。
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6) |
脂質メタボロームから見るsPLA2群の生体内機能
(村上 誠) |
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生体膜のグリセロリン脂質のグリセロール骨格の2位を加水分解して脂肪酸とリゾリン脂質を生成する酵素群をホスホリパーゼA2(PLA2)と呼ぶ。ヒト遺伝子上にはPLA2をコードする遺伝子が30種以上存在するが,このうち1/3は細胞外に分泌されるsPLA2(secreted PLA2)ファミリーに属する分子である。sPLA2群の研究は久しく混沌とした状況が続いていたが,最近になって遺伝子改変マウスが登場し,各アイソザイムの生体内機能に関する新しい情報が増えてきた。ここでは,遺伝子改変マウスに脂質メタボローム解析を応用することによって浮かび上がってきたsPLA2群の機能的側面に関する最新の知見を紹介したい。
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7) |
NMRメタボロミクスの医療への応用 - 生活習慣病・慢性腎臓病を標的にして -
(藤原正子・今井 潤・関野 宏・竹内和久) |
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NMRメタボロミクスの方法として,われわれは含まれる代謝物の量比を水素核NMRスペクトルのパターンとして把握するノンターゲット法を用いる。生体サンプルの前処理をほとんど必要としない迅速簡便な方法であるため,医療応用としての可能性をもつ。本法を生活習慣病の中でも深刻で複雑な病態をもつ慢性腎臓病(CKD:chronic kidney disease)および透析の解析に適用した。その結果,透析治療に伴って変動するメタボライトのプロファイルを捉え,透析後にラクテートが増加するという従来報告のない変化を見出した。さらに,CKD病態の各ステージの解析を行うことで病態の把握とマーカー探索が進行中である。
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GC/MSを用いるメタボロミクスの化学診断, 個別化医療, 化学物質毒性評価への応用
(久原とみ子) |
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バイオマーカーや個別化医療の概念が古くから社会に活かされてきたことは,早期診断・早期治療による心身障害発生予防を目的とした新生児マススクリーニング事業にも示されている。GC/MSによる尿有機酸計測で有機酸血症など一連の先天性代謝疾患の化学診断ができ,それに基づいて治療選択,遺伝子解析ができる。筆者らは化学診断の実績と経験をもとに,1990年代にメタボロミクスに着手し,スクリーニングや診断に活用してきた。現在200 種以上の化合物のターゲット解析法を確立している。この手法は130種類の先天性・後天性代謝異常の検索と個別化医療の実現,癌患者や遺伝子改変動物における病態マーカー検索,動物やヒトにおける化学物質の薬効・安全性/毒性評価など,医療から創薬までの様々な分野で活用できる。
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酸化ストレスマーカーとしての酸化リン脂質のメタボロミクス
(中西広樹・田口 良) |
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メタボリックシンドロームをはじめとする生活習慣病やそれに起因する各種の炎症性疾患である動脈硬化症や心筋梗塞などの分子メカニズムの解明には,多価不飽和脂肪酸およびそれを含むリン脂質とその酸化代謝物の分子種パターンの変化を捉えることが重要である。われわれは,高分離液体クロマトグラフィと高感度質量分析計を用いて酸化リン脂質の包括的測定系を構築し,虚血モデルにおける脂質,酸化脂質の変動解析に適用したのでご紹介する。
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薬理作用機序研究におけるメタボロミクス
(上原泰介・小田吉哉) |
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内因性代謝物の変動を生体の化学的な表現型として網羅的に捉えるメタボロミクスは,バイオマーカー探索だけでなく,細胞内の分子メカニズムを解明するためのツールとして,生理活性化合物の作用機序(mode of action)解析研究においても重要な役割を果たすことが期待できる。本稿では,メタボロミクスを用いた活性化合物の作用機序解析の研究事例を概説するとともに,筆者らが取り組むfocusedメタボロミクス技術とその応用について述べる。
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2) |
創薬における毒性回避の研究
(橋本 豊) |
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医薬品開発の中止理由のトップは,以前は薬物動態の不具合であったが,開発の初期から薬物動態研究者が参画することにより激減した。一方で毒性による開発中止は逆に倍増している。これは従来の毒性研究手法の抜本的改革が必要であることを示している。最近,毒性研究に薬物動態研究の手法を取り入れた毒性発現機構の研究が盛んになりつつある。そこではマススペクトロメトリーを駆使して反応性代謝物の構造解析を行い,ドラッグデザインをやり直して毒性回避につなげようという研究が行われている。ここでは,そのいくつかの例について解説した。
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3) |
フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析装置(FT-ICR MS)を用いたメタボリックフィンガープリンティングによる毒性評価への適用
(長谷川美奈・竹中重雄) |
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医薬品開発において,新薬候補化合物の毒性を開発早期に検出することが重要であるが,従来の毒性評価法だけでは代謝全般への影響を検出することは困難である。そこで,それらの代謝への影響を検出する手法としてメタボロミクスが注目されている。特に毒性発現に関与するバイオマーカー候補の検出・同定が期待されている。われわれはフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析装置(FT-ICR MS)を用いた薬剤誘発性ラットモデル尿メタボリックフィンガープリンティングの適用性を検討し,薬剤投与に起因する代謝変動の検出や毒性バイオマーカー候補を報告してきた。本稿ではその例を紹介する。
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4) |
オミクス統合解析によるフィトケミカル生合成遺伝子の解明
(平井優美) |
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植物界には,構造的に多様な20万種以上の化合物が存在し,その生理活性のために古来薬として利用されてきたものも多い。植物の作る化合物の多様性は,様々な植物種がそれぞれ特有の生合成酵素遺伝子をもつことに起因する。有用な植物化合物を効率よく生産するためには,酵素遺伝子とその制御遺伝子を解明することが重要である。モデル植物で確立された,メタボロミクスとトランスクリプトミクスの統合解析による包括的遺伝子機能予測の方法は,有用化合物を作る薬用植物などにも適用でき,生合成遺伝子群の効率よい同定につながるものである。
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