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内容目次 |
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総論:糖鎖遺伝子,糖鎖合成,糖鎖構造解析そして糖鎖機能解析へ
(成松 久) |
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●第1章 技術編
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1) |
レクチンマイクロアレイによる糖鎖プロファイリングシステムの糖鎖バイオマーカー探索への活用
(久野 敦・平林 淳) |
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レクチンマイクロアレイは,2つの異なる検体の糖鎖構造の差異を,40種程度の各レクチンスポットに生じるシグナル強度の差として簡便に比較解析できる特徴をもつ糖鎖プロファイラーである。最近の技術発展により,細胞・組織・血清などの臨床検体に含まれる微量糖タンパク質を,客観的にかつ統計学的に解析し,得られた結果を病理診断や疾患特異的糖鎖関連バイオマーカー探索に活用するなどの展開が考えられるようになってきた。
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2) |
ムチンのグリコシレーションを指標とした疾病マーカーの可能性
(星野真由美・入村達郎) |
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ムチンはコアタンパク質部分と多数のO-グリカンからなる高分子のタンパク質であり,粘液の主成分として古くから知られていた。癌の進行に伴って血清中に出現するため,一部の固形癌のマーカーとなる。グリコシレーションは多様であり,それらの変化も検出することができれば,マーカーとしての検出感度および特異性が飛躍的に上昇する可能性がある。そこで,ムチングリコシレーションの多様性とは何か,またそれを検出するにはどうしたらよいのかについて述べ,ムチンのグリコシレーションを指標とした疾病マーカー開発の方法を探る。
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3) |
糖鎖バイオマーカー探索における質量分析計の応用
(亀山昭彦) |
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糖鎖バイオマーカー探索を進めるなかで質量分析に求められることは,疾患に関連して変化するマーカー候補のシグナルをいかに見出すかということと,そのマーカー候補の構造をいかに解析するかということである。ここでは,糖鎖バイオマーカー探索への応用を目的とした質量分析関連の要素技術について,最近のわれわれの研究成果を中心に紹介し,さらに糖鎖バイオマーカー探索における今後の課題と展望について述べる。
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4) |
バイオマーカー探索のための超高感度MALDI-MSnによるグライコプロテオミクス研究開発
(天野純子) |
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先進医療技術の進展や個別化医療の実現が期待されるなか,プロテオミクスが盛んに行われてきたが,有用なバイオマーカーの発見はまだほとんどなく,グライコプロテオミクスがその鍵を握ると考えられる。細胞が発現する大半のタンパク質には糖鎖が付加しており,その糖鎖情報の変化を解読すれば細胞の状態が判明する。しかし,糖鎖解析は極めて難題で,プロテオミクスのように容易ではない。本稿では,糖鎖構造の複雑さと,それを解析するために筆者らが開発した新しい質量分析法,さらにそれを応用したバイオマーカー探索について述べる。
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5) |
バイオ医薬品開発における糖鎖構造解析の重要性
(近藤昭宏) |
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バイオ医薬品の開発は,1977年に板倉らが大腸菌でソマトスタチンを発現させたところから始まり,1980年代にインスリン,成長ホルモン,インターフェロンなど遺伝子組換え生理活性物質の医薬品がFDAに認可され,その後,遺伝子操作技術の更なる技術革新によって動物細胞を使った生産技術が一般化し,最近では抗体医薬など翻訳後修飾を伴う糖タンパク質医薬品が登場した。糖タンパク質の糖鎖分析技術もHPLCを駆使するところから,最近ではLC/MSを用いる方法へと変化しつつある。これには,分析機器であるMS装置の飛躍的な性能向上が一役買っている。本稿では,このような技術を用いる際のポイントおよび留意点について紹介したい。
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6) |
LCMS解析手法2DICALを用いた糖鎖疾病マーカーの探索
(尾野雅哉) |
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われわれが開発してきた2DICALは,タンパク質が含まれる様々な試料を対象とし,疾患群と健常群などの群間で網羅的に比較解析し,差のある物質をペプチド配列のレベルで探索できる解析システムである。ペプチドレベルまで解析することは,タンパク修飾がより詳細に解析できることを意味し,タンパク質の糖鎖修飾解析にも応用可能である。糖鎖自動認識アルゴリズム(グライコディテクター)を併用することにより糖鎖関連の疾病マーカーを選別することが可能となり,これらの手技を用いた糖鎖疾病マーカー探索法を呈示する。
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7) |
バイオマーカー探索をめざしたグライコプロテオームのLC/MS大規模解析法
(梶 裕之・山内芳雄・田岡万悟・礒辺俊明) |
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ある細胞が細胞膜表面に発現あるいは体液中に分泌する糖鎖群は,分化の過程や癌化などで劇的に変化することが知られている。そこでバイオプシーで摘出した組織や血液に存在する,糖鎖全体のプロファイルあるいは特定の構造をもつ糖鎖をバイオマーカーとして,癌などの疾病を診断する技術が注目されている。目的とする疾病に特異的な糖鎖マーカーを探索するためには,その糖鎖をもつコアタンパク質などを特定し,その変動を定量的に追跡する技術が重要である。本稿では糖タンパク質マーカー探索のためのグライコプロテオーム解析法について紹介する。
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8) |
膜マイクロドメイン糖鎖機能の解明をめざして
(本家孝一・小谷典弘・山下竜幸) |
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細胞膜には,機能分子が会合する膜マイクロドメインと呼ばれる不均一な構造ユニットが存在し,シグナル伝達や細胞接着や膜輸送のプラットフォームを供している。膜マイクロドメインには,糖脂質や糖タンパク質が集積しており,これらの糖鎖が膜マイクロドメインにおける生物機能の発現に重要な役割を果たしていると考えられる。著者らは,膜マイクロドメインにおける糖鎖機能の解明をめざして,膜マイクロドメインに対する抗体の作製や膜マイクロドメインにおける分子会合を解析するための新しい方法の開発を行っている。
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●第2章 合成編 |
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1) |
有機合成化学を基盤とする糖タンパク質プロセシングと品質管理機構の解析
(伊藤幸成) |
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最近の研究により,高マンノース型糖鎖が糖タンパク質の品質管理機構において常用な役割を担っていることが明らかになりつつある。この過程において様々なレクチン,シャペロンや酵素も関わっている。われわれはその定量的解析をめざし,高マンノース型糖鎖を系統的に合成する経路を確立した。さらに化学的に合成した糖鎖誘導体を用いてグルコシダーゼⅡとUGGTの解析を行った。その結果,従来曖昧であったこれら酵素の性質が明らかになった。また,疑似細胞内環境であるマクロ分子クラウディング条件でグルコシダーゼⅡの反応が大きな影響を受けることがわかった。
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2) |
シアル酸グリコシル化反応の改良と共通構造から展開するガングリオシドの系統合成法の探求
(木曾 眞・安藤弘宗・石田秀治) |
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ガングリオシドは,シアル酸を有する糖脂質の代表格であり,生体内に広く存在して様々な機能を発揮している。分子レベルでの機能解明で不可欠となる合成糖鎖の迅速かつ大量規模での合成を実践するには,旧来のガングリオシド合成法を再点検し,より実用性の高い手法へと研磨してゆかねばならない。本稿では,ガングリオシドの中でも最も合成が難しいガングリオ系ガングリオシドの効率的構築法の開発への取り組みとその成果を紹介する。
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3) |
シュガーチップと糖鎖固定化金ナノ粒子の開発とウイルス検査への応用
(隅田泰生) |
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われわれは糖鎖の金属への固定化法を開発し,構造明確な糖鎖を固定化した金チップ(シュガーチップ)を調製してSPR(表面プラズモン共鳴)のセンサーチップとして用い,糖鎖とタンパク質やウイルスとの相互作用を簡便かつ無標識で解析する技術を確立した。この技術は引き続きアレイ型のシュガーチップへ発展させて,糖鎖結合活性のハイスループット解析を可能とし,さらに糖鎖への相対結合性に基づく新規ウイルス識別法も開発中である。また,糖鎖の固定化法を応用し,糖鎖固定化金ナノ粒子(SGNP)を開発して,目視での相互作用観測を可能とした。さらに,特定の糖鎖を固定化したSGNPはウイルスを捕捉・濃縮することができ,リアルタイムPCRと組み合わせたウイルスの超高感度分析法も確立した。
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4) |
有機化学的手法によるN-結合型糖タンパク質合成
(梶原康宏・岡本 亮) |
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生体内で重要な役割を果たしている糖タンパク質の機能と糖鎖構造の相関の解明は現在世界中で強く望まれている。このような検討を行うには単一な構造の糖鎖を有する糖タンパク質を得る必要があるが,現在のところ十分な手法がない。これに対して,われわれは多様な構造の複合型糖鎖の大量調製法を確立し,そして任意の構造の糖鎖を有する糖ペプチドおよび糖タンパク質の化学合成に成功した。この手法によって,糖鎖の構造とタンパク質生理機能発現の関係を調べる研究を進歩させることができると期待される。ここでは,その最近の成果について紹介する。
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5) |
糖タンパク質化学合成法の開発
(北條裕信・中原義昭) |
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糖タンパク質の機能解明を進めるため,その効率的な化学合成法の確立を行った。基本的な合成戦略は,固相法で糖鎖をもつペプチドチオエステルを鍵物質として合成し,それを繰り返して縮合することにより効率的に糖タンパク質へと導く。この方法を利用して,分子量約23kDaのムチンモデルタンパク質,N-結合型母核五糖をもつ癌転移因子エムプリンの細胞外ドメインなどの化学合成に成功し,その有効性を実証した。また,新規のペプチドチオエステル合成法を確立し,糖ペプチドチオエステルの固相合成収率が低いという問題点を解決し,実用的な糖タンパク質合成法を完成することができた。
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6) |
酵素修飾法によるGAG糖鎖ライブラリーの構築
(杉浦信夫・木全弘治) |
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GAG(グリコサミノグリカン)は,二糖繰り返し単位の糖残基の種類と糖鎖長および糖鎖に修飾された硫酸基の位置と数により,極めて複雑な構造をしている。GAGは医薬品として機能が認められている糖鎖の1つであり,その生理機能はその多様な構造に寄与すると考えられる。また,最近の遺伝子技術によりGAG合成に関与する糖転移酵素や硫酸基転移酵素のほとんどが同定され,組換え酵素の入手も可能になった。そこで,これら酵素を用いたGAG糖鎖ライブラリーを構築し生理機能を探索する研究を進めている。
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7) |
酵母によるムチン型糖タンパク質の生産と解析
(千葉靖典) |
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ムチン型糖鎖は哺乳類の様々なタンパク質上にみられるO-型糖鎖修飾の1つである。このムチン型糖鎖は細胞の癌性変化に伴い糖鎖構造が変化することが知られており,シアリルTn抗原などはよく知られたムチン型糖鎖腫瘍マーカーである。われわれは酵母を利用したムチン型糖鎖を有する糖タンパク質の生産系を構築し,癌組織などで発現するタンパク質であるポドプラニンをこの酵母で発現することで,分子上の特定のムチン型糖鎖が血小板凝集活性に必須であることを確認できた。この系は糖鎖バイオマーカーを認識する抗体作製などに有用であると考えられる。
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8) |
ファージ抗体ライブラリーを用いた糖鎖プローブの探索
(高柳 淳・清水信義) |
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糖鎖プローブの1つとして,特異的なモノクローナル抗体は,研究のみならず診断・治療にも非常に有用なツールである。しかし,糖鎖特異的なモノクローナル抗体を作製することは容易ではない。これを克服するため,独自のファージ提示型抗体ライブラリーと様々な改良を加えたスクリーニング法を活用した私達の取り組みを,ガイド分子法と呼んでいるファージライブラリー独特の応用法も含めて紹介する。いまだ進行中であり公開できないデータも多いが,十分な手応えを感じている。
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●第3章 基礎編
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1. |
糖鎖機能の解明と糖鎖関連バイオマーカーの開発 |
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1) |
糖鎖を標的にした新しい癌および消化器疾患の血清診断法の開発
(三善英知・谷口直之) |
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糖鎖は第三の生命鎖と言われて久しいが,最近の微量解析技術の進歩によって,ようやく産業/医療への応用の道が見えてきたと言える。一般的に,糖鎖を標的にしたバイオマーカーとしては,①糖転移酵素の量を測定する,②特定のタンパク質の糖鎖を解析する,③全体の糖鎖のパターンを解析するという3つの方法が想定される。ここでは,それぞれのマーカー探索の長所と短所を具体例から検討し,将来のグライコマーカー開発のストラテジーを紹介したい。さらに,単なる血清における病態の指標として捉えるだけでなく,癌生物学の本質にマーカー探索がつながる可能性についても言及したい。
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2) |
担癌状態におけるムチンの生物学的機能
(中田 博) |
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上皮性癌細胞の産生するムチンが正常なムチンと異なる点は,その生体内分布および糖鎖構造にある。癌組織全体あるいは血流中に流出したムチンは,癌化に伴う単なる結果ではなく,免疫系細胞などとの相互作用を介して癌細胞の増殖に有利な環境を作り出していることが明らかになりつつある。近年,免疫系細胞上にはレクチンを含む様々な糖鎖結合性タンパク質が見出され,それらの分子(受容体)との結合を介した生物学的作用がその分子的背景にあると考えられる。
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3) |
ヒト腫瘍におけるムチンの発現と腫瘍の悪性度
(米澤 傑・東 美智代・山田宗茂・野元三治・後藤正道) |
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ヒトの様々な腫瘍におけるムチンの発現様式を検索し,生命予後を含む様々な臨床病理学的因子との関連性について検討することにより,各ムチンの発現と腫瘍の悪性度との関連性についての解析を行った結果,MUC1(汎膜結合ムチン)は予後不良因子,MUC2(腸型分泌ムチン)は予後良好因子ということが明らかとなってきた。一方,MUC4(気道型膜結合ムチン)は膵胆管系癌や肺癌における新しい普遍的な予後不良因子となりうることも判明した。これらのムチン発現の分子機構については,遺伝子プロモーター領域のDNAメチル化とヒストン修飾の相互作用というエピジェネティクな機序によって制御されているというデータが得られつつある。
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4) |
血小板凝集因子ポドプラニン(Podoplanin)の分子生物学的解析
(加藤幸成・金子(加藤)美華・成松 久) |
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マウス高転移性細胞株より同定されたポドプラニン(Podoplanin,別名Aggrus)は,血小板凝集能/転移促進活性をもつⅠ型膜貫通型糖タンパクである。機能部位解析により,ポドプラニンの活性部位(PLAG domain:platelet aggregation-stimulating domain)が種を越えて保存されていることがわかった。さらに詳細な糖鎖構造解析により,ヒトポドプラニンのPLAGdomainに含まれる,52番目のスレオニンに付加されたdisialyl-core1構造がその機能に重要であることがわかってきた。また近年,ポドプラニンの血小板上のレセプターとしてCLEC-2が同定された。ポドプラニンは,特異的なリンパ管マーカーであるだけでなく,種々のヒト腫瘍にも悪性度と相関した発現が認められている。
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5) |
バイオマーカーとしてのグリコサミノグリカン糖鎖を認識する抗体
(赤津ちづる・山田修平・菅原一幸) |
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グリコサミノグリカンは生体内の環境・状況に応じてその構造が変化し,機能発現に対応している。特に,癌などの疾病に伴う微細構造の変化が報告されている。これまでに,その構造変化を疾病に対するバイオマーカーとして使用されてきた例は少ないが,抗コンドロイチン硫酸(CS)抗体WF6のエピトープは卵巣癌における非常に有用なバイオマーカーに,またファージディスプレイ法によって作製された抗CS-E抗体GD3G7は,卵巣癌の判定や脳の発達に関与する機能ドメインの探索のための有力なバイオマーカーとなることが期待される。
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6) |
プロテオグリカンと疾患
(渡辺秀人) |
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プロテオグリカンやグリコサミノグリカン(GAG)が関与する疾患・病態は,合成異常,分解の障害,その他に分けることができる。合成異常を呈するヒト疾患の多くは本来軟骨に多量に存在するプロテオグリカン,GAGの低下による軟骨異形成症である。GAGが細胞内に蓄積するムコ多糖症はスルファターゼ,グリコシダーゼなどGAG鎖の分解をつかさどる酵素の遺伝子異常によって発症する。また,近年の遺伝子改変マウスの解析から,炎症,腫瘍の増殖・浸潤,感染症などの病態にプロテオグリカン,GAGが関与することが明らかになりつつある。今後,これらの病態に対する疾患マーカー,治療薬としてプロテオグリカンやGAGが用いられることが期待される。
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7) |
アルツハイマー病βセクレターゼによる糖転移酵素のプロセシングによる糖鎖発現の調節
(橋本康弘・北爪しのぶ) |
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βセクレターゼはアルツハイマー病の「原因酵素」であると考えられている。われわれはβセクレターゼが糖転移酵素の1つであるα2,6-シアル酸転移酵素を生理的な基質として切断することを見出した。また,この切断により可溶性糖タンパク質のα2,6-シアル酸化が亢進することをモデル実験系で示した。アルツハイマー病の患者では,βセクレターゼ活性の上昇が報告されていることから,髄液中のα2,6-シアル酸化糖タンパク質をバイオマーカーとするアルツハイマー病の診断が考えられる。
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8) |
ノロウイルスと血液型抗原との結合
(白土東子・武田直和・石井孝司) |
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ノロウイルスは世界各地で発生しているウイルス性下痢症の主たる原因ウイルスである。近年,ノロウイルスが血液型抗原に吸着することが明らかになった。血液型抗原とは抗原構造をもった糖鎖の総称であり,ヒトの赤血球表面だけでなく,ノロウイルスが標的とするであろう腸管上皮細胞にも発現されている。ノロウイルスのGⅡ/4遺伝子型株は他の遺伝子型株に比べ結合できる血液型抗原の種類が多く,またそれぞれの血液型抗原への結合力も強いことが証明されている。この遺伝子型は,日本も含め世界中で流行している株であるが,その伝播力についても答えが出ていない。GⅡ/4遺伝子型株の血液型抗原への結合力の強さが伝播力の強さに結びついている可能性が大きい。血液型抗原への吸着をスタートとしたノロウイルスの感染が,その後どのようなメカニズムによって下痢症発症にまで結びつくのか,解明が待たれる。
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1) |
糖脂質合成酵素遺伝子欠損マウスによる糖鎖の機能解明と癌関連糖鎖の探索への応用
(古川鋼一・安藤玲子・徳田典代・近藤裕史・土田明子・古川圭子) |
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新規の癌関連糖鎖の同定をめざして,糖鎖変異ノックアウトマウスを免疫に用いたモノクローナル抗体の作製を行っている。変異マウスで欠損する糖鎖構造の系列を多く発現するヒトの癌細胞抽出物を,そのノックアウトマウスに接種して,非自己としての認識と,強い免疫応答を期待することができる。すでに4種のノックアウトマウスを用いて抗体作りを進めており,新規の癌関連糖鎖の探索と同時に,IgGクラスの高親和性抗体の取得が可能となっている。
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2) |
N-型糖鎖合成異常による2型糖尿病発症メカニズム
(大坪和明) |
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2型糖尿病発症時には膵臓β細胞表面におけるグルコーストランスポーターの発現が低下し,その結果,グルコースセンサー機能が不全となり血中グルコース濃度に応じた適切なインスリンの分泌が行えなくなる。N-アセチルグルコサミン転移酵素-4a(GnT-4a)は膵臓β細胞内においてグルコーストランスポーターを糖鎖修飾する。グルコーストランスポーターはその糖鎖を介して細胞表面で内在性レクチン分子と結合し,安定化することでセンサー機能を発揮する。これらのことから2型糖尿病発症メカニズムにおけるGnT-4a糖転移酵素の関与が注目を集めている。
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3) |
ポリラクトサミン糖鎖の免疫系での役割
(栂谷内 晶・小園裕子・佐藤 隆・池原 譲・成松 久) |
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ポリラクトサミンは糖鎖の基幹的構造であるとともに,その構造上に多くの機能性糖鎖抗原を形成している。ポリラクトサミン合成酵素β3GnT2 遺伝子のノックアウトマウスを作製し,解析を行った。本マウスでは糖タンパク質のN-結合型糖鎖上のポリラクトサミン構造が有意に減少していることが明らかとなった。免疫学的機能に異常が起こるかどうかについて解析した結果,本マウスでは免疫細胞表面の受容体に結合しているポリラクトサミンが欠損するなどして,種々の免疫反応が過剰に起こることがわかった。ポリラクトサミン鎖は免疫機能において重要な機能を担っていることが示唆された。われわれは,様々な糖鎖遺伝子改変マウスの解析を通じて,糖鎖の果たす機能を明らかにしていきたいと考えている。
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4) |
神経損傷とケラタン硫酸
(門松健治) |
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一度損傷を負った神経の再生は不可能ではないことが近年わかってきたが,実際の再生は極めて難しい。神経軸索の再生に関しては,損傷に際してセマフォリンやコンドロイチン硫酸などの抑制分子が誘導され,反応性アストロサイトなどの集積によるグリア性瘢痕とあいまって再生が阻害される。残念ながら,これらの阻害機構の解明は十分でなく,ゆえに実際に神経再生医療の現状は理想に程遠い。本稿では,これまでにわかってきた軸索再生(阻害)機構を整理して,さらにケラタン硫酸の重要性に触れたい。
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●第4章 臨床編 |
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1) |
糖転移酵素を活用した腫瘍マーカーの開発:婦人科系癌マーカーとしての血中β1,3-ガラクトース転移酵素-4/5
(瀬古 玲・山下克子) |
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腫瘍マーカーの開発は早期癌スクリーニング,治療効果の判定,再発を発見するために必須である。細胞の癌化に伴って変化する糖鎖構造は癌細胞の糖転移酵素の発現量に依存する。本稿では卵巣癌および子宮体癌でβ1,3-ガラクトース転移酵素-4および-5(β3Gal-T4/T5)が異所性発現することに着目し,血中β3Gal-T4/T5の測定系を確立し,患者血清に応用した。その結果,早期卵巣癌および早期子宮体癌に高い陽性率を示し,婦人科癌のスクリーニングに有用であることが明らかとなった。血中糖転移酵素量の測定は新たな戦略に立った腫瘍マーカーの開発に応用可能となろう。
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2) |
糖鎖機能を活用した癌腹腔内転移治療技術の開発とその応用
(池原 譲・中西速夫) |
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腹腔内にオリゴマンノース被覆リポソームを投与するとマクロファージに速やかに取り込まれ,腹腔内転移巣に集積する。糖鎖を介するマクロファージの生物応答は,癌の腹腔内転移に対する治療技術のヒントとなるものであり,われわれは糖鎖被覆リポソームを用いたドラッグデリバリーシステムを開発した。これは,胃癌の腹腔内進展の病理像に合致したもので,実用化によって治療効果の改善と,抗癌剤療法による副作用の軽減化が期待される。本稿では,腹腔内転移性癌の病態病理と,それに対する治療戦略,そしてわれわれの開発した糖鎖被覆リポソームに関する最近の成果を紹介する。
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3) |
進行癌モニタリングにおけるヒアルロン酸リッチ腫瘍内微小環境の重要性
(三好征司・小林宣隆・板野直樹) |
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癌細胞はその自立的増殖のみならず,癌細胞を取り巻く微小環境との複雑な相互作用によって癌組織を形成する。癌細胞と宿主細胞との相互作用によって形成される腫瘍内微小環境は,癌治療の重要なターゲットであり,それを構成している成分は癌の悪性度を推定するバイオマーカーとして,その利用が期待される。ヒアルロン酸は細胞外マトリクスの主たる構成糖鎖成分として腫瘍内微小環境の形成に寄与し,癌の進展に伴って質的・量的に変化することが知られている。本稿ではヒアルロン酸糖鎖分子に着目し,その多彩な存在様式に対応した機能的多面性を紹介するとともに,癌治療・診断への応用の可能性について概説する。
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4) |
再生医療における糖鎖マーカー
(豊田雅士・梅澤明弘) |
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幹細胞研究の進展によって,再生現象に基づく細胞移植医療(再生医療)に利用可能な細胞の種類とその対象疾患が増えている。細胞の取得から移植までの過程で,移植する細胞の分化段階や有効性・安全性を把握する必要がある。細胞表面を覆う糖鎖は細胞の「今」を反映しており,その情報はマーカーとしての役割を果たすとともに,移植に用いる細胞の品質管理に重要となる。そのなかで細胞の糖鎖情報を得るための新しい技術開発も進み,再生医療への貢献が期待されている。
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5) |
慢性炎症性疾患における硫酸化糖鎖の機能
(小林基弘) |
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リンパ球ホーミングは多段階の分子シグナルによって精密に制御されているが,その最初のステップは血流中のリンパ球が高内皮細静脈内腔面をローリングし,その速度を落とす反応から始まる。この反応はリンパ球上のLセレクチンと,高内皮細静脈内腔面の硫酸化糖鎖との相互作用によって惹起されるが,生理的状態のみならず,慢性炎症におけるリンパ球浸潤においても関与していることは想像に難くない。これまでに種々の慢性炎症性疾患において硫酸化糖鎖を発現した高内皮細静脈様血管の誘導が報告されており,硫酸化糖鎖の発現が広く慢性炎症性疾患の病態形成に関与している可能性が強く示唆されている。
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6) |
GPIアンカー型タンパク質の生合成を標的とした抗真菌剤の開発
(地神芳文) |
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真菌細胞壁の主要な構成成分の1つであるマンナン糖タンパク質は,C末端側には糖脂質グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)が付加している。酵母のGPI生合成には24以上の遺伝子が関与しているが,完成したGPIはタンパク質に転移後,GPIの脂質リモデリングを経て細胞膜に輸送・局在し,真菌ではさらに細胞膜でGPIの脂質部分が除去されて糖鎖部分で細胞壁のグルカンに共有結合する。われわれは,①抗真菌剤候補化合物の作用標的部位として単離した機能未知なGWT1 遺伝子,②GPIのマンノース糖鎖部分へのエタノールアミンリン酸の付加に関与するGPI7 遺伝子,③GPI型タンパク質の脂質リモデリングに関与するPER1 遺伝子の生理機能を解析した。
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7) |
IgA腎症と糖鎖
(成松由規・池原 譲・佐藤 隆・成松 久) |
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日本ではIgA腎症は最も高頻度な一次性糸球体腎炎であり,患者の約40%が20年以内に腎不全に移行する。本症は腎糸球体にIgAが沈着することを特徴とするが,この病気におけるIgA沈着メカニズムはいまだ解明されていない。近年,糖鎖遺伝子の全容がほぼ明らかとなり,また質量分析装置などの解析機器が発達したことから,IgA分子の糖鎖合成機構や糖鎖構造の解析が進んだ。これらの解析からIgA腎症患者の血清IgAが糖鎖不全であることが示唆されている。今後,IgA分子の糖鎖情報が解読されることで,本疾患の病態と発症メカニズムが解明されると期待される。
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2. |
臨床的立場からの糖鎖関連バイオマーカーの可能性 |
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1) |
大腸癌のバイオマーカー研究の現状と糖鎖バイオマーカー研究のめざすもの
(山下継史・渡邊昌彦) |
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大腸癌の診断・予後・治療効果を評価するバイオマーカーは日進月歩である。本稿では大腸癌臨床応用直前の最新バイオマーカーを総説し,理想のバイオマーカーの現状を考える。バイオマーカーとしてはDNA, RNA, タンパク質と多岐にわたっているが, DNA では DNA pleudy,遺伝子不均衡, 遺伝子突然変異, microsatellite instability が,RNA では マイクロアレイによる遺伝子プロファイルが,タンパクでは最新のプロテオミクス から同定された特定タンパク質のバイオマーカーとしての可能性について言及している。さらに今後は糖鎖を含めたposttranslational modification の解析に期待が高まるであろう。糖鎖プロファイルを簡便に行うレクチンマイクロアレイが近年開発され,包括的糖鎖研究がバイオマーカー開発の最終兵器となる可能性を秘めている。
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2) |
肺癌の腫瘍マーカー −臨床的側面から−
(南 優子・野口雅之) |
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肺癌は日本のみならず,多くの欧米諸国で死亡率が高い癌である。しかし,肺癌も早期発見・早期治療ができれば,完治が可能な場合もある。現在,肺末梢にできる肺腺癌はCT検診での発見が増え,早期または小型の腺癌が見つかってきている。けれども,CTは有用であると同時に医療費の高騰や被爆の問題も抱えている。CT検診をより有用に活用するためには,末梢肺腺癌発症の高リスク群を選別する必要性が考えられる。侵襲の少ない検査としては,血清腫瘍マーカーの測定が挙げられる。現在,頻用されている腫瘍マーカーは必ずしも肺癌に特異的なものではない。今後の研究で,肺癌または前癌病変で特異的に上昇する腫瘍マーカーの開発を期待する。
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3) |
膵癌における糖鎖関連バイオマーカーの実際とその可能性
(中森正二) |
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バイオマーカーとは,生体材料から検出される分子で,診断や治療方針の決定,治療の分子標的となることに意義がある。腫瘍マーカーもバイオマーカーの1つであり,多くは糖鎖関連分子である。現在のところ膵癌特異的といわれる腫瘍マーカーは存在しておらず,実臨床では糖鎖関連分子であるCA19-9,CEA,DUPAN-2などの数種類が利用されている。ここでは,膵癌における腫瘍マーカーとしての糖鎖関連バイオマーカーの実臨床における使用方法の実際と,膵癌における新しい糖鎖関連バイオマーカーとしての糖転移酵素GalNAcT3 について紹介する。
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胃癌のバイオマーカー
(中西速夫・池原 譲) |
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消化器癌のバイオマーカーといえば血清腫瘍マーカーであるCEA,CA19-9,CA72-4などが代表的である。これらは診断や再発・治療効果のモニタリングなどに現在でも有用であり,臨床で頻用されている。しかし,これらの腫瘍マーカーは感度が十分ではなく,初発や再発腫瘍の早期診断法としては限界がある。今日の癌診療においてバイオマーカーに求められる意義は従来の診断にとどまらず多義にわたり,発癌のリスク評価,術後再発予測,分子標的治療を含めて治療反応性を予測するバイオマーカーなどの開発がより重要となってきた。近年の急速なゲノミクス,プロテオミクス,グライコミクスの進歩がこれらのことを可能にしており,テーラーメイド医療への応用が期待されている。本稿では,胃癌に関連したバイオマーカーについて,糖鎖バイオマーカーを中心として遺伝子マーカーなど最近の進歩を概説する。
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上皮性卵巣癌の糖鎖関連バイオマーカー
(野村弘行・片岡史夫・玉田 裕・青木大輔) |
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近年,卵巣癌は漸増傾向にあり,しかもその半数程度が進行癌で発見され,その多くが腹膜播種を伴うことから,婦人科癌の中では最も予後不良の疾患の1つである。従来より,癌化に伴った糖鎖構造の変化は癌関連糖鎖抗原として認識され,臨床上腫瘍マーカーとして用いられている。特に上皮性卵巣癌に対する腫瘍マーカーの多くはCA125を代表とする糖鎖抗原である。一方,明細胞腺癌という予後不良の組織型では非還元末端にシアル酸を有する糖鎖構造が組織型特異的に発現しており,シアル酸量に影響すると考えられる形質膜シアリダーゼ発現は明細胞腺癌の腹膜播種形成に関与することが示唆されている。
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肝細胞癌のバイオマーカー(腫瘍マーカー)
(長谷川 泉・田中靖人・溝上雅史) |
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現行では,肝細胞癌(HCC)の腫瘍マーカーにはAFP,PIVKA-Ⅱ,そしてAFP-L3分画の3種類がある。AFPの感度は比較的良いが良性肝疾患などでも上がることがある。PIVKA-Ⅱ陽性例は門脈塞栓を示唆し予後が悪い。AFP-L3分画陽性であれば腫瘍径が小さくても悪性度が高いことを示す。2008年4月からAFP,PIVKA-Ⅱの同一月内同時測定が保険収載で算定できることになり、これらは今後いっそう有用な補助診断ツールとなりうる。しかし,現行のマーカーの併用では早期肝細胞癌の同定には不十分であり、感度を維持しつつ特異度を上げる新規マーカーの開発,臨床応用が期待される。
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