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内容目次 |
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1. |
遺伝カウンセリングにおける再発率の推定
(福嶋義光) |
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家系情報の収集および正確な遺伝医学的診断に基づく再発率の推定は遺伝カウンセリングのプロセスにおいて極めて重要な役割を占める。再発率とは,同じ家系内に発端者と同じ病気が再び現れる可能性のことである。一般に単一遺伝子疾患の場合はメンデルの法則に基づく理論的再発率が用いられるが,多因子疾患や染色体異常症の場合には経験的再発率が用いられる。理論的再発率を推定する際には,ベイズやHardy-Weinbergの法則などの遺伝学の基本原理,および種々の統計学的分析方法についてよく理解しておく必要がある。
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2. |
臨床細胞遺伝学
(涌井敬子) |
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臨床細胞遺伝学の基本的事項として,①顕微鏡下に観察可能なゲノムとしての染色体と細胞周期の関係,②体細胞分裂・減数分裂に伴う染色体・遺伝子異常の発生機序,③医療における染色体検査の適応と,マイクロアレイ染色体検査が導入されても必要な,全ゲノムを俯瞰した従来の核型分析を中心とした様々な解析法の特徴と限界,④検出される染色体異常,異常染色体の次世代への伝達,核型記載法など,について概説した。
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3. |
形態形成の異常と臨床遺伝学
(小崎里華) |
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1つの受精卵からヒトの個体が形成されるまでの過程が障害されたとき,先天異常/先天奇形が発症する。その原因は,形態形成に関わる遺伝子異常による場合と環境要因による場合に大別される。ヒトのゲノムの遺伝情報と形態形成の関係を紐解く分野が胎児発生遺伝学であり,その知見は個別の患者の先天異常の発症原因を推定するうえで極めて有用である。これら形態発生に関わる多くの遺伝子が幹細胞の分化・誘導に関与しており,今後,再生医療におけるkey moleculeとなることが期待される。
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4. |
遺伝性不整脈の遺伝医学
(清水 渉) |
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先天性QT延長症候群(LQTS)に代表される遺伝性不整脈疾患は,循環器疾患の中でも最も遺伝子診断が進んだ疾患であり,すでにテーラーメイド医療の先駆けとして,遺伝子特異的な患者管理や治療が実践されている。遺伝性不整脈は,主に心筋のイオンチャネルに関連する遺伝子上の変異によりイオンチャネル機能障害をきたし,心電図異常や致死性不整脈を発症して心臓突然死の原因となる。本稿では,その代表として先天性LQTSとBrugada症候群を取り上げ,遺伝医学の現況と今後の展望について概説する。
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5. |
神経変性疾患の遺伝医学
(市川弥生子) |
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神経変性疾患においては,遺伝性疾患は稀ではない。ゲノム医学の進歩により,神経変性疾患の原因遺伝子が次々と同定され,遺伝子診断の役割は増大している。
遺伝性神経変性疾患の遺伝医学的特徴として,多様な疾病構造をとることが挙げられる。正確な臨床情報,疾病構造の理解が,遺伝子診断・確定診断を進めるうえで必須である。特に,高度の遺伝的異質性が存在すること,遺伝性と孤発性(表現模写)が存在することは注意を要する。孤発性と考えられていた症例において,遺伝性疾患の遺伝子変異が同定されることがあり,遺伝子診断を行う場合は,常に陽性になる可能性についても考慮し,家系内に及ぼす影響についても患者に説明しておく必要がある。
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6. |
小児期発症の神経筋疾患の遺伝医学
(近藤恵里・斎藤加代子) |
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筋力低下を主症状とする疾患は,筋原性疾患と神経原性疾患に大別され,両者を合わせて神経筋疾患と称する。筋原性疾患では筋ジストロフィー,先天性ミオパチー,代謝性ミオパチー,神経原性疾患では脊髄性筋萎縮症が代表的である。数多くの原因遺伝子が同定され,1つの原因遺伝子が幅広い臨床像をきたし,逆に1つの臨床病型を生じる原因遺伝子は複数存在することも判明している。遺伝子検査においては,既知の原因遺伝子群を次世代シークエンサーによってハイスループットに解析する方法が,筋疾患の診断・病態解明に多大な効力を発揮していくと考えられる。分子(遺伝子)治療研究も実用の可能性も見えてきた。症例ごとの遺伝子型・表現型を効率的に登録・データベース化し,今後行われる治験の効率的運用を目的とした体制構築(患者登録システム)も進められている。
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7. |
多因子疾患を理解するにはどうしたらよいの?
(羽田 明) |
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すべての病気は,遺伝要因と環境要因の相互作用により発症するが,多因子疾患は複数の遺伝子による体質を背景として複数の環境要因により発症する疾患である。本稿では,多因子疾患に含まれる疾患群の内容,多因子疾患を理解するための質的形質・量的形質・閾値理論,遺伝要因関与の指標としての家族集積性・遺伝率について説明し,さらに最近のゲノム医学研究によって多因子疾患の感受性遺伝子が続々と明らかになってきたこと,研究によって医療のパラダイムが大きく変わりつつあること,研究成果の応用に関する現状などを解説した。
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8. |
エピジェネティクス,基本を教えて
(久保田健夫・三宅邦夫・平澤孝枝) |
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遺伝子機能の喪失は,DNAの配列変化だけでなく,DNAの修飾変化でも生じうる。具体的には,DNA上の化学的な修飾が遺伝子のON/OFFを司っており,このメカニズムの異常でも遺伝子の発現に異常をきたす。このようなDNAならびにヒストンタンパク質の化学修飾に基づく遺伝子の調節メカニズムをエピジェネティクスという。
エピジェネティクスの異常は,DNAの配列異常(変異)と同様に,様々な疾患の原因となる。またDNAやヒストンの化学修飾は,DNAの配列よりも環境の影響を受けやすい。このことから遺伝要因が強く関与する先天性疾患だけでなく,環境要因が強く想定されてきた糖尿病などの疾患の病態理解への貢献も期待されている。
さらに,生まれる前(胎児期)の劣悪な環境でエピジェネティクスが変わり生後の疾患の体質(成人病)が形成されることや,環境曝露によって前の世代(親)で変化したエピジェネティックな変化が次の世代(子)に引き継がれるなど,次世代の健康を考えるうえでも重要な分野となっている。
その一方で,エピジェネティクスはDNAやヒストン上への化学修飾という着脱可能な因子に基づく可逆性を有するメカニズムである。それゆえ可逆性をうまく利用すれば病的状態を元に戻せる可能性がある。この観点から,DNAやヒストン修飾の修復効果のある薬物が有用であり,創薬方面からも期待されている遺伝学分野である。
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9. |
がんのゲノム医学入門
(横井左奈) |
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ヒトゲノムプロジェクトが完了して10年が経過し,oncogene addictionを利用した分子標的治療薬は,標準治療の1つとなった。次世代シークエンサーの登場により,ヒトのがんにおけるMut-driver geneは125個で出そろったとされた。chromothripsisやchromoplexy,kataegisなど,新たなゲノム構造異常も見出されている。個別化医療の実現のためには,体細胞変異のみならず,がんの易罹患性や家族性腫瘍に関わる生殖細胞変異情報の活用や,がんゲノムのビッグデータの共有も必要になるだろう。
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10. |
遺伝子検査って,どこでやっているの?
(難波栄二・足立香織) |
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近年の遺伝子技術の急速な発展によって,世界的には多くの疾患に対する遺伝学的検査体制が構築されてきている。しかし,日本ではその体制づくりが遅れており,遺伝性疾患を疑った場合に,その確定診断がどこでやってもらえるのか悩むことが多い。ここでは,まず日本における遺伝学的検査の現状・課題・その解決の方向について解説する。そして,十分ではないが遺伝学的診断をやっている施設などの情報を提供する。遺伝学的検査体制の構築は,日本の医療において喫緊の課題となっている。
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11. |
ゲノム薬理学は臨床でどのように使われているのか? |
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1) |
がん治療では?
(内山智貴・菅野 仁) |
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ゲノム薬理学(pharmacogenomics:PGx)とは,患者個人の遺伝情報がどのように薬物のPKおよびPDに関与するかを研究することである。ヒト遺伝子の情報には,個人で少しずつ違いのある部分(遺伝子多型)が存在し,遺伝子多型が薬物の応答性に差を生むと考えられている。がんPGxの目的は,がん治療に対する応答性を規定する宿主・腫瘍の遺伝情報を同定し,診療に応用することで,がん患者のQOLを改善し,生存期間を延長させることと考える。がん診療におけるPGxの個別化医療への応用について,現状を紹介する。
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2) |
関節リウマチ治療では?
(谷口敦夫) |
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関節リウマチ(rheumatoid arthritis:RA)では滑膜炎のために関節組織が破壊され長期にわたり身体機能障害が生じる。したがって,積極的な治療が推奨されている。RAの治療薬の主体は抗リウマチ薬であり,特にメトトレキサート(MTX)と生物学的製剤が重要である。これらの薬剤の治療反応性を患者背景や疾患活動性から予測することは難しく,ゲノム薬理学的なアプローチが注目されている。RAの治療反応性は複雑な過程であり,MTXや生物学的製剤においては再現性がある効果サイズの大きい遺伝要因は見出されていない。RAにおけるゲノム薬理学の臨床応用のためには今後さらに検討が必要である。
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12. |
次世代シークエンサー入門
(清水厚志) |
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現在,生物/医学に関わる者であれば誰もが一度はその単語を聞いたことがある一般的な機器に次世代シークエンサーはなったと言える。一方で,どのようなデータが得られるのか,どのような研究に使えるのか,そして具体的にどのように解析を進めればよいかという点については,いまだ専門家の手に委ねる状況が多いといえよう。そこで本稿では,次世代シークエンサーに触れる機会がなかった初学者のため,現行の機種ごとの特徴,次世代シークエンサーを利用した基本的な解析手法,さらに最新のトピックについて紹介する。
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13. |
生命科学データベース統合化の現状と活用法
(坊農秀雅) |
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生命科学研究を支えるデータベース(DB)インフラとして機能しはじめたオールジャパンの活動「統合DB」に関して,その現状と実際に利用可能となっているサービスを,DBカタログ&コンテンツ,DB検索,DBアーカイブを中心に紹介する。紹介したDBやツールへのリンクや第57回日本人類遺伝学会大会教育講演において使用したスライドなどはオンラインコンテンツとして http://bit.ly/togodb から利用可能となっている。
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14. |
着床前診断,どこまでできて,どこからできないの?
(平原史樹) |
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着床前診断においては,倫理的・法的課題,問題点の多い中,国民的コンセンサスを協議する速度以上にゲノム解析,生殖医療における科学的・技術的進展は顕著であり,妊娠年齢の高齢化,医療の国際化(メディカルツーリズム)なども合わせて進み,なお一層対応は複雑なものとなっている。これらの状況下,遺伝カウンセリングは重要な役割を担っており,最新の状況を把握のうえでのクライアントへの対応が重要である。
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15. |
母体血胎児染色体検査と遺伝カウンセリング
(左合治彦) |
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無侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT)は,母体血中の胎児cell-free DNAを解析するもので,染色体を検査するものは「母体血胎児染色体検査」で,21トリソミー(ダウン症候群),18トリソミー,13トリソミーの3つの染色体疾患かどうかをみる非確定的検査である。感度・特異度は高く,陰性的中率は99.9%だが,陽性的中率は罹患率に依存し約80%である。検査の対象は染色体異常に関するハイリスク妊婦に限られている。検査の実施は,まず臨床研究として,認定・登録された施設において慎重に開始されるべきとの指針が示され,平成25年(2013年)4月から臨床研究が始まった。遺伝カウンセリングは,検査の概要,対象となる疾患,検査の適応と限界などについて正確な情報を提供し,自分たちで情報を整理して意志決定ができるように支援することであり,心理社会的な支援も要する。本検査への取り組みは,日本の出生前診断に関する遺伝カウンセリング体制を確立する契機となる。
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16. |
iPS細胞(幹細胞)を用いる医療の近未来
(山本俊至・下島圭子) |
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2012年,京都大学の山中教授がノーベル医学生理学賞を受賞した。山中教授が開発したiPS細胞技術は,生物の細胞の多能性について明らかにしただけではなく,今後の再生移植医療や疾患iPS細胞を用いた希少疾患の病態解析などの展望を開いたことで画期的である。iPS細胞のこれまでと,現在の状況,そして今後の応用をめぐる課題などについて概説した。
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17. |
英語論文の発表まで:投稿者として,編集者として
(徳永勝士) |
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英語論文原稿を作成して国際学術誌に発表することは,生易しい作業ではない。研究者として論文原稿を投稿してきた経験,ならびに編集長・編集者として投稿原稿を評価してきた経験に基づいて,英語論文作成の前に整える条件,投稿する学術誌の選定にあたっての考慮,論文原稿作成の基本として重要な点,また論文原稿の各部分についての注意点,そして研究倫理上の注意を記した。最後に人類遺伝学関係の国際学術誌の動向について述べ,日本人類遺伝学会誌Journal of Human Genetics誌の現状について紹介した。
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