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内容目次 |
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● 目で見てわかる遺伝病
−皮膚科編 1 |
シリーズ企画 |
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巻頭言:
着床前診断 技術の進歩と見えてきた課題
(倉橋浩樹) |
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1. |
PGT・胚盤胞バイオプシーの実際
(小林亮太) |
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着床前診断(preimplantation genetic testing:PGT)は,着床前受精卵細胞の一部を採取して受精卵の遺伝学的情報を診断する検査である。この技術を用いて診断した受精卵を胚移植することで,重篤な遺伝性疾患をもつ児の妊娠や染色体異常に起因する流産の回避が可能となる。PGTを実施するには,受精卵から細胞を採取する受精卵細胞生検(バイオプシー)が必要である。このバイオプシーは生殖補助医療に携わる胚培養士が主に実施しているが,検査結果を大きく左右する大変重要な技術である。バイオプシーを実施する術者には,最適なサンプルを検査に提供するための十分な知識と高い胚操作技術が求められる。本稿では,バイオプシー技術の紹介とこの操作において特に留意すべき事項をまとめた。
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2. |
網羅的ゲノム解析による着床前診断
(山本俊至) |
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着床前診断への期待は不妊治療の普及という需要の変化と大いに関係しているが,ゲノム解析技術とバイオインフォマティクスの進歩,さらにシングルセル解析技術の進歩によって実現可能となってきた事実と切り離して考えることはできない。シングルセル解析技術の特徴として,サンプリング技術の問題や,解析した細胞の情報が他の細胞と同じではない,いわゆるモザイクの問題,ゲノム増幅の効率と精度に関わる問題,解析方法の適切な選択などの問題を考慮する必要がある。
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3. |
PGT-Aの現状と課題
(桑原 章) |
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PGT-AはART成功率を改善する技術として期待される研究的治療である。倫理的懸念から,わが国では一般医療としてのPGT-Aは長い間,禁止されてきた。現在,一部のART施設でART施設と解析施設双方の精度管理と結果解釈の精度管理を行いながら,PGT-Aの有効性を検証するための臨床研究が行われている。今後のART技術と解析技術の発展によりPGT-Aが一般的に応用される場合には,有用性と限界に関する十分な遺伝と生殖医療両面でのカウンセリングが重要になる。
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4. |
習慣流産に対するPGT-SRの現状と課題
(杉浦真弓・佐藤 剛) |
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習慣流産の5〜8%は夫婦どちらかの染色体均衡型転座が原因である。診断後初回妊娠で32〜63%,累積的に68〜83%が出産に至っている。習慣流産を発端として転座が判明した場合,不均衡児の多くは流産の帰結をたどるが,妊娠継続する頻度は1.6〜2.9%である。着床前染色体構造異常検査PGT-SRを行った場合と実施しなかった場合では,出産率に差はなく(67.6%,65.4%),PGT-SRによって流産は減少した。出産までの期間にも差はなかった(12ヵ月,11ヵ月)。PGT-SR群ではその後,妊娠できない症例が多かった(18.9%,3.8%)。PGT-SRを行う場合,メリット,デメリットを適切に伝える遺伝カウンセリングが実施前に必要である。
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5. |
PGT-Mの現状と課題
(佐藤 卓・水口雄貴・末岡 浩) |
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単一遺伝子病に対する着床前遺伝子診断(PGT)を巡る問題点のうち,特に難解であるのがその適応に関する議論である。欧米においては確立された医療と見なされているのに対して,わが国では今なお,事実上臨床研究として実施することが義務づけられている。今後,実施までのプロセスをいかに迅速・簡潔にできるのかが,女性のreproductive ageの問題とも深く関わるこの分野の成功にとって重要となる。診断のために利用可能な鋳型DNA量が極めて稀少であることが技術的問題点の原因のほぼすべてであったが,全ゲノム増幅法の登場により,現在の堅牢な診断系の構築に至っている。さらに将来には,次世代シーケンサーを基本技術とする,あらゆる目的に対応するオールインワンのPGTが登場し,そのサービスへのアクセスは劇的に容易になることが期待される。しかし,その間の橋渡し役となる施設の一層の充実が現在求められている。
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6. |
PGT-HLA
(倉橋浩樹) |
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造血器が標的となる難治性遺伝性疾患のいくつかは,輸血などの対症療法でしのぎながら,最終的には根治療法として造血幹細胞移植が到達点となる。HLA一致兄弟もしくは非血縁ドナーを探すが,見つからない場合も多い。子の遺伝性疾患のリスクを回避する選択肢の一つである着床前遺伝学的検査は,近年の分子遺伝学的解析技術の進歩により精度が高くなり,普及しつつある。遺伝性の造血器難病の場合に,着床前遺伝学的検査により,次子再発のリスクを回避すると同時に罹患児の造血幹細胞移植のドナーを得る方法が注目されている。生まれてくる児の人権などに関わる倫理的問題が課題である。
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7. |
着床前診断の現状と遺伝カウンセリング
(庵前美智子) |
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着床前診断は,生殖医学と遺伝医学の高度な知識と技術が必要な医療行為であり,出生前診断による人工妊娠中絶や染色体異常による流産を回避するための唯一の方法である一方,臨床成績や倫理問題など解決すべき課題も多い。着床前診断の遺伝カウンセリングはカップルの希望する治療を提供するための情報提供と手続きだけにならないように注意する必要がある。遺伝カウンセリングでは,カップルの自己決定を支援し,自ら決断を下せるように手助けをしていかなければならない。
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8. |
着床前診断の倫理的側面
(佐々木愛子) |
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現在,着床前診断は,"臨床研究"ではなく,"極めて高度な技術を要し,高い倫理観のもとに行われる医療行為"であると位置づけられている。また,その対象となる重篤な遺伝性疾患とは,従来「成人に達する以前に日常生活を著しく損なう状態が出現したり,生命の生存が危ぶまれる状況」に相当するものであるとされてきた。しかしこの定義は,「社会状況,医学の進歩,医療水準,さらには判断する個人の立場によって変化しうる」として,現在,患者団体からの要望もあり再検討が行われている。いまだ,慎重に実施すべき限定的な医療であると言えよう。
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9. |
諸外国における着床前診断の現状と日本の課題
(田村智英子) |
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欧米では,ここ数年の間に急速にPGTの臨床応用が進みつつある。その背景にあるビジョンとしては,生殖の自由な権利の尊重とともに,中絶を伴う妊娠後の出生前診断よりPGT-Mのほうがmore acceptableという考え方があり,PGT-Aは体外受精・顕微授精を利用するすべての人を対象とした選択肢として提示され,PGT-Mは浸透率が100%ではない疾患や成人発症性の疾患,比較的軽度な疾患に対しても実施されている。遺伝医療の中でのPGTの取り上げられ方も日本とは異なる欧米の状況から学べることを整理してみたい。
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10. |
Non-invasive Preimplantation Genetic Testing
(杉本 岳) |
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生殖補助医療は,着床率が高く移植に最適な胚をいかに選択するかが重要である。形態学や形態動態学による評価は,倍数性の予測において十分なものでなく,そのために着床前胚の染色体構成を評価する着床前遺伝学的検査(PGT:preimplantation genetic testing)が実施されてきた。しかし,PGT実施のための侵襲性を伴う生検は,胚の生存性への影響が懸念されている。近年,胞胚腔液および使用済みの培養培地内にcell free DNA(cfDNA)が確認され,生殖補助医療における無侵襲的着床前遺伝学的検査(NiPGT:non-invasive preimplantation genetic testing)の実現の可能性に注目が集まっている。NiPGTは,従来のPGTに対し,実施コストの低減および技術面の簡便さなどの点からその実現が期待されており,これまでに多くの研究が行われてきた。臨床での広範的なNiPGTの実施のために,今後はcfDNAの起源を明らかにし,NiPGTプロトコールの最適化が課題である。
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がん細胞で染色体が失われるのはなぜか?
(鳴海覚志) |
様々ながん細胞でしばしば見られる染色体の数の増減(異数性)は,がん細胞に特有なものと考えられてきた。しかし近年,正常組織においても異数性をもつ細胞が最大数%含まれることが判明し,「異数性をもつ細胞=がん細胞」という図式が当てはまらないことが明らかとなった。また,「異数性をもつ細胞はどのような状況下でクローン増殖を起こすのか?」という新たな疑問が生じた。本稿では,先天性疾患でありながら高率に7番染色体モノソミーを後天性に獲得するMIRAGE症候群(SAMD9異常症)の事例を通じて,この疑問に対する一つの回答を紹介したい。
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単一遺伝病に対する遺伝子治療
(池田真理子) |
遺伝子治療の恩恵を受けて,生涯歩けないとされる重篤な神経疾患の患者が,歩行可能となった。また,遺伝子治療の定義も従来のウイルスベクターを用いた方法以外に,核酸医薬,ゲノム編集方法が加わり,多様な遺伝子変異に対応できるようになってきた。そしてヒトの遺伝子配列は生涯変わらないとされてきたが,その配列すらも改変する技術が生まれ,実用化される時代になりつつある。もはや遺伝病は,不治の病ではなくなりつつある。そのような時代で,遺伝医療・遺伝医学に携わる私たちは,この進歩をどうとらえるべきか,また,どのような潜在的な問題があるのか,最新の遺伝子治療や研究を概説し,課題や将来の展望について考察する。
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● Learning①
〈遺伝性疾患(遺伝病)を学ぶ〉 |
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Alport症候群
(野津寛大) |
Alport症候群は常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)に次いで2番目に発症頻度の高い遺伝性腎疾患である。しばしば腎不全へと進行する腎症,難聴,眼合併症を特徴とし,その遺伝形式にはX染色体連鎖型,常染色体優性,常染色体劣性の三つの遺伝様式がある。X染色体連鎖型男性患者および常染色体劣性Alport症候群患者は平均20〜30歳代で末期腎不全へと進行する一方,X染色体連鎖型女性および常染色体優性Alport症候群患者は平均60〜70歳代で末期腎不全へと進行する。現在まで特異的治療法は存在しないものの,ACE阻害薬およびアンギオテンシン受容体拮抗薬による治療で末期腎不全進行を遅延させることが可能であるとされている。
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● Learning②
〈難治性疾患(難病)を学ぶ〉 |
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肥大型心筋症
(松島将士・筒井裕之) |
肥大型心筋症は心肥大と拡張障害を特徴とする難治性疾患である。肥大型心筋症の約60%が遺伝子変異を伴う家族歴を有していることが知られている。肥大型心筋症は,生涯にわたる左室の形態および機能変化を通じ病型や病態が変化し,病態に応じて心血管イベントを認めるため,長期のフォローアップを行う必要があり,正確な診断・病型評価に基づく適切な治療方針の決定が重要である。
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Secondary Findings
(小杉眞司) |
次世代シークエンサー(NGS)は遺伝情報の解析量・解析速度を完全に変えてしまった。その結果,NGS新時代のパラダイムシフトが起こっている。がん遺伝子パネル検査で得られる二次的所見(SF:secondary findings)はがん診療と遺伝医療の協力した体制で取り扱うことが必要である。AMED「医療現場でのゲノム情報の適切な開示のための体制整備に関する研究」班による「ゲノム医療における情報伝達プロセスに関する提言」は,NGSによるクリニカルシークエンスを対象として公開されたものである。「ゲノム医療における情報伝達プロセスに関する提言:その2」は,生殖細胞系列の網羅的解析である全エクソーム解析,全ゲノム解析の臨床検査としての実施を対象としたものである。
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● Lecture
〈臨床遺伝学・人類遺伝学誌上講義〉 |
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遺伝的多様性と多因子疾患
(森崎裕子) |
多因子疾患とは,「その発症に複数の遺伝要因と複数の環境要因が関わっている疾患」と定義されるが,この遺伝要因の本態は,1塩基バリアント(SNV),コピー数バリアント(CNV),単純反復配列多型(STR)などの遺伝的多様性である。近年のゲノム解析手法とビッグデータ解析技術の急速な進歩を背景に,遺伝的多様性と多因子疾患発症との関連を統計学的に解明し,将来の疾患発症リスクの推定に応用する試みが進められている。
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全タンパク質の絶対定量解析を可能にする次世代プロテオミクス技術
iMPAQT法
(立石千瑳・松本雅記・中山敬一) |
近年,質量分析計の著しい高性能化と種々の定量技術の開発によって,タンパク質を網羅的・探索的に同定・定量するノンターゲットプロテオミクスが盛んに行われている。このような網羅的探索によって見出される多数のタンパク質の生物学的・医学的な意義を評価するには,これらのタンパク質をより広範な条件下で再現性よく定量することが必要であり,ターゲットプロテオミクスの有用性が認識されている。しかしながら,ターゲットプロテオミクスは測定前の準備などが煩雑であることから広く普及するに至っていない。最近,われわれの研究室を含めたいくつかのグループからターゲットプロテオミクスを行うための事前情報が大規模に取得されデータベース化されている。このような情報リソースの整備・普及によって,タンパク質の量的な観点から生命現象を解き明かすことができるようになる未来が現実になりはじめている。
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トランスクリプトーム解析
(鹿島幸恵・鈴木絢子・鈴木 穣) |
トランスクリプトーム解析は,特定の遺伝子だけでなく,同時に網羅的に解析することができ,新たな知見をもたらしてきた。関連する公共データベースや解析ツールも発展してきており,研究室内の実験結果を外部データで検証することや,一細胞レベルで行われたトランスクリプトーム解析を免疫プロファイリングと統合解析することも可能になっている。本稿では,トランスクリプトーム解析技術とその応用について,がんと感染症の解析を例に紹介する。
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● Genetic Counseling
〈実践に学ぶ
遺伝カウンセリングのコツ〉 |
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クライエントの「主体性」を支える意思決定支援への提案
〜出生前診断の事例から〜
(佐々木規子・宮田海香子・三浦清徳) |
近年,遺伝医療における診断技術は進歩し,自己責任のもと,医療やケアを選ぶ時代になりつつある。クライエントの納得のいく意思決定には,自ら考えたという感覚とその選択を周りの者が尊重し支えるということが重要と考える。本稿ではこれまでのGCの経験から,クライエントが意思決定プロセスを主体性をもって臨み,納得を得るための【知識】・【身体】・【精神】・【社会】の安定性へ向けた支援と納得を支える支援を提案したい。
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● CGC Diary
〈私の遺伝カウンセリング日記〉 |
リレー執筆 |
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PXE JAPAN(弾性線維性仮性黄色腫および網膜色素線条症 当事者会)
(丸山 博) |
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● NEXUS
〈ヒト以外の遺伝子に
関連する研究〉 |
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生命医科学における霊長類のiPS細胞
(今村公紀) |
かの有名なフランスの画家のPaul Gauguinが遺した作品「我々はどこから来たのか,我々は何者か,我々はどこへ行くのか」の題名は,われわれヒトが抱く原初的かつ普遍的な関心を端的に表している。すべからくヒトを理解することは,医科学的な工程であると同時に生物学に古くからある命題でもある。ヒトの理解において,非ヒト霊長類は代替・比較研究の重要な位置づけにある。従来,霊長類の分子細胞解析は実施が困難であったが,iPS細胞の登場により新たな道が示された。本稿では,生命医科学からみた霊長類と,iPS細胞を用いたヒト発生進化研究について概説する。
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● 編集後記 |
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