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内容目次 |
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● 目で見てわかる遺伝病
−耳鼻科編 2 |
シリーズ企画 |
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巻頭言
(牛島俊和) |
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1. |
エピゲノムの基本原理
(牛島俊和・竹島秀幸) |
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同じ塩基配列をもつ各組織の細胞が一生の間,その分化状態を記憶する仕組みがエピゲノムである。同時に,発生・分化の過程ではダイナミックに変化するという性質ももつ。長期に記憶されるという性質がゆえに,エピゲノムの異常な変化も長期に記憶され,がんをはじめとする様々な疾患の原因となる。また,再生医療における品質評価や安全性,効率的な分化誘導にも重要となる。エピゲノムは,主にDNAメチル化とヒストン修飾により担われる。DNAメチル化には,細胞分裂時にも維持され転写のスイッチとして働く性質がある。ヒストン修飾には,ゲノムの各部位の機能をマーキングするという性質がある。
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2. |
先天異常症候群とエピゲノム異常
(黒澤健司) |
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エピゲノムが疾患発症に関わる機序として,①DNAのメチル化異常,②ヒストンの修飾異常,③クロマチンのリモデリング異常の三つがあり,生殖細胞系列の異常では,いずれも知的障害,成長の遅れ,多臓器症状を特徴とする先天異常症候群の原因となりうる。Kabuki症候群(KMT2D ),Kleefstra症候群(KAT6B ),Rubinstein-Taybi症候群(CREBBP,EP300 ),CHARGE症候群(CHD7 )が例に挙がる。今後,発症機構の解明による新しい治療も期待されている。
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3. |
がんとエピゲノム
(金田篤志・松坂恵介・岡部篤史・中川拓也・畑 敦・杉浦正洋) |
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ゲノムDNAのCpG部位に対するメチル化や,ゲノムDNAが巻きついているヒストンに対するアセチル化やメチル化など,エピゲノムと呼ばれるゲノム修飾構造が,ゲノム上の遺伝子の転写を制御し細胞の分化状態を決定している。感染や炎症などの環境要因によりこれらエピゲノムに異常が蓄積し,発がんリスクが上昇するなど,がん発生の重要な要因となる。プロモーター領域CpGアイランドのDNA異常メチル化はがん抑制遺伝子を不活化する主要な分子機構であり,DNAメチル化の網羅的解析によりメチル化を誘導する環境要因に特徴的な表現型を同定できる。ヒストンの脱アセチル化などエンハンサー領域の不活化もまた,がん抑制遺伝子,細胞分化関連遺伝子を抑制する重要な分子機構であり,逆にエンハンサーの異常活性化は細胞増殖など発がんを促進する遺伝子群を活性化する。エンハンサーのエピゲノム異常も重要な発がんドライバーであり,エンハンサー領域の網羅的エピゲノム解析によっても特異的ながんの表現型が同定可能である。
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4. |
炎症性腸疾患とエピゲノム
(大貫公義・長谷耕ニ) |
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炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:IBD)は,主に潰瘍性大腸炎とクローン病に大別され,いずれの疾患も消化管において慢性的な炎症が観察される。これらの炎症は,腸管免疫系の制御異常に起因すると考えられている。IBDの発症メカニズムは不明であるが,近年のエピゲノム研究の進展により,IBDの発症にDNAメチル化異常が関与していることが示唆されている。免疫抑制に働く制御性T細胞(regulatory T cell,以下Treg細胞)は,抗炎症性サイトカインを産生し,消化管において過剰な免疫応答の発生を防いでいる。Treg細胞の誘導および増殖はエピジェネティックな機構で制御されており,in vitro で誘導されたTreg細胞を用いたIBDに対する新規の治療戦略も考えられている。本稿では,IBDに関するエピゲノム研究およびIBDに関わる免疫細胞のエピゲノム制御について概説する。
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5. |
神経変性疾患におけるエピゲノムの役割
(間野達雄・岩田 淳) |
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神経細胞は分化後も機能的な可塑性を有しており,エピゲノムはその分子遺伝学的な基盤となっている。神経細胞においてエピゲノムは,生理的な機能を担っている一方で,病的な状態もしくは病的状態に抵抗するような状態を反映して変化する。DNAメチル化をはじめとして,近年ではヒストン修飾解析が進んでおり,さらにはREST,ポリコームといったこれらのエピゲノム修飾を統合するような要素も明らかとなりつつある。本稿では,神経細胞におけるエピゲノム修飾の生理的意義を概説した後,近年確立されつつある,疾患におけるエピゲノム修飾の意義について代表的な疾患にターゲットを絞って概説していきたい。
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6. |
代謝疾患とエピゲノム
(丸茂丈史) |
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代謝疾患は遺伝因子に環境因子が加わって発症するが,環境因子が体に蓄積し記憶されるプロセスに,エピゲノムの変化が関わることが示唆されている。周産期の代謝ストレスは,後年になって子どもに生活習慣病を発症させることが疫学研究で明らかにされている。肥満や過食は2型糖尿病発症の誘因となり,糖尿病発症初期の血糖管理は後年の合併症の進展に大きく影響する。エピゲノム異常がこうした代謝疾患に関連することが次第に解明され,バイオマーカーあるいは治療対象としての期待が大きくなってきている。本稿ではヒトのDNAメチル化異常を中心に最近の研究について紹介する。
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7. |
生殖医療とエピゲノム
(秦 健一郎) |
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配偶子や胎児と胎盤の発生・分化に,エピジェネティックな遺伝子発現制御は必須の機構である。実際に配偶子や初期胚のエピゲノム異常は不妊症や不育症の原因となりうることが報告されている。また,生殖補助医療によるエピゲノム異常の可能性が懸念されているものの疫学的なエビデンスには乏しい。本稿では,生殖に関わるエピゲノムの背景,生殖異常で観察されるエピゲノム異常,生殖補助医療の手技的特徴,そして生殖補助医療がエピゲノムに与える影響を論じた既報の限界点・問題点について概説する。
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8. |
再生医療に向けたエピゲノムによるiPS細胞の特性解析
(新井良和・西野光一郎) |
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再生医療とは,欠損や機能低下した組織・臓器を体外で培養した細胞・組織で置換し,修復する医療である。ヒトiPS細胞の誕生以来,再生医療への応用が期待されている。しかし,標的細胞への分化効率やがん化の問題など,iPS細胞の安全性の担保や品質管理には多くの課題が残されており,これらの問題解決にはiPS細胞の性質を正確に理解し,評価する必要がある。本稿では,エピゲノムに基づくiPS細胞のリプログラミング機構,および細胞の特性解析について紹介する。
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9. |
エピゲノムの経世代影響
(木村龍一・吉崎嘉一・大隅典子) |
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生殖細胞により親から子孫へと伝達される情報は多様であり,個体の表現型を決定するゲノム情報に加え,DNAメチル化,ヒストンタンパク質の化学修飾,small RNAなどの多数のエピゲノム情報も生殖細胞から伝達される。本稿では,これらの生殖細胞のエピゲノム情報が世代を超えて子孫の表現型に影響する現象である「エピゲノムの経世代影響」に関して,主にDNAメチル化を介した機構について概説する。さらに,われわれが現在解析を行っている父加齢による子孫の発達障害リスクを例に,生殖細胞に生じたエピゲノム情報の変化が子孫の疾患素因となる可能性について紹介する。
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10. |
エピゲノム修飾薬
(鈴木孝禎) |
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DNAメチル化やヒストンのメチル化,アセチル化などのエピゲノム修飾は,がんや中枢神経系疾患に関与することから,エピゲノム修飾薬の創製研究・開発が精力的に進められている。現在までに,DNAメチル基転移酵素阻害剤およびヒストン脱アセチル化酵素阻害剤がエピゲノム修飾薬として開発され,抗がん剤として臨床で用いられている。近年,多くの研究グループが,次世代エピゲノム修飾薬をめざして,ヒストンメチル化やアセチル化を制御する阻害剤の創製研究を行っている。これらの阻害剤は,新たな作用機序の治療薬として期待されている。
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ゲノム編集とエピゲノム編集
(堀居拓郎・森田純代・畑田出穂) |
ゲノム上の配列を自由に切り貼りすることができるゲノム編集技術は,今日では生命科学研究分野だけでなく,農業,畜産業,医療への応用も進められている。特に再生医療や遺伝子治療などの医療分野では,本法によるゲノムもしくはエピゲノム疾患モデルの樹立やその治療法の開発が期待されている。ここでは,CRISPR/Cas9によるノックアウトやノックインなどゲノム編集技術の最新情報について述べるとともに,DNA切断活性をもたないCas9(dCas9)を利用したエピゲノム編集についても紹介する。
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● Learning①
〈遺伝性疾患(遺伝病)を学ぶ〉 |
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先天性副腎過形成症
(田島敏広) |
先天性副腎過形成症はステロイドの合成障害によって発症する疾患である。原因によって八つの病型に分類されるが,すべて常染色体劣性遺伝である。その95%は21-水酸化酵素欠損症である。2番目に日本人に多いのはコレステロールのミトコンドリア内への輸送タンパクであるsteroidogenic acute regulatory protein(StAR)異常症である。ついでミクロゾームに存在するステロイド合成酵素の補酵素であるP450オキシドレダクターゼ(POR)欠損症が多い。副腎不全に加え,外性器の性別判定困難,性線機能不全を伴うこともある。副腎以外のこれらを含めた適切な遺伝医療が必要である。
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● Learning②
〈難治性疾患(難病)を学ぶ〉 |
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低ホスファターゼ症
(大薗恵一) |
低ホスファターゼ症は,組織非特異的アルカリホスファターゼ(ALP)の欠損により引き起こされる疾患である。ALPの基質であるホスフォエタノールアミン,ピロリン酸,ピリドキサールリン酸の上昇がみられる。通常,常染色体劣性遺伝性であるが,稀に常染色体優性遺伝性もある。骨X線検査で骨の低石灰化,くる病様変化がみられることが多いが,重症度の違いにより症状は多彩であり,診断には遺伝子検査が必要なことも多い。特異的な治療法である酵素補充療法が開発され,予後が改善してきている。
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細胞遺伝学的検査結果を理解するために
−染色体核型記載の基本−
(涌井敬子) |
細胞遺伝学的検査(染色体検査)は染色体異常症を診断するための遺伝学的検査である。従来,様々な分染法を施した対象の染色体分裂像を顕微鏡観察し核型分析する検査を指していたが,分子遺伝学的手法で標識したプローブを細胞・染色体上のシグナルとして蛍光顕微鏡で確認するFISH法も含まれるようになり,現在では対象のDNAを用いて,顕微鏡観察せずに微細な染色体不均衡を診断可能とする,マイクロアレイ染色体検査法も細胞遺伝学的検査として臨床応用されている。
細胞遺伝学的検査の結果得られた染色体構成をあらわす核型記載の基本について概説する。
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● Lecture
〈臨床遺伝学・人類遺伝学誌上講義〉 |
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がんの分子遺伝学的診断の動向:
免疫チェックポイント阻害薬の効果予測バイオマーカー
(寺本晃治・醍醐弥太郎) |
近年,がん遺伝子のドライバー変異や機能活性化を標的とした新規の分子標的薬や,がんの免疫逃避機構を標的とした免疫チェックポイント阻害薬が上市されているが,これらの薬剤と最新のオミックス解析技術を駆使して患者ごとに適切な治療を提供するプレシジョン医療も,より低侵襲・高感度の分子診断法の開発が進んでいる。免疫チェックポイント阻害薬の効果を予測するバイオマーカーについては,研究段階から実装化されたものまで様々であるが,最新の腫瘍免疫学と分子遺伝学の知見を踏まえたアプローチにより,より高精度で高感度の診断法の開発が期待されている。
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ゲノムワイド関連解析の解析手法
(増田達郎・岡田随象) |
ゲノムワイド関連解析(GWAS:genome-wide association study)は,形質情報と遺伝情報との関連解析をヒトゲノム領域全域にわたって行う遺伝統計解析手法である。検出力を向上させるため,サンプル数の増加だけでなく,混合モデルや誤差の補正など,遺伝統計学的解析モデルの工夫がなされている。解析モデルに応じて,同一集団の連鎖不平衡(LD:linkage disequilibrium)関係や特定の回帰モデルの結果を用いるなど,統計学的背景を適切に満たした状態で解析を行うことが重要である。同定された関連遺伝子変異が,遺伝子発現やタンパク質レベルに与える機能変化などの注釈を行い,疾患病態に及ぼしうる影響について解釈することが重要である。LDSC(LD score regression)など新規解析手法により,個人別ジェノタイプデータを用いなくても関連解析統計量のみを用いた二次解析で,複数疾患間の遺伝的背景の関連や,組織や細胞レベルでの特徴的な生物学的メカニズムについての推定が可能になっている。
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ヒストン修飾解析の最前線
(半田哲也・木村 宏) |
細胞の形質発現の基盤を理解するためには,ゲノムDNA上での転写因子やヒストン修飾の局在情報(エピゲノム)を明らかにする必要がある。その目的には,これまでクロマチン免疫沈降(chromatin immunoprecipitation:ChIP)後の大規模塩基配列解析(ChIP-seq)が主に用いられてきた。ChIP-seqでは通常少なくとも数千〜数万の細胞が必要とされるが,少数しか存在しない細胞のエピゲノム解析のために新しい手法が次々と開発されている。その中で,クロマチン挿入標識法(chromatin integration labeling:ChIL)は,免疫染色をベースとした方法であるためクロマチン断片を調製する必要性がなく,極めて高感度の解析法であり,単一細胞のヒストン修飾解析にも適用されている。
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● Genetic Counseling
〈実践に学ぶ
遺伝カウンセリングのコツ〉 |
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成人発症するX連鎖劣性遺伝性疾患における
女性保因者診断の遺伝カウンセリング
(森川真紀・畠山未来・森田真未・尾崎紀夫) |
成人発症するX連鎖劣性遺伝性疾患の保因者診断は,本人の健康管理に対して直接的に影響するものではないが,希望する女性血縁者は,児に関わる様々な不安や悩みを抱えており,葛藤を経験する。家系内の男性患者が発症した病気が,ある日突然自分の子ども(男児)の将来に関連するかもしれないと知り,それが自分を介しての出来事であることで悩みは深まりがちである。今回は,女性血縁者の保因者診断の心理社会的側面における課題や支援の方法について考えてみたい。
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● CGC Diary
〈私の遺伝カウンセリング日記〉 |
リレー執筆 |
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● Statistical Genetics
〈遺伝統計学の基礎〉 (6) |
シリーズ企画 |
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ヒトゲノム研究と医療の実施に伴う倫理的・法的・社会的課題
(加藤和人) |
20世紀終わりに本格的に始まったゲノム研究は,21世紀初頭にはライフサイエンスにおける中心的な研究分野として確立し,近年はゲノム医療として臨床医療現場へ展開している。一方で,ヒトゲノム研究とその応用であるゲノム医療を進める際には,様々な倫理的・法的・社会的課題に取り組む必要がある。本稿の前半では,インフォームド・コンセントや遺伝情報の保護などのゲノム研究を進める際の留意点を解説し,後半では,現在急速に広がるゲノム医療において注意すべき点について,ゲノム解析結果の開示や市民の理解の必要性を中心に述べる。
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● NEXUS
〈ヒト以外の遺伝子に
関連する研究〉 |
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植物のエピゲノム制御機構
(佐瀬英俊) |
植物は,DNAのシトシンやアデニンメチル化,ヒストンH3K4,K9,K27,K36のアセチル化やメチル化修飾,RNA干渉(RNA interference:RNAi)により生じる21-24塩基の小分子RNAなど,
菌類,動物を含む他生物と共通のエピゲノム制御機構を進化的に保存している。本稿では最近の知見を交えながら植物のエピゲノム制御分子機構とその生物学的役割について紹介する。
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● 編集後記 |
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