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内容目次 |
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● 目で見てわかる遺伝病
−耳鼻科編 1 |
シリーズ企画 |
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巻頭言
遺伝学と言葉をあらためて考える
(櫻井晃洋) |
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1. |
遺伝に関する用語の歴史的経緯
(鎌谷直之) |
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用語は概念を伝える道具であり,科学が脳に依存し,脳が遺伝システムに依存することから,遺伝に関する用語は重要である。日本語訳が概念を正しく表現しないと後々への悪影響が大きい。現在の遺伝に関する基本的用語の多くは1900年のメンデルの法則の再発見直後,ヨーロッパの国々で造語されたものである。dominant,recessive,genetics,allele,mutationなどの日本語訳に問題があり,特にvariationを含むgeneticsを遺伝学と訳したことは日本のこの分野を狭くした可能性がある。
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2. |
医学・生物学の学術用語のあり方について,歴史から考える
(坂井建雄) |
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解剖学用語の長い歴史からもわかるように,安定した標準的な学術用語は,医学・科学の発展に不可欠な基盤であり,人類共有の文化・社会的資産である。欧米の医学用語の多くはギリシャ語やラテン語から由来し意味がわかりにくいが,日本語では漢字を用いて容易に理解できる。「精神分裂病」は偏見を生み治療の障害にもなるために,2002年に「統合失調症」へと病名変更された。2017年に提案された遺伝学用語「顕性・潜性」は,十分なコンセンサスがなく混乱を生じている。日本医学会のもとで丁寧なプロセスで適切な遺伝学用語を選定することが望まれる。
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3. |
生物系学会における遺伝用語の考え方
(桝屋啓志) |
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遺伝学用語について,生命科学の基礎研究分野である「生物系」学会では,概念の正しい伝達を重んじる基本的な考え方に加え,高校教育などでの「1対多」コミュニケーションを念頭におくなど,特有の考え方がある。この20年間,生物系の分野では教育面に配慮して,用語改訂や高等教育の用語を絞るなど,複数の活動がなされてきており,dominant,recessiveの訳語,分類学やさらに広い分野と関係するdiversity,variation,mutationの訳語の問題をはじめとして多くの課題がある。今後は,より広い合意に向けていかに複数の訳語を併記するかの検討も必要と考えられる。
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4. |
医学系学会における遺伝用語の動向2019
(渡邉 淳) |
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西洋医学を導入した日本では,外国語を理解するために日本語への翻訳により学術用語が制定された。用語の標準化をめざし,英語と日本語を関連づけるための辞書的冊子として『学術用語集』が医学・遺伝学の分野においても作成された。さらに医学用語では日本医学会から日本医学会医学用語辞典が作成されている。遺伝用語においては,2017年に日本遺伝学会が「遺伝単」を刊行し,一部の遺伝学用語について英語に対する日本語訳の改訂が提案された。本稿では,これまで変更に成功した医学用語の前例を通し,2019年現在の医学系学会における遺伝用語の動向,ならびに用語変更に向けた今後の課題をまとめた。
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5. |
「優性・劣性」問題の日本語史的事情
(田中牧郎) |
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「優性」「劣性」が一般に,「優れた性質」「劣った性質」と誤解されるようになったのは,近代に進んだ「優」「すぐれる」「おとる」の意味変化や,漢字と和語の結び付きの変化が背景にある。その日本語の変化の過程を,古代語と近代語の用例を分析することで,跡づける。遺伝用語「優性」「劣性」が考案された19世紀末から20世紀初めには,そうした日本語の変化は認識されていなかったと考えられ,その変化が定着した現在,用語が引き起こしている問題に対応する必要がある。
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6. |
遺伝学・遺伝用語とメディア
(加納昭彦) |
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がんゲノム医療やDTC遺伝子検査,出生前検査など遺伝医学に関連するテーマを一般のメディアが取り上げるケースが増えている。そうした中,日本遺伝学会は2017年,遺伝子の特徴の表れやすさを示す「優性」「劣性」について,「顕性」「潜性」に改めると発表した。遺伝子に優劣があるという誤解や偏見を生む恐れがあることを理由とし,メディアも大きく取り上げた。ただし,その後,「優性」「劣性」を「顕性」「潜性」に置き換えたメディアは見当たらない。そもそも,「優性」「劣性」という言葉に問題はあるのか。置き換えるのが妥当だとすれば,どうすればメディアは新しい用語を取り上げるようになるのか。メディアの視点で考えたい。なお,内容は所属するメディアを代表するものではなく,個人的な見解であることを付記しておきたい。
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7. |
学校教育における遺伝用語
(佐々木元子) |
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最新の学習指導要領では「生きる力 学びの,その先へ」がテーマであり,高等学校理科では,科学の急速な進展に即した実社会・実生活との関連にも言及されている。近年,遺伝医療を活用する機会が増えてきており,メンデル遺伝を高等学校で扱う機会がなくなるという逆行に,ヒトの遺伝をどのように教えるかについては戸惑いが多い。ここでは,中学校・高等学校で扱う遺伝に関する内容および生物の重要用語について概説し,話題となっている「優性」を「顕性」,「劣性」を「潜性」への改訂案についても考える。
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iPS細胞を使用した網膜疾患治療
(前田亜希子・髙橋政代) |
iPS細胞を用いた難病への治療開発が進んでいる。網膜変性疾患へのiPS細胞を用いた治療法確立をめざし,加齢黄斑変性への網膜色素上皮細胞移植が臨床研究としてすでに始まっている。さらには,遺伝性網膜疾患への視細胞移植をめざした研究では,動物実験において視機能回復が確認され,治療への道筋が立ちつつある。本稿では網膜変性疾患への治療開発の現状と展望について解説する。
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複製ストレス応答によるゲノム安定化メカニズム
(勝木陽子・高田 穣) |
ゲノムの恒常性を維持するために,生物は様々な機構を用いてDNAの正確な複製と細胞分裂を遂行する。S期においてDNA複製を妨げる障害が生じると,複製フォークが停止し,複製ストレス応答が活性化する。この応答は,一時的に細胞周期を停止してS期後期の複製起点発火を抑制し,複製フォークを安定化し,その再開を促進する。これらの機構が破綻すると,細胞は複製未完了のDNAを保持したまま細胞分裂期に突入し,ゲノム不安定性を引き起こす。近年解明が加速している多様な複製ストレス応答の分子メカニズムについて解説する。
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● Learning①
〈遺伝性疾患(遺伝病)を学ぶ〉 |
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自閉症スペクトラム障害
(齋藤伸治) |
自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorder:ASD)は頻度の高い疾患であり,社会的なインパクトが極めて高い。近年の遺伝学の急速な発展により,原因遺伝子が多数同定され,ASDは様々な原因による疾患の集合であることが明らかになった。同時に,これらの遺伝子機能は相互に関連しており,共通した神経ネットワーク障害がASDを特徴づけていると考えられる。網羅的遺伝学的検査を行うことで,ASDの30%以上で遺伝学的な原因が同定される。しかし不完全浸透を示す場合も多く,解釈は難しい。そのため,実臨床において遺伝学的検査をどのように位置づけるのかが今後の課題である。
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● Learning②
〈難治性疾患(難病)を学ぶ〉 |
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Ehlers-Danlos症候群
(降籏めぐみ・古庄知己) |
Ehlers-Danlos症候群(EDS)は,遺伝性結合組織疾患の一つであり,長らく六つの主病型に分類されてきた。近年,新たな病型が分子遺伝学的基盤とともに報告され,2017年に13の病型分類に基づく新たな国際分類が提唱された。本稿ではこの新たな分類に基づき,主な病型についての病態,治療方針,管理についてまとめる。現時点では原因遺伝子の同定されていない関節過可動型については今後の遺伝子解析研究が期待される。
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HLA DNAタイピングに関する情報検索
(中條聖子・椎名 隆) |
HLA DNAタイピングは,HLA型を分類する遺伝子検査技術であり,造血幹細胞移植,臓器移植,血小板輸血,疾患感受性の確認などに汎用されている。本稿では,HLA DNAタイピングに関する情報検索の可能な国内外の関連団体やデータベースについて紹介する。より精度の高いHLA DNAタイピングを維持・継続するためには,新しいHLA情報を常に入手し,それを活用することが重要である。
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● Lecture
〈臨床遺伝学・人類遺伝学誌上講義〉 |
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染色体異常解析の最前線と遺伝カウンセリング
(河合美紀・倉橋浩樹) |
染色体異常には数的異常と構造異常があり,数的異常は,主に第1減数分裂での分配異常に起因し,女性の卵子の加齢によって頻度が増加する。染色体構造異常は均衡型と不均衡型に分類され,転座や逆位,欠失,重複などがある。主にDNA複製のエラーに起因する。分子遺伝学的技術革新によりマイクロアレイや次世代シーケンスによる染色体の解析が可能となったことで,母体血胎児染色体検査や着床前診断など新たな選択肢がもたらされた。これらの情報をクライアントが理解し,意思決定に反映するためには,十分な知識をもった医療従事者による遺伝診療体制の整備が必要であり,臨床遺伝専門医と認定遺伝カウンセラー®の人材育成が急務である。
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連鎖解析
(吉浦孝一郎) |
連鎖解析は,1990年代〜2000年代初頭にかけて,原因不明疾患の原因遺伝子を同定するための原因遺伝座のマッピングにおいて重要な役割を果たした。特に,明瞭な遺伝形式が想定できる家系を用いたパラメトリック連鎖解析は,ポジショナルクローニングの第一ステップとして重要であった。現在では,遺伝性疾患の大家系はほとんど解析され尽くされたこと,次世代シーケンサーを使ったエクソーム解析/全ゲノム解析が利用可能になったことから,今では第一ステップとして実施される機会はほとんどなくなった。しかし,ハプロタイプ,連鎖などの遺伝学の重要な知識が凝縮した解析法で今でも応用可能で,連鎖不平衡/関連解析法にもつながる考え方であって,知っておいて損はない。
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日常化するシングルセル遺伝子発現解析が展開する医学研究
(坂本智子・渡辺 亮) |
ヒトの体は数十兆個の細胞から構成され,その種類はおよそ数百と考えられてきたが,近年のシングルセル遺伝子発現解析により,同種の細胞内にも遺伝子発現プロファイルの異なる亜集団が存在することが示されるなど,これまでの常識を大きく変える知見が得られている。さらにシングルセル解析は,発生・分化・がんの進展などに伴う細胞型や細胞状態の遷移の描写や,遺伝子発現プロファイルの近似性やリガンドおよび受容体の発現情報を利用した三次元構造の再構築にも有用であることが示され,従来の研究手法とは異なるアプローチを提供する新しいツールとして期待されている。本稿では,シングルセル解析の原理や特徴を概説し,ゲノム医学への応用例を紹介したい。
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● Genetic Counseling
〈実践に学ぶ
遺伝カウンセリングのコツ〉 |
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遺伝性循環器疾患の遺伝カウンセリング
(伊田和史) |
遺伝性循環器疾患の中には,予防的介入ができる,いわゆるactionableな疾患も多く,それらの疾患について理解することは,医療者側はもちろんのこと,患者やその家族にとっても非常に重要である。突然死の原因となりうるものもあり,適切な治療を受ければ予防可能な場合もあるにもかかわらず,わからないままに放置しておくことはとても危険であると言わざるを得ない。その理解を促進するための一つの手段として遺伝カウンセリングがあり,各診療科の先生方にはもっと活用していただきたい。具体的な活用を検討する際の参考になればと考え,遺伝カウンセリングの一例を提示する。
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● CGC Diary
〈私の遺伝カウンセリング日記〉 |
リレー執筆 |
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甲状腺・副甲状腺専門病院の遺伝カウンセラーとは
(塚谷延枝) |
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● Statistical Genetics
〈遺伝統計学の基礎〉 (5) |
シリーズ企画 |
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実験品質,集団構造化,隠れた近縁関係
(鎌谷洋一郎) |
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片親性ダイソミー
(深見真紀) |
片親性ダイソミー(uniparental disomy:UPD)は,1対の相同染色体の全体あるいは一部が父親もしくは母親からのみ伝達される現象である。UPDの発症には,減数分裂時あるいは受精後の体細胞分裂時における染色体不分離が関与する。UPDは通常の核型解析や本人のサンプルのみのシークエンス解析では検出困難であるため,その有無が検討されることは従来稀であった。近年の研究によって,UPDが一般集団において例外的な事象ではないこと,さらに様々な先天性疾患の発症に関与しうることが明らかとなった。
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● NEXUS
〈ヒト以外の遺伝子に
関連する研究〉 |
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栄枯盛衰の性決定遺伝子 〜遺伝子界の下剋上〜
(伊藤道彦) |
性決定(雌雄の決定)のトップポジションに座する性決定遺伝子は,哺乳類・鳥類以外では近縁種間でも(集団間でさえも)相違(多様性)がみられる場合があり,進化的保存性が乏しい稀有なタイプの遺伝子である。筆者らは10年以上前,雌ヘテロ(ZW♀/ZZ♂)型の性決定システムでは初の性(♀)決定遺伝子dm-W を両生類アフリカツメガエルより発見した。本ディスクールでは,dm-W を含め脊椎動物の様々な性決定遺伝子の発見の経緯を概説し,その進化を考察する。最後に,筆者らが提案する「栄枯盛衰型の性決定遺伝子の下剋上進化仮説」を紹介し,多様性かつ特殊性の中に共通性を考察する。
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● 編集後記 |
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