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内容目次 |
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特集によせて (中畑龍俊) |
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疾患をもつ患者の体細胞から人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells:iPS細胞)を樹立し(疾患特異的iPS細胞),患者の罹患細胞へ分化させることにより,従来得ることが極めて困難であった神経細胞や心筋細胞をiPS細胞から大量に培養し,解析に用いることが可能となった。疾患特異的iPS細胞は,患者の病態を反映し,臨床へと結びつけるツールとして,疾患の病態解析,疾患モデル構築,創薬などへの応用が可能なことから,幅広い臨床への貢献が期待されている。
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●第1章 中枢神経疾患 |
1. |
疾患特異的 iPS細胞の網膜変性疾患への応用
(高橋政代) |
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網膜は中枢神経であり過去には患者の網膜細胞を調べる方法は存在しなかったが,iPS細胞の出現により患者の遺伝子背景を有した網膜細胞を解析することが可能になった。われわれは過去に網膜色素変性患者のiPS細胞から誘導した視細胞が成熟後に変性すること,ビタミンEの効果は原因遺伝子によって異なることを報告した。また最近では,ロドプシン遺伝子変異による視細胞変性が確かにその遺伝子変異によって起こり,ERストレス抑制剤で変性を抑制できることも報告された。iPS細胞は,個々の患者に最適な治療薬を検討する検査に応用でき,個別医療にも寄与する可能性がある。
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2. |
パーキンソン病
(小芝 泰・高橋良輔) |
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パーキンソン病についてのiPS細胞の応用研究として,細胞移植治療におけるドナー細胞としての利用と,病態解明および創薬のための疾患モデルとしての利用という2つの方向が期待される。細胞移植,とりわけ自家移植の妥当性を検討するうえでもパーキンソン病の病態解明が望まれる。パーキンソン病疾患モデルとしてのiPS細胞の応用にはいくつかの問題点があるが,解決につながる新たな技術開発が進展しつつある。
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3. |
iPS細胞を用いた統合失調症の病態解明
(赤松和土・岡野栄之) |
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統合失調症は幻覚や妄想症状が特徴的な慢性の精神疾患であり,病態メカニズムは多くが不明であるが,疾患iPS細胞技術の登場によって大きく研究が進歩することが期待できる疾患の1つと考えられている。これまでに統合失調症患者iPS細胞由来ニューロンにおいて,神経突起の異常やゲノム中のレトロトランスポゾンであるLINE-1配列数の有意な増加が報告され,病態との関連が強く示唆されている。今後もiPS細胞を用いて統合失調症の新たな病態機序の解明がさらに発展していくことが期待されている。
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4. |
遺伝子異常に基づく難治てんかん−Dravet症候群
(日暮憲道・廣瀬伸一) |
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Dravet症候群は乳児期に発症する難治てんかんで,SCN1A 遺伝子異常に起因する。筆者らは本症患者由来iPS細胞から分化させた神経細胞においてSCN1A を発現し,かつ機能的に成熟したGABAニューロンを種々の方法で抽出した。それらを電気生理学的に解析し,活動電位発生能が減弱していることを実証した。てんかんが発症するには,ある程度成熟した神経ネットワークの異常が必要であるため,真の病態解明にはさらなる培養技術の発展と工夫が不可欠であるが,今後のてんかん研究におけるiPS細胞の有用性が大いに期待される。
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5. |
iPS細胞を用いたアルツハイマー病モデルと小胞体ストレス
(村上永尚・和泉唯信・梶 龍兒・井上治久) |
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2007年,ヒト人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells:iPS細胞)の誕生以来,患者iPS細胞を用いた疾患モデル化,病態解明,創薬研究が進んでいる。その中で,神経疾患iPS細胞を用いた研究によって,いくつかの神経疾患で共通の表現型として小胞体ストレスが同定されている。われわれもアルツハイマー病iPS細胞を用いて,患者細胞において小胞体ストレスが生じていることを見出した。本稿では,神経疾患iPS細胞と疾患表現型,アルツハイマー病モデルにおける小胞体ストレスの研究について述べる。
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●第2章 神経・筋疾患 |
1. |
球脊髄性筋萎縮症
(二瓶義廣・伊東大介) |
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球脊髄性筋萎縮症(SBMA)患者からiPS細胞を樹立し,運動ニューロンへの分化誘導を行った。分化誘導された神経細胞が,SBMA特有の性質であるテストステロンによる凝集アンドロゲン受容体(AR)の増加を,対象と比べて有意に強く起こすことが確認された。この反応は線維芽細胞では非常に弱く,神経細胞で特に強くみられる現象であると考えられた。さらにSBMAの治療薬の候補の1つである17-AAGがARの発現量を減少させることも確認された。これらの結果は,疾患特異的iPS細胞が病態研究の新たなツールとなりうるのと同時に,薬剤スクリーニングのツールにもなりうることを示す結果である。
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2. |
筋萎縮性側索硬化症(ALS)
(江川斉宏・井上治久) |
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筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)は,選択的な運動ニューロン変性を特徴とする神経疾患である。疾患特異的iPS細胞から分化誘導した運動ニューロンを用いて研究が可能になり,ALSの病態を再現し,それらの表現型を改善する既存薬,あるいは新規の候補薬剤の効果を判定する試みが行われている。ALSを含め責任遺伝子に基づく病態が多岐で複雑である神経変性疾患に対して,これまで蓄積されている既知の病態機序を通して,あるいは疾患横断的なアプローチによって同定された新規の分子機序を通して,創薬研究の進展が期待される。
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3. |
脊髄性筋萎縮症
(吉田路子・斎藤 潤) |
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脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy:SMA)Ⅰ型は,乳児期早期に筋萎縮・筋力低下に伴う呼吸不全をきたす重篤な神経筋疾患である。1995年にSMN1 (survival of motor neuron 1 )遺伝子が原因遺伝子であると同定されて以後,工夫されたモデル動物などにより得られた知見は多いが,いまだその発症メカニズムは不明で,有効な治療法はない。SMAの疾患特異的iPS細胞を用いることによって新たに得られた知見とその可能性について述べる。
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4. |
三好型ミオパチー
(櫻井英俊) |
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骨格筋疾患には有効な治療法が確立されていない難病が多くあり,新規治療薬の開発に向け患者由来iPS細胞を活用した研究が期待されている。その実現のため,われわれは高効率で極めて再現性高くiPS細胞を骨格筋へ分化誘導させる方法を確立した。三好型ミオパチーはDysferlinの変異により筋細胞膜の修復が遅延することで発症すると考えられている。われわれは三好型ミオパチー患者由来のiPS細胞から,新たに開発した骨格筋分化誘導法を活用して筋細胞膜の膜修復異常という病態再現に成功した。
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5. |
疾患特異的 iPS細胞を活用した筋疾患治療研究
(鈴木友子・武田伸一) |
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Duchenne型筋ジストロフィー(DMD)などの難治性筋疾患の患者から誘導した疾患特異的iPS細胞は,病態解明や創薬研究に役立つと期待されるが,成熟した骨格筋へ分化誘導する方法の確立が課題である。筋発生において筋分化誘導に重要な役割を担う転写因子であるMYODを強制発現させる方法は短期間で多核の筋管を誘導でき,筋疾患のin vitro でのモデリングに有用であるが,誘導される筋管はin vivo の成熟した筋線維とはかなり成熟度が異なり,培養法に更なる工夫が求められる。遺伝子導入を用いない方法もいくつか報告されているが,改良の余地が多い。
筋疾患には様々な種類があり,先天性筋無力症候群では神経筋接合部(NMJ)に発現する分子の異常によって発症するため,NMJ構造のin vitro での構築が必要と思われる。ウールリッヒ型先天性筋ジストロフィー・べスレムミオパチーでは間葉系細胞が産生するコラーゲンⅥの異常により発症するため,間葉系前駆細胞の誘導が必要である。Myotonic dystrophy(DM1)では多臓器にわたる異常があり,その原因であるミオトニンプロテインキナーゼ(DMPK )遺伝子の3’非翻訳領域に存在するCTG反復配列の不安定さは組織・臓器によって違いがあるため,iPS細胞を様々な細胞系譜へ分化誘導することが病態の解明に必要である。
疾患特異的iPS細胞を活用した疾患研究の最終目的は創薬であるが,薬剤候補をハイスループットでスクリーニングする場合,均質な細胞を大量に用意するのには技術的な面,コストの面で課題も多い。しかし薬剤の候補が絞れた場合は,患者の細胞を使うことで,より精度の高い病態研究,創薬研究,安全性・毒性試験が可能になることが期待され,患者由来の疾患特異的iPS細胞は今後,創薬研究になくてはならないツールになっていくと考えられる。
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●第3章 循環器疾患 |
1. |
疾患特異的 iPS細胞を用いた 1 型QT延長症候群疾患モデルの作製
(江頭 徹・湯浅慎介・福田恵一) |
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難治性疾患の病態解明や新規治療薬の開発に直結する画期的な研究手法として,疾患特異的iPS細胞技術を用いた疾患モデル研究に期待が集まっている。疾患特異的iPS細胞を用いた疾患モデル研究のプラットフォーム的な位置づけとして,複数の研究グループが遺伝性不整脈疾患であるQT延長症候群を解析対象とし,研究が進められてきた。臨床でみられる表現型の再現はもとより,疾患の発症機序の解明や奏効する薬剤のスクリーニングなどの成果が報告されはじめている。多くの克服すべき課題は残されているものの,疾患特異的iPS細胞技術を用いた疾患モデル研究は,現代医学の革新に大きく貢献する可能性を感じさせる。
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2. |
3 型QT延長症候群
(古川哲史) |
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先天性QT延長症候群3型(LQT3)は,心臓電位依存性 Na+ チャネル(Nav1.5)をコードするSCN5A の機能獲得変異を原因とする。LQT3患者から樹立したヒトiPS細胞由来心筋細胞(hiPS-CM)では,Nav1.5の持続性電流や活動電位持続時間延長,メキシレチンに対する応答性などLQT3の表現型が再現された。LQT3とBrugada症候群のオーバーラップ症候群患者から樹立したhiPS-CMでは,変異タイプによりBrugada症候群の表現型が再現されるものとされないものがみられた。
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3. |
カテコラミン誘発性多形性心室頻拍における疾患特異的iPS細胞を用いた研究
(牧山 武) |
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カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(catecholaminergic polymorphic ventricular tachycardia:CPVT)は,カテコラミンストレスにより二方向性心室頻拍や致死性不整脈を引き起こす遺伝性不整脈疾患であり,約半数の症例で筋小胞体からの Ca2+ 放出に関わるリアノジン受容体遺伝子異常が検出される。ヒトiPS細胞技術の疾患メカニズム研究への応用が進められる中,2011年,CPVTにおいても初めて患者由来iPS細胞の解析結果が報告され,不整脈発症メカニズムと考えられるカテコラミン負荷による遅延後脱分極が再現された。CPVT患者由来iPS細胞モデルを用いて新たな疾患発症機序の発見や治療薬検討に関する研究が報告されている。
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4. |
肥大型心筋症(HCM)
(田中敦史・野出孝一・福田恵一) |
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遺伝性心筋症の代表である肥大型心筋症(HCM)は,心筋のサルコメアを構成するタンパクの遺伝子変異に起因し,心筋の構造的異常から心機能異常や不整脈をきたす疾患である。原因遺伝子が同定されて以来,遺伝子改変動物モデルにより多くの分子遺伝学的な病態の見識が得られてきた。しかし,実臨床におけるHCMの患者像はその病態の発現時期や重症度など極めて多岐にわたっており,遺伝子変異から心筋肥大・心筋の錯綜配列などの表現型に至る経路はいまだ十分に解明されていない。そこで,患者の遺伝情報を受け継いだ患者特異的iPS細胞を用いた疾患解析に大きな期待が寄せられている。
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5. |
拡張型心筋症
(澤 芳樹) |
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近年,重症拡張型心筋症に対し心臓移植や人工心臓などいわゆる置換型治療が積極的に行われてきたが,ドナー不足や合併症など課題も多い。一方,最近心機能回復戦略として,再生型治療の研究が盛んに行われ,自己細胞による臨床応用が開始されている。われわれは,温度感応性培養皿を用いた細胞シート工学の技術により,細胞間接合を保持した細胞シート作製技術を開発し,心筋再生治療の臨床研究を開始した。さらに,iPS細胞を用いた心血管再生治療も期待され,iPS細胞の樹立をきっかけとして世界中で幹細胞研究が活性化され,iPS細胞を用いた心血管再生医療が現実的なものとなると思われる。さらに,疾患別iPS細胞の樹立も盛んに行われるに至っており,近い将来,自己細胞移植や組織工学的技術を駆使することにより,心臓移植や人工心臓治療とともに再生治療によって重症心不全治療体系が確立されるであろう。
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●第4章 血液・免疫疾患 |
1. |
Fanconi 貧血患者特異的 iPS 細胞研究の現状と展望
(鈴木直也・斎藤 潤) |
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Fanconi貧血(Fanconi anemia : FA)は,DNA修復酵素異常によって発症する稀な遺伝病である。特徴的な所見である造血不全についてはヒト細胞を用いた適切な研究モデルがなく,そのため,その発症メカニズムと原因遺伝子の機能との関係に不明な点が残っていた。近年,FA患者特異的iPS細胞が樹立され,病態解析のモデルとして大きな注目を集めている。またFA患者特異的iPS細胞は,造血幹細胞移植のソースとしても期待されている。本稿では,FA患者特異的iPS細胞を用いた研究について紹介するとともに,FA患者特異的iPS細胞がもつ可能性について議論する。
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2. |
Shwachman-Diamond 症候群
(渡邉健一郎・森嶋達也) |
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Shwachman-Diamond症候群(SDS)は,好中球減少を主体とする骨髄不全,膵外分泌不全,骨格異常を主徴とする先天性骨髄不全症候群である。リボソーム生成に重要な役割を果たすSBDS が原因遺伝子として同定されているが,病態はいまだ明らかとなっていない。われわれはヒトiPS細胞からの好中球分化系を開発し,それを疾患特異的iPS細胞に適用して先天性好中球減少症の病態を再現しえた。このiPS細胞からの好中球分化系は,SDSをはじめとする好中球に異常をきたす疾患の病態解析に応用可能と考えられた。
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3. |
重症先天性好中球減少症
(溝口洋子・小林正夫) |
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重症先天性好中球減少症(severe congenital neutropenia:SCN)は,乳児期より持続する慢性好中球減少症のため,重症細菌感染症を反復する遺伝性疾患である。主なSCNの責任遺伝子としてELANE 遺伝子およびHAX1 遺伝子が同定されているが,病態についての詳細は明らかとなっていない。近年これらの変異をもつSCN患者由来iPS細胞が本邦で樹立され,報告された。疾患特異的iPS細胞は,本疾患の病態解析および新たな治療法の開発に重要な役割を果たすことが期待される。
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4. |
先天性無巨核球性血小板減少症を解剖する
(江藤浩之) |
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iPS細胞技術は,遺伝子改変マウスでは明らかにできなかったヒト疾患病態の本質解明や創薬に多大な貢献をすることができる。トロンボポイエチン(TPO)受容体MPLの欠損を原因とする先天性無巨核球性血小板減少症(CAMT)患者から作製したiPS細胞(CAMT-iPSC)を用いて,マウスモデルで明らかにされなかったヒトMPLの新たな役割を明らかにした。
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5. |
疾患特異的 iPS 細胞を用いた慢性骨髄性白血病の病態解明と新規治療の開発
(宮内 将・黒川峰夫) |
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iPS細胞(induced pluripotent stem cells)は,再生医療研究のみならず疾患モデルとして広く応用されている。腫瘍細胞から樹立することも可能であるため,腫瘍性疾患の研究に対して病態解明・創薬開発につながる新たな疾患モデルを提供することができる。筆者らは慢性骨髄性白血病(chronic myelogenous leukemia:CML)患者検体よりCML-iPS細胞を樹立した。本稿では,CML-iPS細胞を用いたCML研究について概説した。
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6. |
リプログラミング技術を用いた骨髄異形成症候群の病態解明と新規治療の可能性
(蝶名林和久・吉田善紀・高折晃史) |
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骨髄異形成症候群(MDS)はクローナルな後天性造血障害で,造血幹細胞に多様なゲノムおよびエピゲノム異常が蓄積することで生じる。根治は同種造血幹細胞移植でしか得られないが,その適応は若年者に限られ,大多数の症例は感染症や白血病化によって死の転帰をとり予後不良である。MDSでは,病態解明に有用なモデルマウスがなく,将来の治療法の開発を可能にするツールの開発,および新規治療薬の開発が切望されている。
本稿では,iPS細胞技術の後天性血液疾患の病態研究,創薬への応用の可能性について,主として最近われわれが樹立したMDS-iPS細胞に関して概説する。
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7. |
原発性免疫不全症
(今井耕輔) |
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原発性免疫不全症は,先天性の単一遺伝子異常により免疫異常を呈する症候群である。免疫系は末梢血から免疫担当細胞を取り出し解析することが可能であることから,めざましい研究の進歩がみられてきたが,分化初期段階での異常で細胞が得られない場合や他臓器の異常を合併する場合,その病態生理を検討する方法としての,誘導多能性幹細胞(iPS細胞)の樹立と解析したい細胞系列への分化誘導は,さらに強力な病態解析および治療法開発のためのツールとなることが,いくつかの研究により明らかにされてきた。
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8. |
CINCA症候群
(河合朋樹・平家俊男) |
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CINCA症候群はNLRP3の機能獲得変異により発症する難治性疾患である。希少疾患であることから病態の解明や治療法の開発が困難であり,疾患関連iPS細胞を用いた研究が期待されている。また,NLRP3は自己成分からの炎症の誘導に関わるNLRP3インフラマソームの主要な構成因子であり,生体の感染防御機能のみならず,痛風,動脈硬化や2型糖尿病などの生活習慣病にも深く関わっている。CINCA症候群における疾患関連iPS細胞を用いた研究はすでに着手されており,CINCA症候群のみならず,これら生活習慣病の病態解明,治療法の開発につながる可能性がある。
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●第5章 内分泌・代謝疾患 |
1. |
1 型糖尿病
(細川吉弥・豊田太郎・長船健二) |
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1型糖尿病に対する再生医療を実現するために,患者自身の体細胞より樹立可能な幹細胞であるiPS細胞から分化誘導した膵系譜細胞を用いた移植療法の開発研究が盛んに行われている。また,1型糖尿病では膵β細胞と免疫担当細胞が病態形成に深く関与していることから,患者由来iPS細胞からそれらの罹患細胞種への分化系を用いた試験管内疾患モデルを開発することで病態解明や治療法探索につなげる研究の進展も期待されている。
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2. |
脂肪萎縮症
(野口倫生・細田公則・中尾一和) |
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全身性脂肪萎縮症は全身の脂肪組織の欠如により著明な高血糖,インスリン抵抗性,高中性脂肪血症,脂肪肝を呈する疾患であり,生命予後不良な難治性疾患である。しかし,レプチン補償療法を除いては有効な治療法は確立されていない。病態を根本的に改善する新しい治療法の開発が期待される。脂肪萎縮症患者からiPS細胞を樹立し,脂肪細胞などへ分化誘導を行うことで脂肪萎縮症の病態解明や新規治療法の開発をめざす。
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3. |
ゴーシェ病
(衛藤義勝) |
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ゴーシェ病はライソゾーム病の代表的な疾患群であり,ライソゾーム内の酸性β-グルコシダーゼの水解酵素の遺伝的欠損により発症する。わが国では約120名程度の患者がおり,発症年齢は乳児期から成人期にわたる。そのうち約50%の患者で中枢神経障害を呈する。中枢神経障害の機序は明らかでないが,種々のメカニスムが予想される。
そこでゴーシェ病患者の細胞よりiPS細胞を作製し,患者神経細胞を作製,中枢神経細胞障害の病態・機序を解明する。また患者細胞から分化した神経細胞を用いて,より効果的な酵素治療あるいはシャペロン治療,遺伝子治療などの神経系への治療の開発に向けた研究も可能となる。
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4. |
Pompe病
(佐藤洋平・大橋十也) |
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Pompe病はライソゾームに存在するグリコーゲンの加水分解酵素の酸性-α-グルコシダーゼ(GAA)欠損症である。乳児期早期より筋力低下や心肥大を呈する乳児型と,小児期以降に症状が出現する遅発型に分類される。2011年にHuangらによって,乳児型Pompe病の疾患特異的iPS細胞を用いてPompe病の心筋細胞の病態解析が行われた。今後は骨格筋や肝臓などへの分化誘導が試みられる可能性があり,遅発型Pompe病の疾患特異的iPS細胞,さらに病態解析だけでなく薬剤スクリーニングや細胞移植などへの応用も進む可能性がある。
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5. |
ムコ多糖症
(大橋十也) |
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ムコ多糖症でiPS細胞を用いた研究はまだ少ない。ただ造血幹細胞に分化し,それを純化することができれば,現行の治療法である酵素補充療法,骨髄移植療法などの欠点を克服できる可能性がある。すなわち生涯1回の治療で,ドナーを必要としない理想的な治療法である。今後の研究の展開に期待は大きい。
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●第6章 その他領域の疾患 |
1. |
呼吸器疾患
難治性呼吸器疾患
(伊藤功朗) |
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呼吸器疾患により肺が破壊されたり,肺の機能が欠落したりすると致命的となる。病態研究の推進,再生医療の発展が必要であり,これらの場面でiPS細胞の有用性に期待がかかる。現在までに,肺の重要構成細胞である肺胞上皮細胞は,不完全ながらiPS細胞から誘導されるに至っている。しかしながら,複雑な肺を構成して臓器再生に用いたり,肺胞上皮細胞の機能評価から疾患研究を行ったりするには,まだ距離がある。その他の肺の構成細胞としては,気道上皮細胞やマクロファージの誘導が試みられ,成果が発表されつつある。
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2. |
腎・泌尿器疾患
多発性嚢胞腎
(松井 敏・長船健二) |
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常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)と常染色体劣性多発性嚢胞腎(ARPKD)は,腎嚢胞形成による末期腎不全への進行に加え,脳動脈瘤, 肝不全など重篤な合併症を発症する難治性疾患である。従来,動物モデルを用いた研究が行われてきたが,完全な病態解明には至らず根治的な治療法も未確立である。近年,患者由来iPS細胞を用いた新たな疾患モデルの開発と病態解析・治療薬探索が多くの難治性疾患において行われている。さらに最近,ADPKDとARPKDに対するモデル作製に必要なiPS細胞から各種罹患細胞種への分化誘導法も次々と報告されはじめた。今後,両疾患に対するiPS細胞を用いた疾患モデル作製研究の進展が期待される。
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3. |
骨系統疾患
進行性骨化性線維異形成症
(池谷 真・松本佳久・戸口田淳也) |
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近年,骨系統疾患の原因遺伝子が次々に明らかになっている。しかし,原因遺伝子が判明していても,根治的治療の困難なものも多く,分子生物学的な視点からの病態解明ならびに治療の確立が期待されている。このような難治性の骨系統疾患に対してわれわれは,従来の分子生物学的手法に加え,疾患罹患者から樹立した人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell:iPS細胞)を用いた研究を展開している。現在,研究の対象としている疾患の1つである進行性骨化性線維異形成症(fibrodysplasia ossificans progressiva:FOP)に関して,罹患者からのiPS細胞の樹立,in vitro 培養系での病態再現,そして創薬に向けたアプローチについて概説する。
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4. |
染色体異常
ダウン症候群
(海老原康博) |
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ダウン症候群は21番染色体の過剰が原因で起こるヒトで最も多い染色体異常であり,先天性心疾患や精神遅滞など,各種臨床症状が認められる。primary細胞やダウン症候群マウスモデルなどを用いて各分野において様々な研究が行われており,臨床症状の病態解明が進んでいる。近年,疾患特異的iPS細胞を用いて,様々な細胞に分化させて患者の病態を再現させることで疾患病態解析や新たな治療法の開発が期待されている。本稿では,ダウン症候群に対するこれまでの研究をレビューするとともに,ダウン症候群特異的iPS細胞を用いた最近の知見を解説する。
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●索引 |