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内容目次 |
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序章:ペプチド合成と創薬のマイルストーン (木曽良明) |
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要旨なし |
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●第1章 ペプチド合成の基本と新技術 |
1. |
The Fundamentals of Fmoc Solid Phase Peptide Synthesis
日本語タイトル:Fmac型固相ペプチド合成の基礎
(Muriel Amblard・Hiroshi Enomoto・Gilles Subra・Jean-Alain Fehrentz・Jean Martinez)
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The aim of this chapter is to present the basic principles of sequential solid phase peptide synthesis (SPPS), with a special devotion to the Fmoc/tBu approach which is currently the most used strategy to synthesize peptides. Although large-scale production of peptide is still performed in solution, solid phase peptide synthesis is, since the pioneering work of Bruce Merrifield, the strategy of choice because of the numerous advantages that this strategy affords including the ease of treatment and rapidity. Basic concepts of SPPS including the choice of resin, the method of anchoring and coupling, the system of deprotection and final cleavage are discussed along with the possible problem of side-reactions and aggregation.
《 要旨日本語訳 》
本稿では,逐次固相ペプチド合成法,特に現在ペプチド合成において最もよく用いられている固相合成戦略であるFmoc/tBu 法に注目し,その基本的な原理について述べる。ペプチドの大量生産においてはいまだ溶液法で行われているが,Merrifield 博士による先駆的な研究以来,固相ペプチド合成はその操作の簡便性や敏速さなど本合成法が有する数々の利点のために最適なペプチド合成戦略であるといえる。
本稿においては,使用する樹脂の選択,樹脂へのアンカーリングとカップリングの方法,そして脱保護と最終脱保護の手順などに関する固相ペプチド合成の基本的な概念を副反応や凝集の問題とともに説明する。
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2. |
O-アシルイソペプチドの合成
(相馬洋平・木曽良明) |
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ネイティブのアミド結合をセリンまたはスレオニン残基側鎖のβ- ヒドロキシル基においてエステル結合へと異性化したO-アシルイソペプチドは,水溶性に優れ相当するネイティブペプチドとは性質を異にする。さらに中性水溶液中においてO-to-N 転位反応によりネイティブペプチドへと変換することができる。O-アシルイソペプチドの合成は difficult sequence の効率的合成や収斂的ペプチド合成などに利用され,さらにペプチド・タンパク質の生理機能発現をコントロールする方法としても重要である。
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3. |
グリーンケミストリーを志向した水中ペプチド合成法の開発
(北條恵子) |
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ペプチド合成を含め有機合成に用いられる有機溶媒は,グリーンケミストリーの観点から使用の低減が望まれており,筆者らは環境調和型ペプチド合成技術を標榜して,有機溶媒を水に代替した合成法の開発をめざしている。本稿では,従来のペプチド合成法(Fmoc法およびBoc法)に,異分野(粉体工学)のナノ粒子化技術を融合させた水分散型保護アミノ酸ナノ粒子を用いる水中合成法について述べる。
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4. |
AJIPHASE®:長鎖脂肪族アンカーを利用した新規な効率的液相ペプチド合成法の開発と応用
(高橋大輔) |
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伝統的なペプチド合成液相法は良好な品質のペプチドが合成できるが,各中間体ペプチドの性質を考慮する必要があるためプロセス開発に長時間要したり,長鎖ペプチドには対応が難しいなどの課題も多い。ペプチド合成に長鎖脂肪族を有したアンカーを導入することで配列種によらず,ハロゲン系有機溶媒中での反応,極性有機溶媒での沈澱化を繰り返すだけで効率的にペプチド鎖が伸長可能である。この方法論にてペプチド合成用アンカーの開発を行った。ジケトピペラジンの生成を抑制できるアンカー,および長鎖ペプチドへのアプローチが可能になる保護ペプチド酸調製のためのアンカー,またペプチド医薬で数多く存在するアミド型ペプチドへも対応できるアンカーを創製し実用化した。
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5. |
疎水性タグを用いた液相ペプチド合成による分子変換アプローチ
(千葉一裕) |
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ペプチド医薬品の開発において重要となる,多様な分子修飾法へ道を拓くための技術として,疎水性タグを用いたペプチド合成法を開発した。この方法は,均一溶液中で反応を行うとともに,反応後に沈殿または二相液相分離によって生成物を選択的に反応混合物から迅速かつ簡便に取り出すことができる。そのため,数十段階に及ぶ合成反応においてもクロマトグラフィなどを用いることなく合成を進めることができる。本法の特徴のほか,フラグメント合成,Boc法によるペプチド合成,分子内SS架橋形成など,多様なペプチド合成への応用を紹介する。
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●第2章 ライゲーション法によるペプチド・糖タンパクの合成と創薬への応用 |
1. |
α-ケト酸とヒドロキシアミンの化学選択的なライゲーション反応によるペプチド合成
(鳴海哲夫・Jeffrey W. Bode) |
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The alpha-ketoacid-hydroxylamine amide-formation is an emerging method for the chemoselective synthesis of peptides by direct ligation of peptide fragments and monomers. No reagents, catalysts, or protecting groups are required and only volatile byproducts are produced. It has already been demonstrated that this ligation method is suitable for the preparation of numerous amide-based structures, including therapeutic peptides and betaoligopeptides, under mild, often aqueous conditions. A number of new methods for the synthesis of peptide fragments containing the necessary alpha-ketoacid and hydroxylamines have been developed, along with a powerful class of hydroxamine monomers for iterative synthesis. The unusual mechanism of this reaction offers insights into new variants and provides a guide for developing more versatile and powerful amide ligations.
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2. |
システイン残基におけるS-ペプチド体を利用するペプチドライゲーション法の開発
(川上 徹・相本三郎) |
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長鎖ペプチド,タンパク質合成においてペプチドチオエステルは重要な合成ブロックである。Fmoc固相合成法によってペプチドチオエステルを合成するためにN-S アシル基転位反応を利用する方法を開発した。Cys残基の位置で生成するS-ペプチド(チオエステル)を利用し,生じるアミノ基をジケトピペラジン(DKP)形成によりアミドへ変換し,チオエステルを安定化させた。すなわちカルボキシ末端部分にCys-Proエステル,あるいはCys-Pro-Cys配列を有するペプチドからそれぞれ中性あるいは酸性条件下でペプチドDKP チオエステルが得られる。
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3. |
Medicinal chemistry applied to the protein molecule
- total protein synthesis by native chemical ligation of synthetic peptides
日本語タイトル:Native Chemical Ligation によるタンパク質全合成
(相馬洋平・Stephen B.H. Kent) |
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Native chemical ligation enables the routine total chemical synthesis of proteins. After ligation of synthetic peptide segments, the full-length polypeptide chain is folded to give the functional protein molecule. Total syntheses of VEGF-A and human insulin are described.
《 要旨日本語訳 》
Native chemical ligation法を利用することによってルーチンなタンパク質化学全合成が可能である。ligation法による無保護ペプチド鎖間の縮合と続くポリペプチドのフォールディングによって機能性タンパク質が得られる。本稿ではVEGF-Aおよびインスリンの全合成について紹介する。
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4. |
無保護のペプチド鎖を原料とした新規ペプチドチオエステル化反応の開発
(岡本 亮・梶原康宏) |
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タンパク質の糖鎖化は生体内で最も高頻度で起こるタンパク質翻訳後修飾であり,学際的な面,製剤化などの産業的な面の双方から衆目を集めている。われわれのグループでは,糖鎖と糖タンパク質の厳密な構造機能相関関係の解明をめざし,糖タンパク質の精密化学合成を行ってきた。最近われわれは,この合成の要となるペプチドチオエステルについて,無保護のペプチド鎖を原料とした新規な合成手法の開発に成功した。これにより今後,大腸菌発現によって得られる長鎖のペプチド鎖を原料としたペプチドチオエステルの調製が可能になると期待され,様々な糖タンパク質の化学合成の展開が可能になると考えている。
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5. |
疎水性糖タンパク質の化学-酵素合成
(北條裕信) |
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疎水性(糖)タンパク質の化学合成を達成するためには,ライゲーションに用いるセグメントの溶解性の向上が必須である。そこで,ペプチド鎖同士の会合を効率的に抑制する方法として知られているO-Acyl isopeptide法をNative chemical ligation法と組み合わせることにより,効率的に疎水性糖タンパク質を合成する方法を開発した。この方法を用いて脂質結合性の糖タンパク質であるサポシンC の化学- 酵素法による合成を達成した。
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6. |
天然糖鎖とペプチドの複合化技術
(稲津敏行) |
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糖鎖の機能が明らかになるにつれ,糖タンパク質,糖ペプチドなど様々な医薬と糖鎖の複合体が注目されるようになっている。しかし,天然糖鎖を丸ごとペプチドに付与できる技術は限られている。本稿では,エンド型糖加水分解酵素の糖鎖転移活性を利用する方法と天然の糖鎖アミノ酸を利用する方法を紹介したい。いずれも国産技術であり,現状では天然糖鎖を構造明確な単一構造として扱える方法は,この2つに集約できる。
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●第3章 特殊ペプチドの合成と創薬研究への展開 |
1. |
海綿から得られた異常アミノ酸含有ペプチドの合成研究
(今野博行) |
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海綿から単離, 構造決定された異常アミノ酸含有ペプチドの全合成研究を行った。ペプチドアルデヒドであるtokaramide A は固相上ですべての工程を行い,樹脂からの還元的な切り出しによって合成を達成した。Miraziridine A については入手が困難な異常アミノ酸類は安価なキラル化合物を用いた立体制御合成によって調製し,炭素骨格の構築にはフラグメントカップリングを適用した。Callipeltin E では β-MeOTyr の立体化学を2R, 3R とし,さらに固相全合成を達成することで,立体化学を含む分子構造の確認も行った。
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2. |
海洋細菌が産生するセリンプロテアーゼ阻害剤マリノスタチンの構造と機能
(西内祐二) |
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12残基のアミノ酸で構成されるマリノスタチン(marinostatin:MST)は,海洋細菌が産生するセリンプロテアーゼ阻害剤である。MST
は,アミノ酸側鎖のβ- 水酸基とβ- カルボン酸間に2つの分子内エステル結合(Thr3-Asp9 および Ser8-Asp11)が架橋した二重環状構造を有している。互いに選択的に除去可能な保護基をAsp およびSer/Thr の側鎖官能基に導入し,位置選択的なエステル環化反応によりMST を合成した。構造活性相関の研究より,阻害活性を発現する最小単位はMST(1-9) の単環構造であり,7位Pro が構造安定化に必須であることを明らかにした。また,阻害剤の酵素特異性をデザインするに際し,MST の構造モチーフが有用なツールとなることを示した。
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3. |
生物活性天然有機化合物環状デプシペプチド(-)-アプラトキシンAの全合成,固相合成,類縁体合成
(土井隆行) |
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癌細胞に対し強力な細胞毒性を示す天然有機化合物環状デプシペプチド アプラトキシンAについて4つの不斉中心を含む脂肪鎖の不斉合成法を確立し,ペプチド鎖を伸長後,チアゾリン環を構築し,全合成を達成した。さらに,類縁体を迅速に合成できる固相合成ルートを確立し,分子プローブの前駆体として有用なアジド基を含有したアプラトキシンA 類縁体を合成した。
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4. |
特殊ペプチド創薬の現在と展望
(伊藤悠美・後藤佑樹・菅 裕明) |
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環状構造や修飾アミノ酸などの特殊な構造をもつ特殊ペプチドは,新しい創薬のシーズとして近年注目を浴びている。今回われわれは,多様な特殊ペプチドを迅速・簡便に翻訳合成できるFIT(flexible in vitro translation)システムと,FIT システムを利用して合成した特殊ペプチドライブラリーから薬剤候補となる生理活性ペプチドを探索できるRaPID(random peptide integrated discovery)システムを確立した。
本稿では,それらの概要と,実際に生理活性ペプチドを獲得した例を紹介する。
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5. |
直接発酵法によるジペプチド合成
(田畑和彦) |
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ジペプチドは2つのアミノ酸がペプチド結合を介して連なった化合物であり,構成するアミノ酸の栄養生理機能を発揮するほかに構造特異的に様々な生理活性を発揮する例が報告され,創薬研究のターゲットにもなりうる。しかしながら,実際にはあまり利用されていないのが現状である。その最大の理由は,ジペプチドを安価に大量に生産する技術が確立されていないことである。そこで,従来製法の抽出法や合成法(化学合成法・酵素合成法)の欠点を解決すべく,ジペプチドを構成するアミノ酸を現在の巨大な製品市場に発展させる原動力となった微生物を用いた発酵法という形でのジペプチドの新規製法の構築を検討した。
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6. |
細菌由来ペプチドによる自然免疫活性化
(深瀬浩一・藤本ゆかり) |
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自然免疫は,生まれつき備わった生体防御機構であり,パターン認識受容体による微生物由来分子の認識に基盤を置いた免疫活性化は,獲得免疫の成立など生体防御に極めて重要である。また,自然免疫とアレルギーや自己免疫疾患などの関連の解明や,抗腫瘍作用を利用した免疫療法など医療への応用も期待されている。細菌細胞壁ペプチドグリカンと細菌由来リポタンパク質は中でも代表的な微生物由来免疫増強分子であり,ここでは受容体と受容体に認識されるリガンド構造の同定,ならびに受容体のin vivo での受容体機能解析について述べる。
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●第4章 プロテアーゼ阻害剤の合成と創薬研究 |
1. |
抗SARS薬創製をめざしたプロテアーゼ阻害剤の設計と合成
(赤路健一) |
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重症急性呼吸器症候群(SARS)治療薬開発をめざし,SARS 3CL プロテアーゼ阻害剤の設計と評価を行った。プロテアーゼの基質配列にアルデヒド構造を組み込んだペプチドアルデヒドは,Michael acceptor 構造を組み込んだペプチド誘導体よりも高い阻害活性を示した。プロテアーゼとの複合体構造解析による構造最適化により,基質配列とは全く異なる配列をもちナノモルレベルのIC50 値を示すペプチドアルデヒドを創製した。得られたペプチドアルデヒド型阻害剤は,競合阻害機構に基づき阻害活性を示すことを確認した。
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2. |
アルツハイマー病治療薬をめざしたBACE1阻害剤の設計と合成
(濵田芳男・木曽良明) |
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アルツハイマー病の原因物質であると考えられているアミロイドβペプチドのプロセシング酵素であるβ-セクレターゼ(BACE1)は,治療薬開発の有力なターゲットである。BACE1 は活性中心に2個のアスパラギン酸残基を有するアスパラギン酸プロテアーゼであり,レニンやHIV プロテアーゼ阻害剤の開発で有用性が確認された基質遷移状態概念が応用できると思われた。そこでBACE1 の基質のアミノ酸配列を参考にして,遷移状態アナログを有するペプチド型阻害剤を設計した。さらにin silico でBACE1 の活性部位に結合した阻害剤のコンフォメーションを固定する設計手法を使って非ペプチド型阻害剤も開発した。本稿ではBACE1 阻害剤におけるペプチドから非ペプチドへの創薬研究を紹介する。
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3. |
Diphenyl 1-peptidylaminoalkanephosphonate ester 型阻害剤を利用するセリンプロテアーゼの機能改変 -
簡単なコンピュータケミストリーによる分子設計の支援 -
(小野 慎・梅嵜(多田)雅人) |
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タンパク質と相互作用する分子を設計するために,コンピュータケミストリーは強力な支援ツールとなることは間違いない。しかし,小さな研究グループではコンピュータケミストリーを取り入れることは容易でない場合もある。セリンプロテアーゼの不可逆性阻害剤として働くジフェニルホスホン酸誘導体を用いて,酵素の活性部位周辺の狙った部位に外来分子を固定化することで,セリンプロテアーゼの機能を改変する研究をスタートさせた。簡単に手に入るAutoDock という分子シミュレーションソフトの分子設計における利用例を紹介する。
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●第5章 細胞内輸送ペプチドの合成と創薬 |
1. |
刺激応答型アミノ酸の開発と生命科学分野への応用
(重永 章・山本 純・大高 章) |
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ペプチド・タンパク質の生理学的意義や機能解明は,生命科学分野における最も重要な研究課題の1つである。近年,これら解明を指向し,ペプチド・タンパク質の活性を細胞外部から制御する方法論の開発が盛んに行われている。著者らは,外部からの刺激に応答して活性が変化するペプチド・タンパク質の開発をめざし,刺激応答型アミノ酸の研究を行っている。刺激応答型アミノ酸とは,任意の刺激に応答してペプチド結合切断を誘起する人工アミノ酸のことである。本稿では,刺激応答型アミノ酸の化学と活性制御への展開について概説する。
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2. |
膜透過性アルギニンペプチドの設計と合成
(中瀬生彦・田中 弦・二木史朗) |
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近年,HIV-1 Tat タンパク質由来のTAT ペプチドやオリゴアルギニンなどのアルギニンに富む塩基性ペプチド(アルギニンペプチド)が膜透過性を有することが見出された。アルギニンペプチドと架橋体あるいは複合体を形成することにより,タンパク質や核酸誘導体,ナノ粒子などが効率的に細胞内に導入できる。本稿では,このようなアルギニンペプチドの設計と合成面に焦点をあて概説する。
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3. |
細胞膜透過ペプチドを応用した医療技術展開へのアプローチ
(近藤英作・中島喜一郎) |
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オリゴペプチドよりなる細胞膜透過ペプチド(cell-penetrating peptide:CPP,あるいはPTD ともいう)は,非細胞傷害性(非侵襲性)に生理的機構(マクロピノサイトーシスやエンドサイトーシス)を介して広汎な細胞を対象に細胞内に透過する機能をもつアミノ酸の特異的連続配列であり,副作用が少なく「ひとのからだにやさしい」ナノバイオツールである。このCPP を利用した細胞内遺伝子制御の手法は,特に次世代医療への応用の可能性を有するものとして近年注目を浴びている。本稿では,この次世代医療ツールとしてのポテンシャルを秘めたCPP のヒト生体への医療応用に向けた基盤研究について簡単に紹介する。
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4. |
免疫反応を逃れるナノキャリア「ラクトソーム」の開発
(木村俊作) |
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DDS へナノキャリアを適用する場合,ナノキャリアの血中滞留性,抗原性,生分解性,薬剤などの担持能力,そして標的性の各課題をクリアする必要がある。最近,細網内皮系に捉えられにくいと考えられていたステルス性リポソームも免疫系に認識され,初回と2
回目以降とで体内動態が異なることが報告されている。ナノキャリアのサイズはウイルスに相当することを考えると,この現象はナノキャリア一般に言えることと予想される。本稿では,著者らが開発してきたナノキャリア「ラクトソーム」を例に挙げて,免疫反応を逃れるナノキャリアを得るための1つのストラテジーを紹介する。
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●第6章 ペプチドの立体構造と機能解析 |
1. |
グルタチオン誘導体を用いたジスルフィド結合含有タンパク質の立体構造形成の促進
(奥村正樹・日高雄二) |
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タンパク質の生理活性の発現には正しい立体構造が必須である。しかしながら,多くのタンパク質はジスルフィド結合を有しており,創薬を目的とした遺伝子組換えタンパク質を調製する場合,誤ったジスルフィド結合を有する分子種の生成のため,それらの立体構造形成あるいは品質に問題が生じることが知られている。われわれは,ジスルフィド結合含有タンパク質の立体構造形成反応において,グルタチオン分子に正電荷を導入することで,天然型のタンパク質の正しい立体構造形成を促進することを見出した。本稿では,その効果および分子機構について概説する。
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2. |
ペプチド折り紙:金属医薬品への可能性
(石田 斉) |
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近年,金属錯体をベースとした金属医薬品,特に抗がん剤をはじめとしてルテニウム錯体の活性が注目を集めている。ここでは,ルテニウム錯体を用いた医薬品の応用例として,抗がん剤,酵素阻害剤,NO
発生剤について紹介する。特に,光を用いた治療薬について取り上げる。さらに,金属配位性の非天然アミノ酸を導入したペプチドに対して,「ペプチド折り紙」
と名づけられたルテニウム錯体について紹介し,その細胞内プローブや医薬品としての応用可能性について述べる。
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3. |
α,α-ジ置換アミノ酸の設計・合成とそのペプチドの二次構造解析・機能化
(大庭 誠・田中正一) |
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α,α- ジ置換アミノ酸は,通常のα- アミノ酸のα 位水素をアルキル基で置換した構造をもつ。このα,α- ジ置換アミノ酸は,新規な性質を有することから,生体機能解明のためのプローブや創薬研究のツールとして期待されている。本稿では,α,α- ジ置換アミノ酸の特徴の1つであるフォールドマーとしての性質に焦点を当て,α,α- ジ置換アミノ酸含有ペプチドの二次構造解析ならびに機能性ペプチドへの展開について最新の研究を踏まえて紹介し,今後の可能性について展望する。
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4. |
固体NMRおよびESRによるアミロイドβの立体構造解析と毒性ターン構造特異抗体の開発
(村上一馬・増田裕一・入江一浩) |
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アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβ ペプチド(Aβ42)は,オリゴマー化することによってシナプス毒性を示す。筆者らは,これまでに固体の核磁気共鳴法(NMR)や電子スピン共鳴法(ESR)を駆使することにより,Aβ42 の毒性オリゴマー構造を提唱した。また,本オリゴマーの特徴である中央部分のターン構造に対する抗体は,アルツハイマー病の診断薬や治療薬になる可能性が明らかになった。本稿では,これらの研究成果を解説するとともに,最新の抗体治療戦略についても紹介する。
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5. |
コラーゲン三重らせんペプチドのデザイン,合成と応用
(小出隆規) |
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コラーゲンは構造タンパク質としてわれわれの体のつくりを維持するだけでなく,様々な高次の生理機能を司る機能タンパク質でもある。コラーゲン三重らせんは,長いGly-Xaa-Yaaの繰り返し配列からなる特異な三次構造である。この三重らせん構造を模倣するようにデザイン・合成されたペプチドは,コラーゲンの構造や機能の解明を目的とした基礎研究のみならず,バイオマテリアル開発,創薬といった応用研究においても有用である。本稿では,コラーゲン三重らせんペプチドの分子デザインおよび化学合成の方法を述べるとともに,最近の研究のトレンドと将来への展望についても述べる。
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6. |
創薬研究のためのペプチドを用いた細胞接着性足場材料の設計
(平野義明) |
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細胞培養技術は,現在様々な研究分野で利用されているが,培養細胞にとって生体内と同様の環境が構築されているわけではない。特に創薬や再生医療分野においては,本来細胞が存在している細胞外マトリクスと同じような機能を有する人工の足場材料が必要と考えられる。
筆者らは,β- ストランドペプチドの分子間相互作用により,自己組織化足場を創出したので,本稿ではその詳細について述べる。併せて創薬研究・再生医療研究において重要な幹細胞を用いて,ペプチドにより作製した足場材料の有用性について評価した結果についても述べる
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●第7章 ペプチドライブラリーから創薬をめざす |
1. |
設計ペプチドライブラリーを利用するタンパク質・細胞分析チップ
(三原久和)
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α へリックス構造などの二次構造をとるように設計したペプチドライブラリーをペプチド固相法により合成した。これらを用いて,ガラス基板などに固相化することにより,タンパク質の種類や機能を解析するためのペプチドチップを開発している。このペプチドチップは,タンパク質が配列の異なるペプチドに結合した際の結合パターンをプロテインフィンガープリントとしてバーコード解析するものである。さらに,これら設計ペプチドチップは,細胞の種類や状態をセルフィンガープリント解析するための細胞分析チップとしても応用可能である。
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2. |
インビトロからインビボへの連続スクリーニングを可能にする新規ペプチド探索法
(宍戸昌彦・福田隆之)
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ペプチドを支持体なしでスクリーニングする2つの方法,すなわち多成分蛍光標識法およびLCMS
法について,著者の最近の試みを説明した。前者の方法は非常に高感度であり,多種類の蛍光標識ペプチド混合物をいきなりマウスに投与して生体内スクリーニングすることが可能である。後者の方法は一度に1000
個程度のペプチドを区別できるので,高効率スクリーニングができる。これらの方法により,真に実用的なペプチドプローブの発見が期待される。
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3. |
次世代抗体医薬(マイクロ抗体):立体構造規制ペプチドライブラリーを用いた分子標的ペプチドの創出
(藤井郁雄)
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抗体医薬の研究が進むにつれ,その問題点も明らかにされてきている。これらの問題点は,抗体の基本構造に起因するものである。そこで,イムノグロブリン構造を利用せず,目的の標的タンパク質に対して特異的に結合する抗体様物質が求められている。筆者らは,抗体様物質としてヘリックス-
ループ- ヘリックス構造をもつ分子標的ペプチドの開発を行った。このペプチドは,強固な立体構造をもつため生体内の酵素分解に対しても安定であり,低分子量(分子量:3000
〜 5000)であるにもかかわらず抗体と同等の高い結合活性をもつ。このことから
「マイクロ抗体」 と名づけた。
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4. |
ラミニンペプチドライブラリーを利用した受容体特異的リガンドの探索
(片桐文彦・野水基義)
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受容体の生理機能やそれらが関与する疾患を解明することは,生命現象の解明につながるだけでなく,新たな創薬ターゲットの開発につながる。受容体特異的なリガンド探索の手法の1つとして,化合物ライブラリーを用いたスクリーニングがある。この手法は理論上網羅的な探索が可能であり,特に既知受容体の様々なサブタイプのリガンド探索に有用である。本稿では,基底膜の主要成分であるラミニンのアミノ酸配列を鋳型としたペプチドライブラリー(ラミニンペプチドライブラリー)を用いた,受容体特異的リガンド(ペプチド)について概説する。
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●第8章 ペプチドリガンドの合成と創薬研究 |
1. |
環状ジペプチド型抗がん剤の創薬研究とケミカルバイオロジー展開
(山崎有理・林 良雄)
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近年,微小管作用薬は新しいクラスの抗がん剤「腫瘍血流遮断剤」としての開発が進んでいる。われわれは,コルヒチン様微小管重合阻害活性を有する天然由来の環状ジペプチド(-)-phenylahistin をリード化合物として,新規抗がん剤の臨床候補化合物plinabulin を開発した。さらに,本化合物の更なる構造活性相関を行うことで,コンブレタスタチンよりも強力な誘導体の開発に成功した。また最近では,プローブ化した誘導体を用いて標的分子に対する結合様式解析も行っている。
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2. |
多価結合型GPCRリガンドの合成と癌細胞イメージングへの応用
(野村 渉・田中智博・相川春夫・玉村啓和)
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GPCR は重要な創薬標的であるが,詳細な分子構造は明らかでない場合が多い。特に,細胞表面での状態の解析は難しい。本研究では二量体化が機能発現に重要であるとされているCXCR4 のリガンドを2価結合型とし,リンカー構造にポリプロリンを用いて細胞膜表面での会合状態の推定を試みた。CXCR4 の発現が亢進している癌細胞のイメージングへの応用について検討した。このリガンドは最適なポリプロリンリンカーの長さで結合活性が最大となり,CXCR4 発現量に応じた細胞イメージングが可能であることが示された。
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3. |
ペプチド性GPCRリガンドの高効率構造活性相関解析研究
(野瀬 健・下東康幸)
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G タンパク質共役受容体(GPCR)を標的とするペプチド創薬(therapeutic peptide drug discovery)においては,リガンド- 受容体の分子認識,相互作用の理解から,より高活性なリガンドの設計,化学合成,受容体アッセイ,構造解析,分子モデリング,そして構造活性相関(SAR)解析のそれぞれを自ら実行できる,理解できることが大切である。また,こうした研究サイクルを統括的に運用する視点が必要である。ここでは,高効率なペプチド創薬活動のガイドラインを概説する。
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4. |
EGFレセプターの構造生物学と二量化阻害を戦略とする阻害薬の創製
(齋藤一樹)
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上皮成長因子(EGF)レセプターは,多くの癌細胞における癌発症に深く関わっているとされてきたが,長い間,その活性化の分子機構は不明であった。筆者らは,世界に先駆けてEGFとレセプター細胞外領域との二量化複合体のX 線結晶構造を解明し,リガンド結合による活性化時に引き起こされるEGF レセプター二量化の機序を明らかにした。この構造生物学研究の成果をきっかけに,EGF レセプターの二量化阻害を標的とする抗がん剤の探索が開始され,レセプターの二量化界面に競合的に結合するペプチドなどが設計されるようになってきている。
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5. |
オピオイド:アゴニスト,アンタゴニストの医薬品開発に向けた戦略
(岡田芳男・津田裕子)
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モルヒネはオピオイド受容体を介して鎮痛効果を現すが,同時に耐性,依存性などの副作用を有している。拮抗薬であるナロキソンやナルトレキソンは逆作用薬の性質を有しているため医薬品として用いる際に副作用を伴うのが現状である。これら副作用のない鎮痛薬やその拮抗薬の開発が進められている。1975 年以降,μ-, δ-, κ- 受容体を介する内因性オピオイドペプチドが次々明らかにされてきた。これらのうちμ- 受容体に非常に強くかつ選択的に結合親和性を示すエンドモルフィン-1,2(EM-1, 2)に着目し,実用可能なアゴニストとアンタゴニストの開発をめざして研究してきたので紹介する。
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クリプタイド:タンパク質に隠された新しい生理活性ペプチド
- その発見と存在意義および効率的スクリーニング -
(向井秀仁・木曽良明)
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タンパク質や生理活性ペプチドの生合成および成熟化ならびに代謝の段階では,同時に多種・多様な断片ペプチドが生じるが,これらペプチドは永らく機能をもたない代謝産物であると考えられてきた。しかし最近われわれは,これらの中に高い生体機能をもつものが存在することを発見し,それらを総称して 「クリプタイド」 と命名した。本稿では,このタンパク質構造に隠された新しい生理活性ペプチド,クリプタイドの発見およびその生体機能について概説するとともに,その効率的スクリーニング法について解説する。
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●索引 |