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内容目次 |
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序章:創薬とナノバイオ技術 (橋田 充・佐治英郎) |
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要旨なし |
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●第1章 ナノバイオ創薬に向けたターゲットの探索と構造解析 |
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創薬標的としてのGタンパク質共役型受容体 - 糖尿病治療標的としての脂肪酸受容体
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(原 貴史・辻本豪三) |
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Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は,7回膜貫通型の特徴的な分子構造を有し,様々な生理学的機能を担う細胞膜上の重要なタンパク質である。種々の疾患とも関連し,臨床で使用される多くの薬剤の標的分子としても知られている。また,生理学的な機能解析とともに特異的な化合物の探索が精力的に行われており,創薬ターゲットとしても注目されている。これまでにわれわれは,リガンドが未知のオーファン受容体に注目し,脂肪酸によって活性化される受容体の同定に至った。本稿では創薬標的としてのGPCRの可能性を脂肪酸受容体の機能解析を例に概説する。
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2. |
新規蛍光標識法を用いた創薬ターゲット膜受容体のイメージング解析
(松崎勝巳・矢野義明) |
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細胞膜受容体を蛍光標識してイメージングする手法は,受容体の内在化や会合(オリゴマー化)などを検出する重要なツールである。生細胞で受容体を特異的に標識するために,蛍光タンパク質が汎用されるが,サイズが大きい,多色ラベルが困難であるなど改善が望まれる点もある。そこで筆者らはコイルドコイルを形成するペプチドペアを用いた新規小分子蛍光標識法(コイルドコイル蛍光ラベル法)を用いて,より優れたイメージング解析法の開発を行っている。このラベル法の原理・利点を概説し,受容体内在化,会合の検出例を示す。
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3. |
トランスポーターの構造生物学的研究とナノバイオ創薬
(加藤博章・中津 亨・山口知宏) |
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トランスポーター,特に多剤排出型ABCトランスポーターは薬物の体内動態,安全性,有効性の主要な決定因子となっているため,抗癌剤に関わる創薬の標的としてのみならず,すべての創薬研究の際に候補化合物との相互作用について把握することが必須である因子として,その構造と機能をナノスケールで理解することが求められる膜タンパク質である。本稿では,最近X線結晶構造解析によって明らかになった多剤排出型ABCトランスポーターの立体構造の特徴とメカニズムについて解説するとともに,今後の課題について述べる。
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4. |
概日リズムの分子機構と創薬
(山口賀章・岡村 均) |
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生体は,主体的な生物時計をもつ。これにより,われわれは生理現象の1日周期のリズム,概日リズムをコントロールしている。概日リズムは全身の個々の細胞が発現する,時計遺伝子の転写と翻訳を介したフィードバックループ機構をもとに生み出される。この全身の細胞時計を調律・統括し,生体としてのリズムを生み出すのはMaster Clockとして知られる脳の視交叉上核である。最近の研究により,生体リズムの異常が睡眠障害のみならず高血圧・循環器疾患,脂肪代謝異常さらには糖尿病など生活習慣病の原因となりうることがわかってきた。時間医学の観点から,これらの病気に対する創薬研究が期待されている。
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●第2章 ナノバイオ創薬におけるシード・リード化合物の創出と展開 |
1. |
ケミカルバイオロジー研究を基盤にした抗癌剤の創出:KSP阻害剤の創出
(竹内智起・大石真也・藤井信孝) |
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キネシンモータータンパク質の一種であるKSP(kinesin spindle protein)は,中心体の分離・移動や紡錘体の形成など細胞分裂において重要な役割を果たしている。KSPの阻害により細胞のM期停止が引き起こされることから,KSP阻害剤はチューブリン阻害剤に代わる副作用の少ない次世代抗癌剤として期待されている。1999年に最初のKSP阻害剤としてmonastrolが発見されて以来,多様な骨格を有するKSP阻害剤が報告されてきた。さらに近年,新規の作用機序を示すKSP阻害剤が発見され,その阻害機構の解明は新しいタイプのKSP阻害剤の創出を可能にすると考えられる。本稿では,現在までに開発された各種KSP阻害剤と筆者らが最近行った縮環インドール骨格を有するKSP阻害剤の開発に関する研究を紹介する。
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2. |
新規創薬リード化合物創製を指向した生合成遺伝子クラスター解析研究
(林 豊・中村拓朗・杉本泰康・掛谷秀昭) |
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天然生物活性物質は,特異で多様な化学構造をもつものが多いことから,これらの生合成酵素群も様々な反応を触媒することが可能である。したがって,生合成酵素の多様性を利用した有用物質の生産,ならびに酵素遺伝子を組み合わせたコンビナトリアル的手法による新規化合物の創製は,学術面・応用面の両面で意義深い研究分野である。このような状況のもと,天然生物活性物質の生合成遺伝子クラスターの詳細な解析研究は極めて重要であり,興味深い反応を触媒する酵素については,速度論的解析やX線結晶構造解析などナノレベルでの解析を行い,その詳細を明らかにすることが必要な研究領域といえる。本稿では,微生物が生産する創薬リード化合物の遺伝子工学的研究の一例として,パクタマイシンの生合成研究と最近の生合成研究などについて紹介する。
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3. |
多環性アルカロイドからの新規抗癌剤シード化合物創製
(塚野千尋・竹本佳司) |
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アルカロイドは顕著な生物活性を示すものが多く,医薬品やそのリード化合物として利用されている。われわれは多環性アルカロイドを抗癌剤シード化合物の開発で有望な構造単位と捉えて,その骨格の効率的合成法を開発した。今回,パラジウム触媒反応を利用したスピロオキシインドール骨格構築法,ヨウ化サマリウムを用いた還元的環化反応によるスピロイミノインドリンの合成法,および酸化度の高いキノリジジン骨格構築法について紹介する。
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4. |
原虫オルガネラの固有環境認識を基盤とした抗マラリア活性物質の創製
(高須清誠) |
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マラリアは熱帯,亜熱帯に広く分布する原虫感染症で,患者,死者の多いことから三大感染症に数えられる。近年では薬剤耐性マラリアの流行や感染危険地域の拡大により世界的な対策が急務となっている。マラリア原虫のミトコンドリアが宿主の正常細胞とは異なる固有の環境を形成していることに着目し,ある種のカチオン化合物はそこに特異的に集積してマラリアの増殖阻害を引き起こすことを筆者らは見出した。本稿では,新規抗マラリア薬候補化合物の創製および作業仮説実証のためのケミカルバイオロジー研究について有機化学・有機合成の視点に立って述べる。
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5. |
薬用植物を基盤とした新規生理活性物質の探索
(伊藤美千穂) |
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主に薫香生薬類やハーブ類の精油とそれらに含まれる芳香成分について,マウスを用いた行動薬理学的手法により,吸入投与による鎮静活性を検討した。芳香成分の中には極微量を
「におい」 として吸気とともに取り入れることで鎮静活性を示すものが見つかった。その活性発現には,化合物による鼻粘膜刺激によるものと,化合物が鼻粘膜および肺などから吸収されて血中に入り,血流にのって体内を巡りながら各所に作用して発現するものの両方が関与していることも明らかとなった。さらに化合物の構造と鎮静活性の相関について若干の知見を得た。
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●第3章 ウイルス,免疫とナノバイオ創薬 |
1. |
HIV膜融合阻害薬の開発と耐性獲得機序の解析
(志村和也・松岡雅雄) |
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エイズはヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染により引き起こされる免疫不全疾患である。HIV発見当時は,エイズ発症後2年以内に約80%が死亡するというまさしく死の病であったが,様々な抗HIV薬の開発により,HIV感染者の死亡率は劇的に低下した。しかしながら,HIVの体内からの完全排除は不可能であり,薬剤の中止は死亡率の増加につながるため,継続的な治療が必須である。また,長期にわたる抗HIV療法は薬剤耐性HIVの出現を招き,治療上の大きな障害となることから,薬剤耐性HIVにも有効な新たな薬剤の開発が必要とされている。本稿では,HIV-宿主細胞間の膜融合を阻害する膜融合阻害薬について,次世代の阻害薬開発ならびに耐性獲得機序について述べる。
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2. |
モノ細胞性HIV抑制因子とその創薬展開
(小柳義夫) |
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ヒトの細胞中にはレトロウイルスに対する抑制因子をもともと保有することが,最近の研究から明らかになってきた。それはシチジン変換酵素であるAPOBEC3Gとウイルス粒子を繋留するtetherinである。これらは哺乳類各種が進化とともに獲得と変異を重ねた分子群であり,その作用メカニズムは基礎生物学においても極めてユニークである。それととともに,エイズ治療法開発への意義としても医学薬学領域では重要である。
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3. |
自然免疫における構造 - 機能相関
(高橋清大) |
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自然免疫はウイルス,バクテリア,真菌などの感染に対する防御機構であり,幅広い種に存在する。自然免疫による防御機構は,異物を迅速かつ特異的に見つけ出すことが必要であり,このために様々なセンサータンパク質が用いられる。本稿においては,自然免疫に関わる2つのセンサータンパク質について例を挙げ,その立体構造と異物の認識機構の相関を説明する。また,センサータンパク質の異物特異的な認識機構を今後の医療や工業へとつなげるアイデアを示した。
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●第4章 ナノバイオ創薬に向けた細胞機能の解析と評価 |
1. |
リン酸化プロテオミクスを用いた分子標的薬プロファイリング
(若林真樹・杉山直幸・石濱 泰) |
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近年の抗癌剤治療では,これまで中心的な役割を果たしてきた化学療法薬に代わって特定の標的分子に対してのみ作用するように設計された分子標的薬が主役を担いつつある。癌化した細胞では特定のタンパク質のリン酸化異常がみられることが多く,キナーゼ関連タンパク質が分子標的創薬の最も大きいターゲットとなっている。したがって,キナーゼとその基質分子を不偏的かつ包括的に俯瞰できるリン酸化プロテオーム解析法は,分子標的創薬を行ううえで非常に強力な手段となりうる。ここ数年の質量分析(MS)技術やリン酸化ペプチド濃縮技術の急速な発展に伴い,リン酸化プロテオミクスは創薬ツールとして実用化可能な段階まで到達しつつある。本稿では,ショットガン法によるリン酸化プロテオミクスについて,定量方法を含めて概説するとともに,これを用いた分子標的薬評価についても紹介する。
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2. |
メンブレントラフィックによる細胞分裂制御機構の解明
(中山和久・加藤洋平) |
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細胞の有糸分裂の際には,複製された染色体DNAだけでなく,ゴルジ体やエンドソームなどのオルガネラも2つの娘細胞に均等に分配される。また,分裂時には細胞のサイズや形状が劇的に変化することから,メンブレントラフィックによる細胞膜への膜の供給や除去が不可欠である。筆者らは,リサイクリングエンドソームが,有糸分裂の際にその細胞内局在をダイナミックに変化させることを明らかにした。さらに,Rab11やArf6などの低分子量GTPaseによる調節を受けて,リサイクリングエンドソームが分裂しつつある娘細胞の間の細胞間橋の切断のための膜供給において重要な役割を果たすことを明らかにした。
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3. |
脂肪組織のエネルギー代謝調節におけるFGF21シグナリングの役割
(小西守周・伊藤信行) |
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脂肪細胞は,様々な内分泌因子を分泌し,肝臓などの代謝調節器官の機能維持に重要な働きをする。肥満症では,脂肪細胞に蓄積された中性脂肪が増加し,脂肪細胞の機能破綻が起こる。その結果,糖代謝や脂質代謝に異常が生じる。分泌因子FGF21は,肥満症や肥満症由来の糖代謝・脂質代謝異常を改善する薬理作用をもつことから創薬研究のターゲットとして注目されている。一方,FGF21は,生理的には薬理作用から期待された肥満症発症や糖代謝調節における役割は確認されておらず,主に遊離脂肪酸の負のフィードバックに関わっていることが明らかになりつつある。
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4. |
局所脳虚血障害に対する神経保護活性物質セロフェンド酸の保護作用
(久米利明) |
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セロフェンド酸はウシ胎仔血清より単離した神経保護物質であり,これまでにin vitro およびin vivo 実験系において神経保護作用を発現することを明らかにしてきた。しかし,全身投与での脳虚血障害に対する作用については明らかになっていない。本研究ではラット中大脳動脈閉塞モデルを用いて,虚血-再灌流障害に対するセロフェンド酸静脈内投与の作用を検討した。セロフェンド酸は用量依存的に虚血側梗塞巣体積を減少させ,神経症状を改善した。セロフェンド酸は全身投与においても脳虚血障害に対する有効性が明らかとなった。
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5. |
脳疾患におけるアストロサイトを標的とした創薬 - 脳内出血に伴う神経機能障害に着目して
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(白川久志・中川貴之・金子周司) |
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アストロサイトはグリア細胞の一種であり,脳内で最も多数を占める細胞でありながら病態生理における役割はほとんど明らかにされてこなかった。一部の中枢神経変性疾患の病態時には,異常形態や異常増殖を伴った 「アストログリオーシス」 が引き起こされ,その変化は一義的には神経保護に働くものの,最終的には神経機能障害を増悪することが示唆されている。本稿では,血中由来因子トロンビンによる細胞内Ca2+動態の変動がアストロサイトの機能発現に重要であることを手がかりにして,脳内出血の病態におけるTRPCサブファミリーの創薬標的としての可能性を探る。
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●第5章 ナノバイオ技術を応用した薬物・細胞動態の制御と評価 |
1. |
生体分子イメージングと創薬・臨床画像診断
(佐治英郎・小野正博・天満 敬・上田真史・木村寛之) |
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生体分子イメージングは,生体での細胞/分子レベルの生理的・生化学的・分子生物学的なプロセス(事象)の空間的・時間的分布をインビボで画像化し,評価する方法であり,医薬品開発,臨床画像診断,さらに広くライフサイエンス研究などへの貢献が期待されている。生体分子イメージングにはいくつもの方法があるが,その中で,PET,SPECTなどの放射線を利用する方法は生体透過性,感度および定量性に優れる特徴をもつ。本稿では,この放射線を利用した生体分子イメージングの基盤となる,標的分子の分布や変化を体外から評価・イメージングできるPET/SPECT分子イメージング用分子プローブの創製とその医薬品開発,臨床画像診断への応用展開に関して,われわれの最近の研究成果を含めながら述べる。
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2. |
核酸ナノデバイスの開発とDDS応用
(西川元也・毛利浩太・高橋有己・高倉喜信) |
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相補的な塩基間の水素結合を介して二本鎖を形成する核酸の特性を巧みに利用することで,直径が数nm程度の核酸構造体(核酸ナノデバイス)を構築することができる。われわれはこれまでに,免疫活性型DNAをナノデバイス化することで,その生理活性が飛躍的に向上することを見出した。また,核酸ナノデバイスを連結することで,抗癌剤や核酸医薬のデリバリーにも利用可能なドラッグデリバリーシステム(DDS)が構築可能であることを示した。本稿ではこれらの結果を中心に,核酸の立体構造制御による核酸医薬の高機能化と核酸DDSについて紹介する。
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3. |
遺伝子治療におけるデリバリー戦略
(Ram Mahato) |
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膵島移植は,Ⅰ型糖尿病に対する有力な治療方法である。しかしながら,膵島細胞がアポトーシスを起こしたり,膵島の血管再生が不十分であるために,膵島移植の応用は限られている。したがって,ヒト血管内皮細胞増殖因子(VEGF)などの増殖因子を,ヒトインターロイキン-1受容体アンタゴニスト(hIL-1Ra)などの抗アポトーシス因子と共発現させることにより,膵島移植による治療効果が改善されると考えられる。しかしながら,膵島への非ウイルス性ベクターを用いた遺伝子導入は困難である。アデノウイルスベクターは免疫刺激を引き起こすものの,膵島に対して高い結合性を有するヒト骨髄幹細胞(hBMSCs)をウイルスベクターの媒体として利用することは可能である。ヒト膵島とAdv-hHGF-hIL-1Raを導入されたhBMSCsを糖尿病モデルマウスに共移植することで,膵島の生存率と機能は顕著に改善した。さらにこの方法は,アデノウイルスと膵島の直接的な接触を回避し,そのため免疫反応を最小限に抑える。本稿では,血管再生を改善し移植片拒絶を最小限に抑える組み合わせ治療法の有効性について,幹細胞と遺伝子治療の進歩と併せて議論する。
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4. |
キャリアと外部エネルギー照射を組み合わせた新規動態制御技術
(橋田 充) |
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薬物の体内動態の精密制御を通じて治療の最適化を図る薬物投与技術であるドラッグデリバリーシステム(DDS)は,遺伝子治療など現在の先端的な医薬品開発において,その実用化の必須条件と考えられている。現在は新しい素材を用いたDDSキャリアの開発に加えて,近年技術の発展が著しい超音波,放射線,磁場,光・レーザーなど,多様な医用エネルギーの応用を融合させた新しい治療法の開発も進められている。本稿では,パーフルオロカーボンガスを内封した糖修飾リポソームと超音波照射を組み合わせた細胞特異的かつ高効率な遺伝子導入法を紹介する。
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5. |
イメージングによる細胞の動態評価と医療応用
(樋口ゆり子・橋田 充) |
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採取した細胞を患者に移植し臓器再生などを行う細胞治療は,難治性疾患に対する新規治療法として期待されている。すでに臨床で心疾患などに対する治療効果が確認されている一方で,細胞の体内動態や治療メカニズムに関しては不明な点が多い。近年,標識法や撮影装置の開発が進み,分子生物学だけでなく医学・薬学研究においてもイメージングが重要な技術となってきた。本稿では,移植細胞の動態評価を目的とした各種イメージング法の特徴を中心に,細胞およびイメージングの医療応用を交えて紹介する。
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●第6章 ナノバイオ創薬におけるMEMS,ロボティクス |
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生体医工学の薬学応用について
(牧川方昭) |
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本稿では,薬学と工学の連携に寄与しそうな3つの生体医工学技術を紹介する。第1は日常生活における生体信号のモニター技術,第2はマイクロ体内ロボット技術,第3は体内コンピュータ技術である。これらの生体医工学技術によって,疾患部への薬物の直接輸送を可能とするなど,薬物治療方法を大きく変革させる可能性があるだけでなく,服薬支援,薬物治療の長期評価方法も大きな変革をもたらす可能性がある。
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2. |
マイクロマシン・MEMSのDDS応用
(小西 聡) |
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マイクロマシン・MEMSは,自動車用センサや情報通信用デバイスといった従来の応用分野のみならず,バイオチップや分析チップなどの生化学分野,そして創薬スクリーニング技術への応用が進んでいる。本稿の主題となるDDSでは,低侵襲なマイクロマシン・MEMSを用いた高効率な薬のターゲティングが期待されている。本稿では,挿入ツール搭載タイプからインプランタブルタイプ,経口タイプなど,これからDDSの分野での活躍が期待されるマイクロマシン・MEMS研究開発の現状について紹介する。
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3. |
低侵襲性を重視した医用ロボティクスと薬物治療
(野方 誠) |
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体内臓器への薬剤注入を低侵襲に行うロボット薬剤搬送システム(robotic drug delivery system:r-DDS)として,体腔内に留置されている体内ロボットを体外から磁場によって自在に移動や回転させて患部まで到達させ,薬剤注入することを目標とした研究を紹介する。r-DDSの腹腔や胸腔内での移動について,実サイズモデルで生体内を移動させ,生体内の環境や内蔵カメラによる撮像状況を調査した内容,移動のための駆動方法とロボットの形状および駆動システム,少量の薬剤を直接患部に投与する薬剤治療機能と体内ロボットへ搭載するための機構について解説する。
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4. |
MEMSデバイスによる核酸デリバリー技術
(清水一憲) |
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近年,新しい医薬品として期待される核酸のデリバリー技術(in vivo 核酸導入法)へのMEMSの応用が進んでいる。本稿ではその現状を解説し,われわれの最新の研究成果であるマウス体内埋め込み式マイクロシステムの開発について紹介する。開発したマイクロシステムは,物理刺激を用いたin vivo 核酸導入法の1つである組織押圧核酸導入法(押圧法)を利用して,マウス腎臓にネイキッド核酸を導入することができる。
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●第7章 ナノバイオサイエンスの将来展望 |
1. |
ナノマテリアルの展開と創薬
(西山伸宏・片岡一則) |
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ナノスケールの運搬体を利用した薬剤デリバリーの目覚ましい発展によって,体内動態や細胞内挙動を精密に制御するための機能やそれらのデリバリープロセスを可視化するイメージング機能が複合的に搭載されたナノデバイスが開発され,耐性癌などの難治癌の治療,siRNAに代表される核酸医薬のデリバリー,非侵襲イメージングによる精密診断などの先端医療への応用が期待されている。本稿では,これらの革新的ナノデバイスの構築に向けたナノマテリアルの設計に関して実例を挙げながら解説したい。
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2. |
ナノテクノロジーを基盤とした代謝系臓器の再生医療開発
(大橋一夫・岡野光夫) |
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肝臓と膵臓は,複雑多岐な機能を発揮するために,疾患の種類も多彩である。肝臓や膵臓を構成する細胞を巧みに用いることができれば,肝・膵疾患に対応する再生医療開発の加速に直結する。われわれは,欠落している肝・膵機能を補う能力を発揮する機能的組織を生体内に構築する再生医療開発に勢力的に取り組んでいる。細胞相互のコミュニケーションを促進するための細胞シート工学,高機能化を目的とした遺伝子導入,そして作製組織と病態の連携を図ることが重要骨子である。疾患に応じた組織を創る,そのような次世代医療をめざしている。
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3. |
細胞を基盤とした新しい医療 - 新たな癌免疫細胞医薬の創製を中心に -
(成松翔伍・岡田直貴・中川晋作) |
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癌を治療するにあたり細胞傷害性T細胞(CTL)を細胞医薬として患者に投与する養子免疫療法は,癌の三大標準療法では治療困難な転移・再発癌に対する次世代治療戦略として注目されてきた。しかし,全身投与したCTLの腫瘍集積性が乏しいために十分な有効性が発揮されず,いまだ臨床応用の実現には至っていない。そこで本稿では,これらの理解のもと,CTLの腫瘍組織へのターゲティング技術の開発に関して,著者らがここ数年取り組んできたCTLの新たな体内動態制御技術を交えながら概説する。さらにCTLに体内動態制御能を付与する際の遺伝子導入法に関する話題にも触れたい。
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4. |
ナノバイオ創薬と医療
(佐々木 均) |
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ナノテクノロジーやバイオテクノロジーの急速な進歩は,drug delivery system(DDS)やバイオ医薬品の開発,医療材料や診断技術において画期的な成果を創出し,トランスレーショナルリサーチや創薬,個別化医療における新たな科学基盤を形成している。しかし,新技術の医療への導入には,橋渡しのための臨床研究が必須であり,大きな障壁となっている。このため世界各国では,創薬や臨床研究のインフラ整備が行われ,規制当局の積極的な支援が進んでいる。医療現場の治療法は日進月歩で進化する。医療現場と開発現場との共通の理解が必要である。
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●索引 |