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内容目次 |
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● 第1章 胚培養と遺伝子導入
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1. |
哺乳類神経管および胎児脳への遺伝子導入法
(高橋将文・佐藤健一・大隅典子)
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大腸菌や浮遊細胞への遺伝子導入などに用いられていた電気穿孔法(エレクトロポレーション法)が鳥類胚への遺伝子導入に用いられるようになって、高等脊椎動物を用いた実験発生学も分子レベルの操作の時代に入った。電気穿孔法の利点は簡便かつ迅速であることと、組織・領域特異的な遺伝子導入が可能であることである。われわれはこの技術を哺乳類胚・胎児の神経管(脳の原基)に応用することを試み、様々なテクニックを開発した。これにより、神経発生の分子機構ならびに遺伝子カスケードの解明を目指している。本節ではⅠ.全胚培養哺乳類胚神経管に対する遺伝子導入法、およびⅡ.超音波ガイド子宮内手術による胎児脳への遺伝子導入法について、その具体的な手順について解説する。
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2. |
ニワトリ胚眼胞への遺伝子導入法 〜エレクトロポレーション法〜
(阪上起世・安田國雄)
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電気穿孔法(エレクトロポレーション法)は、細胞に一過的に強力なパルス電場をかけることによって、細胞膜に穴をあけ、細胞周囲にある物質を細胞質に導入する方法である。この方法は、大腸菌や浮遊培養細胞へのプラスミドDNAの導入や細胞融合に使用されてきた。最近、このエレクトロポレーション法を用いてニワトリ胚へ効率よく遺伝子を導入できることが明らかになり、形態形成における遺伝子機能の解析に利用されるようになった。特に、組織特異的、局所的に遺伝子を導入することによって、特定の胚領域における遺伝子の強制発現や阻害実験が可能となり、個体レベルにおける遺伝子機能の解析の強力な手法として広く利用されつつある。本節では、網膜形成における遺伝子機能の解析を目的とした、ニワトリ胚の眼胞領域に特異的に遺伝子導入するエレクトロポレーション法の具体的な手順について説明する。主たる手順は、【1】遺伝子を導入する領域にプラスミドDNAを微量注入し、【2】その領域を電極で挟んで電場をかけることである。従って、プラスミドDNAの微量注入と電極の位置を工夫することによって、目的の領域にある程度自由に遺伝子を導入することが可能である。
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3. |
ニワトリ胚消化器官への遺伝子導入法 〜エレクトロポレーション法〜
(八杉貞雄・松田佳昌)
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消化器官は動物の生命の維持に必須の臓器であり、その形成機構を明らかにすることは、消化器官の再生医学などとも関連して重要であるが、消化器官は体の中心部にあるために実験的操作が難しく、消化器官形成機構の解明は必ずしも進んでいなかった。しかし近年、主としてニワトリ胚を用い、器官培養法と遺伝子導入法を併用することで、消化器官形成における種々の遺伝子の機能を解析することが可能になった。
ニワトリ胚消化器官への遺伝子導入は、その目的に応じて、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、ウイルス法が用いられる。このうちエレクトロポレーション法は導入効率が比較的高く、ウイルス法と違って特別の卵を必要としないので、応用範囲が広い。特に、消化器官上皮細胞への遺伝子導入には有用である。筆者の研究室では、胃(前胃)の腺形成におけるNotch-Deltaシグナルシステムの機能解析や、胃腺上皮細胞における特異的遺伝子発現の調節に関わる転写因子の同定などに、エレクトロポレーション法を用いている。本稿では、ニワトリ胚からの消化器官(胃)の摘出と、その上皮へのエレクトロポレーション法による遺伝子導入、および器官培養の手法を紹介する。この方法は消化器官以外の多くの器官系にも適用が可能である。
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4. |
トランスジェニックガエル作成法
(田中利明・久保田真・安田國雄・加藤順也)
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アフリカツメガエルは1960年代から実験動物として使用されており、発生過程における情報などが豊富に蓄積されている。また、体外受精、体外発生を行う最も高等な脊椎動物であることから、哺乳類では不可能な発生過程のin vivo での観察・実験が盛んに行われている。さらに、胚体積が大きいことを生かして、生化学的実験材料にも大いに利用されている。このように、アフリカツメガエルは発生研究や細胞周期研究などの研究材料として大きく貢献してきた。近年に至り、AmayaとKrollのトランスジェニックガエル作成法の開発により、個体全体の細胞に外来遺伝子を導入したカエルの作成が可能となった。このトランスジェニックガエルの手法に、GFP等、組織や胚の固定を必要としないレポーター遺伝子を併せて使用することにより、初期発生過程における遺伝子発現の様子を生体を用いて連続的に観察することができる。また、エクソントラップ法を利用することにより、器官・組織特異的遺伝子発現制御機構の網羅的解析も進められており、今後への発展が期待される。さらにXenopus laevis の2倍体近縁種であるXenopus tropicalis の利用によりゲノム解析の道が開け、アフリカツメガエルを用いた実験系は、遺伝学の利用を背景とした新時代をむかえた。本稿では、1999年にAmayaらによって発表された、トランスジェニックカエル作成法を元に、当研究室における実験法を説明した。今後、トランスジェニックガエル作成技術が広く利用されることを望むものである。
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5. |
ニワトリ初期胚(原腸陥入胚)への遺伝子導入
〜改良型Newカルチャーエレクトロポレーション法〜
(嶋村健児)
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原始外胚葉から、中胚葉、内胚葉を生じて三胚葉性の体制をつくる原腸陥入運動は、発生の初期に起こるもっとも重要な過程である。この過程では、細胞のダイナミックな移動が起こるとともに、一連のパターン形成活動の結果、胚の体の位置情報の基礎が決定される。このような機構の分子基盤を理解するためには、任意の発生段階における部位特異的な遺伝子導入実験が必要不可欠である。このため各種のモデル動物において、様々な外来遺伝子の発現操作法が開発されている。
発生初期のニワトリ胚は、各胚葉が重なった平坦な胚が、卵黄の上に浮かんだ形態をとっている。このため、これまでのin ovo エレクトロポレーション法では、卵黄へダメージを与えずに電極をセットすることが困難であった。一方、このようなステージの胚操作を行う場合、Newが考案した全胚培養法(Newカルチャー)が広く用いられている。筆者は、このNewカルチャー法と、専用にデザインした電極を組み合わせることで、原腸陥入期のニワトリ胚にエレクトロポレーション法により遺伝子を導入することに成功した。この方法では、平面上に広がるニワトリ胚の特徴を生かし、任意の位置に電極をセットすることにより、容易に部位特異的に遺伝子導入することが可能である。このような胚は、その後30時間ほど培養することができ、体軸形成、原腸陥入、神経管形成、体節形成といった初期発生の主要なプロセスについて検討することができる。さらに、遺伝子導入した組織を正常胚に移植することにより、長期的な観察も可能である。筆者らは、ガラスリングの代わりに濾紙を使う改変New Culture法を適用する方法を北里大学の船山らと開発した。この方法は、ガラスリングを用いる方法に比べて胚の処置が遙かに簡単であり、また、DNA溶液注入の際に誤って卵黄膜(vitellene membrane)を傷つけてしまった場合でも、胚の発生への影響が少ないという利点がある。以下に、この改良型Newカルチャーエレクトロポレーション法を解説する。
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6. |
三次元培養
(岡 由美子・平井洋平) |
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細胞機能を分子レベルで探るための方法として、ある物質の遺伝子を局所的に導入したり逆に欠損させる試みが近年個体レベルでさかんに行われ、培養細胞を用いた従来の「単純化しすぎた系」では見い出せなかった重要な新知見が次々に明らかにされている。しかし、この場合解析の対象が「完成された個体」であるために系の微妙な制御には限界があり、また、予想外の結果が得られた場合に説得力を持った解釈が導きにくい等の問題がある。本節では、これまで広く行われてきた2次元的な培養細胞を用いた系と時間的、空間的に精巧にプログラムされた個体を用いた系のちょうど中間に位置する「三次元の細胞培養方法」について説明する。具体的には(1)人工的に細胞を再集合させたものの培養法(2)細胞の自己集合体形成能を利用した細胞挙動の解析例ならびに、コラーゲンゲル中での細胞集合体の培養方法について解説する。これらの方法を、従来より行われている培養細胞を用いた系や個体を用いた解析と併用することで、結果の解釈に確実性、説得性を持たせることができると思われる。
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7. |
スライス培養による脳原基のタイムラプス断面視
(齋藤加奈子・川口綾乃・倉持 浩・小川正晴・宮田卓樹)
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発生研究における「実験」や「機構解明」は、確実な「記載」に裏付けられる必要がある。スライス培養法は、理科教材でアリの巣作りの様子がプラスチック板越しに眺められるごとく、脳原基における生きた細胞の形態変化・動きを個別に、しつこく追うことを可能にしてくれる。スライスといえば「ビブラトーム」が頻用されるが、筆者らは,対象とする原基のサイズ・形・柔らかさにあわせたスライス作りを、という観点から「手製微小メス」と「手製シリコンまな板」を用いて、実体顕微鏡下に組織を確実に目視しながら「手切り」している。本稿では、蛍光色素
DiI を用いて細胞ラベルを行った胎性14日目マウス大脳壁の培養例・実績を紹介するが、他の動物、脳領域を対象としての培養や、蛍光蛋白質をレポーターとするエレクトロポレーションとの組み合わせも、もちろん可能である。
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8. |
ES細胞の培養と遺伝子導入
(飯田純子・山中伸弥) |
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胚性幹細胞(ES細胞)を使った遺伝子改変マウス作製は、単純な遺伝子破壊(ノックアウト)に加え、点変異や欠失変異の導入、他の遺伝子のノックイン、コンディショナルノックアウトなどが行われるようになり、遺伝子機能解析における重要性は増加する一方である。本節ではフィーダー細胞としてSNL細胞を用いたES細胞培養法を紹介する。SNL細胞は、マウス胎児線維芽細胞由来の株化細胞であるSTO細胞にネオマイシン耐性遺伝子と白血病阻害因子(LIF )遺伝子を導入したものである。SNL細胞を用いると、高価なリコンビナントLIFを使う必要がなく、またG418によるES細胞選択が可能となる。血清を選ぶこと、ES細胞をオーバーコンフルエントにしないこと、継代時に細胞を完全にバラバラにすること、細胞を均一にまくことの4点に注意すれば、比較的容易に分化全能性を維持することができる。
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9. |
ニワトリ胚体節中胚葉への遺伝子導入法
(仲矢由紀子・高橋淑子) |
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発生途上の動物胚では、それぞれの器官が構築されていく際に、多種多様の遺伝子発現が時間的空間的に制御されていることが知られている。in ovo エレクトロポレーション法によるニワトリ胚への遺伝子導入法は、胚操作法に優れたトリ胚の利点と融合し、脊椎動物の発生を制御する分子機構を理解するための有用な方法として、今から5年ほど前に村松らにより報告された。その後、様々な改良が加えられた結果、管状構造の神経管や閉鎖された組織空間を持つ眼胞内への遺伝子導入は、組織内腔に遺伝子溶液を注入した後、導入したい箇所を電極で挟みパルスを加えることで、より限局した遺伝子導入が可能となってきた。しかしながら、将来の脊椎骨や肋骨などからだの繰り返し構造の基盤となる体節中胚葉のような板状の組織への遺伝子導入は、神経管の場合とは異なり、導入効率が著しく悪く実用化からほど遠かったのが現状である。
私達は、最近、従来のエレクトロポレーション法を基本として、使用する胚の選択や両電極の設置等に工夫を加えることにより、体節中胚葉へ効率よく外来遺伝子を導入することに成功した。本法により、体節中胚葉の分節に関わる遺伝子の解明や、分節後の分化過程に関わる遺伝子の機能解析に応用できるだけでなく、この技術と移植を組み合わせることにより、限局された場所および時間に異所的に遺伝子を発現させることも可能となる(第 Ⅱ 章 2 項で佐藤らが詳しく解説)。従って、本方法は複雑な器官構築を担う遺伝子群の機能解析やプロモーター解析等に応用可能であり、ひいては今後の発生生物学の進展に大いに貢献できる手段となり得ることが期待される。
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●第2章 組織移植と細胞標識
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1. |
ニワトリ-ウズラキメラ作成法
(青山裕彦)
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一つの個体の中に、両親を異にする二つの個体に由来する細胞が共存する場合、これをキメラという。系統や種の異なる個体間でキメラを作成する際、それぞれの細胞が系統・種固有の形態的特徴や特異的抗原を持つものを選べば、キメラ個体の中で、それを構成する細胞がいずれの両親に由来するものであるかを組織標本上で同定することができる。ある組織を異種動物間で移植すれば、その組織が標識されたことになるのである。この細胞標識法には、蛍光色素標識のような生体染色や、一過性に導入された遺伝子の産物による標識にはない利点がある。それは、細胞増殖による標識の希釈がないという点であり、それゆえ胚発生において盛んに増殖する細胞を追跡するのに最適である。ただし、移植実験は、キメラ胚に発生異常を引き起こす様々な要因を含んでいる。従って、キメラ胚を解析する際には、それが実験の本来の結果なのか、副産物なのかを十分見極める必要がある。本稿では、ニワトリ胚に、ウズラ胚より単離した組織を移植してキメラ胚を作る手順を解説する。
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2. |
ニワトリ胚への局所的遺伝子導入法 〜COS細胞と組織移植による方法〜
(佐藤有紀・高橋淑子・利根川あかね)
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発生中の胚に時期特異的かつ局所的に機能タンパクを作用させ、その形態形成に及ぼす影響を間近に観察するという方法は、発生の分子メカニズムを理解する上でもっとも有効なアプローチの一つである。ニワトリ胚は in ovo で操作を施した後、再び発生を継続させることができるため、このような解析法に非常に適したモデル動物といえる。本稿では特に、機能分子をピンポイントで局所的に作用させることにねらいを絞った二種類の方法を紹介する。
Ⅰ.COS細胞を担体としたシグナル分子発現法。
細胞外分泌因子を強産生させたCOS細胞を塊状にしてトリ胚へ移植する方法。胚に作用させる分子を時間、空間、量的に制御することが可能である。
Ⅱ.エレクトロポレーション法により遺伝子導入した組織をさらに移植することにより、異所発現部位を極力限定させる方法。
分泌因子に限らず転写因子、細胞内シグナル伝達因子等様々な機能分子について、エレクトロポレーション法単独よりもさらに詳細に機能解析することが可能である。
われわれはこれらの方法を用いて、特に体節形成について研究を行っている。第 I 章 9項の仲矢らの稿の体節へのエレクトロポレーション法も合わせて参照していただきたい。
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3. |
ニワトリ網膜視蓋投射解析法
(小柴和子・竹内 純・小椋利彦)
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ニワトリは発生が卵殻内で進むため外科的操作を行いやすく、また頭部に占める眼の割合いが大きい等の理由により、古くから眼の発生システムの解析に用いられてきた。ニワトリの視覚中枢は視蓋で、Ⅰ. 網膜視蓋投射の解析には網膜側から軸索を標識する方法(anterograde)と Ⅱ. 視蓋側から標識する方法(retorograde)の両方が行われている。通常これらの方法では脂溶性の蛍光色素である DiI を軸索の標識に用いている。DiI を用いた軸索の標識は特別な機材を要せず、固定した標本においても可能である等、汎用性の高いものである。しかしその一方で、血管系の発達した胚の眼や視蓋を扱うため、操作の途中で死んでしまう場合も多い。また発生初期に外来遺伝子の導入や移植実験を行った後に軸索の標識を行う時には、数回にわたる卵殻の開け閉めを伴い死亡率もそれだけ高くなってしまう。われわれはその点を克服する方法としてレトロウイルスを用いたanterogradeの解析法を開発した。アルカリフォスファターゼ(AP)またはLac-Zの遺伝子をRCASレトロウイルスベクターに組み込み、ウイルス非感染卵にエレクトロポレーション法で網膜の目的の部位に導入する。するとエレクトロポレーションで遺伝子が導入された細胞でのみAPやLac-Zを恒常的に発現するようになるので、視蓋投射が完了した時点で胚を取り出し染色すると、遺伝子導入された部位からの視神経軸索の走行を観察することができる。この方法は発生初期に遺伝子導入を行うため、胚に対する損傷をほとんど与えずに行うことができ、様々な胚操作と同時に組み合わせて行うことも可能である。
本節においては従来行われてきた DiI による標識法を紹介するとともに Ⅲ. エレクトロポレーション法を用いた方法についても述べて行きたい。
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神経堤と神経系の標識法 〜ニワトリ胚を用いた実験〜
(倉谷 滋・村上安則)
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なぜ標識するのか
「○○細胞のマーカー」という言い方の起源は、おそらくモノクローナル抗体が発生学に頻繁に用いられるようになってからだろうが、現在では「特定の遺伝子発現」を指すことが多い。顕微鏡下に見ている細胞やニューロンが、どのような履歴を持つものなのか、誰しも気になるところである。しかし、本来「マーカーとして」発現している遺伝子などはない。特定の細胞系譜にのみ比較的固定的、特異的に発現している遺伝子であっても、それは特定の機能に付随し、研究者に何かを教えるためではない。事実、多くの「マーカー遺伝子」は、特定の発生文脈や発生段階に依存し、その発現は必ずしも永続的ではない。そのようなわけで手堅いデータの獲得のためには、細胞標識が必要になる。ここでは、ニワトリ胚神経堤を中心にして細胞の標識法のいくつかについて解説する。神経堤は脊椎動物を特徴付ける組織であり、実験発生学のうちでも、最も理解が進んでいるものの一つである。それにはこの組織へのアクセスのしやすさが関わっている。同時に、神経堤細胞には多様な発生現象が知られているだけに、まだ多くの問題が残っている。いわば、神経堤の実験発生学は、入門であると同時に到達目標でもある。移植、標識を手段とする実験は、多かれ少なかれクローン解析というかたちで結果を得る。これは実験発生学の基礎である。さらに最近では、遺伝子の発現解析や、異所的な遺伝子の強制発現、あるいは局所的遺伝子発現の抑制を介し、極めて高度な発生学実験を組むことも可能になった。
実験の方針
細胞標識にはいくつかの戦略がある。一つは、ニワトリ・ウズラキメラ法のように、他種の動物の組織と交換移植をするもので、扱う動物種が近縁であるほど、本来の発生過程をよく反映すると期待できる。しかも、これはウズラ細胞のヘテロクロマチンの凝集を利用したジェネティックなものであるから、マーカーの劣化や希釈がない。ただし、組織や分化段階によっては、この凝集の度合いの差が判然としない場合もある。
今ひとつは細胞に何らかの標識を加えるものである。それが遺伝子であれ、カーボン粒子や色素であれ、人工的に加えたマーカーはすべてこれに属する。トリチウムチミジンを用いたオートラジオグラフィも(核の中を標識するとはいえ)同様である。既に述べたように、細胞増殖に伴い物理的に与えたマーカーは希釈される。もちろん、それによる問題の深刻さは、マーカー分子の性質に依存する。一方で、レトロウィルスを用いたラベリングは、細胞の系譜を見事に示してくれることがあるとはいえ、その制御は必ずしも容易ではない。目的の場所を正確に標識でき、解像度や輝度が高いため、物理的標識として最近よく用いられるのが、脂溶性の蛍光色素、1,1-dioctadecyl-3,3,3',3'-tetramethylindocarbocyanine perchlorate、略して DiI (ダイアイと発音;Molecular Probes社, Eugene, OR, USA)である。これには、微小組織に吸着させる場合と、細胞内に注入する場合がある。本稿では、微小組織に注入する方法を紹介する。この方法は、例えばニワトリ胚の移動前の神経堤に標識することによって、そこに由来する神経堤細胞の移動経路や分布を示すことができるほか、特定の微細構造やそこへ赴く神経の断端に取り込ませることで、神経細胞の位置や形態なども知ることもできる。Molecular Probes社はほかにも異なった波長の励起光を持つ DiO (3,3'-dioctadecyloxacarbocyanine perchlorate (DiOC18(3), #D-275))を販売しており、複数同時に用いれば二重標識を行うときなどに便利である。
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アフリカツメガエル視神経のHRP標識
(中川真一)
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視神経は軸索の伸長および再生の研究のモデルシステムとして広く使われている。なかんずくアフリカツメガエルの網膜−視蓋投射の系は古典的な微小手術が容易なことから様々な移植実験の対象となり、多くの知見が得られてきた。さらに近年はトランスジェニックやリポフェクションなどの技術を用い領域特異的に遺伝子を発現することも可能になってきた。いずれにしても重要なのは、そのような実験的な操作を加えた後に、視神経がどのように投射しているかを可視化することである。これまでに様々なラベル法が行われているが、本稿においては、視神経のほぼすべてを標識することのできるHRPラベル法について述べる。なお、神経細胞のラベルは細胞種、動物種によって至適条件が大きく異なり、ここに述べた方法が他の種にそのまま使えるとは限らないこと、また他の種でうまくいく方法が必ずしもカエルに応用できないことを強調しておきたい。
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アフリカツメガエル胚へのmRNA顕微注入とその応用
(石橋祥子・安田國雄)
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アフリカツメガエルは、簡単なホルモン注射によって多くの卵を得られ、卵は大きく扱いやすいという利点から、発生学では重要な実験動物である。特に、受精卵へのmRNAのマイクロインジェクションによって、胚全体、あるいは一部に特定の遺伝子を発現させることができる。移植実験では、ドナー胚をあらかじめインジェクションによってマーキングすることにより、移植片を識別することができる。また、アニマルキャップを切り取りRT-PCRを組み合わせることによって、インジェクションした遺伝子の標的遺伝子の解析が可能である。しかしながらmRNAは注入と同時にタンパク質への翻訳が開始されるため、発現させる時期をコントロールすることができない。プロモーターによって制御されるプラスミドDNAのインジェクションでは、MBT後に発現することになるが、モザイクになるという欠点がある。近年ではアンチセンスオリゴやモルフォリノオリゴのインジェクションによって特定の遺伝子機能を欠失させる実験も可能である。本節では、人工受精とインジェクションの具体的な手順とその応用例について解説する。
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7. |
イモリの水晶体再生と網膜再生 〜現象を成立させる顕微鏡外科手術法〜
(江口吾朗)
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実体顕微鏡下で小さな動物胚の特定領域を除去したり、交換移植したりする顕微外科手術法は、古典的な発生研究の主要な実験手段であった。遺伝子の機能に立脚して展開されている今日の発生や再生の研究にあっても、微細な胚や組織・器官に外科的な操作を施すことがしばしば必要となる。ここでは、イモリの水晶体および網膜神経層(以下網膜と略記する)の再生を例示する。イモリについて、(Ⅰ)虹彩色素上皮からの水晶体の再生過程を解析するための水晶体全摘出法、(Ⅱ)網膜色素上皮からの網膜の再生の様式を研究するための水晶体と網膜の同時全摘出手術法を説明する。眼の発生過程は脊椎動物について普遍的であり、他の脊椎動物の眼もイモリと同様な過程を経て形成される。また、脊椎動物の眼の色素上皮細胞は普遍的に水晶体細胞と網膜神経細胞に分化転換することが実証されている。従って、対象とする動物種に応じていくらかの改良を加えさえすれば、ここで説明する方法をイモリ以外の様々な動物種に応用することは十分可能である。
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8. |
イモリの網膜再生 〜眼の中で見る再生と組織培養で見るニューロン分化〜
(荒木正介・満田早苗・奥 知美)
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有尾両生類には高い器官再生能が備わっている。眼では失われたレンズや網膜が再生することはよく知られており、長い研究の歴史がある。網膜は形態的・機能的に脳と同じ中枢神経組織であり、網膜再生は脳の再生のモデルとしても大きな意味を持つ。しかし、その長い研究の歴史と現象の重要性の割には再生の細胞・分子メカニズムはほとんどわかっていない。同じ両生類のカエルでは、一般に幼生では再生するが、成体になると再生しない。また、鳥類の初期胚では特殊な環境下でだけ再生する。このような異なる種で網膜再生を比較することによって再生に対する理解もより深まるが、そのためには同じ条件で比較する必要がある。本節では、イモリを使った、色素上皮からの網膜再生の研究でわれわれが行っている、Ⅰ. 眼の中での網膜再生(in vivo )と Ⅱ. 器官培養下での再生(in vitro )の二つの実験モデルについて、それぞれの具体的な手順を述べる。ポイントとなるのは、(1)イモリの網膜を外科的に除去し、(2)手術をしたイモリの眼から経時的にサンプルをとる、(3)色素上皮を器官培養する、(4)網膜の再生を確認すること、である。
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コオロギの脚再生
(田中義久・井上淑子・三戸太郎・野地澄晴)
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不完全変態昆虫の幼虫の脚は切断されても再生することが知られており、古くから研究されている。特に、1930年代からゴキブリの幼虫を用いた研究がヨーロッパで行われ、位置情報の概念を導入した再生のインターカレションモデルや極座標モデルが提案され、再生生物学の重要なモデルとして研究されてきた。しかし、このような研究は1980年代になると次第に研究者が減少し、現在ではほんのわずかの研究者が細々と研究を継続している状況である。われわれはこれまで研究されてきた昆虫の脚の再生現象を分子レベルで解明したいと考え、新たにコオロギをモデル昆虫として選び、脚の発生・再生の研究を行っている。コオロギは、ペットショップで購入可能な昆虫で、容易に入手でき、また飼育も簡単なので、よい研究材料であり、またよい教材にもなる。ここでは、脚の再生実験法を紹介する。
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●索引 |