はじめに |
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「がんに罹りやすいという遺伝的な特徴」,「遺伝性疾患としてのがん」について突きつめて考える |
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平沢 晃 |
がんの約1割は遺伝因子が原因となる遺伝性腫瘍であるといわれている。がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会報告書(平成29年)は,がんゲノム医療を「がん患者の腫瘍部および正常部のゲノム情報を用いて治療の最適化・予後予測・発症予防をおこなう医療(未発症者も対象とすることがある。またゲノム以外のマルチオミックス情報も含める)」と定めている。遺伝性腫瘍の原因遺伝子を知ることはがん予防・がん死低減や治療法選択に有用となり,遺伝性腫瘍はがんゲノム医療実装化の代表選手といえる。
本書は遺伝性腫瘍についてこれから学習や研修を始める方から専門家まで,また医学的知識から社会的課題までを一冊で理解しやすい形でまとめたものである。遺伝性腫瘍は多種にわたり,各論で扱うことができる疾患は限られるため,わが国においてガイドライン・指針類が整備されているものを中心に示した。さらに遺伝情報を各人が理解し,利活用ができる社会について考えるべく,倫理的・法的・社会的課題(ELSI)などの最新の話題にも触れ,各団体の人材育成と認定制度・連絡会議,情報サイトなどについても紹介している。
私ががんゲノム研究を始めた2000年,新年会で産婦人科学教室の大先輩から,「平沢君,『卵とがんは同じ』なんだよ」と話しかけられた。当時の私は「生殖細胞もがん細胞も共に同じようにゲノム,エピゲノムの変化が起こる。生殖細胞系列変異も体細胞変異も共通の技術で検出できる,ということなのだろう」と解釈していた。ところが近年,国策として難病もがんも共に全ゲノム解析が推進され,ゲノム情報の解釈,ゲノム医療に関する情報提供体制や医療人材の育成においても,境界がうすれてきている。
遺伝情報は本人のものであるが本人だけのものではなく,血縁者や地域,そして人類で共有している。本書をもとに,遺伝性疾患やがん診療にかかわる医療者が,「がんに罹りやすいという遺伝的な特徴」,「遺伝性疾患としてのがん」について突きつめて考えることで,安心できる遺伝医療,がん医療を推進していく契機となることを願う。
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