社会のインフラとしてのコホート研究

田原康玄
静岡社会健康医学大学院大学社会健康医学研究科

 国民の健康を守るためには,わが国における健康課題を描出し,その背景に潜むリスク因子をつぶさに把握する必要がある。また,国民の特徴は時代とともに変化し続けるため,わが国のどこかで常に最新のコホートが走っていることが,社会から求められる様々な医学・社会医学に関する要請に応える必要条件である。この点において,コホートは電気やガス,水道と同じ社会のインフラといえる。
 コホート研究から,ノーベル賞を受賞するような華々しい成果が見出されることは期待しにくいが,疾病予防を通じて多くの人々の健康と長寿命化に貢献してきたことに疑う余地はない。例えば,かつて日本人の死因の大半を占めていた脳卒中が激減したことが,日本人の平均寿命が大きく延伸した要因であるが,以前は疾患とすら認識されていなかった高血圧が脳卒中の最大のリスク因子であることや,減塩によって高血圧を予防できることなどがコホート研究から見出されたことが,脳卒中予防と平均寿命の延伸に大きく貢献した。
 このようなマクロなリスク因子が明らかになるにつれ,個々人の体質に応じた予防や治療にも目が向けられるようになり,1990年代後半から地域住民コホートにおいてゲノム解析が盛んに行われるようになった。当初は研究者が既存の情報に基づいて選別した遺伝子と遺伝子多型について少数例で検討していたためバイアスの影響が大きく,一致した見解は得られにくかった。その後,遺伝子解析技術が進歩し,事前仮説に依らず網羅的に遺伝子多型を解析するゲノムワイド関連解析(GWAS)が一般化したことで,様々な疾患の遺伝因子が高い確度で同定されるようになった。今やGWASは安価かつ簡便に実施できる技術となったが,まだ手探りに近かった時代に世界で最初のGWASの論文がわが国から発表されたことはあまり知られていない。
 ヒトゲノムの情報は,臨床情報のような揺らぎがない。また,0/1で記述できるため計算機との相性も良いことから,世界の様々なコホートのゲノム情報を統合したメタ解析も盛んに行われ,数十万人規模の研究もありふれたものとなった。多くの疾患感受性遺伝子が見出された反面,その情報だけで説明できる疾患背景には限りがあることもわかり,現在ではDNAメチル化の解析,メタボロームやプロテオーム解析へと発展的に展開している。この特集号では,ゲノム解析研究を支え牽引してきたわが国のコホートから,それぞれの特色や研究成果,将来展望について寄稿していただいた。読み通していただくことで,ゲノムコホート研究の世界的な流れや将来の方向性を垣間見ていただけると思う。この特集号がコホート研究やゲノム解析に興味をもつ端緒となり,その一翼を担う研究者が増えるきっかけとなることを切に希望している。