non-coding RNAの機能と疾患

福田 篤1)・斉藤典子2)
                1)東海大学医学部 医学科 基礎医学系 分子生命科学
                2)がん研究会 がん研究所 がん生物部

 ヒトゲノム計画の完了は,生命科学研究に大きな転換点をもたらした。当初予想された数よりもはるかに少ないタンパク質コード遺伝子しか存在しない一方で,ゲノムの76〜97%が転写されているという事実は,生命科学研究者に新たな課題を提示した。2000年代以降,次世代シーケンサーの普及とともに,FANTOMやENCODEプロジェクトなどの国際コンソーシアムによる研究が行われ,トランスクリプトームやエピゲノムが決定された。その結果,膨大な数のノンコーディングRNA(non-coding RNA:ncRNA)が網羅的に同定され,その多様性と機能的重要性が次第に浮かび上がってきた。今日では,ncRNAはゲノム機能の理解や疾患研究に不可欠な要素として認識されている。
 長鎖ノンコーディングRNA(long non-coding RNA:lncRNA)は,その代表的な存在である。これらは転写制御,エピジェネティクス修飾,スプライシング調節,RNA輸送や安定性の制御など,多層的な仕組みを通じて細胞機能を調整する。さらに,発生過程における細胞運命決定や分化制御に深く関与することが明らかとなり,がんや神経発達症などの病態形成にも直結することが報告されている。ヒト特異的なlncRNAが生殖や発生に特有の影響を及ぼすことも示されつつあり,進化的観点からも注目を集めている。
 一方,小分子RNAの研究も急速に進展している。マイクロRNA(microRNA:miRNA)は,転写後制御の主要因子として幅広い標的遺伝子を調節し,腫瘍形成や代謝異常など多様な疾患に関与することが示されている。生殖系列に特異的に発現するPIWI相互作用RNA(piRNA)は,トランスポゾンの抑制を介してゲノムの安定性を維持する中心的役割を果たし,不妊症や発生異常との関連性が明らかになりつつある。さらに,種特異的な小型ncRNA群も存在し,トランスクリプトームの恒常性を保つだけでなく,人工的に利用することで遺伝子発現制御ツールとしての応用可能性も示されている。
 ncRNAは,制御分子としての機能のみならず,細胞内構造の「構築因子」としての役割も担う。核内構造体の形成を担うncRNAの代表例としてNEAT1が挙げられ,相分離を介してパラスペックルの形成を主導し,ストレス応答やがん細胞の生存戦略を支えることが知られている。このように,ncRNAは動的な分子ネットワークを超えて,細胞内の空間秩序や物理的基盤を形づくる存在として理解されるようになってきた。
高解像度なトランスクリプトーム解析を可能にする技術的な進展もncRNA研究の飛躍に寄与している。近年開発されたRNA?クロマチン相互作用解析法は,イントロン由来RNAやエンハンサーRNAを含む膨大なncRNA群がクロマチン構造と密接に関わることを明らかにした。これにより,従来は「転写の副産物」と見なされてきたncRNAが,遺伝子発現ネットワークやエピジェネティクス制御の中心的因子であることが次第に明らかになっている。網羅的解析と機能実証研究の相乗効果は,今後の疾患研究や治療標的探索に大きな可能性を開くと期待される。
 こうした研究の流れを受け,本特集号では多様な視点からncRNAの役割と意義を取り上げている。がんや精神疾患を含む疾患研究においては,lncRNAやmiRNAを介した分子機序の解明と臨床応用の可能性が議論されている(吉田/大畑/斉藤,鈴木/近藤,清田/尾上/鈴木,黒田の項)。生殖医学や発生生物学では,ヒト特異的ncRNAやpiRNAが生殖能力や胚発生に及ぼす影響が新たな知見として提示される(泉/福田,草野/岡本,村野/岩崎の項)。さらに,RNA?クロマチン相互作用解析(加藤/Carninci)や核内構造形成(梅崎/山崎/廣瀬),pre-mRNAスプライシング制御(野村/中川の項)に関わるncRNA研究は,細胞核のダイナミクス理解を深化させるとともに,新しい疾患概念の提唱にもつながりつつある。本特集で扱われる各テーマは一見多様に見えるが,共通して「ncRNAが生命現象の根幹を支える分子である」という認識に収斂している。
 総じて,ncRNA研究は基礎生物学から臨床応用に至るまで広範な分野を横断する学際領域として発展している。今後,ncRNAの機能解明は,がん,神経疾患,不妊症,発達異常など多様な病態の理解を一層深化させるとともに,治療法開発の新たな突破口を開くことが期待される。本特集がその最前線を展望し,読者に新しい視座を提供する一助となることを願う。