心臓血管疾患の遺伝学的検査と遺伝カウンセリング
〜2024年改訂日本循環器学会/日本心臓病学会/
日本小児循環器学会合同ガイドライン発表に寄せて〜

稲垣夏子
1)・今井 靖2)・古庄知己3)
        1)東京医科大学 循環器内科学分野 教授
        2)自治医科大学医学部 薬理学講座 臨床薬理学部門 教授
        3)信州大学医学部 遺伝医学教室 教授

 初版が2006年に刊行され,2011年に改訂版が発刊された「心臓血管疾患における遺伝学的検査と遺伝カウンセリングに関するガイドライン」の2回目の改訂版が2024年3月に発表されました。国際的には2010年代以降急速に普及した次世代シークエンスを軸に遺伝子解析技術が飛躍的な進化を遂げ,遺伝情報を活用した先制医療は,発端者だけでなく血縁者にも対象が広がるまでに進展しました。国内的にも心臓血管疾患を含む多くの遺伝学的検査およびそれに付随する遺伝カウンセリングが保険収載されました。2024年改訂のガイドラインはこうした背景を踏まえ,小児・成人循環器領域の専門家,臨床遺伝の専門家が検討を重ね,誕生したものです。
本特集号では,本ガイドラインのエッセンスをお届けします。総論では,冒頭でガイドライン策定の座長を務めた今井が改訂の趣旨を記した後,新たな時代の心臓血管疾患の遺伝医療のあるべき姿について,心筋症を中心とした心臓血管疾患の専門家であり臨床遺伝専門医として遺伝子医療部門を率いている稲垣が示します。心臓血管疾患の遺伝カウンセリングに長年取り組んできた日本認定遺伝カウンセラー協会の西垣昌和理事長が心臓血管疾患の遺伝カウンセリングを,国内最高水準の心臓血管疾患領域のクリニカルシークエンスを実現させた山口智美博士が遺伝学的検査の体制を解説します。最後に,日本小児循環器学会の山岸敬幸理事長が心臓血管疾患領域の遺伝医療の展望を示します。
各論は各疾患領域において国内を代表する専門家が執筆します。心筋症の臨床・基礎研究で世界的研究成果を発信し続けている野村征太郎博士が遺伝性心筋症を,厚生科研難治性疾患政策研究事業を通じて遺伝性QT延長症候群とその類縁疾患の全国調査を展開する相庭武司博士が遺伝性不整脈を,筋拘縮型エーラス・ダンロス症候群を発見し日本EDS研究会会頭として臨床・基礎研究に取り組んできた古庄が遺伝性結合組織疾患を解説します。さらに,常染色体潜性遺伝性高コレステロール血症を世界に先駆けて発見,病態を解明し,脂質代謝異常の臨床・基礎研究および治療法開発で日本を牽引してきた斯波真理子博士が家族性高コレステロール血症を,遺伝情報を活用した肺動脈性肺高血圧症の管理を推進してきた片岡雅晴博士が肺動脈性肺高血圧症を解説します。
本ガイドラインの究極の目標は,遺伝情報を活用したエビデンスに基づく健康管理を小児期から実施し,遺伝性心臓血管疾患により命を落とす人をゼロにすることです。そのためには,あらゆる遺伝学的検査が保険収載され,全国の心臓血管疾患診療施設で実施できるようにすることが必要です。また,遺伝情報の繊細さや曖昧さ(浸透率の不完全さを含め)を責任を持って扱い,さらに発端者や血縁者を心理社会的に支え続ける遺伝カウンセリング体制の充実も不可欠です。本特集号がこうした目標に向けて皆で協力するきっかけとなれば幸いです。