現代のゲノム科学は,ゲノムだけでなく,エピゲノム,トランスクリプトーム,プロテオーム,メタボロームなど,様々なレイヤーのオミックス解析技術の発展に伴って,生命の本質により迫ることができるようになりました。一方で,これらのオミックスデータは膨大であり,また個々のレイヤーの解析によって得られる情報は限定的です。そのため,これらのデータをいかに効率よく統合し,相互に関連づけることができるかが鍵となります。
統合オミックス解析は,異なるオミックス・レイヤーを統合することで,生物の分子レベルでの機能をより包括的に理解することを目的としています。本特集号では,著名な研究者や専門家からの貴重な寄稿により,その最先端の手法と実際の研究成果を網羅することで,この分野に興味のある読者や,実際に統合オミックス解析を行っている研究者に向けて実践的なガイダンスを提供します。
本特集号では,まずこの全く新しい分野を俯瞰し,専門家だけでなくオミックス解析への初心者や関心をもっている読者にも有益な情報を提供することを目指します(永江先生)。次に解析手法編では,最新のオミックス解析手法の紹介として,すべての統合オミックス解析の基礎となるゲノムの多様性について,近年めざましい発展を遂げているロングリードシークエンス技術を用いた新たな変異の検出手法について紹介していただきます(藤本先生)。続いて,遺伝子発現やメチレーション度合いなどの分子レベルの形質とゲノムの多様性との関連(molecular
quantitative trait locus:molQTL)を用いた疾患関連領域の詳細な解析を行う手法について紹介していただきます(金井先生)。近年,異なるオミックス・レイヤーを統合する際に深層学習やAI技術を用いてデータの複雑性と非線形性を効果的に集約することが一般的になってきましたが,深層生成モデルによる細胞間相互作用を同定する手法についても紹介していただきます(島村・小嶋先生)。一方,組織における細胞の組成や空間的発現パターンを知るために空間トランスクリプトーム解析が頻繁に行われるようになってきましたが,配列解析技術としてロングリード技術を用いることで,これまでのショートリード技術ではわからなかったスプライシング変異やcDNA上の多型を明らかにすることが可能であることを紹介していただきます〔藤井・善光・鈴木(穣)・関・鈴木(絢)先生〕。
さらに応用解析編では,実際の統合オミックス解析結果として,エピゲノム,トランスクリプトーム,そして空間トランスクリプトーム解析を組み合わせることでヒトの心臓組織における細胞微小環境と細胞間相互作用を明らかにした結果について紹介していただきます(金丸先生)。依然として多くの人が現在進行形でその驚異にさらされているCOVID-19に関しては,実際の患者の末梢血から得られた単一RNA解析の結果から,重症度に関わる細胞種を特定し自然免疫応答との関連について報告していただきます(白井・枝廣・熊ノ郷・岡田先生)。自己免疫疾患の発症予想において,トランスクリプトームとT細胞受容体の多様性を同時に解析し,発症リスクと自己反応性T細胞の関係を紹介していただきます(石垣先生)。腫瘍組織における細胞微小環境は,がん細胞の増殖や発展・転移などに深く関わっており,空間トランスクリプトーム解析によって細胞間の相互作用や空間構造の理解が,がんの本質を理解し有効な治療法の開発につながることを紹介していただきます(河村・石川先生)。最後に,悪性腫瘍の中で最も劇的に生命予後が改善されてきた小児白血病の病態解明に一細胞解析技術を含む統合オミックス解析技術を用いることで,疾患分類と病態解明の解像度を飛躍的に向上させた結果について紹介していただきます(磯部・滝田先生)。
このように,本特集号は世界の統合オミックス解析の現状について幅広く紹介しており,生命科学・医学・生物学の研究者・専門家のみならず,統合オミックス解析への初心者や関心をもっている読者にも有益な情報であると考えています。今後,さらに高度で質の高い統合オミックス解析が実践され,生物の分子レベルでの機能が次々と明らかになり,それが医療や創薬につながることを祈って,巻頭のご挨拶にかえさせていただきます。
|