環境の影響とその遺伝・DOHaD

秦 健一郎
群馬大学大学院医学系研究科 分子細胞生物学 / 国立成育医療研究センター研究所

 環境の影響,特に食べ物や腸内細菌叢が健康に与える影響は,古くから認識されていた。その一方で,解析手法の限界もあり簡単に手をつけられない研究分野であったが,近年の技術革新も相まって大変興味深い研究成果が多数報告されつつある。本特集号では,新進気鋭の,あるいは著名な先駆的研究成果で知られる研究者の皆様に原稿をお寄せいただいた。
 まずは疫学的な議論(森崎)を元に,実際にヒトで観察される環境負荷とエピゲノム変化相関(鹿嶋・河合),環境相互作用と生理的な発達・分化(篠藤・本田・上野),食餌による代謝表現型変化の世代間伝播(森田・堀居・畑田),配偶子を介した獲得性の形質遺伝(酒井),環境と神経発生分化・脳発達への影響(金・川口),モデル系を用いた精密なDOHaD作用機序の解析(藤田・小幡),母子相互作用における腸内細菌の役割(宮本・木村)と,多彩な観点から,現時点での本研究分野の大局をつかんでいただけると思う。
 ヒトを対象にした研究では,祖父母や親世代の過去の生活歴収集が困難であり,どうしても母子相関の研究が主流となってしまう。また先進国では,飢餓や特定物質に高濃度曝露した集団というのがそもそも滅多に存在しない。逆に分子生物学・分子遺伝学的研究では,特に哺乳類では,雌の配偶子を介した次世代への影響を調べるのは難しい。実際にヒトに存在する「祖父母や両親世代の環境の影響による変化とその遺伝」の分子メカニズムを厳密に検証するために,本特集で俯瞰した知見を基にした,真の変化を注意深く証明する研究の発展が期待される。さらにその先には,実際に先制医療に役立てられるバイオマーカー探索や,治療法(好ましくない変化の修正法)の開発が控えている。
 「環境負荷が遺伝子発現を変化させ,それが除去された後も,影響を与え続ける」という生命現象はもちろん,DOHaDだけにとどまるものではない。分野を超えて,読者諸氏の今後の研究のお役に立てば幸いである。