序文
 

 現在,様々な医学領域で遺伝子レベルの研究が進み,あらゆる医療の場で遺伝情報が利用されるようになっている。遺伝情報は通常の臨床情報とは異なる側面,すなわち生涯変化せず将来の健康状態を予測できることがあり,また血縁者も共有している可能性のある情報であることから,遺伝情報を医療の場で利用する際には特別な注意が必要であることが広く認識されるようになってきた。
 2004 年に制定された厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」には「遺伝情報を診療に活用する場合の取扱い」の項が設けられ,「医療機関等が,遺伝学的検査を行う場合には,臨床遺伝学の専門的知識を持つ者により,遺伝カウンセリングを実施するなど,本人及び家族等の心理社会的支援を行う必要がある」と記載されている。
 厚労省のガイドラインにも記載されているとおり,遺伝情報を医療の場で利用するためには適切な遺伝カウンセリングの実施が必要であるが,「遺伝カウンセリングとは何か」について,わが国においてはまだ共通の認識は得られていない状況にある。
 日本人類遺伝学会と日本遺伝カウンセリング学会は協同して,医師を対象とした「臨床遺伝専門医制度」と非医師を対象とした「認定遺伝カウンセラー制度」により遺伝カウンセリングの担い手を養成してきた。
 臨床遺伝専門医は,基本領域の学会の専門医を取得後,3 年間研修施設で臨床遺伝に関係した診療・研修を行うことにより受験資格が得られ,認定試験に合格して資格を認定される。一方,認定遺伝カウンセラーは,全国に現在9 つ存在する認定遺伝カウンセラー養成課程を有する大学院修士課程を修了して初めて認定試験の受験資格が得られる。これらの認定遺伝カウンセラー養成課程においては,欧米の遺伝カウンセラー教育と同様,最低2 年間認定遺伝カウンセラー制度委員会が定めたカリキュラムに則って,遺伝カウンセリングについての講義・実習・研修がなされ,遺伝カウンセリングの基礎から臨床応用までの十分な教育を行っている。2005 年から認定試験が開始され,2010 年度末現在,104 名の認定遺伝カウンセラーが認定を受け,様々な分野で活動を開始している。
 この度,メディカルドウ社より,遺伝子医学MOOK の特集号として,遺伝カウンセリングに関係したものを企画してほしいとの依頼をいただいた。従来,遺伝カウンセリングに関係した書籍は,臨床遺伝専門医を中心とする医師が執筆することが多かったが,本書においては,わが国の認定遺伝カウンセラー養成課程で遺伝カウンセリングについて学び,認定遺伝カウンセラー資格を得た方,ならびに認定遺伝カウンセラー養成に関係している教育者を中心に執筆を依頼することとした。
 山内泰子氏を中心に,安藤記子氏,河村理恵氏,四元淳子氏の 4 名の認定遺伝カウンセラーの方々に編集協力者になっていただき,完成したのが本書である。遺伝カウンセリングの流れに沿う形で,「総論」「基礎編」「応用編」「資料編」の 4 部に分けて,原則として見開き 2 ページで記載されている。遺伝カウンセリングの基礎を学ぶための教科書としても,また遺伝カウンセリングを実施する際の手引き書としても大変わかりやすく,すぐに役立つ書籍であると確信している。
 本書が遺伝カウンセリングに関係する多くの方々に利用され,わが国の遺伝カウンセリングの向上に役立てていただくことを願うとともに,本書の出版に根気強く御尽力いただいたメディカルドゥの関係者各位に深甚なる謝意を表したい。

編集者  福嶋義光
信州大学医学部遺伝医学・予防医学講座 教授
(日本人類遺伝学会理事,日本遺伝カウンセリング学会理事長,
日本遺伝子診療学会理事長,全国遺伝子医療部門連絡会議理事長