
初めに心臓ありき,終わりに心臓ありき.
そして,ドラマに鼓動は高鳴る.
三浦 直行
浜松医科大学医学部生化学第二講座 教授
心臓は脊椎動物の個体形成において形成され機能する最初の器官である.胎生期の心臓
は外層の筋肉(心筋)層と内層の内皮(心内膜)層を持つ自発的に収縮する血管として始
まる.心筋細胞や心内膜細胞はいずれも中脳−後脳境界の近くにある両側の中胚葉細胞に
由来する.循環ができ始めるやいなや,これらの細胞は中央部に移動し直線状の原始心筒
が形成される.この簡単な心筒が複雑な形態形成ステップを経て屈曲したいくつかの房室
に分画された心臓となり,弁を完成させ,全身に血流を日夜送ることになる.一方,大動
脈血管は中胚葉以外に,心臓神経堤よりの寄与を受けていることが特徴である.全出産児 の約1%,流死産児の約10%に心大血管の先天性奇形が発生している.
また,個体の最終段階である死を決定する重要要素は心臓である.心臓の病気としては,
先天性奇形の他に,心拍動のリズムの異常である不整脈,心筋層が増殖あるいは拡張する
心筋症,種々の病態に反応して起こる心肥大,そして心筋梗塞などの疾患がある.これら
の病気の原因解明は精力的になされてきたが,先天性奇形,不整脈,心筋症,心肥大につ
いて,過去には現象を記載するにとどまっていることが多かった.先天性大動脈奇形,先
天性小血管疾患についても状況は同じであった.しかし,近年の分子遺伝学の進歩により
ヒト遺伝性疾患をポジショナルにクローニングできるようになり,多くの疾患の原因遺伝
子が明らかにされるようになった.また,心臓特異的に発現している遺伝子やファミリー
を形成する遺伝子が単離され,そのノックアウトマウスが心血管病の症状を呈することが
示されたことから,逆にその遺伝子の異常を患者で検索して見い出す例も増えてきている.
そして,まもなくヒト全ゲノムの塩基配列が決定される.DiGeorge症候群に欠失としてよ
く見られる22q11領域の全塩基配列は1999年末に決定されている.ゲノム全遺伝子の情報
と大きな染色体部位欠損を作る発生工学的技術の開発により,ごく最近DiGeorge症候群の
モデルマウスがまず作製されたことから急展開が始まり,多彩な症状を呈するDiGeorge
症候群の原因遺伝子解明のドラマは最終章に入った感がある.
このように,これからの心血管病の分子機構の解明は,患者の分子遺伝学,ヒトゲノム
情報,発生工学的手法に基づいたモデルマウス,の3本柱に支えられ,急速に進むことが
期待される.また,発症分子機構の解明は,従来の薬剤や外科的治療に加え,遺伝子治療
による病態制御および根本治療,心臓移植に代わる細胞移植,先天性奇形に対する予防医
学などの新しい治療法を生むことが強く期待できる.
本特集では,心臓,大血管,小血管の形成とその病気に関わることが最近明らかになっ
てきている遺伝子について,最先端の研究を行っている方々に執筆をお願いした.内容に
ついてオーバーラップもあるが,各執筆者の個性あふれる情熱を嗅ぎ取っていただければ
幸いである.本特集に啓発され,日本のこの分野の研究者が増え,日本のサイエンスが世
界に確固たる位置を維持できるようになれば編者としてこれ以上の喜びはない.
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