発刊によせて
  

 
医薬分業率は60%に及び, 薬学6年制がスタートしました。薬局や病院を取りまく環境はめまぐるしく変わっています。日本薬剤師会の学術大会においても2009年度の滋賀大会より一般演題に査読(審査)が入るようになりました。私は, この学術大会で査読審査委員会の副委員長を勤めさせていただきました。査読に際して, 過去3年分の日本薬剤師会の学術大会の要旨集を精査し, かつ他の学会の要旨集なども読み比べました。日本薬剤師会の学術大会は, 保険薬剤師の発表が多いのが特徴です。テーマ領域は多岐にわたり, また他の学会ではあまり扱っていないテーマも多くあり, たいへん貴重な場であることを再認識しました。その一方で, あまりにも学術大会の要旨としては不十分なものが目立つことに気づきました。
 薬局などの臨床現場にいる薬剤師は, 薬学部を卒業しており, 4年次には研究室に配属され 卒業論文を書くことになっています。つまり, 一度は研究活動を行い, 論文を書いているはずです。にもかかわらず,一般演題の発表の要旨集は, 目的が不明, 方法の記載がない, 結果か考察か不明瞭など, 不備があまりにも多いのです。これはとりもなおさず, 研究手法に慣れていないことの現れと言えるでしょう。過去の大会で何度も名前が出てくる方ですら, こうした基本的なことができていないことに正直驚きの念と大きな焦りを隠せませんでした。早急に何らかの手を打たなくては 査読を通過できる発表演題が少なくなってしまうからです。そこで, 第42回大会では形式面を整えることにより, 少なくとも何をしたかわかるように整えなくてはと考え,抄録投稿ガイドラインを制定しました。これには一定の効果はあり, 全体の平均的なレベルを上げることには成功しました。ただそれでも, 一次査読で採用するべきではないとされたものは,約20%にのぼりました。また採用してもよいと判断されたものの, 何らかのコメントが付いたものがこの他に20%ほどありました。あわせて約40%あまり, つまり半分近くには,何らかの問題があると査読委員の先生方から指摘されていたのです。第42回大会の査読は試行という位置づけもあり, 最終的にはさらに精査し約10%が不採用という結果でした。今後どうなっていくかはわかりませんが, このことは本格的に査読を入れると, この2〜3倍近くが不採用になってしまう可能性があるということです。そして残念ながら, これが今の薬剤師の現実でもあります。
 しかし, 私は個人的には個々の内容はこの数字ほどひどいものではないと考えています。過去3年間に実際の発表を聞いた私の経験でも, おもしろい視点やしっかりした活動内容の発表は多くありました。それが文章や言葉になるとうまく表現できていないという印象がするのです。つまり一言で言うと荒削りなのです。このギャップは, 素養として薬剤師には十分研究能力はあるのに, テーマの決め方や研究の進め方やまとめ方, 発表の手順や文章の書き方といった基本的なスキルが足らないのではないかというのが査読を終えての率直な感想です。
 さて書店へ足を運べば若手の研究者向けの本がたくさん並んでします。調査モデルの構築方法や, 統計解析の方法などの解説書は多くありますが, しばらく研究から離れていた薬剤師が手に取るにはニーズマッチしていないものが多いというのが私の印象です。そこで本書は, あくまで薬剤師の視点に立った研究発表の手引書をめざしました。
 知識とは, 情報を知っていること, それを活用できること, そして探究できることの3段階だと言われています。専門職としての薬剤師にはこの3段階目の知識レベルが否応なく求められます。薬学6年制になった今, 世間の薬剤師を見る目は「薬剤師は医師と同じ」です。彼らと比較したときに, 現在のところ薬剤師の学会発表や論文投稿数は少ないと言わざるを得ません。現場の薬剤師としては早急にこうしたことに取り組む必要があります。日本薬剤師会の学術大会も第42回滋賀大会をターニングポイントとして, 本格的な学会化をめざしています。本書を手にした臨床現場の薬剤師の中から, 全国へ研究結果を発信して, やがては世界的な成果が生まれることを心から願って発刊の言葉としたいと思います。

横井正之