「私の生命倫理学ノート」発行にあたって

 ゲノム医療など「先端医学の時代」に入って、現代医学の現場では、医療従事者の倫理的な判断能力がきわめて重視されるようになりました。洋の東西を問わず、人間の倫理行動は人間の本質を理解する目的で多くの哲学者により研究されてきました。倫理観は個人の人格の一部です。集団に共通な基本的倫理観は倫理規範と呼ばれ、倫理規範をもとに社会のルール(法律)が作られてきました。集団が異なれば倫理規範は異なります。しかし、倫理観があまりに異なると友達にはなれません。現代は世界のグローバル化を背景に「倫理規範の国際化」に向かっています。また、医療現場でも先端医療の発達を背景に国民の倫理観は変貌の時代を迎えています。
 本書は現代生命論を背景にした人間の「倫理行動発生仮説」を提唱したうえで、医療現場での利用を目標に、原理原則主義に基づく「実践的な倫理分析技法」を解説しました。哲学的な議論に慣れていない医療従事者にも容易に理解していただくことをめざしました。医療従事者と一口にいっても職種の違いで倫理観は微妙に異なることがあります。医療メンバー一人ひとりの倫理観が異なっていることを前提に、一定の理論と原則に基づく議論を行い、「患者中心の医療」に向けてチームとして一定の結論を導くための技術を学んでいただきたいと思います。
 著者は医学・看護系学生や遺伝カウンセラーをめざす学生を相手に複数の大学で長年にわたって生命倫理学を講義してきました。本書の分析事例の多くは著者自身が臨床遺伝活動の中で実体験した事例を教材にしています。成功例や失敗例など、読者と共に共感しながら学習していくというスタイルをとっています。
 生命倫理学の勉強をされている医療系学生だけでなく、生命倫理に関わる医療分野に従事されている医師・看護師・遺伝カウンセラーその他の医療従事者の皆さんの座右の書としてご利用いただければ幸いです。
 もちろん生命倫理学は医療の独占分野ではありません。現時点でわが国では500を超える倫理審査委員会が組織されていますが、委員会には法律家や一般市民の参加も義務づけられています。従来の哲学的な議論だけではなく、現代生命論を背景とした生命倫理学の思想について、一般の方々からもご批判を仰ぎたいと思っています。
千代豪昭