はじめに再生医療とはどのようなものか?


 切れたイモリのしっぽが自然に新しくはえる現象(再生現象)をヒトで誘導し,治療に役立てようとする一連の試みが,再生医療である。その基本アイデアは,自然治癒力を高めて病気を治す医療である。自然治癒力の基となるのは,細胞のもつ増殖(成長して数が増えること),分化(成熟して特定の生物機能をもつこと)の能力(細胞力)である。この細胞力を高め(細胞を元気にし),自然治癒力を促すことで傷害されたり失われたりした生体組織を再生修復させることである。体に本来備わっている自己の自然治癒力を高め,病気を治すことができれば,体にやさしい理想的な治療法となる。この治療法の考え方は,これまでにも期待されてはきたが,近年,体が治るための細胞の働きが少しずつわかりかけたことから治療が現実になってきた。再生医療には,病気を治す患者のための再生治療と次世代の再生治療を科学的に支える再生研究がある。再生治療は細胞力を高めることによる自然治癒力治療である。再生研究は細胞力を調べる細胞研究と細胞力を高めるための薬を研究開発する創薬研究の2つからなる。
 この再生医療が現実味を帯びてきた背景に,2つの研究分野の進歩があることを忘れてはならない。1つ目の研究分野は,再生現象に関わる細胞の基礎生物医学研究(以前には再生医学と呼ばれていた,再生研究と呼ぶべきものである)である。再生医療の実現には,細胞の増殖と分化能力とは何か,それらをどのように高めるのか,その仕組みはどのようになっているのか,細胞力をコントロールしている周辺環境とはどのようなものか,細胞と細胞周辺環境との相互作用はどうなっているのか,その相互作用が細胞力にどのように関係しているか,などを調べることが重要である。現在,細胞研究の進歩によって,種々の能力の高い細胞が入手可能となってきている。胚性幹(embryonic stem:ES)細胞や人工多能性幹(induced pluripotent stem:iPS)細胞などは,細胞の中で能力の高いことで知られている。2つ目の研究分野が細胞を元気づける医工連携融合領域(医工学)としての組織工学(tissue engineering)である。組織工学ではバイオマテリアル(生体材料)を活用する。バイオマテリアルとは,体内で用いる,あるいは細胞やタンパク質や核酸などの生体成分および細菌・ウイルスなどと触れて用いるマテリアル(材料)である。組織工学の1つの考え方は,このバイオマテリアルを用いることによって,細胞の増殖と分化を促すための細胞の局所周辺環境を作り与えることである。バイオマテリアルにより体内に近い細胞周辺環境がデザインできれば,細胞をより体内に近い状態で調べることが可能となり,細胞の基礎研究(再生研究)がより進歩することは疑いない。現在の生物医学研究で行われているポリスチレンというプラスチックからなるシャーレを用いた細胞培養法では,細胞の機能を調べたり,その機能を最大限に発揮させたりすることにはおのずから限界がある。なぜなら,体はプラスチックでできているのではない。現在の細胞研究の環境は人工的であり,体内での本当の細胞の性質を調べることは極めて難しい。細胞の生存とその生物機能発現に,細胞とその局所周辺環境との相互作用が不可欠であることが知られている。加えて,現時点における細胞の機能と働きについて限られた基礎的知見と材料技術では,能力の高い細胞が利用可能となったとしても,その細胞力をより詳しく調べることも,またそれを最大限に発揮させることも必ずしもできていない。そのため, 組織工学技術を活用して細胞研究をさらに進歩させ,その知見をもとに細胞力を高めることによってのみ,自然治癒力を介した再生治療は実現される。
 前述のように,再生医療は再生研究(細胞研究と創薬研究)と再生治療からなる。この両者に共通することは細胞の増殖分化能力(細胞力)をコントロールあるいは高めることである。細胞力を体内で高めることで治療は可能となり,体外で高めコントロールすることで再生研究は進歩する。次世代のバイオマテリアル学である組織工学の発展によって,より大きく再生研究は展開されることは疑いない。また,その知見によって元気な細胞を得ることも可能になり,再生治療効果もより向上するであろう。
               
田畑泰彦