序文
   

 
心の世紀といわれる21世紀も数年が経過した。昨今のわが国の現状はあらゆる分野で改革が進み,社会が新しい局面を迎えつつある。
 人々は新しい状況に適応していかなければならず,多様化した価値観のなかで,自らのアイデンティティを確立する必要に迫られている。このような変化についていけず不適応状態に陥り,心身の健康障害を起こしている人々も多い。
 メンタルヘルスは,職場,学校,家庭を含むすべての領域で重要な課題となっている。メンタルヘルスが不全に陥る時には,メンタルストレスが関連し,様々な身体症状を発現させ,身体疾患を発症させる。身体疾患のなかで,その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し,器質的ないし機能的障害が認められる病態を「心身症」というが,心身症は独立した疾患ではなく,身体疾患のなかで心身相関の病態が認められる場合をいう。
 昨今の各科外来には,軽症の抑うつや不安,さらに心身症の患者が多数受診しているという現実がある。これらの人々は,各領域での諸検査や標準的な治療でもなかなか軽快せず多彩な愁訴が持続する。
 本書は身体科の医師や精神科,心療内科の医師が日常臨床で直面することの多いストレスの関与する疾病に焦点を当て,その病態から,薬物による治療までを解説したものである。精神症状が,薬物による治療で軽快したり寛解することに懐疑的な臨床医も多い。しかしながら,適正に処方された抗うつ薬,抗不安薬,睡眠薬が,積年の愁訴や症状を短期間に消退させ,患者のQOLの向上に寄与した経験を持つ臨床医もまた存在する。
 本書の記載に際しては,まず使用頻度の高い抗不安薬,睡眠薬,抗うつ薬,抗痴呆薬などの薬理学的特徴から,その選択,用法用量を解説した。そして,各科臨床で遭遇することの多い疾病につき病態を述べ,実際の処方例を呈示し,その効果を述べている。
 厚生労働省と日本医師会は,かかりつけ医の制度をさらに推進させようとしている。このことは,心の問題をかかえた人々に,専門の如何を問わず対応することが求められていることを意味している。
 臨床医が,患者の病態と薬物の特性を勘案し,より安全で,より適正で,より効率的な薬剤選択や適正使用の参考のために本書がいささかでも寄与できれば幸いである。
 なお,巻末には向精神薬,抗痴呆薬の一覧を記載した。折にふれて,その効能効果のみならず,使用上の注意,副作用,禁忌,警告,薬物相互作用にも御配慮願いたい。
 
昭和大学医学部精神科 教授 上島 国利