推薦のことば
夫 律子
クリフム夫律子マタニティクリニック臨床胎児医学研究所院長

 2006年6月に胎児診断専門施設として香川県丸亀市にオープンしたクリフムは、2007年11月、大阪市天王寺区上本町にその地を移し、胎児診断・胎児診療カウンセリング・コーディネートを行う施設として生まれ変わりました。私は産婦人科医になって毎日、胎児の不思議に触れながら、ご両親からも多くのことを学んできました。「胎児医療の目標は病気を診断することだけではない。発育を正しく評価することで赤ちゃんを元気に産んでもらうこと」という信念を持っています。もちろん、診断結果により胎児の命が左右されることもあり、ご夫婦やご家族の人生にも影響する責任の重い仕事です。夫婦と真剣に向き合い、そして、ご夫婦が胎児と正面から向き合えるようにサポートすること。そして、いのちの不思議をご家族とともに共感し、ともに涙が流せるスタイルの診療が「クリフム」のコンセプトの真髄だと考えています。
 千代豪昭先生との初めての出会いは2012年の秋でした。一緒にうどん屋さんでうどんをすすりながら、私の胎児診療に対する想いを、先生が熱心に聞いてくださったのが昨日のことのようです。2013年の4月にはチームクリフムに参画してくださることになりました。
 それまで構築されてこられたカウンセリング理論が臨床現場で本当に役立つものか、毎日の遺伝カウンセリングの実践で検証してみたいとのことでした。「通常の遺伝カウンセリングは遺伝学の理論と疾患の理解を基本にして大体のパターンが決まっているのだが、クリフムでは、胎児から得られる多彩なエビデンスと家族の想いに個別にカウンセリングを組み立てねばならない」とおっしゃり、一人ひとりのご夫婦のカウンセリングに情熱を傾けてくださっています。最初の話では「お手伝いするとしても、週2回くらいかな」とおっしゃっていましたが、クリフム診療日すべてご出勤してくださることになり、「こんなに仕事するの、僕の人生で初めて!」と言いながらとても楽しそうに診療されています。
 クリフムでは従来から行っていた羊水検査に加えて、2009年から始めた絨毛検査も2018年現在ではすでに11,000件を超えました。絨毛検査・羊水検査では当日あるいは翌日にQF-PCR結果がわかり、2〜3週間後に染色体検査結果を報告します。場合により、さらにマイクロアレイ検査に進む場合もあります。千代先生は年間1500〜1700例もの検査結果の告知とカウンセリングを担当してくださるのですが、元気な先生はカウンセリングを行う部屋から部屋への移動はほとんど駆け足です。ついでに言いますと、ご自宅で朝から得意の弓を引き、集中力を高めた状態でご出勤されるそうで、エレベータを待つ間も「うさぎ跳び」と、まるでアスリートのような生活です。大変失礼ですが、ご年齢とのギャップが大きすぎて私には理解不能です。私が意地になって言い張ることも笑顔で聞いてくださり「なるほど」と受け取ってくださる柔軟さにいつも助けられています。
 
 もともと小学校時代からメンデル遺伝に始まり遺伝学が大好きだった私でしたが、千代先生の影響を受け、また昨今の分子遺伝学の急速な進歩に伴い、香港のThe Chinese University of Hong Kong(CUHK)の大学院(Master of Science in Medical Genetics)で遺伝学を学ぶことにしました。日本の臨床遺伝専門医の資格を取得しただけでは、まだまだ勉強が足りないと思ったからです。CUHK大学院は、医師や検査機関で仕事をしている専門家が対象で、2年間にわたって米国のBaylor College of Medicineと、 CUHKの教授陣の講義を受けました。試験・研究レポート・研究プロジェクト作成と、クリフムの仕事に加えて海外での講演や教育活動を多く抱える私にとっては、隔月の香港・大阪間の往復は厳しいものでした。
 私は誰にも相談せずに大学院に入学したのですが、大学院に通っていることを漏らした途端、千代先生は「それはすごい! 素晴らしいことですよ」と褒めてくださいました。ちょっと照れましたが、千代先生は我が娘のことのように喜んでくださいました。
 「レジェンド」千代先生が、ある日、「簡単な小冊子を作りたい」とおっしゃられたのが本書です。最初はご講演内容を簡単にまとめるというお話でしたが、どんどんとページ数が増えていきました。千代先生の話される1言1句がそのまま伝わってくる本書に多くの方が共感されるのではと思います。もともとは福祉ボランティアリーダーをめざす若い方を対象とした講演内容だったとのことですが、医師や看護師、遺伝カウンセラーはもちろん、周産期医療に携わる技師やスタッフにも是非、読んでいただきたいと思います。

クリフムにて