序文
 

 近年,遺伝子組換えや細胞融合などのバイオテクノロジーの進展とともに,従来の低分子性医薬品に代わり高分子薬物を医薬品として利用する場合が増加しており,その代表例としてペプチド・タンパク性医薬品が知られている。これらペプチドおよびタンパク性医薬品は現在,臨床上,筋肉内投与や皮下投与などの注射剤として用いられているが,注射は患者に痛みを伴い,また大腿四頭筋拘縮症ならびにアレルギーやアナフィラキシーなどの重篤な副作用を発現する危険性がある。したがって,患者のQOL の向上を考慮すると,注射に代わる投与形態として,これら医薬品の経口ならびに経粘膜投与形態の開発が期待される。しかしながら,ペプチドおよびタンパク性医薬品を経口投与した場合の吸収性は注射に比べると極めて低いことが知られている。このことは,これら医薬品が経口投与後,消化管内の消化酵素やタンパク分解酵素により速やかに分解を受け極めて不安定なことや,高い水溶性を有し高分子であるため消化管粘膜を透過しにくいことに起因すると考えられている。
 また近年,ヒトゲノムの全塩基配列の解読が終了し,ポストゲノムの新時代の幕開けを迎えており,今後,遺伝子がコードする多くの新たなタンパク質が発見され,その立体構造や機能が明らかになるものと思われる。しかしながら,これら新規ペプチドやタンパク質の機能が明らかになったとしても,実際に医薬品として薬理効果を発現させ臨床応用を可能にするためには,やはりこれらペプチドやタンパク質の生体内挙動を明らかにし,これら薬物を標的部位に送達させることが不可欠である。したがって,ペプチドやタンパク性医薬品の消化管を含めた低い膜透過性改善や投与部位での安定性の改善は,これら医薬品の臨床応用に際し極めて重要な課題である。
 こうした背景から,ペプチド・タンパク性医薬品の経口投与後の吸収率を改善するため,現在までに種々の方法が試みられている。これらの方法を大別すると,@吸収促進剤,タンパク分解酵素阻害剤の製剤添加物の利用,A薬物の分子構造修飾,B薬物の剤形修飾などに分類できる。また,最近では経口投与や注射による投与に代わるこれら医薬品の新しい投与経路として,鼻腔,口腔,肺,直腸,経皮などを利用して薬物を投与し,吸収を改善する試みもなされている。さらに,ペプチド・タンパク性医薬品が投与部位から吸収された後の生体内動態を制御し,標的部位に特異的に送達することも,これら医薬品の薬理作用を発現させ副作用を軽減するうえで極めて重要である。
 本書では,こうした観点から,この分野において第一線で御活躍されている先生方にペプチド・タンパク性医薬品の新規DDS 製剤の開発と応用について最新の知見を含めて御執筆をお願いした。第1章では,吸収促進剤やタンパク分解酵素阻害剤などの製剤添加物を利用したペプチド・タンパク性医薬品の消化管吸収性の改善について数名の先生方に解説をいただいた。ペプチド・タンパク性医薬品の消化管吸収性を改善するために利用される製剤添加物には様々なものがあるが,本章では一酸化窒素(NO)供与体,ポリアミン,キトサンオリゴマー,polyamidoamine(PAMAM)デンドリマー,膜透過ペプチド,クローディンモデュレーターなどの各種新規吸収促進剤やタンパク分解酵素阻害剤などを用いた例を紹介する。また最近では,これら添加物を2種類以上同時に併用した際にペプチド・タンパク性医薬品の消化管吸収性がさらに改善された例がみられることから,こうしたアプローチについても紹介する。また第2章では,化学修飾によるペプチド・タンパク性医薬品の消化管吸収性の改善について解説するが,本章では薬物の脂肪酸修飾,薬物のプロドラッグ修飾,グルコースおよびペプチドトランスポーターを利用するための薬物の糖修飾やジペプチド化などについて紹介する。また,最近注目されている塩基性ペプチドであり膜透過ペプチドの代表例であるオリゴアルギニン修飾による薬物の細胞内透過性の改善についても触れる。次に第3章では,各種剤形を用いたペプチド・タンパク性医薬品の消化管吸収性の改善について解説するが,本章では剤形としてポリマーコーティングリポソーム,ナノパーティクル,S/O エマルションおよびキトサンカプセルなどを用いた例を紹介する。さらに第4 章では,経口投与に代わる投与形態である各種粘膜投与経路からのペプチド・タンパク性医薬品の吸収改善について解説するが,本章では経鼻,経肺,直腸,経皮などの各種粘膜投与経路からのペプチド・タンパク性医薬品の吸収改善の例について触れる。また経皮投与においては,最近新しい経皮吸収改善方法として注目されているマイクロニードルを用いた例も紹介する。最後に第5 章では,ペプチド・タンパク性医薬品をはじめとする高分子物質の注射投与後の体内動態制御ならびに標的指向化について紹介するが,具体的にはハイドロゲル,膜融合性リポソーム,ナノ粒子などの剤形修飾や PEG 化などによる化学修飾によるこれら高分子物質の体内動態制御や標的指向化について解説する。  
 以上のように,本書は,ペプチド・タンパク性医薬品の投与部位からの吸収,その後の体内動態制御ならびに標的指向制御の方法をすべて網羅した内容になっているので,今後これら医薬品の投与形態や体内動態を研究する研究者にとって大いに役立つ内容を含んでいると考えられる。したがって,製薬企業においてペプチド・タンパク性医薬品,バイオ医薬品ならびに抗体医薬品などを扱っている製剤・DDS ならびに動態部門に所属している研究者,大学においてこれら医薬品の体内動態やDDS について研究をしている研究者には,是非,本書を参考にしていただきたいと思う。また,ペプチド・タンパク性医薬品,バイオ医薬品ならびに抗体医薬品の合成や生理活性について研究している研究者にとっても,やはり最終的にはこれら医薬品をどのような経路からどのように投与して薬理効果を発現させるかは極めて重要であることから,これらペプチド・タンパク性医薬品,バイオ医薬品ならびに抗体医薬品などの合成・探索ならびに薬理部門に所属する研究者にも一読をお勧めしたいと思う。
 最後に,御多忙中にもかかわりませず,本書の執筆に御快諾いただきました各執筆者の先生方にこの場を借りて厚く御礼申し上げる。

京都薬科大学薬剤学分野 教授 山本 昌