序文
   

 
ドラッグデリバリーシステム(drug delivery system:DDS)とは,何らかの作用をもつ物質(一般にはdrugと呼ばれる)と材料を組み合わせ, その物質の動きを精密にコントロールすることによって, 物質を作用部位に望ましい濃度で, 望ましい時間パターンで選択的に送り込み(delivery), その結果として, 最高の生物効果を得ることを目的としたdrugのdeliveryに関する技術・方法論(system)である。
 読者の皆さんの中には, いまだにdrug=治療薬, だからDDS=薬による治療効果を高めるための技術・方法論と考えている方々も多いのではないであろうか。本書を編集した目的の1つ目は, この先入観をなくしていただければということである。drugとは ,治療薬以外の予防薬, 診断薬はもちろんのこと, 化粧品, 染料, 生物医学研究で用いる遺伝子, タンパク質などの試薬などあらゆる物質のことである。その最終目的が何であれ, その効能・効果を高める技術・方法論がDDSである。まず, このような感覚をもって本書を読んでいただきたい。
 本書は, DDSを投薬治療の基盤となる技術体系として位置づけたこれまでの本とは趣が異なる。その理由は, DDSがdrugの生物効果を最大限に発揮させることをめざしているあらゆる研究分野に適用できるからである。そのため, 薬学だけではなく, 基礎医歯学, 生物学, 臨床医歯学, 工学, 理学などの複数の異なる学術分野が有機的に融合することが必要不可欠である。そこで, 異なる専門バックグランドをもち, それぞれの項目について精力的に研究を進め, その領域に詳しい方々に執筆をお願いしている。
 これまでにも, DDSに関する多くの書み物が出版されているが, DDSを「マテリアル」という観点から捉えたものはない。一方, ナノレベルの大きさをもつ物質を扱うナノ研究領域の近年の進歩は目覚しい。このナノレベルでの物資サイズの制御技術が, DDS研究には不可欠であり, また今後, より重要となっていくことは疑いない。そこで, 現時点において「マテリアル」という言葉をキーワードとして, ナノDDSの全体像をまとめてみることも大切ではないかと考えた。これが本書を編集したもう1つの動機である。
 本書は, マテリアルの種類によって, 有機高分子, 有機低分子, 金属, セラミックス, およびウイルスの5章からなっている。各章では, 各マテリアルの性質や総称, 慣用名ごとにまとめられている。いずれの項目に対しても, それぞれの分野・領域における現在の世界的研究動向, 日本の位置づけ, 執筆者の最新の研究成果やその関連事項, 臨床応用への実際やその可能性, 将来展望, 今後の方向性や課題などについて簡潔に述べられているはずである。
 本書が, ナノDDSと種々の研究領域との接点の理解, ナノDDSに利用されている, あるいはされるであろうマテリアルの整理, また研究されているマテリアルの新しい応用分野の発掘, さらには読者とのナノDDSと関わりの新たな発見などに少しでも役立つことを願ってやまない。最後に,本書の趣旨を理解し, 貴重な時間を割いてご執筆いただいた諸氏に心よりお礼を申し上げる。
 
京都大学再生医科学研究所教授 田畑泰彦