第3章 RNA研究から臨床へ
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RNAi創薬と世界の動向(概論)
(竹田英樹)
バイオ医薬品は,世界の医薬品市場の1割を超え,新薬の約3割を占める。RNAi医薬はまだ発売されたものはないが,抗体医薬に続くバイオ医薬品として期待されている。核酸医薬は,核酸を利用して多様な機能をもつ機能性分子を創出できることが明らかになってきたことから,癌,関節リウマチ,アトピー性皮膚炎,眼科疾患など局所的疾患への幅広い応用が期待されている。21世紀は個の医療と言われており,核酸医薬は多品種少量生産にも向いていることから,それを代表する医薬品の1つになるであろうと予測されている。…… |
2. |
神経変性疾患に対するsiRNA創薬
(横田隆徳)
遺伝性神経変性疾患において,その変異遺伝子自体をshort interfering RNA(siRNA)で治療するといった,究極の遺伝子治療をめざした基礎研究が進行している。さらに,孤発性神経変性疾患においても,その機序の解明に伴い,判明したキーとなる分子をターゲットとしたsiRNAによる治療戦略も始まった。……
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3. |
悪性腫瘍に対するsiRNA療法
(芦原英司・前川 平)
siRNA(short interfering RNA)は特定のmRNAのみに対し生物活性を発揮するため選択性が高く,医薬品としての開発が期待されている。標的分子としては,増殖・転移・浸潤など癌の進展に重要な分子を標的として選択することが肝要で,また癌に対する治療,なかでも進行期癌に対する治療の要求に応えるためには適切なドラッグデリバリーシステム(DDS)の開発が重要な意味をもつ。……
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4. |
RecQヘリカーゼを標的とするsiRNA創薬
(二見和伸・古市泰宏)
ヒトRecQ型ヘリカーゼはゲノム安定化に重要な働きを示すことが知られている。特に癌細胞では発現が亢進しており,その活発な増殖活動の必須な基盤となっていることが示唆されている。そこで,ヒト癌細胞のRecQL1ヘリカーゼ発現をsiRNAを用いて抑制したところ,細胞死誘導を伴う著しい増殖抑制が観察された。……
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5. |
microRNAを利用した癌診断
(秋山好光・橋本 裕・湯浅保仁)
microRNA(miRNA)の発現異常は癌の発生・進展において重要な役割を果たしていることが明らかとなった。また,一部のmiRNAの発現制御機構にはエピジェネティックな変化が関わっている。現在までに,マイクロアレイや定量的RT-PCR解析により,癌で発現変化しているmiRNAの探索が行われている。……
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6. |
RNAアプタマー創薬と世界の動向
(宮川 伸)
近年,アプタマー医薬のポテンシャルが評価されはじめ,ベンチャー企業のみならずPfizer社や武田薬品工業など大手製薬企業が動き出した。アプタマー医薬としてはVEGFを標的にした加齢黄斑変性症の治療薬であるMacugen®がすでに上市されており,この他7種類のアプタマーが臨床試験中である。……
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7. |
自己免疫疾患に対するアプタマー医薬の探索研究
(藤原将寿)
アプタマー医薬品は,癌,循環器,免疫などの疾患領域において開発が進められており,そのうちのいくつかのものが臨床試験に入っている。われわれも,各種の生理活性タンパク質に対するアプタマーを作出して,アプタマー医薬品の探索・開発研究を進めてきた。その中で,炎症系サイトカインであるミッドカインに対するアプタマーを作製し,自己免疫疾患である多発性硬化症の動物疾患モデル(EAEマウス)で薬理効果があることを見出した。……
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8. |
新規アプタマー創製へのチャレンジ・人工塩基対技術
(平尾一郎)
RNAアプタマーは標的タンパク質に結合し,そのタンパク質の機能を阻害することから,核酸抗体として診断・治療薬への応用が進められている。しかし,20種類のアミノ酸からなるタンパク質抗体と比べると,わずか4種類の塩基(あるいはヌクレオチド)からなるRNAアプタマーの性能には限界がある。最近,人工塩基対による遺伝情報の拡張技術を用いて従来のRNAアプタマーの限界を打破する研究が進んでいる。……
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9. |
RNA編集から疾患治療へ
(河原行郎・西倉和子)
二重鎖RNAのアデノシンをイノシンへと置換するRNA編集は,生命維持に必須の転写後修飾である。RNA編集を受けると,ゲノム情報とは異なるタンパク質が発現し,生理学的性質も変化する。このため,RNA編集の異常は様々な疾患を引き起こす可能性があるが,これまで筋萎縮性側索硬化症(ALS)や遺伝性対側性色素異常症(DSH)との関連が報告されてきた。……
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10. |
蘇るアンチセンス医薬
(竹田真由・舩渡忠男)
アンチセンスはmRNAに対し相補的な配列をもつ一本鎖DNAであり,細胞内に導入すると,その相補的なmRNAと結合しハイブリッド形成することにより翻訳のステップを阻害され,その結果,タンパク合成を抑制する。90年代,アンチセンスは合成が容易なため遺伝子発現制御による難治性疾患の分子標的療法に用いられた。……
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第4章 未来へのチャレンジ
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1. |
多能性幹細胞とmicroRNA
(小柳三千代・山中伸弥)
胚性幹細胞(embryonic stem cells, ES細胞)と人工多能性幹細胞(induced pluripotent
stem cells,iPS細胞)は,無限の増殖力と様々な細胞へと分化できる能力をもった多能性幹細胞として,細胞移植治療をはじめとする臨床への応用が期待されている。一方,microRNAは,タンパク質をコードしない19-25塩基からなる小さな
RNAであり,近年,多様な生命現象と関わることが示唆されている。……
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2. |
構造体としてのRNA因子とその進化的可塑性
(大内将司)
一本鎖のRNA分子は,分子内での塩基対形成によって二次構造へ,さらには様々な立体構造へと折りたたまれる。古典的な非翻訳RNAであるtRNAやrRNAに限らず,構造体として機能するRNA因子は,自然界にいくつも存在することがわかっている。このような構造RNA因子を分子進化の観点から考えると,そこには潜在的な頑強性と柔軟性を合わせもつという特徴が現れてくる。……
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3. |
RNAワールドへの逆進化
(井川善也)
1980年代初頭にRNAの酵素機能が見出され,自己複製能力をもつRNA酵素が生命システムの始まりだとする「RNAワールド」仮説が提唱された。RNA進化分子工学による人工リボザイムの創製や合成生物学と呼ばれる新分野の勃興により,「RNAワールド」の実証研究は新たな段階への飛躍がゆっくりとしかし着実に進展しつつある。……
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